「……はじめましての人ははじめまして、金色の闇です。今日からこのクラスでお世話になります。よろしくお願いします」
そう淡白に言って、教壇前に立つヤミさんがぺこりとお辞儀をした。歓迎の拍手と男子たちの歓喜の声が混ざって響く。
いや、早過ぎない?行動力凄いな。びっくりだよ。ああ、でもやっぱり彩南高の制服似合ってる。
「じゃあ、後ろの空いてる席に座ってくれ」
「はい」
担任の小川先生に促され、頷いたヤミさんは指定された席へと向かう。
その間もクラスメイトたちの視線は釘付けだ。特に男子の。分からんでもないけど…………うーむ。
《なんだ嫉妬か?》
(うっせェ、黙れ、ぶっっっ飛ばすぞッ)
《え、怖っ、キャラ崩壊?》
断じて嫉妬じゃない。いやマジで。
だって、彼女にそういう感情を向けるのは、お門違いというか何と言うか…………。うん、忘れよう。
ヤミさんの席は窓側の一番後ろ。思ったより僕の席と距離は近かった。
それから少しの連絡事項があって、朝のSHRは終了。
そして終わるやいなや、一部の男子たちが一斉に立ち上がり、ヤミさんの席を囲むように集まって質問攻めを始めた。何なら口説こうとするやつもいる始末。目に見えて下心全開だ。鼻の下も伸ばしてるし……。
「や、ヤミちゃん! これ、俺のオススメの本! 漫画だけど読んでみてよ!」
「いつもたいやき食べてるよねっ? 俺、学校近くのたいやきが美味しい店知ってるからさ! 今日の放課後にでも一緒にどうかなっ? いくらでも奢るよ!」
「ね、ねぇ、俺の顔たいやきに似てると思わない!? 可愛いでしょ!」
「………………」
うわぁ……、四方八方からの質問にシカトを決め込んでいらっしゃる。ヤミさんにいたっては
さっきの人マジでたいやき顔だったな。テレビ出れるよ、テレビ。
それはそうと、ヤミさん、教室に入ってからずっと難しい顔をしてるような……考え事? あ、こっち来た。
「えーっと……お疲れ様? 有名人は大変だね」
「有名なのはハイジの方では?」
「それは悪い意味で、だよ。こんなナリだし……ていうか早かったね。びっくりした」
「はい。正直、あの男にお願いするのは嫌でしたが、背に腹は変えられません。一言だけ言って了承をもらいました。今は恐らく、目を覚まして校長室の片付けをしている最中でしょう」
「……一体何をしたの?」
「調子に乗っていたので」
グーにした拳をぶんぶん振るうヤミさん。金色の髪もゆらゆら。
あーシバいたんだろなぁ。それも思いっきり。
まあ、あの
「でも、ヤミさんが
「ハイジも言っていたじゃないですか。転入すれば、地球の文化が色々学べると。……それに、嬉しい……って……」
「…………あっ」
数日前に言ったあの発言を思い出し、僕の顔が熱くなる。
うーん、慣れないセリフは言うもんじゃないね、とにかくむず痒くなってしまう。あまり口にしないでおこう。
ヤミさんが軽く両手を広げて見せる。
「あ、あの……制服、どうでしょうか?」
「えっ? いやぁ……その……に、似合ってる……よ……。うん、めちゃくちゃ……似合ってる……ます……はい」
「そ、そう……ですか……」
「「…………」」
変な雰囲気が流れ、僕とヤミさんは、互いに目を逸らして無言になる。
言ったそばからだよ。ますます顔が熱くなる! ほらもう、VBのやつがニヤニヤしてる気がする……。でもしょうがないじゃないかっ、似合ってるのは本当のことだし、聞かれて答えるのは筋ってモンでしょ。あー、もう、恥ずかしっ。
「――私の予想通り、転入早々モテモテでしたね、ヤミさん♡」
パタパタ手で頬を扇いでいると、猫を被ったような甘ったるい声が耳朶を打った。第3王女だ。転入早々モテモテはこの人の方では?
何やら第3王女がヤミさんに耳打ちをする。
「ヤミさん。あれから、
「!」
第3王女の言葉に、ヤミさんの目が僅かながら細められた。
やけに強調された『誰かさん』の部分。おおかた先日のことだろう。
男子生徒たちを操ってヤミさんを襲わせた謎の人物。
その謎の人物は、昔のヤミさんを知っていて、殺し屋の世界に戻そうとしていた。あれは本当に何だったのだろうか……。
(……って、ヒソヒソ話してるみたいだけど全然聞こえる。聞いてていいのかな)
《いいんじゃねーの? ハイジはあの場にいたうえ、得体の分からんやつに喧嘩売った張本人だしよ》
(……そう)
《あん時のお前、カッコよかったぜ〜》
(茶化すな茶化すな)
思い出して若干の気恥しさを感じつつ、僕は二人のヒソヒソ話をぼんやりと聞いた。
「何か力になれることがあればいつでも言ってくださいね?」
「力……ですか?」
「はい♡ これでも銀河を統べるデビルーク王の娘。戦闘は勿論のこと情報収集などでも微力ではありますが、ヤミさんのお役に立てるかと思いますので、是非」
「それは頼もしいお話しですね。ですが……プリンセス・ モモ。私はまだ、あなたをそこまで信用していないので。結構です」
「かはッ!?」
ヤミさんの言葉がぐっさり刺さったのか、第3王女は胸を押さえてよろめいた。仲良さそうなのに……意外だ。
第3王女は「あはは……」と乾いた笑いで頬をかいた。幻覚かな、額に怒りマークが見える。
「ま、まあ? お姉様や美柑さんと比べたら? まだまだ付き合いは浅いですもんね〜〜…………」
「少なくとも、プリンセス・モモよりハイジの方がそれなりに信用できます」
唐突に信頼を寄せられて僕の胸はトゥンクした。嬉しい。でも、第3王女からは鋭く睨まれた。なんで? とりあえず……ドヤっとくか。
「ふっ……」
「は、なんですかそのムカつく顔は。……あなたの方は大丈夫なんですか?」
「ん? 何が?」
首を傾げたら、第3王女とヤミさんが呆れるようにため息を吐かれた。
《ハイジ……お前マジか》
VBもかよ。
「ハイジ、あなたは少し危機感を持った方が良いと思います」
「ヤミさんの言うとおりです。御影さんは正体の分からない相手に向かって、啖呵を切ったんですよ? しかもあんなに煽って……。命を狙われる危険性も……」
「あー……、なるほどね。――でも大丈夫! 僕、こう見えて結構強いから!」
僕は二人を安心させるように力こぶを作ってみせた。
そしてまたため息を吐かれた。な、何故……?
◆ ◇ ◆
昼休み。校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の外のベンチに座って、僕はカロリーメート(カフェオレ味)を齧った。5時限目の小テストが憂鬱である。……このカロリーメート、微妙な味だな。興味本位で買わなきゃ良かった。
隣に座っているヤミさんをチラリ。買った紙パックのジュースを口にせず、ぼーっとしていた。朝と同じ顔だ。何かあったのかな……?
気にはなるけど、無闇矢鱈に聞くのはデリカシーに欠けるし、ヤミさん自身も嫌だろう。下手したらしばらく口を聞いてくれなくなるかもしれない。
と。前から人影……げぇっ、古手川先輩だ。
「あら。ヤミちゃんと……御影くん? 意外な組み合わせね。二人とも知り合いなの?」
「こ、古手川先輩……」
「……ちょっと。人の顔を見るなり嫌そうな顔しないでくれる? 失礼よ!」
「すみません、脊髄反射です」
「本当に失礼ね! ピアスも制服も直してきてないし……。はぁ、もう諦めたわ。言っても直す気ないでしょ?」
「はいッッ!!!!!!!!!!!!!」
「ムカつくほど良い返事ね」
《エクスクラメーションマークすごいな。顔が喧しい》
風紀委員長の公認で制服着崩して良いんだぜ? そりゃこうなるさ。やったね!!
そんな僕に呆れる古手川先輩は、ジュースを飲むヤミさんに微笑んだ。
「それはそうと、ヤミちゃんが一年のクラスに転入したって噂は本当だったのね。制服。とても似合ってるわよ」
「……」
「どうしたの? 何だか元気がないみたいだけど……」
聞かれて、俯いていたヤミさんは少し顔を上げた。
「――最近、可笑しいことに……自分で自分の心が解りません。……笑えますよね、心なんて自分が一番理解しているはずのものなのに……」
「「…………」」
自分の心が解らない、か。……それが朝から暗い顔をしてた理由なんだろう。うーん、他にもありそうな気がするけど……僕の考えすぎかな。
「……何か悩んでるみたいね。でも、ヤミちゃんの『解らない』は、普通のことなんじゃないかな」
「普通……?」
ヤミさんの意外そうな顔に、古手川先輩が頷く。
「ええ。私もそうだもん。最近、私も自分の心に振り回されてばかり……。御影くんはどうかしら?」
「え、僕ですか?」
まさか話を振られるとは思わなかった。
僕は読もうとしていた本を閉じ、顎に手を当てて答える。
「……そうですねぇ。今読んでるこの本の展開が、ちょっと趣味に合わなくて、困ってます」
「それ意味違くないですか」
「なのに面白くて……!」
「面白いのね。何読んでるの?」
「官能小説です」
「か!? なんてもの学校に持って来てるのよ!?」
びっくりするほど顔を真っ赤にさせた古手川先輩が、僕の本を取り上げる。ヤミさんからは物理的に少し距離を置かれた。わぁ、ヤベぇもん見てる目だ。悲しい。いや、そんなことよりも!
「返してくださいよ! 今からA太とC美の濡れ場なのに!!」
「ぬっ、ぬれ!? ハレンチよッ!! これは没収します!」
ちくしょう、また没収されてしまった……!
ただ学校で官能小説を読んでただけなのに、なんで!!
《いやジャンルがアウトなんだよ。つーか何回没収されりゃあ気が済むんだ、お前は。学習しろよ。馬鹿か?》
脳内正論パンチやめて!!
「――と、まあ、お巫山戯はこの辺にして。さっき古手川先輩も言ってたけど、ヤミさんの『心が解らない』は案外普通でよくあることなんだよ。地球人だろうが宇宙人だろうが関係ない。みんな何かを抱えて毎日生きてるんだ。ホント、面倒臭いったらありゃしないよね」
「そういうものなんですか……?」
「そーゆーもんだよ。ですよね、古手川先輩」
「……そうね、御影くんの言うとおり。だからあまり一人で思い詰めないで、本当に辛い時があったら、誰かに頼った方がいいと思うな」
「…………」
「そうそう、なんなら僕に頼ってm」
「学校でえっちぃ本を読んでる友人はちょっと」
「げふ……っ」
《ぐうの音も出なくて草》
任せろ、と立てた親指も虚しい。
でも、少しだけ、ヤミさんの表情が晴れた気がする。
と、その時、背後に感じた気配。振り返ると回りをキョロキョロするナナさんの姿があった。どうしたんだろう?
ナナさんが僕たちの存在に気づいた。
「あ。ヤミとコテ川……それにハイジだ」
「あらナナちゃん。キョロキョロして、どうかしたの?」
「んー、ちょっとな。友達探してるんだけど、どこにもいなくてさ。なあ、二人とも、メアのやつ知らないか?」
「メアさん? いや、僕は知らないけど――」
金色の美しい髪が翻される。声を掛ける間もなく、ヤミさんは校舎の中へ入っていった。
何事かと後を追いかけてみる。しかし、その姿はもう見えなくなっていた。相変わらず足が速い。
「や、ヤミのやつ急にどうしたんだ……?」
「さあ……」
僕とナナさんは互いに首を傾げた。
その後、ヤミさんに訊ねても「何でもないです」の一点張りで教えくれず、始業ギリギリで教室に入ってきたメアさんは、とても上機嫌だった。――まるで新しいオモチャを見つけたかのように……。
ちなみに余談だけど、古手川先輩に没収された官能小説を、冗談で読むのを勧めてみたらめちゃくちゃ叱られた。茹でダコかなってぐらい顔が真っ赤だった。はい、ごめんなさい。反省はしません。