遊戯王VRAINS―GB   作:甘枝寒月

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3話 悪逆非道!ハノイの騎士

 リンクブレインズにログインしたGETBACKERS(ゲットバッカーズ)たちは、ビルの屋上に降り立った。

 

 スーパーヒーロー着地を決めた遊作に対して、零涙(あまな)はアバターに仕込まれた浮遊プログラムでふよふよと漂い、トンっとゆっくり足をつける。

 

「ね、ゆう――」おとと。リンクブレインズではアバター名で呼び合うんだった。

 

 零涙はあわてて口を押さえる。えへへ。パーにした両手の五指の指先を合わせてぐにぐにと空気をボールのように揉んだ。彼女が気持ちを切り替えるときのクセだ。

 

「ね、『レイメイ』」

 

「『ティアドロップ』。俺のアバター名は『プレイメイカー』だ。変なところで切るんじゃない」

 

 プレイメイカーは不本意な略称を訂正してみた。「えへへ」ゴマカシ笑顔が返ってくるのみだった。ま、言ってみただけだ。

 

『ふたりとも、聞こえるか?』

 

 ”ヴォン”という音が鳴り、空中にディスプレイが出現した。

 ソリッドビジョンの空中投影とは違い、投影機なしでホログラムのディスプレイが浮かぶ。仮想空間であるリンクブレインズならではの光景だ。

 

「ん。草薙さん」

 

『さっきのハノイだが、中継によれば今はブルーエンジェルのデュエルに乱入して暴れている模様だ』

 

「ポイントは?」

 

『今地図を出す』

 

 草薙さんが手元でなにやら弄り、簡易マップを出してくれる。赤い点がピコンピコンと点滅しているのが目標ポイントだろう。

 

 ……そう。カフェナギの店主である草薙翔一さんは、もうひとつ、GETBACKERS(ゲットバッカーズ)の協力者としての顔を持つ。

 彼はデュエルが苦手なぶん、リンクブレインズを駆け回るGETBACKERS(ゲットバッカーズ)を陰から、現実世界からサポートしているのだ。

 

『移動手段に飛行スクーターを送る。ポイントには――』『すみませーん。ホットドックくださーい!』『はーい! すまん、そっちは任せていいか?』

 

 だがもちろん、カフェナギという一国一城(いっこくいちじょう)(あるじ)であることも草薙さんにとっては大事なこと。こだわりと気安さのエッセンスがさりげなく散らされたカフェナギそのものが証明している。

 

「ああ。今回のハノイは下っ端(したっぱ)だろう。任せてくれ」

 

『すまん』

 

 ”ヴォン”通信が切れる。

 

 同時に、光の玉がひとつ(またた)く。

 真昼のホタルのように輝く光球は尾を引いて走り、虚空に線を引き始めた。

 まっすぐ、折れる。ちょっと行って、カクン。

 太陽光色に輝く軌跡はみるみるうちにワイヤーフレームとなり、ポリゴンが肉付けされ、スクーターが出現した。

 

 青空に雲ができるように、なにもないところに物体が創造される。さながら魔法。これもまた、無すらも万物の素材(アルケー)と言うべき01でできているリンクブレインズならではだ。

 

「おー。すごいね。タネなし手品みたい」

 

 無から湧いて出た(ポップした)スクーターを見て、ティアドロップが感心した声をあげる。拍手まで送っている。タネというか、プログラムという仕掛けはあるんだが。

 

 リンクブレインズにヘルメット着用の規則はない。そのままプレイメイカーはスクーターにまたがって、スターターのボタンをぽひょっと押した。

 

 ブォン! 爆音をあげ、タイヤの場所に空いた穴から青いジェットエフェクトが噴きあがる。

 

 ブォン! ブォン!

 

 何度かアクセルを回してやれば、ジェットエフェクトが陽炎(かげろう)を揺らめかせながら、スクーターを空中に持ち上げる。

 空飛ぶクルマならぬ空飛ぶスクーター。ファンタジーやゲームの極致とも言える乗り物を操り、ぐんぐん地面を離れていく。

 

 ティアドロップは、胸の羽根飾りを輝かせてふたたび飛行プログラムを起動。こちらは空想的夢幻的の代名詞である身一つの自由飛行。

 

「行くぞ!」

 

「ん!」

 

 声だけを残し、GETBACKERS(ゲットバッカーズ)たちは遮るもののない最短距離でもって、目的地へと急行した。

 

 

 

「あ……あ!」

 

 スピードを出して飛行している真っ最中(まっさいちゅう)

 鷹の滑空のように空を滑っていたティアドロップが急に手足をばたつかせ始める。腕をバタバタ、必死な顔は空で溺れている姿そのもの。

 まさかコントロールを失った!?

 

 とにかく、スクーターを操りティアドロップの下に移動。墜落に備えて受け止められる位置にいなくては。

 

(……ん?)

 

 移動しながらも目を離さず見ていたが。落下、していないな。バタバタあわててはいるが、飛行自体は安定している。

 ぐるぐる回転しながらせわしなく動いて、『スカートの中を闇にするプログラム』を大活躍させているティアドロップ。彼女に向かって、ボバボバとうるさいジェットエフェクトに負けないよう、せいいっぱい声を張り上げる。

 

「どうしたー?」

 

「ね、レイメイ。これから行くところにブルーエンジェルいるんだよね?」

 

 ティアドロップもぐるぐるをやめ、両手をメガホンにして大声を返してくる。

 

「……ああ」

 

「あたしだいじょうぶかな? ブルーエンジェルのお目汚しにならない? どう? 似合ってる?」

 

 はぁ。ひとつため息をつく。

 

「その衣装データ、フルスクラッチしたのは誰だと思っているんだ」

 

 リンクブレインズは珍しいフルダイブ型仮想空間とはいっても、たかだか街ひとつ限定のLAN(ローカルエリアネットワーク)。提携企業の数はまだ少なく、比例して衣料データなんかもまだまだ物足りない数しかない。したがって、ティアドロップも最初は店売り衣装を着まわしていたが、センスのいいものはやはりカブってしまう。……らしい。

 それでとうとう、先日イチからのオリジナル衣装を頼まれたわけだ。

 ちなみにプレイメイカーの衣装はデフォルト3(AIによる自動カラー設定)である。

 

 ちらり、とティアドロップを見上げる。

 

 リアルと変わらないミルクチョコレート色のアバターを包むのは、赤い袖なしワンピースを主体とし金赤の装飾をふんだんにヒラヒラさせた、儀礼装を思わせる(よそお)い。平たく言ってしまえば、《ネフティスの導き手》の衣装(コスプレ)だ。

 もともと彼女は《導き手》によく似ている。そのせいか、衣装はあつらえたように似合っていた。

 

「似合ってるぞー」

 

 感じたままに声をかければ、ティアドロップはにんまりと「!」を花開かせ、青い瞳でまっすぐ見つめてくる。

 

「ね、ね。もっかい!」

 

「なんでだ。1回言えばいいだろう」

 

「むー。ね、カワイイ?」

 

「はいはい。かわいいぞー」

 

「むふー」

 

 なにがうれしいのか、満足そうににやついた。……わからないが、とにかく落ち着いて飛んでくれるならいい。

 

 会話を終わらせるように、ブォンと大きくスクーターをふかす。バタバタは収まったが浮かれた雰囲気でにこにこしているティアドロップの(した)を離れ、速度を上げる。

 

 ビルが崩壊している現場がもう見えていた。

 

 

 

 

 

 元、ブルーエンジェルのライブ会場。

 

 今は、パニック映画のような惨状。

 

「やれ、《クラッキング・ドラゴン》!」

 

「ギャァァオォン」

 

 ハノイの騎士が、《クラッキング・ドラゴン》の上に立ち、地団駄のようにガンガンと蹴りつける。首筋をかかとで殴打され、《クラッキング・ドラゴン》は苦しみ暴れ蒼く燃えるビームを吐く。

 

 崩れたビルのガレキに潰されて。蒼炎に焼き尽くされて。暴虐の暴風雨に飲まれ、無慈悲にもアバターが次々と強制ログアウト。

 

「避難してください! ログアウトしてください! 逃げて!」

 

 そこかしこから悲鳴。轟音。そして、ハノイの騎士の高笑い。

 音がひしめき合うなか、ブルーエンジェルが周囲の観客たちに大声を張り上げ呼びかける。

 その声に冷静さを取り戻してログアウトする者もいるが、パニックに飲まれ逃げるのに精一杯で、ついに逃げきれず強制ログアウトする者も多い。

 いまもまた、蒼炎に巻かれて闇雲に動きガレキに飲まれアバターが消えた。

 

 はるか昔のイスがガックンガックン揺れる体感映画ですらあんなに怖いのに、仮想空間というケタ違いの臨場感が災いし、ガレキに潰されたり蒼炎に焼かれたりした記憶は鮮明に頭に残り続けるだろう。

 ハノイの行いは、仮想空間だから、アバターだからでは決して許されないところまで来ていた。

 

「ふざけないで! あなた、なにが目的なの!?」

 

 苛立ちを抑え込み呼びかけていたブルーエンジェルも、とうとう我慢の限界。

 ふだんアイドルとしての笑顔を心がけているのも、今は忘れ、憤怒(ふんぬ)の顔でハノイにキツく問いかける。

 

「ん~? 目的?」

 

 その怒りを涼しく流し、ハノイの騎士は、仮面のない口元だけでもわかるほどにニヤついて、

 

「楽しいだろう? 弱者をいたぶるのは。他人のモンスターを奪い、そのモンスターで破壊の限りを尽くすのは!」

 

「あ゛?」

 

 ブルーエンジェルの頭から、ないはずの血管がキレる音がした。

 

「お前、私とデュエルしなさい! 悪夢見せてあげる!」

 

「ふーむ。デュエルか……」

 

 デュエルディスクを構えて()る気満々のブルーエンジェルを前に、アゴを撫でてにやにやと悩む()()。大人気アイドルが今にも噛みついてきそうな狂犬顔をしているのを、もったいつけるように高みの見物。

 

「断る」

 

 そして、《クラッキング・ドラゴン》をひと蹴り。耐え切れずドラゴンが蒼炎を吐く。ブルーエンジェルに向かって一直線に。

 

「つっ……卑怯者!」

 

 目をつぶって、身を固くして、生前火葬に身構える。捨てゼリフを残し、ブルーエンジェルは蒼炎に飲みこまれた。――はずだった。

 

 しかしブルーエンジェルを包みこんだのは、地獄の灼熱ではなく、極楽のぬくもりだった。

 もっちりしていて触れればとろけそうなやわらかさと、しかしたしかな弾力。人をダメにする二律背反。

 強制ログアウトってこんなに安全機構(セーフティ)がかかってたの?

 

「なんだ貴様は!」

 

 ハノイの悔しそうな声が聞こえる。ざまあみろ。

 ……え?

 

「ログアウトしてない!?」

 

 あわてて目を開ける。

 真っ赤な布地(ぬのじ)が、焦点の合わないほど眼前に押し付けられていた。

 ぷはぁ、と顔を離してやっと、それがおおきなおっぱいだったことを知る。

 ……ま、まあ別に? 私だってブルーエンジェルのアバターはちょっと、ほんのちょっとムネ盛ってるし。巨乳アバターなんてうらやましくないし。

 

 いけない。一瞬おっぱいに気を取られてた。あわてて助けてくれた人の顔を見る。

 

「……《ネフティスの導き手》?」

 

 ミルクチョコレート色の可愛い娘が、シャボン玉のような薄膜(うすまく)のなか、私を抱いていた。

 ムネから顔をあげたブルーエンジェルに手を回して抱きながら、にっこりとほほえんでくる。

 

「こ、こんにちは! あたし、ティアドロップって言って、……ファ、ファンです!」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 ハノイがわめく。苛立(いらだ)ちを《クラッキング・ドラゴン》にぶつける。《クラドラ》が蒼炎ビームを叫ぶ。やはりそれも、シャボン玉の障壁(しょうへき)が防ぐ。

 荒れ狂う暴虐(ぼうぎゃく)が吹き荒れるなかで、割れないシャボン玉に包まれて和やかに挨拶してくる《導き手》。まるで、荒波のなかにぽっかりと浮いた小島のような平和さに、私たちは立っていた。

 

「ティアドロップ。会えてうれしいのはわかる。だが、後にしろ」

 

「あう」

 

 彼女の頭を、誰かが小突(こづ)く。

 初期設定されるデフォルトアバターをそのまま使っている、特徴がないからこその特徴を持つ男。プレイメイカー。

《ネフティスの導き手》のソリッドビジョンが生きて動いているような、それでいてムネを盛るペコしている女のコ。ティアドロップ。

 その2人組を、ブルーエンジェルは知っている。

 邪知暴虐のチンピラ集団ハノイの騎士に対するレジスタンス、その2人の名前は――!

 

GETBACKERS(ゲットバッカーズ)……?」

 

「! ん! 奪還率ほぼ100%、無敵の奪還屋さんとはあたしたちのこと! ……です!」

 

 そう言って、ティアドロップはにこりとほほえんだ。輪郭(りんかく)にダブルピースを添えて。ぴすぴす。

 

「お! あれが噂のGETBACKERS(ゲットバッカーズ)か! おい、撮れてるか?」

 

「だいじょうぶっス山本先輩! 撮れてるっスよ!」

 

「本名言うな!」

 

 この惨状のなかでもログアウトせず中継しつづけていたカエルとハトのマスコミが、思わぬスクープに騒ぎ始める。

 GETBACKERS(ゲットバッカーズ)は超有名。だけど、需要と相反して積極的な露出をしていないコンビでもある。貴重かつ高需要となれば、幸運なマスコミはああも騒ぐだろう。

 

 自分たちを映すカメラに向かって、ティアドロップがひらひらと手を振った。

 プレイメイカーは逆にマスコミを意に介さず、ハノイだけを睨みつけている。

 

「おい、デュエルしてもらおう」

 

「ん~? 我がハノイの騎士の輝かしい覇道をさんざん邪魔してくれたプレイメイカー様じゃないか。デュエルの申し込みをしてもらえるなんて感動だなぁ~」

 

 寒々(さむざむ)しい言葉を吐きながら、ハノイは《クラッキング・ドラゴン》をひと蹴り。「死ね」

 ふたたびの蒼炎ビームがプレイメイカーを襲う。着弾。砂煙が舞う。

 

「ははは。プレイメイカーといえど、この圧倒的暴力の前ではこんなものか!」

 

 ハノイはすでに勝ち誇ってハーハッハッハと高笑い。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 あわてるブルーエンジェルの手を、ティアドロップがぎゅっと握った。

 

「だいじょぶ。レイメイだもん」

 

 無事を確信した声。

 同時、砂煙のなかからなにかが飛び出した!

 マジックアームが蛇咬(スネークバイト)のようにハノイに素早く嚙みついて、捕らえる。

 

「ひとつ。デュエルを挑まれ、お前は暴力で答えた。

 ふたつ。他人のカードを足蹴にして、お前は笑っている。

 みっつ。お前にはカードの泣いている声が聞こえないのか!

 お前にデュエリストを名乗る資格はない!」

 

 砂煙が晴れる。

 

 キズひとつないプレイメイカーが現れる。

 

 そのまままっすぐにハノイを指差し宣言する。

 

「強制アンティデュエルだ! 俺が勝ったら、奪ったカードをすべて(かえ)してもらおう!」

 

 奪還の宣言を聞いてなお、ハノイは。

 

「断ると言っているのがわからんかぁ!」

 

 三度(みたび)暴力(ほのお)

 しかしそれは、なにも破壊しないまま、尻すぼみになって搔き消える。

 

「ムダだ! このデュエルアンカーをつけている限り、一切の物理的な攻撃は無効になる。もはやお前に暴力という逃げ道は残されていない!」

 

 そう言ってプレイメイカーはデュエルアンカーのワイヤーをひっぱり、《クラッキング・ドラゴン》からハノイを引きずり落とす。身軽になった《クラッキング・ドラゴン》は姿をくらまし一時(いっとき)の安息を得た。

 

「く、くそおおお!」

 

 ハノイの遠吠えが響いた。

 白アバターを土まみれにして地べたに敷かれたハノイは、手近なガレキにこぶしを打ち付けて立ち上がり、足を踏み鳴らして姿勢を正す。頭を掻き毟る。

 ダンダン、ガリガリ、口からもギャーギャー。やかましさこそが、苛立ちのバロメーターだった。

 薄汚れた白アバターは、忌々しそうにデュエルアンカーをガチャガチャいじくりまわす。しかしプレイメイカーの執念を体現したアンカーは食らいついて離さない。

「チッ」舌打ちひとつ、やっと諦め、粗雑な仕草でデュエルディスクを構えた。

 

「お前に強制されてではない! 私の意志でデュエルするのだ!」

 

「そうか」

 

 プレイメイカーは流した。かまうことはなかった。

 

「「デュエル!」」

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