紫陽花:宿儺と一緒に生きてみた、そんなお話。   作:鴉の子

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続くかは知らない。


1話:花と貴方

 

 血塗れで、ただ立っていたのは覚えている。

 

 あの時、全身が、蟲のような甲殻で覆われていた。いや、正確にはそういう風に出来た金属で身体を覆っている。

 

 そういう日常を、気がついたら過ごしていた。

 

 平安の世というのは、血腥いなと思った。

 

 女に生まれて、楽しいのは書を読むことばかりだった人生だったころはそうでもなかったけれど。呪術を用いるようになってからずっと、血に塗れているような気がする。

 

 花に集まる蝶を眺めて、そんなことを思う。手元に浮かぶ金属の流体はくるくると花の形を模しては散る。

 

 万、今は万と名乗っている。藤原に取り立てられてしまってから名乗った名前だけれど。

 

 やることといえば、人殺しか、呪霊を祓うか。そればかりだからある意味単純で楽だけれど、堪えるというのも本音だ。

 

 干し首を何個並べたところで、別に楽しくはない。呪具に使われるからと、並べられている光景を見ても、ただ寂しいななんて思うだけだ。

 

 どこまで行っても、この世は灰色と血の色が滲んでいる。ただ、花の色だけは好きだった。

 

 庭は、おそらく、京の誰よりも手入れをさせた。国中から草木を集めて、川を作り、水を流して、私の色を作った。

 

 そうして、星と、月と、花がある景色が好きだった。

 

 だから、今日も私はそこにいる。ただ喧騒も何もかもがないこの場所にいた。

 

 

 だけど、今日は何かが違う。

 

 誰かがいた、黒い焔の様な呪力と、降る雪の様なそれ。

 

 歩み寄る、視線を向ける。渡り廊下を抜けた先に、小姓を置いた男が座っていた。

 

 異形、4本の腕に、無数の瞳がこちらを睨め付けている。その瞳が、酷く錆び付いている様な気がした。

 

「……誰?」

 

「……知らんのか」

 

「うん」

 

「宿儺の名を?」

 

「……うん? うん、なんだっけ、強い人」

 

 そういえば、そんな話があった気もする。普段は、屋敷にいるか、誰かを殺しているかだからあまり世俗には詳しくない。

 

「そうだ」

 

「そうなの」

 

 ちょこんと、横に座ってみる。あれ、急に殺しに来たりしない。いい人みたいだ。

 

「これ、庭で採れた枇杷」

 

「ほう」

 

「今年は美味しいから、どうぞ?」

 

「いい心がけだ。おい、裏梅」

 

「はい」

 

 裏梅と呼ばれた子が、ふうと息を吹けば持っていた枇杷がパキパキと凍ってしまう。

 

「わ」

 

 驚いているうちに、持っていかれてしまう。私の分もあったのに、やっぱり酷い人かも。

 

「……妙な女だ」

 

「そう? よく言われる」

 

「ふん」

 

 何に怒っているのだろう、何かに怒っている気はするのだけれど、よくわからない。

 

 術式のせいか、私はモノの見方が随分と変になってしまっているから、彼が何を考えているのか、ちょっとだけわかる。

 

 別に、心が読めるわけでもないけれど、モノの構造がわかるということは、ちょっとだけ、色んなことがわかりやすいだけだ。

 

 怒っている色、悲しい色、楽しそうな色、宿儺と名乗るこの人は、黒々とした色だけが見えた。

 

 呪い、呪いと同じ色だ。

 

 周りには、紫陽花が咲いている。ここは、お気に入りの庵だった。

 

 花の中で、3人。ふと、思い立って、ぴたりと横に寄り添って座ってみる。裏梅と呼ばれた女の子がすごい顔で睨んでくる。

 

 触れていても、冷たいような、屍から流れ落ちる血の様な温度だった。呪霊ではない、呪いというものは多分、こういう形をしているのかな、と思う。

 

「なんだ」

 

「……なんだろうね?」

 

 視線、沢山の瞳がこちらを覗いている。恐ろしいような、こそばゆいような。戯れに何もかもを呪うような、そんな目をしている人だった。

 

「そんなに、みんな嫌い?」

 

「────」

 

「そう、なら、仕方ないかも」

 

 呪力が込められようとする指先にそっと触れて、体を寄せてみる。硬い体には冷たい呪力が通っている。

 

「……なんのつもりだ」

 

「何もかもを呪うし、何もかもを燃やし尽くすの?」

 

「……わかったような口を」

 

「わからないよ、貴方じゃないもの」

 

 なんとも、不思議で、笑ってしまいそうになる男だった。痛みを知っているのに、焔であることを選んでいるような、でも、それを楽しんでいるような複雑な人だから。

 

「うん、私、あなたのこと好きよ」

 

「そうか」

 

 興味なさげだけれど、それでも別に構わない。

 

「燃え尽きるより、燃やす方がいいよね」

 

「本当に、わかったような口を聞くな、お前は」

 

「怒った?」

 

 何も言わない、ただ、呆れているのはわかる。それを見て、ただ笑った。

 

 優しくもないし、酷いことをいっぱいしているのだろうなと思うけれど、うん、触れてみたいと思うのは初めてかもしれない。

 

 これはいつかの、血まみれの幸福の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙な女だった。

 

 五虚将を鏖にした女というものを、物見遊山で見に来たが……その時は、あまりにも覇気のない姿で庭をぼんやりと眺めていた。

 

 強者故の気配がなく、弱者の様な怯えも、それを誤魔化す様な意思もない。ただ、草木の様に揺れている。

 

 不快ではない故に、側に寄ったのも許した。今にも殺しにかかりそうな裏梅を目線で止める。

 

「そんなに、みんな嫌い?」

 

 何かを見ている。不躾ではないが、いささか不快に思い、術式を弾こうとする。だが、並の術師なら3枚に下ろされる斬撃が、発生する前に閉じ込められる。

 

 だが、攻撃も、防御をした気配もない。ただ、薄皮一枚の結界と金属膜が女の肉体に反射的に発生している。おそらく、何も考えてはいないのだろう、呼吸をする様な自己防御。

 

 指先に、女の手が触れた。

 

 暖かい、温い雨粒の様な温度で、手を握られる。

 

「────」

 

 血の温度しか知る気のなかった手のひらに、何かが触れた気がする。それが何であるかを見ない様に、女の瞳を見る。

 

 女の目は何も、何も見つめていない。つまり、何もかもを見つめている。俺の臓腑にある呪詛を、ただあるがままに見つめているのだとわかる。

 

 憐れめば、殺すつもりだった。だが、そうではない、ただ見つめている。

 

 わかった様な口を聞かれていても、怒る気にもなれなかった。

 

 人ならば、憐れむか、恐れる。

 だからそう、ただ、そこで咲いているだけの花の様な女だと感じる。

 

 人ならば殺すが、花を手折る気にはなれない。宿儺という化け物になろうとする人間は、そういうモノだった。

 

「──それで、何がしたい」

 

「ん、何も?」

 

「そうか、なら、そこにいろ」

 

 花の一輪、食事に飾るのも悪くない、その程度の気まぐれを起こしてもいい。そう思わせるだけの女だと、そう思う。

 

 

 

 

 

 嫌いな女だ。

 

 私の世界に、急に現れて、平気な顔をしてそこにいる。

 

 ただそこにあるだけで温い、私の凍えた世界にはいない様な生き物だ。何を思ったのか、宿儺様も、横にいることを許してしまった。

 

 ……嫌いだ。

 

 頬をぺたぺた触ってくるし、暑いと私のそばに寄ってくる。私の料理を褒めるけれど、つまみ食いするし。

 

 いっそ氷漬けにしてやろうかと思ったが、術式によって防がれてしまう。あの蝶々をひっぺ剥がしてやろうかと何回も思ったけど、普通によくわからないまま関節技を決められてしまう。

 

 やっぱり嫌いだ。

 

 なにより、笑わない。

 

 何もかもを壊してしまう私たちは、笑っていなければいけないというのに。あまりにも人間らしすぎる、人だった。

 

 でも、悲しみもしない人間だった。

 

 ただ、あるがままにいる、悟っているわけでも、強がっているわけでもない。ただ、寂しそうな顔を常にしている。

 

 そういうところは、大嫌いだ。

 

 ──私達を、ただそこにいるだけで否定している様な気がするから。




誰だよって言われたら……誰なんだろうなこいつ……
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