向かい合うヒースクリフとアッシュ。
先に仕掛けたのはアッシュだった。
凄まじい速度の踏み込みから放たれた左のボディブローを、ヒースクリフは少し身を引いて盾で防ぎ、即座にシールドバッシュで押し返そうとするが、その出始めをアッシュのメイスによる叩きつけで封じられ、再び少し身を引いた。
その動きを予測していたアッシュは左手を腰だめに構えたままさらに踏み込み、拳法の突きのような動きで盾を殴り付け、そこからメイスを横凪に振るうことで盾を横から弾き飛ばそうとする。
ヒースクリフは突きを防いだ時の衝撃を利用して後ろに大きく下がることでメイスを回避しながら距離をとる。
アッシュは開いた距離を再び詰めるために踏み込もうとしたが、逆にヒースクリフがシールドバッシュをしながら距離を詰めてきた事で中途半端な踏み込みになり、ほんの僅かに体勢を崩された。
それを見逃さずヒースクリフは剣を左から右へと一閃しようとするが、剣筋を見切っていたアッシュは瞬時に身を低くすることでその一閃を回避し、頭上を剣が通りすぎると同時に掬い上げるようにガリガリと地面を削りながらメイスを振り上げる。
それに反応していたヒースクリフは瞬時に盾を持つ手に力を込め、盾がメイスの衝撃をモロに受けないよう角度を調整しながら構えるが、それでもメイスの威力は凄まじくヒースクリフは僅かに身体を浮かせながらなんとか防ぎ、再び両者の距離が空いた。
「流石にやるな」
「君も、流石という他ない」
刹那の攻防でお互いの実力を再認識する。
アッシュはヒースクリフの防御の堅牢さを、ヒースクリフはアッシュの攻め手の苛烈さを。
先程までのアッシュの攻撃はいずれも生半可なものではなく、拳の一撃でさえ軽傷ではすまされない程のものだ。
半端な防御では到底防ぎきれないが、ヒースクリフはアッシュの動きを見切り、盾の角度や衝撃の受け方を瞬時に変えることでアッシュの攻撃の威力を最小限に抑えていた。
もし戦っているのがヒースクリフ以外であれば、間違いなく最初のボディブローをまともにくらうか、半端な防御の仕方をしてしまい、姿勢を崩したところを右手に持つ大型のメイスで叩き伏せられていたであろう。
見合う2人は同時に強く踏み込んだ。
ヒースクリフは踏み込みの勢いをのせたシールドバッシュを、アッシュは踏み込みの勢いをのせたメイスによる突きを繰り出す。
ガァァァン!!! と凄まじい音をたててシールドバッシュと突きがぶつかり、お互いの盾とメイスが弾かれ合う。
アッシュは弾かれた反動を利用して身体を素早く時計回りに回しながらメイスで凪払うが、ヒースクリフは既に体勢を整えており、姿勢を低くすることで凪払いを紙一重で避け、それと同時に剣による突きを放つが、アッシュは空いている左手で剣の腹を殴りつけて無理矢理剣の軌道を反らし、目の前にいるヒースクリフへとメイス振り下ろす。
ヒースクリフは盾を上に構えてメイスを防ぎ、その衝撃を利用してバックステップで距離をとった。
再び2人の距離が離れる。
拮抗してるように感じる一連の攻防だったが、ヒースクリフは表情には出さずともある種の焦りを感じていた。
「(驚いたな、私を動かす程の余裕があるとは……私も本気なのだがね)」
その焦りの正体は常にアッシュに"動かされている"という感覚からくるものだった。
先程からアッシュの攻撃を見事に防ぎきっているが、実際にアッシュと戦っているヒースクリフからすると"防がされている"という認識だった。
他者から見れば、非の付け所のない完璧な防御に完璧な反撃だが、実際にそれを行なったヒースクリフからすれば、"そうする以外の選択肢が無かった"だけなのだ。
例えば、最初のボディブローを盾で防ぐのではなく回避しようとすれば、相当のスピードで身体の軸をずらさねばならず、そうすると僅かとはいえ姿勢が崩れる。
そうなれば姿勢が崩れた瞬間を狙いアッシュは回避不能、もしくは防御不能の攻撃をしてくるだろう。
完璧な防御になるように攻められ、完璧な反撃をするように動きを誘導されている。
それこそがヒースクリフが動かされていると感じている原因だ。
そして、ヒースクリフが焦りを感じているのは、この状況を引き起こしているアッシュ本人にはまだ余裕があるからだ。
この状況が続けば、まだ余裕のあるアッシュがヒースクリフを動かし続け、いずれヒースクリフでもどうしようもない状況が来るであろうことは容易に想像できた。
「(これは少々厳しいね)」
「何を考えてるのか知らないが、随分余裕そうだな……」
アッシュがそう言いながら腕をほぐすようにメイスで軽く素振りすると、一瞬で距離を詰めてヒースクリフへとメイスを叩きおろす。
「もう少しマジになっても良さそうだな」
ヒースクリフは先程よりも重くなったメイスを盾で受け止めながら答える。
「私も、気合いをいれなくてはいけないな」
その言葉を聞いたアッシュは威圧感のある笑みを浮かべる。
「上等だ!」
そこからはまさに異次元の戦いだった。
次々と繰り出されるアッシュの攻撃をヒースクリフはひたすらに防ぎ、隙を見つけては反撃し、その反撃を紙一重で回避しながらアッシュは更に攻め手を加速させていき、ヒースクリフもそれに対応していく。
「茅場ァァァアアアアア!!!」
「来たまえ!」
2人のHPが後僅かとなったところで、決着のためにお互いが渾身の一撃を叩き込もうとした。
しかし、2人が激突するまさにその瞬間に、ノイズのようなものが視界に走ったかと思うとヒースクリフは姿を消した。
「なに!?茅場はどこに…!?」
アッシュを含め、ヒースクリフがいなくなった事で麻痺が解けたプレイヤー達が周囲を見回すがヒースクリフの姿はない。
どうにも釈然としないながらも、プレイヤーたちは第76層へと歩みを進める。
ここからゲームが加速していくとは知りもせずに。