拳銃が証拠品ではないため、かなり無理矢理な感じです
「はぁ、つまり、木更がお見合い相手とちゅっちゅしてるのが嫌で逃げてきたとね。」
「言い方がアレだけど大体あってるから何も言えねぇ……」
蓮太郎は走り去った後、行く宛もなく菫の研究室に来ていた。理由は特にない。
蓮太郎はビーカーに入ったコーヒーを苦そうな表情でグイッと煽る。
「ま、諦めることだね。君にとって彼女は高嶺の花だ。むしろ、今まで誰にも取られなかったのが奇跡みたいなものだ。とっとと君はロリコンを自覚して延珠ちゃんを幸せにしろ。してください。」
「いや、ロリコンじゃねぇから……」
ガブガブとコーヒーを次々に胃にぶち込んでいく蓮太郎を見て駄目だこりゃと溜め息をつく菫。
「君がロリコンじゃなかったにしても、私は君が木更を押し倒して警察沙汰になるのを期待してたんだがね。」
「あんたほんと最低だよ……」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ。」
菫はふふん。と自慢気に鼻を鳴らすが、蓮太郎は口から溜め息が漏れる。
「……そういや、先生。『ブラックスワン・プロジェクト』について知ってるか?」
「……聞いたことないね。世界中の白鳥を真っ黒に染め上げる計画かい?」
「それ本気で言ってたらあんたの頭を疑うぞ。」
「おや、君が真っ先に言いそうなことを言った迄だがね。」
うぐっ……と呻く蓮太郎。確かに蓮太郎は冗談で鬼八に殆ど同じことを言った。
「まぁ、ブラックスワンと名が付くところを見るに、『ブラックスワン理論』が関係してるだろうね。」
「ブラックスワン理論?」
「まぁ、長くなるから簡潔にまとめるが……」
「本来、白鳥は白色しかいなかった。ですけど、黒色の白鳥が発見された事で学者に激震が走った事が由来したため、今までの常識に囚われている時に予想不可能な事が起こった場合、対応が後手に回って大ダメージを与えることです。里見さん。」
ぴょこん、と蓮太郎のすぐ横にとんがり帽子が現れた。
「翠か?」
「はい。ちょっと先生に用事があったんです。」
「おや、翠ちゃん。君がここに来たってことはあれはもう終わらせたのかい?」
「はい。泣きゲーでした。」
と、翠が持ってきた鞄からゲームの箱を取り出し、菫に手渡す。チラッとR-18のマークが見えたのは華麗にスルー。
「私はもっとヒロインがぐっちょぐちょにされる展開が好きなんだがね。」
「う~ん、私はこういう展開が好きですね。」
「まぁ、君は子供だからね。こういう恋愛漫画的なストーリーの方が好きなのだろう。」
最早蓮太郎には何を言っているのか分からないが、ただ一つ言えることがある。
まだ十歳の子供にエロゲーを貸すんじゃない。
「それで、なんでブラックスワン理論の話なんてしてたんですか?」
「いや、大人の話しさ。それで、蓮太郎くん。何か予想はついたかな?」
「ん?あぁ。とても嫌な予感がするって程度にな。」
そうかい。と菫は言うと、スッと翠にヘッドフォンを着けると、ノートパソコンを手渡した。
「……彼女に聞かれたくないこと、あるんだろう?」
菫は手に持ったエロゲーを棚に運ぶためによっこいしょと声を出して立ち上がる。
「あぁ……『新世界創造計画』。これについて知ってる事は?」
「……驚いた。何処でそれを?」
「依頼人からだ。」
「……君も関係者と言っていいから一応話しておこう。」
菫はエロゲーを棚に置くと、そっと翠の持ってるパソコンの音量を上げた。
「さて、鼻塩塩……ではなく話をしよう。」
「この流れ数ヶ月前に聞いたな……」
ドカッと音を立ててパイプ椅子に座り、菫は話を始める。
「簡潔に言うと、新世界創造計画は新人類創造計画の完全版だ。」
「完全版?」
「新人類創造計画は体の一部を機械化することで呪われた子供たちに匹敵する力を手に入れる計画だ。蛭子影胤は内蔵。ティナちゃんはシェンフィールド。そして、本来君に取り付ける筈だった超バラニウムの義肢と義眼。だが、新世界創造計画はゆくゆくは脳以外の全てを機械化するのも視野に含めた計画だった。」
「なんだって?新人類創造計画は成功率の低いモンじゃなかったのか?」
「あぁ。だが、好奇心は科学者だって殺す。子供だろうが大人だろうが何だろうが殺すさ。」
「……けど、先生の話を聞くに、それは実現しなかったんだろ?」
「そこが私も気になっている……が、もしかしたらあの事件が関わってるかもしれないね。」
「あの事件?」
「この前、新国立劇場で一人の男が殺された。芳原健二、三十五歳。趣味のオペラ鑑賞中に胸をナイフのようなもので一突き。同日同時刻、高村莢、二十八歳の家に何者かが侵入し、ショットガンのような武器で射殺。さらに同日同時刻。海老原義一が新幹線での移動中に狙撃されて死亡している。」
「一日に三件も……?」
「それだけじゃない。三人とも、少なからず新人類創造計画に関係している。」
「なんだって?」
「高村莢と芳原健二は私の元患者で君とは違い、ガストレア大戦を戦った。二人とも、その後は戦いが嫌になって手を引いたんだけどね。」
蓮太郎が言葉を失う。
「彼等が平穏を望むのなら、私は祝福するつもりだったんだが……どうやらそんなアダムとイブをそそのかした蛇が居たらしい。それがこの海老原義一だ。彼はどうやら二人に諜報員のようなものをやらせていたらしい。」
「……それで、知りすぎてしまったと。」
「まぁ、そうなるな。」
一体何を?と思うが考えたところで調べなくては答えは出ない。
邪魔したな。と一声かけて出ていこうとした蓮太郎だが、木更がそれを止める。
「まぁ待て。木更の事はどうするつもりだ?他の男に取られても、君は切歯扼腕して見てる気かい?」
「……別に、どうもしねぇよ。」
腰を浮かせていた蓮太郎はドカッと再びパイプ椅子に座りなおす。
「……なぁ、先生。木更さんが和光義兄さんを殺したのは話したよな?」
「あぁ……」
「俺は、その……木更さんの事が好きだ。愛してる。木更さんのためなら何だってしてやりたい。けど、木更さんをこれまで動かして、人外化までさせてきたのは、天童への復讐心なんだよ。」
木更の両親が目の前で殺された後、木更は蓮太郎に負けず劣らずの訓練をした。
毎日剣を振り、ただ剣を振り、蓮太郎を的にしても自らの腕を磨き続けた。
もし、蓮太郎も目の前でやられていたら、木更はきっと、今でも何かしらの障害を負っていただろう。
だが、木更は両親の死を受け止め、復讐心を胸にただひたすら剣を振った。
気付いた時には蓮太郎には程遠いが、木更も彰磨に引き続き人外になっていた。
「天童民間警備会社を始めて楽しい日々が続いていたから、忘れているのかと思った。けど、違った……」
蓮太郎は俯く。
「十年前、俺が木更さんと初めて出会った時、あぁ、この人は守りたい。俺の両親みたいに、殺されたくないって思った。だから、俺が鍛えればガストレアを駆逐できる。その結果、木更さんを守れる。木更さんを幸せに出来る。そう思った。だから鍛えた。」
「……君が人外になった経緯、初めて聞いたよ。」
「俺、あの人が幸せになるためならなんだってやるよ。復讐以外にも生きるに値するものは何だってあるんだって。何処かに行きたいなら俺が連れていく。木更さんを狙う敵がいたら真っ先に排除する。世界が敵に回ったなら、世界を壊す。隕石が落ちてくるなら殴り壊す。宇宙人が地球を破壊しにきたら一人で倒す。」
「……つまり、君は木更の幸せのためなら、自分の幸せを諦めると?」
木更に言われてハッとした。自分の言ったことは、即ちそれに繋がると。だが、
「……あぁ。」
蓮太郎は頷いた。
「……馬鹿だね。君は。」
「生憎、殴るしか能がなくてな。」
「……まっ、君が何かしでかす時は声をかけるといい。延珠ちゃん達の安全は確保しよう。」
「延珠達には迷惑かけねぇよ。」
「次に延珠ちゃんが血を吐いたら殺されても可笑しくないよ。」
蓮太郎は立ち上がり背を向けると手を上げて去っていった。
「はぁ……壁は大きいよ、延珠ちゃん。」
菫は菫のノーパソでニヤニヤしながらエロゲーをしているロリっ子を見て溜め息をつきながらそう呟いた。
****
建設中の新ビルで鬼八は一人佇んでいた。
腕時計を見れば、もうすぐ集合時間だ。ビルの中にはもう誰もいない。
が、コツン、コツン。と足音が響いてきた。
「蓮太郎、早く来い。」
鬼八が声をかけると、足音が早くなった。
そして、足音の持ち主が突っ込んできた。
「っ!?」
その人物は真っ黒なパーカーのようなものを目深に被り、拳を構えている。
不意打ち気味の拳を避け、鬼八は己が特訓した呼吸法を使う。
「コォォォォ……」
キィィィンと何かが響く音が体内に木霊する。それと同時に、体全体をバチバチッと音を立ててエネルギーが包む。
「
カウンター気味で放たれた拳は襲撃者の手に阻まれた。だが、襲撃者はすぐに手を引っ込めると、バックステップで距離を取った。
襲撃者の手にはまるで電撃を受けたかのような感覚が走っていた。
「悪いが、ただで殺されるつもりはないんでね。」
波紋。鬼八が幼い頃、蓮太郎とつるんでは大怪我を負っていた時期、公園でボーっとしていたらシルクハットを被った真っ白なスーツのようなものを着たちょび髭のおじさんが「君には波紋の素質がある。どうだ?ワシと共に来て波紋の特訓をせんか?」と言われてホイホイついていき、この不思議な力、波紋を手に入れた。
鬼八はその波紋による治療により、蓮太郎に負わされる大怪我もすぐに治療できるようになった。
「
後退した襲撃者の顔に向けて、飛び膝蹴りに波紋を乗せて放つ。が、襲撃者はそれをあっさりと避け、拳を繰り出した。
もちろんそれは鬼八が受け止めた。が、その瞬間、腕の肉が弾け、骨が砕けた。
「ぐぁぁっ!!?」
さらに拳の威力で吹き飛ぶ。
「くっ……な、何なんだあいつの腕は……」
すぐに波紋を呼吸で練り直し、腕にエネルギーを送り込んで治療をする。
血は止まらないが、骨は治った。が、襲撃者はそれを見てすぐに突っ込んでくる。
「させん!床を伝わる波紋疾走!!」
が、すぐに波紋を地面に流し込み、襲撃者へと向ける。
波紋は襲撃者の足に当たり、足を一瞬痺れさせる。その一瞬の間に再び波紋を練り、腕を人を殴れる程度に治す。
「くらえ、ズームパンチ!!」
そして、少し離れた襲撃者相手に関節を外して射程を長くした拳を放つ。関節を外した際の痛みは波紋で和らげる。
「っ!?」
襲撃者はそれに驚きつつも痺れた足で避ける。
「震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぞ、血液のビート!!」
が、鬼八は既に次の攻撃を構えている。
外した関節を戻しながらも鬼八はもう片方の腕に波紋を乗せる。
その色は太陽と同じ山吹色。正しく、太陽のエネルギー。
「
バチバチバチッ!!と音を立てながら鬼八の拳が襲撃者の胸部を捉え、吹っ飛ばす。
襲撃者はビルの中にあったダンボールにぶち当たり、埃を舞いあげる。
「……勝ったか。」
鬼八が腕時計を確認すると、もうすぐ蓮太郎が来る時間だった。
これで仕留めきれてなくても蓮太郎が来る。そう安堵しきったその瞬間、襲撃者は埃の中から姿を現し、鬼八へと突っ込み、拳を振るった。
「なっ!?」
急いで回避行動を取るが、そのせいで体勢が崩れてしまう。それを襲撃者は見逃さなかった。襲撃者のもう片方の拳が鬼八の胸部を捉える。
「ガッ!!?」
グチャッ!!と胸の中で何かが弾けたような音が響く。そのまま吹っ飛ばされ、地面を転がる。
(は、波紋を練らねば……ッ!?い、息ができない……!?)
胸を抑えてのたうち回る。それもその筈。鬼八は先程の一撃で灰と心臓を破壊されている。
(うそ……だろ…………)
意識が段々と遠ざかって行く。そして、脳裏に楽しかった思い出が蘇る。
(火垂……)
重くなる瞼に耐え切ることができず、鬼八は瞳を閉じて意識を手放した。
パタン、と何かカードのようなものが落ちる音が聞こえた。
****
新ビルについた蓮太郎はすぐに待ち合わせの四階に行き、中を見る。
「っ!?」
四階の中は物が散乱しており、鬼八が倒れていた。
名前を呼んですぐに安否を確認しに行こうとするが、鬼八の胸部はピクリともしていない。息をしていない。
(救急車……って何だあれは?)
現場を荒らすのを覚悟で蓮太郎はそれを拾い上げる。
(これは……俺の民警ライセンス……!?)
落ちていたのは何処かに置いてあるはずの民警ライセンスだった。
なんでこんな所に?と思ったのも束の間だった。
「容疑者確保ォ!!」
「なっ!?」
男の声が響き、警察らしき者たちが侵入。蓮太郎を取り押さえる。
「ち、違う、俺じゃない!!」
現場には蓮太郎のみ。そして、落ちていた民警ライセンスとそれを回収する本人。
本来、民警ライセンスは肌身離さず持っているもの。それを落としているということは、ここで何かしたという証拠。つまり、この場での容疑者は蓮太郎のみ。
(クソがっ!!嵌められた!!)
蓮太郎はこの日、水原鬼八の殺人容疑をかけられた。
警察は近隣の住人(?)の通報を聞いて蓮太郎のすぐ後に音を立てずに侵入、中で蓮太郎が自分の民警ライセンスを回収しようとした所で蓮太郎を犯人と断定し、確保しています
通報内容は新ビルの中から誰かが暴れてるような音がした後、急いでパーカーを着た男が出ていった。急いで中を見ると里見蓮太郎という人物の民警ライセンスと死体があった。です。その後、警察は蓮太郎が証拠品の回収のため戻ってくると断定して待機していました
通報人は既に何処かに雲隠れしたため、警察は蓮太郎を犯人だと断定せざるを得ない状況になったという訳です
次回は『逃亡犯、里見蓮太郎。ただし犯人が人外だとは言っていない』編の囚人フェイズです