太陽を墜とした鴉   作:傘花ぐちちく

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第四章「太陽を戴く鴉」

 

 暗闇の奥から一条の光が差し込んでくる。

 

 目を灼くほどの光であるが、不思議とそれを見つめることができた。

 極光の先にあったのは、威光の途絶えた地獄に似つかわしくない、煌煌たる赤の耀き。

 

 いつかどこかで見たことのある、懐かしき神の炎だ。

 

(これだ、これだ! これなんだっ! 私から消えたのは!)

 

 手を伸ばそうとして、気付く。腕も羽も動かせない。身体を捻ろうとして、眼を開けようとして、口を開こうとして、空を翔けようとして、何一つとして為し得ない。

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 1000年以上も追い求めてきた完全なものを掌中にできない無力さを呪うしかなかった。

 

 だが、近くに居る。

 

 近くに在る。

 

 すぐそこまで来ている。

 

 ――……えるか、聞こえるか、私の……

 

 予感がした。

 

 もう間もなく、これは降りてくると。

 

*

 

 私は目覚め、その時はやってきた。

 

 何かが旧灼熱地獄へ入り込んだことはすぐに分かった。

 

 分からないはずがない。

 

「一番強い地獄鴉は誰か知っている?」

 

 唐突に、末広がりな髪型をした女性と、目玉の付いた帽子を被った童女が話しかけてきた。

 

「はい、わたしです」

 

 呆然と、何も考えずに返事をした。

 

 ただ、私の集中は掻き乱された。

 

 そこにはもう「居た」――いいえ、居ることにずっと気付けていなかった。

 

 もう何も聞こえない。胸の中が打ち震え、呆けるように口を開けることしかできない。

 

 私を生み出したこの光と地獄の闇は、欠けてなどいなかった。

 

「ああ、自己紹か――山から下りてきた神であ――山のはって――んこうの」

《見えるか、聞こえるか。私の姿が》

 

 ああ、八咫烏様。

 

 おいで下さいませ。

 

「分かった?」

「はい」

「そういうことなら、この力を――」

 

 あまりにも長かった。

 

 私はこの光を落とし、虚無のような日々を過ごしていた。旧地獄に成り果ててからは、神炎の残り火を地の底で細々と繋いできたが、地上で永遠の燃焼を続ける神の炎がとうとう降り立ち、燃え盛る時が来た。

 

 これからはもう離れない、もう離さない。在るべき姿へと還った後、旧灼熱地獄は在りし日の炎を取り戻すのだ。

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「地底、そして地上に残された最後の希望です」

 

 そう、地上にも在りし日の炎を取り戻すのだ。

 

《え?》

「さぁ、呑み込んでみなさい!」

 

 光が――懐かしき炎が還ってくる。

 

 私の欠落を埋めて、取り戻して、充足していく。

 

「最初の一羽で成功したね」

「いいか、あくまで平和的な利用をするんだ。私の言う事を聞いて力を使いなさい。まずは力に慣れることね」

 

 溢れてくる。

 

 1000年を越えて溜め込んでいたものが、噴き出して止まらない!

 

***

 

 火焔猫燐は妙な寝苦しさで目が覚めた。

 

 少し寒い程度が常の季節であったが、毛布を被ると汗ばむような気温であった。

 

 エアコンなどという電化製品は地霊殿には存在しないため、お燐はこの暑さの原因が旧灼熱地獄だと真っ先に思いついた。

 

「新しい死体なんて持ってきてないけどなぁ」

 

 熱がこもっているのなら、中庭の天窓を開けるのがお空の仕事だ。とはいえ、仕事は真面目にこなす親友が気付かないとも考えにくい。

 

(侵入者がやって来て勝手に燃えたりした?)

 

 それは何とも――面白そうだ。

 

 お燐は地霊殿の中を歩き回ってお空がいないことを確かめてから、もしもの為の猫車を引っ張り出して中庭へ出ると、案の定、天窓は開いていなかった。

 

「これはいよいよかも……!」

 

 期待に胸を膨らませ、天窓を足で小突いて開け――凄まじい熱気が噴き出してきた。

 

「うわっ」

 

 立ち上る熱は窓の直上の空気を歪ませ、中からはオレンジ色の強い光が反射してくる。開口部の付近は岩石で塞がれているため、炎が直接立ち上ったわけではないが、お燐も元は旧灼熱地獄の一員。炎には強いが、これは在りし日を思い起こさせるほどの火力であった。

 

 端的に述べて、異常である。

 

 単に死体を放り込んだだけでは実現し得ない熱は、この先の異常を想起させるのに十分であった。

 

 獄卒が舞い戻ってきたか、鬼神が暴れているのか、単に炎の妖精が乱舞しているのか――危険な存在がいることは間違いなさそうであったが、さとりに報告しに戻ろうとお燐は決して思わなかった。

 

(お空が危ない!)

 

 猫車を置いて穴に飛び込むと、業火の残り火であった時とは比べ物にならない程の烈火がお燐を歓迎した。

 

 水を含まない酷く乾いた熱風が吹き荒れ、烈日を思わせる燦々とした光が照射される。唾を飲み込んだ先から喉が渇き、地底に慣れた鼻が痛くなる。冬であるにもかかわらず、そこに冷たさの欠片は何一つとして感じられなかった。

 

 お燐は勇気を出して旧灼熱地獄の奥へ奥へと飛んでいく。途中、地獄鴉たちとすれ違うも、この状況を異常だと思っていないのか、急いでいる様子のお燐には特段関心を示さなかった。

 

(一体、どうなってるんだい……?)

 

 彼女の胸中に不安がよぎったその時、熱風をものともしない速さでやって来た黒い翼のヒトガタがお燐の真正面から背後へ飛び去ると、すぐに引き返して目の前で静止した。

 

「どうしたの、こんなところに手ぶらで」

「だ、誰だい⁉」

「やだなぁ、お燐ってば。……分からない?」

 

 聞いたことのある声だが、姿形は全く違う。お燐は本当に分からなかったのだ。

 

 親友の霊烏路空は、同じ程度の背丈であったはずだ。

 

 だが、目の前の声の主は頭二つ分は大きい。手足はスラリと長くなっていて、細さはほとんど変わっていないが、右腕右足には奇妙な棒と岩がくっ付いている。平らな胸には大きな赤い石が浮き出ており、彼女の瞳も同じように朱く輝いていた。羽はより力強く羽ばたき、一度として身に着けたことがないようなマントが掛かっている。

 

「驚いているみたいね。無理もないわ、授かったこの力は神の火ですもの」

「神の火だって⁉ いや、それよりも、その姿とこの炎は……」

「これが力に相応しい姿、そして私が(おこ)した炎よ、お燐。……少し火力が強すぎた?」

 

 少しどころではない。

 

 お燐は驚きもあったが、ある意味で安堵した。お空が火力を強くしただけなら、危ない侵入者が来たわけではない。

 

 むしろ、火力の調整について文句の一つでも言ってやろうと思ったくらいだ。

 

「お空! 地霊殿の中も少し暑くなってるから、いい加減に火力を調整してもらわないと」

「調整? そうね、地霊殿が燃えるのはいただけないわ。究極の力には究極の責任が伴うし」

 

「そうそう。さ、炎を弱めて……」

「……弱めるって? とんでもない!」

「え?」

 

 お空は目線をお燐に合わせて、その真っ赤な目で顔を覗き込んだ。

 

 見開かれて爛々(らんらん)と輝く瞳に言葉を失う。笑みを浮かべた涼しい顔ではきはきと話す親友は、明らかにおかしくなっている。少しでも刺激を与えてしまえば、爆発するかのように落ち着きがない。

 

「これから燃え上がるところよ。でも安心して、熱を逃がす宛はあるわ」

「燃えあが……え?」

「確かめに行きましょうか」

 

 お空はお燐の手を引いてあっという間に旧灼熱地獄の外へ飛び出す。彼女の手をすっぽりと覆い隠すお空の手の平からは、今までにない力強さが感じられる。

 

 しかし、様子を見る限りでは危うい。

 

「ほらお燐、見て」

 

 地霊殿の上空、地底の街を一望できる場所から、よく見えた。

 

 温泉街の方向からいくつもの水柱が噴き上がり、数棟の建物がバラバラに吹き飛んでいる。見物人が街道に溜まっていることさえ確認できた。

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 既に出来上がっていた温泉のみならず、旧灼熱地獄と地底の間に溜まった水が間欠泉のように噴き上がり、頭ほどの大きさの岩がドコドコと降り注いでいた。弾けて飛び散る湯からは白煙が立ち込めており、人間が触れば火傷は避けられない。

 

 だが、この派手なイベントに妖怪たちは大喜びだ。

 

「誰も気づきやしないよ。温泉がぬるくて旧灼熱地獄に怒鳴り込んできた奴が居たかい?」

「そりゃ……そうだけど」

「そんなに気になるなら、見物に行こうか」

 

 手首を引かれて降り立つと、野次馬たちのざわめきははっきりと聞こえた。どれも大したことは言っていないし、破壊された建物の中心にいた鬼は本格的な施設を作ろうとしてあれこれと注文を付けていた。屋台を出す者は倉庫から引きずり出した温泉饅頭を温泉破壊饅頭として呑気に売り捌いている。

 

「あ、温泉卵も売って……」

「ほらね、お湯が沸いているのに地下の熱源をまるで気にしちゃいない。地上から来た鬼にだって忘れ去られてしまっている。散々照らしてきたってのにねぇ」

「……」

 

 お空は冷めた目で地底の妖怪たちを眺めていた。旧灼熱地獄でお燐に力を自慢していた時とは打って変わって、その瞳は何も映していない。興味の対象は存在せず、虚無をただ見下ろしているのと何も変わらない。

 

「……もういいかな? 熱は灼熱地獄と地底の狭間に存在する水場へ逃げて、温泉になって噴き出す。過剰な熱を逃がすために昔の鬼神長が作った機構は今も生きているわ」

 

 お燐の胸中には納得がいった部分とそうでない部分に分かれていた。

 

 熱は逃げる、それはいい。

 

 では、なぜ旧灼熱地獄は燃え続けているのか、燃やし続ける必要があるのか?

 

 今まで必要なかったような過剰な火力を維持する必要は無い。ここは地底で、旧地獄で、業火で裁くべき罪人は存在しないのだから。

 

 お燐は踵を返して立ち去るお空を足早に追う。

 

(お空が卵に反応もしないで、あんなにつまらなさそうにしてるなんて……絶対に何かがおかしい!)

 

 少なくとも、お燐の知るお空はよく笑っていた。さとり様とも臆せず会話するし、細やかに気を配れる親友だった。

 

「邪魔よ」

「ってぇなオイ!」

「――⁉」

 

 そんな彼女は今、肩で風を切って歩き、騒ぎを見に来た鬼の一人と睨み合っている。

 

 温泉街の元締め役である星熊の鬼ほどの力は感じないが、お燐だってわざわざ喧嘩を売ろうとは思わない相手だ。

 

(2対1でかかれば……いや、さとり様の名前を出して――)

 

 お燐が逡巡する束の間、お空は胸倉を掴まれると、左手で鬼のその手首を思いっきり握りしめた。あの細い腕のどこにそんな力があるのか、鬼を苦も無く引き剥がすと素早くサマーソルトキックを顎に叩き込む。

 

 鬼の方は驚いていたものの、好戦的な笑みを浮かべて飛び掛かる、が。

 

「消し飛ぶがいいわ‼」

 

 お空が右腕についた六角柱の棒を構える。その先には火球が集い――一条の光が放たれる。

 

 音が消え、凄まじい熱と破壊が一直線上にばら撒かれた。広大な範囲の家屋が瓦礫と化して燃え盛り、狙われた鬼はどこかへ吹き飛んでいた。

 

「お、お空……」

「ふふふ……ははははは! あーっはっはっは! お燐、見たでしょう!」

 

 火事と喧嘩は地獄の華、とはいえ、お燐はあの弱き親友が鬼と同程度の破壊を一瞬で撒き散らしたことに戦慄を禁じ得なかった。

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「私は誰にも止められない」

「……っ!」

 

 お燐の知るお空とはかけ離れ過ぎている。コレが本物かどうかさえ怪しい。

 

 特別に封印しているような怨霊が抜け出して、お空をおかしくしているのか。それとも偽物に騙されているのか。お燐は一刻も早く地霊殿の主に真実を見極めてもらおうと、お空に抱き着いて真っすぐに空を飛んだ。

 

「お燐? ……どうしたの?」

「こんな危ないことをしていたら、命がいくつあっても足りないよ! 喧嘩なんてロクにしたこともないくせに、肩がぶつかったくらいであんな事をしていたら……」

 

「ふっ、元気がないと思ったら、そんな事を心配していたのね?」

 

 お空はお燐の肩を掴んで、体の向きを無理やり合わせる。

 

「安心して、地底をどうこうするつもりは無いわ」

「ほ……」

 

「私の狙いはあくまで地上。地上世界を新たな灼熱地獄にして支配することよ」

「……は?」

 

 いま何と言った?

 

 お燐は4つある我が耳を疑った。聞き間違いでなければ、よりにもよって地上を、灼熱地獄に変えるだって?

 

「今はこの力を試しているの。だからお燐、もうしばらくすれば、この世は住みやすくなるわ!」

 

 満足そうに頷くお空だったが、終ぞ愕然としているお燐の様子には気付けなかった。余計な情報をシャットアウトしたまま力に溺れ、無限の万能感と究極の力を手に入れたのだからもう普段の彼女ではいられない。

 

 以前のお空は絶対にやってはいけない類の危険を冒すような真似はしなかったが、今は嬉々としてお燐にそれを語っている。力を見せびらかすような事さえしていたし、中途半端に頭が回っているせいで地上への侵攻は公にはなっていない。

 

 これでもう、お空の空っぽの心をさとりに見せるわけにはいかなくなった。

 

 古明地さとりは地上の妖怪と協定を結んでいる。灼熱地獄跡と怨霊を管理し、地底の妖怪が地上へ行かないように監視する協定だ。さとりがいるから地底は存在を許され、今まで繁栄してきたと言っても過言ではない。

 

 そのさとりのペットが地上侵攻計画を立てていたと分かれば、お空に対する扱いがどうなるかは想像に難くない。

 

(さ、さとり様がお空を許すわけがない……!)

 

 妖怪も怨霊も、その心を見透かされれば正気ではいられない。精神を砕かれた妖怪の末路は、それはそれは底冷えするものだ。お空は精神的に強い妖獣だが、心を読まれる忌避感はお燐自身がよく知っている。

 

 もしかしたら、お空が死ぬかもしれない。

 

 もしかしたら、鬼の反感を買って殺されてしまうかもしれない。

 

(何とかしないと、あたいが何とかしないと、お空が死んじまうよ!)

 

 この日から、お燐は地霊殿に顔を出さなくなった。

 

 さとりとは頻繁に顔を合わせているわけではないので、怪しまれることは無かったものの、お空の企みが最悪な形で発覚するのは時間の問題だった。

 

 

 お燐が頭を捻って考え出した結論は、地上へ何らかのサインを送る事だった。

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 これは地上の「スペルカードルール」から着想を得た結論である。

 

 

 スペルカードルールは地上、つまり幻想郷の揉め事を解決する手段だ。

 

 

 地上の存在に地底の異常を伝えれば、地上の存在が解決しに来るだろう。その手段は旧地獄の荒くれ者よりえげつない方法にはならないだろうと思われるし、少なくともさとりや鬼に任せるよりはずっとマシな可能性は高い。

 

「あちゃー、いないねぇ」

 

 当然、鬼に地上の事情は聞けないので、知己(ちき)のある妖怪にさり気なく出入りについて聞こうとしていた。

 

 彼女たちが拠点にしていた場所は、旧灼熱地獄の再点火による間欠泉によって跡形もなく消え去っていた。水の上に浮かんでいた船だったので、蒸気が押し寄せたことで上に押し出されたのだろう。

 

 壊れたにしては木片も無いし、大きな穴なので船ごとどこかへ行ったのかもしれない。お燐の記憶では、地上で封印された船だとか何とか言っていたので、秘密の通路があるかもしれない。

 

 上へと飛んで曲がりくねった縦穴を上昇していくと、どこかから風が吹いていた。

 

「これは……もしかして地上に繋がっている?」

 

 刹那、下から熱いものが押し寄せて来たかと思えば、高温の蒸気と共に熱水が押し寄せてきた。お燐は圧倒的質量の激流に抗うこともできず押し流され、壁にぶつかりながら上へ上へと浮上していく。

 

「ぎにゃーーー‼」

 

 ボロボロになりながら一瞬の浮遊感を味わうと、炎のような光に照らされた。

 

 旧灼熱地獄か?

 

 いや違う、本物の太陽だ。同じ光には違いないが、規模が違いすぎる。

 

 原野に湧き出た間欠泉からお燐は飛び出してきた。穴は小さいので、村紗たちとは別の場所に飛び出したのだろう。

 

「ここは地上? 勿怪(もっけ)の幸いだねぇ」

 

 周囲に目撃者がいないことも幸いした。地底の妖怪が地上に居ると知られれば、余計な嫌疑を招きかねない。色々と探り回りたいのはやまやまだが、早々に帰還しなければならない。

 

(それにしても、間欠泉の先に地上があるなんてねぇ……)

 

 旧灼熱地獄の熱は地底に温泉をもたらすだけだと思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。

 

 旧灼熱地獄に開いた細孔――地底にある穴という穴はどこかしらに繋がっており、そういった場所には三途の川から染み出した地下水が蓄えられていた。

 

 結果として、加熱した空気が地下水を煮沸させ、地上へ繋がる穴から間欠泉が噴き出した。

 

 そんなことはもちろん、お燐には確認しようもないのだが、単に間欠泉が地上へ繋がるということはハッキリと理解できた。そして、これが何かに利用できそうだということも。

 

 次が噴き出してくる前に、お燐は鼻をつまんで地底へ帰った。

 

 地霊殿に忍び足で帰還した彼女は、さとりが部屋に引きこもっているのを慎重に確認してから、物置きを漁る。

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(手紙……はどう考えても駄目。箱に入れても壊れるだろうし……壊れなくて、一目で異変だって分かるものがあればいいんだけど)

 

 拾った者が文字を詠めなければ、何も意味が無い。間欠泉にお空を放り込んでは本末転倒であるし、適当な地底の妖怪を送り込んでもお空の事までは調査されないだろう。

 

 誰にでも分かりやすく伝わるメッセージは考えるのが最も難しい。いっそのこと、仮装させた妖精を送り込んで――と考えて、閃いた。

 

 怨霊を送ればいい。

 

 地上に怨霊が現れれば、否応なしに間欠泉の元を調べるだろう。そして、怨霊を運んだ間欠泉の動力――旧灼熱地獄の異常な熱気をも。

 

 思いつくままにお燐は走り出した。見えない時間が彼女の心に着火してじわじわと焦がしていく。

 

 お燐は猫車に怨霊を詰め込み棺掛(かんが)けで覆い隠すと、カラカラ走り出した。

 

 火が入り、炙られた車はもう止まらない。川が水車を動かすように、熱は既に伝わってしまったのだから。

 

「お空、地上に行くんだろ。スペルカードは考えたのかい?」

「え? ああ、スペルカード……地上のルールね。確かに、今ならいいものができると思うわ」

 

 お燐は限られた時間で下準備を始めた。

 

 地上の方へ向かう間欠泉を探し当て、毎日せっせと怨霊を地上へ送り込む。

 

「地上に行ってたのかい? どうだった?」

「こことは大違い。あんまり寒いもんだから、帰ってきちゃった」

 

 地上から何かがやって来ていないか街の噂に耳を澄ませ、いつの間にか帰って来ていた村紗たちにも地上の話を聞いた。

 

 できることをやって数日が経つと、街道の方で魔力弾の派手な色が見えた。

 

 間違いない、地上からの来訪者だ。

 

 街道上空で赤い巫女が星熊勇儀の弾幕を避ける。

 

 あれは手加減しているなぁ、なんて感想を述べながらも、ついにやって来た時に思わず舌が出てしまう。

 

 お空と巫女を戦わせる。そうすれば全ての決着がつく。

 

 だが、同時にこうも思う。あの巫女がお空を殺してしまうことは絶対にないのか、と。

 

(あたいが試さないと駄目だよねぇ)

 

 勝負に負けた勇儀が巫女を連れて地霊殿に向かってくると、お燐は猫に変化して来訪者を待った。    .   .     .  .     .    .   .     .  .     .  .   .     .  .   .  . .   .   .  .     . .     .

 

 

***

 

 旧灼熱地獄の最奥、かつて地獄鴉たちが住んでいた縦穴は鬼神長の工事によって最大限拡張され、旧血の池地獄へ繋がる通路諸共炎に呑まれていた。

 

 現在は霊烏路空によって超高温超高圧の反応が制御されており、プールされた人工の太陽が地底の太陽として君臨している。

 

 太陽に最も近い大地は地上ではなく、地底と地獄であった。

 

 そのお空本人は、急いでやってきたお燐から地上の侵入者が会いに来ることを聞いて待ち構えていた。

 

 ついこの間までなら、そうした侵入者を倒すためにあれこれと頭を回したのだろうが、今は核融合反応の制御にリソースを割いているので的確な対応を素早く実行することはできない。

 

 ただ、もうそんなせせこましい真似をする必要は無い。

 

 八咫(やた)烏(がらす)様の力による圧倒的火力で焼き払えばいいだけのこと。あらゆる面倒が火力で解決するのに、考える必要があるだろうか、いや無い。

 

 その地上からやって来たという巫女が現れた時、言葉による幾つかの応報を経た後に巫女は言った。

 

「それじゃあんた、使うスペルカードの数は?」

「……遊びの話? 何でいまさらそんなことを」

 

『地上で起こった異変の解決にはスペルカードが使用されるわ。さとりもさとりのペットである貴女も、その辺は了承している筈だけど』

 

 巫女の陰陽玉からそんな声が聞こえる。

 

 お空は一瞬動きを止めたが、さとりがスペルカードルールに則ったということで、同じように戦うことにした。

 

 ただし、遊びの弾幕とはいえお空の弾は凄まじい熱を秘めた火焔の弾。徒人が触れて生存できるものではない。

 

「究極の力を前に、遊びも殺戮も同じことよ!」

 

 ――予想に反して巫女は驚くような回避能力を見せた。

 

 手は一切抜いていない。

 

 自分の力を込めた攻撃が一切通用していないことにお空は初めて冷や汗をかく。

 

「次はこれよ――焔星「十凶星」!」

 

 お空を中心に円を描く5つの巨大エネルギー弾が二重に配置され、大円と小円で巫女を挟み込むように回転する。弧を描く魔力弾が追加で発射され、動きを制限しながら巫女の命を狙う。

 

 しかし、巫女は華麗に避ける。

 

 その動きは淀みなく、延々と続けていても避け切られることに間違いはない。

 

 続くスペルカードも破られ、お空はあっという間に最後の一枚まで追い詰められた。

 

 最後の一枚には、全身全霊の力を込めるしかない。

 

「サブタレイニアンサン」

 

 お空が超高温超高圧のプールに身を投げると、巫女は少し驚いたような顔をした。

 

 直後、地底の太陽が燃え盛る業火を吸い込み、弾幕を吐き出す。時間をも歪める超パワーに巫女は徐々に徐々に太陽へ吸い込まれていく。

 

 時間さえあれば必勝の策であったが、これはお空にとっても決死の攻撃。類を見ない高質量攻撃によって無尽蔵の力は使い果たされる勢いで消耗していく。

 

 黒い太陽が一層輝き、巫女の服を焦がしていく。既に彼女の熱への防御も限界だ。

 

 力を使い果たした時がどちらかの最後の時。お空の服もリボンも熱に侵されて炎に溶けていく。

 

 巫女の浮力と太陽の重力、その綱引き合戦は後者に軍配が上がった。

 

 お空は巫女を招くように手を伸ばし、目と鼻の先まで迫っていた。

 

「さぁ、来なさい! 身も心も私とフュージョンしましょう!」

「そんなの御免よ、紫!」

 

『はいはい』

 

 パカリ、と空間に割れ目が生える。

 

 巫女がお空の眼前でそこに入ると、二人の距離は仕切り直された。

 

「な、に……」    .   .     .  .     .    .   .     .  .     .  .   .     .  .   .  . .   .   .  .     . .     .

 

 

 最後の攻撃は正真正銘の失敗に終わった。力を使い果たしたお空は地底の太陽を制御しきれなくなり、地底の太陽は空気に溶けるように霧散していく。

 

「さて、私の勝ちね」

「ま、負けるわけがない……太陽が、この究極の力が! 当たりさえすれば!」

 

 お空は僅かに残った力を右腕の制御棒から放つ。

 

 それは巫女に真っすぐ飛んでいくと、彼女の身体をすり抜けた。

 

「負けを認めないってんなら止めよ! 夢想封印‼」

 

 七色の光がお空を飲み込むと、今度こそ戦いは終わった。

 

 意識を手放すお空の耳には、親しい誰かの声が響いていた。

 

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