ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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さーて、来ました第9話。
今までぶっちゃけ水星の魔女まんまでしたが、ここから先はトッポばりにたっぷりのペルソナ展開目白押しでお送りいたしまーす。

それでは、はーじまりはじまりー!


#9 We are phantom thieves.

 絶え間無く浜辺に打ち寄せる波のように、揺らめく黒と赤の連続に視界一面が塗潰(ぬりつぶ)されるような感覚があった。

 果たして、その感覚は気のせいだったのか? ――次の瞬間には、ミオリネの白銀色の目は何事も無く周囲の情景を映していた。

 ただし、そうして視覚から得た情景()()()()については、平常とはおよそ言い難かったが。

 

「……は?」

 

 ポカン、とミオリネは口を開ける。

 ほんのつい先程まで、ほんの一瞬前まで、確かに彼女はアーケードエリアから学園へ向かうモノレールに乗っていた筈。彼女とレンと、そして彼の猫以外には、それこそフロント内のあらゆるサポートを担うインフラメカ“ハロ”が(つと)めていた運転手も含めて、他に乗客が一人もいない車内で席に座っていた筈だ。

 それが、今はどうだ?

 赤みを帯びた、薄暗い空間。敷き詰められた厚そうな金属板や、その隙間から覗く機器類で構成された壁がずっと奥の方に(そび)え、そこから照明やキャットウォークが飛び出ている様()()()()()、MSの格納庫や学園地下に張り巡らされたMSコンテナの移動路、あるいはフロント内を行き交うエレベーターの昇降路が連想される。しかし、実際にはそれに加えて赤黒く生々しい、まるで血管のようなパイプもそこかしこに行き渡っており、そういった見慣れたものとは明確に違う異質さを(にじ)み出させている。

 そんな、訪れた事も無ければ見た事も無い異常な場の、そのど真ん中に気づけばミオリネは立っていたのだ。

 

「……何なの、ここ? 何で私、こんなトコに……?」

 

 あまりに唐突な事態に思考が追い付かないミオリネであったが、それでも一つ確とした事として、自分が何やら途轍(とてつ)もない異常の真っ只中に置かれてしまったという事だけは理解した。――いや、せざるを得なかった。

 そして、それだけが分かったところで何か状況が好転するという事は無く、(むし)ろ、凡そ理解の範疇を超えたその現状と否応無く向き合わされる事となり、彼女の心を心細さに揺さ振る事となる。

 込み上げる不安に目を揺らすミオリネ。

 そこに救いの声が掛けられる。

 

「レンブランさん」

 

「っ! レン!」

 

 すぐ隣から聞こえたレンの声に、ミオリネははっとする。

 そうだ。モノレールの車内にはレンも一緒にいたのだ。彼もこの意味不明な場所に来ていたとしてもおかしくない。彼がいて何か変わるかは分からないが、少なくともこの心細さは収まる筈。

 そう思いながら勢い良く振り返ったミオリネは、

 

「はぁっ!?」

 

しかし、いざ視界に飛び込んで来たレンの姿に度肝(どぎも)を抜かれる事となる。

 

「あ、あぁ、あ……な、何? 何っ? 何ぃ、そのぉっ!?」

 

「……まぁ驚くよな、()()()()

 

 驚きのあまり上手く口を動かせないミオリネの言葉を、苦笑交じりにレンが代弁する。

 彼自身の言葉通り、その恰好は変わっていた。

 下は長ズボンに先端が上を向いたダークブラウンのブーツ、上には縦縞が入ったインナーと、その上から羽織った脹脛(ふくらはぎ)まで丈のあるロングコートという全身ほぼ黒一色の恰好で、コートの袖口から覗く両手は赤い手袋を()めている。更に顔に至っては、あまりにも()()()()()が着けられていた。

 それはずばり――“仮面”。

 白を基調に、両目の箇所に開けられた覗き穴を中心に黒が放射状に延びるドミノマスクが、レンの目元を覆い隠している。――先程までに彼が確かに掛けていた、あの黒縁の眼鏡に代わって。

 共にモノレールに乗っていた時までは着ていた緑と黒、赤で(いろど)られたアスティカシアの制服とはまるで似つかない、全く見覚えの無い衣装にレンはその身を包んでいたのだ。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#9 We are phantom thieves.

 

 

 

「な、何なのアンタ!? その服はぁ!?」

 

 制服はどこにやったのか? そんな服どこに隠し持ってたのか? いつの間に着替えたのか? 早着替えの特技も持っていたのか?

 水底から無数の泡が浮上するが如く、絶え間なく疑問がミオリネの中に沸き起こる。

 だが、次の瞬間に発生する更なる驚愕によって、それらの疑問は彼女の思考から塵一つ残さず消える事となる。

 

「ええっ、何ここ!?」

 

「おいおい、ここはまさか……!? どうなってんだ蓮! 何でワガハイら“異世界”に来ちまってるんだ!?」

 

 突如聞こえてくる二つの――少女と、少年の声。

 その声がしたミオリネとは逆側のレンの隣の方に、ミオリネは反射的に目を遣る。

 そして、

 

「はあぁ~~あぁ!?」

 

絶叫を上げて後退りした。

 

「なっ、何!? ()なのよアンタ達!?」

 

 その声の主達を、敢えてミオリネは()とは呼ばなかった。

 声の主の片方は、幼い少女だった。

 歳は大体10に達するかどうかといった具合か? 黒を基調にピンクのラインが入った、長袖の上から二の腕半ばまでの半袖が被さる二重袖のパーカーと、同じ色合わせの短パン、レギンス、スニーカーを身に着けており、首下から頭部をすっぽり覆うフードはひさしの付近から生やした一対の長い耳とその周辺の模様で兎の顔を形作っている。その下から覗く顔は褐色の肌と無造作に束が跳ねる赤毛の髪は視認出来るが、その鼻先から上は確認できない。

 何故ならば、少女もまた、今のレンと同様に仮面――それも、彼のMSエアリアルの目元から額までを模した黒いメカニカルな仮面でその目元を覆い隠していたからで、唯一確認出来るのはツインアイの部分に当たるクリアレッドのレンズから覗く、大きく生意気そうな瞳のみだ。

 だが、彼女の方はまだマシだ。――少なくとも、一目で()()()()()()()()()

 もう片方――少年の声の主はそうもいかない。

 何せその姿は――少女の身長の半分より少し上程度しかない二頭身で、体は黒いボディースーツらしき衣服の上からウェストバックを身に着け、頭は三角形に尖った耳が上から突き出た黒いマスクでその殆どを覆い隠している。首には黄色いスカーフを巻いており、唯一露出している口元や手足、そして後ろから生えている尻尾の先は白く、顔の上半分を占領せんばかりに大きい双眸は青い。

 そんな人には到底見えない、しいていえば猫っぽいその謎の生物をミオリネは震える手で指差し、あ、あ、と驚愕(きょうがく)故に上手く口が動かせないながらも、何とか思った事を言葉として吐き出した。

 

「ね……ネコマタっ!?」

 

「誰がネコマタだコラァ!」

 

 刹那、謎の生物が白目を剥いて絶叫する。

 

「ワガハイの尻尾のどこが二又に分かれてるってんだよ!? つーか、ワガハイ猫じゃねーし!!」

 

「あれ、違ったっけ? んじゃタヌキ?」

 

「タヌキでもねーし! どっちかってーとそれお前だろ“エリィ”!」

 

「ええー、ボクタヌキじゃないよー? パパゆずりの眉毛がタヌキっぽいだけの、れっきとした人間だよ? ――“モナ”と違って」

 

「ニャんだとぉ!?」

 

 横から入って来た、“エリィ”と呼ばれたパーカーの少女の煽りが琴線(きんせん)にでも触れたのか、“モナ”と呼ばれた謎の生物がムキになったように毛を逆立てる。

 あわや、そのまま喧嘩にでも発展するかと思われたエリィとモナであったが、それを制する声があった。

 

「モナ、エリィ」

 

 レンだ。

 仮面越しの黒い瞳をエリィとモナにそれぞれ向けてからのその一声が、一人と一匹(?)の動きを止める。

 しかし、彼は別に二人の仲裁(ちゅうさい)のために声を掛けたワケではなかった。

 

「二人共、()()()

 

「へっ?」

 

 ポカン、と開いた口からそう声を漏らしたのはミオリネだ。

 だが、両手の手袋を順に口から引いて嵌め直しながら前へと進み出るレンを顔で追った彼女はすぐに、否応無くその言葉の意味を理解する事になる。

 

「っ!」

 

 前方、奥の空間に広がる底の見えない闇の中から、()()が出て来た。

 身長3、4mはあろうかという巨躯。全身は黒く染まり、その半分を占める胴体と、そこから生える手足は筋骨隆々などという言葉では片付かない程に太くゴツゴツとしている。その一方で頭部や首に該当する部位は無く、その代わりとでもいうように胴体のそこかしこには白い板状の物が何枚も貼り付いている。

 人間ではない。されとて動物でも無く、ましてやMSやハロのような機械でもない。

 

「こ……今度は……何、なの……?」

 

 正に()()としか表しようの無い、見ているだけで言い知れようの無い不安が込み上げて来るその異様な存在に、無意識に一歩下がるミオリネ。

 その問いに、彼女の方に振り返らぬまま、懐に右手を入れながらレンが答える。

 

「“シャドウ”だ」

 

 え、と聞き慣れない単語に戸惑(とまど)うミオリネを余所に、モナとエリィもまた前へ進み出す。

 

「へー、アレがそうなんだ。――でも一匹だけ? それなららくしょー ――」

 

「でもなさそうだぜ?」

 

 レンの左隣りに着くや、ピンク色の手袋を嵌めた手で目陰(まかげ)を作って“シャドウ”というらしい存在の方を注視するエリィの言葉を、逆側に位置取ったモナが大きな青い目で周囲を鋭く見渡しながら否定する。

 それが合図とでも言うように――周囲の赤黒い闇が一斉に(うごめ)く。

 まるで黒い雪崩(なだれ)が辺りから押し寄せて来るかのように――奥に立つのと同じ姿形のシャドウが複数体、壁が聳える背後を除くミオリネ達の周辺全方位から現れたのだ。

 十数体……数十体……流石に百には足りないが、少なくとも一体一体呑気に指差して数えていられるような規模ではないシャドウの群れは隙間無く並んでおり、間を()って逃げるような事は出来ない。

 つまり――。

 

「うっわ……。一匹見つけたら何とやら、って奴?」

 

「すっかり囲まれちまってるな」

 

 気持ち悪ぅ、と並び立つシャドウ達を見ながらエリィが顔を(しか)め、目聡(めざと)い奴らめ、とモナが舌を打つ。

 

「どうする“ジョーカー”? この数に包囲されてる中逃走ってのは、なかなか骨が折れる話だぜ?」

 

「どのみち、今はレンブランさんもいる。――逃げるのは、ナシだ」

 

 “ジョーカー”――モナにそう呼ばれたレンは返事をしつつ、懐から右手を――その手に握った何かを勢い良く振り抜く。

 その何かを目にしたミオリネは、思わず、なっ、と己の目を疑う。

 彼の手に握られていたのは――大振りの()()()だった。

 刃渡りざっと30cm程。(つば)の無い、銀と黒で彩られた直刃と握りが一体化しているそのナイフは、(まか)り間違っても学園内で持ち歩いて良いような物では無いが、されとて先のアーケードエリアで購入した中にあった物でも無い。今のレンの衣服同様、全く出自不明の代物だ。

 が、そのナイフの事を追究する余裕はミオリネには無い。

 

「それもそうだな」

 

「んじゃ、決まりだね」

 

 レンに続くように、ニヤリ、と笑ったモナとエリィが共に何かをその手に持つ。

 モナは、何処からともなくその身長の倍はあろう長さの曲剣(サーベル)を取り出し、ギラつくその刀身を右肩に乗せる。

 エリィは背に背負った鞄の横から突き出た白い角柱状の物体を抜き取り、その場で一閃。青白い光の刃を発生させた――まるでエアリアルが装備しているそれをダウンサイジングしたかのような――ビームサーベルの、その切っ先をシャドウ達の方へと向ける。

 どちらもレンのナイフに勝るとも劣らない。素人のミオリネでもはっきりそうと分かる、()()だ。

 その武器を、彼らが()()()()()出したのかは考える間でも無い。

 あんな化物としか言いようのない謎の生物の群れに()()しようとするなど、全く正気の沙汰ではない。――そう思う故に困惑を深めるミオリネを余所(よそ)に、レンが腰を屈める。

 

「俺は前をやる。モナは右を、エリィは左を頼む」

 

「了解だ!」

 

「オッケー!」

 

 手早く下したレンの指示にモナとエリィが快諾(かいだく)を返し、それぞれが分担する側へと向き直る。

 更に続けて、それと、とレンが肩越しにミオリネの方を向き、仮面から覗く黒い瞳を不意に向けられて少し身構えてしまった彼女にもこう指示して来る。

 

「レンブランさんは俺の荷物を守ってくれ」

 

「に、荷物? 荷物って――」

 

 背後を肩越しに見遣るミオリネ。

 その視線の先では、レンがアーケードエリアで購入した物の詰まった袋が無造作に転がっている。

 

「せっかく買った物を使う前から壊されちゃ、(たま)らないからね」

 

 宜しく頼んだよ、と最後に告げ、返事に(きゅう)するミオリネを後目に、レンが正面へ向き直り、ナイフの切っ先をシャドウ達へと向けて宣言する。

 

「いくぞ、皆。――敵を一掃する!」

 

 その号令が放たれたその直後、三人が一斉に黒い流線を残してミオリネの眼前から消え去った。

 

 

 

 傍から見れば消えたとしか思えない、凄まじい速さでの高速移動。

 それを(もっ)て自らが受け持つ事を決めた正面のシャドウ達の、その内一体の(ふところ)まで一瞬の内に飛び込んだレンは、即座に右手のナイフを振り抜く。

 刻まれる一閃。

 響く断切音と共に切り付けられたシャドウが膝を着き、そのまま黒い(もや)と化して消滅するのを見届ける間も無く、続けてレンは左斜め前目掛けて跳躍。一足跳びでそこに立つシャドウの頭上から躍り掛かり、振り被ったナイフでの縦一線を見舞う。

 その辺りで漸く()()すべきと判断したのか、周囲のシャドウ達が不意に体を蠕動(ぜんどう)させ、黒い液体と化してその場に四散。足下に出来た幾つも黒い液溜まりを一斉に間欠泉(かんけつせん)の様に吹き上がらせ、その正体たる迎撃態勢の姿で再顕現(さいけんげん)する。

 それに臆する事無く、むしろ笑みを強めたレンはナイフを左手に持ち替え、空手となった右手を再び懐へ。目的の物をその手に掴み、素早く取り出す。

 現れたのは――拳銃(ハンドガン)

 輝くシルバーのフレームとスライドで構成されたオートマチックタイプのその銃の照星(フロントサイト)を、瞬く間に少し離れた距離にいるシャドウ――青いレオタードを身に着けた妖精(ピクシー)へと重ね、発砲。その脳天を的確に吹き飛ばす。

 すかさず駆け出すレン。

 ナイフの射程(レンジ)にいる敵には斬撃を、そうでない敵には拳銃による銃撃を。渦を描くように回りながら正面の群れを追い立てていく。

 

「ニャッハッハー! ドコ見てんだぁ? ワガハイはこっちだぜー!」

 

「てやぁ! うりゃ! ていやっ!! ――でもってそこぉ!」

 

 一方、右側、左側をそれぞれ受け持っているモナとエリィも順調だ。

 モナはその体の小ささを活かしてシャドウ達の足下を次々潜り抜けて攪乱(かくらん)。動きの鈍った者を体全体を使って振るう曲剣の斬撃で切り捨て、これまた身の丈以上の大きさのスリングショットを使ったパチンコで射抜いていく。

 エリィはエリィで実体が無いビーム刃故の軽さが特色のビームサーベルを縦横無尽に振り回し、時には蹴りも交えてシャドウ達を圧倒。近づかず遠距離からの攻撃を狙う相手にも適宣(てさぎ)ビームライフル――案の定というか、エアリアルが装備している物と同じデザイン――に持ち替え、その銃口から放たれる青白いビームで殲滅(せんめつ)していく。

 ()()()()だからこそ発揮出来る、三人の人間離れした身体能力と戦闘力にシャドウ達は為す術など無い。一方的に(ほふ)られ続け、最初は視界を覆い尽くさんばかりだったその数は見る見る内に減っていく。

 そうして残り数体、というところまでシャドウ達を追い詰めたレンが我武者羅(がむしゃら)気味に迫り掛かる一本足に錆だらけの鉄仮面を被った鍛冶師(イッポンダタラ)への迎撃のため備えようとした、その時であった。

 

「くっ、来んなあぁっ!!」

 

 突如響き渡る絶叫。

 それに反応し後方へ顔を向ければ、そこにはミオリネの方へと迫る一体のシャドウが!

 

「こっち来んじゃないわよぉ! こ、このっ、ドリル角クソホースっ!!」

 

 叫びながら、足下の袋から取り出した――レンが購入した――調理器具を手当たり次第に投げ付けて迫るシャドウ――頭部から捻じ曲がった二角を生やす黒い馬(バイコーン)を必死に追い払おうとしている。

 

「壊されないように守ってくれ、って言った筈なんだけどなぁ」

 

 ふぅ、と肩を竦めて嘆息するレン。

 その間にも迫るイッポンダタラがその手に持つ金槌(かなづち)を振り上げ、隙だらけに見える彼にそれを叩き付けようとするが――いざ振り下ろされたその一撃を、危なげ無くその場から跳んで回避。

 そのまま、自身の身長二人分は地面から離れた高空まで達したレンは背中から宙返りしつつ、左手で自らの目元を覆う仮面を掴む。

 同時に、仮面に蒼い炎が(とも)る。

 掴む手の隙間から漏れ、(くゆ)るその炎に指や顔を焼かれる事無く、またその痛みに苦しむ事も無く、ただ上下が反転した視界の先で、遂に抵抗し切れず尻餅を着いたミオリネと、彼女を踏み付けようと上体を持ち上げるバイコーンの姿を見据えたレンは、ニヤリと不敵に笑う。

 そして(あやま)たず、更に強く炎が燃え上がる仮面を――内に眠る()()()()()()()をミオリネの救援へ向かわせるため――。

 

「“ペルソナ”!」

 

 ――勢い良く顔から引き剥がした。

 

 

 

 すぐ目の前まで迫った、黒い体に赤い目のその馬が自身の頭上で前足を掲げた瞬間、もうダメだ、とミオリネは思った。ほんの数秒後に分厚い(ひづめ)が降り降りされ、自分の頭は粉々に砕かれてしまうだろう、と。

 咄嗟(とっさ)に頭を両手で押えて身構えたミオリネは、続けて目尻に涙が溜まった目も閉じようとする。

 が、彼女は目を閉じなかった。

 

「――へ?」

 

 いよいよ馬の蹄が打ち下ろされるかと思われたその時、視界の中に何か飛び込み、馬の太い首に組み付いて、その動きを止めた。

 ――()だ。

 真っ赤な袖に覆われた、巨大な腕。その先から伸びている五指はいずれも黒く、鋭利な鉤爪が伸びており、それらが馬の首をガッチリ掴んで締め上げていた。

 腕のあまりの力に呼吸が止まってしまっているのか、馬が浮いたままの前足でじたばたと藻掻(もが)き、カクカク、と開いたままの口を震わせる。それに構わず、腕が馬を力任せに引き寄せ、ミオリネの視界から強制退場させる。

 それと入れ替わりに、鳥が羽ばたくような音を(ともな)って腕の主が彼女の視界内にその全身を入場させた。

 腕の主は――()()だった。

 背は大体3,4m程度。上半身は黒いベストの上から脇下までの真っ赤なジャケットを纏い、首下には幾重もの(ひだ)が段を作る白いクラバットを巻いている。下半身はジャケットと同色の、太腿の付け根付近から爪先までを覆うロングブーツを両足に履いており、その踵からヒールの代わりに生えた刃が鋭利な光を放っている。

 しかし、最も特徴的なのはその背と首から上だろう。

 背からは一対の、その長身さえ覆い隠せるだろう黒く大きな翼が生えており、揺れる度に黒い羽がそこから数枚舞い落ちている。そして頭部は、顔はスモークグレーのV字型の仮面に覆われ、その中で揺らめく炎が怪物のような恐ろしい形相を形作っており、仮面の更に上ではクラウン部分が胴とほぼ変わらない長さのシルクハットが乗せられている。

 薄らと向こうの空間を覗ける半透明で、更に蒼い炎や千切れた鎖らしきものがその周囲を揺らめく、明らかな異形。されど、その姿や立ち振る舞いにはどこか紳士的な高貴さを感じさせもする。

 そんな怪人が、呆然と自らを見上げるミオリネの方を一度だけ気遣うように見遣った後、揺らめく炎で出来たその恐ろしい顔を再度正面――自らが投げ飛ばしたあの馬の方へ。

 同時に、ヒヒイィィン、と怒りの声を上げた馬が猛加速で飛び出し、その身体を丸々弾丸とした突進を怪人へ見舞おうとする。

 が――。

 

――スラッシュ!――

 

 怪人はその場で右足を高く持ち上げ、迫る馬へと踵落としを敢行(かんこう)。踵の刃でその頭を縦に叩き割り、強制的に地面へ伏せさせた馬を消滅させる。

 更に、その場で背の翼を羽ばたかせ、飛翔。高々と宙へ舞い上がった怪人と入れ替わりに、大きくバックステップして来たレンがその場に立った。

 

「奪え――」

 

 ナイフを持ったままの右手を、レンが高く掲げる。

 その動作に合わせるように、怪人もまた己の右腕を高く上げる。

 何処からともなく現れ出た赤と黒の奔流(ほんりゅう)が寄り集まり、開かれた状態で天を仰ぐ怪人の掌の中で圧縮されていく。

 

「――“アルセーヌ”ッ!!」

 

 指揮棒(タクト)の如く振り下ろしたナイフと共に放たれたレンの叫びのまま、怪人――“アルセーヌ”が斜め下へ急降下。

 小さな球体にまで圧縮した赤と黒の奔流――呪怨のエネルギーを着地と共に地面に叩き付け、

 

――マハエイハ!――

 

正面側に残っているシャドウ達を一匹残らず、その足元から解放して噴き出させたエネルギーに飲み込ませ、塵一つ残らず消し去った。

 ――そしてまた、己の役目は終わったとばかりにその場で片膝を着いていたアルセーヌの後ろ姿も揺らめき、蒼い炎と化してその場から消えていく。

 その様をへたり込んだまま、呆然と眺めながらミオリネは呟く。

 

「……何なの、これ?」

 

 ただモノレールに乗っていただけなのに、気づけばいつの間にやら辿り着いていたこの場所。

 学園はおろか、フロント内でさえ似た場所はあっても全く同じ場所など存在しないだろう、異様な赤黒い空間。

 その空間内を跋扈(ばっこ)する、シャドウなる謎の怪物。

 全く意味の分からない事ばかりだった。そもそも、今見ているこの情景が、今自分を取り巻くこの状況が、本当に現実のものか、疑わしくなってしまう程に。

 それから――ワケが分からないのは、彼らもだ。

 

「よぅ、ジョーカー! こっちは終わったぜ」

 

「こっちも終わったよ。――最後の奴、見てたよ? なかなかハデに決めたじゃん、ジョーカー」

 

 それぞれの分担分の処理が終わったらしいモナとエリィが、視界の向こうで背を向けているレンの両隣に合流する。

 そうして一ヶ所に集まった彼らの――人間とは思えないような身体能力を発揮してシャドウ達相手に大立ち回りを演じ、果てにあのアルセーヌなる謎の怪人を呼び出し使役していた謎としか言いようの無い者達の、その背を眺めながら、ミオリネは問う。

 

「……何なの、アンタ達?」

 

「――俺達が何なのか、か」

 

 当然の質問だな、と振り返らずに言ったレンに代わり、腕を組んだモナと腰に手を当てたエリィがミオリネの方へ向き直る。

 

「その質問に答えよう、レンブランさん。……俺達は――」

 

 そして、レンもまた振り返る。

 覆い隠す物の無くなった目元に蒼い炎を燃え上がらせ、その中から出来上がったあの白いドミノマスクを再び身に着けた彼が、モナとエリィと共に不敵な笑みを浮かべ、ミオリネの質問への答えを返した。

 

「――()()さ」




※推奨BGM:Last Surprise

ストーリー進めていったら冒頭の場面に戻って来るP5の演出、アレ「ここに繋がるのか!」感あって正直スゲー好きです。

さ~て、次回の水星のトリックスターは~?
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