~ 適応範囲 ~
言わずもがなの事であるが、カレンは蛇が苦手である。
もはや恐怖症と言っても差し支えないレベルであり、魔物であろうと普通の動物であろうと見敵必殺を心掛けている。あまり視界に入れすぎると精神に悪影響を及ぼすのだ。
そんなカレンの蛇嫌いだが、その事はルドラ達も勿論知っている。
原因は偶然にも(?)ヴェルダナーヴァが訓練用に持ってきた
「
蛇相手にはオーバーキルも辞さないカレンである。
一瞬で蛇を霊子まで塵にし、半ベソかきながらヴェルグリンドに泣きついていた。その様子を笑って見ていた
そこからバレたことにより、ある人物が悩みを抱えていた。
「私……カレンに嫌われてるのかもしれないわ……」
「おう、急にどうした?」
そう。“灼熱竜”ヴェルグリンド、その人である。
いつものようにルドラと話していると、唐突に深刻そうな顔をして切り出したのだ。
ルドラもこんなに弱気な自分のパートナーを見るのは久しぶりなので、思わず項垂れるヴェルグリンドの頭を撫でていた。
「それで、何でそう思ったんだ? 俺の主観だが、アイツがお前のこと嫌うわけないだろ。何かあったら大体お前かルシアに頼ってんじゃん」
「それはそうなんだけど……ほら、カレンって蛇が苦手じゃない?」
「ああ、あれはマジで笑った」
「それでふと思ったのよ……私の竜の時の姿」
「……あ〜、そういうことか」
現在この世界に存在する“竜種”は四体で、その姿形は皆違ったものだ。
ヴェルダナーヴァは大きな翼に腕と脚、長い首を持つ西洋の
対してヴェルグリンドは、翼や手足はあれどヴェルダナーヴァよりも短く、胴が細長い東洋の龍のような姿をしている。
そして竜なので当然のことであるが、その顔つきはトカゲや蛇などの爬虫類に似ている。
だから、そういうことである。
若干蛇っぽい自分がカレンに嫌われてないか不安なのだ。
勿論、ヴェルグリンドの竜の姿は蛇と比べるのも烏滸がましく、二つ名に恥じない灼熱のような燃える
「確かに特徴だけ見ればそうかもしれんが……流石にいくら苦手でもお前を蛇なんかと一緒にしないだろ」
「私も最初はそう思ったのだけど、改めて自分の竜の姿を見てみたら、思いの外似てて……」
「確認しちゃったのかよ。でも安心しろよ、長年お前のことを見てきた俺様が保証するから。なんなら、今からカレンの所に確認しに行こうか?」
「……一回ルドラが聞いてきてくれない? 真正面から言われたら、私の
「弱り過ぎじゃね? いやまあ可愛いけど」
初日の出会いからは考えられない懐き具合だ。
人間の九割には興味の欠片もないヴェルグリンドが、ルドラとルシア以外でこれほどに懐くのは、ルドラも予想外ながら嬉しい誤算だった。
それもカレンの人徳か、と思いながら、ルドラはヴェルダナーヴァと修行中のカレンの所までやって来た。
「── つーわけだ。そこんとこどう思ってんだ?」
「グリンドってそんなに私のこと好きなんですか?」
「ああ、ルシアがお前にちょっと妬くくらいにはな」
「貴方は妬かないんですか?」
「一番は俺様に決まってんだろ」
流れるように挟まれる惚気に眉を顰めるカレン。しかし隙を見せたのは自分なので仕方がない。カレンもこの数ヶ月で学んだのだ。
そして肝心の質問の答えであるが、とてもスンナリとカレンは答えた。
「グリンドのことを蛇畜生などと同じ括りにする筈ないでしょう? でも不安にさせたのは申し訳ないので、後でそっち行きますね」
「おう、そうしてくれ」
思った通りの回答だったので、ルドラは特に追及せずにその場を後にした。
その後ろ姿を見ながら、カレンは……超バクバクと拍動している胸を押さえた。
(あっぶなかったー!! 実は最初に竜形態見た時、『モロ蛇じゃん』って思ったのバレなくてよかったー!! 何なら今も少し思ってるのバレなくてよかったー!! 次見る時までに治さないとマズイ! でないとグリンド泣いちゃう!)
そう心の中では汗をダクダク流しながら、カレンは修行に戻った。
その内心をバッチリ聞いていたヴェルダナーヴァは、その様子を微笑ましく見ながら思っていた。
(……ボクは大丈夫だよね?)
~ “
この世界において、最強の魔法とは何だろうか。
それは一概に答えを出せない問だ。魔素を込める量にしても、スキルの有無にしても、誰が使うにしても、様々な条件が絡み魔法の強さは決定するからだ。
「─── 神へ祈りを捧げ奉る───」
スキルの介在しない純粋な魔法で考えてみる。
元素魔法の究極と言われる“核撃魔法”は、それに該当する。
魔素の変質、霊子の反応を利用したその大規模殲滅力は、目にした者程その恐ろしさを肌で感じることが出来るだろう。
ただしかし、その威力は発動難易度に反してユニークレベルだ。霊子に直接干渉しない分、真なる強者には通用しにくいという問題もある。
言うなれば、対軍や雑多を蹴散らすには核撃魔法は有用だが、純然な攻撃力でなら一歩劣るのだ。
「───我は望み、聖霊の御力を欲する───」
霊子に干渉する魔法と言えば、“神聖魔法”であろう。
強い信仰心により神の力を借り受け、霊子を操り魔法を行使する。魔法の中でも異例の聖属性の魔法であり、魔物や魔人には比類ない強さを見せる。
その中でも、誰も疑うべくも無く『神聖魔法最強』と呼ばれる魔法がある。
「───我が願い、聞き届け給え───」
高い魔法制御の技術と発動までに長い詠唱が必要となるが、その分得られる威力は絶大。
霊子を伝い、対象へ届くまでの速さは光速にも匹敵する。
対象を構成する魔素を分解し、その魔素を形作る霊子までをも砕き、魂さえ破壊する究極の魔法。
直撃すれば原初の悪魔でさえ屠るそれは、神聖魔法のみならず、魔法全体でも対人対物最強と言えるだろう。
積層型の魔法陣が幾重にも重なり、輝く鎖を引きちぎり魂を現世から消滅させる、その魔法の名は───
「───万物よ尽きよ───“
カレンがそう叫ぶと同時に、魔法陣を貫く破滅の光の柱が…………できなかった。
発動の手前で制御が足りず、不発に終わったのだった。
当の本人は、魔法陣があった場所を見ながら頬を膨らませている。
「……ンアァー! また失敗です!」
「いえ、今までで一番惜しいですよ! 発動直前まではいってました!」
ルシアはそう励ますが、実は練習し始めて今日で一ヶ月が経過しようとしている。カレンもルシアの前でなければ、もっと口汚く悪態を吐く域に達している。
今までカレンが習得した魔法で一番難易度が高かったのは
神聖魔法最強の名は伊達ではなく、カレンもその発動には手を焼いていた。
「一ヶ月で発動手前までいけただけでも、本当は凄いことですよ。そう気を落とさないでください」
「……参考までに、ルシアはどのくらいかかりました?」
「……こういうのは人と比べるものではありませんよ」
ルシアは二週間半だった。多分それを言えばカレンの頬は更に膨らむことだろう。人と比べるというか、人の形をした化け物と比べるのは流石に酷というものだ。
因みに、信仰心が足りないのではないかという点は、とっくに解決している。
練習を始めて一週間で、ヴェルダナーヴァに確認しに行ったからだ。
『信仰心が足りない? そんなことはないさ。“
『そうですか……。普段のカレンを見ていると、それが一番原因としてありえたのですが』
『私が悪いのは分かってますが、そういう事あんまり本人の前で言うもんじゃありませんよ』
今でもカレンは、お祈りという名の殺意表明は続けている。ヴェルダナーヴァが認めてさえいれば、どんな感情が向けられていても信仰心としてカウントされるという、バグのようなことが起きているのである。
信仰先から直接お墨付きは貰っているので、あとは修行あるのみとなっていた。
カレンが“
『ずっと思っていたのですが、神聖魔法に聖霊属性を付与したらどうなるんですか?』
『あー、私もずっと前に同じことを思ってやってみたのですが……大して変化が無いんですよね。つまらない結果になりました』
聖霊属性は未だ全容が分からない属性だが、その性質は聖属性によく似ている。だから神聖魔法に聖霊属性を付与すれば、聖属性の二乗のようなビックリ反応が見れるのではないかと、幼き日のカレンはやってみたのだ。
結果は、ちょっと効力が上がっただけだった。何なら
なのでカレンは、攻撃は聖化魔法、回復は神聖魔法で使い分けている。
だが、“
つまり、カレンの目的は“
「頑張りましょうカレン! まだ見ぬ発見の為に!」
「ええ! あわよくばヴェルダナーヴァをぶちのめせるすんごい魔法にしちゃいましょう!」
そう意気込む二人だが、結局習得できたのはこれから一ヶ月後のことであった。
その頃には二人とも、聖霊属性のことなんて忘れて抱き合って喜んだという。
「やっと……やっとですね……! よく頑張りましたね、カレン……!」
「長かった……! やりましたよルシアァ〜」
《Tips》“
~ 見えてる ~
カレンがルドラとの賭けに負けてから、たまにカレンから申し出て手合わせすることが増えた。
「フッ、セイッ!」
一方的になると修行の意味が無いので、ルドラも無手である。ルドラは技量でなら人間の枠を越えて世界で最上位なので、剣が無くても涼しい顔をしてカレンの猛攻を捌いている。
対するカレンも、修行を始めて一年と経っていないのに正拳、掌底、裏拳、手刀も混じえて一撃を入れようと奮闘している。“
ルドラからしても、カレンのこういった勝利を諦めない所は高評価なのだが、執拗に顔を狙ってくるのは戦術的にも気分的にも嫌なので、後で指導決定だ。
「ヤァッ!」
カレンは殴打だけでなく、蹴撃もヴェルダナーヴァより教えられている。
今もルドラに流された勢いを利用して、カウンターの左回し蹴りを顔面目掛けて見舞った。勿論ルドラには見切られていたので、顔をズラして鼻スレスレで避けた。
まさにその時、蹴りを避け終えたルドラが感心したような表情を浮かべた。
「? どうかしました?」
「いや……お前も黒いのとか穿くんだな、と」
「………………………ハァッ!?」
10秒くらい脳がフリーズした後、ようやく理解が追いついたカレンは顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえた。
一連の動きがかなり女の子らしいことには目を瞑るとして、いくらカレンと言えどスカートの中を見られるのは恥ずかしいらしい。いや女子か。
「いや、は!? 見えてたんですか!? 何で今まで言ってくれなかったんですか!!」
「ここまでガッツリ見えたのは初めてだけど、今までも何度か見えそうな時はあったぞ。ヴェルダナーヴァに言われなかったか? つか黒とか穿くのな」
「一度も言われたことありませんよ! あと今日のはルシアから貰ったやつで……!」
「へー、アイツそんなの持って……」
「
「たグッフォッ!!?」
突如ルドラの後頭部を流星が襲い、結界の展開が遅れたルドラは頭を穿たれて白目を剥いて地に転がった。
その背後から、下手人であるルシアが凍えるような笑顔を浮かべて歩いてきた。
「カレン? そこのケダモノは置いておいて、ちょっと着替えに行きましょうか。どうせグリン義姉様がすぐ介抱しに来ますから、心配はいりませんよ」
「心配なんて毛ほどもしてないから問題ないですが……あの、さっきはああ言いましたけど、私そんなに気にしてませんよ?」
「いえいえ。ただヴェルダナーヴァ様にもこの後オハナシがあるなと、今から何をオハナシしようかと考えているだけですよ、ウフフ」
「ルドラ!? 大丈夫!?」
すっ飛んで来たヴェルグリンドにルドラは任せて、二人はその場を後にした。
次の日から、カレンのロングスカートはパッと見では変わらないが、ワイドパンツになって派手な蹴りをしても中身が見えないようになっていた。
「……で、ヴェルダナーヴァ。その頭のコブは何ですか?」
「う〜ん……戒めというやつかなぁ」
昨日何があったのかは知らないが、ルシアは一体どうやってヴェルダナーヴァに傷をつけたのだろうかと、訝しむカレンだった。
《Tips》スカートを改造したのはカレン本人。カレンは生活力が五人の中でブッチギリで高い。他四人が良くも悪くも浮世離れし過ぎているので。
~ 師弟として、友として ~
ナスカ王国建国記念日の夜。
カレンがベロベロに酔ってヴェルグリンドとルドラとルシアを撃墜し、本人も酔い潰れて寝静まった頃。
ヴェルダナーヴァは一人、バルコニーで手すりに肘を掛けながら瞑想していた。
「…………まだ大丈夫そうだね。でも、これ以上になったら誤魔化しも難しいかな……」
「まぁた一人で考え事かよ、ヴェルダナーヴァ。あんま詰めすぎると老けんぞ?」
「あ、起きてたんだルドラ。てっきり不貞寝してるのかと思ってたよ」
「うっせ。まだ飲み足りねえんだよ」
ルシアとカレンが寝たのは万能感知で分かったので、ヴェルダナーヴァがいれば一緒に飲もうと思って戻ってきたのだ。
ヴェルグリンドはまだお姉ちゃん呼びを夢に見ながら、気持ち良さそうに寝ている。
そして、露骨に話を逸らそうとしたヴェルダナーヴァに、長い付き合いのルドラが気づかない筈がない。
「話題逸らしは俺様の専売特許だろうが。言っとくけど全部聞こえてたぞ」
「その事にボクが気付かないとでも? ちゃんと聞こえていい部分だけ口に出してたさ。まだまだだね〜、ルドラ」
「ハハハ、コイツ〜」
カレンに対する程ではないが、ヴェルダナーヴァはルドラのこともそれなりに煽る。
煽り耐性ゼロのカレンと違い、もう500年以上続いているルドラからすれば、これしきの煽りで一々目くじらは立てない。笑っていなすのもお手の物である。
それよりも今は、ルドラからしたら先程ヴェルダナーヴァが呟いていたことが気になっていた。
「で、さっきのはカレンについての考え事か? それともやっとルシアに告る準備が出来たか?」
「う〜ん……どっちでもあるけど、近いのは前者かな。後者の方はもうちょっと待って欲しい」
「いつまでヘタレてんだテメエは」
「それに関しては本当にぐうの音も出ないよ」
二人にその気が見え始めたのは100年程前からだ。その時からずっと見ているルドラが焦れったくなって、こうやって話題に出すことも珍しくない。
ルシアがヘタレ&遠慮しているのと、ヴェルダナーヴァが人並みの感情を整理しきれていないことによるすれ違いだが、ここまで続くとイライラしてくるものだ。カレンがカプ厨のようになるのも時間の問題だろう。
それは今回は置いておくとして、さっきの独り言は別件らしい。
「心配はありがたいけど、ルドラが心配し過ぎることじゃないよ。これはボクでも対応に難儀していてね。正直どう転ぶかは運だからさ」
「ハッ、俺様じゃまだ力不足ってか?」
「うん、言葉を選ばなきゃそうだね。まだこの前教えた技できてないし」
「うっ、いや、あれは魔法との複合技だから俺様の本職じゃねえだけだし……!」
「えー、でも魔法と言ってもルドラの得意な空間属性じゃないか。言い訳にはならないんじゃないかなぁ」
「うぐぐ……!」
ルドラの秘技、話題逸らしも長い付き合いで師であるヴェルダナーヴァには通用しない。
ルドラが口喧嘩で唯一敵わない相手がヴェルダナーヴァなのだ。元創造主で最強の“竜種”の名は飾りではない。
こういう時は一旦折れるのが得策なので、ルドラはため息を一つ吐いて追及を逃れた。
「ハァ……ま、今はこれ以上は聞かないでやるよ。お前の心配事が起きる前に、俺様がもっと強くなりゃいいんだからよ。運が要るって言うなら、それこそ俺様の独壇場だからな」
「……フフ、そうだね。それじゃあその時は、ちゃんとルドラ達にも頼ろうかな」
「おう、下手に意地張らずにそうしとけ。俺様はお前の弟子である前に、“星王竜”ヴェルダナーヴァの友なんだからよ」
「“始まりの勇者”を友に持つと心強いね。ならその心意気を汲んで、明日からもっとスゴイ修行をやってみようか」
「え゛っ!? いや〜……それはちょっとぉ……」
「そっかぁ。でも多分今のペースだと、500年も経てばカレンに追いつかれちゃうんじゃない? 大丈夫?兄弟子くん」
「ハアァ゛~? やってやるが? 俺様があんな暴言聖女に負けるなんてありえんが?」
ルドラとヴェルダナーヴァは師弟である前に、対等な友である。ルドラの方がまだ力では弱いとしても、互いに助け合える関係なのだ。
たとえ煽り合いでルドラがボロ負けしていようと、修行関係では頭が上がらなかろうと、対等な友である。
……たとえこの後、二人で酒を飲んでルドラが一方的に潰されようと、二人は対等な……大体対等な友である。
《Tips》周知の事であるが、ヴェルダナーヴァとルシアは両片思い状態である。両者が別方向にヘタレているので拮抗状態が長らく続いている。
カレンがナスカに来たことにより、この均衡が崩れることはあるのだろうか。