緋ちゃんが出かけていった。
いつもふわふわとしていて、どこに行ったかわからないことが多い。
白ちゃんはある程度予想がつくらしく、北の方に武者修行しに行ったかエルロー大迷宮で色々悪巧みしているんじゃないかと言っていた。
……とレーヌちゃんに聞いた。
白ちゃんは特定の相手にしか饒舌に話さない。
古参の緋ちゃんや、家族と認識しているらしいレーヌちゃん、三原色龍人くん達。
一番饒舌に話すのは緋ちゃんらしい。
だから、私が白ちゃんの意見を聞くためには誰かを仲介人にする必要があるんだよね……。
話しかけてよく応じてくれるのは緋ちゃんだけど……うーん。
怖いんだよね、緋ちゃん。
強くなって、恐怖無効というスキルさえ手に入れた私なのに、怖い。
ニコニコと、いつもニコニコと。
ただ笑顔なだけのはずなのに……。
リエルだっていつも笑っている。
それと何ら変わりはない。
そのはずなんだけどなぁ。
……リエルは、感情が無いように見えるだけ。
緋ちゃんは、本当に感情が感じられない。
人っていうのは、動作一つ一つに感情が出るものだ。
リエルも多少の機微がある。
でも緋ちゃんにはそれがない。
無機質という訳ではない。
でも、血が通っている優雅さもない。
ロボットでも、超常の存在でもない。
肉体はちゃんとあるんだ。
心臓だって動いてる。
ただ、何か、何かは分からないけど、大事なものが緋ちゃんにはない。
幽霊とはまた別種。
一体……何だろう……?
私達は現在、大きな街に寄っている。
サリエーラ国の首都に。
そこでソフィアちゃんとメラゾフィスくんの関係をしっかりしたものにし、今、私はあいつに会いに行こうとしているところだ。
神言教の教皇、ダスティンに。
「待ったかな?」
「いいえ」
私とこいつは、少し前にとあるレストランで会っている。
あの時はソフィアちゃん達と一緒だったけどね。
示し合わせたわけじゃないけど、こいつは私ももう一度来ると確信してこの酒場に来たんだろう。
テーブルの上には既に酒が二つ置かれているのがその証拠。
その後も私達は軽く愚痴を交わし合う。
といっても、こいつは人族を守るためだけに行動しているのに対して、私が人族を滅ぼそうとする今代の魔王なんだから和やかとはいかないけどね。
共通の敵ポティマスに対してなら共闘できるだけ。
今のこいつは女神教を潰すことに熱心らしいけど。
「それは止めた方がいいよ」
「おや、どうしてですかな?」
「裏に何かの存在を感じる。あんたもそれくらいわかってるだろ?」
「……おっしゃる通り、最近の女神教は少しおかしい」
「だろう?女神様を信仰してるのは変わらないけど、対象が変わっている」
「サリエル様ではなくなっている……と?」
「そう。「蜘蛛の女神」を信仰しているらしいんだ」
「では神獣が女神になったということですか」
「いや違う。神獣は神獣のままらしい。どうやら、私ではないっぽいけど」
女神教の教義……それは、女神様に祈れば全てを解決してくれるというクソ宗教だった。
何もかも忘れて、ただ漠然と神に頼るだけの宗教。
そのはずだったのに、最近は違う。
純白の女神を信仰し、積極的にエルフ以外の亜人、獣人や人鬼、樹人と交流している。
「あの亜人とは、一体何なのでしょうな」
「あんたでもまだ分からないの?」
「ええ、全員が女神教……いえ、蜘蛛女神教とでも言うべき存在に変わった宗教を信仰しているらしい種族ということ、そしてエルフを毛嫌いしているということだけ」
「エルフ以外の亜人が住む王国があるらしいけど?」
「存じておりますよ。正式名称スパイダーラ亜人王国でしょう?」
スパイダーラ亜人王国。
十四の大公と一つの王が始まりと語る、立憲君主制の王国。
というか王が絶対らしいけど。
ただ、貴族院と衆議院という議院があり、その議員で王へと意見を申す制度になっているそうだ。
衆議院の議員は選挙で選ばれるらしいが、貴族院はそうではない。
どこかで聞いたことがある方法だ。
白ちゃんの若葉姫色としての記憶から読み取れる、昔の日本の姿のような……。
まるで日本人が作ったみたいだ。
それも、おふざけ感覚で。
辻褄がうまく合わないから、本当におふざけなんじゃない?
それに王は現人神だと主張し、永遠に一人の王によって治められるという。
王の姿を見た者はいないが、絵を拝むことはあるらしい。
その絵をどこからか知らないが持ってきたダスティン。
「真っ白だね」
「そうですね、真っ白です」
なにもないという訳ではない。
だが、ただただ真っ白だった。
女神教の信者が見れば何かが見えてくるのかもしれないが、これではただの白い紙だ。
まるで白ちゃんのように。
……いや、そんなはずはないか。
白ちゃんはずっと私の近くにいた。
王をできるほど離れていないはず。
まさかとは思うけど、女神教の信仰している神が白ちゃんなんてことは……。
「そういえば、あの国がどこにあるのか分からないのですが、なにか知っていますかな?」
「え?ダズドルディア大陸かカサナガラ大陸のどっちかにないの?」
「それがないのですよ」
あの国がどこにあるか分からない?
確かによく考えたらそうだ。
あの亜人は確認する限りエルフより人口が多い。
そんな大量の人口を入れる場所は、どちらの大陸にもないはずだ。
「どうやら信用された者のみ亜人王国へ転移できるようです」
「……そんな転移陣をどこに用意されてるんだい?」
「それが、転移陣など使っていないのですよ」
「どういうこと?」
「空から船が色々な場所に下りてくるのです」
「ならそこを監視したんでしょ?」
「ええ勿論。ですが、気がついた時には地面に寝転がっているというのです」
「何もわかってないじゃないか」
「ですが、一つだけ情報を入手しましたよ。亜人語という言語を話しているということです」
「どんな言語だい?」
「"よろしく"というのが挨拶の一つらしいですね」
――ッ!?
それは、紛れもなく……。
日本語、じゃないか。
……いや、もう考えるだけ無駄だ。
これがSAN値が削られるってやつかもしれない。
「はぁ、お手上げだね。もっと建設的な話をすべきだった」
「確かにそうですな」
「あ、話は変わるけどさ。あんたの節制と不死以外に不死身になるスキルに心当たりない?」
ふと、私はそんなことを聞いていた。
永遠に復活してくる白ちゃんと、ダメージを与えることができずに不気味な音を立てる緋ちゃんの不死身の秘密を解決してくれるかもしれないと期待して。
ただ、ダスティンから特別な答えが返ってくることはなかった。
ポティマスの勤勉のような既知の情報だけ。
しかしその時、私の頭の中に突然記憶が浮かぶ。
『蜘蛛子さん、見て見て。魂を増やして生命乗っ取ってみた』
『蜘蛛子さん蜘蛛子さん。色欲と外道攻撃のコンボで侵食できるんだよ』
『虚空魔法と腐蝕属性、外道属性、深淵魔法とか色々のコンボで名付けて[fight]だよ』
『ねえ蜘蛛子さん。ケツイがあれば攻撃のダメージを受けないって知ってる?それ以外にもなんでもできちゃうんだよ』
『愛してるよ、蜘蛛子さん』
それは、私が体担当だった時の記憶。
いや、それ以前の――
緋ちゃん……姫蜘蛛ちゃんと冒険していた時の記憶だ。
魂……増やす……並列意思。
乗っ取る?侵食……?
思わず席を立つ。
それだ!
白ちゃんから私は侵食を受けていた。
私は魂の乗っ取りに抵抗できたけれど、クイーンタラテクトはそれに敗北。
それに失敗していた場合、私は私の肉体なだけの白ちゃんになっていたということ。
それを、自身のクローンである産卵で生み出した分体に仕掛ける。
クローンであるから限りなく本体に近いだろうし、孵化する前である限り逆らうことはできない。それは抵抗される心配がないということ。
新しい肉体を用意している。
つまり分体を本体とし、本体を分体とする存在の継承。
「タマシイ」を移動する、悪魔のような技。
……それが、死体に向けられた場合はどうなるのだろう?
それは死んでいるのか、死なないのか。
もしくは何度も復活するのかな?
時空間に歪みが発生するでしょ、それ。
というか、つながりなく魂を移動するのはほぼほぼ不可能じゃない?
なにか魂を維持できるような要素があれば別だけど。
ん、待てよ?
「ケツイ」があれば、なんでもできる?
ケツイとは、何だろうか。
普通に決意のこと?
若干ニュアンスが違うように聞こえたのは、気のせいだろうか。
……とりあえず、白ちゃんは殺せない。
殺せる訳がない。
不意打ちで深淵魔法を撃つなんてことをしないと、殺せるビジョンが浮かばない。
はぁ、無理だ。
力なく席に座りこむ。
白ちゃんの不死身の秘密だけ判明したから良しとしよう。
ダスティンに別れを告げて、ふらふらと帰り道をたどる。
――緋ちゃんの不死身はまだ、つかめていない。
塵にするとか、攻撃を無効化するとか……ちぐはぐすぎて、スキルで再現したとはとても思えない。
全ての攻撃を無効化する耐性スキルを持ってるなんてことはないだろうし……。
あれがシステムによって行われているとは思えない。
うーん、そういえば私が攻撃した時、腕が塵になってエネルギーも吸われた気がする。
あれを治すのは大変だった。
いや、ただ焦っただけなんだけどね。
圧倒的防御力を誇る私の肉体が一部とはいえ塵になったんだから。
その時緋ちゃんが回復したように見えたのは気のせいかな?
白ちゃんのレベルアップ回復に似ている反応が起きたような気がしたんだけど……。
まるで全ての攻撃を食べてるみたいだ。
私の暴食の完全上位版とでも言おうか。
まさか、ギュリエの結界?
あれは魔術を分解するだけのはず。
なら怠惰の支配者の付属スキル、退廃か?
あれはデメリットが凄まじいし、そもそも食らうっていうのが暴食以外に心当たりがないんだよね……。
いや待てよ?緋ちゃんは魂を無限に増やせる。
それはつまり、慈悲や謙譲等の力を使っても実質ノーダメージだということ。
だったら、あらゆる魂へのデメリットを無効化できる。
退廃を常時発動するとかもできちゃうわけだ。
龍の結界をずっと張り続けることもできるかもしれない。
魂が増えたなら、そんなことさえ、できてしまう。
あれはもう魔術。
システムを改造している節さえある。
魂を生贄にして、全てを喰らうという、もはや龍の結界さえ超越した結界を生み出す魔術――
名付けるなら、「夢喰結界」
ははは、こんなの勝てる訳ないじゃないか。
ギュリエでも厳しいんじゃない?
今更気付いた。
あれは怪物だ。
システム内の認識で語っていいわけがなかった。
単純な強さ、私を超えた怪物。
D様のシステムさえ改造する魔術知識を持つ、ギュリエを超えた怪物。
自分の魂を消費することを何とも思わない、ダスティンを超えた怪物。
自分の魂で実験することを厭わない、ポティマスを超えた怪物。
結界以外にもいろいろ不死身要素が見え隠れする、白ちゃんを超えた怪物。
そもそも、行動一つ一つが魂が増えること前提。
さらにその怪物に病的なほど愛されている白ちゃんを、殺せる訳がない。
すまん、私の子供達。
仇は取ってやれそうにない。
すまん、すまん。
情けない母親ですまん。
"大丈夫よ、母上"
でも、どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
どうか、サリエル様、私の子供たちに死後の安寧を。
私はそれが無駄な願いだと知っている。
けど、けど、願わずにはいられなかった。