定刻通りに点灯したライトに照らされ目が覚める。
ゆっくりと上体を起こし、手は自然と祈りの形へ。
言葉少なに黙想し神への祈りを捧げる習慣も、果たしてどれほど久し振りのことだったろうか。
全身を苛む歪な交合の快楽も、悍ましき出産の苦痛も消え失せて数日。
失われたはずの両手で祈り手を組み、神へ救いを求めるのではなく、ただ無心に祈りを捧げられる心地良い静寂。
もう二度と取り戻せないと思っていた当たり前の信仰がどれほど尊いものだったのか、それを噛み締める毎日だった。
「――――」
その幸福を思い知るたび、組まれた祈り手に力が籠もる。
みしりと音を立て軋む骨。巨人の如き剛力を宿し、痛みを知らぬ人造の身体。
人智及ばぬ超常の力が宿る五体で祈りを捧げるほどに、どうしても拭えぬ疑念が彼女の裡に湧き上がる。
――
かつて苦難の中でダビデが綴り、神の子が叫んだ神への糾弾。
聖者ならざる人の子に過ぎない彼女もまた、数年の苦悶の中で考えずにはいられなかった。
あるいはあの日あの時にこの力があれば――神の愛を確信し、祈りと信仰にて生きようとした決意が揺らぐ。
もしこの力があれば、あの
たとえそれが修道女にあるまじき考えだとしても、祈りだけでは到底祓えぬ悪の脅威を身を以て味わった今、やはり思わずにはいられなかった。
だから問いたいのだ。あの日あの時、悪夢を打ち破った
信仰に依らずして悪意を打ち払った、
この病室で目覚めてからの数日間、繰り返し続けた祈りを割くようにノックの音が響く。
祈りに組まれた手を解き、居住まいを正して入室を許可した。
いつも通りならあの
「――貴方は」
「お、起きてる。」
そう声を上げたのは、彼女が今まさに思い描いていた力の持ち主――その片割れ。
無数の天使を相手に、魅せるように人形を繰って戦っていた黒衣の少女。
それと彼女を抱え上げた、天使達を地獄へ堕とした月の眼の令嬢。
「どーも命子さんです。こっちはシオリ。んでそちらが……」
「……カレン、と申します。お会いできて嬉しく思います、御恩人」
命の恩人二人を前に
◇
まだまだぬいぐるみ続行中の命子さんです。
今日はカレンちんの面会謝絶が解かれる日なのでお見舞いに来ました。
ちゃーんと菓子折りと籠盛り用意したはいいけど、相変わらず抱っこされてるのでナビゲートはシオリっち任せです。
最初は役得だと思ってたけどいい加減腕をまわされたお腹周りがちょっとくるちい……空に浮けなかったら吐いてたかも。
「あい、これ手土産。物は食べれるって聞いてたからね」
「これはどうもご丁寧に……ありがたく頂戴致しますね」
「早速だけど剥いちゃっていい? あたし朝ご飯まだでお腹ペコペコなんだよね」
「ふふ……ええ、どうぞお構いなく。ご相伴に与らせていただきますわ」
「シオリっちフルーツカットおねがーい。ほらほらそのままじゃ剥けないでしょ、こっち座りなって」
「……うん」
シオリっちを言いくるめて引き剥がし、持ってきた椅子に座らせてフルーツを投げ渡す。
それをカットしている間に小机を置いて、菓子折りを開いて中身と紙皿を並べた。
そうしてるうちに紙皿の上にも可愛くカットされたフルーツが置かれ、軽い朝食には十分な品々が揃った。
「ほら食べよ食べよ、ジャンニキ特製お菓子と探求ネキ印の幻想フルーツ盛り合わせだよん。死ぬほど美味しいから食べてみなって」
「それはまた、大層な謳い文句ですね?」
「まぁ一般人が食べたら含有されてるMAGのせいでマジで死ぬんだけど」
そんなもん持ってくんなって? いいじゃんあたしら
これでも回復効果とリラックス効果があるっていう超高級食材なんだぜ?
大丈夫だからと勧めて食べさせれば、カレンちんは目を丸くして驚き、咀嚼するのに忙しいようだった。
美味いかと尋ねてみれば、何度も首を縦に振った後思わず笑みを浮かべる。その顔が見たかった!
「ほーらシオリっちも仏頂面してないで食べなって。ほら、あーん」
「あむ。……おいしい」
「美味しいなら美味しそうな顔しなきゃー。というわけであたしも一口……うおっ、なにこれウッマ!?」
あまりにも美味すぎて……馬になっちゃったわね。ならんけど。
しまった、お見舞い品なのに全部食べたい……あとでまた自分用に買っとこ。
まぁお互い落ち着いて話すのはこれが初めてだからね、まずは美味しいもの食べて口を滑りやすくしようという目論見は一応果たせそうでよかった。
相変わらずシオリっちは口数少ないけどハムスターみたいにもしゃもしゃしてるし、カレンちんもコクコクと頷きながらあれやこれやを摘んでいる。なんだこいつら食べ方クッソ可愛いな?
さすが連合が誇る料理長と一大生産者だ、味覚の暴力は数ある暴力の中でも上位に位置するってはっきり分かんだね。
とかなんとか思いながら二人の顔を眺めていると、その視線に気付いたカレンちんがビクリと震えて。
「……申し訳ありません、無作法を致しました」
「いーよいーよ、しっかり食え……おかわりもいいぞ」
「そのワードを聞くと食べた後が不安になるのですけど」
「お、狂四郎イケるクチ? まぁ有名なミームだったからTwitterやってりゃ目にするだろうけど」
「……後年はXだったはずでは?」
「Xなんて存在しない、イイネ?」
「アッハイ」
打てば響くこのやり取り。狂四郎もTwitterも存在しない今世においてはなによりの身の証やね。
名前だけじゃなく見た目もFateのカレンにそっくりさんなのに、こうしてオタクワードで話せるというのもなんか草だけど。
いやーほんと創作キャラにそっくりさんな俺達多いよね、アーチャー連盟みたいなケースもあるし。
「…………」
「どーしたのさシオリっち、そんな膨れっ面しちゃって」
「ふふふ……私が命子様を取ってしまったのが不満なのでしょうか」
「……別に、そういうのじゃないけど」
めんどくさいけどかわいいなー今のシオリっちはよ~~~~
まぁ普段シオリっちにはオタクトークしないもんね、話が通じるからって二人だけで盛り上がりすぎちゃったのは命子さん反省。
とりあえず機嫌直しのフルーツを差し出して大人しくなったところで、改めてカレンちんに向き直る。
「とまれ具合は良さそうでなにより。どう? 新しい身体のほうは」
「頗る快調ですね。少しばかり力加減が難しいですが……前の身体とは比べるべくもありません」
「そ。緊急処置とはいえほぼ式神パーツに置き換えちゃったもんだから大丈夫かなって心配してたんだけど……」
「……顔つきに面影が残るくらいですが、それでもこの意思と魂は紛れもなく私のものです。であれば、これ以上何を望むべきでしょうか」
そう言って手を組んで目を伏せるカレンちん。その所作は堂に入って、
「――改めて、助けていただきありがとうございました。御二方のおかげで今の自分があり、こうして生を謳歌することができます」
あれだけの目に遭っておきながら、その目には狂気の欠片も無く堂々とした理性が宿っている。
急変した環境への戸惑いもあるだろうにそれをおくびにも出さず、あたし達への感謝だけを一念に示していた。
こりゃメンタルお化けなわけだ。さすがの命子さんも初めて悪魔と遭遇したときはピーピー泣いたってのに。
「なるほどね。カレンちんはメシアンとは違って
「そのようなだいそれたものではありません。あの地獄の中で神を疑うことなど何度もありました。……今でも、心から神を信じられるかと言えば、迷いなく頷くことはできません」
たとえ神の実在を確信できていても、それが神への信頼に繋がるとは限らない――そうカレンちんは続けた。
あたしからすれば、
「お察しかと思われますが、私は前世において決して信心のある生き方をしてはおりませんでした。……それどころか身体を売り、不道徳を糧にして日銭を稼ぐような日陰に生きていた女です」
「別に珍しくないんじゃない? 別にあたしはそれが悪いことだとは思わんけどねー。法に反してなければだけど」
「ええ、私とて後悔はしておりません。事情はどうあれ、私は私なりのやり方で精一杯生きた。そこに恥はありません。ですが……何の偶然か第二の生を受け、初めて温かな家族に囲まれて思ったのです。
現金な女でしょう? と自嘲するが、あたしはそうは思わない。むしろ純粋だとすら思うね、シオリっちとは別ベクトルで。
あたしなんて物心ついたときからハードモード不可避だったから、そんな悠長なこと考える間もなかったもん。ていうかメシアンへの恨み節を子守唄に育ったようなもんだし。
「前世の生き方に後悔は無いとはいえ、第二の人生は居心地が良かった。その温かさを裏切りたくなくて、前世とは正反対の生き方をしてみようと思いました。修道院の門戸を叩いたのもそれが理由です」
「それはそれで随分思い切ったというか、行動力あんねぇ。修道院入りしたら家族とも滅多に会えないんじゃん?」
「今生の別れではありませんし、当時は若く、神の愛を追求することに焦がれていましたので。実際に生活し始めると規則も多く、息苦しさも感じましたが……それでも後悔はありませんでした」
以来、信仰を第一とする生活の中で同門の姉妹に囲まれ、充実した生活を送っていたというカレンちん。
なんつーか、
ともあれ期せずしてカレンちんの懺悔を聞くような形になったのを察して聞き手に回る。あたし別にそういうの得意でもなんでもないんだけどなー。
「そうして選んだ信仰の家が、メシア教の手に落ちていたと知ったのは三年もしてからでしょうか。ある夜、特別な祭儀があると呼ばれ地下へ招かれ……例の悪魔達の前に引き立てられたのです。曰く私の身には類稀なる奇跡が宿り、信仰の礎となるに相応しい――と。今にして思えばガイア連合で定義するところの転生者……彼らが共通して宿す優れた霊的素質を指していたのでしょうね」
「で、それを断って……」
「彼らの道理は私の信仰とは相容れませんでしたから当然です。ですがその結果としてあの有り様となってしまい……御二方にはご迷惑をお掛けしました。言い訳にしかなりませんが、長年の痛苦で随分と恨み節を垂れることになったのはお恥ずかしい限りです」
「いやそこは全然恥ずかしくねーよ? むしろなんでその程度で済んでんのってビビるくらいなんだけど?」
「主のお導きです。――と言えれば信仰者として格好もついたのでしょうが、ただの意地と反骨と根性ですね」
いやなにそれ怖……さすがの命子さんもビビるわ……。
いくらなんでもメンタル強すぎひん? あたしでもちょっと真似できんぞ。
「結局それも御二方への八つ当たりとなってしまい、その上で救出されたのでは無様という他無いでしょう。――それだけでなく、魂までも救済していただいた」
「――違う……私は、助けて……救ってなんていない!!」
これまで目も合わせずだんまりを決め込んでいたシオリっちが、その言葉に反応して声を荒げた。
追い詰められたような――泣きそうな表情をして、青褪めた顔でカレンちんを見る。
かと思えばすぐに視線を逸らして、震える声で項垂れ呟いた。
「わた、私は……ただ怖くて……無力なはずの人間を、ころ、殺して――」
「いいえ、違います。無力な人間ではありません。天使を騙る悪魔の手に落ち、罪なき人々を地獄に陥れた――」
「でも私は貴方の友達を殺してしまった!!!」
ほとんど悲鳴にも似て絶叫した。
震える身体を両手で抱き締めて、懺悔するように身を縮こまらせる。
「貴方達を救ったのは私じゃない……救ったのは私の中にいたサリエル……! わた、私はただ恐怖に負けて殺しただけ……」
「それは……」
「私は何一つできなかった……! 命子から託された役目も、被害者を助けることも……貴方を止めることも。全部全部、私の中にいたサリエルがやってくれたこと――」
何を気に病んでいたのかと思えば……そのことだったのか。
うーん、参ったな……あたしはそういうの全部割り切れるほうだからなぁ。
なまじ気質が真面目な分、良識の通用しない相手を手に掛けてしまったことすらも重荷に感じていたとはね……生真面目なのも良し悪しやね。
「――サリエルの中で魂の声を聞いたの。犠牲者は皆応えることすらできず疲弊しきっていて、導かれるまま召されていった……けれど、彼らは、あれは……最後までずっと叫んでて」
「…………」
「その中に貴方の友達もいたわ……どうして自分がこんな目にって。他の魂もずっと、死にたくないって……」
あちゃー……
そりゃマズイ。あんなもん聞いてたらシオリっちなら参るに決まってらぁね。
死者の断末魔なんて耳にしたところで基本害しかないから、無防備に聞いちゃえばそら心身やられちゃうわ。
なまじ死を司る天使の力に目覚めたことの弊害か。……これを想定しろってのは流石に無理じゃんね。
かける言葉も見当たらず、どうしたものかと考えていると、震えるシオリっちの手をカレンちんがそっと握った。
そして諭すように、穏やかな声音で静かに問いかける。
「であればなぜ、彼女が私の友達であることを貴方が知っているのです?」
「えっ……」
「
その問いにシオリっちが目を見開き、はらはらと涙を零す。
漏れる嗚咽を抑えきれず、今度はシオリっちが懺悔するように、カレンちんが握った手を更に握り締めて。
「
「
その言葉を受けて、堰を切ったようにシオリっちは泣き崩れた。
今までずっと抱え込んでいた罪悪感を洗い流すように、感情を全て涙に変えて絞り尽くす。
あーあー右眼からも血を流しちゃって……泣いてるのはシオリっちだけじゃなくて、中にいた天使様もってことかねぇ……ったく。
「こちらから御礼を言うべきなのに、こうも泣かれては立場が逆ですね」
「……いや、御礼を言いたいのはあたしもだよ。あたしじゃシオリっちの悩みには答えを出せなかったし……他ならぬカレンちんでなきゃ、きっとこの子の傷は癒せなかった」
あたしは結局人でなしだからねぇ。
前世でも人並みの幸せ放りだして身一つで芸能に飛び込んだし、今世じゃいろんなものを犠牲に悪魔との戦いに身を投じて、こういう一般的な感性ってのがよくわかんないから。
いやまぁ大部分は環境じゃなくて素の性根だけどね。んなもんだからシオリっちの傷には気付いていても、好きなようにさせるしか出来なかったわけだし。
「貴方達に助けられた私が、貴方達を助けることができたのなら……私にとってもこの上ない喜びですね」
「そーそー、これでお相子ってね。これでようやくイーブンじゃん?」
「そうですか……なら、よかった」
そう言ってシオリっちを撫でる手はどこまでも優しく、まるで聖女の如し。
あたしみたいな斜に構えた人間には眩しすぎて直視できないね、なんか百合の間に挟まってるみたいですげー肩身狭いゾ。
かくいうあたしは尊みを安易に百合扱いするやつ絶対殺す明王なわけだが。
「本当は、御二方に問いたいこともあったのですが……」
「ですが?」
「――やっぱりやめておくことにします。どうやら私と同じ
泣き喚くシオリっちを腕に抱きながら、吹っ切れたような表情で言うカレンちん。
自分の種族が【魔人】であるとか、あたしらが超常の力を持っていることとか、そういうのとは無関係に、ただ気付いたように晴れやかな顔で微笑んでいる。
……さすがの命子さんも眩しすぎて
「私の思いは、改めて主に問うことにします。こうして生きていることを主の思し召しと信じて……誰かの信仰ではない、私の信仰の道を歩もうかと」
「いいね、
「そのように大仰なものでもありません。ただの意地です」
清楚な見た目して随分と逞しいこって。
水商売に生きる女は強かだってのは古今東西共通だけどもさ。
「差し当たり力不足を痛感しましたので……」
グッと力を込めて拳を握るカレンちん。
ねぇ今空気が「ギュッ!!」って言わなかった?
「改めてガイア連合のお世話になり、
そういうわけですので、コンゴトモヨロシク――。
そう礼を示したカレンちんのステータスは、見事なまでに
・カス子
実は四六時中死者の声が聞こえてた。
人形を介した降霊術は、魂に一時の理性を取り戻させる地味に高等技術だったりする。
今でこそこんなだが闇深育ちなので考え方が一番常人離れしている。
はっちゃけると急にバカになるのはおそらくイタコ衆共通の性質。
アライメントはカオス。
・邪視ネキ
死を司る天使の力に目覚めてしまった影響で、一時的に魂の声が聞こえてしまっていた。
それが棘になって心で血を流し続けていたのがここ数日の様子の原因。
カレンとの面会を経てひとまずの救いを得て立ち直れた。
最早誰も前世が男であることを思い出せないくらいに乙女。
アライメントはニュートラル。
・カレン
前世を含め酸いも甘いも噛み分けた歴戦の女。
身も心もストロングスタイルな力技のシスター、そのステは紛れもなくゴリラ。
本作主要キャラである三人娘の中で最年長。気質的にも長姉タイプ。
ちなみに本霊は四文字とは全く関係がない。
アライメントはロウ。
『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』にてカス子を起用していただけました! ありがとナス!!
マジでこういうの嬉しすぎてモチベしかないぜ……!