転生したら魔導王の子だった 作:又三郎
クライブの髪の色って結局どっちなんだろう
ペトラちゃん9歳。
今年はララとクライブが入学してきた。
よく晴れた暖かい日。
巨大な校舎の中庭で、俺は気持ちよさそーに寝ている女の子に近づく。
まだまだ幼い。彼女と体格の近い生徒は、クライブと、あとは小人族が何人か。
とにかく両手の指で数えきれるほどしかいないだろう。
ざっくり一本の三つ編みにされた青く長い髪を、無頓着に背中の下敷きにして、ララはすぴゃすぴゃ寝ていた。
鼻をつまむ。
「……ふぁに」
起きた。
「いま空きコマなの?」
「こま……?」
「授業はないのかってこと」
「ある。あるけど、迷った。だから寝てる」
肝が据わりすぎている。
ノルンお姉ちゃんなんてな、初めは移動教室でよく迷ってその度に不安でしかたなかったんだって言ってたぞ。
ノルンはその時10歳だ。
三つも下のララはこんなにもふてぶてしい。こんどノルンが遊びに来たらこの話もしてやろう。
「ペトラ姉は?」
「私? サボりだけど」
今日は知ってる単元だからな。聞かなくたって平気だ。
よしんば急な授業変更があり、それが試験に関わる重大な単元だったとしよう。
しかしテストで3点をとっても俺の笑顔は満点。だから大丈夫なのだ。
ララはフッと笑った。ニヒリズムを感じる笑みだ。
「夢を見てた」
「どんな?」
「緑の屋根の家、近所の家、近くの森、オルステッドの城、学校、いちばん高い塔、ぜんぶ小さくなって、ゲーム盤のうえに乗ってる」
「説明、めんどくさい」とでも言って再び寝入りそうなララだが、今日は珍しく喋ることにしたようだ。
「盤には穴がいくつもあって、そこから黒いのが出てくる。黒いのはトンカチで叩くとひっこむ。私はどんどん叩く。叩いておっぱらう」
「もぐら叩きみたいだな」
「……ペトラ姉がそう言うなら、あれはもぐら。多分」
眠そうなララの胸に毛虫がポトッと落ちる。
木の下で寝ころぶからだ。
ここで可愛らしく悲鳴をあげると思った奴。甘いな。マックスコーヒーくらい甘いぞ。
しょっちゅう外で昼寝をするララは、こんなのには慣れっこである。
今も顔めがけてのぼってくる毛虫をぼーっと眺めている。
手ではらうくらいはしろよ。毒があったらどうすんだ。
枝を使ってぺいっと剥がしてやりながら、「そんなゲームなら私もやりたいな」とララに言う。
ミニチュアが我が家や実在の建物だってのが不吉だが、楽しそうだ。
「ペトラ姉はダメ。あれは私のゲーム」
ララはひらひら手を振った。
ふわぁと子猫のようなあくびをして、ララはまた寝る姿勢になった。
横に寝転ぶ。
「こうしていっしょに寝れば、私もやれるかも」
「だめ」
適当なララが頑なだ。
いつもなら「勝手にすればいい」とでも言いそうなのに。
「私が、遊ぶ……ずっと……」
「ケチ」
「……しゅ……だから……」
「……」
夢見心地で何かを言って、ララはまたコトンと眠った。
ララは救世主だ。
周りも知っているし、本人もそれは知っている。
俺が物語で知るのは、蛇足編の最後に旅立つララまで。
その先の冒険は未知だ。
今では妹になったララの数十年後は、こうして生まれた以上、俺はもう知ることはない。
危機が訪れても、仲間が死ぬことがあっても、解決策を神の視点から知ることもない。
もう十年近く彼女たちと生身の人間として接しているのだ。
好きになった物語の世界は、現実になった。
救う方法を知らなくてごめん。
そんな偉そうなことは思ってもいないし、口が裂けても言わない。
でも、ララの未来が良いものであるといい。
こんな願いくらいは、許されるだろう。
「……」
地べたに片膝を立てて座り、頬杖をつく。
そうして、しばらくララの寝顔を眺めていた。
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クライブの話もしよう。
クライブ君はエリナリーゼひいおばあちゃんと、ルーデウスの友人クリフの一人息子だ。
親戚だし、よくうちに遊びにくるから、家族同然だな。
もっとも、クライブ君のほうは淡い初恋と憧れの入りまじったピュアな目でルーシーを見ている。
リリあたりにミルクの吐き戻しをぶっかけられてシクシク泣く気弱な一面はあるものの、優しいし賢いし、将来有望な美少年ハーフエルフだ。
男なら妹のゲロくらい笑顔で受けとめてみせんかい。
「クライブー!」
大学のグラウンドでクライブと待ち合わせしていた俺は、先に到着して準備運動をしていたハーフエルフ坊やにブンブン手を振った。
クライブは強くなりたいらしいのだ。
ルーシーに内緒で訓練して、次に家で模擬戦をした時にアッと驚かせたいらしい。
剣術の実力は、俺も含めみんな初級程度。まだちびっこだからな。
とはいえその中にも優劣はあるわけで、子供の二歳差は大きく、クライブ君はあまりルーシーに勝てたことがない。
エリスママであれば「素振りをしなさい」とでも言うだろうが、どうせなら練習相手がほしい。
大学には同年代の者も少ないため、こっそり鍛錬をするには俺は相手役にうってつけというわけだ。
ララ? あいつはこういうのの付き合いは悪いんだ。
「やぁ!」
「よっ!」
木剣を振るい、魔術なしの剣術勝負。
クライブ君は水神流が得意なようで、俺の打撃を受け流そうとしているが、膂力が足りずに苦心している。
剣術といえば、中級より上は闘気を纏えるようにならなければ何ともならんことでおなじみだ。
無職転生では、バーディガーディが「肉片一つ一つを魔力で覆って押し固めよ」みたいな事を言っていた。
あ、この世界をフィクションとしては見ていないが、前世で知った情報を魔術だの剣術だのの上達に応用することはあるぞ。
その辺の思考回路は柔軟にならないとな。
とはいえ、闘気のイメージを思い出してみても、魔力=魔術で消費するもの、水として人に注ぐもの、という固定観念が俺の中にできてしまっていて、一度としてその感覚を掴めたことはない。
これじゃあ数年もたたないうちに弟たちに負けるだろう。
「っ!」
などと考えながら、俺はわざとらしい隙をみせた。クライブは好機とばかりに木剣を大上段に構え、振り下ろそうとする。
彼は年齢のわりに背丈が小さい。こうして自分を大きく見せ、相手を威圧する意図もあるのだろう。
だが、俺はそれを待っていたのだ。
「フッ!」
「わっ!?」
クライブに一気に肉薄し、足払いをかけた。
コロンと尻もちをつくクライブ。とっさに手をついて衝撃を和らげたから、剣も手から離れた。
「はい、私の勝ち!」
勝敗は当然、俺の勝利だ。
ふはは。俺は君よりも二年長く生きているのだよ。
年の功、年の功。
「も、もう一回だ!」
クライブはすぐに立ち上がり、二回戦を挑んできた。
受けて立つところなのだが、その前に、気になることがあった。
「クライブ、もう一度、大上段にかまえてみて」
「こう?」
素直に従うクライブだが、手の形が変だった。
「右手が横握りになってるよ」
「えっと……」
こういうのは一度癖になると矯正するのが難しいとエリスママも言っていた。
指摘されてもすぐに直すのは難しいようで、戸惑うクライブの背中側にまわる。
振り上げたままの木剣が頭に当たらないように気をつけつつ、上から握り方を修正してやった。
軽いバックハグの姿勢だ。
ちょっと頭をそらせばクライブの頭は俺の胸にもたれる。
最近胸の奥にしこりみたいなのがあって痛いから、あんまり触れてほしくないんだよな。
強くぶつかるとマジで痛い。しばらく呼吸が止まる。
さっきまでは弱点を晒しながら戦ったわけだが、途中で胸部プロテクターをつけ忘れたことに気づいて冷や汗が出たね。
打たれなくてよかった、俺のささやかおっぱい。
アイシャとリーリャは、このしこりも痛みも、胸が膨らむ前兆だから心配いらないと言っていた。
シルフィママは初耳という顔をしていた。
女の子の体は、そういう気分じゃないのにふいに元気になるアレの苦労がない代わりに、要らぬ痛みを感じやすいのだ。
「クライブ? わかった?」
頭ひとつ分下にある金髪の頭に話しかけるが、返事がない。
「クライブー?」
ぽふぽふと左手で頭を叩く。
肩越しに顔を覗き込むと、まだふっくらとした頬、長いまつ毛が見えた。
エルフらしく色白なほっぺは、いまや真っ赤な林檎ちゃん。
まさに紅顔の美少年である。
いや、紅顔ってそのまま紅い顔って意味じゃないか。
「ぼ、僕……は……ミリス様のちゅうじつな信徒だから……」
「おん?」
「ミリス様は、ひとりの女性をあいしなさいって……」
「おお」
ただ一人を愛し抜くべし。
一夫一妻がミリス様の定めた秩序である。
それくらい知ってるぞ。俺はミリス教徒じゃないけどな。
クライブはバッと俺から距離をとった。
「僕が好きなのは、ルーシーちゃんだからー!」
そう叫びながら、取るものも取りあえず訓練場の外に走っていってしまった。
俺は一人残されたわけだ。
他にも訓練場を使っている生徒はいるものの、二人でやっていたのに突然置き去りにされたから、一人だ。
「……」
自分の木剣を肩にかつぎ、遠ざかるクライブの背中を見ながら、俺は思う。
あいつ。
あいつ、思春期早いな……。
「リニアー!」
「ニャ」
俺はその足でルード傭兵団の屯所にやってきた。
今日はリニアもプルセナも揃っていた。
獣族の婚期がいつ頃なのかは知らないが、最近は婚活に焦り、いい男がいないと嘆いている二人だ。
ちょっと妥協すればすぐに結婚できると思うんだけどな。
リニアは暇そうに椅子にふんぞり返り、プルセナは壁際で逆立ちをしていた。
長時間そうしているのか、腕はプルプル震え、顔は赤い。
ショートパンツの下にストッキングを履いているから下着が見えることはないが、ムチムチで色っぽい脚の形がよくわかる。
まあでも、無様な格好だ。
「あれ何?」
「うぎぎ……リニアとの賭けに負けたの……。負けたほうは一時間逆立ちの刑なの……」
答えたのはプルセナだった。
リニアが高笑いをする。
「ニャーハッハッ! あちしはお前とは頭の出来が違うのニャ! アイシャ顧問がどの茶葉を使うかなんて、ちょ~っとココを使えばわかるはずニャ!」
リニアは「ココ」と言うとき、自分のこめかみをトントンと叩いた。
プルセナは悔しさからか単純に姿勢がキツいのか、グギギと顔を歪めている。
ていうか、賭けの内容、しょうもなっ。
何の茶葉を使ってお茶を飲むかなんて、アイシャの気まぐれだ。
リニアが勝ったのは偶然だろう。
俺は二人が結婚しない理由について再考した。
案外、こうして延々とくだらないやり取りをしているほうが、居心地が良いからかもしれない。
「プルセナに教えてほしいことがあってさ」
「なんなの! なんでも訊くといいの!」
プルセナは、助かった! とばかりにサッと足を下ろして立ち上がった。
乱れていたふわふわの髪を撫でつけて直しながら「久しぶりの床なの……」とか言っている。
「教えてほしいんだけど――」
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「パパ!」
我が家の食堂にて。
夜遅く帰宅して、遅めの夕飯を食べているルーデウスの前に立つ。
俺は風呂も済ませて寝巻き姿。寝ずに待っていた甲斐があったってもんだ。
「ん? どうした、ペトラ」
「見ててね、パパ」
匙をテーブルに置いたルーデウスに向けてしなを作り、腰を突きだして腋を見せつけるポーズをとった。
そして流し目。
「うっふんなの」
「ぶっ」
ルーデウスは思いっきりむせた。
――勝った。
ゲボゴホ咳き込む彼に、俺は勝利を確信する。
なんの勝負かはわからないが、とにかく勝った。
「どう? ノーサツされた?」
「ゲホッ、ゴホッ……プルセナだな?」
「教えてもらった」
パパに飲み物をつぎに近寄ってきたシルフィママが「馬鹿なことしないの」と苦笑いをしている。
女性らしい丸みを帯びてきた、とはまだ言えないが、少なくとも7歳のクライブに通用するくらいには成長した体である。
お父さん、あなたの娘はこんなに成長しましたよ。
と、ルーデウスパパに披露して、披露して……俺は何がしたかったんだ?
たぶん構ってほしかったんだ。
そんで甘えたかったんだ。
自分の体が女になっていくのが、ちょっと怖かったから。
「パパ抱っこー!」
「はいはい、大きくなったのに甘えん坊なんだからもう……」
ルーデウスに突進すると抱きとめられる。
そのままじゃれついていると背中に視線を感じた。
ルーシーだ。すげー見てくる。
「交代!」
「えっ」
ルーシーをパパの膝に座らせて満足した俺は、さっさと寝支度を済ませて自室に行った。
おやすみルーシー! パパ! あとママ!
「もうっ、昨日はすっごく恥ずかしかったんだから!」
「ふぁっ!?」
翌朝、そう言って俺を叩き起こしたルーシーは、俺を置いてさっさと学校に行ってしまったのだった。