遊戯王VRAINS―GB   作:甘枝寒月

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5話 アフターサービス

「ふざけんな! ふざけんな! こんなことなら、もっと強いカードを奪っておけばよかった! んだよこのクソカード!」

 

 (わめ)き散らし敗北の責任をカードに押し付けるハノイ。デュエリストとしての最低限の矜持(きょうじ)すら持たないその姿を、プレイメイカーは静かに見下ろして。

 

「お前にデュエリストを名乗る資格は、いや。カードを持つ資格はない! アカウントBAN!」

 

 猶予も躊躇も必要ない。デュエルアンカーを通じ、ウィルスプログラム『ヒュドラ』を送り付ける。デュエルで勝利しなければ感染させられない代わりに、その威力は破格。毒蛇の牙がハノイのデータを食らいつくしていく。

 

「いやだぁ……いやだぁ……せっかく憂さ晴らしできるようになったのに……俺がなにしたってんだよぉ……」

 

 末期(まつご)の言葉までどうしようもない。

 

 ハノイと闘い、()()()()()の情報を聞き出す。あの事件の意味を、なぜ俺や草薙さんの弟が巻き込まれたのか、真相を探る。――それが、GETBACKERS(ゲットバッカーズ)の目的のひとつ。

 そのために、ハノイがらみのウワサを集めてもらい、厄介事があったら優先して仲介してもらっている。

 

 だが。目の前のハノイはまったくの末端(まったん)。伸びた爪のように切り捨てることを前提とした使い捨て。情報を持っていないことはあきらかだった。

 

「レイメイ~~~~~~!」

 

 使い捨て(ディスポーザブル)ハノイだったデータが電子の海に還ると同時、ティアドロップが猛然(もうぜん)と駆け寄ってきた。

 ラグビーのタックル仕草(しぐさ)で文字通り飛び込んでくる。

 まったく。しかたないな。

 プレイメイカーは腰を落として衝撃に備えた。

 

「ぶっ!」

 

 重心を落として固めていた胴ではなく。顔面だけ、パイ投げのごとくぶっ叩かれた。予想外。倒れそうになるのを、意地だけでなんとか耐えた。

 

「勝ったね! よかった~」もぞもぞ、ぺたぺた。

 

 なにやら(ぬく)い物体が(うごめ)きながら顔中にやわらかさを押しつけてくる。牛乳(ミルク)をたっぷり使って焼いたパンのにおいが香る。安心する、いい匂い。

 姿勢を整えるまでの(あいだ)じゅうへばりついて、いい匂いとやわらかさを存分に押し付けてくるそれを、べりっと剥がした。

 ティアドロップだった。2頭身だった。

 

「ずいぶん、縮んだな」

 

「え?」

 

 ぐるぐる。

 

 プレイメイカーにつままれぶらさがったまま、ぷらぷらと動いて、そしてビシッと決めポーズ。

 

「たれティア、だね!」

 

 …………。

 なぜ縮んだのか、とか。アバターデータに不具合はないか、とか。俺はプ『レイメイ』カーなのに自分はまともな切り方なのか、とか。

 あまりにもお気楽に楽しそうに踊っている姿に、数々の疑問を飲みこむ。

 ずんちゃかずんちゃか。

『パワプロ』のようなデフォルメ笑顔で♪を散らして扇子(せんす)でダンス。まて、その扇子はどこから出てきた。

 

GB(ゲットバッカーズ)!」

 

「ブルーエンジェル」

 

 つまんだティアドロップを地面に降ろそうとして。驚異の跳躍力で頭に乗られてしまった。そのままとろけてへばりついてしまったので、そのままにする。

 

「ひとまず、礼を言っておくわ。ハノイを倒してくれてありがとう」

 

「ああ」

 

 握手。

 

「ティアドロップも。かばってくれてありがとね」

 

「ん!」

 

 彼女は()いでティアドロップに手を伸ばし、たれティアになっているせいで手の場所に(まど)う。ゴツい被り物を避けた結果、ネコにやるように喉をくすぐることになったようだ。

 

「ん~。えへへ……」

 

 勝利の後の余韻の時、その時間を、『ビー! ビー!』と無粋な電子音が切り裂いた。

 

『ビー! ビー! SOLテクノロジー社からお知らせいたします。このエリアはメンテナンスのため封鎖されます。プレイヤーの皆様方はセントラルエリアへの移動もしくはログアウトを行ってください。このエリアに(とど)まっていた場合データの保証はいたしかねます。繰り返します。このエリアはメンテナンスのため……』

 

 

「っと。……私はログアウトさせてもらうわ。あなたたちは?」

 

「セントラルエリアに行く。奪還したものを還さなければいけないからな」

 

「そ。……プレイメイカー! 今度私とデュエルしましょう! ガチで勝ちにいくから!」

 

「断る。俺は奪還とハノイでしか戦わない」

 

「は!? 挑まれたら受けなさいよ、デュエリスト!」

 

 勝負の誘いを断られぷりぷりと怒りながらブルーエンジェルがログアウト。

 

 いまだに頭の上にへばりついているアイボーが、もぞもぞ匍匐前進(ほふくぜんしん)。さかさまの顔を覗かせてくる。水色でまんまるの瞳がぱっちりと合い、無垢な感情のままじっと見つめてくる。

 ……そんな目で見るな。

 

「落ちるぞ」

 

 拾い上げて、頭の上に戻した。

 

 セントラルエリアへのワープができる真っ白な円陣が出現している。生き残った人たちが、続々と乗っては消えていく。

 自分たちもそれに向かう、その途中で、声が降ってきた。

 

「ね。レイメイ。デュエルしたら? ブルーエンジェルとレイメイのデュエル、見てみたいな」

 

「……ひとつ。ブルーエンジェルはエンタメデュエリストだ。

 ふたつ。俺は勝つためのデュエルしか知らん。

 みっつ。温度差のあるデュエルはおたがいに不幸になるだけだろう」

 

「それは、そうかもしんないけど……」

 

 円陣に乗って、プレイメイカーたちもワープ。

 浮遊感。地面も重力もなくなったような宇宙の感覚。

 ワープ機能はリンクブレインズの管理者であるSOLテクノロジー社しか権限を持っていないのも納得だ。これはたしかに普段使いには向かない。

 移動が終わる。階段の終点に気づかなかった時のように、一拍遅れで戻ってきた感覚に逆に驚く。

 

 移動先は、リンクブレインズのどまんなか。その名もセントラルエリア。

 朝昼晩平休祝、途切れることなく人があふれ、ざわめく喧騒とにぎやかなネオンと酔いそうになるほどの意識ベクトルが常に激しくはち切れている。

 

 いや。今日はすこし質が違う?

 

 今日はひときわ騒がしく、そしてやけに注目されている。

 

「……ハノイが……」「もう解決した……プレイメイカー……」

 

 すでに話が広まっているようだ。先んじて移動した人だろうか、それともカエルとハトのマスコミ中継からか。

 じろじろと見られている。……落ち着かない。できれば、さっさと依頼完了にしたいところだ。

 こびりついた視線を削り落としたくてほほを搔いていると、期待以上の早さで待ち人が現れた。

 

「や。お疲れさま、GETBACKERS(ゲットバッカーズ)

 

「エ――ストールさん!」

 

「ゴーストガール!」

 

 頭上のたれティアがゴーストガール(別所エマ)に取り上げられる。すっかり短くなってしまった手足をバタバタ。しかし意に介されず、頭を重ねるように抱きかかえられてしまった。

 

「またかわいいワザ身につけちゃって。すううぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁあああ」

 

 ネコ吸いならぬティア吸いをされて、ティアドロップはくすぐったそうにもじもじと身をよじる。……暴れたせいでいっそう強く抱き締められた。

 いつもなら助け舟を出すところだが、今回は放っておく。

 ゴーストガールは欲望で吸っているわけでは……いや、どうだろう。まあ、欲望だけでなく触れ合いながら『たれティア』になった原因を探っているハズだ。……なら吸う必要はない。やはり欲望か。

 髪に顔を(うず)められて息の音が聞こえるほど大きく深呼吸されているアイボーをじっと見る。くすぐったがって2頭身をよじるのにも疲れたのだろう、借りてきたネコのようにおとなしくなされるがまま。なにかを悟っていた。

 

「な、なぁ……あんたら、あんたたちがGB(ゲットバッカーズ)っスよね?」

 

 セントラルエリアの群衆の中からひとり、少年がずいぶんと慌てた様子で話しかけてきた。期待と不安が入り混じった、それでいて気が(はや)ってたまらない、という雰囲気をいっぱいに放っている。

 

「ああ。キミは?」

 

「あ、あの、オレ、カードをハノイに()られて、それで……」

 

 なるほど、と想定しながらゴーストガールに目を向ける。やはり、

 

「あ、その子が依頼人よ」

 

 吐息でティアドロップの髪を揺らしながらの返答。

 

 言うだけ言ってティアドロップの頭に隠れたゴーストガールからは目を離し、膝をついて少年と高さを合わせる。

 さっそく『ヒュドラ(ウィルスプログラム)』によって奪還した《クラッキング・ドラゴン》を差し出した。

 

「依頼のカードだ。受け取ってくれ」

 

「あ……あざます!」

 

 少年はうやうやしく両手で受け取り、感激そのものの顔でカードを見つめている。この光景こそが、奪還屋の醍醐味だろう。

 最上級の祈りを捧げるようにカードを掲げ、涙を流さんばかりの忘我の喜びに浸っている彼を、みんなそっと見守る。

 

 ひとしきり喜んでから。

 思い出したように、少年がブタの貯金箱を取り出して丸のまま渡してこようとしてきた。

 

「あ。そうだ、コレ……奪還料。少ないんだけど」

 

「え! それ、大事なお金じゃないの? もらえな――むぎゅ」

 

「ダメよティアドロップちゃん。初めてのとき忘れちゃったの?」

 

 

 初めてのとき、つまりゴーストガールの仲介した奪還依頼を初めて行ったとき。

『え。こんなお金いっぱい。も、もらえないよ』

『ダーメ。もらっときなさい。……お金っていうのは物差しなの。奪り還してくれてありがとうって気持ちを、依頼人はお金に託して渡してくれるんだから。もらわなきゃダメなのよ』

『う……ん、うん』

『ま、でも? 端金(はしたがね)の大金と、身を切る小銭のちがいもわかってこそのプロだけど』

 

 

「奪還料、たしかに受け取った」

 

 ブタの貯金箱を手ずから受け取る。ずっしりと重い。

 

「…………」

 

 カードを渡し、対価も受け取った。

 しかし、少年はなにやらまだ用があるようで。

 不安そうになんども顔を上げて口を開き、声を出さないまま口を閉じ顔を伏せる。繰り返す。

 

「…………な、なあ。プレイメイカー。オレの《クラッキング・ドラゴン》は、クソカードなのか?」

 

「そんなことはないさ」

 

 とうとう投げかけられた、少年にとって疑問に思いたくもなかっただろう疑問を即座に否定する。

 

「これを見てくれ」

 

 デュエルディスクのライフカウンター。さっきのデュエルのまま、LP(ライフ)500。それを指し示す。

 

「君の《クラッキング・ドラゴン》に、俺はライフ500まで追い詰められた。ギリギリの勝利だった。《クラッキング・ドラゴン》は、間違いなく強いカードだったよ」

 

 確信的に、噛み締めるように言って、笑顔を見せてやる。

 

 その言葉を聞いて。さっきの激闘を思い返して。少年は、自身の頼れるエースモンスターを見つめ、今度こそ涙を流した。

 

 

 

「ね、レイメイ?」

 

「なんだ」

 

 ティアドロップが少年のログアウトを見届けてから問いかけてくる。いつのまにか8頭身に戻った顔をいたずらっぽく歪めながら。

 

「もしかして、ライフを500まで削ったのって、わざと?」

 

「……ま、アフターサービスってやつだ」

 

《クラッキング・ドラゴン》と、もうひとつ。()()()()()()()()()が奪われてしまうことは予想に(かた)くなかった。

 だから、ギリギリまでライフを削ることでほんのすこしだけ、《クラッキング・ドラゴン》を脅威に見せたんだ。

 もちろん、いつか誇張には気づくだろうが。それまでのあいだ、今だけでも。本当に自信のないときに照らしてくれる光の有難さは、よく知っているから。

 

「さすが、レイメイはすごいなぁ……」

 

 それを聞いて、ティアドロップは笑った。だが、いつもの輝く笑顔ではなく、しづり雪のように(さび)しげな笑いを(こぼ)した。

 

 しかし、それも一瞬。ティアドロップの笑顔は弾けるものに変わって。

 

「ふふー! これで奪還完了だね! まいどありー!」

 

 長い腕を天に伸ばしながら、元気に叫ぶものだから。無理に問いかけることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 みんなと別れ。遊作に送ってもらい。ワンルームマンションに帰宅。

 零涙は着のままベッドでごろごろ、ごろごろ。

 

「ふふー♪ ふふふー♪」

 

 うつ伏せになってちょっとエビぞり。ムネがつぶれると苦しいから、あごの下におっきな《クリバビロン》のぬいぐるみを噛ませ、足を上げてぷらぷらと遊ばせる。

 高身長のぶん、長くしなやかな足の角運動量は多く、つまりぶんぶんと勢いよく揺れていた。

 ずいぶんと豪快な振り子運動でベッドを弾ませながら、手は一抱えもあるタブレットを、ベッドの柵の力も借りて支えながら、繊細に表面を撫でる。

 ついっ。ついっ。フリックのたびに、タブレットに大写しになっている写真が切り替わっていく。

 

 放課後まで寝過ごしちゃった遊作の写真。

 

 至近距離で撮ったブルーエンジェルとのスクショ。

 

 今日一日、またひとつ。現実やリンクブレインズで重ねていった、いろんな想い出。あ。盗撮じゃないよ。……こっそり撮ってるだけ。ちょっとだけだから。

 今日もいろんなことがあった。楽しかった。行ったり来たりでひととおり振り返り。そして1枚の写真で手を止めて、印刷する。

 

「ふふ。かわいい」

 

 ちっちゃな印刷機から出てきた写真。今日のハイライトに選んだのは、ひたいの赤アザを撫でている遊作。誤魔化すようにアザをこすって、落とせないまま平気な顔をしていたのを思い出す。

 

 大事な想い出。

 

 だから、こうしてとっとかないと、ね。

 

 写真を大切にラミネート。コルクボードに留める。写真を傷つけないよう、ピンは透明な場所に。

 

 ――3枚もあるコルクボードは、すべてがいっぱいに埋め尽くされていた。

 

 順に。ちっちゃいけど面影のある遊作が、かしこまって直立している写真。2人で自撮りしたときの、ほっぺをくっつけてぎこちなく笑顔を浮かべている写真。こっそりとった、年に合わないハードカバーを真剣な目で読む遊作を横から撮った写真。楽しそうではないけれど、彼なりに一生懸命に参加している運動会の写真。焚き火に顔を染めながらぼんやりしている写真。となりのコルクボードには、すこし成長した彼がレンガ調のおしゃれなワンルームの中央で立っている写真。草薙さんと3人でホットドック片手に写っている写真。パソコンに向き合って真剣な表情を見せている写真。分割商法の雑誌を買い集め、ようやく完成したお掃除ロボを撫でながらこっちを見ている写真。ここからはリンクブレインズのスクリーンショットも混じってくる。デュエルでトドメのダイレクトアタックを決めているスクショ。仮想空間でのアクロバットを練習しているスクショ。空飛ぶスクーターを調整しているスクショ。初めて奪還依頼を達成して握手されている写真。

 ……写真1枚1枚が、想い出を想起させてくれる。胸がいっぱいになる。

 

「……できれば。ずーっといっしょにいたいな。ね。ゆーさく」

 

 また1つ増えた想い出を眺めながら、零涙はひとり、つぶやいた。

 顔はにこやかに笑っていて、しかしその目は昏く芒洋と仄輝(ほのかがや)いていた。

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