───俺の朝は早い。
目覚まし時計も無いのに、夜明け前にはいつも目が覚めてしまう。神父様の教育の賜物だな。グーッと伸びれば眠気がさっぱり無くなる。
ベッドから降りたらまずベッドを綺麗にしておく。城のメイドさんは別にやらなくていいと言っていたが、このくらいは許して欲しい。いつも何もかもやらせてるんだから。
着替えたらカーテンを開け、日課のお祈り。神父様の教会の方角だ。
お祈りと言っても、手を組むだけの簡素なものだし……
(おはようございます、神父様。今日も今日とてヴェルダナーヴァをぶん殴ろうと思うので、ちょっと元気を借してくださいね)
こんな風に、神父様へのものだ。
後は勿論、本来の相手へのお祈りも忘れない。
(さて聞いていますよね、ヴェルダナーヴァ。今日も今日とて貴方をぶっ殺そうと思うので、首を洗って待っててくださいねコノヤロー)
こうやって、毎日の決意を固めている。とても真摯なお祈りに、ヴェルダナーヴァもきっと感動しているだろうね。
ちなみに、ぶん殴るからぶっ殺すへ変わってるのは間違いじゃないよ。神父様に神殺し宣言をするのは、少し気が引けるから。
朝ごはんはヴェルダナーヴァ含めて、いつも皆で食べている。
朝に弱いルドラや、起きる時間が気まぐれなヴェルグリンドも、絶対皆で食べる派のルシアにより強制的に起こされるのだ。なのでルドラは高確率で寝癖&不機嫌だ。
「……なんか昨晩、俺様の枕から妙な気配がしたんだけど」
「洗濯に出てたヤツ貴方のでしたか。うっかり触っちゃいました。貴方だからまだよかったですが……寝心地はどんなものでした?」
「うっすら光ってやがってて、くそウザかったんだが?」
「あ、それはゴメンなさい」
昨日メイドさんの手伝いをしてる時に考え事をしながら触ったから、うっかり聖霊属性が付いちゃったらしい。
いつも以上にルドラの寝起きが悪いのはその為か。流石に悪いことしたな。
もう長いことこの城に住んでるので、朝ご飯の味もちゃんと分かるようになった。舌が肥えてるのは少し考え物だけど。
食べ終わったらそのまま転移の準備。いい加減空間系のスキルも取得したいな。
「カレン、今日も行くんですか?」
「ええ、まあ。心配させちゃいますから」
「……今日くらいは、休んでもいいのですよ?」
……ルシアの気遣いはありがたいが、俺の私情で行かない訳にはいかんからな。
それに、行きたいというのも俺の私情だ。
「お気遣いありがとうございます。けど、私は大丈夫ですから。それじゃ、行ってきますね」
心配するルシアにそう言って笑い、俺は転移した。
時刻は朝八時半頃。
「あー! カレン様だ!」
「わーい! カレン様ー!」
「うおっ、今日も元気いっぱいですね。おはようございます、皆さん」
「「「おはようございまーす!!」」」
転移早々に子ども数人に飛びかかられた。もう何度も来てるから、出待ちしてたな。危ないぞ、タイミング誤ったらめり込むんだからな。
転移したのは、ナスカ王国のうちの教会、の隣にあるうちの孤児院だ。
教会の名は、『エルシオン大聖堂』。
今ナスカ王国で名を馳せている聖女信仰は、『エルシオン聖教会』と呼ばれている。
俺が命名権を持ち帰り、城でルドラ達と考えて決めたのだ。
『もう適当に聖教会とかでいいじゃないですか。何でルドラ達の方が真面目に考えてるんですか?』
『俺様の国で初めて大っぴらに宗教やんだぞ。適当な事なんて許さん! 我が国のイメージが懸かってんだよ! 俺様が納得いくまで考えるからな!』
『名前は意味も大事ですが、耳馴染みというのも大変重要です。一度、カレンがピンとくる単語を考えてみるのはどうでしょうか?』
『そうそう。ボクだって結構、いろんな物の名前を語呂の良さで決めたりするよ』
『貴方はちゃんと考えてくださいよ、神様なんですから』
自分の名前の由来とかを考えたりしながら、半日費やしてルドラの納得を得るこの名前に決まったのだ。もう二度と名付けなんてしたくねえ。
俺をトップであり信奉の対象とするエルシオン聖教会は、基本的に俺が村でやっていたことを組織的にする感じだ。魔物の退治とか、怪我の治療とかは国の仕事なんでやってないが、慈善活動的な人助けを中心にやらせてもらっている。
俺は基本口出しせず、『司教』となった人が全体の統括を取ってくれている。ちなみに、最初の司教はシモンだ。
『全体指揮者の名前は……神父など如何でしょうか!』
『駄目です。神父と名乗ることは許しません。これ教義に書き加えといてください』
『そうですか? 良い呼び名だと思ったのですが……』
『他はいいですが神父は駄目です。いいですね?』
『は、はい……』
もう一度言うが、俺は基本口出ししていない。基本はな。どうしても譲れない場合を除いて。
そして教会の活動の一つとして、孤児院の運営がある。本堂の隣にシモンが建てた立派な建物だ。
ちなみに運営にはルドラに言って国から補助金も出して貰ってる。俺が節操なく色んな所から集めてくるので、ルドラは予算案を紙飛行機にして放り投げていた。
俺は毎日朝と修行終わりに孤児院に顔を出している。
元は精神的に不安定だった子どもたちのメンタルケアも兼ねていて、続けていくうちに回復していった。
それは良い兆候だったのだが、「じゃあもう一日一回でもいいですかね」と言ったら信じられない物を見る目をされたので、一日二回様子を見る生活が続いている。
村の子達以上に懐いてるもんな。まあ院長に教えられてるから、背中でロッククライミングとかはやらないけども。
「皆さん、今日も元気そうでよかったですよ……。いやホント、今日はいつも以上に元気が有り余っていて……」
「も、申し訳ありません、聖女様。今日は皆、いつもより張り切っちゃってて……」
いつもは小さい子数人が頭を撫でろと差し出してきたり、大きい子が控えめに構ってアピールをするくらいなんだけど。
今日は何故か、俺を中心におしくらまんじゅう状態だ。これはこれで悪くはないんだけど、ちょっと苦しい。朝ごはん食べたばっかだから余計に。
「な、何かあったんですか? 皆さん」
「そ、その……」
俺が聞くと、一番年長の子が俺の顔色を伺いつつ、教えてくれた。
「昨日からカレン様、元気が無かった気がして……。下の子に言ったら、じゃあ皆でこうしようって……。その、カレン様が元気になってくれればと!」
……あー、そういう事ね。
出さないようにはしてたのだけど、やっぱり子どもはそういう所は鋭いな。俺もまだまだ修行が足りんな。
俺は安心させるように年長の子の頭を撫で、他の子も腕で抱えるだけ抱えた。
「ありがとうございますね。皆さんのおかげで、私も元気になれましたよ」
「そうなの? 良かった!」
「なので、これはお返しです!」
俺は腕をバッと広げた。抱き締め待ちポーズだ。
それから全員と丁寧にハグし、俺は教会を後にした。
よし、今日の元気注入完了! 気を持ち直して修行頑張ろう!
城へ戻ると、いつも修行に使わせて貰ってる広間にヴェルダナーヴァが立っていた。
「朝よりも顔色がいいね。何か良いことでもあったかい?」
「……子ども達から元気付けてもらったんですよ。どうせ見てたでしょ」
笑って言う盗聴ドラゴンに、口を尖らせてそう答えた。
ヴェルダナーヴァとの修行のうち、基本的な技術はとっくの昔に教わった。なので、もうゼロから教わることは残っていない。
それは喜ばしい事なのだが、その時にヴェルダナーヴァに言われた。
『じゃあこれからは、基礎の応用と実戦での使い方と、あと基礎を極めたり、新しい技だったり……あとは……』
『ああ、そっか……。こっからがスタートですもんね……』
『そうだね。これから更に厳しくなるよ〜』
『ハハハ……』
乾いた笑いしか出なかったし、実際その日から三倍近く修行がキツくなった。
今までは技を使わずにボコすだけだったのに、「食らった方が色々身に付くものだよ」とか抜かして、闘気込みの容赦無しで技を打ってくるようになった。俺の殺意の源泉はまだまだ尽きちゃいなかったよ。
本当に信じられない程スパルタが激化したので、一度ルドラに相談したくらいだ。そしたら……
『ようこそ、こっち側へ』
『……初めて貴方を尊敬したかもしれません』
いつもの喧しくキラキラした目とは程遠い、光の無い淀んだ目で肩を叩かれ微笑まれた。一体どれだけの時間を修行に費やしたのか。想像を絶するような修行内容だろうし、それが俺にも降り掛かるのかと思ったら、本当に恐怖でしかなかった。
ルドラも俺もそれでも全く挫けること無く修行を続けているので、同じ弟子としてどちらもイカレていると言えよう。
ルドラは夢の為、俺はヴェルダナーヴァへの執念と……あと色々の為。
悪態でも文句でも血反吐でも、何だって吐きながらでも、強さを求めないといけないから。
「さ、早く始めましょう」
「ルシアが今朝言ってたように、今日は別に休んでも……」
構えを取るとヴェルダナーヴァがそう抜かしたので、俺は縮地で距離を一気に詰め、ヴェルダナーヴァの顔面を目掛けて縦拳を打ち込んだ。
片手で防がれたそれを忌々しげに見ながら、俺はイラつく頭を落ち着けて言った。
「……くどいです。気遣いは無用だと何度も言ったでしょう」
「それならいいのだけど。でも無理していつものようにして、
「……とにかく、始めましょう。何にせよ、修行の集中を切らすつもりはありません」
「……まったく、ボクの弟子はどっちも頑固なんだから」
今日の修行は心做しか、いつもより俺の負傷度が低かった気がした。
夜のために余力を残してるつもりか……だから、気遣いはいらねえってのに。
修行の負傷から回復したら、もう日は沈みかけていた。
沈む前に孤児院に顔を出し、またおしくらまんじゅうされた。元気が無い自覚は無かったんだが、多分修行で疲れてたんだろう。今日は魔法をたくさん使ったから。
今日は孤児院で夜ご飯を食べる日だった。週に一回設けられていて、今日は作ったシチューを皆で食べた。
そして別れを惜しまれつつも孤児院を後にし、俺は転移した。
王城ではなく……故郷の村に。
もうすっかり夜になっていたので、出歩いている人は少ない。寂しげな街の中を歩き、俺は灯りの無い店の中へと入った。
そこの寝室には、一人の老婆が横たわっていた。
その子は俺が部屋に入るとこちらを振り向き、頑固な子どもを見るように微笑んだ。
「……もう、来なくていいって言ったのに」
「……なんか今日、色んな人から心配されたんです。だから、念の為です」
「ふふ……そっかぁ……」
仕方ないなぁという風に笑うのは、俺の親友で……。
この村の中で、俺が村を出る前を知る唯一の人物。
─── ライラだ。
……その長寿も、もうきっと長くはない。
「体調はどうですか? 見たところは大丈夫そうですが」
「相変わらず、カレンちゃんは心配性だなぁ……。大丈夫だよ。昼間はアルフ達も居てくれるから」
ライラは紆余曲折の末、ジェイルと結婚した。
それからすぐ子宝にも恵まれ、今では曾孫も産まれている。曾孫が産まれた時にはジェイルも元気だったから、泣いて喜んでいた。
そのジェイルも、8年前に寿命で亡くなった。
それでもほとんどの人は70歳前後で亡くなるのだから、この世界基準で見れば長寿なのだ。
同年代の子も、年下の子も、みんな死んだ。病気は治せる範囲で治したし、魔物もこの村じゃ出ないので、全員寿命で安らかに逝った。
そうして、ライラだけになった。
聖女じゃない俺を知る人は。シスターとしてではなく、一人の友達として見てくれる人は。
神父様も、メリッサおばさんも、ジェイルも、クラリスも……ライラも。
みんな、みんな……。
「─── カレンちゃん」
「っ!」
ライラに手を握られ、咄嗟に我に返った。
もう何度も経験したはずなのだ。何人も顔見知りの親しい人の最後を看取った。
そのはずなのに、いざその死を目の前にすると怖気付く。
特に、ライラには何度も助けられたから。
「……カレンちゃんは、村を出たこと、後悔してる?」
「それは……」
「きっと、してないと思うよ。そりゃあ、歳取らないって聞いた時は、ハチャメチャに喧嘩したよね……」
数十年前、覚悟を決めてライラに話した。“聖人”に進化し、寿命が無くなったこと。一緒にお婆ちゃんにはなれないこと。
俺たちの中でも類を見ない程の口論になり、ジェイルが精神的に犠牲になってクラリスが仲立ちしてくれなければ、きっと今でも喧嘩したままだったろう。
「あの時は、カレンちゃんが一人で全部背負って……最後は結局一人だけになっちゃうと思ったから、怒ったけどね……」
「そう、でしたね」
「でも、もう大丈夫だよ……。確かに、もうカレンちゃんが村にいた頃の人は、私しかいないけどさ……。私たちが残した子達は、たくさんいるよ……。私の子どもも、孫も曾孫も。クラリスちゃんの子どもだってそう」
ライラは俺の手を取りながら、まるで子どもに諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「この村だけじゃないよ。カレンちゃんがやってる孤児院の子も、王国の人達も、きっと何かを残してくれる……。それに、王子様やお姫様は、ずっとカレンちゃんの側にいてくれるでしょ?」
「……ええ」
「だから、大丈夫だよ……。カレンちゃんは、きっと一人じゃないよ……」
細い手から伝わる僅かな温もりと、ライラの穏やかな声で、冷えきっていた俺の心が解れていった。
一人じゃない……一人じゃない、か……。
「……ライラさん。今晩は、ずっとこうやって話してていいですか?」
「ふふ……いいよ。まったく、カレンちゃんは寂しがり屋なんだから……」
「……ええ。ライラさんと、同じです」
「そうだね……。じゃあ、まずは恋バナでもしようか」
「はい。お婆ちゃん二人で恋バナ、やりましょう」
その日は夜遅くまで、俺とライラは話した。
寂しさを紛らわすように、少しでも長く一緒にいられるように。
そうして、俺の今日は緩やかに終わっていった。
翌朝、俺はベッドに伏せた状態で目を覚ました。
昨夜話している途中で寝てしまったようだ。自分が思っていた以上に、精神的に参っていたらしい。
俺はライラも起こそうと、その身体を揺さぶった。
「ライラさん、起きてください。朝ですよ」
「……ライラさん?」
「っ………………おやすみ、ライラ」
穏やかに眠るライラに手を重ね、俺は昨日は我慢し続けた嗚咽を、ようやくこぼした。
最後のネームドオリキャラ紹介
・ジェイル
……色々と、本当に色々あった末にライラと結婚。基本ライラの尻に敷かれつつも、三人の子どもと妻をしっかりと支えきった。最後の最後でカレンへの憧れを告白したが、カレンはライラ経由で全部知っていた。その時の驚きでちょっとだけ延命できた。享年82歳。
・クラリス
……成人した後、村の教会の管理の職に付き、シスターのような仕事をしていた。魔法も初歩的なものなら使えるようになっていて、子ども達にとって第二のカレンのような存在だった。少し遅めに結婚し子どもも産まれたが、急病により早くに亡くなった。享年45歳。
・ライラ
……20歳を超えた二人によるラブコメの末、ジェイルと結婚。教会の管理をするクラリスの手助けをしながら、雑貨屋も営み子どもも三人産んだ女傑。カレンの親友であり、ヴェルダナーヴァや神父様に並ぶカレンの理解者。最後は自分に体を預けて眠るカレンを見ながら、安らかに息を引き取った。享年90歳。
オマケ
・シモン
エルシオン聖教会初代司教にして、歴代唯一の大司教と呼ばれる人物。エルシオン大聖堂の建築に携わり、その幾度にも及ぶ増築もほぼ一人でこなした超人。200巻以上に及ぶ聖書を一人で執筆し、未だ全てを読めた人間は彼しかいないという噂も。現在102歳。これでも進化していないただの人間である。