私はムスカ大佐だ   作:nao

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第一話

 私はムスカ大佐だ。

 

 天空の城ラピュタでお馴染みで数々の名言を作り上げたあのムスカ大佐だ。

 そんなムスカに自分が転生してしまうなんて誰が想像できるだろうか?

 物心がついた頃には自分がムスカに転生していることを認識することができた。

 残念ながら生前のことはほとんど記憶に残っていない。しかし、天空の城ラピュタ、これに関する事についてはばっちり記憶に残っている。

 

 そんな私がムスカに転生したことに対してどう思っているか。

 

 

 

 ……そんなもの、最高に決まっているじゃないか。

 

 

 

 作品の中でのムスカは残虐非道な性格であり、完全な悪者として扱われていた。

 しかし、ムスカは不人気どころか国民から親しまれ人気のあるキャラクターであった。まあ、ネタとして扱われることがほとんどだった気はするが……。

 そして、私も例に漏れずムスカのことが大好きだった。覚えていないが、きっと生前の私はムスカのセリフなどを真似て遊んでいたかもしれない。いや、絶対にしていた、そう断言できる。

 しかし、今は自分自身がムスカなのだ。

 真似る必要などない。

 だって自分がその本人なのだから。

 だから、これからは思う存分ムスカとしての人生を堪能してやるのだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな私は恵まれた環境下に生まれた。

 ムスカが若くして大佐の地位に就いていたことから予想はできたが、超が付くほどの裕福な家庭だった。家と言うよりは屋敷といった方が似合う豪勢な家で私は暮らすことになった。

 父親は軍の将官の大将に属していた。母親もとある財閥の家系だとか。どうも我が一族は代々、軍の高い地位に属し結果を残してきたエリート一家らしい。

 年に何回か帰ってくる父親と接してきたが、その野心の強さをひしひしと感じた。

 これは予想だが、この父に見られる野心の強さはラピュタ王家の分家として生を受けたパロ家がいずれラピュタに返り咲き、再び地上を支配せんとする現れなのではないかと思う。事実、作中のムスカもそうしようとしていたし。

 

 そんなパロ家の子供への教育方針はそれはもう厳しいものだった。

 英才教育というのだろう。語学や数学などの基本的な分野は勿論、射撃や武術などの分野でも専門の人間を雇い、幼少の頃から徹底的に叩き込まれた。

 

 しかし、このムスカ。

 それらを特に苦も無くこなしてしまうほどのポテンシャルを秘めていた。

 映画を見ていた時も、まあ優秀なんだろうなーとは思っていたが想定以上だった。

 流石は我らがムスカ。

 大抵このことは一度見たり聞いたりすれば覚えるし、両親も私の潜在能力には大変喜んでいるようだった。

 欠点らしい欠点と言えば、生まれつき弱視であり、さらに光に弱い病気を患っていた点だろうか。

 だから、最後『ああ』なったらしい……。

 とにもかくもハードな教育スケジュールをこなしつつもなんやかんや時間を作ることができた。

 

 その空いた時間で私は歴史について勉強した。

 無論、歴史と言うのはラピュタ家が世界を支配していたという、700年以上前のことだ。暇があれば、家の書斎の本を漁り、家の本を全て読み終わってからは車を出してもらい、都市の図書館に通い続けた。

 これは単純に天空の城ラピュタの一ファンとしての行動だった。作中の情報やある程度の作品の舞台設定は把握していたが、実際の世界ではどのように歴史が綴られているのかが気になったのだ。

 

 意外だったのが、ラピュタに関する事を綴った書籍がいくつか見つかったことだ。てっきりもっと歴史から消されたような扱いを受けているのかと思いきや、こんな図書館で閲覧できる本に記載があるとは驚きだった。

 とはいっても、どの本も書庫の奥にしまわれており、埃をかぶりカビ臭い香りがしたことから、今では誰も見向きもしていないことは明白だった。図書館で働く人も毎度古臭い本を借りていく私を不思議そうに見ていた。

 

 やはり700年と言う年月は長すぎたのだろう。

 かつてはその科学技術で口述するのも憚れるような残虐なことも行い、世界中を恐怖によって支配していたらしいが……。

 この世界には元の世界のネットのような情報を共有するツールも発展していない。ようやく近年になって通信技術が発展してきたところだ。

 そんなアナログな世界で何世代にも渡ってラピュタについての知識を引き継いでいくことはよほどの強い想いが無いと不可能だろう……パロ家みたいに。事実、強い想いが無いシータの一族であるトエル家はほとんど忘れていたようだし。

 無論、現代に生きる人々もラピュタのラの字も覚えていないのが現状だ。

 

 そんなこんなで自らの知的好奇心を満たす一方で私はもう一つ重要なことを”練習”していた。

 それは――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を閉じて意識を集中させる。

 深く息を吐きゆっくりと吸い込む。

 やがて周囲からの音も聞こえなくなる。

 集中力が極限に達した時、その黄金色の瞳をカッと見開く。

 

 

 

「はは、さっさと逃げればいいものを! はっはっはっ!! 私と戦うつもりか!!」

 

 

 

 相手を見下すように、醜悪な表情を浮かべて私はそう言い放つ。

 力強い私のセリフが広い自室内に響いていく。

 言葉を発した後、シンと静寂が立ち込める。

 私は満足げな表情を浮かべ、今自身が発した言葉を脳内で反芻する。

 

 

 

 ……決まった……な。

 

 

 

 今のは完全にムスカだった。

 小さいころからずっとセリフを練習してきた甲斐があった……。

 やはり声変わりしたのが大きいな。もうこの声質はムスカそのものだ。

 

 そんな風に私が悦に入っていると、「……ゴホン」と、躊躇いがちな咳払いが聞えた。

 不思議に思いながら、音のした方へ振り返るとそこには珍しく父がいた。いつの間に私の部屋にいたのか不明だ。これが軍人として生きて来た父の力なのか。

 

「これは父上、御機嫌よう。珍しいですね、私の部屋に来るとは。……しかし、父上がいつ部屋に入って来たのか分かりませんでした。流石は父上です。諜報員としても活躍できたのではないでしょうか」

 

 私がそう言うと、父は皺が刻まれ始めた厳格な顔を伏せてはぁと溜息を吐いている。

 

「……私は何度もノックした。返事がないから入っただけだ」

 

 呆れたような父のそんな言葉。なるほど、それほど私が集中していたといことらしい。まあ、こればかりは仕方ない。重要な練習中だったのだから。

 それにしても父は酷く疲れている様子だ。軍の中では鬼と呼ばれるほどの厳しい父が疲れる要因とは一体……。

 

「父上、少し疲れている様子ですね。久しぶりに帰省されたのであれば、少し休まれては?」

「……いや、いい。それよりお前に重要な話がある。私の部屋に来なさい」

 

 父上はそう言うと額に手を当てながら私の部屋を後にした。

 何となく何を言われるのか察しながらも、父の後を追った。

 

 

 

 父はポケットから部屋の鍵を取り出し解錠すると自身の部屋に入っていく。私もそれに続く。

 父の部屋は豪勢なものだった、部屋の中央奥には大きな机があり、両脇には本棚や過去の栄光を飾る勲章や賞状なんかが飾り付けられている。そして過去のパロ家の当主であろう顔写真なんかも飾られている。

 父は机の椅子に座るとこちらを見つめてくる。私は机の前まで進み、机を挟む形で立つ。

 父は軽く息を吐くと、こちらを見つめて切り出してくる。

 

「ムスカ。お前ももうすぐ十七歳だ。お前は我が一族の中でも特に優秀であるといってもいい」

「ありがとうございます、父上にそう言って頂けるとは光栄です」

「学校は首席で卒業。武術も申し分ない、射撃に至っては大会で優勝。人望も厚いと聞いている」

 

 そんな父の言葉を聞いているとなんだかむずがゆくなってくる。父からこんな風に正面切って褒められたのは初めてだからだ。ただ、普通に嬉しくはある。

 

「……しかしだ、一つ気になる点がある」

 

 ここで父はその厳格な顔に力を込めて私を見据える。

 一体どうしたというのだ?

 

「沢山聞いているが、そうだな……最近あった件で話そう。数日前、窃盗犯を捕まえたようだな」

「ええ、そうですね。そんなこともありましたね」

 

 父の言葉で思い出す。確か三日前くらいだと思うが、図書館から帰る時、とあるマダムが若い男に鞄を盗まれている場面に遭遇したのだ。私はそれを追いかけて無事鞄を取り返したのだ。我ながら良いことをしたと思っている。

 父は私の返答を聞き、なぜか深く溜息を吐く。

 

 ……一体どうしたというのか? 今日の父は少し様子がおかしい。よほどストレスでも溜まっているのか?

 

 私が本格的に父を心配していると、父は再び切り出してきた。

 

「その行為自体は素晴らしい……。が、お前は高笑いしながら町中を走り続けて犯人を捕まえたらしいな? 先ほど部屋で言っていたようなセリフも交えながら……」

 

「……ほう、父上もご存知でしたか。その通りです、あれはいい思い出になりました」

 

 そう言いながらも思い出す。

 ムスカの有名なセリフ『鬼ごっこは終わりだ!』をリアルに言いながら追いかけることのできたあれは何にも代えがたいいい思い出になった。

 しかし犯人を捕まえた時、酷く怯えていたようだがあれはなぜなのか? ラピュタ王としての私の資質に怖気づいたのだろうか?

 私の返答を聞いた父は、厳しい表情を浮かべている。

 

「…………普段からそういうことをしているのか?」

「はい。時間があれば」

 

 力強く答えた私に父は両手で頭を抱え込む。

 どうしたのだろうと心配していると、「……今から」と父が呟き、不安げな表情を浮かべながらこちらを見上げてくる。

 そして意を決したように続ける。

 

「……我が、パロ家に纏わる重大な秘密をお前に話す」

 

 

 

 

 それから私は父からパロ家の――、かつてラピュタ王家の分家としてこの世界を支配していたことを細かく説明された。

 既にそのあたりの歴史を学んでいた上に、作品をこよなく愛する私にとっては既に知っていることばかりであったが、大人しく聞いた。

 

「――そして我がパロ家は再び世界の王として返り咲くことを願い、地上で力を付けてきたのだ。最近では科学技術が発展し、飛行技術も飛躍してきている。そして最近、運よく空からラピュタのロボットが落ちて来た事件があった。それによって政府はラピュタの存在を確信し利用しようとしている。その為、ただいま軍では秘密裏に飛行艦『ゴリアテ』を製造中だ。その世界最新の飛行技術を搭載したゴリアテを以てすれば恐らくラピュタに行くことも可能だろう。……いよいよ来たのだ、我らがラピュタに帰る日が」

 

「……なるほど」

 

 父の言葉に私はとりあえずそう相槌を打つ。

 ムスカのことは好きだし、ラピュタに興味もあるが、世界征服には一ミリも興味はない。

 そこだけは原作ムスカと相いれない部分だ。

 というかパロ家の意志を引き継いだら私は目を潰されて海に叩き落されることになってしまう。いや、まあ原作知識がある私ならいくらでも回避はできるだろうが、人の命を奪うなんて嫌だ。

 ……どう動いたものか。

 

「ゴリアテが完成する頃には私はもう年だ。現役からは退いているだろう。だから我が一族の使命はお前に託すつもりだ……いいな?」

 

 父は若いころ、軍人一筋としてやってきた為、私が生まれた時にはそれなりの年になってしまっていた。確かに現役としてラピュタに行くのは難しいかもしれない。

 父が威厳のある力のこもった瞳で私を見つめる。私はその視線を真っ向から受け止めた上で、こう答える。

 

「分かりました、父上。我が一族の悲願、果たして見せましょう」

 

 とりあえずこう答えておいた。

 まあ、私が何かしなくても飛行技術が発展していくこの現世において、ラピュタが見つかるのはそう遠くない未来のことだろう。それで飛行石を自在に操る技術でも獲得されてしまえば厄介なことこの上ない。戦乱の時代が幕を開けるかもしれない。それならば私が見つけてしまったほうがいいのだろう。

 私の返答にうむと頷いた父上は、こう続ける。

 

「政府には私から手を回してこの任務にはムスカ、お前を就かせるようにするつもりだ。……まあ、お前の実力があれば私のおせっかいも不要かもしれんが。後、飛行石を持つトエル族の末裔だが、王家であったことも忘れて僻地のゴンドアの谷で平和に暮らしている。私がいる間はトエル族のことは監視しているので安心しろ。万が一にもラピュタの情報が洩れて、他国に拉致でもされては目もあてられんからな。本家の人間はこの先必ず必要になる」

 

 一通りの説明をした後、父はふぅと息を吐いた。

 

「……説明は以上だが、この重大な責務を未来の王家たる自覚を持ち、果たしてもらいたい」

「それは当然ですね」

 

 勿論だ。

 世界をどうにかするつもりはないが、ラピュタを探すうえで私はかつてのラピュタ王家の血を継ぐムスカとして全力で生を全うするつもりだ。その点は心配ない。

 ここで父は、今日一の険しい表情を浮かべる、その額には汗が雫となり浮かんでいる。

 そのあまりの気迫に私は息を吞み、父の言葉を待つ。

 

「だからだ……。分かるな? 今まではそういう年頃だろうと見過ごしていたが、これからは先ほどのようなことは慎むように、王家の人間としてだ」

 

 ん? 一体どういうことだ……?

 ラピュタのことは後で考えるとしてこの父さんの言葉の意味がよく分からない。

 さっきと言うのは、あの迫力あるムスカの名言その12のことか? 

 あれの何が不満だったと言うのか……。

 

 

 

 ……いや、そうか。分かったぞ。

 

 

 

 私は既にムスカになりきれたと満足していた。

 しかし、あれではまだ真のムスカにはなりきれていなかったのだ。

 あのセリフの一つ一つにまだ未熟な私の精神がにじみ出ていたのかもしれない。

 軍に身を置き命のやり取りをしてきた、まさに確たる精神力を持つ父にはそれが明白だったのだろう。

 今、私はそれを父に指摘されたのだ。

 そんな不甲斐ない息子を見て、父は嘆いたのだ。だから父の様子がおかしかったのか。

 私はとんだ親不孝ものだ。

 

 私はムスカを甘く見ていたのかもしれない。

 

 ……そうだよ、でなければ元の世界であれだけの絶大な人気を誇るはずもない。私はまだまだ精進が足りなかったのだ。

 ああ、なんて恥ずかしいんだ……。

 私には覚悟が足りなかった。

 これからは心を入れ替えよう。

 ありがとう、父上。やはり、父上は偉大だ。

 

「……父上。その通りです。私は間違っていました。これまでの私の行動を振り返ると恥ずかしくてたまりません。……これからは心を入れ替えてまいります」

 

 私の言葉に父上は初めて見せる笑顔を浮かべる。よほど嬉しかったようだ。

 

「おお、そうか! 分かってくれたか! ……うむ、任せたぞ。何度も言うが、お前の能力自体は認めているのだ、そんなお前にかかれば必ずや我が一族の時代がやって来ると信じているぞ」

 

 

 

 というわけで父の部屋を後にする私。

 そして廊下を歩きながら私はその表情に笑みを浮かべ、この先の明るい未来を見据える。

 

 ……おかげで目が覚めた。

 私は本当の意味でムスカになるんだ。

 そうだ、時間があれば――なんて甘かったのだ。

 そうだな、とりあえずは――

 

 

 

 寝る前と朝起きた後にムスカの名言全パートを三回ずつ練習しよう、勿論全力で。

 

 

 

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