とりあえず、今回は『逃亡犯、里見蓮太郎。ただし敵を倒さずに逃げるとは一言も言っていない』編の導入部です
第三次関東大戦から一ヶ月。蓮太郎達は蛭子影胤事件が始まる前のような穏やかな時を過ごしていた。
蓮太郎と木更は学校に行ってるため、平日は一日おきに玉樹が授業に行き、祝日や土日は蓮太郎と木更が授業をして、時たま平日にガストレアが出たからと嘘をついて早退して授業に行く。ちなみに、木更と玉樹が来た時よりも蓮太郎が行った時の方が生徒達が楽しそうなのは気のせいではない。
盲目の少女は蓮太郎と木更と玉樹が全力で点字を覚えて少女に教えこんだ。それと、杖も買ってあげた。
そんな感じの緩い日常を謳歌していた。そんなある日。
「なんかこの一週間でガストレア出没件数が右肩上がりよね~。」
「けど俺達の所には依頼あんまり来ねぇんだよなぁ……」
蓮太郎と木更は天童民間警備会社でダラリとしていた。延珠達は片桐民間警備会社に遊びに行っている。
「……そういえば、私、お見合いする事になったのよ。」
「へぇ……」
木更からの話題を適当に返してお茶を一口。いい感じにあったかいお茶が喉を通ったところで。
「……はぁ!?お見合い!!?」
やっと事態に気がついたのか湯呑みをテーブルに叩きつけるように置いて叫ぶ。ガチャン。と音が響く。
「料理はポイズンクッキングで人から金を搾取することしか考えずにほぼ自堕落の塊とも言える木更さんにか!!?」
「ぶっ殺すわよこの人外!!」
ハッ!?と思わず言葉を発していた口に手を当てるが時既に遅し。木更は猛獣のようにガルルル……と蓮太郎を威嚇している。
「あ、すまん……つい本音が。」
「やっぱりそう思ってたのね!?」
「だって人の給料ちょろまかしたり自分も金あるのにたかりに来たり、ふかし芋だってまともに作れないんだし……」
「うっ……」
「それに自分が楽したいからってひとにばかり働かせて自分は事務所で威張ってるって……腎臓とかに障害があるんならまだ分かるけど、健康そのものなら完全にアウトだと思うぞ。」
「げふっ!」
グッサグサと心を抉ってくる蓮太郎の言葉に木更が吐血(イメージです)をする。
「け、けどあなたのせいで私は関係者に平謝りしてるのよ……」
「それは悪いと思ってる。特に延珠に。それで給料下げられるのもまぁ、まだ納得できる。けど人に働かせてがっぽがっぽ儲けようとか思っているのは変わりないと思うが?」
「がはっ!」
なんとか言い換えそうとしたが、事実を突きつけられて木更はKO。ソファに倒れた。
「ぐぬぬ……つまりそんなこと思ってた里見くんは私がお見合いで櫃間さんと結婚してもいいって事ね!?」
「それは困る。」
「えっ?」
「えっ?」
どうやら今日の蓮太郎の口はかなり尻軽らしい。またもや本音が口から飛び出した。
木更と蓮太郎が言葉の意味を理解するのはほぼ同時。二人の顔が一気に真っ赤になる。
「そそそそそ、それってどういう事よ!?」
「な、何口走ってんだ俺!?こんなこと言うのは片桐の野郎のキャラだろうが!?」
その頃、玉樹がくしゃみをしていたのは知るよしもない。
そして、ギャーギャーと顔を真っ赤にして掴みかかる木更とそれを必死に落ち着けようとする蓮太郎をドアから覗いている集団が。
「うっわぁ……大胆ですね、蓮太郎さん。」
「ぐぅ……天童社長には絶対に渡しません……」
「わぁ、カオス。」
「こういうのを修羅場っていうんでしょうか?」
特にやることがなかったので天童民間警備会社に襲撃しに来たのだが、ついてみたら木更と蓮太郎がいい雰囲気である。
だが、その割には延珠が静かだ。
「どうかしたの?延珠。」
それを見てこの中で唯一の常識人にして
「?別に何もないが?」
「いや、聞いてる限りじゃこういう時あんた、突っ込んでって場を引っ掻き回すって。」
「いや、別に蓮太郎が幸せならもういいかなって……」
その瞬間、全員が顔を見合わせ、延珠を担ぎあげてそのままドアの中にぶん投げた。
「ふぇ?」
『末永くお幸せに!!』
バンッ!!とドアを閉めるイニシエーターズ(延珠抜き)。健気過ぎてもう蓮太郎とくっつかないと報われないと思った四人の措置だった。
「……って、ティナやんと夏世ちんはいいの?」
『……もうどうしたらいいのか自分でも分からない……』
「Oh……」
「……これ、なんてエロゲ?」
とにかく、今日も東京エリアは平和だった。
****
「ふぅ……今日も特売は戦場だったぜ……」
蓮太郎は両手に特売の戦利品をぶら下げて帰宅する所だった。
蓮太郎でさえダメージを負い、気を抜いたら危ないおばちゃん達の戦場を生き抜いた蓮太郎はかなり満足気だ。
どれだけ金があってもやはり特売は行っておくだけ特だ。行かない理由がない。
「……あっ、民警ライセンス忘れてら……」
と、ここでいつもポケットに突っ込んである民警ライセンスが無いのに気付く。先日の延珠まで乱入してきた騒ぎの時に事務所にでも落としたのだろう。ついてねぇと頭をガシガシと掻きながら天童民間警備会社に向かう。
木更のお見合いには蓮太郎も同行することになった。何が悲しくて好きな人のお見合いの保証人にならにゃあかんのだと思ったが、木更の人脈には蓮太郎ほど信用できる人はいないと分かってるので、渋々了承はした。
ちなみに、蓮太郎は気付いてなかったが、その時の木更の腹の中は真っ黒だったりする。
ハッピービルディングの前に辿り着くと、階段の前をウロウロしている人物に気が付いた。しかも、その人物には見覚えがある。少し前にメールで見たような……
「……水原?」
無意識に出てきた名前と脳内の人物像をウロウロしている青年と合わせる。
「……ん?蓮太郎?」
そして、あちらも蓮太郎に気が付き、声を上げる。それで疑問は確信に変わった。
「お前、水原か?水原鬼八!」
「って事はお前は蓮太郎か!久しぶりだな!」
「あぁ、久しぶり!」
どちらからともなく歩み寄り、ハイタッチをして握手をする。
水原鬼八。かつての蓮太郎の同級生で、蓮太郎からして見れば唯一人外ではない蓮太郎の友達だ。
「一体どうしたんだ?こんな寂れたビルに。」
まさかゲイバーやキャバクラや闇金に用があったわけでもあるまいし。と言おうとした時に鬼八の表情が変わる。
「蓮太郎、ここじゃマズイ。事務所に入れてくれないか?」
「……分かった。何かあったんだな。」
蓮太郎はすぐに了承。何もなかったかのような雰囲気を醸し出しながら事務所の中に鬼八を入れる。民警ライセンスは無かった。
「……俺は今、狙われている。」
「なに?何かやらかしたのか?」
「やらかしていると言った方がいいな……蓮太郎、お前は『新人類創造計画』の関係者……なんだよな?」
懐かしいその計画の名前に被験者じゃないけどなと言いながら首肯する。
「じゃあ、『新世界創造計画』と『ブラックスワン・プロジェクト』については?」
「……なんだそりゃ。世界中の白鳥に片っ端から黒いペンキ変えて世界の白鳥の概要を変える計画か?黒鳥にでも名前を変えるつもりか?」
「なんだそのくっだんねぇ計画……いや、俺も知らないんだ。今、調べているところだ。」
だが、それについて蓮太郎を訪ねたということは……
「危ない橋、渡ってんのか。」
「一歩間違えりゃ死ぬ。だから、最低でもパイプを確保したい。天童菊之丞閣下や聖天子様との……」
この二人の名前が出るということ、それはつまり、東京エリア自体に危機が迫っているとも言っても良かった。
そして、鬼八は木更等の天童と関係のあるものとは何の関係も持っていないし、聖天子様となんてもっての外だ。
「何か証拠みたいなのはあるのか?あったら先に届けておくしそっちの方が話をつけやすい。」
「あったが、盗まれた。」
「盗まれたぁ?空き巣にか?」
「違う、奴等にだ。」
「……けど、それだとあの爺さんや聖天子様は信用してくんねぇぞ。」
「だから、俺が生き証人になる。だから、頼めるか?」
鬼八の言葉に今すぐにでも首肯をして菊之丞と聖天子の元に連れていきたいところだが、菊之丞との関係は蛭子影胤事件以来悪化したまま、聖天子様とはアポを取らなければ面会は出来ないだろう。
「……すまんが、時間はかかる。」
「それでいい。だけど、なるべく早くしてくれ。いつ殺されるか分からないんだ。今にでも、奴等は俺を狙っているかもしれない。」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「いや、それでも足りないくらいだ。」
「……なぁ、お前はなんでそんなヤバイ奴らに追われてんだ?」
「……言ったら、戻れないぞ?」
「俺が誰かに殺されるかよ。」
「……それもそうだな。けど、誰かに聞かれたらまずい。明日の夜に市役所近くの建設途中の新ビルに来てくれ。そこで話す。」
「分かった。」
鬼八は長居をするのもマズイから俺はそろそろ行く。と言うと、天童民間警備会社から去っていった。
その後、蓮太郎は民警ライセンスを探してみたが、何処にも無かった。だが、民警ライセンスを使う事はそうそう無いので、出てくるのを待とう。と気楽にする事にした。
****
翌日。蓮太郎は木更のお見合いについて行った。行く時は終始不機嫌だったが、それはなるべく表に出さないように頑張った。
ティナの聖天使暗殺の時に行ったことのあるあの高級料理亭、鵜登呂亭だった。
ついた後も適当な挨拶をしたら不機嫌オーラを仕舞いつつ出歩いた。
「くっそ……櫃間の野郎といい空気になってねぇよな……」
蓮太郎は木更の事が気が気では無かった。何故なら、櫃間は木更の初恋の相手だからだ。蓮太郎は、それを知っている。
一方木更は、実は蓮太郎がその無敵さで見合いをぶち壊してはくれないかと内心期待していた。
櫃間は確かにいい男だとは思う。警視で真面目をそのまま現したような人物だ。だが、木更は彼と結婚する気なんてサラサラない。本当は、見合いの話を切り出し時、蓮太郎が乱暴にでも止めろと言ってくれるのを心のどこかで期待していた。だが、蓮太郎は延珠が投げ込まれた後、なんやかんやで木更が色々と説明をしてから蓮太郎は特売に行ってくると逃げていった。
その後、特売に行って自然を装って見合いには賛成か反対か聞こうとしたが、見事に話しかける前におばちゃん達にKOさせられ、気が付いたらスーパーの前で気絶していた。
そしてそのままお見合いである。
着物を羽織り、いつも以上にお洒落をして来て、顔を合わせた櫃間は五年前よりも精悍になっていた。
だが、何かが足りない。木更が櫃間に熱を向けるには、何かが足りない。
憂鬱さに少し惚けている内に櫃間の父母と今回の縁談を組んだ柴垣仙一と蓮太郎が部屋を去る。ここで蓮太郎が何かアクションを起こしてくれるのを期待してたが、彼は不機嫌なまま、無言で去っていった。去っていってしまった。
「すみません、家の父母が舞い上がってしまって。」
「お久しぶりです、櫃間さん。」
「えぇ、五年ぶりですね。」
櫃間は蓮太郎よりも遥かに性格がいいのは知っているし、部下で民警である蓮太郎よりも立場は上でしかも警視。さらに、不幸面と比べて遥かに精悍。他の女性からしたら超優良物件と言っても過言ではないだろう。
だが、木更は二人きりになった時、何か違和感を感じた。まるで、櫃間の精悍さが仮面であるかのような違和感が。
木更の勘はよく当たる。だが、その勘は信じられなかった。
「警視に昇進されたのですね。」
「はは、五年間でここまで上がれたのは右も左もわからなかった私を導いてくれた方々のお陰です。君も、五年前と比べて可愛いよりも美しいが合うようになった。」
「おだてても無駄ですよ。」
と、言うがここまで直球に言われたことは無かったので、思わず恥ずかしさに顔を赤くする。
「でも、櫃間さん。どうして急に……」
「と、いうと?」
「櫃間さんには申し訳ないと思っています。私は天童一派を出奔し、離反したせいで天童からは勘当同然の扱いを受けています。そちらには破談状も届いたでしょう。ですから、お分かりでしょうが、私と結婚しても天童との橋渡しにはなりません。名字こそ天童を名乗っていますが、私自身、私を天童だなんて思ってはいません。」
出来れば、この体を流れる血を全て他の血と入れ替えてしまいたいという言葉を呑み込む。
「別に私は天童とのコネクションが欲しくて柴垣さんに一席を設けてもらったのではありません。」
「じゃあ、どうして?親は警視総監、櫃間さん自身も警視となれば、おモテになるのでしょう?」
「あなたを一目見て、心を奪われたという理由では駄目でしょうか?」
再びのド直球の言葉に顔を赤くする。
「お戯れを。」
「冗談ではありませんよ。」
「なら、なおさら恥ずかしいですわ。」
ここまでド直球にくると、相手は本気だと考えてもいい。なら、突き放した方がいいだろうと戦法を変えることにした。
「私は天童に復讐するために生きています。」
天童はまさに政財界の
それのために生きている木更に協力するということは、国家に楯突くのと同じ。
「知っています。」
「え?」
なのだが、櫃間はこの一言を聞く限り、それすら理解の上でこの見合いを組んだという。
これを考えなしで行ったとなればただの間抜けか馬鹿か阿呆だが、目の前の彼はそうとは思えない。
「あなたは菊之丞一派の首を狙ってるのでしょう。ならば、私を利用してください。」
「……その対価は?」
「私をおかしくした、あなた自身です。」
「シェイクスピアの劇の見すぎでは?」
「そうかもしれません。けれど、これは私の本心です。」
櫃間が木更を抱きしめる。急な事に声が漏れそうになる。
蓮太郎がこんな事をしてくれたらと思うが、すぐにそんな考えは振り払う。
櫃間はポケットを漁ると、木更の手に何かを握らせた。
「懐中時計?」
それは、黄金色に輝く円状の綺麗な懐中時計だった。長針と短針も金であしらわれ、文字盤にも宝石が埋め込まれている、一目で豪華な物だと分かる代物だった。
しかし、どこか可笑しい感触があった。しかし、それもすぐに気にならなくなった。
「これを私に?」
「もらってくれると、無駄にならなくて済むんですけどね。」
トントン。と懐中時計を叩いてみる。何か、空洞のようなものが中にある気がする。が、懐中時計なんてお洒落なものは使ったことがない木更はこれが普通なのだろうと割り切った。
「もう、私たちは許嫁じゃないのよ?」
「そんなの問題じゃない。私は君が好きなんだ。」
「……私も、あなたのような人にそんな事を囁かれたら、ガラスの靴を履いてみたくなるのかしら?」
「試してみましょうか?」
木更の顔に、段々と櫃間の顔が近づいてくる。
木更は全てを委ねるように瞳を閉じ……
****
蓮太郎は池を見つけると、そこで泳ぐ鯉をじっと見つめていた。
「はぁ……お前らは呑気でいいよな……」
ぽいぽいっと料理の中からかっさらってきたパンをちぎって池に投げる。すると、鯉が我先にとパンを食べようと迫ってくる。
だが、その中に見向きもしない鯉が一匹いた。気付いていないのだろつか。
「そりゃあそうだよな……木更さんの事放っておく男なんてそうそういないよな……」
パンをまだぽいぽい投げていると、ふと背後に嫌な雰囲気を察した。急いで隠れると、すぐに櫃間と木更がやってきた。
何か櫃間と木更が話し込み、急に櫃間が木更を抱きしめた。思わず出ていって壁のシミに変えてやりたくなったが、なんとか抑えた。
何か櫃間が木更に渡した後、櫃間の顔が木更に近付く。木更は何も抵抗せずに瞳を閉じた。
(なんで抵抗しないんだよ木更さん!)
そして、もう鼻先数センチになったところでもう見ていられず、蓮太郎は逃げ出した。
「見てられっかちくしょうがァァァァァァァ!!」
蓮太郎の魂の叫びは櫃間と木更には運良く聞かれることはなかった。
****
「ごめんなさい。いまは、離してください。」
木更は唇が重なる寸前、掌をシキリ板よろしく顔のあいだに挟み込み、櫃間の胸板を押した。
「……わたしは、あなたを利用するだけ利用してもいいんですか?」
「そうとってもらって、構いません。」
利用し、利用される。そんな関係ではなく、ただただ、利用し続け、利用し続けられる関係。なんて素敵なのだろうか。
蓮太郎や延珠達を気にすることなく、ただひたすらに櫃間を利用し続け、復讐をしていく。そんな関係。
そんな関係なら、櫃間を好きになれるかもしれない。もう、蓮太郎に頼ること無く、生きていけるかもしれない
(これが恋……なのよね。)
彼女の問いに答える者は、何処にもいない。
没ネタ
櫃間「私を利用してください。私はあなたを利用しません」
木更(ならば絞れるだけ絞り尽くしてあげるわ!!(ゲス顔))
と、言うわけでやっと鬼八の登場です。インタールードファッキューだと諸事情で蓮太郎を超える貧乏生活をしてた鬼八です
そして、インタールードファッキューを見て思いました
鬼八が波紋使いって全く似合ってねぇ!!ってな訳で次回はタイーホです。今週中に更新出来たらいいなー