音ノ木坂学院に通い始めて2年目の春。僕は掲示板に張り出されてある学院から発表された内容を見て少々の驚きと、やはりな…という納得の感情を浮かべた。
どうやら学院は来年度以降新入生の募集を行わない可能性が非常に高いらしい。
「穂乃果ちゃん!?」
不意に隣から聞こえてきた悲痛な叫び声に眼を向ける。同級生の高坂さんが園田さん、南さんに抱えられて半ば気を失いかけていた。
「しょんな……廃校なんて…」
僕個人としては余り廃校云々に関心はないけれど、此処までショックを受けている人を見るといたたまれない気持ちになるものだ。
心の中でファイトだよ! とエールを送りつつ、僕は昼食を食べるべく、部室へ向かうのだった。
○
「あれ、先輩いないや」
僕が所属しているアイドル研究部の部室は、割と広いのだが私物が多過ぎるためにやや狭苦しい印象を受ける。金属製の棚にはDVDやCDなどがアーティストの50音順にきっちり並んでおり、壁や天井にはポスターが敷き詰められている。アイドルファンの部屋です! という主張がこれでもかというぐらいになされている……先輩、卒業する時これ持って帰れるのかな。
そんな先輩なのだが、お手洗いにでも行ったのだろうか。備品の事務用長机を組み合わせて作った広いテーブルには通学用鞄と、先輩が作ったであろうお弁当が置いてあった。
お弁当箱の蓋を開けて見ると、そぼろの乗ったご飯と、おかずが数品。彩りも良く味も非常にグッドだ。今味見して確かめたから間違いない。
「ちょっとアンタ! 何勝手に人の弁当食べてるのよー!?」
おや、もう戻ってきたのか。
長い髪を可愛らしいリボンでツインテールに結わえた女子生徒が僕を指差しながら鼻息荒く近付いてきた。彼女は僕からお弁当を奪い取ると中身を見て顔を青ざめさせた。
「おや、何か浮かない顔をしてますね」
「アンタのせいよ! もー…折角昨日から取っておいたハンバーグが全部食べられてるし…」
「めっちゃ美味しかったです。先輩のお婿さんは幸せ者になるでしょうね」
「褒めたって何も出ないわよ…ていうか私から取った分、アンタの弁当寄越しなさいよね!
」
今しがた鞄から取り出した僕のお弁当を指差しながらぷりぷりと怒る先輩に僕はお弁当箱の蓋を開けて彼女に差し出した。
「どうぞ、男子高校生の手料理で良ければお一つ」
「いちいち一言多いのよ……うわ、相変わらず嫌味なぐらい美味しそうね」
ちなみに僕の今日のお弁当のメニューはおかかを振った上から海苔を敷いた所謂のり弁スタイルで、おかずは某お弁当屋さんに合わせて白身のフライ、ちくわの磯辺揚げ、きんぴらごぼうとさくら漬けである。言うまでもないが、全て自作です。
おかず達を前に悩んでいた先輩だったが、決心がついたらしい。自分のお弁当から箸を取るときつね色に上がった白身のフライを掴み、一気に半分ほど頬張った。
「……んー…美味しいー」
先程までの怒りは何だったのかと言わんばかり、正しく満面の笑みで白身のフライをおかずに自分のご飯を食べる先輩を見て僕は口元に笑みを浮かべた。相変わらずチョロ可愛いなあこの人。
それから談笑しつつお弁当を平らげた僕達は、部室のPCで部室にあるCDやDVDなんかを再生しながら昼休みの残りを過ごしていた。
「そう言えば先輩。あの掲示はもう見ましたか」
「ああ、廃校の事でしょ」
「おや、案外冷たい反応ですね」
「顔色一つ変えずに切り出してくるアンタに言われたくないわよ…まあ、今年で卒業の私達にはあんまり関係のない話よ。生徒会長なんかはえらく必死そうだったけどね」
生徒会長、と言われて僕は思い出す。金髪でスタイル抜群かつ美人の絢瀬先輩だ。あと副会長の東条先輩も見目麗しく、何気に僕の周りでも人気は高かったような。
「生徒の立場でどうこう出来る問題でもないでしょうし、あの子達も損な役回りね…」
「まあ、手がない訳じゃないですけどね」
僕の言葉に、先輩が眉を顰めた。
「アンタ…」
「部活動関係なら或いは…まあ、真っ当な部活なら一年以内に結果を出すのは難しいでしょうけどスクールアイドルなら、素材さえ良ければ必死で磨けば光るものはあるでしょう」
それに、と言葉を続けようとした瞬間、先輩は机を思い切り叩きながら立ち上がった。遅れて椅子が地面に倒れ、僕達の間に気まずい沈黙が流れた。
「アンタに悪気がないのは分かってるわよ、ごめん」
「いえ、軽率でした」
「…少なくとも、私はもうスクールアイドルなんてやらないわ。アンタも、これ以上は余計な事考えんじゃないわよ」
手早く荷物を纏めて、部室から出て行った先輩。僕は点けっぱなしのPCの電源を落としながら考える。
もう一つなにか切っ掛けが欲しい…今の僕の望みを叶えるにはまだ足りない。
○
寝坊して家を出て暫くしてから今日は日曜日だった、というボケをリアルでやらかしてしまった。折角の休日なので、制服姿ではあるけれど気分を変えていつもとは違う道で家に帰ろうかな。
「と言う事でやってきました神田明神」
「君、何で制服なん?」
お賽銭箱の前でばったり出会った巫女服姿の東条先輩の問い掛けにかくかくしかじかと説明しつつ、僕はいいものが見れたと、東条先輩が此処でバイトしているという情報を教えてくれたクラスメイトに感謝した。
「なにそれ、君って見た目によらず変わってるねえ」
似非関西弁でころころと笑う東条先輩に癒されつつ、僕はどこからか聞こえてくる掛け声の様なものに首を傾げた。
「こんな所でラジオ体操か何かですかね」
僕の呟きに反応した東条先輩がああ、と両手を合わせながら声をあげた。
「そう言えば君、アイドル研究部やろ? 今ならちょっと面白いものが見れるよー」
「あれ、僕って先輩と面識ありましたっけ」
「いや、初対面やで。でも、前ににこっちと一緒に居るところを見たから。ああ、この子があの部員1名のアイドル研究部に入った物好き君かーって覚えててね。ほら、うちって生徒会やってるし?」
成程、と相槌を打ちつつ、先輩に連れられて境内の裏側に回ると、其処にはいつぞやの掲示板の前でぶっ倒れていた高坂さん達が居た。
カウントを取りながら、引き攣りそうになる顔を笑顔で固めてアイドルらしい振り付けで踊る彼女達を見て僕は思った。
この子達なら、先輩を連れて行ってくれると。
○
「成程。それじゃあ君達は3人で音ノ木坂学院でスクールアイドルとして活動して知名度をを上げて、来年度の出願者を増やそうと思ってるのか」
練習がひと段落した所を見計らって、東条先輩にお互いを紹介してもらう。まあ、一応同学年だけど特に面識等は無かったのだ。
「ええ、部活として立ち上げるには条件が満たされていないですが…今出来る事は全てやっていこうと思っています」
激しいダンスの後だというのに、少し汗をかいているぐらいで平気そうな園田さんの説明に僕は頷きながら応える。高坂さんと南さんは地面に寝っ転がってぜえぜえ言ってるので放置した。
「振り付けは決まってて、衣装は南さんが作るのか。凄いね、僕は裁縫は余り得意じゃないから」
「男子で裁縫が得意という方も少ないでしょう」
「いやいや、これでも将来は主夫になりたいなんて半分ぐらい本気で考えてる身としては家事は何でも出来てないと」
僕の人生設計はどうやら園田さんにはイマイチだったらしい。明らかにドン引きである。
「音楽無しで練習してたけど、曲はまだ決まってないのかな」
「ええ、歌詞は…ええと、一応宛てはあります。あとは作曲なのですが」
何故か作詞のくだりで恥ずかしげに頬を染める園田さんは可愛かったが、それは置いておいて僕は話を続ける。
「コピーじゃなくてオリジナルでいくのか、ハードルは高いけど今後の事を考えればそれは悪くないね」
「はいはーい! 作曲もちゃんと宛てはあるよ!」
いつの間にか復活していた高坂さんが鼻息荒く、手をびしっと挙げながらやってきた。
「へえ」
「1年生にね、ピアノと歌がとっても上手な子がいたの! 聞いた事ない曲だったから、多分作曲出来る子だよ」
「実際に会って話とかは?」
「出会ったその日にお願いしたけど断られちゃった!」
おい高坂。
脳内ツッコミは程々に、僕は此処からどんな手助けが出来るか考える。生憎、僕に出来るのは歌とダンスぐらいだが、それ以外にもなにか必要なものは…ううむ。
「僕も今度その子にあったらお願いしてみようかな」
「ホントに!」
これまたいつの間にか復活していた南さんが高坂さんと並んで眼を輝かせた。しかし、園田さんは若干疑わしげに僕を見ていた。
「協力して頂けるのは嬉しいです。けれど、何故そんなに乗り気なのですか? 此方からお願いしてる訳でもないのに」
「ちょっと、海未ちゃん…」
「穂乃果は黙っててください」
助け舟を出そうとした高坂さんは一瞬で撃沈した。もっと頑張って欲しいなあ。
「知らないと思うから言うけど、僕はアイドル研究部所属なんだ」
僕の告白に、三人揃って驚いた顔を見せてくれた。ちなみ東条先輩はそんな彼女達を見て可愛らしく笑みを零している。
「だから当然スクールアイドルも好きなんだ。この学校からスクールアイドルが生まれるっていうのなら、協力したいって思うのはおかしい話でもないでしょ?」
それに、と僕は悪戯気に笑いながら続ける。
「うちの部、部員二人で実質活動らしい活動してなくて暇なんだよね」
「貴方って人は…まあ、そう言う事でしたら、是非お願いします。先程は疑うような事を言ってしまい済みませんでした」
最後のオチで園田さんも毒気を抜かれたらしい。先程よりも幾分か気の抜けた笑顔で謝罪されたので僕もいえいえ此方こそ、と日本人らしく謙虚に対応する。
「なんやら話も纏まったみたいだし、うちはそろそろ戻るわ。皆頑張ってなー」
ずっと僕達を見守っていた東条先輩はそう言って境内の方へ戻ろうとして、何か思い出したのかUターンして僕の元まで戻ってきた。そして彼女は耳元でこう囁いた。
「可愛い先輩のために頑張るのはええけど、出来たらうちの生徒会長もそんな調子で宜しくな」
じゃあね、と戻って行った東条先輩の背中を見送りつつ、僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ちょっとダシに使っただけなのに、とんでもない貸しを作った事になっているような気がする…。
高坂さん達の追求に応える余力は無かった。
作中で主人公の自己紹介させるのが苦手なので此処に簡単なプロフィールを投下。
名前 宇土 九助(うと くすけ)
年齢 16歳(9/11生まれ)
身長 177センチ
体重 66キロ
やや高めの身長と地味に引き締まった身体を持った主夫志望のアイドルオタ。ダンス(アイドル関連に限る)と歌が結構上手い。最近の楽しみは部活の先輩とお弁当を一緒に食べておかずの交換(無理矢理)をする事。
ではまた次回!