章区分を改めまして本編完結後の話を「番外編」とし、終末前の話を「閑話」、終末後を「後日談」としています。
今回は五稜郭事変の後くらいの話。
――北海道・函館
時は核の雨降る半終末。
諸外国の大半が核の焔に焼き払われて滅びゆく中、唯一往年の平和を保てている日本にも終末の魔の手は忍び寄っていた。
それは増加する悪魔犯罪であったり、蠢動するメシアンの企みであったり、あの手この手で終末の道連れにしようとしている。
それを水面下で押し留めているのが今や世界に冠たる一大組織、【ガイア連合】。
あなたは、その長き手の一つである【道南支部】に属する尖兵。
同支部が抱える闇夜の警邏、赤黒の装束纏う吸血部隊、ブラッドジャケットの一員だった。
『隊長さん、そっちから回り込め! それで袋の鼠だ!』
『避難は済んでいるようですね。訓示が行き届いていて助かります』
100万ドルの夜景の合間を縫って影が舞う。
黒札を除けば道南支部の最大戦力である金札・佐倉杏子とその仲魔である【天使 パワー】のアンジェロ。
そしてブラッドジャケットの隊長であるあなたが複数名の部下を指揮しながら繰り広げていた大捕物は、当初の目算に反して随分と梃子摺らされていた。
単純に下手人の
半終末の今日、ガイア連合のお膝元である日本で事を荒立てる愚者は少ない。
神と呼ばれる悪魔ですら盟主の顔色を窺い、その傘下に加わる現状において明確に敵対するのは、それこそ連合の宿敵であるメシア教過激派くらいのもの。
そして彼らはとかく
「ハァ、ハァ……クソッ、行き止まりか……! 同じ主を戴きながら悪魔に与する背信者め……」
数時間に亘る夜闇の追跡劇も、やがて下手人が袋小路に追い詰められて終わる。
無論単なる物理的な壁は彼ら覚醒者の障害にはなり得ない。しかし同じ覚醒者であるブラッドジャケットが周囲を取り囲み、同格の実力者である杏子が矛先を向ける中、それを突破するだけの力も彼にはなかった。
まさしく袋の鼠。窮地を察した顔からは、お決まりの文句と共に苦々しげな声が溢れる。
『毎度のことながら、誰も彼も同じことを言いますねぇ。同じ主を戴いていても、その解釈が異なれば同胞足り得ないのは、他ならぬ彼らの主張のはずですが』
『問答は無用だぜ。必要なことはあとから
是、とあなたは片手を挙げた。
あなた達は獲物を前に舌を回すような愚は犯さない。念話によって統制された沈黙の狩人である。
隊長であるあなたの意を受けて、部下達が静かに攻撃姿勢を取った。あなたもそれに応じて構える。
腰元に吊るされた髑髏意匠の《魂囚えの角灯》が揺れる。連合屈指の
そして魂に直接問い質せる彼女がいる以上、肉体は無用である。故に彼らの捕物は、常に下手人の抹殺によって完遂される。
今回も同じ。必殺の陣形でブラッドジャケットが構え、杏子もそれに続き――
「……やむを得まい。かくなる上は――グ、ォ、ガアアアアアアア!!!」
『!』
――追い詰められた過激派教徒の異変を察し、あなたは迷わず必殺を繰り出した。
続く部下も、そして杏子も。作劇のように悠長に変異を待つことなどしない。
狙い過たず迅速必殺、確実に息の根を止めようと攻撃を繰り出して――
「――軽い」
「おいおい……マジかよ」
――その尽くが弾かれた。
思わず杏子も念話を忘れて驚愕を溢す。
しかしそれも一瞬で切り替え、観察眼を凝らす。
何らかの手段によって敵が変異したのは確実。
これまでにもそうした手合いは数多くいた。しかし肉体改造や降霊変異の類とは異なり異形化の形跡は見られず、一見して人体そのもの。
しかし溢れ出るMAGは変異前とは一線を画し、
唯一変貌した形相から放たれる眼光を受けて、知らず背筋に冷や汗が流れる。
思わぬ強敵の出現に、あなた達は死を覚悟した。
だが、同時に決して抗えぬ相手ではないことも悟り、却って戦意が奮い立つ。
「御託はあとだ。今はこの場を切り抜けねぇとな。やるぜアンジェロ、隊長さん」
『イヤですねぇまったく! 帰ったら特別ボーナスものですよこんなの!』
「――――」
――そして死闘の幕が上がった。
◇◆
「――で、見つけた痕跡がこれだと?」
「そーそー。上手いことウチのが確保してくれてねー。見た感じ
はいどーも命子さんです。
五稜郭の一件から暫く、例の完成体ネフィリムとの決戦に向けて強化計画を練っていたところに緊急の案件が舞い込んできたから、諸々の処理をして本社まで飛んできました。
敵については今のとこ当事者からの聞き取り調査しかできてないけど、聞いた感じ割と大事っぽいので手隙の幹部陣を集めてもらって、有識者である漢方ニキも呼んで緊急会議です。
その漢方ニキはあたしが提出した痕跡――切手サイズの黒い紙片を手に眺めて、興味深そうにしている。
「ふぅむ……見た感じ魔薬の類だな。匂いが既存の薬物のどれとも違う……どれ」
「おいおい、口にして大丈夫なのかよ……」
「これが一番手っ取り早いからな……うぅむ、この味は……」
「本霊の神農も過剰摂取で死んだんですから、あまり無理はしないでくださいよ?」
「そうならんためにレベルを上げてるんだがなぁ……まぁこのくらいなら許容範囲だ」
一目で魔薬であることを見抜きながら、それを迷わず舌に乗せた漢方ニキに霊視ニキが思わず声を掛ける。
並の黒札なら自殺まがいの所業だけど、本霊が神農の漢方ニキなら話は変わる。
権能の領域に達した実力者でもあるニキは、神農の伝承通り口にすることであらゆるものの薬効を識別可能だからだ。
合流前から優秀な薬学者だったらしく、加入後は医療班の薬学チームのエースとして辣腕を振るう漢方ニキにかかれば、未知の魔薬だろうと解析できないものはない。
……まぁ本霊に近しい分体質も大分神農寄りになってて、体内で濃縮された薬効のせいで中毒患ってるんだけど。
それを克服するためにレベルを上げているので、漢方ニキは生産職のくせにかなり腕利きだったり。まぁそれはさておき。
「で、どう? なんかわかった?」
「とりあえずこれを服用した過激派はご愁傷さま、とだけ。よもやこれをここまで
「その口ぶりだと心当たりがあるのか?」
「心当たりというか、元は俺が開発した覚醒剤だな」
その発言に皆が思わずギョッとした。
漢方ニキの見た目でそう言われるとシャレになんねーからこえーんだよ。アヘンおじさん*1とは別人だとわかっててもさぁ!
「勘違いするな……
「ああ、覚醒剤ってそういう……確かにその手の薬物は何度かアプローチしたことがありましたね」
「元は地獄めぐりが辛すぎるっつークレームから始まったんだっけ? 薬物でトランス状態にして覚醒しようってやつ。個人的には甘えんじゃねぇって感じだけど」
「そう言えるのは一部のガンギマリ勢だけだ……大半は根が小市民の俺達に望むのは酷だろう。そう思って俺も開発しようとしたんだが、まぁ失敗してな……」
「その失敗作が流出した、と?」
「いや……厳密に言えば開発を断念したんだ。覚醒そのものはできるが後遺症が重くてな……
煙管で一服しながら漢方ニキが天上を見仰ぐ。
そして長く重~~い溜息を吐いて、やるせなさたっぷりに呟いた。
「正直どうやって流出したのか皆目見当もつかん。研究そのものは社外の個人研究所で行っていたからそこからだとは思うが……」
「この際経緯はさておくとしてだ。具体的にどういう代物なんだ、これは?」
気になるっちゃ気になるが、流出してしまったもんはしゃーないしね。
ぶっちゃけウチらの研究って個人的なものが大半だから、その管理体制には杜撰なとこあるし。
極論自分たちに被害が無ければそれでヨシ、みたいなとこもあるから……紛うことなき暗黒コーポ体質である(
「この魔薬だが、率直に言えばドーピング剤だな。服用者の魂魄を犠牲にMAGを一定領域まで大幅に増強させる……そういう代物だ」
「……モノとしてはオーソドックスですね。さして珍しくもありませんが、効能の程は?」
「ガイア基準でレベル30は堅いだろうな……服用者のポテンシャル次第ではもう少し上もありうる。一般人を黒札レベルまで引き上げる手段としては破格だろう」
「おいおいおい……そりゃまた随分だな。そんなもんが過激派の手に渡ったって?」
「だが先も言った通り魂魄を損なう……服用したが最期、一晩も保たんだろう。蘇生も効かん。魂の確保を主目的とする連中からすれば本末転倒もいいところだ……精々鉄砲玉にしか使えんよ」
「逆に言えば鉄砲玉程度にはなる、と。なんともまぁ……面倒な代物ですね」
「更に言えば素材もそれなりにコストがかかる。魔界直通異界を抱えていて、日夜フォルマを荒稼ぎしているウチからすれば大したものではないが、外部では確保もままならんはずだ……」
「するってぇと対症療法が一番ってことか? 見かけ次第始末していけばいずれ底を突くと」
「そうなる……我が身から出た錆で迷惑をかけて申し訳ないが、関係各位にはそのように注意を促してくれ」
「ういうい、そうしとくー。まぁ出稼ぎに来る黒札なら問題なく対処できるレベルだし、始末そのものはどうとでもなるかな。金札以下の現地勢力には厳重注意しとくねー」
今回の件で負傷したあんこやブラッドジャケットには悪いけど、総合的な脅威度としてはそれなり程度やね。
しかしそっか、霊魂も回収できなかったみたいだからそうじゃないかなとは思ってたけど、魂魄も損なうレベルかぁ。
こんな代物じゃあダークサマナーすら敬遠するレベルだろうし、そもそも目端の利くダークサマナーは早々に連合の傘下に加わっている現状、用いるだろう手合いはそれこそ過激派くらいのものとなると、まぁ別に現状と大して変わらんわな。
こちとら無敵の人対策は永遠の課題じゃけぇ、今更この程度で動じると思うなよってね。
で、ここまではいいとしてだ。
「……で、ここまで誰もツッコまなかったけどさぁ」
話が一段落したところで、もうひとつの手掛かりを提出。
激闘の末に辛勝したあんこ達が撮った、過激派の死体写真。
グロ注意なそれだけど今更それに動じるあたしらでもなく、注目すべきはそいつの顔。
肉眼で確認できた唯一の変異箇所である目元――
「これやっぱ
「「「やっぱり?」」」
皆思い当たるところは同じだったのか、口を揃えて言った。
やっぱそうだよなぁ~~~~~~~!! あたしも証拠写真見せてもらったとき「マジで?」って思ったもん!
証言からもひょっとしたらって思ったけど、まさかマジでヘルズ・クーポンだとは思わねぇじゃん!
「うっわマジか……マジでヘルズ・クーポンじゃねぇか」
「転生前の創作知識に類似した事例は今までにも無数にありましたが、まさかこんなものまで再現されるとは驚きですね……」
「正直ブツとしては本家から更に劣化してるがな……量産性も安全性も原作以下だ……」
「最低最悪の改悪品を更に下回るって一周回って芸術じゃんね。まぁコンセプトは共通してるけど」
「俺達が忍者側ってか? んで連中が極道と……迷惑具合ではいい勝負だけどよ」
「実際の戦力差は忍者と極道ってレベルじゃないですけどね。まぁこれなら命名もそのままヘルズ・クーポンでいいんじゃないですか?」
「そうだな……そのほうが俺達の間でも通りがいいだろう。……しかしそっかぁ、俺の薬がこんな使われ方するのか……」
「ガチめに凹んでんじゃん草。まぁ元気出しなって、悪いのはパクったあいつらなんだしさ。とまれヘルズ・クーポンの名前で注意喚起しとくわー」
多分大半二度見してから笑うと思うけど、現地にとっては笑い事ではないので対処は真面目にしましょうねっと。
どこから流れてきてるのかはわからんけど……なんとなーく大陸のほうかなぁなんて思ったりしつつ、北の防人として本土への流入は阻止せんとな。
つーかこちとら決戦前でクソ忙しいってのに余計な面倒持ち込んでんじゃねーよクソが! これだからメシアンは嫌いなんだっつーの!!
「んじゃま話は纏まったところであたしは帰るねー。しばらくは向こうで話し合わなきゃだからレベリングお休みかなぁ」
「おう、
「私の方でも気に留めておきますね」
「俺は整理整頓しておく……娘には小言を食らうだろうが」
「あいさー。ほいじゃま失礼!」
◇◆
にわかに意識が浮上したのをあなたは自覚した。
しかしその感覚は酷く鈍く、四肢は鉛のように重い。
酩酊感にも似た強い目眩を覚えながら視線を動かすと、ここが支部の治療室であることがわかった。
そこの寝台の上に自分が寝ている……ということは、大きな損傷を負ったのだろうか。
常人の尺度において不死と呼んで差し支えないあなたが安静を要するとはそういうことだ。
あなたは事の次第を思い出そうとして思考を巡らせ――ようとした矢先に治療室の扉が開いた。
「あ、目を覚ましたのね」
入室したその人物を見て、あなたは思わず思考を止めた。
風に小さく靡く黒髪、双眸の一つを眼帯で覆った美貌の名を宮古シオリ――あなたにとって因縁浅からぬ人物である。
より厳密に言えばあなたにとって拭い難い負い目のある相手であり、向こうからしても決して好印象を持ち得ない間柄。
それを抜きにしても彼女は支部――どころかガイア連合全体を見渡しても上位に位置する特級戦力にして文字通りの超人。
咎人として連合に飼われているあなたとは到底釣り合うはずもない殿上人である。その彼女がなぜここに? あなたは混乱した。
「意識ははっきりしてる? 体は……まだ重そうね。一応差し入れの果物も持ってきたんだけど……」
その口振りからして……ひょっとして見舞いに来てくれたのだろうか?
あなたはにわかに心躍った。しかし体は鈍く、長く沈黙を貫いてきた口は重く閉ざされている。
咎人として絶対遵守の縛りを課され、支部の黙せる暴力装置として飼われてきたあなたは、支配者の一人である彼女への口利きを許されていない。
だが今はそれが却って功を奏した。もし意思を示せたならば、思わぬ幸運に軽口を叩いて彼女の不興を買っていただろうから。
そう――あなたは彼女に惚れていた。
それはあなたが咎人となる前。
そして彼女も超人となる前。
互いに"悪魔"の存在を知り、表社会に背を向ける前から、あなたは彼女の虜だった。
その彼女がこうして見舞いに訪れ、差し入れまで持ってきてくれたという。
あなたはなんとかしてその恵みに与りたいと思ったが、即座に自省して心を鎮めた。
好いた美少女――時を経た今となっては見違える程の美女となった彼女からの差し入れは、是が非でも食べたいと思ったが、グッと我慢した。
咎人として囚われ、悪魔のような三人組*2に改造され、連合の飼い犬となった彼は、この世の現実をよくよく思い知っていた。
「なぁに、食べれるの? じゃあ剥くからちょっと待ってて」
――と思っていたのだが意図を察した彼女は手ずから林檎を剥き始めた。
あなたの覚悟は木っ端微塵に砕けた。我慢の鎖? ああ、そこに散らばってるよ。
ウサギさんの形に切り分けられた林檎を差し出され、あなたは逡巡した。
本当にこれを食べてもいいのか? 実は罠じゃないのか? あるいは夢――「食べないの?」食べます!
あなたは差し出されたウサギさん林檎を口にし、幸福を噛み締めた。
鋼の聖女と名高い支部長が率いる道南支部では、咎人出身が揃うブラッドジャケットにも公平に食事が与えられている。
懲罰部隊でもあるブラッドジャケットの扱いは主によって千差万別だが……道南支部は極めて扱いが良いと言えた。
少ないながらも
噂によれば他所ではそれこそ奴隷のような扱いもあるという中、自分たちは格段に恵まれているという自覚があった。
そんな中、意中の女性からウサギさん林檎をあーんしてもらえる――これ以上の幸福があるだろうか? いやない。
奴隷の鎖自慢と笑わば笑え。だが人権も奪われ何もかも失った今噛み締めた幸福を否定することだけは許さ――「ねぇ」
「あなた、その……
あなたは思わず背筋が冷えた。
恐る恐るシオリを見遣れば、彼女は僅かに赤面した様子で視線を逸らしながら。
「そんな風にされたら、視たくなくても視えちゃうから……黙って食べなさい」
そう言えば彼女は眼が良いのだったか。常人には見えないものも視えてしまうのだと。
ともすれば場合によっては考えていることすらも――そこまで考えてあなたは血の気が引く思いがした。
「別に心の中まで視えるわけじゃないけど……単純にMAGに感情が出過ぎだから。というよりあなた、普段はそんなことないのになんで今回だけそんな……ああもう!」
治療中に意中の相手が見舞いに来てくれた、というシチュエーションに舞い上がっていたからとしか言いようがなかった。
無論それを口に出しはしないが、事の流れでそれを察したシオリと、それを悟られたあなたの間に気まずい沈黙が横たわる。
誤魔化すような林檎の咀嚼音が響き、やがてそれも途絶えると、一層気まずい空気が張り詰めて意識しながらも視線を逸らす時間が暫し続いた。
「……ねぇ、あなた体は大丈夫なの?」
やがて沈黙に耐え兼ねたようにシオリがそう尋ねると、あなたは思い出したように自らの具合を確かめた。
寝起き間際に感じた通り感覚は鈍く、体は重い。しかし致命の気配は無く、暫く安静にすれば問題なく快復する気配を察し、それを伝えると彼女は一安心したようにホッと一息ついた。
「そう……よかった。あなた、杏子ちゃんを庇って重傷を負ったって聞いたから。そのときに良くないものまでもらっちゃって、いつものように再生できなかったらしいし……」
はて、なぜそんな事態に……? あなたは記憶を掘り起こして事の次第を思い出そうとした。
過激派の出現を察知して佐倉女史と共に出撃し、一派を始末しながら追い詰めたところまでは良い。
そして残る最後の一人を相手する段になって敵が何らかの強化変異を起こし……そう、思わぬ強敵の出現に激戦となったのだった。
結果として部下達の大半が戦闘不能に陥るもこれを追い詰め、今際の際に佐倉女史へ放たれた一撃を庇って負傷し、回復のために敵から【吸血】して――
そこまで思い出してはたと気付いた。
そこでちょうど記憶が途絶えているが、その際に激烈なショックを受けた感覚がある。
並大抵の呪詛や毒物は受け付けない身体であるにも関わらず、それを突破して命に関わる重篤症状……それを食らったのだろうとあなたの歴戦の感覚が告げていた。
「杏子ちゃんが慌てて駆け込んできたものだから、そのまま集中治療室に送ったの。原因は敵が服用した薬物らしいけど、詳しいことは命子が本社に持ち込んだから知らないわ」
なるほど、とあなたは得心した。
またぞろメシアンお得意の外法戦術の仕業だったらしい。
ブラッドジャケットとして幾度となく交戦した今、あなたもメシアン連中の手口はよくよく思い知っている。
その大半がろくでもないものばかりで、あなたとしても内心辟易するばかりだ。――あなた自身、それをできる立場でないことは重々承知していたが。
ともあれそういうことなら命があっただけ儲けものだろう。
元より命の保障無き懲罰部隊。咎人揃いのブラッドジャケットである。
気前の良い主のおかげで今日まで生き延びられているが、いつ命を落としても不思議ではない身の上だ。
かつてのあなたなら冗談ではないと考えただろうが、この世の理不尽を目の当たりにしてきた今のあなたにとっては
絶対服従の縛りの中に死を命じられることは含まれてはいないが、それは死なないということではない。なまじ死ねない分苦しいことだってこの世にはある。
ともあれ思ってたよりなんてことのない結果に、却ってあなたの心は軽くなった。
男ってのは慣れればずぼらなものである。それが何であれ、命であれ。
そう思って枕に頭を預けたが、ふと見上げたシオリの表情は如何にも「不機嫌です」と言わんばかりに皺が寄っていた。
「……私、そういう考え、嫌いだから」
よもやまたも思考が漏れていたのだろうか。
だが彼女からしても自分はいつ失ったとて惜しくもない駒だろう。
元より恨み骨髄の相手。彼女が裏社会に身を窶す原因となった
「あぁ、そっか……そう思われても仕方ない、のよね……」
そう思っていたのだが、どうやら彼女は違うらしい。
というか既にナチュラルに思考を読まれているが、そんなに自分の考えが見え見えなのだろうか。
思考どころか生殺与奪すら彼女らの手の内なのだから今更だが。
あなたは開き直って問い質す意思を示した。
「そりゃあ村長のことは許せないし、許すつもりもないけど……だからってその身内まで同じように憎むなんてできないわよ。……身を削って助けようとも思わないけど」
そういうものだろうか。
あなたが最初に知った黒札――KSJ研究所の三人組は、こと怨恨においては
言われてみればあなたとて当初は身内の巻き添えで人体実験に駆り出され随分と彼らを恨んだものだが……いつしかそれも鳴りを潜めていた。あなたの場合それは
その点彼女は随分と真っ当な――超越者らしくない、如何にも人間臭いところがある。その割にここへ配属された当初は随分棘っぽかった気もするが。
「それは憎む以前の問題だから……昔あんたに『おれのヨメにしてやってもいいぞ!』って言い寄られたの、普通に気持ち悪かったし」
心当たりしかなかった。まさしく若気の至りである。
当時のあなたは村の支配者層であり、この世の全てが我がものと信じて憚らなかった。
誰もがあなたに媚び諂う中で、見初めた相手を配慮することなどあろうはずもない。
今にして思えばあまりに未熟。消し去りたい過去そのものだったが、肝心の相手が彼女で、しかもバッチリ覚えているとなっては消えぬ烙印である。穴があったら入りたかった。
「まぁでも、ウチに来てからは真面目に働いてるし……周囲からの評判もいいから、今はいいけどね。それに小さいときのことだから、いつまでも言うのもみっともないでしょ」
天使かな? ダメだヘイトスピーチになる。
ともあれあなたはますます彼女に惚れた。実のところ、今も昔もあなたは彼女にぞっこんである。
ただ、重ねていうがあなたの幼さと環境がそれを歪めていただけで。そして今や叶わぬこととなっても、時折見れるならそれでいい。
あなたは今や飼い犬だが……主に尻尾を振る自由くらいはあるだろう。
「…………。はぁ……それじゃあパック、取り替えるから」
微妙な沈黙の後、立ち上がったシオリがあなたに繋がれたカテーテルのパックを取り替えた。
言われて気付いたそれにあなたが訝しむと。
「これ? 私の血。あなたの血が薬物で汚染されたらしくて、デトックスする必要があるっていうから……MAGも必要らしいし、仕方ないから私が分けてあげたの」
なにそれ聞いてない。あなたは思わず上体を起こした。
改造の末に吸血鬼の端くれとなった今のあなたにとって、血とは甘露そのものである。
そして血とは、高位の存在のものほど甘く、魅力的であるのは吸血種にとって共通の常識。
そして彼女は世界全体を見渡しても超上澄みの実力者であり、血どころか毛髪一つとっても価値ある者。
そんな彼女の血を……輸血? マジで? あなたは堪らぬ背徳感に目が眩んだ。
「……言っとくけど緊急措置だから。普通の人の血じゃMAGも量も足りないから、仕方なく分けてあげてるだけだから」
それでも破格の措置であることはあなたにも理解できた。
ひょっとしたら快復後はますます強化されるかもしれない。そんな予感がある。
いや、それよりも――!
「……なに?」
……余ったら一口でいいので舐めさせてもら「調子乗んな、寝ろ」――あなたは邪視を受けて昏倒した。
最後まで煩悩ダダ漏れのままだったあなたを見遣って、シオリは心底呆れたように溜息を吐き――本当に仕方がなさそうに、小さく笑って。
「それじゃあおやすみなさい――慎二」
久しく口にしてなかった彼の名を呼んで、治療室を後にした。
・あなた
果たして誰が彼の存在を覚えているのだろうか。
邪視ネキこと宮古シオリの同郷にして、村長の孫であるボンボン。
村長のやらかしの連座でKSJ研究所の実験対象となり、改造の果てブラッドジャケットとして道南支部に売られたアイツである。
正直こんな風に持ち出すつもりは当初なかったのだが、アビャゲイルさんとこのキラーパスによってポップしてきた謎パーソナリティの一人。
支部ではブラッドジャケットの隊長として日夜酷使される割と出世株。改造の相性がよかったのか割とポテンシャルが高い。
そしてこの世の理不尽を目の当たりにしてきたことで却って開き直り、割と愉快な性格となった変なやつである。
今回の件でいろんな意味でおもしれー男なのが邪視ネキにバレてしまった結果、何故か距離を縮めるきっかけを得た。
・邪視ネキ
道南三人娘の一人。
あなたとは幼馴染ではあるが、いろんな意味で論外の相手だった――本来なら。
奇縁によってブラッドジャケットして配属された彼と再会し、業務上なんやかんや関わりを持ちながら今日まで至った結果、奇跡の和解を果たした。
というよりは彼女が大人というか真っ当というか、ダメなやつほど「仕方ないなぁ…」となってしまうタチが変に発露してしまった結果がこれ。
黒札として活動するうち本当にどうしようもない連中を数多見てきた結果、アホボンくらいのやつはむしろ可愛げがあるくらいにまで感覚が麻痺してしまったせいとも言える。
本人に自覚があるかはともかくとして、少なくない量の血を分け与えてしまった結果は、やがて思わぬ形で実を結ぶこととなる。
・カス子
――という二人のやりとりをバッチリ把握していたカス。
内心爆笑しながら別に害はないしいっかと放置した。邪視ネキが納得しているならそれでヨシ。
・魔人ネキ
今回の話には登場していないが、邪視ネキの行動を「健気ですね……」と微笑ましく見守っていた鋼の聖女。
彼女の運営理念は極めて公平であり、ブラッドジャケットだからとて謂れなき迫害を許さない。
彼らからすれば間違いなくSSR上司。
・漢方ニキ
(゚∀。)y─┛~~
本霊が神農の上位勢俺達。本名
見た目と権能がアレなせいで誤解されがちだが真っ当な薬学者。ただし権能の影響で常に中毒症状でラリパッパなのは事実。
切っても切り離せない中毒症状を何とかするためにレベルを上げた武闘派でもあり、状態異常戦術のスペシャリストでありながら回復にも長けた凄腕。
麻薬ニキと呼ばれると怒りはしないが目に見えてしょげる一児の父。妻には先立たれた。
ちなみに娘も娘で毒物大好きな【妖鳥 チン】のデビルシフター。
愛飲してるタバコは中毒症状を和らげるための薬草類である。
・
皆大好き忍極のアレ。
元は漢方ニキが研究していた覚醒補助剤だったが、流出して改悪に改悪を重ねた結果、命どころか魂を犠牲に一時のブーストを得る劣悪な強化魔薬と化した。
黒札には何の意味もないが、一般人が服用しても並の黒札レベルの戦闘力を得られるという意味では破格の代物。
その効能といい見た目といい、どう見ても例のアレなのでそのまま名付けられたが、費用対効果を見れば原作より遥かに劣る。というか原作がおかしいまである。
メタ的に言えばぽっと出のボスキャラが欲しくなったときのシナリオフック。