遊戯王VRAINS―GB   作:甘枝寒月

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6話 ハノイ三騎士の日常的窮地

 暗闇の中、四方や床までを埋め尽くした機械が灯す光だけがあたりを(あや)しく照らしている。ヒカリゴケ色のランプを点灯させた機械が、ゴポゴポ音を立てるゲルをゆっくりと送り流し、駆動音を静かに響かせる。

 怪しい機械の副次的な明かりだけを光源に、じっとりとミステリアスな雰囲気を詰めこんだ、様式美のような悪の秘密研究所。

 こここそが、リンクブレインズを騒がせている悪の軍団、ハノイの騎士のアジトであった。

 

 リンクブレインズがインターネットを通じてデンシティ(まち)中どこからでもログインできるのとは対照的に、個人宅には余りあるほど大きなサーバーに構築され、遺物(レガシー)と成り果てた有線接続で繋ぐほかない閉電脳(スタンドアローン)型の仮想空間。

 

 そのアジトは、末端の量産型ザコなんかでは存在すら知らされていない、トップシークレットである。

 

「リボルバー様。ご報告させていただきたいことが……」

 

 すなわち、このアジトにアクセスして、機械の妖しい光にぼんやりと浮かび上がる2つの人影は、替えの利かない一握りの幹部ということになる。

 ――いや。それどころか。

『リボルバー』と呼ばれたフルフェイスマスクをかぶった白服の男こそ、まさしくハノイの騎士の首領(リーダー)GETBACKERS(ゲットバッカーズ)の追い求める宿敵だった。

 

 彼は熟視していたホログラムモニターから目を離し、フェイスシールド越しに声をかけてきた人物を見る。

 

「スペクターか。なんだ」

 

 白いスーツをバリっと着こなした年若い男『スペクター』は、老練な執事の体捌(たいさば)きで殊更らしくかしこまった一礼。

 そして頭を下げながら、それでもなお聞き取りやすい明瞭な発声でもって、報告を始めた。

 

「末端が1名、暴走をいたしました。事態は例の奪還屋によって鎮圧されたものの、エリア1つが一時使用不能になり、ともなってリンクブレインズのセキュリティレベルが上昇いたしました」

 

「そうか。例の()()()()は?」

 

「反応なしです。空振りでした」

 

「わかった」

 

 報告を終える。

 スペクターは下げていた頭を上げ、しかしいかにも不思議そうにこぶしをアゴに当てて「差し出がましいようですが、ひとつよろしいでしょうか?」と言葉を継いだ。

 

「なぜあのようなゴロツキをのさばらせておくのですか? 奪還屋が解決するからまだ大した問題になっていないとはいえ、あれでは我々ハノイの品位は貶められるばかり」

 

 芝居がかった嘆きと苦言を聞いたリボルバーは、片手を腰に、もう片手で指を立てた立ち姿で応える。

 

「ひとつ。あのゴロツキどもが暴れ回れば、SOLテクノロジーの連中は破損したエリアを封鎖・修復せざるを得ない。

 ふたつ。つまり、ゴロツキが暴れている間にエリアを跨ごうとしているプログラムを見張れば、逃げ回っているイグニスを見つけられる可能性がある」

 

 そこまでを朗々と言い切った口調が、ふと苦々しいものに変わった。

 ひとつ、ふたつと数えていたチョキの指が、意思に従いぎゅっと握りこまれ、次いで放り捨てるように投げやりに開かれる。

 

「……みっつ。例の『崩壊と再生の塔(スクラップアンドタワービルド)作戦』の際に、巻き込まれる無辜(むこ)の犠牲を少しでも減らすため、我々ハノイの本気をあらかじめ知らしめておくべきだ。罪あるのは彼らではないのだから」

 

「成程。おみそれしました」

 

 スペクターはより一層丁寧な礼と称賛をする。

 それが本当の納得なのか、それとも首領(リーダー)を立てて引き下がったのか、それは彼のやたらとつるつるタマゴ肌のポーカーフェイスに隠れ、うかがい知ることはできなかった。

 

 コツ。コツ。コツ。コツ。

 

 その腹の探り合い未満のちょっと固くなった空気が、第三の、最後の幹部の足音でまた変わる。

 

「リボルバー様。煽りカス(スペクター)。お話し中失礼します」

 

「ミスティか」

 

「……待ってください。今なにかおかしくなかったですかぁ?」

 

「うっせーですね煽りカス。なにもおかしくねーでしょう」

 

「せめてネコは(かぶ)りきってくださいよ……!?」

 

「その口についたネコの死体取り外したら考えてあげますよ」

 

「ネコの死体……?」

 

「……口『三味線』、だろうか?」

 

「お。さすがリボルバー様。正解でございます」

 

 暗闇より現れた第三の幹部『ミスティ』は、にっこりとほほえみ手を叩く。

 

 その恰好は、ハノイのトレードカラーである白なんてなんのその。パステルカラーのサブカルメイド服にメタリックな琥珀色の歯車機構(クロックワークス)を組み合わせた、スチームパンクに出てくるからくり給仕(メイドオートマタ)そのもの。

 彼女は、そのコスプレめいたメイド服とは裏腹に、しかしてオートマタよろしくきっちりと角ばった仕草で姿勢を正すと、恐ろしく整った顔を涼しくしながら尋ねてきた。

 

「リボルバー様。急ぎ聞きたいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「おゆはん、なににしましょう?」

 

「……ハンバーグだ」

 

「出来合いでもよろしいでしょうか? ラクがしたいです」

 

「ああ。任せる」

 

「あ。私のものは目玉焼きも乗せてください」

 

「カス。食べてくんですか?」

 

「ええ。構いませんでしょう?」

 

「構いませんが、当然という態度がムカつきます」

 

「それは大変ですねぇ。鉄分摂ってますかぁ? 付け合わせはほうれん草にしたらどうでしょう」

 

 自覚的に人を逆撫でるタイプと、煽り耐性の低いタイプ。部下たちの相性は、リボルバーの悩みの種となり、そして立派に芽吹いていた。

 

 これが口ではいさかっていても実は信頼が――というたぐいなら悩む必要はないのだが。

 前に、ミスティがいつも通りやりこめられた後、アジトに一人残り西洋人形(ビスクドール)の顔を極めて人間臭く歪めて「ぐや゛じい゛ぐや゛じい゛」とうなりながらエプロンドレスをしわくちゃに握っているのを見てしまった。顔を真っ赤にして歯嚙みする姿は、言い負かされて他人の手のひらで踊るハメになった者特有の怒りを体現していた。

 

 そして、相手がむかっ腹を立てているのを察せぬスペクターではないこともわかっている。

 

 この2人の間からにじむココロの底からのギスギス感がアジトにはすっかり染みついて、いささか居心地を悪くしていた。

 

「ミスティ。ポテトも頼めるだろうか」

 

「はい、リボルバー様。……では、ネット注文をして参りますので、これで失礼します」

 

 あえてそこまで要らない注文をつけ、気を逸らす。なんとか、ぶつかり合いを阻止。

 

 彼女もまた、リボルバーから投げられた助け舟にうまく(すが)り、泥沼の言い合いから素早く逃げ出す。

 深々と、しかしココロの乱れを隠し切れない()き気味な礼をして、退出(ログアウト)していった。

 

 消えたミスティの名残の空間を見ながら、リボルバーはそっと息をついた。

 今日は小競り合いで済んだようだな。

 

 一度、とことんまでぶつかり合ったほうがいいのではないだろうか。そう思ったこともあった。大失敗だった。 

 とことんまでを見守った結果、例の「ぐや゛じい゛ぐや゛じい゛」に繋がってしまった。

 そして、その後もしばらくひどかった。スペクターを見るたびに目つきは鋭くなり、歯の(きし)む音が聞こえてきた。スペクターがいない時でも、時折、トントントンという包丁の音に、ダン! という不安な音が混じった。酒量が、増えた。

 

 それに比べれば、今日はまだ大過なく終わったほうと言えるだろう。

 今晩のミスティの晩酌に付き合い、グチの聞き役に徹してココロの(おり)を吐かせ切れば、ひとまずの溜飲は下げてくれるだろう。

 

 しかし。

 スペクターがよく煽り、ミスティが律儀に煽られ、そしてミスティの舌戦力が及ばぬ以上、この不協和は永続するもの。

 どうにか、ならぬものか。

 

 リボルバーが部下の相性に思い悩んでいると。

 悩みの種の片割れが、再入場してきた。

 

「……どうした」

 

「言い忘れてしまいました。そういえば、ちかごろリンクブレインズの大規模なオンメンテが行われるそうです。イグニス捕獲のため、準備をしたほうがよろしいかと」

 

 言うだけ言って、なにか言われる前に彼女はささっと去っていった。

 

 ……そのような重要事項を、言い忘れてしまうのか。

 

「ふっふっふ。まああれも彼女の持ち味ですから」

 

「……ココロを読まないでくれるか」

 

 クセの強い部下に囲まれ、ハノイのリーダーは目をつむりひとつ息をついた。

 

 そして、この後この2人と夕食を共にしなければいけないことに思い至り、ほんのりとうつむいた。

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