私はムスカ大佐だ   作:nao

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第二話

 父上から我が一族の秘密を知らされてから私の生活は一変した。

 これまでの生活からは考えられない程、より厳しく困難なものへと激化したのだ。

 

 十七歳になった私は、軍隊に入隊することになるがそこで私は父が所属する空軍部隊に配属されることになった。原作の大佐としてのムスカは情報部の特務機関に配属されていたがそれは未来の話なのだろう。

 

 では軍人として生活する日々が厳しくなったのかと言われると答えはノーだ。

 無論、軍隊では毎日訓練はあるし、覚えることも多くある。

 実際、同時期に入隊した周囲の人の日々疲弊していく様子を見ているとかなり厳しい世界なのだろう予想する。

 しかし、それらは私の幼少の頃から受けてきた教育と比較してしまえばままごとのようにすら感じた。

 

 では何が厳しかったのかと言うと父上の教育だ。

 

 パロ家の秘密を明かしてくれたその日から、私はラピュタ王家に相応しい完璧なムスカになるべく努力を惜しまなかった。

 時間が許す限り、私はムスカを目指した。

 ムスカの王たる振る舞いやセリフ――これを極めることこそが私の使命。

 

 しかし、ある日そんな私の姿を見た父上は怒りを爆発させた。

 

 

 

「何をしているムスカ!!! そうではない!!! お前、何も分かっていないではないか!!! お前は一体何を目指しているんだ!!!」

 

 

 

 顔を熟した果実の如く真っ赤にして血管を浮かばせるほどの怒りを見せたのだ。

 その迫力たるやまさに鬼神の如き。

 これまでの人生で父にこれほど怒られたことは無い。

 

 ……そうか、まだまだラピュタ王としてのムスカには程遠いということか。

 

 全力で努力をしているつもりだったが、まだまだ甘かったということらしい。

 必ず父上を納得させて見せる。

 改めてそう心に誓い、それからも日々寝る間も惜しみ精進に励んだ。

 

 

 

 それからというもの、父は度々私の前に姿を現した。

 その度に父は私に激しい怒りを見せるのだった。

 しかし私は諦めなかった。

 

 そしてこれは軍隊に入隊して暫くの年月が経過した日の事。

 

 

 

「ええい!! 違う!! 何度……何度言ったら分かるんだ!! その訳の分からん言動をやめろと言っているんだ!!!」

 

 

 

「……わ、訳の分からない……げ、言動……ですか」

 

 父の言葉は私の心に深く突き刺さった。

 視界を奪われた時の練習をしていたのだが、そんなに酷かったのだろうか……?

 

「当たり前だ!! そもそも何の為の練習だ!! それは!!!」

 

「よくぞ聞いてくれました父上! それは――」

 

「ええいやめろ!! 嬉しそうに説明しようとするな!!! とにかくそれは禁止だ!! ここのところ武功を上げたと聞いて改心したのかと期待した私が馬鹿だった!!」

 

 そう言いながら、父親は怒り心頭の様子で立ち去って行った。

 

 ……禁止。

 つまり視界を奪われた時の練習が禁止、ということ。

 ……そんな、馬鹿な。

 あり得ない……。

 

 いや! 考えろ……父上は何かを伝えようとしている。

 昔から父上は多くを語らなかった。

 しかしそこには必ず意味があった。

 今回も同じのはずだ。

 

 しかしどれだけ考えてて答えに辿り着くことはできない。

 

 やはり努力が足りないのか……?

 努力の足りなさが私の言動に滲み出ているのか?

 しかしもうこれ以上は削る時間が無い。寝る時間さえ惜しむ生活を送っている。

 

 ……そう言えば父上は武功がどうとか言っていたな。

 

 私は大佐になれるだけの武功上げ続ければなんでもいいと思っていた。

 ちなみに軍隊に入隊してから現在までで3年ほど経過したが今は少佐の地位に就いている。異例の早さで昇級しているようだが、まあ当然のことだろう。

 先日、他国との小競り合い時にそれを終結に導くという武功を上げた為、間もなく中佐になるだろうと予想している。

 

 そこまで考えた時、私は一つの答えに辿り着く。

 

 軍務をもっと効率的に行えばいいのか。

 任務、訓練、勉学……私の中ではどれも二の次にしていた。

 二の次と言っても努力はしていたし、事実ぶっちぎりの成績であった。

 そんな環境に私は胡坐をかいていたのではないか……? 

 大佐になるという小さな目標を達成するために日々に余力を残して過ごしていたのではないか。

 もっと全てに全神経を集中させれば、さらに時間を生み出し、その時間を使えばより完璧なムスカを目指せるのではないか……。

 

 しかし、それがあまりにも厳しく辛い日常になるであろうことは想像に難くない。

 

 ……ふっ。

 

 そんな状況を前に私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 やって見せよう。

 私になら……いや、このムスカにしかできないことだ。

 この天空の城ラピュタという舞台で、私はより完璧にムスカを演じて見せよう。

 そしてこう言ってやるのだ……、

 

 

 

 最高のショーだと思わんかね? とね。

 

 

 

 それから私は血反吐を吐くつもりで努力を続けた。

 それからも父上のより一層厳しい指導は続いた。時には人格を否定されるようなことを言われたが、私の飛行石の如く強靭なメンタルを以てすれば、寧ろそれを悔しさのばねにして自身を高みへと連れて行った。

 

 

 

 

 

 そして私の固い決意の日から1年、つまり軍に入隊してから4年が経過した時だった。

 私と父上が帰省したタイミングで再び父上の部屋に呼ばれた。

 5年前と何ら変わらない部屋に入った私は椅子に座る父上に視線を向ける。

 

 そこには頬が痩せこけ、白髪へと変貌し疲れきった様子の父上がいた。

 

 かつて戦場で活躍した頃の面影も無い。

 理由は明白だ。

 父上が私の教育に全力を出し切ってくれたからだろう。

 

「……ムスカ。お前とこの部屋で喋るのは四年ぶりか」

 

 父上がゆっくりと、穏やかな口調でそう切り出してくる。

 いつも怒りの言葉しか聞いて来なかった為、新鮮である。

 

「そうですね、時が過ぎるのがこんなにも早いとは驚きです」

 

 この四年間の今となっては充実した日々を振り返り、しみじみとそう感想を漏らす。

 

「……そうか、私にとってはとても長い四年間だったよ。……ムスカ。お前のこの四年間の武功は素晴らしいものだ。大佐になるのも時間の問題だろう。ゴリアテも後数年で完成する……」

 

「ありがとうございます。しかし、父上が厳しくも私を想い育ててくれたおかげであります」

 

 私がそう答えると、父上はじっと私を見つめる。

 

 

 

「……一応最後に聞くが、お前が朝昼晩に繰り返していたあの言動の数々……。あれはこれからも続けていくのか?」

 

 

 

 その父上の言葉には、まるで僅かな望みに賭けるような、何かに縋るようなものが込められていた。

 最後、という言葉が意味することを理解する。

 ……安心してください父上。

 

 

 

「勿論です! 私が死ぬまで続けるとここに誓いましょう!」

 

 

 

 力強く、胸を張って私は答えた。

 その私の返事を聞いた父上は優しく微笑んだ。

 こんな表情を浮かべる父上を見るのは初めてだ。私ですら驚いてしまう。

 

 

 

「……そうか、そうだな。そう言うと思っていたよ。…………後はムスカ、お前に全て任せる。もう好きにしなさい」

 

 

 

 そう言って父親は憑き物が落ちたような様子で私を見つめる。

 

 

 

 ……ようやく、父上が認めてくれた。

 

 私の胸いっぱいに温かいものが満たされていくのを感じる。

 

 ……ありがとうございます。

 

 折れずにここまでやって来られて良かった。

 父上に教えてもらったことはこのムスカの胸に深く刻み込み、今後の人生に必ず役立てて見せます。

 

 目尻に涙を浮かばせながら私は深く頭を下げた後、父の部屋を後にした。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから間もなく私は原作通り大佐の地位を与えられると共に情報部の特務機関に配属された。そして正式に政府の命によって、とうとうラピュタを目指す時が来たのだ。見覚えのある黒いスーツ姿の男数人を直属の部下につけてもらい、ある程度自由に動けるようになった。

 

 政府がラピュタを目指す理由は、ラピュタに眠るとされる財宝の数々の奪取や未知の科学力の探求など色々あるが……要は武力の確保だ。

 今の世は平和な世界とは言えず、絶えずどこかで小競り合いが続いている状況だ。そう遠くない未来、大戦が起きるだろうことは私でも想像できる。その大戦で勝ち抜くための切り札としてラピュタが出てきたのだ。

 しかし、ラピュタが国の手に渡ってしまえば、それこそ世界は戦いの炎に包まれれるだろう。そんな世界を私は望まない……。

 

「大佐。もう少しで到着します」

 

 この先、自分が起こす行動について思考を巡らせていると、そんな部下の声が聞えてきた。

 私は一瞬で思考を切り替える。

 

 ……さて、では会いに行くとしよう。

 

 ラピュタの正統の王位継承者である少女に。

 

 

 

 

 

 山奥に存在するゴンドアのさらに北端、そこに位置する谷。

 美しい自然に囲まれた地ではあるが、冬は厳しい寒さを襲い、また地質的な面で農業にも適さず過疎化が進む地である。

 そのゴンドアの中でも湖の見える美しい景観を持った地、ここに年季の入った小屋と言っても差し支えない家に一人で暮らしている7歳になる少女がいた。

 

 紫がかった黒色のワンピースに身を包み、赤色のヘアバンドをし、三つ編みにおさげが似合う少女は、シータ。

 その首から下げている首飾りの先には、飛行石が妖しく輝いている。

 整った顔立ちであるものの、どこにでもいる垢ぬけない村娘といったシータは若くして天涯孤独の境遇である。しかし7歳とは思えないしっかり者で元気な明るい子としてここら一体では知られている。

 

 

 

 とある日の事。

 シータに甘えるようにすり寄ってくる数頭のヤクを宥めながら、シータがいつものように忙しそうに動き回っていた。

 ヤクの餌の用意が済んだシータは、今度は自分の食事を用意していそいそと食べている。食事の内容はパンにスープ、そしてミルクだ。

 シータは食事の後もヤクの世話に畑仕事、さらに家事と、休む暇なく働いている。しかし、その様子は楽し気であり幸せそうでもあった。

 

 部下に調べさせた情報によるとシータの育てる畑はこの土地では考えられない程の豊作が毎年続いており、近くの村で物資交換などで何とか不自由ない生活を送っているようだ。

 

 ……元気そうでなによりだ。

 

 望遠鏡越しにシータの様子を観察していた私は、心底ほっとしたように胸を撫でおろす。しかし、あの年でこのような土地で一人で生き抜いている姿を見るだけで涙が出てきそうだ。

 

 トエル族め……、一族の末裔である少女にこんな寂しい思いをさせるとは……。もっとどうにかできなかったものなのか……。

 

 一度シータの様子を直接見たかった私はこうして遠くから観察しているわけだが、シータに課せられた現実に悲しみを覚えずにはいられなかった。

 できれば今すぐにでも保護してあげたいところではあるが、シータは平穏な生活を祈っている。そこにグラサンをかけた大人が複数来ても怯えさせてしまうだけだろう。ラピュタに行く際にはどうしてもシータの力が必要の為、協力を仰ぐつもりだが今はまだその時では無い。原作通りなら事態が動くのはまだ五年以上もある。

 

「……あの、大佐。少しよろしいでしょうか?」

 

 私が望遠鏡を覗き込んでいるところに、横合いから声がかかった。連れて来た部下の一人の声だ。なぜかその声色は少し苦し気だ。

 

「どうした? 私は今忙しい。手短にな」

 

 望遠鏡を覗き込みながらそう尋ねる。

 お、シータが動物に話しかけて笑っている……。

 ……可愛いな。

 ……ふむ、私に娘ができればあのような子に育ってほしいものだ。

 いや、待てよ? 大人になったらドーラみたいになるんだったか?

 シータがドーラになるなんて突然変異でも起こさない限り不可能な気はするが……。世の中は不思議なことばかりである。

 

「……あの、もうそろそろ引き上げませんか? かれこれ”五時間”は”こう”してますよ?」

 

 またも苦し気にそう懇願してくる部下の声に、私はようやく望遠鏡から目を外す。そしてジロリと部下に視線を向ける。

 

「なんだもう音を上げたのか? だらしがない、それでも私の部下か?」

 

「……流石に、”木の上”に登ってずっと監視は辛いですよ……、態勢もきついし」

 

 部下は泣きそうな表情を浮かべて、今すぐ戻りましょうと縋ってくる。

 

「仕方が無いだろう。向こうに気付かれず、かつ、ある程度の距離から観察できるのがここくらいしか無かったのだから。ちゃんと動きやすいようにいつものスーツでなく、軍服を借りてきているだろう?」

 

「そ、そうですが……。あ、そ、そうだ! 早く戻らないとやることも溜まっているのではないですか? 昨日までも会議続きだったわけですし……」

 

「安心しろ。日課の声出しはしっかり続けている」

 

「…………それは知っています。早朝と昼と消灯前に飛行船内中に響き渡っているので……」

 

 なぜか気まずそうにそう答えてくる部下。

 それにしてもそうか、飛行船内中に響いているか……。声量も身に付いて来たわけだ。やはり、継続は力なりだ。

 

「なら問題無いではないか」

 

 私が満足げにそう答えるも、部下の顔は浮かない。

 

「それも問題ではあるのですが……、いえ、それはもういいです。……そうではなく、こうしている間にも仕事は溜まっているのではないですか?」

 

「今日一日で溜まった仕事など私が本気を出せばすぐに終わることだ」

 

「しかし、今日中にやるように指令があった業務が昨日の夜に……」

 

「そんなものは朝に一瞬で終わらせてきた」

 

「会議中に溜まった仕事が――」

 

「終わらせた」

 

 仕事などすぐに終わらせるに限る。

 というか周りが遅すぎるのだ。なぜ一個一個の仕事にあれほど時間がかかるのか。

 

「…………そ、そうですか。……し、しかしその、一番の問題は、今のこの絵面は非常にその……まずいというか、ですね」

 

 部下がいたたまれない様子でそんなことを言ってきた。

 

「何が言いたい?」

 

「……いえ、大の大人が木の上から年端も行かない少女を覗きのような形で監視しているこの状態が、その、なんというか……。いえ、勿論任務なのは承知なのですが、もう十分ではないかと……」

 

 部下がそう言いながら姿勢を変える為に尻を浮かしてポジションを定めようとしている時だった。

 

「つまりですね――って、うわっ!?」

 

「なにをするっ!!??」

 

 手を滑らせた部下が木の枝から落ちそうになって咄嗟に私の腕を掴んだのだ。

 しかし、部下はそれでも姿勢を保てずそのまま落ちて行ってしまう。そしてその部下に思い切り引っ張られてしまっては流石の私も踏ん張ることができずに落ちていってしまう。

 ついでに反射的に自慢の声量でムスカボイスを発してしまった。

 

 ドスンッと大きな音を立てて部下は無様に転げていた。私はしっかりと受け身を取ったが、部下は足でも痺れていたのか受け身に失敗して痛そうにしている。

 こんなのが政府の特命を受けていて大丈夫なのかと不安視してしまう。

 いや、それよりもだ。

 私はシータがいた方に視線を向ける。

 遠目で分かりづらいが、シータがこちらを見つめているように見える。恐る恐る望遠鏡を覗くと不思議そうな表情を浮かべたシータはばっちりとこちらの姿を捉えていた。そう言えばシータは目がいいのだったな。

 

「この馬鹿が……、お前が落ちた衝撃音でシータに気付かれたではないか」

 

 望遠鏡から視線を外しながら恨みを込めてそう言うと部下は、「痛たた……、いや多分大佐の声で気付かれたのかと……」などとぶつぶつ言っていた。

 

 ……どうする。ここで逃げては完全に不審者だ。かえってシータに不安を与えてしまうかもしれない。

 ……仕方ない、ここは。

 

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