「…………」
東京湾沖に突如出現した氷山と、それが破壊される様を見て家路に着いていた俺だが、またしてもその歩を止めていた。
理由は至極単純で、俺の目の前である生き物が道を塞いでいるからだ。
「…………」
その生き物もくりっとしたお目目で俺を見つめている。
茶色い毛並みと、四つ足で歩き、足には大木さえも難なく切り裂けそうなくらい鋭い爪を備え、その口からとても凶暴な牙が見え隠れしている。
そう、熊だ。
なぜこんな街中に熊がいるのかとか、この際だから今はどうでもいい。
問題なのはこの熊がお腹を空かせているのかどうかだ。
「うううぅぅぅ…」
お~っとどうやら腹ペコなご様子。
だって涎だらだら流しながら俺を見て唸ってるもん、もうマジで襲い掛かる5秒前だもん。
そりゃ腹ペコ状態で目の前に襲いやすそうな肉が転がってたら
「なんて、言ってる場合じゃねえよな…!」
俺は熊の目から目をそらさずに後ろに下がる。
当たり前だが、腹ペコ熊もそれを追う形で一歩、また一歩と俺に近づいてくる。
いや、冷静に現状語ってるけど内心冷や汗だらだらだからね俺。
そうやって熊から距離を取っている時、突然熊が俺から視線を外した。
逃げるための絶好の好機だが、どうしたのかと俺もその方向を見る。
すると、そこには熊に驚いたのか腰を抜かしている男の子がいた。
男の子はその拍子に挫いてしまったのか足を押さえている。
「ぐおおおおおっ…!」
横からした方向に目をやると、熊は今まさに男に向かって走り出していた。
俺も咄嗟の事過ぎて男の方に走り出す。
その先どうやって現状を打開するのかとか、そんな事を考えてる暇は無かったが、俺の体はそうすることを躊躇わなかった。
しかし、四足の熊と二足の俺では速度に差がありすぎた。
そもそも、鍛えてても足に自信があるとはいえ俺は陸上の世界選手でもないわけだからな。
けど
「(間に合え…!)」
俺が歯を食いしばって男の子に手を伸ばした時、いつの間にか男の子は俺の腕に抱かれていて、行き場を失った熊は看板に突撃していた。
それだけでなく、俺は自分の全身がひどくを熱を帯びてるように感じる。
けど別に体がだるいとかそんな感じは無い。
とても不思議な感覚だ、今なら何でも出来るんじゃないかって感じがする。
「…大丈夫か?」
「う、うん…。ありがとう、お兄ちゃん!」
男の子は笑顔で俺に言う。
俺もそれに笑顔で応え、体が勝手に身を屈めた。
ふと見上げると、先ほどの熊が俺の頭があった場所に前足を振りぬいていた。
「……危ねえだろ」
俺は熊を睨みつける。
すると、熊はあっさりとお腹を見せて寝転がってしまい、俺は呆気に取られてしまった。
……意外とおとなしい熊だったのか?
なんて呑気なことを考え熊のお腹を男の子と一緒にさすりながら俺は遠くの方から聞こえた大きな音に反応した。
「な、なんだ!?」
「き、君早く逃げた方がいい、あっちの方でモンスターが暴れてて、動物園から動物を逃がしたらしいんだ!」
どこからともなく逃げてきた群衆のうちの一人が怪我した男の子を抱えて逃げてった。
モンスター…?
この街に住んでもう1年くらい経つけどそんなの見たことねえぞ。
「ひょっとして、お前を逃がしたのもそのモンスターなのか?」
「ガウ…」
さっきまでの凶暴さをすっかり無くした熊が肯定するように返した。
けど、何でか知らないが俺はそこに行かないといけないような気がする。
そう思って俺は走り出した。
ちなみにその時、大きく向上し過ぎた自分の身体能力に驚いたのは、ここだけの話としておこう。
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司が向かっている先では、2つの存在が戦っていた。
「やああああっ!」
「モジョジョジョジョジョ!!」
1つは長いオレンジの髪をポニーテールにまとめ、大きな赤いリボンが可愛らしい女の子。
もう1つはマントで体を覆い、頭に長い帽子を付けた毛むくじゃらの存在……というより猿だ。
女の子は手に持ったヨーヨーを何度も猿にぶつけながら、猿も女の子に手を伸ばしている。
「この性悪猿め…! よっくもあたしのおやつタイムを邪魔してくれたわね!」
「モジョジョジョジョ……そんなの知らんモジョ~、オレ様は、世界を征服して世界中のお菓子を独占してやるモジョ!」
「なんですって!? そうはさせるもんですか!」
「あ、危ないモジョ…!」
女の子が勢い良く投げたヨーヨーを避ける猿。
しかし、行き場をなくしたヨーヨーはアスファルトの道路を砕き、その破片がゆっくり逃げるおばあさんに向かっていた。
「あ! 危ない!」
女の子が駆けだそうとした矢先、1つの影が超スピードでおばあさんを抱きかかえて当たることを避けた。
「……ふう~。危ない危ない、大丈夫ですかおばあさん?」
「ええ、お兄さんのおかげで助かったわ。ありがとう」
「いえいえ、さ、ここは危ないですから早く避難を」
その陰の正体、間一髪でここに駆け付けた司がおばあさんに言う。
この時、彼は気づいていないが彼の髪は一部が逆立ち、再びその瞳は銀色の輝きを放っていた。
そして司がおばあさんを見送ると2人……否、1人と1匹に向き直る。
「お前ら、チャンバラごっこならもっと人の迷惑にならないところでやれよな」
「「これがチャンバラなわけない(でしょ)(モジョ)!!」」
この状況にあってもそんな事を言う司に各々が同時にツッコミを入れる。
そして、司がじっくり2人を見ると
「(今日は本当に不思議なことばっかり起こる日だな。女の子の方から白いオーラが出てるように見えるし、あの猿みたいな方からは逆に黒いオーラが見えるし、明らかにあっちの方が悪役っぽい)」
という考えの元、司は女の事猿の中間くらいの場所に位置どった。
「う、こ、この状況はマズいモジョ……仕方ない、ここはいったん退いてやるモジョー!!」
と言って猿……モジョ・ジョジョはその場から撤退した。
そして、その場には司ともう1人の女の子が取り残された。
「えっと……えへへ」
言葉に詰まったのか女の子は頭を手で押さえて笑っていた。
そんな彼女を見て司は少し呆れながら、
「とりあえず、あの猿が逃がした動物を動物園に戻すか」
「は、はい!」
2人はそうして動物園から脱走した動物を一列に並べて戻していった。
「今ので全部か」
「そうね。これで、東京CITYの平和は保たれたわ」
決めポーズで司に言う女の子。
「あ~、そこの2人、というよりもそっちの女の子? こんなに壊されちゃ困るんだよ、街も車も」
側面がボコボコになった車から降りてきた男性が彼女に言いながら周囲の惨状に目を向けさせる。
その先では道路はボロボロ、自販機は倒れてる、八百屋などでは品物が道に散乱してる等、おおよそ無事とは言えない状況であった。
「私は東京CITY市長のメイヤーという者だが…」
「ご、ご、ごめんなさーい!!」
女の子はその惨状から目を逸らすようにその場を後にするためジャンプした。
「あ、キミ、待ちなさい! キミ!」
そんな彼女に声をかけるメイヤーと、残されてしまった司。
微妙な空気が流れる中、その場にもう1台の車が到着し、そこから1人の男性と少年、そしてロボットの犬が降りてきた。
「今度は何だってんだ…?」
腕を組みながら言う司を尻目にして男性はメイヤー市長に話しかけた。
「メイヤー市長! 先ほどの女の子は!?」
「う~ん、残念ながらどこかに行ってしまってね。参ったよ…」
「そうですか。よし、ケン、ピーチ、後を追いかけよう!」
「はい!」
「分かったワン!」
「あ、ユートニウム博士我々も乗ってよいかね? 何せ車がああなってしまって」
「もちろんです!」
「よし、ミス・ベラム」
「はい、メイヤー市長」
「さ、キミも乗るんだ!」
「……え、俺も!?」
『当然だ!』
矢継ぎ早に繰り広げられる会話に我関せずだった司だが、その流れのままユートニウムと呼ばれた男性の車に乗せられてしまい、共に先ほどの女の子を捕まえることになるのだった。