ナマコブシを投げるだけの簡単なお仕事。 作:ジョージ・マッケンジー
「なんて事だ」
ベージュのコートを羽織った、いかにも刑事という風貌の男──コードネーム:ハンサムが驚きの声を上げる。国際警察という職業柄にしては随分と腑抜けた悲鳴であったが、彼と同じ状況を目にした女性──リラさえも腰を抜かしてしまっていた。
「皆さん! 怪我は、怪我人はいませんか!」
だが、そこは熟練の国際警察の成せる技か。はっと我を取り戻したハンサムが、
「ダ、ダメだ、今は近付くな!」
「何を────!?」
ハンサムが僅かに速度を落とした瞬間、彼の爪先を掠るようにして蒼い奔流が走る。身体がブルリと震える感覚は、彼の国際警察としての勘に「死んでいたかもしれない」という予感を叩き付ける。その大元を視線で辿ると、
「……UB、どうして此処に!」
リラの絞り出すような声に、異変は応えるように鳴き声を発する。
──真っ黒に染まった鋭角的な身体を持ち、半分に割れた頭部と一体化した胴体部、両腕は巨大なクローのようになっている反面、それを繋ぐ二の腕部分と両足はかなり細いという何ともアンバランスな体型をしている。
リラは勿論、ハンサムでさえ存在を知らない未知のUBとの間に張り詰める緊張感が走る。そもそも、野生ポケモンを寄せ付けない程に濃度を高めた──所謂『ゴールドスプレー』の何倍も濃いとされる──成分を含んだ素材で造られているポケモンセンターにUBが侵入しているという状況自体が異常であった。尤も、UBがポケモンの類に分類されるのかは不明だが。
「────ボーマンダ!」
漸く身体を起こしたリラが投げたモンスターボールから、赤い2対の翼を備えた龍が現れる。指を鳴らすと同時に放たれた獄炎により、UBは瞬く間に飲み込まれる。
「ハンサムさん、皆さんをエーテルハウスへ!」
「了解した」
絶対に安全だなんて保障は出来ないが、少なくとも惨状と化したポケモンセンターに留まるよりは何倍もマシだ。ハンサム達が視界から消えると同時に、UBを包んでいた炎も霧散する。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎────!!!』
突如、UBの身体から無数のレーザーが乱反射しながら放出される。光の線が壁をなぞり───霧散し破片が飛び散る。リラが呆気に取られている間にも、ボーマンダが彼女を庇うようにしてレーザーに晒される。
「そんな……」
バタン、と力無く倒れたボーマンダの奥で、UBの身体の中心に光のエネルギーが収縮していく。やがて一定の大きさまで達したソレはリラを……否、その奥で走るハンサム達をも襲わんとばかりに放出された。
(嗚呼、何も出来なかった……)
『UBを保護してみせる』なんて、豪語した自分が脳裏に過ぎる。記憶を失くし行き場の無かった自分を匿ってくれた唯一の立場。けれど、自分は何も報えずに終わってしまう、そんな焦燥感とも無念とも取れる感情に揺さぶられる。
そんな事を思考する間にもリラの目前に刻一刻とレーザーが迫る。やがて、空間が白飛びし───、
「マッシブーン、なんかいい感じに守れ!」
『ぶーーん!!』
突如、光が、レーザーが
驚愕と共に、リラを護ったUB02のレーザーを受けた腕から放出された煙が大気を白く濁す。
「カナデさん!」
「リラさん、後ろから別のUB来てるんで、そっち頼みます!」
それだけ言って、少女が自分に背中を託す。自分と同じ『Fall』で且つ、自分よりも幼い彼女。
(頼ってばかりじゃ、いられない!)
自分の中で一度は崩れかけた決心を固め、ボールを握る。
「頼みます、フーディン!!」
────
◇
【#月D日】
なんというか、濃い一日だった。
リーリエに呼ばれてポケセンへ猛ダッシュしたかと思えば、なんか変な化け物に侵略されていた。
野生ポケモンがポケセン襲撃はルール違反だろ!! ポケモンバトルでトレーナーにダイレクトアタックするレベルの禁忌だと思う。
ともかく、何だかんだで初めて使うマッシブーンのお陰で事なきを得たのでOK。アイツ、自分から攻撃するのは本人のポリシー的にNGらしいが、守る為の攻撃ならOKらしい。何だこの変態紳士……。
そしてもう一つ分かったのが、リラさんクソつえー。
流石に大量に押し寄せてきたクラゲ型UBは対処出来なかったので「頼む!」的なこと言って丸投げしてしまったのだが、フーディン一匹で撃退してしまった。
俺が驚きと感嘆でバカみたいに口を開けていると、リラさんが苦虫を噛み潰したような表情でぼそりと呟く。
「『ウルトラボール』さえあれば保護も出来たのですが……」
UBゲットするってマジ? 正気かよ。
【#月E日】
拠点をエーテルハウスに移すらしい。「いや狭いだろ」と思ったのだが、貯蓄や寝室まで設備されている地下室とやらがあるらしい。
何その男のロマン。
ゲームかな? ゲームだったわ。
【#月F日】
どうやら、次の探索は少し後になりそうだ。
というのも、リラさんが2日前のUB襲撃にて傷を負ってしまっていたらしい。軽い傷ではあるが、この世紀末において僅かな油断も許されない。変な菌が蔓延してる可能性もあるからな。
まぁ、そういう訳で今日もガキどもとオセロやら将棋やらで遊んだ。うむ、偶にはアナログなゲームも悪くは無いな。
「また僕の勝ちだ! ……お姉ちゃん、弱くない?」
「…………」
右手にマッシブーンのボールを握りかけたところで、焦った様子のリーリエに止められた。
【#月G日】
なんか忘れてる気がしなくもないが、今日は満を持して捜索だ。スーパー? 食料も足りてるし暫くはええやろ。
「よし、ツヨシ『なみのり』だ」
『つよよ!!』
「いいぞ、その調子だ。……乗るぞ、今!」
ツヨシの魚影が僅かに巨大化したタイミングで、上に乗る。あ、小さすぎて乗れな────
「ごぼぼぼぼぼ」
『よわわ!?』
何とか向こう岸に着いた。尤も、服はビショビショになっているけれど。これ泳いで渡った方が早いんじゃねぇかな。
「花園か? ……荒らされてるけど」
大量の花が美しく植えてあるかと思えば、跡形もなく茶色い土面を晒している部分もある。他に比べれば被害は少ないように見えるが、此処も大概だ。
『ぶーん』
「─────は?」
瞬間、俺は信じられないものを見てしまった。マッシブーンが散り散りになった花を集め、花冠を作っている姿を。その手先は意外と器用な様で、細かく茎と花弁を編み込んでいる。
お前、乙女だったのか……!?
─────ぐしゃ。
『ぶん!?』
「……お前、その握力で乙女は無理あるよ」