【カオ転三次】今更転生ごちゃまぜサマナー   作:ふーじん

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35話:【聖戦要塞 五稜郭】後編

 あれから三日三晩が経った。あくまで杏子の主観の上では、だが。

 目論見通り異界の構築に過激派の意識が割かれてる今、虜囚となった一般人はひとまずの無事を確保できている。

 トイレは男女を区別せず一つきりを共用し、外界から遮断され情報は得られず、食事も粗末なパンとスープのみがきっかり三度という有り様だが、身の安全という観点では間違いなく平穏だった。

 

 だが曲がりなりにも無事を得、自分のことを考える余地が生まれると……人間というものはやはり不満を覚え始める。

 結界によって電波が遮断され情報はおろか時刻すら確認できない携帯端末類(スマホ)に舌打ちし、見ず知らずの人間との共同生活を強いられるストレスに苛立ちを募らせる者が現れ始める。

 激発していないのはメシア教というテロリスト集団の恐怖がまだ脳裏に残り、折を見て杏子が暗示を仕掛けて荒ぶる精神を鎮静化させていたためだ。

 特に堪え性がない子供に対してはなるべく深い眠りに落ちるよう暗示をかけるなどしていたが、結果としてその行いが「献身的に不安な者達の世話をする健気な少女」とのレッテルを杏子に貼ることとなったのは、彼女にとって幸いという以上に皮肉だったろう。

 

「杏子ちゃん、貴方も少し休みなさいな。いくらなんでも根を詰めすぎよ」

「大丈夫だよおばさん。あたし、体力には自信あっから。そういうおばさん達の方こそ禄に眠れてないんじゃねぇのか?」

 

 今もまたぐずりだした幼子を暗示で寝かしつけ、その母親に取っておいたパンを分けた杏子を見て心配の声をかける婦人がいた。

 どこか陰のある美貌が印象的な品の良い中年女性だ。杏子の言を素直に信じた数少ない大人の一人で、共に巻き込まれた夫と一緒になって被害者のケアに尽力している。

 力あれど所詮子供でしかない杏子ではどうしても及ばぬ部分を補ってくれていた協力者の眼には、隠しきれない疲労の色が薄い隈となって現れていた。

 

「歳を取るとなかなか寝付けなくなるものなのよ、枕が変わればもっとね。それでも杏子ちゃんが小さい子たちの面倒を見てくれてるからずっとマシよ」

「そうだとも。子供に今の状況を辛抱しろだなんて酷だし……だからと言ってぐずれば顰蹙を買うのは親御さん達だ。君のおかげで随分助かっていると感謝していたよ」

「おっちゃん……」

 

 離れていた婦人の夫が戻り、そう言って杏子を労った。

 身なりの良い中年夫婦の二人は、こうして何くれとなく杏子を気にかけてくれていた。

 自分たちはもう歳であまり食べられないからと、誰の目にも明らかな方便を口にして食糧を子供達やその母に分け与え、揉め事の兆しがあればするりと割って入り言葉巧みに仲裁する。

 人と品の良さがそうさせるのか、彼らの穏やかな声音で説得されれば憤っていた者達も次第に落ち着きを取り戻すため、そのおかげで今まで致命的な事態を避けられていた。

 

「それよりも杏子ちゃんこそちゃんと食べられていないだろう? 残り物で申し訳ないが、食べなさい」

「い、いやあたしは全然平気だから……」

「大丈夫、必要な者には行き渡ったあとだから。さ、食べなさい」

 

 夫の差し出した固くなったパンを固辞するが、事実杏子はこの三日間禄に物を食べられていない。

 覚醒者として常人よりずっと無茶が利くとは言えど、これまで口にしたのは数口のパンと、唇を湿らせる程度のスープだけ。残りは全て育ち盛りの子供や、赤子に乳をやる必要がある母親に分け与えていた。

 なるべくバレないようにしていたつもりだが、夫婦はそれに気付いていたのか。頑なに差し出されるパンを前に何度か辞退するがついには押し切られ……杏子はもそもそとパンを齧った。

 それを見て夫婦は笑みを浮かべて――侘しいはずの食事が、何故かこの上なく美味く感じた。

 

『まさしく隣人愛ですねぇ。連中にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものです』

 

 杏子の目を通じて彼らの献身を見ていた守護天使がそう嘯いた。

 隣人愛。メシア教が忘れて久しい美徳の名だ。杏子のように異能の力を用いて操るのではなく、真摯に言葉と行動を尽くして平和を齎す二人の姿に心が刺すような痛みに軋む。

 その心の痛みを知ってか知らずか、守護天使は常と変わらぬ軽薄さを言葉に乗せて状況を伝えた。

 

『連中、ついに【ネフィリム】まで持ち出しましたよ。思わぬ大不敬にワタシもびっくり! 普通に聖書を読んでりゃあやるはずないんですが……どこで考える頭をなくしたのやら』

『……ひょっとして【聖母】もいたか?』

『ええ、ええ。いましたとも、とびきり醜悪(可哀想)な方々が三名も。……残念ですが、手遅れですねぇ』

 

 その返答に杏子は砕けんばかりに奥歯を噛み締めた。

 かつて親友だったものの成れの果て。彼女が教えを見限るきっかけとなった怪物の同形の存在を知って、杏子は悔恨に歯を食いしばる。

 

『しかしマズイですね。伝承通りならやつらは人食いの大食漢、餌も無いまま飼い慣らせる手合ではないですから……うわぁ、うわぁ、うわぁ!』

『どうした?』

『マジかこいつら、人間牧場? 地獄の悪魔だってそんなことしないぞマジか!』

 

 思わず目眩を覚えるようなワードに、杏子の気が遠くなりかけた。

 それでもなんとか自分を取り戻して、理性を総動員して続きを待つ。

 

『ヤバいですキョウコ、ヤバヤバです! あいつら貴方達を()()させるつもりですよ!』

『クソッ……連中のことだから教化なりなんなりするんじゃなかったのかよ!?』

『知らない間に随分と先鋭化してましたねぇ……これを天使が主導してるってマジ? 守護天使のアイデンティティが崩れそうってレベルじゃないんですけど!』

『なぁ天使サマ、どうにかして時間を稼げねぇのか!? こんなに早くタイムリミットがやってくるなんて流石に想定外だぞ!』

『無茶言わんでください! ワタシは力も位階も木っ端の最下級天使ですよ!? 精々助言するのが能な……んああああもう! なんとかなれー!!』

『なにするつもりだよ天使サマ!?』

『収容所の鍵とついでに司教のカツラをパクってトンズラしてやりましたよ! 前々から怪しいと思ってたんだ! ……ああああやばいやばいやばい上位天使が追ってきたワタシは先に逝きますグッドラック!!』

『ちょっ、ま――』

 

 ぷつりと念話が途絶え、杏子は独り取り残された。

 いくらなんでも稚拙にすぎる時間稼ぎ――それが彼に可能な精一杯の足掻きだったことを遅れて理解して、知らず杏子の目から涙が溢れる。

 確かに焦りの思わず口をついて出たが……しかし実際に命を賭してそれを叶えられると、己の軽率に全身が張り裂けそうになる。

 かの守護天使は軽薄だが誠実だ。少なくとも杏子に嘘を吐いたことは一度もない。その彼が最期にそう言い残して念話が途絶えたということは……つまり、そういうことなのだろう。

 

「ど、どうしたの……!? ひょっとして胃が受け付けなかったのかしら……!」

「しまった、スープも残しておくべきだったか……」

「ち、ちが……そうじゃなくて……でも、あたし……どうすれば……」

 

 己の短慮が導火線に火を点け、相棒を死に追いやった。

 その事実に押し潰されそうになりながら、しかし杏子は思考を必死に巡らせる。

 たとえ猶予はなく、答えの出ない問いであろうとも……最後まで何か策は無いかと脳を絞り、けれど得られず。

 かけがえのない相棒が稼いでくれた僅かな時間すら活かせず無為に帰したことに絶望へ陥りかけて――

 

 

 ◇

 

 

「いっちょ前に隔離なんざ生意気じゃんね。こちとら五稜郭は()()()()だっての」

 

 ――得てして、ほんの僅かな時が大事を左右する。

 

 ◇

 

 

『痴れ者が! 下級の分際で神意を妨げるなど言語道断、この場で粛清して――なに?』

『ごめーんキョウコ! 五分も保たなかっ――へ?』

 

 開戦の狼煙は、天使達の驚愕を以て上げられた。

 恐ろしい(暖かな)気配が天を覆うと同時、守護天使を追い詰めていた【パワー】が()()()

 その背から翼を奪われ、重力という名の鎖に引かれて落下し――そのまま地に生じた裂け目に呑まれて消える。

 

『あれは――()()?』

 

 その裂け目から立ち昇る気配にそう言ちると、周囲から天使達の悲鳴が上がっていることに気付いた。

 見れば司教の意に則って空を行き交っていた天使達が尽く翼を剥奪され、そのまま地の底(地獄)へと堕ちていく。

 明らかに過激派の意にそぐわぬ異常事態。

 となれば待ち望んでいた魔女か人形遣いの手によるものか。天使のみを狙い撃つ何らかの術式だと察し、その牙が己にも向くことを予感して。

 

『……賭けは貴方の勝ちのようですよ、キョウコ。生憎ワタシはこれでおさらばですが……まぁ、あとは上手いことやって精々長生きしてくださいな』

 

 長いことキョウコを見守ってきたが、やっぱり自分(天使)の助言などいらなかったな……と、そう末期の未練を残し。

 精々不良天使らしく地獄でエンジョイしてやろうと腹を括って目を瞑るが――

 

『……はれ? 何事もな――』

「――貴方、メシアンの天使じゃないの?」

『どわっひゃあ!?』

 

 いつまで経っても堕ちる気配が無いことに訝しみ目を開くと――目の前に髑髏の眼窩があった。

 否、髑髏の仮面を被った麗人の青褪めた月の如き冷たい眼差しが、守護天使の眼を覗き込んでいる。

 その背にどの天使よりも雄大な翼を広げ、大鎌を手に――月を背負った死の天使が、困惑を浮かべて守護天使を見据えていた。

 

『あ、あな、貴方様は――!?』

「……うん、()()()()()。なら……そうね、なるべく離れて巻き込まれないようにして。いい?」

『は、はひぃい! 仰せのままに!!』

 

 その正体を察して守護天使は腰を抜かしかけるも、髑髏の天使――シオリが冷静に指示すると一目散に飛び去った。

 九死に一生を得たというにはあまりに衝撃的過ぎる遭遇に鼓動が激しさを増し、はけ口を求めるようにして杏子との念話を繋ぐ。

 だが、繋がらない。守護天使の裡に焦燥が募る。鼓動の激しさが理由を変えて増し、彼は髪を掻き乱し叫んだ。

 

『ああもう、一難去ったと思ったらまた一難ですか! あの子の気配はまだ生きてますが……無事でいてくださいよ、キョウコ!』

 

 深く繋がったパスが伝える命の存在だけを頼りに、守護天使は杏子のもとへと急いだ。

 

 ◇

 

「っぐ、くうぅ……!」

「なーんで人質の中に天使臭いのがいるんですかねぇ……仲間割れか?」

 

 一方その頃、収容所では。

 見えないナニカに押し潰され這いつくばる杏子を怪訝そうに見上げる黒衣の少女――命子の姿があった。

 その周囲には真紅の軍装をした怪人ブラッドジャケットが整列し、構えた銃口を油断無く杏子へ向けている。

 

 彼らは音もなく現れ、気付いたときには杏子を取り囲んでいた。

 比喩でもなんでもなくいつの間にか目の前に立っていて、牢を破り被害者を連れ出そうと動いている。

 有無を言わさぬ威圧感ながら敵意の類は無いようで、統制の取れた動きで彼らを守る素振りを見せたことから、囚われていた者達は訝しみながらも指示に従い牢を出ていった。

 

 ただ一人、杏子のみ例外として。

 命子の視線が彼女へ向けられた瞬間、覚醒者の杏子にすら見えないナニカに背中を蹴られそのまま拘束されていた。

 その光景に一緒に捕まっていた者達から悲鳴が上がるも、真紅の怪人に一瞥されればすぐに消える。

 そして杏子を見下ろす命子の眼には何の感慨も無く、まさに蟲を見るようにして()()されていた。

 

「――ま、いいか。あとで話を聞けば。間違ってもカタギじゃないだろうし」

(――やべぇ、死んだ)

 

 杏子の命は今や風前の灯火であった。

 メシア教の大敵として喧伝されて久しい"人形遣い"は、その風聞に違わずメシア教への対応は苛烈極まる。

 その彼女に己がメシアンだったことを見抜かれ、今生殺与奪の権を握られている。既に袂を分かっている、などと言ったところで通用する雰囲気ではあるまい。

 黒衣の中から取り出された髑髏人形を前に、杏子は死を覚悟した。――実際はそれすら甘い見積もりで、彼女にとって死など状態異常の一種に過ぎないことを杏子は知る由もなかったが、どうであれただでは済まないことだけは確かだった。

 

「ま……待ってください! その子は何もしていないんです!!」

 

 髑髏の眼窩が湛えた闇に吸い込まれるような心地を覚えた間際、聞き覚えのある声がそれを遮った。

 杏子を特に気にかけてくれた中年夫婦の妻だ。見るからに異様な一団に対して、隠しきれない恐怖に足を震わせながら彼女の潔白を叫んでいる。

 やめろ、という声は押し潰される圧で出せなかった。自分には因縁をつけられる理由がある、と釈明する間も無かった。

 相手がどれほどの怪物かも知らないまま、その場の正義感で抗弁する愚を咎めたかった。せっかく拾った命を投げ出すことはない、と。

 救援として待ち望んでいたことすら忘れ、"人形遣い"の矛先が彼女に向くことを恐れた。

 果たして命子はその声の主へと視線を向け――

 

「…………は?」

 

 瞳に驚愕の色を浮かべ、目を丸くして呆けた声を上げた。

 信じ難い、といった様子でまじまじと婦人を観察し、ついでその夫である紳士も同様に。

 小さく「マジか……」と漏らした声に杏子は気付いた。そして再び視線が向けられるが、そこには先程までのような昏さはなく……困惑の色を浮かべていた。

 

「ねぇアンタ、なんでこんなところに?」

「……清掃ボランティアに参加してたら巻き込まれた」

「なんで参加してた?」

「…………昼飯が出る、って書いてたから」

「じゃあもうぶっちゃけて聞くけど、アンタメシアン?」

「メシアンだよ、元だけどな。……あんたにとっちゃ同じだろう? "人形遣い"」

「いや別に……? 元だろうがなんだろうが、人様に迷惑かけないならそれでいいし……もー、調子狂うなぁ……」

 

 そこで初めて目に見える形で感情を露わにして、命子はがしがしと髪を掻いた。

 そして杏子の背後へと目配せすると、フッと重圧が消え去る。呼吸を取り戻した杏子は咳き込みながら大きく深呼吸すると、ゆるゆると立ち上がり命子に相対した。

 既に息も詰まるような圧迫感は無い。物申した婦人も、その夫も丁重に遇され、真紅の怪人達は衰弱した被害者達を良く介助していた。

 

『キョウコオオオオオオ!!! 無事ですかキョウコオオオオオオオオオオオ!!! ――ぎええええええ"人形遣い"!?』

「おせーよバカ。てか生きてたのかこのバカ。おまえがいたところで何にもならなかったよバーカ」

「えぇ……ジャッジを潜り抜けた天使もいんの……? こんなイレギュラー想定してねぇんだけど」

『ゴス、コイツナンカチガウ』

 

 そうして今になってやってきた守護天使の姿に、杏子は無事を喜ぶよりも先にやるせなさからくる悪態をついた。

 その背後で飛丸(【グラシャラボラス】)が困ったように喉を鳴らしていたことにも気付かずに。

 無論、守護天使(悪魔)が視えているのは彼女達だけのため、他の者からは急に一人遊びを始めたようにしか見えない杏子を怪訝そうに見ていたが……婦人は心底安堵した様子で膝から崩れ落ち、夫がそれを支えていた。

 

 それを横目で見て、命子は小さく息を吐いた。

 いつの間にか霧散していた戦意を取り戻す気にもなれず、気疲れした様子でブラッドジャケットに指示を下し被害者達を護衛させると、そのまま【トラポート】で外へ送り出す。

 そして杏子に向き直ると、すっかり毒気が抜かれた様子で呆れ混じりに告げた。

 

「アンタ、日頃の行いが良かったね。とりあえずあたしら基準でアンタはセーフだから、このまま一緒に救助したげる。まぁ、あとでみっちり話は聞かせてもらうけど」

「……いいのか?」

「いーのいーの、アンタの天使も邪視ネキのジャッジを突破したなら白確定だし。元メシアンなら在留してたところで違法じゃないし。今の今まで気付けなかったのは業腹だけど……敵対する理由は無いねぇ」

 

 邪視ネキ、という名は初めて耳にしたが、独特の呼称は連合の黒札に共通する通り名のことだろうと杏子は思い至った。

 しかしそこでふと気付く。

 

「あんたと魔女だけじゃないのか?」

「……アンタ本当に運がいいね、生きて邪視ネキの名を知れるだなんてさ。――今日は特別でね、もう一人来てるんだ」

 

 パチンと命子が指を鳴らせば、杏子の視界にここではない景色が映った。

 遠見や千里眼に類するものか、眼下には五稜郭の大地が広がっていて――相対する二つの集団が見える。

 そしてそこまで認識したところで不意に()()()()()()()()感覚に襲われ視線を彷徨わせるが……その元凶と思しき視線と目が合った瞬間、杏子は思わず悲鳴を上げた。

 

『覗き見?』

「こっちは片付いたからねー。思わぬゲストがいたから一緒に観戦しよっかなって」

 

 明らかにこちらを認識して念話を飛ばしてきた髑髏面の麗人へ背筋に冷たいものを感じながら、知らず杏子は首筋を撫でた。

 守護天使は視られるや否や平伏して「ワタシは石……ワタシは雑草……」などと呻いているし、紛れもなくあの女も怪物であることを確信して杏子は生唾を呑み込んだ。

 

『まぁ、いいけど。ああ、さっきの天使もそっちにいるのね。隣の子が契約者かしら? ……うん、()()()()()()

「だってよ、赤毛ちゃん。邪視ネキのお墨付きだぜ?」

「……佐倉杏子だよ、人形遣い」

「ふーん、じゃああんこちゃんで。あたしのことは命子さんでいーよ」

「なんでだよ!? キョウコだっつってんだろぉ!」

『あの……仲が良いのはいいけど、油断はしないでね……?』

 

 いつの間にか打ち解けた様子の二人にシオリは困惑しながらも、彼女はそのまま地上へ降り立ち一団へ――カレンに合流した。

 相対するは天使を喪い木偶となった旧幕府軍を残すのみとなった過激派の一党。

 激昂する司教を前にカレン――"弔鐘の魔女"が悠々と立ちはだかり、決戦のゴングが打ち鳴らされた――。

 

 ◇

 

「何をした、魔女!」

「初対面で魔女呼ばわりとは、随分なご挨拶ですね」

 

 魔女(カレン)を前にして司教が吠えた。常の余裕は消え去り、顔を真っ赤にして怒り心頭に発する。

 異界の制御が進み、もう間もなく大天使を迎えられるだろうと喜んでいたのも束の間、一瞬にして天軍の尽くを地獄へ連れ去った魔女の所業に司教の胸中は煮え滾るような憤怒に染まっていた。

 まるで嵐のような怒り――事実高位の霊能者の激発に釣られて大気中に満ちるMAGが暴風を形作るが、カレンはそれを微風の如く意にも介さず、楚々とした余裕を崩さないでいる。

 

 背後に幾つもの異形の怪物と魔性の美貌を湛えた女怪を引き連れ、神聖なる領域を土足で踏み荒らす神敵に司教の内心は荒れに荒れた。

 耐え難い怒りと屈辱に金切り声を上げて地団駄を踏み、一頻り喚いたあと……ようやく最低限の理性を取り戻したのか荒い息を吐いてカレンを睨めつける。

 腕組み頬杖を突くその余裕に歯を剥き出しにしながら、残された走狗を前に出して対峙する。

 

「お得意の洗脳術式ですか、相変わらず悪趣味なことで」

「教化と呼んでいただきたいな。蛮地に住まう貴様のような魔女には知る由もないだろうが、これぞ全き秩序を齎す神の愛! 混沌に乱れる世を真に鎮める唯一の――」

「ああ御託は結構。話は全て終わったあとで聞かせていただきますので――せっかくですからデモンストレーションにお付き合いいただきましょうか。……貴方達」

〝――御意〟

「貴様ァ! ……ええい何をしている、応戦しろ!!」

『――――』

 

 司教の高説を遮って手を翳すと、控えていたネメシスT型がそれに応えて銃撃を開始した。

 ガイア連合が誇る製造部謹製の大口径に、五島部隊から得たノウハウで量産された属性弾の弾幕が過激派を襲う。

 しかしそれを前に出た【外道 バクシン】が盾となって遮ると、それを割って【英傑 ヒジカタ】が刀を振り翳して突貫した。

 すかさずネメシスT型が銃口を向けるがヒジカタは銃弾を斬って落とし(【極・銃撃見切り】)――その動きを止めんとしたドミトレスク夫人の凶眼をも緩急自在の足捌きで逃れると神速の勢いでカレンに迫る。

 

(逸話的に銃撃弱点の想定はありましたが、それを技術(スキル)で補うとは流石英雄。雑兵も程度は低いとはいえ同形のスキル(見切り)で対策しているとなると、銃スキルが主体となるネメシスT型ではやや荷が重いですか。多少なりとはいえ霊格(レベル)に開きがあるなら尚更……)

 

 眼前に迫った凶刃をネメシスT型の一体が身を挺して受け止め、その背から突き出た切っ先を眼前にしながらもカレンは凪いだ心で状況を俯瞰していた。

 相性差とレベル差に苦戦しながらも役割を違えず命令を遂行するその忠誠心を評価しつつ、カレンは冷静に自らの兵力の不利を認識していた。

 無論、だからといってパピヨンニキ謹製のデモノイド兵が劣るというわけではない。むしろ二つの不利に加え数でも大きく水をあけられながらも、多少の不利に抑えほぼ互角に渡り合う性能を評価こそすれ落胆するなどありえない。

 だが、主の命令に応えきれぬ屈辱を何よりも味わっていたデモノイド達は不甲斐なさに臍を噛み、不甲斐なさに腸が煮えくり返る思いだった。

 

「は、ははは……! どうした魔女、その程度か!? 奇っ怪な怪物を引き連れておきながら無様だな! 我が神兵を前に醜いバケモノ共が敵うはずもなし!」

「申し訳ありません、主様。この失態我らの命で――」

「馬鹿を言わないでください。こんなことで大事な部下を切り捨てる長がありますか。――貴方達の性能は十分に見せてもらいました、下がりなさい」

「っ、……御意」

 

 狂喜する司教を意にも介さず、カレンはデモノイド達に退却を命じた。

 忸怩たる思いはあるがその命に従って兵が下がり、大軍を前にカレンが単騎で立ちはだかった。

 その様を見て彼はますます沸き立ち、勝利を確信したが如き笑みすら浮かべてカレンを嘲弄する。

 

「観念したか、魔女。如何な貴様とてこの大軍を前には木っ葉も同然! ……しかし油断はせぬ、ここで確実に葬り去って――」

「――【地母の晩餐】」

 

 ことごとしくあげつらう司教にカレンは応えず、一歩を踏み出した。

 その細足から鳴る足音が鐘の音の如く響き渡り――迸る力の奔流が大地を伝い、裂け目を刻み、噴き上がる閃光が司教の号令で突撃していた大軍を尽く呑み込んでいく。

 【地母の晩餐】――数あるスキルの中でも指折りの()()()と名高い、奥義の更に上に位置する絶技を前に数は何の頼みにもならず――閃光が収まった時には統率者の【ヒジカタ】諸共大軍は姿を消していた。

 なんのことはない――絶大極まる破壊力が大軍を片端から砕き、MAGの塵へと変えたにすぎなかった。

 ただ一歩を以て"弔鐘"を鳴らし、堕ちた英霊への手向けとして。

 

「なっ、あ……え――!?」

「言ったでしょう、御託は結構と」

 

 カレンは改めてそう告げ、軽く拳を振るった。

 鳴り響く鐘の音が大気を伝播し、無意識の抵抗を見せた過激派達の意識を刈り取る。

 技ですらないただの拳だが、総身に権能を宿した魔女の一撃は物理的な距離を無視して(【全体攻撃】となって)衝撃を彼らに届かせていた。

 

「必要なことは()()()に問い質します。……シオリさん」

「ええ――【ペトラアイ】」

 

 名を呼ばれたシオリが滲み出るようにして姿を現し、昏倒した一党を一瞥で石に変えた。

 三人の中でも最も優れた【圏境】によって隠れ潜んでいたシオリに、今の今まで敵は誰一人として気づけていなかったのだ。

 唯一気付ける可能性のあった【ヒジカタ】は、彼らの手によって思考を封じられていたため……まさしく彼らの自業自得と言えよう。

 

「命子さん、こちらも終わりました」

『ういうい見てたよー。必要なものは回収し終えているからこのまま撤収しちゃおう!』

 

 そして当然のように術を通して覗き見ていた命子達に視線を合わせ、事の決着を伝える。

 朗らかに応える隣の命子を横目で見遣り、だらだらと脂汗を流していた杏子は……同じく脂汗を流して血の気を失っていた守護天使と顔を見合わせ。

 

「……あたし、ギャンブルはもうぜってーやらねぇ」

『人生最初で最後かつ最大のギャンブルでしたねぇ……』

 

 錆びついたブリキ人形のようなぎこちなさで頷き合い。

 つくづく()()()()()()()()()()()()()()()()()と安堵の息を漏らした。




・カス子
封鎖結界は権能化【トラポート】でするっと潜り抜け、透明化でサクッと要救助者を確保した。
任務では大体こういう裏方作業が多いのですっかり手慣れている。
初めてまともな天使を目撃して内心超びっくりしてた。

・邪視ネキ
対天使決戦兵器。彼女が出るだけでほとんどの天使は戦力外となる。
初めてジャッジを突破した天使に遭遇してすげぇびっくりしてた。
サリエルとしての権能がオールグリーンを示していたので、びっくりしつつも避難を呼びかけた。

・魔人ネキ
大軍? 知ったこっちゃねぇ殴れば勝ちだ! を体現する暴力の化身。
フェイバリットスキルは皆大好き【地母の晩餐】。自力習得スキルの代表がそれに加え【デスバウンド】【デスカウンター】【全体攻撃】なバスターゴリラ。
このあとめちゃくちゃ無害な天使と面会してなまらびっくりする。

・杏子&守護天使
神の愛は間違いなく運の良さとして現れていた愛されっ子。
バケモノのとんでもねぇ力を見て「やっぱメシアンってバカなんじゃないのか?」と改めて思い知った。
こんなのがガイア連合には割とごろごろいると聞いて、世の中の広さも思い知る。
今後については次回にて。

・過激派の皆さん
熱意だけはあるクソザコナメクジ。
一応司教のLvは30は越えていて、部下も平均20はあったりと、地上基準で言えば間違いなく超エリート。
ただ地獄上がりの獄卒の相手にはあまりに役者不足だった。
まだ生きてるが処遇については次回。

・天使の皆さん
戦力的にはクソやべぇ連中だったのだが、如何せん相手が悪かった。
邪視ネキのせいで本作ではほとんどの天使が敵になりえない弊害があり、もっぱら前座というか舞台の沸かせ役。
例外を除き漏れなく地獄へボッシュートされた。

・旧幕府軍の皆さん
刀でゴジラに立ち向かわされた可哀想な人達。
こちらの処遇についてもまた次回以降にて。
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