ツイステ短編集   作:とくめ一

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【シリアス】死んじゃいたいなぁ

 

 

「死んじゃいたいなぁ」

 

 ぽつ、と呟く。

 返事はない。

 

 周りに誰もいないんだから、まぁ、当然だ。

 

 そもそもこの言葉が誰かに届くのだとしたら、軽率に口に出したりなんかしない。なんたって、必要がない。

 死にたいって誰かに言ってもドン引かれて終わりだし、仮に助けてくれようとした人がいたとしても解決するような問題ではない。

 

 だってそうだろう。

 

『元の世界に帰りたい』

 学園長ですら帰り方が分からないのに、誰に頼ればいい?

 

『魔力がないからって嫌がらせしないでほしい』

 自分で言ったとしても、誰かに言ってもらったとしても、それでやめるようなやつらじゃない。

 

『これまで触れたこともない教科についてはもっと基礎から詳しく解説してほしい、でも教えてもらう時間はない』

 当然だ。名門だけあって課題の量も中々なのに、普段の復習と予習と学園長からの頼み事もやろうとすればとても基礎のおべんきょうをしている時間など取れない。

 

 でも学生として置かれている以上この二つ目と三つ目の問題はどうしようもない上に、ここに置いてもらうには学生として過ごすしかないわけで。

 ほら、解決のしようがないのだ。

 

 

「……うん、死んじゃいたいなぁ」

 

 

 

例えば、『逃げ出したい』の代わりに

 

 

□■□

 

 

 幸せそうですねぇ、と、カラスが微笑む。

 

 

□■□

 

 

 外を見る。

 煌々と瞬く星に、美しく夜空を飾る月。それがあまりにも美しいから、自分の世界とはあまりにも違う夜空だから、胸に刺さった杭が更に心を抉った。

 

 カチ、コチ、カチ、コチ。

 

 時計の音が部屋に響く。自分の世界では、どれほどの時間が経っているのだろうか。両親は、友人はどうしているのだろうか。

 考えたって答えの出ない疑問をあやすことも出来ないで、フラフラとベッドに倒れこむ。

 隣のベッドではグリムがすうすうと寝息をたてていて、そのもふもふなお腹が呼吸に合わせて動いている。

 そんなグリムのもふもふに癒されたくて手を伸ばして、そのまま、触れることなくその手を下ろした。

 

 カチ、コチ、カチ、コチ。

 

 時が進んでいく。夜が更けていく。

 月は憎たらしいほど明るくて、ぼろぼろのカーテンなんかじゃとても光を抑えきれない。その光を厭うように眠れないまま目を閉じたら良くないことばかりを考えてしまって、またぽつりと呟いた。

 

『死んじゃいたいなぁ』

 

 

 

 

例えば、『帰りたい』の代わりに

 

 

□■□

 

 

「そういえば今日、魔法薬学の小テスト返却の日か」

『あ、そうだったね。忘れてた』

 

 エースの呟きにぼんやりと返事をすると、目の前で幸せそうに昼食を頬張っていたデュースの顔が一気に絶望に染まった。どうやら相当自信がないらしい。

 

「なんだぁ?もしかしてオマエ、自信ないのか?

 馬鹿なやつなんだゾ!」

 

 けたけたと馬鹿にしたように笑うグリムを見て、エースが煽るように問う。

 

「とか言ってぇ、お前もデュースと同じくらいの点数なんじゃねぇのぉ?」

 

 しかしグリムはそれに激昂するでもなく、「フン!」とそっぽを向いた。

 

「天才で親分のオレ様にかかれば、あの程度のテストよゆーなんだゾ」

 

「本当かなぁ」

 ついそう言いかけたが、グリムは最近本当に頑張っている。帰ってきたら必ず復習……とまではいかないけれど、課題やテスト勉強に真面目に取り組むようになったのだ。感心感心。

 

 ──でも。

 ふと考えてしまう。

 座学はこちらが、魔力が必要や科目はグリムが。

 そうやって一蓮托生の相棒としてやってきたというのに、魔力のあるグリムが勉強まで出来るようになってしまったら?本当に優秀な存在になってしまったら?

 

 その時、相棒という関係は本当に成り立つのだろうか。

 お荷物になって、居場所なんてどこにもなくなってしまうんじゃないだろうか。

 

 醜くて、ドロドロとした感情が喉を焼いていく。

 グリムが頑張るのは良いことだ。それなのに自分本意で“できない”グリムを望んでしまう自分の汚らわしさに、せりあがってきた吐き気をなんとか飲み込んだ。

 

 

 ──あぁ、死んじゃいたいなぁ。

 

 

例えば、自己嫌悪の痛みに(うめ)く代わりに

 

 

□■□

 

 

「監督生」

 

 グリムが、自分のことを呼ぶ。

 

「オレ様、今回の小テストで90点だったんだゾ。クルーウェルに褒められたし、監督生のこと悪く言うヤツもとっちめてやった」

 

 うん、見てたよ。凄かったよね。

 それに、怒ってくれてありがとう。

 

「前は魔法の実技でB+貰えたし、オマエがやめろって言うからエーデュースのメシをこっそり奪って食うのも最近はやめてやってんだ」

 

 最近のグリム、本当に優秀だもんね。

 えらいなぁ。

 

「オレ様、これからももっとイイ子でいられるし、もっともーっと頑張れるんだゾ」

 

 本当?心配だなぁ。

 最近は少し無理をしてるみたいだから。

 

「未来の大魔法士様の手にかかれば、オマエの嫌なこともツラいことも全部、一気に消せちまうんだ!」

 

 …………。

 

「だから、なぁ……起きるんだゾ……!」

 

 ぽろぽろと泣くグリムの眼下では、目を閉じた“監督生”がガラス製の棺の中で眠っている。何も言わず、動くこともなく、ただ静かに眠っている。ぽたぽたと垂れる涙は全てガラスの板に阻まれて、“監督生”には何の影響も与えられない。

 

 ふに、ふにっ。

 爪を立てずにグリムが肉球で棺を叩く。

 

 それに何の意味もないことを理解しながら、グリムは棺を叩き続ける。

 叱責するように、懇願するように、祈るように、諦めたくないと縋るように。

 何度も、何度も、何度も叩く。

 

 

「起きるんだゾ、ッ起きろ、……ふなぁ……!」

 

 

 あぁ、泣かないで。泣かないでグリム。

 たった一人の相棒。大事な友人。大事な片割れ。

 違う、グリムのそんな顔が見たかったんじゃないんだ。

 ただ、つらくて、逃げたくて、自分勝手に飛び降りて……!

 

 忘れて。泣かないで。

 笑ってほしいのに。

 

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、綺麗な涙がガラスを濡らしていく。

 それなのに、グリムを抱き締めることも、グリムに謝ることも叶わない。

 

『……こんな風に悲しませるなら、』

 

 こんな中途半端に期待させるんじゃなくて、いっそのこと。

 

 

『死んじゃいたいなぁ』

 

 

 実体のないこの姿では、涙すら流れてはくれないけれど。

 

 

例えば、『忘れてほしい』の代わりに

 

 

□■□

 

 

「監督生くん、少しぶりですねぇ!

 調子は如何です?」

 

 グリムが去った部屋にニコニコ顔で現れたのは、学園長だった。

 学園長は、まっすぐに“こちら”を見て声をかけてくる。

 当然だ。彼には、視えているのだから。

 

「おやおや相変わらずの仏頂面。

 これが、あなたの望みである『逃げ出す』ことが叶った世界ですよ?

 せぇっかく優しい私が身体を再生して差し上げたのに、戻るのを拒否したのは貴方でしょう」

 

 そう、その通りだ。

 

 

 窓から身を投げた自分を、彼と保険医、それに色々な先生が協力して魔法で再生してくれた。飛び降りはしたが辛うじて死んではいなかったお陰で、すぐに回復させられてしまったのだ。

 

 しかし、幽体離脱というやつなのだろう。半分死んでいた自分は既に身体から離れてしまっていた。

 そんな幽霊姿のこちらを見て『割と簡単に戻れますよ』と笑顔で告げてきた学園長に、自分から言ったのだ。

 

『戻りたくありません』

『ずっと逃げ出し(死んでしまい)たかった』

『ずっといっぱいいっぱいだった』

『頑張ってきたこととか、死ぬほど足掻いたこととか、全部、“魔力がない”っていうどうしようもない部分だけでマイナスに扱われて』

『……もう、耐えられないんです』

 

 学園長は、少し悩んで問いかける。

 

『しかし、今、魂と体との繋がりが強い内に戻らなければ、もう一生植物状態の肉体と幽霊の貴方のままですよ?』

 

『……別に、構いません。』

 

 とにかく、疲れていた。休みたかった。

 

 それに学園長は『分かりました』と返して、自身の肉体はガラスの棺に、精神はこうしてふわふわと幽霊になったのだ。

 

 

 数日は楽しかった。

 ゆらゆらと浮かぶ自分を見て学園長が『幸せそうですねぇ』と呟く程度には、楽しかったのだ。

 

 誰にも何も言われない!

 何もする必要がない!

 誰にも気を遣わなくていい!

 

 なんと自由で!なんと幸せなことだろう!

 

 しかしそれは、数日で瓦解した。

 

 

 エースが「ま、すぐ起きるっしょ!」と無理に笑った。

 

 デュースが「いつまでも待ってる」と涙を押し込んだ。

 

 ジャックが「何もできなかった」と悔しそうにした。

 

 エペルが「なすて何も喋ってぐれねがったんだ」と怒った。

 

 オルトが「最先端の医療ツールでもダメみたいだ、……ごめんね」と謝った。

 

 セベクが「人間は、脆いな」と言ったきり黙り込んだ。

 

 リドル先輩が「キミは、どうして……!」と顔を真っ赤にして、それから泣いた。

 

 ラギー先輩が「命なんて一番高価なモン捨てようとしちゃって、バカっすねぇ」と呟いた。

 

 アズール先輩が「そうですか」と頷いて、一人でこっそり泣いていた。

 

 ジェイド先輩が「……『お困りの際はモストロ・ラウンジへ』と、言ったハズなのですがね」と寂しそうにした。

 

 フロイド先輩が「小エビちゃん、聞こえてんの?起きなよねぇねぇ~…………つまんねーの」とガラスを小突いた。

 

 カリム先輩が「疲れちゃったんだよな。うん、ちょっと休もう。起きたら、また宴しようぜ」と悲しげに微笑んだ。

 

 ジャミル先輩が「人の悩みだの計画だのは勝手に暴いて滅茶苦茶にするのに、こっちには何も言わないのか」と無表情で怒った。

 

 シルバー先輩が「何にも気づけなくてすまなかった。お前は、そんなにも苦しんでいたのにな」と頭を下げた。

 

 トレイ先輩が「お前の好きなケーキ、作っておいたんだけどなぁ。……ごめんな」と俯いた。

 

 ケイト先輩が「ずっと寝顔じゃ全然マジカメ映えしないじゃん。ねぇ……けーくん、ちょーっと寂しい、かも」と眉を下げて笑った。

 

 レオナ先輩が「……お前は、誰かの“一番”だろうが」とグルグル唸った。

 

 ヴィル先輩が「……アタシが醜い行動をする前に止めてくれた筈のアンタが、アタシには止めさせてくれないのね」と泣きそうな顔をした。

 

 ルーク先輩が「キミがいつも頑張っていたのはよく知っているけれど、今回ばかりは……美しくないね」と眉をしかめた。

 

 イデア先輩が「『夏だぞ、珍獣の森』略してなつもりの最新アップデートが来ましたぞ監督生氏!今回のアップデートは多人数プレイ用アップデートでして……ハァ。…………君まで、そうやっていなくなるの?」と何かを思い出しているように嘆いた。

 

 ツノ太郎が「何故、僕を頼らなかった……!」と雷を落とした。

 

 リリア先輩が「わしの何十分の一も生きておらんのに、なぜ人間はこうも死に急ぐのじゃろうなぁ……」と花を飾った。

 

 クラスメイトが、早く戻ってこいと騒ぎに来た。

 関わりのあった人たちが、沢山会いに来てくれた。

 

 毎日、或いは数日ごとに。色んな人が代わる代わるに来てくれた。

 

 …………そしてグリムは、泣いていた。

 毎日この部屋に通い、毎日泣いて、呼び掛け続ける。

『監督生』『子分』。

 時には名前で、何度も何度も。

 肉球で棺を叩いて、ふなふなと泣くのだ。

 

 毎日、毎日。

 枯れてしまうんじゃないかというくらいの涙を流すのだ。

 

 

 

「ほら監督生くん、笑ってください。

 貴方の望んだ世界ですよ?

 貴方の望んだ未来ですよ?」

 

 ──ねぇ、

 

「幸せでしょう?」

 

 そう言って、学園長が笑む。

 愚者を嘲笑うように、結末が分かっていたとでも言うように、にっこりと笑む。

 

『…………望み通りの、筈だったんです。

 面倒も、因縁も、全部から逃げ出して。自由になって』

 

 そう。

 妥協はあれど、マシな世界の筈だった。

 

『……なのに、学園長。

 どうして今になって、こんなに痛いんでしょうね……?』

 

 がらんどうの胸が痛い。痛い。痛い。

 どうしてだろう。

 自分から捨てたのに。

 自分から嫌がったのに。

 

 あぁ、どうして。

 

「……監督生くん。私はこの数週間を、必要なものだったと思っています」

『え?』

「貴方は自覚するべきでした」

 

 ……自覚?

 

「どれだけ沢山の人々に好かれていたのか」

「どれだけ頼ることの出来る人物がいたのか」

「どれだけ愚痴を溢せる相手がいたのか」

「そして何より、貴方自身が周りをどれだけ大切に思っていたか」

 

 学園長の杖が、ぼんやりと瞬く。

 

「これでも、私も一教師として、こうなるまで貴方の精神状態に気が付くことが出来なかった責任は感じているんですよ?」

 

 きら、きら、ぱち、ぱちぱちぱち、

 

「えぇですから、約束して差し上げます。

 これから先、貴方が望むなら、私は何度だって力を貸しましょう!私、優しいので!」

 

 瞬きはその明るさを段々と増していく。

 流れ星のように、火花のように、炎のように、ぱちぱち、きらきら、瞬いて。

 

 

「さぁ監督生さん、望んでください!

 貴方の願いは何ですか!」

 

 

 ぱちぱち、きらきら、ぴかぴか。

 

 瞬いて、瞬いて、瞬いて。

 

 みんなの顔が浮かぶ。色んな顔が浮かぶ。

 

 ──うん、そうだ。

 

 帰れないのがつらかった。

 出来ないことだらけだったのがつらかった。

 “魔力がない”というだけで貶められるのがつらかった。

 

 だけど、だけど。

 それでも。

 

 

 

「また、みんなと一緒に────!!」

 

 

 

 みんなと過ごした時間が楽しかったのも、全部本当だから。

 

 

 

 

 叫んだ願い(言葉)は、世界ごと光に呑み込まれた。

 

 

 

□■□

 

 

 

「じゃあグリム、今日はパーティーの準備が済んだらそっちに向かうからな」

「オレらが行くまでに見舞い食べ尽くすなよー?」

「ふなっ!オレ様は天才でスーパー優秀だから、そんなことしねぇんだぞ!」

 

 オレ様はグリム。

 大魔法士になる男だ。

 

 優秀で、天才で、何でも出来る──とはまだ言えねぇけど、いつかはそうなるんだゾ!

 

 オレ様には子分がいる。

 ソイツは魔力がなくて、弱っちくて、でも意外と勇敢で、怖いもの知らずで、結構賢いヤツだ。

 

 ……だけど、アイツは思ってたよりもずっとずっと弱かった。

 だからオレ様が守ってやらねぇといけないんだゾ!

 心配させないくらい、迷惑をかけないくらい、何も気にせず頼れるくらい、オレ様が、もっと強くなってやるんだ!

 

 そしたらアイツもきっと、安心して目を覚ましてくれるんだゾ。……きっと、きっと。

 

 いつか目を覚ますアイツのことを考えながら、いつも通りアイツのいる部屋の前に着く。

 

 アイツが寂しがるといけねぇから、最近は勉強も魔法の練習も、大体はここでやってるんだゾ。……まぁ、たまに『その魔法はここで練習してはいけません!』って怒られるけど。

 

 さて今日は何の勉強をしようかと扉を開いた先を見て、オレ様は目を見開いた。

 

「…………グリム、おはよう」

 

 監督生がこっちを見て、にへら、と笑う。

 

 これまでの全部が悪い夢だったんじゃねーかって思っちまうほど、自然で幸せそうな笑顔で、オレ様の名前を呼んでくる。

 

 オマエが身を投げるまでの数ヵ月、見せてくれなくなった幸せそうな笑顔で、笑う。

 

「ふ、ふな、ふな゙~~~ッッッ!!!!!」

 

 オレ様は堪らず監督生に飛び付いた。

 

「お゙がえ゙り゙な゙ざい゙、な゙ん゙だゾ!!!!!!」

 

 顔も、声も、涙でぐちゃぐちゃになっちまったけど。

 今度はちゃんと届いたかな。

 

 

 

 

 

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