流石に20時に差し掛かれば外も暗く、帰り途中だろう人々の姿をしばしば目にする。
それに空気も冷え込み、空調と暖かい毛布が恋しくなるのは最早、人の性だろう。
「ただいま……」
「ん……お兄、お帰りー」
「
「部屋着は洗濯中だし……お兄のなら、汚しても大丈夫そうだしー」
こら、人の物は大事に使いなさい──特にお兄ちゃんの。
灰色のダボダボなTシャツを着込んだ、このダウナー少女こと篠崎 美花、今を謳歌する中学二年生である。
「あと、何度も言うけど──下、スボンくらい履きなさい」
「何、お兄、妹の脚を見て興奮すんの? 変態じゃん、キモ」
「綺麗な脚は確かに興奮するけど、実妹にはしません」
「いや、お兄の性癖を堂々と言われても困るんだけど」
それは失礼、俺に脚の魅力を語れせれば余裕で一時間は越えるぞ?
……ごめんなさい、流石に盛りました──俺の羞恥心がそもそも耐えられません。
まあ、この実妹が家でこんな格好なのは今に始まったことじゃないんだけど……
というか、何時からだろうか……俺が高校に入る直前にはこうなってた気がする。
「とにかく、あらぬ疑いをかけられるのはお兄ちゃんは嫌だってこと」
「大丈夫だし。下着は着てるし」
いや、俺が言っているのはそういう問題じゃないんだけど?
「そういえばお兄。今日、遅効したんだって? しかも自転車壊して」
「なんで……知っておられるんです?」
「お兄の学校から電話があったんだって」
実妹の意地が悪い笑みから察するに、朝のことは家族全員に知られているようだ。
もうやだつらい……ここ暫くは目の前の子にいじられるの確定だよ。
「お母さん、カンカンだったよー? お兄が通知オフにしてるから連絡しても繋がらないって──えっ? お兄、この人……誰?」
いつの間にか、上着のポケットから俺のスマホを抜き出していた美花がLINEの画面を見て驚愕する。
というか、何で俺のスマホのパスワード分かるの? お兄ちゃん怖くなってきたんだけど。
「ああ……それはまあ、学校の先輩かな。今日、ちょっと色々あったから」
「もしかして女の人?」
「そうだけど……どうしかした?」
意地の悪い笑みから一変、キラキラとした表情を浮かべる我が妹。
今の会話の何処に彼女が喜ぶ要素があるのだろうか……?
「やるじゃん! お兄。ね、どんな人?」
最近、片思いしてた相手にフラれた人──厳密にはフラれるのが確定したというか……流石に失礼か。
「どんな人って……学校の生徒会の人」
「普通に凄いじゃん! なに、どしたの? まさか弱みでも握ったの?」
この子は俺のことをなんだと思っているのだろうか?
そもそもアレは弱みを握ったというより、握らされたというべきだろうか?
それをネタにして揺すってるわけでもない。
とにかく、俺の本意ではないのは確かだ。
「いや、まさかお兄がやらかした中で、こんなことになってたなんて思いもしなかったな」
そう言いながら俺よりも手慣れた様子で、何かを打ち込む我が妹。
──いや、この子、なにしてくれてんの!?
「ちょっ、美花ちゃん? 人の携帯でなにしてんの?」
「うん? お兄が知り合ったこの人にLINE送ってる」
「は? いやいや、ちょっと待って、一旦返して!」
彼女の手からスマホを取り上げると、既に幾つかのメッセージが送られた後だった。
『こんばんは、今日は先輩とお話できてとても楽しかったです。また、機会があればご一緒できたら嬉しいです』
『もし、先輩がご都合がよろしければ、次の休日に本日のお返しということで、何処か遊びに行きたいです。連絡、待っています』
ホントにマジでなにしてくれてんの、この子!?
というか、この下心アリアリな思春期男子のメッセージみたいなやつ。俺のキャラじゃないんだが?
いや、そんなことよりも早く送信取消を──
「あっ……」
送信されたメッセージボックスの左下、小さく
既読……えっ、先輩に読まれた? このクソ痛いメッセージを?
「お兄、大丈夫? 全て燃え尽きたみたいな顔してるけど?」
燃え尽きた……ああ、そうだ。何もかも真っ白な灰に──
全てに火をつけよう、燃え残った諸々全てに。
「あっ、返信きた! 是非ともお願いします……だって!」
「あっそう……えっ嘘、マジですか?」
トーク画面の左側には、美花が言った一文とサムズアップのスタンプが表示されている。
……アレか、先輩も察してくれたのかな?
失恋話のせいで誤解してしまうが、腐っても選挙で選ばれた生徒会役員の一員だ。
こういった時の機転は一般の生徒よりは遥かに利かせられるだろう。
「良かったじゃん。脈アリじゃん」
こやつは脈が無かったらどうしてくれるつもりだったんだろうか。
先輩の気遣いに胸を撫で下ろしていると、新たなメッセージが届く。
『遊びに行く件ですが、今週の土曜日はいかがでしょうか? 私も欲しいものがありまして、買い物ついでに一緒に遊べたら嬉しいです』
……アレ、 この話、これで終わりじゃないの? まだ続くの?
というか、明日も先輩とは学校で鉢合わせる可能性があるんだぞ?
仮に鉢合わせた時には、どんな顔すればいいんだよ……
「お兄、土曜日空いてるよね?」
「……空いてます」
「これは一大チャンスだよ。土曜日のデートはちゃんと成功させないと」
成功も何も、今まで一度としてデートなんてものをしたことない人間にどうしろっていうんだ。
「任せて。ウチが頭フル回転させて、デートプラン作ってあげる」
なんだろう……凄く不安でしかないんですけど。
そんな俺を他所に妹のやる気は更に上がっていく。
「まずは情報収集だよ。この先輩さんの趣味嗜好とか、リサーチしないと。時間はあまりないから……服はウチが考えてあげる。お兄は派手なのが似合わないから……いやでも、少しは目立たせた方が──」
「あの……美花ちゃん? 別に行くって決まった訳じゃ──」
「行く以外の選択肢あんの?」
「いえ、行かせていただきます。頑張ります」
……なんだか頭が痛くなってきた。美花ちゃんには悪いけど、先輩に事情を説明して、どうにか誤魔化さなきゃな。
そもそも、展開が早すぎるんだよな……もう少し、付いていく時間くらいあってもいいだろうに。
「土曜日か……ラーメン屋とか行こうって思ってたんだけな」
「へぇ、また行くの。あそこのラーメン屋」
「そうそう……でも、六角橋の方にも──っ!?」
こ、この覇気は……分かるぞ、振り向かなくても分かってしまう。
「玲人、あたしは言ったよね? それなのに、アンタ──」
──いい度胸だなと。最早、言葉すら不要だ。
「あ、あの……母上殿。その……自転車が壊れてしまいまして……一応、バスで早く着く努力はしたんですけど……」
「連絡はない、こっちが連絡しても出ない。そもそも、学校の先生から直接、電話が来たんだけど?」
「スマホの通知がオフになってまして……連絡はその……ごめんなさい、忘れてました」
「──ちょっとリビングまで来な」
「アッハイ」
その日、篠崎
母は強し──否、子は親に
実妹に爆笑される、屈辱を。