ヤミさんの命を狙う宇宙人達との騒動から一夜明けた。
あいつらは全員無事に第三王女が呼んでくれた銀河警察とやらに引き渡され、映画とかで登場するようなでっかい宇宙船で連行されていった。
生の宇宙船を見て内心テンションがぶち上ったのは内緒である。VBと一緒になってはしゃいでしまった。多分バレてない。バレてないよね?
それはそうとヤミさんがボソッと『私の宇宙船の方が……』って呟いていたのは何だったんだろうか。とても気になる。聞き返しても教えてくれなかったし……。
そんなこんなで一件落着したとはいえ黒幕の正体へと繋がる情報は何一つ掴めず、不安要素だけが残ってしまった。気絶したスカムを叩き起こして問い質しても、あいつは『何も知らない』の一点張りだったし。指とか数本折っても良かったのかもしれない。
……いや、分かった事はあった。
まさか、メアさんの正体が
ヤミさんの話によると、黒咲芽亜は、ヤミさんの開発データとやらをベースに闇の組織で創られた第二世代の能力者らしい。そういう背景から、メアさんはヤミさんの妹にあたる存在なのだという。この話は結城先輩と第三王女にも教えられた。まだよく分からない事だらけだから、一先ず美柑さんには伏せてある。
そしてヤミさんが吐露してくれたメアさんへの気持ちは、とても心が暖かくなるものだった。
が、しかし——
「ふふふ♪」
そんな渦中の少女——メアさんに、今僕は、学校の屋上で押し倒されてるわけだけど…………どうしてこうなった?
小悪魔的な笑みのメアさんから見下ろされながら、ここまでの経緯を思い返す。……揺らさないでほしい。
なんとなく今日はいつもより早く登校したのだ。
僕以外の生徒が誰も居ない時間帯。話し相手のVBは、久しぶりに使った
そんな時、下駄箱でメアさんとエンカウント。普通にビビって変な声が出てしまった。音も無く背後から耳に息を吹きかけないでほしい。僕は耳が弱点なのだ。
彼女は僕が来るのを待っていたらしく、いつもと違う雰囲気の笑みを浮かべ、大事な話があると僕を屋上へ誘った。――
自ら正体を明かしたって事は……VBの事を知らているだろう。やっぱり昨日感じた誰かの視線はメアさんのもので、気のせいじゃなかったようだ。
…………で、もしかしたら黒幕について何か聞けるんじゃないかと思い、二つ返事で着いて行き——このザマである。いやぁ、ホイホイ着いて行くもんじゃないね……どうしましょ、この状況。最高にダサい。VBが起きてたら笑われていたかもしれない。——と、そんな事を考えていたら、メアさんが顔を寄せてきた。
「ハイジくんはもうわたしが誰の妹か聞いてるよね?」
「……ああ、うん、聞いてるよ。君のお姉さんから直接ね。で、君達の目的は一体何なのさ。ていうか押し倒す必要あった? あと近い」
「わたし達の目的は、ヤミお姉ちゃんに元に戻す事だよ」
無視かい。
しかしヤミさんを元に戻す、か。それはつまり、
黒幕の言葉を思い出してしまってムカついていると、メアさんがおさげを
「わたし達は『兵器』。その存在意義はね、戦いの中でしか証明されないの。なのにヤミお姉ちゃんってば、ソレを忘れて呑気に暮らしているんだよ? 殺さなきゃいけない筈の結城リトせんぱいも、適当な理由で生かし続けてるし」
「…………」
「だからわたしが手伝ってあげるの。家族として、妹として、ヤミお姉ちゃんが結城リトせんぱいをうまく抹殺できるように」
「……そっか、なるほど、ね。君達の目的はなんとなく分かった。それで? その刃で僕を殺すのかい? 悪いけど、そう易々と僕は——」
「ううん、殺さないよ」
と、メアさんが首を横に振って言った。
放たれていた殺気と怒りは霧散し、
…………あれ?
不思議に思っていると、彼女は近づけていた顔をそっと離して今度は僕の頬に触れてきた。
「だって、ハイジくんの事が欲しくなっちゃったんだもん」
「…………は?」
いきなり何を言ってるんだろうか……。
ますます混乱する僕を他所に、メアさんが話を続ける。
「ヤミお姉ちゃんの今の在り方を肯定し、寄り添った貴方は、わたし達にとって邪魔な存在になる。だからヤミお姉ちゃんの心がこれ以上誑かされる前に、ハイジくんを消す必要があった。でも、そんなわたし達の心をハイジくんは奪っちゃったの。何でか分かる?」
「……い、いや……えっと、ごめん、分かんない……」
「くすっ、じゃあ教えてあげる」
それはね、とまた顔を近づけてくる。
「ハイジくんがわたし達に似てたから、だよ」
「に、似てる……?」
「勿論それだけじゃないよ? スカム達と戦う姿にも惹かれた。地球人とは思えないフィジカルとアジリティ、敵に対して容赦の欠片も無い攻撃性、そして
「………………えぇ」
絶句。まさに絶句である。
初めて見るメアさんの恍惚とも言える表情に、僕は若干の恐怖と嫌な予感を感じた。
あと意味深にお腹の下を撫でるんじゃないっ。目に猛毒すぎるっ。
このままではまずいと思った僕は、メアさんから顔ごと目を逸らした。そして両肘を使って力ずくで脱出を試みてみる。瞬間、グッと強い力で押さえつけられた。彼女の髪で磔みたいな状態である。ホント、
「もうっ、まだ話は終わってないんだから、動いちゃダメだよ」
「……ッ」
「——貴方を殺すつもりだったマスターは興味を持ち、わたしは貴方に心を奪われた。……これが『恋』ってやつなのかな? そうだったら、とっても素敵……。ねぇ、わたし達のモノになってよ。そして一緒にヤミお姉ちゃんを元に戻して、一緒に宇宙で暮らそ?」
「え、嫌だ」
僕は即答した。
考えるまでもない答えだった。
目に見えてメアさん表情が不機嫌に変わる。
僕の両腕を縛る髪が少しキツくなる。……怒らせてしまっただろうか。例えそうだったとしても、僕の考えは変わらない。
そもそも僕は、黒幕——マスターとやらが大嫌いなわけだし。メアさんには申し訳ないが、そいつの仲間になるなんて論外なんだよ。
しばらくしてメアさんが息を吐いた。
「……まぁ、ハイジくんならそう言うと思ってたよ。ハイジくんって、マスターの事キライみたいだし」
「……はぁ、分かりきってるなら早く退いて——」
「じゃあ、今からハイジくんの事、ぐちゃぐちゃに襲うね」
「…………………………はい?」
今、何て言った? 襲う?? 何で??? あと、不吉な擬音が聞こえたような……いやっ、呆けてる場合じゃない! どうにかして止めないと、洒落にならなくなる!!
「ちよっ、ちょっと待って!! 一旦、落ち着こっか!?」
「やだ、待たない、めちゃくちゃにする」
「は!?」
「そんなに怖がらなくていいよ? 大丈夫、わたしに身を委ねて、ただ気持ちよくなるだけでいいから♪」
メアさんが舌なめずりをした。
全身に変な汗が滲む。再度脱出を試みる——が、さっき以上にビクともしなかった。……僕は今日色んな意味で死ぬのかもしれない。起きて、VB。
「ねぇ、何であの黒い腕を使わないの? アレ使ったら逃げれるんじゃない? ……あっ」
「え、何、そのニヤニヤは……」
「わたしにイジメられたくて、わざと使わないとか?」
「ッ、ンなわけ!!」
「じゃあ、いただきます♡」
言って、彼女は——
「——はむ……ん……れぇ」
僕の耳たぶをはみ、舌先でなぞり、舐め始めた。
ゾクゾクとした感覚が僕を貫いた。
「ちょっ!! ばっ、何してんの!!??」
「何って……味見♪」
「はァ!!??」
「続けるね!」
「ッ!?」
にゅるり……と、今度はメアさんの舌が耳孔へと侵入する。
それはくちゅくちゅと艶かしい音を立てて、鼓膜を経由し僕の脳と理性を犯し始める。
ヤバいヤバいヤバい! おかしくなるおかしくなる! 気持ちいいなんて思うな!!
「——れぇ……ちゅぷ……じゅる、ぅん……ぷはっ。……あ、気持ち良さそうな顔してる。やっぱりハイジくんって耳弱い?」
「………………そ、そんなわけっ……ないだろ……!」
「照れてるの? 可愛い。ますますイジメたくなっちゃう」
照れてねぇし、可愛いわけないやろがい、コンチクショウ。
なんかもう……疲れた。VB〜。早く起きてくれ〜。
疲弊していると、メアさんが唐突にベストを脱ぎ始めた。僕の目がぎょっとなる。心做しかメアさんの息が荒い。
「何してんの!!??」
「ハイジくん舐めてたら、えっちな気分になっちゃった……」
「よ、よし分かった! 今までの行為に目は瞑るし、忘れてあげるから、早く離れてベストを着ろ! まだ間に合う——あつ、こらっ、シャツのボタンを外すんじゃない!!」
「えへへ」
えへへじゃないんだよ、不覚にも可愛いと思ってしまった!
「…………ねぇ、ちゅー、しよ?」
「しません!!」
「なんで? ハイジくんだって興奮してるじゃん。ほら、ハイジくんの
「どこ触ってんの!!!??」
「どこって、おちん」
「言おうとしなくていいから!! いい加減にしないと怒るよ!!」
「口、開けて?」
「それは僕が知ってるちゅーじゃない!!」
「ぇあー……」
口を開いたメアさんが迫ってくる。
だらんと出された彼女の舌先からよだれが滴り落ちる。
駄目だ、全然聞いてない!! 僕の貞操が危ない!!
クソッ、こうなったら、一線を越える前に——奥底で蠢きを感じた。その瞬間、僕の影が広がる。
メアさんが勢いよく離れ、髪を刃に戦闘態勢を取った。
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ァァァァ…………』
不機嫌な声に呼応して影が波打つ。
やがて影は形を作り、数本の黒くて細長い腕を伸ばした。……鉤爪があるって事は怒ってるな。それでも危機的状況を脱して安堵する。
僕はゆっくり立ち上がる。
腰あたりをぱんぱんと叩いて土埃を落とす。
黒い細腕——VBが僕を指差した。
『ハイジてめぇコラっ、心臓が五月蝿くて寝れやしねぇぞ!』
「来るの遅い!!!!」
『俺様がキレられんの!? 理不尽過ぎんだろ!!』
ごめんて。
『ったく、今どういう状況だぁ? やべぇ事は何となく分かるが……』
VBが固まる。
いつの間にかYシャツのボタンを全部外したメアさん。
方や、耳がぐちょぐちょで不服にも前屈みの僕。
『あー……そういう、はいはいはい……』
VBは得心するかのような仕草を見せて。
『スマン、邪魔した』
影に戻り始めた。
「戻るな戻るな!!!!」
『お前もそういう歳頃だもんな、分かる分かる。邪魔して悪かったよ。だがまぁ、流石に朝っぱらから学校で盛るのはどうかと思うぜ? いや、学校でヤルっつーシュチュは燃えるし、滾っちまうのも仕方ねェか。あ、ヤルにしてもちゃんと避妊しとけよ? 一番大事だからな!』
「何勘違いしてんの!? 全部違うから!!」
『しっかし、相手はクラスメイトときたもんだっ。っか〜、ハイジきゅんも隅には置けないねェ! このこの〜』
「うっっざ!!」
小突いてくるんじゃないよ、だる絡みもやめろ。
僕はため息を吐いた。
こちらの様子を伺うメアさんから視線を向けたまま、VBにはカクカクシカジカとここまでの経由を説明する。端的に言うとヤバいである。
VBは軽く引いて、ドンマイと言わんばかりに僕の肩を叩いた。いや凹んでねぇし。残念がってもねぇよ。初めては純愛でノーマル派なんだよ僕は!
まぁ、何はともあれ拘束は解かれた。
そろそろ朝のSHRも始まるだろうし、早く教室に戻ろう。
そう思った瞬間、目の前に刃があった。
「くッ!!」
ギリギリで回避して転がりながら体勢を立て直す。
メアさんを見やると、彼女の瞳は爛々としていた。
どうやら簡単には逃がしてくれないらしい。……やるしかないか。
つま先で影を叩くと、一本のナイフが排出された。それを掴み取って戦闘態勢に入る。
「影からナイフ……っていうか、その黒いニョロニョロって喋るんだね。貴方はいったい何者なの?」
『あ? 誰がニョロニョロだ、ガキンチョ。無理矢理ハイジの童貞を奪おうとしやがって……!!』
「あ、うん、怒ってくれるのはありがたいんだけど声抑えて」
『確かにコイツは、いつも家や教室で
「声デケェし、余計なお世話だ!! あと何回も言うんじゃないよっ、絶対面倒な事になr」
「へぇ、ハイジくんって、童貞なんだぁ……♡」
「ほら言わんこっちゃない!!!!」
クソみてぇな茶番に僕はキレそうになった。
さて、VBには能力が二つある。
身体強化とVB自身を武器に変える『
心臓への負荷による制限時間付きがあるものの高火力を出せる
しかし欠点はある。
取り出している物は全て本物を象った
壊された二十三本目のナイフが宙を舞って消える。
今度はバールのような物で何度目かの肉薄。
だが、秒で彼女の赤毛に絡め取られて破壊される。虚しい。うーむ、やっぱり数で押すのは厳しいか?
距離を空け、影から次の武器を引っ張り出しながら考えていると、さっきまで爛々だったメアさんが唇を尖らせていた。
「もうっ、どうしてハイジくんから攻撃して来ないの! スカム達の相手するみたいに戦ってよ! 暴れてよ! 防いでばっかじゃつまんない〜!」
「つまんないって……」
『無茶苦茶言ってんな』
「十分相手してあげたでしょ? そろそろ教室行かなきゃ。それにこれ以上騒いだら他の生徒に気づかれるかも。ほら、早く
武器を離して影の中へ収納し、屋上の扉へ足を向ける。
とんでもない目に遭ったけど、まぁ、進展はあったし良しとしよう。ホント危なかった。アレの事はさっさと忘れるべきだ。……うん、帰ろ帰ろ。
「ハイジくん、思ったより強くないね」
後ろで興醒めしたかのような声が聞こえた。
ドアノブを掴もうとした手が止まる。
体はメアさんの方を向いていた。
は?
「………………誰が、強くないって?」
「ハイジくん♪」
「——へぇ……」
『落ち着け、ただのしょうもねェ挑発だ。あんな見え透いたモンに乗る必要なんてねェよ。早く行こうぜ? な?』
VBの言うとおり安い挑発だ。
大丈夫、ちゃんと理解してるよ。
まぁ、ぶっちゃけ好き勝手されたから、一回はメアさんをギャフンと言わせたかったりする。
しかし、ここで挑発に乗ってしまったら相手の思うツボ。
強くないと言われた事は癪に障るけど、沸点を下げるため深呼吸する。大丈夫大丈夫、煽られてるだけ。
「ざぁこざぁ〜こ♡」
——僕の中で何かがぷっつんした。そんな音がした。VBのため息も聞こえた。
ゆっくり大きく息を吸って、勢いよく吐き出す。
なるほどなるほど、君はそういう女子なんだな。
ならお望みどおりやってやるよ!
「——VB」
『……これ以上騒いだら他の奴らに気づかれる、そう言ったのはハイジのはずだが? どうなっても知らねェぞ?』
「うん、大丈夫だよ」
ちょっと目に物見せて、
「分からせてやる!」
足元の影が広がる。
そこに手を突っ込んで神経を研ぎ澄まし——引き抜いた。
「
能力発動特有の罅の痣と痛みが全身を走る。
影の金槌を握りしめ、メアさんの方へ視線を向けると、彼女の目の色が変わっていた。
「……もしかして、それがスカム達を倒した力なの? スゴい、さっきと全然違う。ハイジくんの威圧感がビリビリ伝わってくる……素敵」
「そりゃどーも、喜んでもらえて何よりだよ。——それじゃぁ、思う存分……味わいやがれッ」
地を蹴り、間合いを詰めメアさんの懐へと潜り込む。
「ッ、ウソ!?」
メアさんが初めて焦った表情を見せる。
【
おぉ、大抵の奴らなら攻撃を喰らってるのに避けられるなんて、素晴らしい反射神経だ。流石はヤミさんの妹。まぁ、逃がすつもりは無いけどね。
距離を離そうとするメアさんの腕を掴む。そして力一杯引き寄せ、そのまま押し倒す。【
形勢は逆転した。たとえ
これで今は懲りてくれるととても助かる。
そう思っていたら彼女はクスッと笑い、僕の胸ぐらを 引っ張てきた。互いの鼻先が触れる。
「……もっと遊びたかったのに、残念、
「? どういう意味——」
「——……何をしているんですか、二人とも」
!? この声は!!
上空で白翼を広げたヤミさんの姿があった。
「や、ヤミさん……」
「ヤミお姉ちゃん……」
屋上に降り立ったヤミさんは、無言で此方に近づいて来て僕の襟首を掴みメアさんから引き剥がしてくれた。しかし安心したのも束の間、持ち上げられジト目を向けてくる。
「おはようございます」
「お、おはようヤミさんっ……。えっと……ど、どうしてここに……?」
「妙な気配を感じたので。……ハイジは何故メアを押し倒しているのですか?」
「え!? あっ……そのぉ、これには深〜い事情というものが
ございましてですね……」
「なるほど。では、メアの服を脱がしていた事にも深い事情があるんですね」
ゴミを見るような目である。一部の性癖の歪んだ奴らはコレで興奮するんだろうなぁ……って違うだろっ、現実逃避をするな! このままじゃ今日一日ヤミさんに口を聞いて貰えなくなるぞ!
僕は瞬時に思考を巡らせる。
……………………クッ、ダメだッ、どう足掻いても最悪なパターンしか浮かばない! そもそも僕は服なんか脱がしていないし! メアさんが勝手に脱ぎ出したんだよ! 冤罪だ!!
とにかく僕は、両手を振って否定を試みる。
「ち、違うんだヤミさん! 僕はメアさんに——」
「わたしに分からせてやるって押し倒したんだもんね!」
「メアさん!!??」
「………………………………ハイジ?」
「ひぃ!?」
声のトーンひっく!!
堪らず僕は心の中でVBを呼んだ。
VBが心底面倒臭そうな反応をする。
《……お前なぁ、ビビってないでちゃんと説明しろよな》
(この状況で出来るとでも!!??)
《あー……うん、出来ねぇな。スマン、軽率だった。で、俺はどうしたらいい?》
(助けてください!!!!)
《……ったく、世話の焼ける。だがいいぜ、俺様に任せな!》
(ぶ、VB……さん!!)
《敬称するほど!?》
流石僕の心臓! カッコイイ!! 勝った!!!
VBが出てきてくれてヤミさんを宥める。
『まぁまぁ、ハイジを離してやってくれよ嬢ちゃん』
「VB、貴方が人前に出てきたという事は……」
『ああ、そこの赤毛女に色々とおちょくられてな。やり返した結果、勢い余って押し倒してしまったっつーわけだ。服もソイツが自分で脱いだんだよ』
「そう……だったんですか」
ヤミさんの怒りが収まっていき、僕は下ろされた。
た、助かった……のかな?
「……すみません、ハイジ。貴方の話を聞かずに責めてしまって……」
「ぜ、全然気にしてないよっ。むしろあんなの見たら僕を疑うのも当然だしっ。うん、大丈夫、ヤミさんは悪くない!」
「わたしに耳舐められてた時興奮してたくせに?」
「そうそうメアさんに舐められて
…………今、とんでもない事を口走ったような?
メアさんはボタンを留めながらニコニコ笑顔。
VBは『あちゃー』と言わんばかりのジェスチャー。
ヤミさんは………………うん!
(僕は何かやっちゃったね!)
《そうだな。掘削機でやってんのかってぐらい墓穴掘ったな》
刹那、顎への衝撃と共に僕の意識は途切れるのであった。
◆ ◇ ◆
「……ねぇ、ヤミお姉ちゃん。どうしてアゼンダ達の戦わなかったの?」
気を失ったハイジを引きずって運ぼうとする私に、メアが問いかけてきた。
私はハイジの足を掴んだまま、メアに視線を向ける。その表情は困惑に満ちていた。
「……モモちゃんやハイジくんが来なかったら、殺されてたかもしれないんだよ……!?」
「…………かも……しれませんね」
「ッ、だったら!」
「私が間違っていたんです。独りで抱え込まず、初めから友達を頼るべきだったと今は思います」
「友達を……頼る…………?」
「ええ」
頷いてハイジを見る。
「確かに、私達は戦う為に作られた兵器なのでしょう……。それでも、私達には人と同じ
だからと続ける。
「もし貴方が私を家族として本当に迎えたいと言うのなら、まずはクラスメイトなどの身近な人と触れ合ってください。そのぬくもりを感じて知ってください」
そうすれば貴方もいつかはきっと——。
メアの蒼い瞳が揺れる。
「……人のぬくもり……? 何ソレ、意味分かんないよ……」
小さく震えた声でそう言って、メアは去って行った。
メアが混乱するのも無理もない。
私も最初は似たような感情を持っていた。
人との触れ合いとぬくもりは、兵器である自分にとって不必要で理解出来ないもの。そう思っていたのに、何時しかそれらは必要なものに変わり、私の心を温めてくれたのだ。
——と、掌に微かな振動が伝わった。
私はため息を吐き、振動を伝えてきた人物へ細めた視線を向ける。
「盗み聞きとは……趣味が悪いですよ」
「…………」
彼は申し訳なさそうな顔で立ち上がった。
何か言いたげな様子で私を見てくる。
「……何ですか?」
「いやぁ、お姉ちゃんなんだなぁ……って」
「う、うるさいです」
「あはは」
どこか嬉しそうにハイジは笑う。
それがどうにも揶揄われた気がして、彼の脇腹を何度も小突いた。止めんません。生意気なハイジが悪いんです。
しばらく小突き続けると、ハイジは降参と言わんばかりに右手を上げた。
「ごめんごめん、揶揄ったつもりは……あちょっ、待っ、強い強い! 今脇腹ミシって! ミシって言ったよ!?」
「勘違いしないでください。別に照れてなんかいません」
「勘違いしてませんけど!? 脛蹴るのはシャレにならんて!! VBもしれっと混ざって小突くな!!」
『え? もっとやれって?』
「言ってねぇわ!! あ、待って、ホントごめんなさいっ、放課後たい焼き奢ってあげるから!!」
「……まぁ、いいでしょう」
たい焼きに免じて許してあげます。
「さて、そろそろ教室に——」
ソレを見つけてしまい、私の体は固まった。
恐る恐るハイジに指摘する。
「あの……開いてます……」
「? 開いてるって何が?」
「えっと、その……」
なるべく見ないようにしながら指差す。
「……ず、ズボンのチャックが、開いて……」
「!?」
ハイジは目にも止まらぬ速さでズボンのチャックを上げた。何故か顔は真っ青である。そして狼狽。
……怪しい。普通こういう場合は羞恥心で顔が赤くなったり、気まずくなるのでは? いや私も詳しくは知らないのだけれど、以前読んだ小説のワンシーンは確かそんな感じだった筈……。
はっとして、先程のハイジとメアのやり取りと思い出す。
「…………その焦りよう、やはりメアに手を出して……?」
「えっ!? 違う違う! あれは誤解なんだってば!! どちらかと言うと僕は被害者なの! そうだろっ、VB!!」
『あぁ? 赤毛の小娘に襲われて勃起してたってヤツか?』
「お前スゴいな、このタイミングでトドメ刺してくるなんて。血も涙も無いのか?」
『無ぇな。影だし』
「〜〜〜〜〜ッッ!!」
頬を張った乾いた音。
回転しながら宙を舞うハイジ。
朝のSHRを報せるチャイムが鳴る。
不可抗力と生理現象によるものだったとはいえ、面白くない、と思ってしまった。何故そう思ったのかは分からない。どうやら最近の私の心は忙しないらしい。
「ハイジのバカ……」
言う必要性の無い言葉が勝手に出た。
……本当に私の心は忙しない。特にハイジの事になると尚更……な気がする。地球の本をもっと読めば、この感情が何なのか分かるかもしれない。
気絶したハイジを放置……は可哀想なので、私は彼を引きずりながら屋上から離れるのだった。