果てしない大地の上で二つの巨影がぶつかり合う。
共に全長二百メートルを超える超巨体。
激突するたび地平の果てまで轟くような激震に次ぐ激震。
世界を揺るがす攻防は幾度となく繰り広げられ、此処が今も海であったならば余波は津波を呼び、周辺へ甚大な被害を齎していただろう。
【巨大化】*1という
多大なMAGを消費して己が霊基を拡大し文字通り【巨大】になり大幅に強化する一種の状態変化で、転生者の間では原作ナンバリングタイトルの五作目に登場する【悪魔の石像】に近しいと目されている概念だ。
修行場下層以降では時折これを使ってくる悪魔が出現し、それらは例外無く
この世界において巨大であるということは、それだけで無類の怪力と無尽の生命力を齎すためだ。*2
だがこのスキルを習得している例の殆どは悪魔に限られる。
肉持たぬ情報生命体である彼らならばその姿形は変幻自在、大きさを変えることなど造作もない。
無論そこにも相性上の有利不利があり、誰もがスキルと認められる程に【巨大化】できるわけではないが、理屈の上では全ての悪魔に可能な技術である。
しかし人間は違う。
悪魔とは違い肉持つが故に確固たる存在を確立し、それ故に物理法則に縛られる人間は易々とは巨大化できない。
彼らが体格で巨大悪魔と伍するためには、一部の熱狂的な生産系転生者によって開発されているロボットの類を鎧って外付けするか、あるいは類稀な霊質と資質によって原則を無視して踏み倒すかの二つに一つ。
カレンの場合は後者であった。
以前深層にてネビロスとの合戦に勝利した折、その報奨としてネビロス立ち会いの下、魂の起源を辿るイニシエーションを経て、彼女は己が本霊を自覚するに至った。
世界で最も有名な神話群の一つ、ギリシャ神話における原初の地母神であり、数多の巨大な神々と怪物を産み落とした大いなる母はまさしく巨人の始祖と言える。
その神格の魂を宿し、尚も人間性を損なわず一度目の生を終え、二度目の生においては地獄すら耐え抜いて生還し、神々に伍するまで己を鍛え上げた彼女が遂に力の根幹を知ったならば、その程度の事象は余技にも等しい。
当然の
問題はその巨体を振るえるだけの機会がないという点だった。
そうでなくとも純粋性能に長けたカレンが巨大化して戦えば、ただ機動するだけでも周辺被害は尋常ではなく明らかな
巨神と化したカレンの戦闘に耐え得るフィールドも多くなく、習熟のために必要とされた訓練用異界は、莫大なリソースを費やした上で連合屈指の術者である探求ネキが直々に異界を構築し制御を維持する必要があった。
だから彼女は考えた。
慣れない異界構築技術を猛勉強し、業務の傍ら寝る間も惜しんで修練に明け暮れて領域の習得に励んだ。
高等技術に分類される術式を習得するのには多大な手間と苦労があったが、そこは高レベルならではのゴリ押しでなんとかした。結局のところ大抵のことはレベルがあればなんとかなるのだ。
だがそうして習得した領域は、根が脳筋な彼女の本質を反映したように単純明快そのものだった。
カレンの領域展開、【原初の大地】。
その効果は術者を中心にひたすらに広大な大地を展開する
領域内の法則を自在に操るでもなく、内外の行き来を封鎖するのでもなく、何らかの有利を齎すものでもない。
同様の奥義を習得したものからすれば"領域"と呼ぶことすら烏滸がましい、ただ広く頑丈なだけの無窮の地平。
だが、それで十分。
ただ巨大になるだけの権能と、ただ広いだけの領域。
単独で見れば不足が目立つ奥義の出来損ない。その二つを組み合わせた複合奥義。
対神巨大化決戦術式――号して【巨神決戦 ティタノマキア】。
単体で神話に名高い一大決戦に匹敵すると称され名付けられた
即ち原初の大地とは、
『雄ォオオオオオ――!! 異教の地母神なにするものぞ! 【閂投げ】!!*3』
「覇ァアアアアア――……【デスカウンター】【デスバウンド】」
ウリエルがスキルを行使し、MAGによって形成された巨大柱が幾本も降り注ぐ。
それらを防御姿勢で受け止め反撃の拳で応じると、そのまま左右の拳を交互に振り抜き連打を浴びせる。
両者があまりに巨大すぎるために遠目には緩慢にすら見えるが、実際に近傍でその激突を見届けている命子とシオリからすれば意思を持った嵐がぶつかり合うにも等しい。
一挙一動全てが天変地異にも匹敵する大破壊の余波を掻い潜りながら量産型を駆逐する傍ら、「まるで怪獣大決戦だ」と命子は軽口を叩いて。
「さーてとこっからが大変じゃんね。タイムリミットはあと僅か、それまでに決着しないと」
「そうね……でもどうするの? 結局ネフィリム達の不死は解決してないし、ウリエルの方もこのままじゃ千日手よ」
シオリの視線の先にはウリエルに支配されカレンを取り囲む完成体ネフィリム達と、今尚降り注ぎ続ける量産型ネフィリムがあった。
伝承に曰くウリエルはタルタロスを支配する地獄の長官であり、罪人達を監督する権限を持つとされる。
一方でティターンはタルタロスに幽閉された罪人であり、その形質をカレンを通じて強く受け継ぐネフィリム達を支配できているのもそれが理由だった。
即ち天に空いた深淵の穴こそは
……それらを生み出すまでに犠牲となった人々の数を思えば気が滅入るが、シオリはそれを考えないようにし現状の打破を考えることに努めていた。
シオリの疑念を受けた命子は思考を巡らせて思索に耽った。
量産型達は今や四方に散らばるのを止め、ウリエルと一体となってその存在を維持することに努めている。
原理としてはドレイン系スキルと似たものだろう、集う片端から
その回復速度は降り注ぐ量産型の頻度と数によってカレンの攻勢と拮抗しており、彼女がダメージを与える端から回復し続け千日手の様相を呈していた。
一方でカレンの方は決して無尽蔵ではない。
領域の展開も自身の巨大化も、どちらも多大なMAGを消費し続ける弩級の大食らい。
高レベル故の潤沢な内包MAGと、【食没】によって日頃から溜め込み続けた莫大な外付けMAGを用いても恐らくは
それだけの時間が許されるなら平時であればむしろ過剰とすら言えるが……同格以上の
故に命子達はカレンに確保できる三十分以内に決着をつける必要がある。
そしてそれが可能であるか否かで言えば――十分に可能であると言えた。
命子達が勝ち残り、ウリエルらメシアン戦力を滅ぼすことだけを考えるならばやりようはある。
しかしその選択を取るに際し命子には迷いがあった。その迷いの源であるカレンを見上げ、その戦い振りを見て確信を抱く。
「……やっぱカレンちん、
「気遣う? 何を……」
「完成体ネフィリムの中枢となった
魂を直接視る命子の眼には、ウリエルに支配され戦いに駆り出される完成体ネフィリム達の嘆きが克明に映っていた。
その霊質と適性の高さ故に自我を失って消えゆくことすらできず、異形と化した肉体と囚われた魂に
かのクリスマスに発射されたICBMに搭載された生体パーツと同様の原理で……メシアンの言う殉教によって犠牲にされ苦しみ続ける子供達の慟哭を、その霊と血の絆を通じてカレンは聞き拾っていた。
「【全体攻撃】の対象から外してるし、なるべくダメージを与えないように対応も
「子供……そんな……!」
ここまでに幾度か致命を狙って攻撃を繰り出したシオリが、その真相に思わず口元を抑えてえずいた。
彼女は悪魔に対しては冷酷だが、人間やその性質が色濃く残る者には酷く同情的で気に病む
かつて聖トラピスチヌ修道院においても、狂信的なメシアンとはいえその命を奪ったことを強く悔いており、それは今も変わっていない。
たとえ憎い仇のメシアンでさえ生来の気質から殺すに至れない彼女からすれば、形こそ異形とはいえその魂が子供達であるネフィリムを真相を知った今再び手にかけられるかといえば、それは否であった。
「つまりシオリっちも完成体に対しては戦力外通告と。うーん、勝利条件が段々厳しくなっていくねぇ」
「だ、大丈夫……それが必要なことなら、私だって――」
「顔真っ青にして言っても説得力ないよ。それに厳しいとは言ったけど――別に無理とは言ってないじゃんね!」
シオリの頭では解決策の見えない状況に対し、変わらぬ余裕振りを見せる命子からの
『そんなことが本当に可能だと?』
『一応やれないことはない、と思うけど……』
『勿論あたし含めてめっちゃ無茶してもらうしバチクソしんどいけど……キマればあのクソ野郎だけをぶちのめせるからスッキリ爽快だぜぃ?』
――どうだ、やるかい?
挑発的な発破にカレンとシオリは寸刻沈黙し……やがて意を決して賛意を示した。
『――やりましょう。私もほとほと連中には呆れ果てていましたから』
『私もやるわ……! ここまできて悔いを残すくらいなら死んだ方がマシよ』
『まぁ死んでも生き返すけどね、いざとなりゃ本社に泣きつくし。――そいじゃま手筈通りにヨロ!』
命子の合図で三人は再び動き出し散開した。
羽虫の如く足元を飛び回るシオリと命子を見てウリエルは嘲笑し声高に叫ぶ。
『ハッ、小細工か? だが貴様らが何をしようと私は止められんぞ!』
「先に小細工見せといて恥ってもんがねぇのかテメーにはYO!」
『減らず口を……! 直に貴様も――グフォッ!?』
「ところで余所見すんなってさっきも言わなかったっけ? 学習能力もねーなオマエ」
「お喋りしていただいても結構ですよ。すぐにその口も利けなくなりますから」
『ッ、の――魔女どもがァアアアアアアアアアアアア!!!!』
大天使の中でも一等苛烈な面の目立つウリエルらしく、またも命子の口八丁で激昂する。
そのザマを舌出し中指を突き立てて過剰に煽り立てながら、好都合だと内心ほくそ笑みながら命子は人形軍団の布陣を変えた。
「ちょーっとだけチクチクするけど我慢しなー。予防注射だかんね。というわけで【ロア】カモン!」
『満を持して我、登場。姿を隠したままの地味な
『AAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHhhhhhhhhhhhhhh!!!!』
広域制圧用の範囲火力の陣形から、属性をバラけさせた単体攻撃スキルの数々を投射。
基本属性に始まり主要な状態異常、その他マイナーな状態変化等を齎す攻撃を繰り出して
先に仕掛けた【アナライズ】では看破できない
完成体ネフィリムの巨体からすれば、小柄な命子よりも更に小さい人形の攻撃など蜂の一刺しに等しい。――つまり十分痛い。
しかしその膨大な生命力と不死性の前には大きなダメージにはなりえず、高レベル個体の当然の嗜みとして搭載されている状態異常耐性によって付随効果も耐え抜いていく。
Lv92の命子とLv70の完成体ネフィリム。レベル差にそれなりの開きはあるが、この領域になるとその程度の差ならば補正や耐性によって十分対抗し得るため、
しかしそれを覆すのが命子が召喚した【邪鬼 ロア】が唱える呪言――【禁じられた言葉】。
無差別に呪詛や致死の効果発動率を大幅に引き上げる彼の権能はネフィリムの耐性を突破せしめ、蜂の一刺しを真実有毒の針へと成し遂げていた。
とはいえ完成体ネフィリムは十二体も存在し、必ずしも効力を発揮するわけでもなく、当然あちらも反撃してくるため一筋縄では解析は進まない。
何かをやらかそうとしている命子をウリエルが看過するはずもなく、喚び出した量産型の幾つかをそちらに差し向けて妨害を図るが――
【ゴス! オレモ頑張ッテルゾ、ホメレ!】
「命子、こっちはもう……手遅れなのよね?」
「おうえらいぞワンコ、あとで最高級ジャーキーを買ってやろう。んでシオリっち、
ロアの妄言を聞き拾っていたのか、尻尾を振り回してアピールする飛丸を適当にあしらい、葛藤するシオリの背中を押して、駆け出す二名に対処を任せる。
たかがLv30の悪魔の群れなぞ鎧袖一触。確かに数こそ脅威だったが――カレンの攻撃を耐えて戦い続けるために自ら消費する必要が出た今となっては、その圧力は二人を押し留めるには到底及ばない。
幻惑の嵐を撒き散らしながら縦横無尽に駆け巡る飛丸に翻弄され、迷いの晴れたシオリの影を絶つ高速機動から繰り出される致命の刃の前に量産型は木っ端の如く散り、頼みの数を無為に消耗していく。
そして――
『グッ、ゴッ、ガ、ァア――!? 下手に出ていれば、貴様……!』
「下手に……? はて、今の今まで上から見下していたようにしか見えませんが」
『世界に遍く秩序を齎すためだと、何故理解せぬ! 主の被造物たる人間が――』
「ヘブライ人への手紙1章14節に曰く、『天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされた』のではなかったですか」
『異教徒が賢しらに囀るか!!』
「生憎これでも今世では信仰に生きていたのですけれどね……。それを理解せぬ異端の輩に貶められ、望まずとはいえ貴方のような悪魔に手を貸すこととなってしまいましたが」
『グッ、ヌウゥゥゥ――!!』
「弁舌は貴方の領分ではないでしょう。そろそろ沈黙の価値をお知りになっては? ――口を開けば開くだけ、主の恥ですよ」
その言葉に言語すら失ったように激昂して
もんどり打って背中から倒れるウリエル。即座に起き上がり薄汚れた大翼をはためかせ空へ逃げようとするも、その足首を捕まれ力任せに振り落とされ再び地面に倒れ伏した。
即座にマウントポジションを取って頭部をタコ殴りにするカレン。殴打するたびに地震が起こり、鐘の音がウリエルの頭蓋に反響して脳髄を掻き乱す。
情報生命体である
『ハァ……ハァ……クッ、たかが人間がこうも私に伍するだと……! ガイア連合……つくづく忌々しい連中め……!!』
「その言葉、そっくりそのままお前に返すわペ天使ヤロー。にしてもほんと呆れた生命力じゃんね。そのザマでよくも天使を名乗れたもんだ……あ、今はもう魔人だったっけ?」
『なんとでも言うがいい……! 一時の屈辱を味わっても、最後に勝つのはこの私だ……時間は常に貴様らの敵よ!』
痛烈なダメージを負ったウリエルへ量産型が群がり、その血肉をMAGに変えてウリエルの存在を補強する。
失われた生命力と魔力も見る間に回復していき、言い終わる頃には既に万全の状態へと立ち戻っていた。
リソースを消耗する一方の命子達に対し、負傷すれど幾らでも立ち上がり戦い続けられるウリエル。
まさしく時間は彼の味方であり、ウリエルが勝ち誇るのも当然と言えた。
だがそれを命子は歯牙にも掛けず鼻で笑い飛ばし、「タイムリミットだ」と挑発的な笑みを絶やさず宣告する。
『タイムリミットだと? 何を……』
「テメーの寿命に決まってんだろ。シオリっち、カレンちん。こっちの準備は整った――こっからは一方的な反撃だよ!」
「任せましたよ、命子さん」
「"門"は私に任せて!」
命子の宣言に対し、カレンは己を押し倒す完成体ネフィリム達をその腕で抱き留め。
シオリは大鎌を振り翳し、原初の大地の空を割いて夜を招く。
「来たれ宵闇、告死の月――!!」
シオリが権能を行使すると共に月が顔を覗かせ、降り注ぐ月光が大地を照らし出す。
彼女の切り札、固有結界【告死の月】。
死と月の秘密を司るサリエルの権能を表す魔術空間。天蓋に揺蕩う月は遍く世界を見下ろす天の眼であり、シオリの魔眼と
しかし今は邪視の瞳は伏せられ、月は死を告げず招かれたまま夜空に佇んでいた。
今この時に限り月は邪視の礎ではなく――これから招く大神性の門にして鍵。
頭上に輝く月を見上げ、命子は
「
『貴様ッ、その炎は――!?』
それは月光に負けじと煌々と燃え盛る一本の松明。
一見して粗末ながら――その裡に宿る神威は誰もが視たことのない絶大な圧を放っていた。
ウリエルの巨体からすれば
「――御身の神意を以て、悪しき因果の鎖を断ち切り給え!!」
祈念と共に宙空へ投げ出された松明を彼が握り潰すよりも早く――それを手にする腕があった。
降り注ぐ月光と共に降臨したその神格が、ウリエルの抵抗を易々と払い除け松明を手に名乗りを上げる。
『我が名は【天津神
『貴様は……【魔王 ヘカーテ】!! 何故貴様が天津神を名乗りこの場にいる!?』
『昨今の情勢を鑑みて宗旨替えしたのよん♪ 最近流行りのキャリアアップってやつ?』
天津神の一員を名乗りながら降臨した【ヘカテノオオヒメ】に対し、ウリエルはその欺瞞を糾弾した。
だがヘカテノオオヒメ――ヘカーティアはどこ吹く風と嘯き、己が神威を表す松明を片手に飄々と笑う。
しかしウリエルの混乱も無理はない。
自らを【ヘカテノオオヒメ】と名乗るこの悪魔の気配は紛れもなくギリシャ神話に語られる冥府の女神。
月と魔術を司り、あらゆる魔女を庇護する魔王。その
その大物が、なぜギリシャ神話から鞍替えして天津神を名乗り、本来の名を変えてまでこの場に参じているのか……ウリエルにはまったく見当もつかなかった。
喚び出した命子でさえ、彼女の存在を知ったときは耳を疑ったのだから。
とある事情*4で【KSJ研究所】の三人組と個人的に協力体制を取ることになった結果、その見返りとして贈られた【因果断ちの松明】。
かのギガントマキアにおいて
その効力は、聖四文字が健在なこの世界において唯一
『さてと、長話してる暇も無いしちゃっちゃと済ませましょうか。と言ってもこの相手にこの分霊じゃあ流石に独力では難しいから……そこの
「は……はい!」
同じく月と魔術を司るサリエルの力を宿すシオリに協力を呼び掛け、松明を高々と掲げた。
それに応じてシオリが
『斬るべきものは分かるわね?』
「ええ……ちゃんとこの眼には視えてるわ」
シオリの返答にヘカーティアは満足そうに頷き、彼女の喚び出した仮初の月を間借りして権能を奮った。
月が秘める魔導の真髄を励起させて、大鎌が宿した因果断ちの炎を更に熱く激しく燃え盛らせる。
共に月と魔術を支配する
一時ヘカーティアの代行者となったシオリはウリエルの眼前へと飛び上がり、赫々と燃え盛る三日月の如き刃を振り上げ。
「〝我掲げるは全ての権能を焼き尽くす因果断ちの炎、運命を切り開く極光の
『な、待――』
ウリエルの制止を遮り、ただ一度だけ大鎌を振り下ろす。
「――【クリュティオス・イクスプローシヴ】!!」
虚空を薙いだ大鎌は、ウリエルを斬らず、ネフィリムも斬らず。
誰の肉体も傷つけず痛みも与えないまま、
それは彼らの不死性――ではなく、ウリエルが持つ
望まぬ戦いへ駆り出されていた
『な、は――に……?』
『全くお優しいこと。……ま、その甘さ嫌いじゃないけど。せっかく後始末のために
「まぁしゃーないじゃん、こっちのほうがスッキリするんだし」
『近頃の人間って逞しいわねーほんと。落ち着いた頃に神社までいらっしゃい。お供え物たっぷりくれれば貴方達の悪縁も祓ってあげるから』
「お賽銭もバリバリ納めるんで是非オナシャス!」
役目を終えて霧散していくヘカーティアを見送って、命子はウリエルに向き直る。
彼は驚愕にしばし硬直していたが、やがて自分に何の異変も無いことに気付くと訝りながらもメンタルを持ち直す。
そして権能殺しの炎が己の弱体化ではなく、配下の支配権を破壊するに費やされたことを悟ると、その判断を嘲笑うようにクツクツと笑声を上げた。
『何をするかと思えば……今更それらの支配権を失わせたところでなんになると? 我が手から離れたのは確かに惜しいが、貴様らに従いもしない木偶の坊だ』
「さすがガキンチョを暴力で従えて殴り込んできたDV野郎は言うことが違うね。児童虐待が発覚したとき行政はどうするか知ってるか? ――保護だよ」
そう言って命子は人形軍団の支配を手放すと、霊糸を完成体ネフィリムへ接続した。
霊糸を通じて流れ込んでいく命子のMAG。さては無理矢理支配する気かと考えたウリエルがそれを阻止しようとするが。
「邪魔はさせないわ」
『クッ、小癪な――!!』
その行く手をシオリが阻む。
権能殺しの炎は失われたとはいえ、その残滓をほのかに纏う致命の刃と直接矛を交える不利を悟り、【閂投げ】に【サンライズ】、その他攻撃魔法で応戦するが、その全てをシオリは大鎌で切り払う。
ヘカーティアの置き土産か、より一層月と魔術の理解が深まったシオリの眼には、ウリエルの放つ攻撃を構成するMAGの綻びが視え、そこを突いてその存在を破綻させていく。
権能殺しならぬ
「十二体同時に魂保護しつつMAG情報を変質させるとかマジで無理難題だったけどなんとかなるもんやな! さすがあたし大天才!! カレンちん、覚悟はいいね!?」
「――ええ、お願いします」
命子の声にカレンが応え、霊糸で繋がれた彼女と完成体ネフィリムを極光が包んだ。
それは本社に住まうサマナー達が見れば既視感を覚えただろう
解析を終えた対象の基幹情報を【デビルソース】として抜き出す命子の
これはその応用。本来であれば強引にデビルソースへ加工する
命子をして全身全霊を賭して尚必ず成功するとは言えない土壇場の超高等技術だが……それを彼女は生来の
ほぼ瀕死にも等しい消耗の中、それでも自信に溢れた笑顔を崩さず自画自賛した命子。
彼女の献身の結果は――すぐにでも現れる。
「あ、ア、嗚呼、唖々――――!!」
光に包まれたカレンが苦悶の声を上げ身動ぎする。
完成体ネフィリムだった光をその身に宿し、己を掻き抱くように身悶えして、苦しみと――それ以上の使命感に満ちた声で喘ぐ。
それはさながら、
その絶大な苦しみを耐え抜き、光を飲み下して喘鳴する
震動はやがて大地震となり、原初の大地に亀裂を刻んだ。
その縁に掛けられた巨大な手――そこから這い上がるようにして、新たな巨影が地の底から身を乗り出す。
それは一つ、二つ、三つ――次々に姿を現し、全部で十二。その威容を新たにしてカレンの周囲に集結した。
【MA――MA――】
「全く……我ながら本当に無茶を……」
青息吐息の母を気遣わしげに取り囲んだのは、かつて完成体ネフィリムだったもの達。
しかしその姿は半神半魔の醜い異形ではなく――
男女それぞれ六名ずつ。同じ年頃の兄弟姉妹が十二も並んで母を囲み、喘ぐ背中を優しく撫でた。
「おめでとうございます、元気な十二つ子ですよ……あーしんど」
「ハァ、ハァ……そんな状態でも軽口を叩けると、一周回って頼もしいですね……」
命子が【デビルクラック】を応用して完成体ネフィリムの存在情報をカレンに転写し、カレンは地母神としての権能を用いてそれを再び産み直したのだ。
当然、無茶である。降霊術に精通し、魂の何たるかを深く理解している命子と、原初の地母神として数々の神格を産んだ【ガイア】の魂を受け継ぐカレンでなければ到底成し得ない奇蹟の極地。
あるいは出産をも司るヘカーティアの後押しもあったのかもしれないが……
【威霊 ティターン】――劣化を重ねた
『か、神の尖兵を奪い取る、など……神をも恐れぬ不届き者め……!!』
その一連の光景を前に、怒りに戦慄いたのはウリエルだった。
彼らの謳う秩序と正義の下、数多の献身と殉教の果てに生み出した十二体の決戦兵器。
それが魔王の権能によって因果を断たれ、メシア教が一切介在する余地なく改竄され変性した今、最早ウリエルの支配は及ばない。
一度は手に入れたものを異教徒の手によって奪われ利用される――秩序という名の略奪者だからこそその事実を認め難く、その行いを神敵であると糾弾し声を荒げようとして――己を睨めつける敵意の視線に気付いた。
【――――】
『な、なにを――』
それは幼いながらも確かな敵意を滾らせた
人格の元となった子供達は悪意すら知らないまま犠牲となった、善悪の区別すら覚束ない成長途上の幼子達。
しかしそんな分別を理解しきれぬ子供にも分かる、一つの真理がある。
――お母さんをいじめるやつは、悪いやつだ。
【■■■■――――!!!】
『ガッ、グォッ!? ゴフッ――や、やめ――!!』
言葉にならない怒声を上げ、子供達が殺到し力任せに拳を振るう。
体格で劣るとはいえ十二体に一斉に掛かられてはウリエルとて敵わず、引き摺り倒されたところを容赦無く足蹴にされた。
傍から見れば微笑ましくも見えないこともない光景だが、その実百メートル級の巨体が複数掛かりで力任せにストンピングする様は紛うことなき蹂躙である。
足蹴にし、殴打し、馬乗りになって囲んで拳で殴るたびに大地は揺れ、ウリエルの苦悶はその轟音に掻き消されて届かない。
地獄の支配権を封じられたことで量産型の更なる投入もできず、残った量産型も子供達の猛攻の巻き添えとなった今ウリエルに為す術は無く最早嬲り殺しにも等しい有り様だった。
「脳筋のLv100でもLv70の群れに囲まれたら棒で叩かれて死ぬ、はっきり分かんだね。いやー元気が良くて大変結構!」
「申し訳ないけどスッキリしちゃうわね……いいザマだ、なんてあまり言いたくないのだけど」
「シオリっちは甘すぎるんだよなぁ……まぁそこが美点でもあるんだけど。――それはさておき、最後のケジメ、付けさせよか」
「ええ……今度こそ終わりにします」
子供達の反逆を愉快そうに見物していた命子の前へ、復帰したカレンが進み出た。
大きささえ無視すれば本当にただの親子だな、と命子が感想を抱く中でウリエルへ歩み寄ったカレンは、ズタボロになった彼の胸ぐらを掴み上げると、据わった目付きで静かに見据え。
「さて……残された時間も多くはありません。ここでこの因縁にも決着をつけましょう」
『グッ……何を、するつもりかは知らんが……たとえここで我が身果つるとも、この魂は必ずや同胞のもとへ戻り、貴様らのことを伝え――』
「そのザマになっても帰還できるのですか。つくづく魂の悪用に長けた方々ですね。成程確かに、天使ならざる貴方を地獄へ堕とす権利は私達にはありません」
カレンの認めた事実に、ウリエルはやはり最後まで勝ち誇りを崩さなかった。
メシア教の天使にとって死は敗北ではない。
たとえ死するとも人間の魂は糧となり、天使の魂は同胞へ情報を伝え次なる勝利のための礎となる。
これまで命子達がメシア教から本格的な襲撃を受けてこなかったのは、シオリという
サリエルの権能を駆使する彼女にとり、メシア教過激派の天使は須らく堕天に値する。地獄に堕ちた魂は二度と天の国には戻れず、その情報が伝わることはない。
今の今までシオリが正体不明であり続けられた最大の理由であるが――しかしその力は、【天使】ならざるものには全く効力を発揮できない。
意図してのものかはたまた偶然か、【降天使】も【魔人】もサリエルの堕天権限の内には存在しない。
前者は既に自ら地上へ堕ちたものであり、後者はそもそもが地獄の住人である。
天使ならざる身であるのに天の国への帰還方法を用意できているのは流石と言うべきか、それともダブルスタンダードと言うべきか。
事情はどうあれウリエルが勝ち誇るには十分な理由があり、たとえこの場は敗れるとも第二第三の軍勢を率いて必ずや報復する意志が彼にはあった。
だがウリエルは……この期に及んで尚思い至らなかった。
その前提を覆し得る手段が存在することを……命子達三人が抱えた激怒の程を。
怨敵に相応しい末路を用意するだけの
「そう……私達に貴方を地獄へ堕とす権限はありません――なので力尽くで送り込みます」
『――――は?』
ウリエルの疑問にカレンは痛烈な蹴り上げで応えた。
天へと一直線に蹴り上げられた脚にウリエルの巨体が高々と空を舞う。
規格外の剛力で放り出された巨体は雲を突き破って上昇し……やがて重力に引かれ再び一直線に落下する。
既にウリエルに空を飛んで逃げるだけの余裕はなく、そもそも飛行の概念を支える翼は子供達の蹂躙劇でとっくに失われていた。
何をする気だ――そう重力に引かれるまま地上を見下ろすと、カレンは蹴り上げた脚を高々と掲げたまま、万力を込めて待ち構え。
――その傍らで大鎌を手に舞い、MAGを迸らせる
「ええと……〝月光満つる処に我はあり! 黄泉の門開く処に汝あり! 出でよ、奈落の陥穽――【ヴォイドゲート】!!〟*5」
高らかに詠唱を完了し、権能を最大限に発揮して門を開いた。
それは黄泉への通路。権限として彼を地獄へ堕とすのではなく――ただ地獄への門を広げるだけの奥義。
ちょうど落下地点に開かれた地獄への直通門と、その傍らで踵を振り上げた姿勢の
『な、は――ま、まさか……!?』
その末路を予想して蒼白となるウリエルを、地獄の門から覗く視線が見上げていた。
突如開かれた地上との通路。地上から地獄への一方通行に物見遊山の悪魔達が見物に集まり――
「おっ、なんやなんや」「ひえー久々の
「――騒がしいと思って来てみれば……これはこれは。また面白そうなことをしていますね、御三方」
物見遊山の地獄の悪魔達が地上を覗き見てそう口々に野次を飛ばす中、聞き慣れた声が命子の耳朶を打つ。
姿こそ見せないまでも紛れもなく地獄の陸軍元帥――【堕天使 ネビロス】の愉悦に満ちた声が響き、それに命子は嗜虐の喜悦を孕んだ声で応える。
「突然で悪いけどサプライズプレゼントだぜ、黒おじ。受け取ってくれよな!!」
「ええ、ありがたくいただきましょう。……なるほど時折堕ちてきた天使達は貴方達の仕業でしたか。良い趣味をしていらっしゃる」
ネビロスの賛辞に地獄の門を開いた当のシオリは、微妙そうにしながら社交辞令の会釈を返し。
いよいよ目前に迫ったウリエルを待ち構えたカレンと、その末路を手ぐすね引いて待ち侘びる地獄の悪魔達を前に――ウリエルは遂に絶叫した。
『や――』
「――地獄に堕ちろ、クソヤロー」
『やめろぉおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオォォォォォオオオオオオオオオ――――!!!!?!??!?』
〝ヒューッ!!!〟
命子が親指を下に向けて吐き捨てると同時、完璧なタイミングでカレンの踵落としが炸裂。
天地を揺るがす剛力を秘めた踵で更に加速し、抵抗も許されず奈落の底へ真っ逆さま。
それを見て地獄の悪魔達は快哉しスタンディングオベーション。新たにやってきた
ウリエルの絶叫は悪魔達の歓声に掻き消され、やがて閉じられた地獄門がその絶望を全て呑み込んだ。
そして訪れる静寂。
限界を振り絞って地獄への門を開き、そして閉じたシオリも満身創痍で大鎌の柄を杖に体を支え。
遂に限界を迎えたカレンも倒れ、展開されていた領域が綻んでいき、その魂に紐付けられた
残る命子も重い体を動かして二人を寄せ集めると、やりきった達成感と極度の疲労で青い息を吐きながら。
「……とりま後始末は他に任せるってことで」
「異議なし……」
「ですね……」
そう言って最後の力を振り絞り、安全な
・カス子
アホみたいに頭を使ってカロリーもMAGも全消費。
ぶっちゃけウリエルしばくだけならもっと余裕があったが、完全無欠の勝利のためにクソ難易度の勝利条件を満たしたせいで疲労困憊。
こんなデビルクラックのやり方は二度とやらねぇと決意を固くした。というかやれと言われても無理な裏技である。
高レベルでなければ即死だった(
・邪視ネキ
月と魔術を司る超大先輩のヘカーテ様のサポートで一時的に超ブーストがかかった。
因果断ちの奥義は流石に負担が強く、その後強引に地獄の門を開け閉めしたせいで消耗がマッハ。
普通の堕天宣告なら自動的に地獄送りにできるのだが、対象外の悪魔を送り込むための地獄門の開閉は無茶というレベルではない。
同じく高レベルでなければ即死だった(
・魔人ネキ
例えるならば児童虐待DV旦那から子供達の親権を奪い取って豚箱に叩き送ったバリキャリウルトラウーマン。
巨大化した上で大怪獣バトルを繰り広げ、完全無欠の勝利のために処女懐胎&十二つ子緊急出産を果たしたグレートマザーというかビッグマム。
やはり高レベルでなければ即死級の無茶である(
・完成体ネフィリム改め【威霊 ティターン】
その素質の高さから犠牲となって尚も魂の形を保っていたことで、三人娘が「救わなきゃ」となったグレートキッズ。
邪視ネキの悪縁断ちとカス子のデビルクラック式助産術、そして魔人ネキ気合の出産儀式で魔人ネキ直属の眷属悪魔として新生した。
本作における女神転生要素の体現者。みんなおかあさんがだいすきな良い子たちです。
・【天津神 ヘカテノオオヒメ】
ギリシャ神話から八百万神群に鞍替えした元【魔王 ヘカーテ】。詳しくはアビャゲイルさんの作品を見よう!
この御方がいなければ戦いはトゥルーエンドを迎えられずビターに終わっていた。
問答無用のMVPであり、三人娘のソンケイを一身に勝ち取った無敵の女王。
この後道南支部に勧請され、立派な分社を建立されカチグミの仲間入りを果たした。
・ウリエル
地獄送りにされケジメされました。
その後? 大歓迎を受けてるんやろなぁ……おそらく地獄では一大イベントとなってお祭り騒ぎだろう。
その末路はさながらベヨネッタのラスボスフィニッシュムーブめいて派手にキメられ、地獄の悪魔達から喝采が挙がった。
まぁフィニッシュムーブに入るまではクレイトスさんブチギレのテーマが流れた魔人ネキにボコボコのボコにされたが(
・作戦参加者の皆さん
地上でゴッド・オブ・ウォーとベヨネッタを同時展開してんじゃねぇよと宇宙猫になった。
このあと後処理にとんでもなく苦労させられることになる。
責任者三人共ダウンしちゃったのでね(
ラスボスはしにました。完全無欠のハッピーエンドです。邪悪滅ぶべし。
次回で本編完結です。でもネタはまだまだあるからこれからは不定期更新で頑張ります。