「現れて。未来に祈るサーキット!
《ネフティスの繋ぎ手》・《ネフティスの祀り手》・《ネフティスの鳳凰神》をリンクマーカーにセット!」
古くから、学校が一番活気づくのは放課後というのが不変の
そんな必死の授業からひとまず解放され、一部の生徒はここまでが助走と大ジャンプ。零涙も一気ににこやかになる。
グラウンドや体育館からスポーツの音が高く鳴り、教室からは吹奏楽器の音色が響き合う。混じりあって、楽しいという感情の渦になる。
そして、若さの交響曲のなかには、文化部棟の一室から出る意気のこもった声もあった。
カードを操り、ソリッドビジョンが舞い踊り、デュエリストたちが向かい合う。デュエルが一戦交えられている。
これも立派な部活動。『デュエルモンスターズ部』の活動だった。
「赤く燃える不死神鳥。荒廃の大地にその威光を溢れさせて!
リンク召喚! 《焔凰神-ネフティス》!」
焔凰神-ネフティス
【鳥獣族/リンク/効果】
儀式モンスターを含むモンスター2体以上
(1):このカードは、このカードのリンク素材とした儀式モンスターの数によって以下の効果を得る。●1体以上:このカードは戦闘では破壊されない。●2体以上:このカードの攻撃力は1200アップし、効果では破壊されない。●3体:このカードの攻撃力は1200アップし、効果の対象にならない。(2):このカードがEXモンスターゾーンに存在する限り、相手はメインモンスターゾーンの「ネフティス」モンスターを攻撃対象に選択できない。
零涙の澄んだ楽しそうな口上とともに、
いま行われているのは、大迫力ダイナミックなスタンディングデュエルではない。
ディスクは腕ではなく、部室備え付けの(もともとは理科実験室だったのだろうか)水道付き大テーブルに置かれプレイマットの役割を果たしている。
充分な距離が取れない屋内対戦用のテーブルデュエルモード。
その近距離に合わせたちぃちゃなソリッドビジョンは、スタンディングでの大迫力のものとはまた違った
「行くよ! 《焔凰神》で島くんにダイレクトアタック!」
《焔凰神》はテーブルから対戦相手である島の眼前まで飛び上がり、炎の翼でぺちぺちと顔をはたいた。
テーブルデュエルならではのほほえましい攻撃モーションは、スタンディング専門では見られない味のものだろう。
「わぷっ、わぷっ」
島 LP 8000→4400
じゃれつく攻撃でもしっかりとライフは半分ほど減らされる。
なおもじゃれる《焔凰神》を手で払って、島は息の自由を取り戻した。
「ええい! トラップカード《ダメージ・コンデンサー》!
手札を1枚捨てて、と。今受けたダメージ3600までの攻撃力のモンスターをデッキから出せるぜぇ~。あー選び放題で迷っちまうな~」
島はディスクを持ち上げ、零涙に見えないようにタッチパネルを操作する。鼻歌を歌いながら、しだいに眉間にシワを寄せて、たっぷり1分悩んでから。
「むむむ。よし、こいつだ! 《森の番人グリーン・バブーン》!」
厳選されフィールドに呼ばれたのは、ゴリラから人類に進化しようとしている最中のような、棍棒を
「おー。エース対決だね」
「おう!」
戦闘でも効果でも破壊できない不死神鳥。
森の仲間が
双方のエースが睨み合い。
「……ターンエンド」
もうバトルは終わっている。エース対決は持ち越しになった。
「しゃー、俺のターン、ドロー!」
島が勢いよくドローする。
勢いがよすぎて、ドローしたのが《おとぼけオポッサム》であることが見えてしまった。
うっかりに気づかないまま引いたカードを手札に加えると、島は「ぐふふ~。カンペキな手札だ」とどこかで聞いたセリフで笑いだす。
「《おとぼけオポッサム》召喚! 効果発動だ! 自身を破壊!
そして墓地の《グリーンバブーン》がふっかーつ!
さ・ら・に! 《リミット・リバース》! 《オポッサム》も復活するぜ!」
あっという間に、島のフィールドに3体のモンスターが並ぶ。
原人。原人。オポッサム。
「か、かわいい……」
零涙が思わず漏らした声に応えて、オポッサムが「きゅ……」と鳴いてあざとく見上げる。
だらしなく、にやける。
「《ミニマム・ガッツ》! 《オポッサム》をリリースだ!」
が。次の瞬間、魔法カードの効果でオポッサムは丸まりだんごになって《焔凰神》に体当たり。砕け散った。
「《オポッサム》ー!」
零涙がオポッサムを惜しむ
炎翼はガス欠したようにすっかり鎮火してしまい、神々しかった神体はすたれたようにくすんでしまう。《ミニマム・ガッツ》の効果だ。
《焔凰神》 ATK 3600→0
「え、《焔凰神》ー!?」
かわいいオポッサムのカミカゼ。それによるエースの無力化。
その
ふむ。
このターン予想されるダメージは《グリーンバブーン》の攻撃力2800の2体分、5600。(戦闘破壊ができないから、《ミニマム・ガッツ》の追加ダメージは発生しない)
だが、ターンが終われば《焔凰神》の攻撃力3600は元に戻る。
逆転の可能性は十分に――
「さらに! 《野性解放》を2枚発動!
2体の《グリーンバブーン》の攻撃力を大幅アーップ!」
チッ。島め。
ウッホホ♪ウッホホ♪ウホウホ~♪
原人2体が、棍棒を振り回しながら焚き火の周りで踊り始めた。
本能を刺激する蛮族ダンスによって、原人たちの筋肉の鎧はモリモリ大爆発。
《グリーンバブーン》 ATK 2600→4400
「あっ」
マジックコンボにより、自身のエースの攻撃力は0。そして、相手は攻撃力4000オーバーが2体。
その圧倒的な戦力差に、零涙はわずかに未来予知。
そして見た未来は、敗北はすぐに現実になる。
「しゃー、バトルだ!」
2匹の原人が同時に駆け出す。
棍棒を携えた巨躯とは思えない俊敏さでもって不死神鳥を挟み撃ちにし。
ダブルラリアット!
「わー!」
零涙 LP8000→0
ワンショットキル。
零涙のライフが根こそぎ刈り取られ、デュエルが終了する。
見事なコンビネーションを見せた原人たちも、その太い腕に挟まれた不死神鳥も役目を終えて消える。
そして、かれらのカードたちも、ソリッドビジョンによる複製カードであるためともに消える。
ディスク本体だけが残ったテーブルに「うぅー、負けちゃったぁ」と零涙が突っ伏した。
豊かなムネが思いきりひしゃげる。テーブルと
思いきりバンザイで突っ伏したから、長くしなやかな腕が
指先がコツンと島のディスクに当たった。
「うおおおいおいおいおい。気をつけてくれよなー!」
爪の軽い衝突にも過敏に反応し、島はあわててディスクを取り上げた。その勢いのほうが、よほどぶつける可能性もダメージも大きそうだが。
「あ、ご、ごめん」
「まったく(チラ)気をつけてくれよなー(チラッ)デュエリストの魂なんだからよ(チラチラッ)」
島はわざとらしい見せびらかす手つきでもって、ディスクを拭いた。普段のずぼらさとは打って変わって、わざわざつやつやのクロスを取り出してまでして。
見れば、ディスクはやたらと真新しい。新品の、それも最新型。……魂胆が読めた。
いつまでも上部分だけを拭き続ける姿を見て、零涙はぱちくり、ぱちくり。
「もーちょっとしっかり持たないと、落っことしちゃうよ?」
これは、気づいていないな。
変化球狙いに火の玉ストレート。
島はニヤッとした顔で固まった。
「ちがうぞ
「そーなの?」
そして部長が、スパッツに甘えたスカートあぐらの恰好のままで魂胆を暴露。追撃する。
島は恥ずかしさにわなわな震え、
「そーだよ、わりーかよ! せっかく買ったから見せたかったんだよ!」
そして紛らわせる大声。バタバタとムキになる。
「え、え……と。青くてかっこいいね!」
「それだけかよ!?」
最初はデュエルに誘い自然に目に付かせようとして、気づかれないせいでだんだんと露骨になって、そうしてから魂胆をバラされた。そんな恥ずかしさには、とりあえず目についたものを褒めました、というつたない褒め言葉では効かなかったようだ。
「もっとなんかあるだろ? な?」ともはやさりげなさとは対極の必死さで褒め言葉をせがんでいる。
「だって。デュエル中はディスクまで目が行ってなくって……」
「んだよしゃーねーな。ホラ、よく見てくれよ」
いっそ開き直ってしまえというやけっぱちか、島は鼻息荒くディスクを突き付け、堂々と見せびらかす。
零涙はその青く光沢のある西洋盾に似た形のディスクをしっかり見つめて、「触っていい?」「いいぜ!」とやさしく指の腹で持ってくるくる回してさらに見る。……透かしても意味はないと思うが。
返して、
「青くてかっこいいね!」
「一緒じゃねえか!」
「えへへ。冗談。でも、すっごく軽いねコレ。カードどこに入ってるの?」
素朴な疑問は、聞かれたい的を射ていたらしく。島はようやくよくぞ聞いてくれました顔になって、
「ふっふっふっ。それはだなぁ~、なんとこのディスク、カードをデジタル化して管理してくれる機能がついてるんだぜ~」
「え? じゃあ」と零涙はカチャカチャ自分のディスクを弄って、『
そのデッキをぐいと突き付けて、
「デッキってどこに行っちゃったの? おうち?」
「へへっ。今の時代はデジタルよ? リアルでカードを持ってなくても、こーしてカードデータだけ買えちまうのさ」
と、島は入手困難な超レアカードである《ブラック・マジシャン》を具現化させ、見せびらかしてきた。
「《ブラマジ》か。たしかに、実物のカードはこだわれば
「そーなの? すだちちゃん」
「だぞ。
「ユキチ? だぁれ? なんでいなくなっちゃうの?」
すだち部長が使った、1万円をかつての肖像画で呼ぶ言い回しが伝わらず、零涙はきょとんとする。
彼女はその反応にザンネンという面持ちになり、
「そこはデジタルなのか。現代っ子め」
「え。ご、ごめん?」
「いや、責めてはないぞ。ただ、さみしくてな……」
部長は遠い目をして窓の外を見る。見なくなって久しい現金というものに想いを馳せているのだろう。もう、現金不可の店も多いんだ――とカフェナギの客が小銭を出しつつグチっていたな。
「? ん」
零涙特有の予測不可能な行動。
急な抱擁にも動じず、部長はスカートあぐらを解いて抱き返してくれる。
「どうした?」
「さみしいときには抱き締めてもらうのがいいって、昔聞いた」
「そうか。ありがとなっ。ふふ、あったかいぞっ」
……。
…………。
部長は零涙の髪が揺れ終わるまで、ゆっくりと抱き合った後、ポンポンとタップをして、そろそろ終わりと示す。
しかし零涙は部長に抱きついたまま。
「そーいえば島くん」
話を続けようとする。
「いや、このまま話す気かっ!? うがー!」
さすがにそこまではガマンしてくれず、部長がやんちゃな掛け声でバンザイ。
「そーいえば島くん」
仕切り直し。
「あの《グリーンバブーン》はどしたの? 『初めて買ったパックから出てきたんだ、こいつが俺の魂のエースだ!』って言ってた子」
「はぁ。聞いてよ零涙」
島への問いかけではあるが、答えたのは別の人物だった。
島と零涙のデュエルにも興味を示さず、ずっとタブレットを横向きにして動画かなにかを見続けていた彼女。財前葵がタブレットを見ながらも話に入ってくる。
「んー?」
「あ、ざ、財前。それは……」
「島ってば、この前急に電話掛けてきたと思ったら、『新しいデュエルディスク買ったんだけど、これもともと持ってたカードどうなるんだ!? 俺のバブーンまだ使いてぇんだよ』って泣きつかれたのよ」
「だ、だけどよぉ……財前の兄ちゃんSOLテクノロジーに勤めてるんだろ? なんか知ってるかと思ってよ……」
「はぁ。お兄様は忙しいのよ? そのくらいで聞けるわけないじゃない」
「え……と。葵ちゃんのお兄さんって」
「リンクブレインズのセキュリティ部長。ほんとはデュエルディスクのことは管轄外なんだから」
「で、でもよ。結局助けてくれたじゃんか」
「そ・れ・は! お兄様が管轄外のことも把握してる勤勉な人ってだけ!」
「そう、なんだ……」
「とにかく。くだらないことでお兄様の手を煩わせる前に自分で調べなさい」
「はー? 俺のエースのことをくだらないだと!?」
売り言葉に買い言葉。
強めのキツい言葉に同じく強い反応が返り、財前と島の雰囲気が悪くなる。
このまま放っておくとヒートアップし、口先の戦争が始まってしまうだろう。
「ね。島くん島くん」
そうは、ならなかった。
ぱたぱた手をあおぎ、棘のある雰囲気に、無造作に零涙が割り入っていく。
「あん?」
「アメ玉あるんだけど、食べる?」
唐突なアメ玉。
手のひらの花に乗ったアメ玉に、島は一瞬
「いや、それカリスマデュエリストの応募券ついてた
「あ。だよね。……えと、じつは40箱買っちゃったら飽きちゃって、口の中ずっとあまあまで……」
言わずもがなの思惑を口にしながら尻すぼみになっていく声。
元気よく開いていた手もつぼみに戻っていく。その中から、アメ玉がひょいとつまみ上げられた。
「じゃ、私がもらうわね」
「! ん!」
財前がアメ玉をあからさまに口に含み、カロカロと転がす。
零涙もアメ玉を取り出し、ほおばった。
口を真一文字に閉じながら、またうれしそうな顔でほほをふくらかす。
「イチゴ味。結構甘いわね」
「ん……。あたしハッカ。でも甘いの」
「口の中甘いなら、茶でも飲むか。汲んでやるぞっ」
アメ玉の感想を言い合う2人に、部長が声をかけた。
その声に2人が振り向いた時には、もう彼女ははしこく立ち上がり、準備に手を動かしていた。
「あ、ありがとう」
お礼を背中に受けながら、部長がコポコポと茶を煮出す。
葉はティーバックじゃなくザッザッと茶葉を急須に振り入れて、ポットのお湯はここの古びて錆びた水道じゃなく普段使いされている水道から運んできたもの。
丁寧に、丁寧に淹れられた茶は5人分。
不自然なはずの混ぜ動作は、当然のように、あくまで自然に行われた。実際、いつものことだった。
「ほれっ」
部長がコトン、コトンとお茶を配る。
島や財前には普通の茶。ひとつだけ違う、ミネラルウォーターとのカクテルは、
「ん。おいし。すだちちゃんはお茶汲みの達人だね」
「それ、褒めてるのか?」
「? べた褒め」
「ならいいぞっ」
ミネラルウォーターとお茶のカクテルを飲んだ猫舌零涙が褒める。
『お茶汲みの達人』は褒め言葉としてはギリギリなのだろうか。機微がよくわからなかった。
島・財前・零涙・部長自身。4人分を配った部長が、最後の1つを持ってこちらにやってきた。
「ほれ、
「ああ。ありがとう」
お茶を置き、ついでのひとこと。
……たしかに、さきほどから口を開いた記憶はないが。
だが、それは必要がないだけだ。零涙が楽しそうに話しているのを聞くだけで十分だから。
「……別に、混ざろうとしていないわけじゃない」
「そうかー? 混ざらないのにずっと
「デュエルのあいだ、外野はアドバイスしないのがマナーだろう」
「だからって、一言もしゃべらないのは行き過ぎじゃないか? ……ま、しゃべりたくなったら口に出してみろよなっ」
話がまとめられてしまった。
別に、突っ張ってまで反論したいわけじゃない。
誤魔化すように茶を口に含む。……うまいな。
「これ、なかなかいい茶葉を使っているだろう。うまい」
熱く濃く淹れられた茶。だが、濃い味がうまい。低級茶ではこうはいかない。濃く淹れてなおイヤな渋みやえぐみを一切出さずに、重厚な旨味だけを表現している。
「だろっ? 美味しかったから、みんなに飲んでほしくてなっ!」
ニヒヒ、と部長が笑う。
零涙も、島や財前もほっと一息ついている。
平和だな。掛け値なしにそう思った。
『YOU LOSE!』
--ほっとした。スキができた。
固めていたココロの緩みは見逃されず、過去が闇から刺してきた。記憶のジャンプスケアに、おだやかな心地は踏みにじられ、やわらかいココロが血を吐きだす。
ココロだけがタイムスリップ。過去が現実に重なり、ピントがずれていく。
聞こえるものは『YOU LOSE!』という痛みの予兆。電流予告。身構える。助けてくれる人はいない。360度、幽霊のように真っ白く冷たく拒絶する壁。唯一存在するデュエルゲームも、こちらの痛みなんてしらないみたいに無慈悲に勝って、電流を味わわせてくる。
……でも、デュエルして、勝たなきゃ。もう、エサ味のシリアルとオムツはごめんだ。ジャムパンと、おまると、濡れタオルが欲しい。
喜びすらも惨めな日々。
トラウマのキズから鮮血があふれ出す。
苦しい。イヤだ。……だれか。たすけて。
飲みこまれる。
寸前。
「ゆーさく? どしたの?」
「!」
やわらかな、声。
苦しみや痛みは輪郭を失い、地獄の記憶は過去のものに還っていく。
パチンと現実に焦点の戻った意識には、焦点の合わぬほどなつっこい距離に近づいた顔があった。
吐息が顔をくすぐってくる。
ミルクパンのにおいがふんわりと漂う。
水色の瞳が心配の色を乗せて見つめてくる。
「なんかすっごく
こーんな、と、
ほっぺたを膨らましてそんな顔を作っているもんだから、ついつい吹き出してしまった。
吹き出して、やっと、『こーんな』顔になっていたことに気がついた。
ほっ、と、腹の底で
「クス……大丈夫だ」
「そう? なら……あ」
流して終わりのはずの会話が、不意にぴたりとせき止められた。
こういうときの零涙からは、経験上、ナナメ上が飛び出してくる。……なにを言う気だ?
零涙は背筋を伸ばして、手を自分のムネに持っていき、たぷんと持ち上げた。
「大丈夫? おっぱい揉む?」
「しない」
断固として切って捨てる。
やめろ。揺らすな。
目を惹く目に毒な仕草から目を逸らし、目を見て断固拒否をする。
「どこで憶えたんだ、そんな言葉」
「インターネット。みんなよく言ってる」
「忘れろ。そんな悪いインターネットに毒されてはいけない」
「? でも、遊作たまにあたしのおっぱい見てるよね? 触りたいなら触っていいよ?」
空気が冷たくなった。
部室の女子2人が、さっきの零涙の顔なんて目じゃない険しい顔で突き刺してくる。
ち、ちがう。誤解だ。とにかく、ちがう。
「見ていない。とにかく、あまりそういうことは言うもんじゃない」
必死の説得。肩に手を置き、顔を振ってなだめる。
功を奏したのか、なんとか揺さぶるのをやめてくれた。
目だけを見ようと集中していた視線も、やっと解放できる。
「ん。わかった」
「ああ。わかってくれたなら――」
「続きはふたりのときに、ね」
しー、と口に人差し指。あまりにも語弊のある言葉。
誤解をたくましくした女子たちの視線が氷の刃のように冷たく鋭く研ぎ澄まされる。社会的な死の気配。
「まさか、陰では
部長はわきわきといやらしく手をうごめかせる。ニヤニヤ笑っている。
いや。これはわかっていて煽っている。誤解を育てている。
「ん。……とりあえず、遊作はあたしのおっぱいの大きさとか形とかは知ってるはず」
「は? 藤木君サイッテー」
財前は誤解の花畑に迷い込んだ。零涙を抱き隠して、絶対零度の視線を刺してくる。
「ち、ちがう。それは零涙のアバターデータを作るときに必要だっただけだ」
ある種事件の記憶より厳重に蓋をしているのだから、思い出させないでくれ。
「わかってる。わかってるぞ!」
部長はやたらとうんうんうなずいた。俺の言葉が嘘くさくなる。
これは、ムリだ。これ以上は傷を大きくするだけだ。
とにかく、話を変える。矛口をそらす。
「そういえば零涙。さっきのデュエルだが」
「うん?」
ちら、とテーブルのほうに大袈裟に身体を向けた。
……ん?
さっき取り出されたデッキが、無防備に表向きに置かれている。
そのデッキボトム、つまり見えているカードが、零涙のデッキでは珍しいトラップカードだった。
「零涙。そのカードは」
「ん! 入れてみた。どうかな」
零涙が差し出したカードを覗き込む。
「《破滅へのクイック・ドロー》? ……懐かしいカードだなっ」
破滅へのクイック・ドロー
お互いのプレイヤーはドローフェイズ開始時に手札が0枚だった場合、通常のドローに加えてもう1枚ドローする事ができる。このカードのコントローラーは自分のターンのエンドフェイズ毎に700ライフポイントを払う。この時にライフポイントが700未満だった場合、ライフポイントは0になる。自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードがフィールド上から離れた時、自分は3000ポイントダメージを受ける。
いつのまにかやってきていた部長も、そのテキストが古い仕様のカードを見てしかめ面。
……ムリもない。
「げー。こんなカード使えんのかよ」と明け透けな感想を漏らした島は、とりあえず小突いておく。「うげっ。な、なにすんだ藤木」
うるさい。古さでは《ダメージ・コンデンサー》もどっこいどっこいだろう。
「どう、かな。遊作」
しばし、悩んだ。
「言いづらいことが3つある。
ひとつ。零涙のデッキは儀式主体だ。手札を使い切る条件を満たせる可能性は低い。
ふたつ。《鳳凰神》の効果により、永続罠は十分な力を発揮する前に破壊される可能性が高い。
みっつ――」
と、そこでようやく俺は気がついた。
零涙の翳った顔を輝かせるため、あわてて言い繋ぐ。
「だが、良いところも3つある。
ひとつ。手札消費が激しいデッキで手札を補充するという目の付け所はいい。
ふたつ。零涙のデッキは堅いエースを立ててじっくり闘うデッキだ。
みっつ。そのデッキでアドバンテージを取るなら、永続罠で継続的に、というのもいい考えだ」
「ん!」
零涙の顔に笑顔が戻る。目を細めてにへへと笑う。よかった。
「そういうとこだぞ
「……? 俺は中立的に評価しただけだ」
「どう考えても甘々だぞ」
まあ、そうだが。
しかし、しかたないだろう。
本当にココロを鬼にするのなら、まず【ネフティス】デッキでは、もはや勝つのは難しいと言わざるを得ない。
その上で【ネフティス】デッキを組むのなら、まずやりたいように楽しんでみるのが一番だ。ちょうど、それでも戦えるヤツもいる。
「勝利至上主義。デュエルモンスターズはそれだけじゃない、だろう?」
「そうだなっ。『デュエル部』はそうだなっ」
部長に問いかければ、言外まで捉えた返事。
そうだ。勝つべきデュエルなんてつらいだけだから。
そんなデュエル、零涙にはしてほしくないから。
だから。これでいいんだ。
「んと。じゃあ、デッキいじってからまたデュエルしよ」
零涙はエメラルド色のカードケースを取り出して、《クイック・ドロー》を《苦渋の黙札》に入れ替える。《苦渋の黙札》……うん。まあ。うん。
「零涙。すこしいいか?」
「んー?」
声をかけたら、すぐに大きくうるんだ水色の瞳が見つめてくれる。「なあに?」にっこりと笑いながら話を聞いてくれる。俺を見てくれる。
その顔があまりに愛しくて、つい黙って見てしまった。
沈黙を、どうとったのか。
「あ。もしかしてこの《黙札》のこと?」
「それはいいんだが。さっきの《繋ぎ手》からの展開だが、《祀り手》で特殊召喚するのを《祈り手》にして……」
零涙のデッキを触りながら、より良いであろうカードプレイングを提案する。
……こうしていれば、儀式3体で《焔凰神》を出せた、という展開ルート。
さっきのデュエルで行っていたら、《ミニマム・ガッツ》を防いでまた違う決着になった可能性を示唆するもの。
その可能性を見た零涙は、
「おお。さすが遊作」
純粋な感嘆。
さっき知りたかった、とかの恨み節でなく、明るく純粋な声。
「ふふー。遊作のアドバイスももらったし、こんどは勝つ」
「へっ、また《バブーン》たちで返り討ちにしてやるぜ」
1枚変わったデッキをディスクに戻して再起動。零涙が気落ちなんてないむふー顔で再戦をせがむ。
勝ちも負けもおだやかな時間が、そよ風のように過ぎていく。
おだやかななかで、遊作はゆっくりとお茶を呑んだ。