一回巻いては、母の為。二回巻いては妹の為──やあ、親愛なる諸君。唐突だが君達は生きてきた中で罪を犯してしまったことはあるかい?
俺は無いと言いたいところだが、思い返してみると中学の頃の痛い思い出が滲み出てくる。
そう。それはとても痛い思い出で──もうやだつらい。
……よし、話を変えよう。これ以上続けると俺が羞恥で死にたくなってしまう。
「ヘヘっ、兄貴やってんな」
「
「当然のように言うことか? それ……」
我が弟よ……お兄ちゃん、こう見えてビビりなんだぞマジで。
というか、諸君らもきっとあるだろ? 怪談とか、ホラー映画のショッキングな場面が脳裏に焼き付いて、寝るときとかに思い浮かんでくるやつ。
尤も今だとホラゲーには耐性が付いたし、ホラー映画とかは──無理です、今でも苦手です。
「姉貴が言ってたけど本当なんだな。今月は兄貴が弁当作ってくれるの」
「今の俺は受刑者なんでね。罰はしっかり受けますとも……というか、美花ちゃんは? まだ起きてないの?」
「さあ……?」
我が弟こと
尤も彼自身に非がないと言えば、それは嘘になるのだが……
「……嫌だぞ、もう姉貴の部屋には行かないからな」
「いや、まだ何も言ってないんだけど?」
おそらく、彼女自身は既に起きて、部屋にいると思うが、流石に年頃の妹の部屋に突入する勇気はない。
現に目の前にノックせずに入って、ボコボコにされた経験がある者がいるのだから尚更だ。
「そういえば兄貴……同じ学校の女子とデートするって本当になのか?」
ガチャン! と甲高い音ともにシンクにボールが落下する。
「……絢斗君? それ、誰から聞いたの?」
「姉貴から」
おいちょっと、もしかして既に家族全員に言いふらしてんのか!?
いや、それは洒落にならんぞ。今度こそ本当に逃げ場が失われたんだが。
「いや、それ自体は美花ちゃんの超絶悪質な悪戯なんだけど……」
「でも、相手が了承しちゃったんだろ?」
そう、それが一番の問題なんだ。本当はあの時、すぐに悪戯だという旨を伝えるつもりだったんだ。
なのに、あろうかとか了承された上に、あんなメッセージを返されたら……少なくとも今更、悪戯でしたと言う勇気は俺にはない。
かといって、いざデートするとなっても、何をすればいいのかなんて全く以て分からないのだ。
まさに八方塞がり──どう見ても完全に詰んでます、本当にありがとうございました。
「まあ、何とかなるんじゃない? 姉貴も何故かやる気に満ち溢れてたし、兄貴自身も良くも悪くも普通だし」
「まったく他人事みたいに言ってくれるな……」
「だって他人事だし」
ぐうの音も出ない正論で返された……というか、良くも悪くも普通ってなんだ。
ぜひ彼には普通の悪いところを教えて頂きたいものである。
「あと兄貴、そのだし巻き玉子、余ったらくれよ」
「……ミートボールもいかがかな?」
「やりぃ」
後、俺はもう少し彼の図太い精神を見倣った方が良いのかもしれない。
何処の学校も昼休みというのは賑やかになるものだろう。
無論、俺の学校でもその例に漏れず、昼休みには生徒は別の教室に行ったり、同級生と談笑していたりと賑やかなことこの上無い。
そんな中、俺の昼休みの過ごし方というのは常に変わらない。
おもむろに通販で4000円くらいで買ったワイヤレスヘッドホンをバックから取り出す。
それをスマホに繋ぎ、ミュージックアプリから全ての曲をシャッフルして再生する。
再生された音楽が流れると同時にインストールしてあるソシャゲを起動する──以上である。何か質問はあるだろうか?
聴く音楽の種類? 音楽については自分が気に入ったものを片っ端から買っている為、好きなジャンルというのは存在しない。
しいて言えば、ゲームのサウンドトラックが多いのかもしれない──ん? 別にそんなことは聞いてないって?
成る程、よくあるクラスメイトと昼食を食べたり、談笑したりしないのかというやつか。
──結論を言おう、する必要がない。
念のために言うが、このクラスにおいて俺は別に孤立している訳ではない。
普通に話し掛けられたのなら普通に返事するし、何かに誘われたのなら普通に乗る。
だが、俺自身は誰かと昼食を食べたり、何かに誘ったりする必要があると思わない。
だから、自分からはやらない──それだけである。
今日は幸いなことに、誰も俺を誘うことはないようだから、ゆっくりとソシャゲに専念できそうだ。
昼休み中に今のイベントステージを周回して……いや、その前にガチャを引いておくか。
今後のレイドイベントで役立つという話だし、キャラ確保だけでも──
「──。篠崎君!」
「あっ、へっ? 俺のこと呼んだ?」
「ようやく気付いた……もう、音量上げすぎなんじゃない?」
「あー……すみません」
我がクラスの学級委員こと
艶のある黒髪のセミロングと赤いカチューシャが特徴の正統派美少女と呼ぶに相応しい彼女は見た目に違わず、文武両道の学年きっての優等生である。
しかも、性格も誰にでも優しく、とても快活という男の理想の体現をしたようなものなのだから、非の打ち所が無い。
つまるところ、俺が知る限りでは最強の美少女である。
「二年生の人が篠崎君に用があるんだって」
「……俺? 向こうも誰かと間違えてない?」
「篠崎君の下の名前まで言ってたから、篠崎君に用があるので間違いないと思うよ」
「ええ……」
アレ? 俺なんかやっちゃいました──っていや、マジで何もやってない筈だよ?
というか、学校の先輩で俺のことを知っている人なんて……いや、一人いるな。
「えっと……ちょっと会ってきますわ」
嫌な予感を感じつつ、席から立ち上がると、クラスメイトらの視線がこちらへと向く。
まあ、そうだよな.……二年の先輩が一年の後輩をわざわざ名指しで探すなんて普通は無いもんな。
廊下でも少し野次馬が集まっているのか、生徒の話し声が少し喧しい。
そして、教室のドアを開けると、案の定と言うべきか
「おや、ようやく出てきてくれたね。篠崎君」
「えっと……何かご用ですかね? 逢隈先輩」
「用が無いのに声を掛けたりなんてしないさ。そうだな……此処だと君も恥ずかしいだろ? 生徒会室で話そうか」
「……使って大丈夫なんですか?」
「問題無いさ。どうせ誰もいないからね」
先輩の用というのは十中八九、あのLINEの件だろう。
むしろこちらとしては好都合だ。あれが妹がやった悪戯だと、先輩に弁明するには絶好のタイミングだろう。
そしてあわよくば、その約束を取り下げて貰えれば、俺の平穏な日々は戻ってくる。
「……分かりました」
「素直でよろしい。じゃ行こうか」
すまない。我が妹よ。君のお兄さんは非日常的な刺激より、普遍な平穏を求める人間なのだ。
……もし、断ったの知られたら、怒って暫く口を聞いてくれなくなるだろうな。
少なくとも、罵倒の嵐を喰らうのは確定だろう──意外と心に突き刺さることズバズバ言うんだよな、あの子。
しかし、それも妹を御せなかったお兄ちゃんの不徳。故にその報いは甘んじて受けるつもりだ──
「あと先輩。お金返してくださいね?」
「……近いうちにね?」
今日は無理なんかい……何はともあれ、先輩には返して貰えるまで催促するつもりではある。
知っておくといい、お兄ちゃんは金に五月蝿い生き物なのである。
……というか、不徳も何も俺は一切、悪いことしてなくない?
諸君らも併せて知っておくといい──お兄ちゃんとは理不尽に満ち溢れた生き物なのだと。