ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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長らくお待たせいたしました、すいません。

今回の話書いてて思ったんですが、原作のグエル君ってドミニコスのエースになるって夢が、ホルダーが実質的なグループの次期総裁だって事とぶつかる事について、どう考えてたんでしょう?
まさか、総裁とパイロットを兼任しようだなんて思ってなかったろうし、ドミニコスで実績積みつつ、時が来たら次の総裁に就任するつもりだった、ってところだったのか?
でも、エースにまで昇り詰めるとなったら相応に時間掛けないとならないだろうし……う~む?

ともかく、遂に主とご対面な21話、はーじまるよー!


#21 I'm the man who will be the ace pilot of the Dominicus unit!!

「何なんだ、お前らはっ!? 何で俺を捕まえる!?」

 

 ジェターク寮のあった場所に突如出現した、あの巨大な建物に入ってすぐの大部屋。曇り一つ無い強化ガラス製の回転扉を抜けた先にあった、正面奥の左右に二階へ向かう階段が伸びるエントランス。

 ジェターク寮の高級ホテル染みた豪勢さと広さのエントランスと比較してもなお広く(きら)びやかなだが少し薄暗くもあるその大部屋の中央付近で、両隣から自身を拘束している薄い青緑色の制服姿の男達から逃れようと、グエルは必死に藻掻(もが)いていた。

 しかし、両腕を抱え込む彼らの力は異様なまでに強く、元から恵まれた体格の上にMSパイロットとして日々(きた)え上げている彼の力を(もっ)てしてもビクともしない。

 本当に一体、この連中は何者なのか?

 能面のように無機質な白一色の仮面を顔に貼り付け、時折手先や足元が赤黒く揺らめくその有様は、とてもじゃないが真っ当な人間とは思えない。そんな不気味な連中に捕らえられているという状況が、グエルの全身に鳥肌を立たせていた。

 

「一体何なんだここは!? 寮はっ、ジェターク寮はどこに行ったんだ!?」

 

どうか落ち着いて下さい、御曹司(おんぞうし)

 

今、他の者が()()を呼びに行っております。今しばらくお待ちを

 

「こんな状況で落ち着けるかァ!!」

 

 暴れるグエルを(なだ)めようと男達が口々にエコー掛かった声を発するが、その言葉は逆に彼の神経を逆撫(さかな)でるものでしかない。

 それが、存在そのものが不安しか生み出さない理解不能な連中の言葉であり、尚且つ、自分を御曹司(CEOの子供)としか見ないジェターク社の社員達を彷彿(ほうふつ)とさせる、()()()()()()()()だったから。

 それに、今もそうだが、度々彼らはこうも言っている。――()()()()()()()()()()()、と。

 その駅長とやらが誰なのかなどグエルには知る由も無いが、しかしはっきりと分かる事もある。

 ()()()のだ、コイツらの仲間が。

 ただでさえ自力で抜け出せる気のしない厄介な状況だというのに、この上こんな不気味な連中が追加されるなど、いよいよ以てこの場からの脱出が不可能になってしまう。そうなってしまう前に、何としても逃げ出さなければ!

 そう思い、尚も必死に藻掻くグエルであったが、相変わらず男達の間から逃げ出す事は叶わない。

 そうこうしている内に、こちらです、と階段の上から誰かを呼び寄せるエコー掛かった声が。

 遂に来てしまったのだ、両隣の男達の仲間――“駅長”とやらが。

 いよいよ追い詰められてしまった事を示すその事実が、一層グエルを焦らせ、暴れさせる。

 ――が、次の瞬間には彼はピタリ、とその動きを止めてしまう。

 何故か?

 ()()()()()()()()()

 

「何とまぁ」

 

「――えっ?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 若干エコーが掛かってこそいるが、それでも()()()()()()()()()()()()()、グエルにとっての()()()()()()()

 こんなワケの分からない場所は(おろ)か、元々あった筈のジェターク寮であろうといる筈のない、()()()()()()()()()が。

 

「到底有り得ん話だから何かの間違いだとばかり思っていたのに、本当にお前だとは……」

 

 カツン、カツン、と靴を鳴らしながら、()()()が階段を降りて来る。

 ()()()()()()()()()恰幅(かっぷく)の良い体に、周囲の謎の連中達が身に着けている物に金の刺繍(ししゅう)や飾り紐が付け加えられたような()()()()()()薄い青緑色の制服を纏った中年男が。

 

「一体どういう事だ? 何故、お前が()()()にいるんだ?」

 

 金の飾りとジェターク社の社章たる横向きの獅子がネック部分にあしらわれた制帽の下の、()()()()()()()()()(いわお)のような顔が、鋭くグエルを見下ろす。

 

「答えろ、グエル」

 

 カツン、と()()()が階段を降り切り、グエル達と同じエントランスの床に革靴の底を着ける。

 両隣からグエルを抑えているのと全く瓜二つの制服姿の男達二人を後に従え、くるりと彼の方へと向き直る。

 その姿を困惑(こんわく)に揺れる目で見ながら、上手く動かない口を何とか動かして、グエルは()()()の事を呼んだ。

 

「……と……」

 

「返答次第では、例え息子(お前)だろうとただで(かえ)すワケにいかんぞ」

 

「……()()()?」

 

 本来その髪の色に近いブラウンである筈の瞳を、どういうワケか怪しくギラつく()()に染めた実の父、()()()()()()()()()を。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#21 I'm the man who will be the ace pilot of the Dominicos unit!!

 

 

 

「な……何で父さんが、()()に?」

 

 何とかそう絞り出したグエルの心中を言い表すならば、正に“理解不能”の一言に尽きた。

 父は今、会社にいる筈だ。CEO用のオフィスで、今も仕事に明け暮れている筈だ。その父が、なぜ()()に――このジェターク寮に代わって現れた、ワケの分からない施設の中にいる? 何故、いつものCEO用のワインレッドのスーツではなく、あんな妙な恰好をしているのか?

 その疑問への問い掛けに、しかし制服姿の父は返答せず、おいッ、と制帽の下で苛立(いらだ)たし気に眉間(みけん)を寄せる。

 

「質問に質問で返して良いなどと教えた覚えは無いぞ。先にお前がまず答えろ!」

 

「っ……す、すいません」

 

 飛んで来たヴィムの一(かつ)に、びくっと反射的に肩を跳ねさせたグエルは即座に謝罪の言葉を述べてから、父の質問への答えを返す。

 ジェターク寮の付近を歩いていたら、レンとミオリネの姿を見かけた事。

 何やら怪しげな様子の二人の会話を隠れながら聞いていた筈が、気づいたら寮の代わりに現れた、この謎の施設の前にいた事。

 そして、父に何かしようとしているようだったレン達がここへ向かったため、自分もその後を追ってこの施設へと足を踏み込んだ事を。

 

「それで……ここに入ってすぐ、コイツらに捕まって……父さんが来るまで、ここで待たされて……」

 

「――成程(なるほど)な」

 

 所々言い(よど)みながらも何とかそこまで告げたグエルの答えに、フン、と忌々(いまいま)し気に鼻を鳴らした後、肩越しに後に控えた制服姿の男達を見ながらヴィムが指示を叫ぶ。

 

「聞いたなお前ら! この駅に()が忍び込んでいる! 狙いは十中八九()()だ! ()()に近付かれる前に、あの憎たらしい連中を見つけ出して、()()しろ!!」

 

「え……?」

 

 ――今、()()って言ったのか?

 エントランス中に響き渡る父の大音声に含まれたその剣呑(けんのん)な響きの言葉に、グエルは己の耳を疑う。

 レンとミオリネは、確かに父に何かをしようとしている。それを知った父が、彼らに報復(ほうふく)を考えるのは当然の事だ。しかし――あくまで、父の言う始末が()()()()()()ならば、という前提だが――()()()()()()のはいくら何でもマズい。やり過ぎているという意味でも、(まが)いなりにも総裁の娘であるミオリネを害するという意味でも。

 ――きっと、違う。

 そんな事は父だって分かっている筈だ。きっと何か、別の意味を込めて言った筈だ。

 だから、指示に従って階段を駆け上がっていく制服姿の男達を見送ったヴィムへと、グエルは先の言葉の真意を確かめようとする。

 しかし、そうして口を開き掛けたところで、やれやれ、と金色の瞳を向けたヴィムの方が先に彼へと話し掛けて来る。

 

「どうやら、お前はただ迷い込んだだけらしいな。全く、人騒がせな……」

 

「あの、父さん? さっきの――」

 

「まぁ、お前もラウダも俺に歯向かいなどするワケが無いか。――俺の息子であるお前達が逆らったところで、進むべきレールを見失うだけだしな」

 

 尋ねようとするグエルの事など目に入らないようにふっと一笑したヴィムが、再び鋭く指示を出す。

 

「そいつを()()に帰してやれ! ――俺の息子だ、丁重(ていちょう)にな!」

 

 その指示に、グエルの両隣にいた男達が、ハッ、と鋭い応答の声をヴィムへと返す。

 

承知しました! ――御曹司、こちらへ

 

「あっ、おいっ――!」

 

 咄嗟(とっさ)に待ったを掛けようとしたグエルの声も(むな)しく、男達が彼をエントランスの入り口の方まで引き()って行く。

 

「ま、待ってくれっ! ――父さん! まだ話は!」

 

 男達が自分の言葉に耳を貸さないのは、既に分かり切っている。

 なので、連行されている最中にもグエルは肩越しに父の方を向き、訴える様に叫ぶ。

 だが、ヴィムもまた彼の声を聞かない。

 

「安心しろグエル。お前の為の新しい()()()はもう()()()()()。この俺の息子として、ジェターク家の長男として、()()()()()へと向かえるレールをな」

 

「何を言ってるんだ!? 父さん、頼むからコイツらを――」

 

「お前は何も心配する事は無い。戻って、()()()()から正式に指示を受けろ。――お前は、()()()()()()()()()()()()?」

 

 言葉の最後で、釘を刺すように金色の光を放つ目を細めるヴィム。

 その視線に射抜かれたグエルは、それだけで首を掴まれてしまったように、ぐっ、と押し黙るしか無くなってしまう。

 

(ダメだ!)

 

 心中で、自分自身へとグエルは叫び掛ける。ここで引き下がってはいけない、と。

 予感があった。今、大人しくこの場を去ってしまったら、絶対に後で後悔する事になる。何としても、ここで立ち止まらないとならない、と。

 だから、もう一度グエルは父向けて声を張り上げようとする。

 息を吸い、それを吐き出そうとして――。

 

(……ダメだ)

 

 ――しかし、出来ない。

 何故なら、ここで踏み止まって何か意見を述べるのは、父の指示に()()()()()()()()()

 それは出来ない。

 逆らう事は。

 父の不況(ふきょう)を買う事は。

 ()()()()()()()()()

 今のグエルには、どうしても。

 だから、もう彼に打つ手は無い。

 父の命令を受けた両隣の男に運ばれるまま、ただこの場から退場させられる以外に、彼が辿(たど)れる()()()は無い。

 そう。

 ――突如響いた銃声と共に左側の男が倒れ、それにすぐさま反応した右側の男が音も無く飛来した矢を白い仮面のど真ん中に受けて(ひざ)を着くという、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ――!?」

 

 続けて突っ伏したかと思いや、そのまま黒い(もや)と化してその場から消失した男達に唖然(あぜん)とするグエル。

 

「何でここにアンタがいるのか知らないけど」

 

 その耳が、聞き覚えのある声を(とら)える。

 

「取り敢えず感謝しなさいよ、グエル」

 

 聞こえて来たのは左側。エントランスの、入り口側の隅の方だ。

 そちらへと振り返ったグエルは、即座にその視界の中に思い当たった人物の姿を見つける。

 

「私達が止めてやんなかったら、どんな目に遭ってたか分かったモンじゃなかったんだから」

 

「――ミオリネ! それに――」

 

 立ち上がった(えり)で首周りを覆い隠すスタンドカラータイプの左右非対称のジャケットを纏い、薄水色の手袋を嵌めた右手に持つクロスボウを肩に乗せているミオリネを。

 その後を付いて来る二頭身の謎の生物と、黒いパーカーの見知らぬ幼い少女の姿を。

 そしてミオリネの横に並び、硝煙(しょうえん)を銃口から立ち昇らせている拳銃を赤い手袋を()めた右手から下げている、黒いロングコートに()()の男――。

 

「っ……」

 

 ――今のグエルが最も会いたくなかった、レン・アマミヤを。

 

 

 

 地下道の先に続いていた階段を駆け上がり、そこから更に廊下を進んだ先にあったエントランスへの入り口にレン達が到着した時には、既にグエルは両隣に着いているシャドウ達によって何処かへ連行されている状態にあった。

 ()()()()()()()()。――そう判断したレンは、同じくその光景を目にするや驚くミオリネに指示し、共にそのシャドウ達を狙撃する事にした。

 そして実際に放った拳銃とクロスボウでシャドウ達で仕留めた一向は現在、彼らの存在に気づいて呆気に取られた様子のグエルが待つ、ジェタークパレスのエントランス内へと足を踏み入れていた。

 

「……アマミ、ヤ……」

 

「?」

 

 一瞬だけ目があったかと思いや、すぐ視線を()らすグエル。

 その様子を(いぶか)しんだレンであったが、すぐにそちらから彼の注意は外れる事となる。

 

「まさか、貴様らから顔を出して来るとはな……」

 

 若干エコー掛かった、昨日聞いたばかりの声。

 その声がした方へと顔を向ければ、案の定、そこには思った通りの人物がいた。

 薄い青緑色の、このパレスのシャドウ達が身に着けている物と良く似ているが金の飾り紐や刺繍が加えられて豪華になった制服を着た、恰幅の良いシルエット。横向きの獅子の顔のエンブレムが施された、やはり他より豪華な制帽を被った巌のように険しい顔。

 そして、制帽の(つば)の下から覗く、()()()()()()()

 間違いない。――レン自身は直接その顔を見るのはこれが初めてだが、それでも確信はあった。

 その男こそが――。

 

「ぐ、グエルの親父ですって!?」

 

 驚愕の(こも)った声を上げたミオリネの、その言葉通り。

 このパレスの主――ジェターク社CEOにして、レン達心の怪盗団(ザ・ファントム)の最初の標的(ターゲット)、ヴィム・ジェタークその人であった。

 ――まぁ、()()の彼とは()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。

 

「何でここにグエルの親父までいんのよ!? アイツ、今ジェターク寮どころか学園にすらいない筈じゃ――」

 

「簡単な話さ」

 

 いる筈のない人物が当然のように目の前にいるその状況に狼狽(うろた)えるミオリネの、その疑問に一歩前に進み出たモルガナが答える。

 

「奴は()()()()。現実のグエルの親父が普段目を(そむ)けている“影”、奴の押し隠された()()だ!」

 

 すなわち、レン達の目の前に立つ制服姿のヴィムは、今この時もジェターク社本社で業務を(こな)しているだろう現実の彼とは別の、()()()()()ヴィム・ジェターク。――()わば、“シャドウヴィム”とでも呼ぶべき存在なのである。

 そのシャドウヴィムが、好都合だ、と邪悪な笑みを浮かべる。

 

「丁度貴様らを探しに行かせたところだったんだ。その貴様らがこうしてノコノコ姿を見せた以上、シャドウ(駅員)共に構内を走り回らせる必要はもう無くなったな!」

 

 そう勝ち誇ったように告げたシャドウヴィムが、続けて右手を掲げ、パチン、とその指を鳴らす。

 刹那、レン達の周囲の床から赤黒い液溜まりが幾つも染み出し、泡が割れるようにそれらが弾けて消えるのと入れ替わりに、薄緑色の制服姿のシャドウが何体もエントランス中に現れる。

 

「うわっ、ウジャウジャ出て来た」

 

「ちっ、囲まれたか」

 

 各々が警棒を手に、周囲を隙間無く埋めるように立つシャドウ達に、エリクトが仮面の下で眉根を(ひそ)め、モルガナが舌を打つ。

 そんな様子に気を良くしたのか、シャドウヴィムが楽し気な笑い声を上げる。

 

「グエルから聞いているぞ、貴様らが態々現実から俺の駅に忍び込んで来た()だとな。狙いはどうせ“アレ”だろう? 残念だったな! 貴様らは“アレ”に辿り着くどころか、場所すら知る事も無い! ここで――」

 

 風切り音が鳴る程の勢いで、シャドウヴィムが指を突き付ける。

 周囲に展開するシャドウ達に指示を下すため。

 そして、

 

「――このヴィム・ジェタークを散々コケにしてくれた罪を、()()()()()()する事になるんだからなァ!」

 

レン達に()()()()()()()()()()()()()

 

「やれ、お前ら! 奴らを――アーシアン野郎とデリングの娘を――」

 

 殺せ、とでも言うつもりだったのだろう。

 だが、シャドウヴィムの口から実際にその言葉が放たれる事は無かった。

 何故なら、

 

「待ってくれ! 父さん!!」

 

大慌てで駆け込んだグエルが、文字通り横から割り込んで来たから。

 

 

 

「――何のマネだ、グエル?」

 

 勢い付いていたところに水を差されたシャドウヴィムが、ギロリ、と金の光を放つ双眸(そうぼう)で睨み付けて来る。

 その鋭い視線に、うっ、と思わずたじろぎ掛けるグエルであったが、何とかそれを耐え切った彼は、一つ息を吐いて自分を落ち着かせてから、父へと尋ねる。

 

「父さんは今、何をしようとしてたんだ? ――まさかとは思うが、アイツらを、その……」

 

()()()()()()に決まっているだろうが!」

 

 何を馬鹿な事を、とばかりに苛立たし気に吐き捨てるシャドウヴィムに、なっ、とグエルは己が耳を疑ってしまう。

 先程も父は“始末”という言葉を使っていたが……あの言葉はやはり、そういう意味だったらしい。信じ難い事に。

 

「な、何を言っているんだ父さん!? 確かに、アイツらは父さんに何かしようとしてた! 父さんの怒りを買って当然だが、だからって、殺すなんて、そんな――」

 

「何を甘い事を言っている!」

 

 許されざる罪を犯そうとしている父を必死で説得しようとするグエルを、しかしシャドウヴィムは鼻で笑い返す。

 

「お前だってあのアーシアン野郎を決闘で退学させようとしただろう! それと同じだ! 邪魔者を消して何が悪い!?」

 

「退学させるのと殺すのとじゃ、話が丸っきり違う! それに殺人なんて、いくら父さんでもただじゃ済まないだろ!?」

 

 いくら御三家ジェターク社のCEOとしての権力があれど、殺人ともなれば罪の追究は(まぬが)れ得ない。ましてや、その対象の一人が総裁の一人娘であるミオリネともなれば……!

 だが、そう訴えたグエルの言葉にシャドウヴィムが尚も態度を改める素振りなど無く、それどころか、

 

「何だ、そんな事か」

 

まるで大した事無いかのような、あっけらかんとした反応を返して来る。

 

()()は俺の世界だ。この駅のあらゆる物事は俺の思いのままで、俺が何をしようと()()()()()()

 

「なっ――」

 

「ここで奴らが死んでも、死体が現実で見つかる事は無い。誰も追及どころか、殺しがあった事すら分からんのだから、()()()俺が罪に問われる事も無いんだよ。――最も、仮にここが現実であったとしても、バレんように()()がな。そう――」

 

 一旦言葉を区切ったシャドウヴィムが、その視線の向きを変える。

 グエルでは無く、その向こうにいるミオリネの方へと。

 

「――お前の親父も()()()()筈だったんだがなぁ、デリングの娘」

 

「何だと!?」

 

「ウチの、クソ親父ですって!?」

 

 全く想像の及ばなかった父の告白に、グエルとミオリネが一度に驚愕の声を上げる。

 その反応に気を良くしたように、くっく、とシャドウヴィムがむせび笑う。

 

「そうとも! 奴が乗った連絡艇(れんらくてい)に爆弾を仕掛けて、宇宙の藻屑(もくず)に変えてやるつもりだった!」

 

 そうすれば、グループの次の総裁を早々に選出しなければいけなくなる。あの時点ではまだホルダー(ミオリネの婚約者)だったグエルが、その筆頭候補となる筈だった。

 だが、いざそのタイミングになった時、ヴィムはデリングの暗殺を断念しなければならかった。

 何故ならば――。

 

「――何で、そんなとんでもないマネをしようとしたんだ? 総裁を暗殺だなんて、そんな大それた事しなくても、俺は勝ち続けて――」

 

()()()()()()()()()()!!」

 

 動揺混じりのグエルの言い訳を、シャドウヴィムの一喝が捻じ伏せる。

 

「ああ! 俺だって、お前が負けるなどとはこれっぽっちも考えていなかったとも! だが、何かの間違いが起こらんとも限らん! そんな下らん障害に邪魔される前に、お前のためのレールを盤石(ばんじゃく)にしてやろうとしたのに、それよりも前に負けやがってッ!!」

 

「っ! そ、それは……」

 

 負けた事を責められてしまえば、グエルは言い(よど)むしかない。彼自身、その事については言い逃れようの無い失態(しったい)だと自覚しているから。

 

「それに、決闘()()()で後継者を決めるなぞ、あの無軌道者(むきどうもの)のデリングがいつまでもそのままにしているとは限らん! あんな軍人上がりでサリウスの部下(てした)に過ぎなかった野郎の我儘(わがまま)一つで引っ繰り返されるやもしれんのなら、余計な事を言われる前にその口を永遠に封じてしまえば良いんだ!!」

 

「――だから、クソ親父を殺そうとしたってワケ?」

 

「そうだ!!」

 

 嘆息(たんそく)混じりのミオリネの問い掛けに、怒声に近い荒々しい口調でシャドウヴィムが返し、続けて、だが、それも台無しだ、と金色の瞳をまた別の場所へと向ける。

 今度は、白いドミノマスクを着けたレンの方へと。

 

「貴様のせいだよ、アーシアン野郎ォ!!」

 

 

 

「貴様がガンダムなんぞ持ち込んでグエルを負かさなければ、今頃デリングはこの世から消えて、コイツも順風(じゅんぷう)な将来へ向けて走り出していたんだ! 俺が敷いてやったレールの通りに! それを、よくもオォ……!!」

 

 煮え(たぎ)るマグマ染みた怒気が滲み出すようなシャドウヴィムの怨嗟(えんさ)が、ギラつく眼光と共にレンへと叩き付けられる。

 しかし、そんなのどこ吹く風とばかりにレンは肩を(すく)め、両手で天を(あお)いだポーズを取って、

 

「それは申し訳なかった」

 

謝罪の言葉をシャドウヴィムへと返す。

 

「そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()が進んでいたなんて、俺には知る(よし)も無かったもので」

 

 全く誠意など(こも)っていない、形だけの謝罪の言葉を。

 

「キッサマァ……!!」

 

 当然ながらそんなもので怒りが(しず)まる事など無く、むしろ油を注がれる事となったシャドウヴィムが体を震わせ、顔を真っ赤に染める。

 

「まだ俺をコケにするか、水星の採掘屋なんぞに雇われてるアーシアン風情(ふぜい)が……! 退学程度じゃ、何も(こた)えんらしいな! 良いだろう、今度こそ俺の目の前から消し去ってくれる!」

 

 そうして、再びシャドウヴィムが腕を高く(かか)げる。今度こそ、周囲のシャドウ達に号令を掛けるために。

 しかし、

 

「ダメだ父さん!!」

 

再び弾かれたようにグエルが、シャドウヴィムへと組み付いてその動きを止める。

 

「ええぃ、グエルッ! お前、またっ!」

 

「ダメだ、人殺しなんて! そんな事したら、父さんが戻れなくなっちまう!」

 

 自分の邪魔をする息子に、心底不快気にシャドウヴィムが眉間に(しわ)を寄せる。

 それに構わず、おい、お前ら、とグエルがレン達向けて叫ぶ!

 

「父さんに謝れ! 今すぐに! そうしたらきっと、父さんもお前らを殺そうなんてバカな考えは止めてくれる! お前らが何しようとしてるのか知らないが、それを止めると今すぐ父さんに誓うんだ!」

 

 そう悲痛な声で訴えるグエルの心中にあるのは、どこまでも実の親がその手を血で染めるのを防がなくてはならないという親子愛だけなのだろう。

 だが生憎と、

 

「何でさ?」

 

そんな彼の想いに――今、憮然(ぶぜん)とエリクトが返したように――応える事は出来ない。

 

「君のパパが、ジョーカーが勝ったの受け入れられないからって退学させようとしてんのが、そもそもボク達がここにいる理由だよ?」

 

「二度目の決闘で勝てば全部不問だと最初に言い出したのは、お前の親父だ。それを無かった事にしてコイツを消そうとしてる奴に下げる頭なんて、悪ぃがワガハイらには一つも無い」

 

「ていうか、謝って欲しいのはこっちよ。()()()()事されてもしょうがない傲慢(ごうまん)クソ親父だし、結局未遂で終わったそうだけど、それでも親殺されるトコだったんだから」

 

 エリクトに続き、モルガナとミオリネも口々に自分達がヴィムに謝る必要など無い事を告げていく。

 それに対し、グエルはやはりというか、言葉を詰まらせるしかない様子だ。

 言われずとも分かっているのだ、彼も。

 二度も自身との決闘に勝ったレンを無理矢理退学させようとし、更にミオリネの父親まで消し去ろうとしていたヴィムにこそ謝罪の義務はあれど、彼が謝られる正当性は無い事を。

 そしてもう一つ、彼を口籠(くちごも)らせる理由がある。

 

「――お前()()良いのか、ジェターク?」

 

 彼自身気づいて無さそうなその理由をつつくため、レンはグエルに問い掛ける。

 

「お前の方こそ、父親に()()()()()()んじゃないのか?」

 

「な、何だ突然?」

 

 一旦は反応して困惑したような顔を向けるも、すぐにグエルがレンから目を逸らす。

 

「お、俺が、父さんに謝って欲しい事、なんて――」

 

()()()()()()()は?」

 

 そこまで告げたところで、ようやく思い至ったように――それでもなお、レンの方を見ないまま――グエルが目を見開く。

 

「操縦出来ないMSを与えられ、望まないどころか知らされてさえ無かったズルをされそうになって、お前の決闘(たたかい)(けが)された事。――謝らせなくて、良いのか?」

 

「そ、それ、は――」

 

 視線が合わないままのためはっきりとは分からなかったが、グエルの青い目は、左右に泳いでいるようだった。

 同時に、遠目からでも分かる程に彼の顔に冷や汗が滲み出すが、構わず、それとも、とレンは言葉を続ける。

 

()()()()?」

 

「ぅ――」

 

 苦し気に呻くグエル。

 その口から答えは返って来なかったが、しかし、彼はその問いにどんな答えを返すべきと考えているか、レンには手に取るように分かっていた。

 “勝負に真摯で誇り高く、潔く負けを認められる”。――そういう男であるグエルが、父のこの卑劣(ひれつ)な横槍にどうすべきなのか、分からない筈など無いから。

 しかし、逡巡(しゅんじゅん)する彼がそれを言葉として形にする間を、状況は悠長(ゆうちょう)に待ってなどくれない。

 

「バカ者がッ! いい加減に退()かんかァ!!」

 

「ぅあっ……!?」

 

 思考する事にいっぱいで動きを止めていた、その隙を突かれてグエルが組み付いていた父に力任せに引き剥がされる。

 体格の良い彼がそれによって床に転がされるような事こそ無かったが、そこへシャドウ達が駆け付け、すぐさま左右からグエルの両腕を抱え込んで拘束。動けなくなった彼に、更にシャドウヴィムが怒り肩で距離を詰め――その頬を引っ叩いた。

 ぱぁん、とエントランス内に響き渡る甲高い殴打音。

 その音にレンも、ミオリネも、モルガナも、エリクトも。

 そして何より、平手打ちを受けた当のグエルも唖然(あぜん)とした様子になる中、苛立ちと失望が詰まった深い溜息をシャドウヴィムが吐き出す。

 

「――お前がこんなにも愚かな奴だとは思わなかったぞ、グエル」

 

 ギロリ、と怒りに満ちた金色の目がグエルを睨み上げる。

 

「そんなだから、あんなアーシアンなんぞに()()()負けるんだ!!」

 

「……っ」

 

 怒声をぶつけられたグエルが、何かを言いたげに顔を歪めるも、何も言い返さない。

 その代わりとばかりに、エリクトが()めた視線を送る。

 

()()()()余計な事したおじさんのせいでしょ? グエル君じゃなくて」

 

 人のせいにしちゃいけないよ、と呆れたように告げるエリクトのその言葉は、生憎とシャドウヴィムの耳には届かない。

 彼女の揶揄(やゆ)に注意を乱される事無く、グエルへとその言葉を続ける。

 

「全く……こんなザマじゃまた負けかねん」

 

 思い通りにならなかった彼への失意の言葉を。

 そして、

 

「さっさとレールを敷き直す事にして正解だった。――あのアーシアン野郎共々、()()()退()()()()()()()()()

 

「――は?」

 

彼が決して聞き逃せない言葉を。

 

 

 

「――退学? 俺も?」

 

 己が耳を貫いた父のその発言が、グエルにはまるで信じられなかった。

 

「な、何でだ……父さん? 何で……俺まで、退学に?」

 

 だから、震える声でそう返しつつも、聞き間違いだと父が返してくれる事を、彼は願っていた。

 しかし一方で、()()()()を感じてもいた。

 昨日の決闘の最中にも、これに近い場面があった事を。

 そしてそのデジャブは、間違いではない。

 

「何でだと? お前が()()()()()()()()に決まっているだろう!!」

 

 直後に返って来た怒声が、その証明となった。

 

「言った筈だぞグエル! ()()()()()()と! その二度目を、お前は犯したんだ! それも、ガンダムに傷一つ付けられず、一方的に倒されるなんて無様な負け方で! 挙句、アーシアンなんぞに! そんな()()()を、いつまでも学園になんぞ通わせるワケ無いだろうが!!」

 

「……」

 

 シャドウヴィムが吠え立てたその物言いに、グエルは絶句する他無かった。

 言いたい事は色々とあった。しかし、ここに来ても尚、彼はそれを口にし、父に逆らう事が出来なかった。

 しかしそれでも、どうしても言わなければならない事が一つあった。

 それを何とか、で、でもっ、と何とか(しぼ)り出して見せる。

 

「そ、そんな事されたら、俺は、どうなるんだ? 俺の夢は――ドミニコスの、エースは!?」

 

 アスティカシアのパイロット科は良くエリートとして扱われるが、その理由の一つがドミニコス隊への入隊という進路を選択出来る事だ。監査機関が誇るこの特殊部隊の門戸を叩くためには同科で一定以上の成績を収める必要があり、その成績として学園最強の証たるホルダーの保持はこれ以上無いものだ。だからこそ、グエルはこれまで必死で無敗を維持し続けて来た。

 逆にいえば、学園を中退になるという事は、その門戸を叩く機会をほぼ永久に失うに等しい。――彼の夢たるエースパイロットへの道は、永遠に閉ざされるという事だ。

 だからこそ、グエルは退学なんて認めるワケにはいかなかった。何としても、父の考えを改めさせなければならなかった。

 しかし、そのために訴え掛けた次の瞬間。

 ()(たこ)のようになっていた父の顔が、そこに浮かんだ表情が意表を突かれたようなものに変わると同時に、すっと潮が引くかの如く元の暗い肌色に戻る。

 そして一拍置いて、

 

「ドミニコスだとぉ!?」

 

どっとシャドウヴィムが笑い出した。

 げらげらと、ここ数年そんな姿など見た事無い大笑いを。

 何故、こんなにも父が爆笑しているのか? ――ただ大真面目に夢の事を訊いただけのグエルには分からず、きょとんとするしかない。

 

「よ、よりにもよって、ハハ、ドミニコス、とは! ハハハ!」

 

 腹を抱えて一頻(ひとしき)り笑い声を上げたシャドウヴィムが、それでもまだ可笑しさが収まらないかのようにヒーヒー(むせ)びながらも、どうにかといった体で再びグエルへと金の目を向け、告げた。

 

()鹿()()()()()!」

 

 遠慮も配慮も何も無い、心底呆れたとばかりの罵倒(ばとう)を。

 

「ドミニコスはカテドラルの部隊だぞ? そのカテドラルの代表はラジャン・ザヒ――デリングの野郎の忠犬だ! そのドミニコスに入隊するって事は、つまり自分からあの軍人上がりに尻尾振りに行くって事だ! どうぞ、自分を駒として使い潰して下さい、とな!」

 

「そ、それが何だと――」

 

「認められるか、そんな事!!」

 

 何とか言い返そうとしたグエルを、シャドウヴィムの嫉妬の籠った怒声が制する。

 

「お前はジェターク家の長男だ! 俺の跡継ぎとして会社を受け継ぐのが使命で、お前の()()()()()だった! そこにデリングの野郎の気まぐれでホルダーと奴の娘との婚約の(が次期総裁の椅子に座れる)話が上がって、より楽に()()()()()()()()()()お前をパイロット科に()()()()()()()()()! それを、よりにもよってドミニコスだと!?」

 

 ふざけるな、と鋭い一喝が響き渡る。

 

「そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にさせるために、お前達を育てて来たんじゃない! ジェターク家の男として最良の人生を歩めるように敷いて来た俺のレールから盛大に脱線するような()()()()夢など、さっさと犬にでも食わせてしまえ!!」

 

「……汚物以下……無価値……?」

 

 エントランス中に響き渡るシャドウヴィムの言葉に、グエルの体はぶるぶると震える。

 学園に入る前から、子供の頃から抱き続けてきた夢を。一人のMSパイロットとして常に心に頂き続けて来た将来の目標を、大志を、まるでそれが道端に転がる犬の糞か何かのように否定されたのだ。何も感じないワケが無かった。

 だがそれでも――彼は何も言い返せない。

 他の者が言っていたならば迷わず殴り飛ばしているだろうその侮辱(ぶじょく)も、他ならぬ父が相手ではどうしても尻込(しりご)んでしまう。

 だからグエルは今も押し黙ってしまい――そんな彼の心中など一切察する様子も無く、安心しろ、とシャドウヴィムが(ささや)く。

 それこそ、親が子を(さと)すかのように穏やかな声色で。

 

「既にウチの系列会社に連絡を入れてある。お前はまずそこで仕事の仕方を学んで、それから俺の後を継ぐんだ。ラウダも卒業した後はCCOの座(お前の直下)()かせて、補助をさせる。お前達二人でジェターク社を発展させ、ゆくゆくはグループそのもののレールを敷く立場へと()し上がるんだよ」

 

 そこまで告げたところで、シャドウヴィムの顔が(えつ)に浸ったような笑みを浮かべる。

 その父の姿にグエルは、まだホルダーだった時の、自分の勝手な都合で彼女の意思を無視してミオリネをジェターク寮に押し込めようとしていた自分自身を見たような気がした。

 

「どうだ、俺が敷いてやったこのレールは!? (はる)かに良いだろう!? カテドラルの兵隊(デリングの走狗)なんかになって、何処の馬の骨とも知れん奴らと殺し合うよりも! ――さぁ、もう良いだろう? どれ程お前が馬鹿で情けなかろうと、ここまで言えばもう理解しただろう?」

 

 瞬間、両隣のシャドウがグエルの体を床から浮かせる。

 今度こそ、彼をこの場から退場させるために。

 

「現実に戻れ、グエル。戻って、現実の俺からの指示を大人しく待て」

 

「ま――」

 

 待ってくれ、と言い掛けたその言葉を、しかしグエルは己の口の中に押し留めた。

 そうやって時間を(かせ)いで、一体何になるというのか?

 既に系列会社とやらに連絡を入れていると、父は言った。なら、当然学園の運営にだって退学の申請も届け出ている筈。この場で待ったを掛けたところで、父が突然の心変わりでも起こさない限り、出されてしまったその申請はもうどうしようもない。

 ()()()()()()()()()、グエルの学園生活は。

 (つい)えてしまうのだ。何よりも誇り続けて来たMS操縦の腕を活かす筈だった、パイロットとしての将来は。

 ――ドミニコスのエースになるという、()は。

 

「――」

 

 もうグエルには、どうする事も出来ない。

 どうする事も出来ないまま、ただシャドウ達の間で項垂(うなだ)れるしかない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。下らん夢になど惑わされず、俺の言うがままにし続ける事こそが、お前やラウダにとっての最良――最も幸せな終点へ向かう、()()の道筋なんだからなぁ!!」

 

 ハッハッハ、と心底楽しそうに高笑いする父に何か返す気力も起きず、動き出した両隣のシャドウ達に連れ出されるまま、未だに正体不明のこの()とやらから追い出されるしかない。

 そう――。

 

「――最っ低」

 

 そうハッキリとした声で吐き捨てたミオリネに反応した父の笑い声が止んだ、その時まで。

 

 

 

「――何だと?」

 

 ギロリ、とシャドウヴィムの不愉快気な視線が向けられる。

 それに(おく)すどころか気にする事も無く、はー、と深い溜息を吐き出してミオリネは頭を振る。

 

「あー、最っ低よホント。――グエルなんかに()()()()()()()()()()()

 

 うんざりとした気持ちを隠す事無くそうぼやいてミオリネは嘆息し、そして――きっ、とシャドウヴィムを睨み付けた。

 

「さっきから聞いてりゃレールだ最良だ何だと、ごちゃごちゃうっさい! いい加減ムカつくのよ! ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「俺が、デリングの野郎と同じだとォ!?」

 

 早口気味に捲し立てたその怒りの言葉に、即座にシャドウヴィムが憤慨(ふんがい)した様子を見せる。

 しかしそれに怯む事無く、逆に、違うと思ってんの、とミオリネは叫び返す。

 

「同じよアンタら! 揃いも揃って、子供の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、あれこれ勝手に決めて、自分の方が力が上なの良い事に、無理矢理従わせようとして!」

 

 そうだ、()()だ。

 デリングもヴィムも、当人達はどう思ってるか知らないが、傍から見ればどちらも子供に自分の身勝手を押し付けて来る。

 そんな親の身勝手で自分の人生のあれやこれやを決められてしまうのが嫌で、そんな身勝手さから生まれたルールをぶっ壊してやろうと決意した時、ミオリネはその身にペルソナの力を宿したのだ。

 なればこそ、

 

「――アンタもアンタよ、グエルッ!」

 

ミオリネはその苛立ちの矛先をシャドウヴィムから、為すがままシャドウに外へ連れ出されそうになっているグエルの方へと移る。

 

「さっきから好き勝手言われてんのに、いつまで下向いてダンマリ決め込んでのよ!?」

 

 いつもの威張り散らしていて血が頭に昇りやすい彼なら、とっくの昔にキレている筈だ。

 それが、その相手が父親だからというだけで、まるで借りて来た猫のように大人しくしている。

 ハッキリ言って、今のグエルをミオリネは()()()()()と思っていた。

 普段の彼は普段の彼で腹立たしいが、今の彼はもうそれ以前の話だった。

 いつだったかミオリネ自身がそう(なじ)った()()()()()()()そのままで、そして同時に一昔前の、言いたい事があるのに引っ込めるしか無かった彼女自身を見ているようで、言い様の無い不快感があった。

 

「アンタの夢がどうのこうのなんて知ったこっちゃ無いし、アンタら親子の関係なんてもっと知ったこっちゃ無いけど、黙ってないで何か言い返しなさいよ! このまま学園に帰ったら、アンタ本当に退学よ!? ドミニコスにだって入れなくなる!」

 

 それでも良いの、とグエルへ発破(はっぱ)を掛けようとするミオリネ。

 その声に一旦は反応して彼女の方を向いたグエルであったが、しかし少しだけシャドウヴィムの方を見た後、言い淀むような様子を見せて再び俯く。

 くっ、と歯噛むミオリネ。

 対照的に、シャドウヴィムが勝ち誇ったように高笑う。

 

「何を説得しようとしたが知らんが、無駄だったな、デリングの娘! ――最も、グエルは貴様のような跳ねっ返りなどとは違う。コイツが俺に歯向かう事など、絶対に有り得ない! 貴様らが何を吹き込もうと、無意味でしか無い!」

 

 年がら年中デリングから逃げ出そうとしてばかりの貴様には、分からんだろうがなぁ!

 そう締め括った後も更に笑い続けるシャドウヴィムに、ミオリネは何も言い返せない。

 実際、昨日の決闘でも最後にグエルはレンでは無くヴィムに従った。その前例があるからこそのこの物言いであり、こればっかりは当のグエルがヴィムへの反意を少しでも示さない限り、反論のしようが無い。

 それ故シャドウヴィムを睨み付けるしかなくなったミオリネであったが、

 

「何を吹き込もうと無駄、か。なら――」

 

その前に踏み出す影が一つ。

 

「―― 一つ、試させてもらおうか」

 

 レンだ。

 彼がミオリネと、笑うのを止めて怪訝そうに、或いは忌々しそうに眉根を寄せるシャドウヴィムの視線の先へと進み出たのだ。

 

「言うようになったじゃないか、ムーンライト。少し前までの君とは別人みたいだ」

 

「――ええ、誰かさんのお(かげ)でね」

 

 仮面越しの黒い目を向けて称賛(しょうさん)の言葉を述べたレンに、ミオリネがそう笑い返す。

 それを受けて小さく鼻を鳴らし笑ったレンが、

 

「ここからは代わるよ。俺も言いたい事があってね」

 

今度はその黒い双眸をまっすぐにグエルと向けて、こう尋ねた。

 

「お前はどうするんだ、ジェターク?」

 

 

 

 激しい声を上げて父を糾弾(きゅうだん)していたミオリネの矛先が自分自身にも向いた時、グエルには何も出来なかった。

 父に反意を示すなど元から出来ないし、そうでなかったとしても今の――幼い頃から追い続けて来た夢を断たれてしまった事実に打ちのめされてしまった彼には、そうする気力など無かった。

 だから、続けて誰かが自分を呼んだ事に反応は出来ても、それがレンであった事に彼が気づけたのは、実際に声がした方へ振り返ってようやくの事であった。

 

「――あ」

 

 その黒い癖毛を認識するのに数秒要してから、グエルはレンから目を逸らす。

 ここまで来てなお、彼はレンを直視する事が出来ないでいた。

 その事に未だに気づいていないのか、はたまた気づいているが無視しているのかは分からなかったが、更にレンが問い掛けて来る。

 

「聞いての通りだ。お前の父親は俺だけじゃなく、お前まで退学させようとしている。それを知った今、お前はどうするんだ?」

 

「……」

 

 レンの問いに、グエルは答えられない。

 ヴィムが――グエルにとって絶対的な存在である父が決めた以上、もう彼にはどうしようもないから。

 そして、その答えを返す事さえ、彼は躊躇(ちゅうちょ)してしまうから。

 

「奴はお前の決闘(たたかい)を汚し、お前の誇りを踏み(にじ)った。その上、今度はお前の夢まで潰そうとしている」

 

「……」

 

「そこまでされても、それが父親の決めた事なら、お前は受け入れるのか?」

 

「……」

 

 続けられるレンの言葉に、グエルは尚も沈黙を続ける。

 尚も、彼から目を背ける。

 そうするしかなかった。

 レンに向けられる顔など、グエルにはもう無かった。

 何故なら彼は昨日の、あの決闘でレンを――。

 

「――お前は――」

 

 しかし、そうし続けるにも限度がある。

 どんな物事や行為にだって限界はあり、どうやっても(ほころ)びは出来るものだ。

 だから、続くレンのその一言に――。

 

「――また俺を()()()()()?」

 

「!」

 

 ――図星を突くその言葉に、遂にグエルは振り返らざるを得なかった。

 

 

 

 “裏切る”。

 その発言は、口にしたレンからしても卑怯な物言いに思えた。

 

「……裏切る、だと?」

 

 ようやく振り向いたグエルは最初、その指摘が余程予想外だったのか目を点にしていた。

 しかし、すぐにその身体をワナワナ、と震えさせ、その表情を苛烈(かれつ)なものへと変貌(へんぼう)させる。

 

「ふざけるな! 俺と貴様は敵だったんだ! 敵を相手に、裏切るも何もあるか!」

 

 全くその通りだな、とグエルが叫んだその主張にレンは内心で賛同する。

 彼の言う通り、昨日の決闘で二人は敵同士だった。敵でしかないレンの言葉をグエルが跳ね除けたからといって、それは別に責められる事ではない。寧ろ、その当然の対応を今のように裏切りと呼ぶレンこそが非難されても仕方ない。

 だから、

 

「ああ、()()()()()()()だな」

 

言葉の上でもあっさりとグエルの言い分を認めて見せる。

 ただし、

 

「でも――()()()()()()()()()()()()んじゃないか?」

 

その一言を言葉尻に()えた上で。

 

「っ!? な、何をバカな事を!」

 

 グエルが言い返す。

 動揺を顕わに、焦燥に駆られたように。

 

「一体、何を根拠に、俺が、貴様を裏切ったと思っているなどと――」

 

「なら、何でずっと()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「――っ!」

 

 そう指摘するや、グエルが言葉を詰まらせる。

 そして、数秒間を置いてから――()()()()()()

 その反応が証明となった。

 グエルが、あの決闘の最中でレンでは無く父親を選んだ事で、彼を裏切ってしまったと思っている事。

 そして、裏切ってしまったから――()()()()()()()()から、レンからずっと目を逸らし、彼と顔を向き合わせないようにし続けている事の、その証明に。

 そうして遂に、

 

「……そうだよ」

 

 ポツリ、と観念(かんねん)したようにグエルが呟く。

 

 

 

「ああ、そうだよ……。俺は、お前を裏切ったと思っている。――敵でしかない、目障(めざわ)りな田舎者でしかない筈の、お前を!」

 

 だがその一方で――自分の事を勝負に真摯で潔い奴と()めてもくれた、レンの事を。

 決闘の最中で、敵であるにも関わらず屈辱塗れの最低の敗北へと向かおうとしていた自分を止めようとしてくれた、彼の事を。

 裏切ってしまったと、グエルは思ってしまっている。

 だから、会いたくなかった。

 だから、彼に視線を合わせられなかった。

 そうしてしまったが最後、耐え難い罪悪感と後悔に耐えられず圧し潰されてしまう事になると、無意識に悟っていたから。

 だから――()()()()()()()()()()()グエルは、ハハ、と(かわ)いた笑いを漏らす。

 

「結局お前に負けて、あんな酷い無様を晒して……」

 

 挙句の果てには、子供の頃からずっと見続けて来た夢さえ潰されて。

 全く相応しいと思った。

 自分に差し伸べられた手を振り払った愚かで惨めな裏切り者の末路として、これ以上無い程に。

 

「……笑えよ」

 

 この場にセセリア辺りが居れば、きっと指差して()()している。ホルダーの座を射止めた後も20勝以上勝ち続けた無敗の王者の末期(まつご)として、これほどの()()は無いだろうから。

 だから、俯いたグエルはレンにもそうすればいいと投げ槍に言った。きっと、彼もそうすると思ったから。

 しかし、

 

「笑わないさ」

 

彼は嘲笑しなかった。

 

「俺はお前に裏切られただなんて思っていないし、今のお前を笑おうとも思わない。だけど――」

 

 その代わりに、ある言葉がレンの口から告げられる。

 

「――()()()()()()()()()。あの時――お前が()()()()()()()事を」

 

「――え?」

 

 ――()()()? 俺が?

 呆けた声を漏らしたグエルには、自分が逃げたというレンの発言の意味が分からなかった。

 望まなかったやり直しの決闘からも、そこに仕掛けられていた父の卑劣な謀略(ぼうりゃく)にも、その果ての最低の敗北にも、甘んじて受け入れはしても、逃げた覚えまでは無かったから。

 だから、続く言葉を耳にするまで、彼は()()に思い至りすら出来なかった。

 

「お前が()()()()()()()()筈の、お前自身の決闘(たたかい)から」

 

「!」

 

 ――俺の、決闘(たたかい)

 ああ、そうだ――グエルは思い出す――勝つために父が用意したものだからと、AIの自動操縦を受け入れた事を。

 ――自身にそう言い聞かせ、何一つ思い通りに戦えない事態に傷つけられ、(いきどお)りの感情を訴えていた己のMSパイロットとしての誇りから()()()事を。

 そして、

 

「お前から決闘(たたかい)を奪った挙句、そのせいで負けた事を当然のように(なす)り付けている、()()()()()()()

 

自分の事を信用せず、自分を隅に追い遣ってまで勝利を得ようと画策(がさく)し、自分の決闘(たたかい)を汚した()()()()を、それが父親だから、逆らうなど有り得ないからと、糾弾する事から()()()事を。

 

「そして今も――お前は、()()逃げようとしている。お前の父親に身勝手な理屈で潰され()()()()()()――()()()()()()()()

 

「俺の……夢から?」

 

 覚束ない口調で復唱して、ああ、とグエルは得心する。

 そうだ。――()()()()()()()だ。

 自分は、また逃げようとしている。退学の申請が出されただけで、()()()()()()()()()()夢から。子供の時から(あこが)れ続けて来た、絶対になると誓って来たドミニコスのエースを汚物以下と笑った父から。その侮辱に対する怒り一つ覚える間も無く。

 だが、()()は――。

 自分が本当に望む事からも、それを阻もうとする父からも逃げないという事は、つまりそれは――父に歯向かうという事。

 

「もう一度訊くぞ、ジェターク」

 

 たった一人で、自分とラウダを育ててくれた肉親を。

 たった一人で、ジェターク社を支え続けて来た偉大な男を。

 自分達を捨ててどこかへ消えてしまった母達のように、裏切るという事。

 それは出来ない。――許されざる行為だ。

 そう思うからこその苦渋(くじゅう)が、グエルの顔を歪める。

 

「お前は、どうするんだ?」

 

「……俺は……」

 

 今一度、グエルの中で天秤(てんびん)が揺れ動く。

 二度目の決闘の最中のように、青い目を左右に揺らして、(まど)う。

 

「お前の決闘(たたかい)を、誇りを汚した父親に従うのか? お前の夢を無価値と笑った父親の事を、許すのか?」

 

「――俺は」

 

 己が真に望む事にか? それとも今まで通りに、父にか?

 どちらに従うのが正しいのか?

 

「お前は、また逃げるのか? お前自身の本当の気持ちから。――お前の意思を認めない父親と()()()から」

 

「俺はっ!」

 

 また逃げるべきか? それとも抗うべきか?

 ――分からない。

 

「俺はぁっ!?」

 

 どちらへ進めば良いのか。どちらが正しいのか。

 どうすれば良いのか、分からない!

 誰か、教えてくれ!

 そんな悲痛な問い掛けを込めた声で、誰にともなく訴え掛けたグエルに返される声は無かった。

 ――その筈だった。

 

――大丈夫、です――

 

「――!?」

 

 声が、聞こえた。

 聞いた事の無い、誰かの声が。

 しかし、何故か聞けば聞く程に胸が熱くなっていくような、そんな声が。

 

――あ、あなたは、その――とても、強かった、です!――

 

(――そう、か)

 

 自分を褒め称えるその声が、グエルに気づかせる。彼自身が気づいていなかった、レンから目を逸らし続けていたもう一つの理由に。

 ()()()()のだ。レンを通して、そこにいない()の誰かを。

 ()()()()()()()()のだ。自分の事を強いと褒めてくれた知らない()の誰かを、同じように称えてくれたレンを跳ね除け、父に歯向かう事から()()()()()()()、あの瞬間に。

 

――に、逃げない人を笑うのは、ダメ! なんです!――

 

 ――ああ、そうだ。

 その誰かをも裏切ってしまったから。

 レンの顔を見る度に、その誰かの事も否応なくチラついてしまうから、そちらにも合わせる顔が無くて――そう言い訳して――逃げてしまっていたのだ。いつかの、どこかで、逃げなかった自分が笑い者にされるのを止めてくれた、その誰かから。

 だったら――グエルは決意する。

 

「――答えろ、ジェターク」

 

 どうするべきかなんて、()()()()()()()()

 

「お前は、お前の夢を――」

 

 誰とも知らぬ声の主も、レンの事も、もう裏切りも跳ね除けもする必要は無い。

 自分が()()()()()()()()()からも、気付かないふりをする必要なんて無い。

 もう、

 

「――()()()()()?」

 

()()()()()()()()()

 だから――。

 

「……ないだろ」

 

 グエルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()その問い掛けに答える。

 白いドミノマスク越しの黒い瞳を鋭く射抜き返すその青い瞳には、もう迷いも怖れも無い。

 

「こんなワケの分からんところに迷い込んで、ワケも分からん内に一方的に退学させると言われて……挙句に汚物以下と(けな)されて……ッ」

 

 ホルダーとして、MSパイロットとして、常に己の実力のみで敵を捻じ伏せて来た自分の決闘(たたかい)を汚され、その誇りを踏み躙られ、果てにその原動力さえも全否定され、潰されそうになっているのだ。

 

「学園に入る前から、ずっと変わらない夢なんだ。それをッ、こんなところで……ッ!」

 

 そんな無体を黙って受け入れられるか否かなど、決まっていた。()()()()

 だから、その屈辱を思い出して歯を食い縛ったグエルの内には、続けて()()叫び返す事に対する躊躇(ちゅうちょ)など一切無かった。

 

「諦められるワケ、ないだろォッ!」

 

 己の()()()()()を示す事に。

 その大音声がエントランス中を行き交い、反響を重ね、その場にいる者全員の耳朶(じだ)を打つ。

 そして数秒の間を置き、その反響がようやく止み始めたところで、

 

「――()()()()()()()()?」

 

昨日の決闘の最中に投げ掛けられたのと同じ台詞をレンが口にする。

 あの時とは()()()()()が込められた言葉を。

 ずっとグエルに対して無表情を貫いていたその顔に、暫く見ていなかったあの自信に満ちた微笑みを浮かべて、満足気に頷きながら。

 そしてその一方で、鳩が豆鉄砲を食ったように硬直していた父が、グエルゥ、と気炎を上げて詰め寄って来る。

 

「お前、まだ分からないのか!? ドミニコスなどゴミ溜めでしかないと言った筈だ!」

 

 そう(つば)を飛ばすシャドウヴィムは、きっとまだ分かっていない。

 彼の中でのグエルは、きっとまだ自分が敷いたレールのままに進む事に疑問一つ抱かない、従順な息子のままなのだ。逆らい歯向かうなど、発想すら浮かばないと思っているのだ。

 だから、その言葉は物分かりの悪い彼に尚も言い聞かせようとしているようだった。

 しかし、()()()違う。

 当にグエルの心は()()()()()()()()

 

「そんな下らん夢など、さっさと忘れ――」

 

「黙れよォッ!!」

 

「なっ……!?」

 

 絶対の存在で()()()父の横暴に、()()()()()と。

 

「もう()()()が誰だろうと関係無いッ! 誰が相手だろうと、もう俺は()()()()ッ!」

 

 父に従う事を選び、父に抗う事を含めたあらゆるものから逃げて裏切ったあの瞬間から、あの耐え難い敗北の運命は決まったのだ。

 なら、もう同じ()は犯さない。

 それが誰だろうと――例え、男手一つで自分達兄弟を養い、ジェターク社を支え続けて来た唯一無二の存在だろうと、もう決して逃げたりなどしない。

 目の前に立ち塞がり理不尽を()い、自分が進む事を望む道を阻もうというのなら、もう()()()()()()()

 

「これ以上、俺の決闘(たたかい)を汚すな! 俺の誇りを踏み躙るなッ! 俺の! 俺の夢をォ――」

 

 彼の反抗が予想外過ぎたのか目を見開いて硬直するシャドウヴィムに、グエルは更に吠え立てる。

 両隣から変わらず両腕を拘束するシャドウ達にも構わず、今まで以上に暴れ藻掻きながら。

 自分の事を信じず、自分の進むべき道を勝手に決め、それこそが最も良い将来と当然のように(のたま)う父の、その身勝手さへの不満を。

 そしてこれまでの、そんな父にただ言われるがまま、歯向かう発想さえ無く逃げ続けるだけで、果てに信じて称えてくれた者達をも裏切った情けない自分自身への、怒りを。

 その全てを込めた咆哮を今、大きく吸い込んだ息と共に、一息でグエルは吐き出した。

 

嘲笑(わら)うなアアァァッ!!」

 

 

 

――よくぞ言った――

 

 その次の瞬間だった。

 ドクン、という鼓動と共にその声が頭の中に響き渡り、同時に凄まじい痛みがグエルの頭を襲ったのは。

 

――よくぞ父に抗い、己が誇りを、望みを貫く意思を示した。(しか)らば今こそ――!――

 

「ぐっ、ぅあ、ああっ……!?」

 

 (たま)らず身を()()らせたグエル。

 何かが脳の奥底で(うごめ)いているかのような(おぞ)ましい痛みに目を――シャドウヴィムのような怪しくギラつく()()へと変わった瞳を震わせる彼は、咄嗟に頭を手で押えようとする。

 しかし、シャドウ達に腕を押さえ込まれている今、それは叶わない。

 そしてその間も、声が言葉を続ける。

 

――我は汝、汝は我……――

 

「がぁっ! ぐ、ああっ、があぁあぁぁあ……!」

 

 どこかグエル自身と似た声色の、しかし彼のものには無い威風堂々(いふうどうどう)さを持ったその声が放つ言葉一言一言が、彼の頭蓋(すがい)を内側から斬り(さいな)剣閃(けんせん)となって、更に彼を暴れさせる。

 

――貴様の夢の価値を(しん)に知るは貴様のみ。なればこそ、ここに貴様の夢の価値を示せ――

 

 先程までグエル自身の意思でシャドウ達から逃れようとしていたよりも更に激しく、強く。

 それこそ、彼がどれだけ藻掻こうとビクともしなかった制服姿の男達が()()()()()()()()()

 

――例えそれが敬愛すべき肉親であろうと、立ちはだかる者あらばその(ことごと)くを虚無(ニヒル)へ帰す事も(いと)わぬ、その野望の価値を。貴様の内に眠りし、()()()()()()()の名を以て!――

 

 絶叫を上げながら、力任せに体を揺らし、頭を、足を振り回すグエル。

 まともに思考できる状況ならば彼自身がどこにそんな力があったのか疑問に思わざるを得なかっただろうその剛力に、両隣のシャドウ達が動揺を顕わにしながら前へ後ろへとよろめき、振り回される。

 そして遂に、押さえ切れなくなったシャドウ達がグエルの腕を離した。

 

――それを以て、我らが契約を()す。我が刃、貴様の道に立ち塞がる全てを突き穿(うが)つ槍となろうぞ!――

 

 ようやく解放されたグエルは、その勢いのまま、床へと放り出される。

 その衝撃に呻きを一つ上げた彼が、やっと自由になった両手で尚も激痛を発し続ける頭を抱え込もうとした、その一瞬前であった。

 蒼い火の粉が眼前を舞った。

 ぼひゅっ、と一瞬だけ燃え上がってすぐに灰一つ残さず消えたその火の粉に疑問を抱く間も無く、続けてある違和感がグエルを襲う。

 触れたのだ。いざ頭を押さえ込んだ彼の両手に、()()が。

 痛みに身を震わせながらも、手を動かしその正体を探ったグエルは気づく。

 ――()()だ。

 いつの間にやら、彼の顔に硬質な仮面がぴったりと貼り付いていたのだ。

 

――(しか)して忘れるな。真に夢の価値を知るのが貴様のみならば、真に夢を終わらせられるのもまた貴様のみだという事を……――

 

 同時にグエルは理解した。

 この仮面を()がさなければならない。剥がして、自分に似たこの声との契約とやらを結ばねばならない、と。

 そうしなければ()()()()、と。

 だから、彼はすぐにその仮面に手を掛けた。

 

「ぐっ、ぅう……! ぅおおおおおぉぉぉぉっ!」

 

 雄叫びを上げ、仮面を剥がそうとするグエル。

 ビリビリ、ブチブチと嫌な音を立て、仮面に癒着(ゆちゃく)した皮膚が諸共引き千切られて更なる苦痛に与えて来るが、その手に込める力を彼は(ゆる)めない。

 レンを、自分自身を。

 そして誰よりも――あの知らない声の主を、二度と裏切らないために。

 ()()()()()()進み続けた、()()()()自分へと戻るために。

 もう――()()()()()()()

 その意思のまま、遂に仮面を剥ぎ取り、血飛沫を辺りに撒き散らして天を仰いだグエルは、()()()を呼んだ。

 彼の内から語り掛けていた、()()()()()()の名を。

 

「“チェーザレ”えええぇぇッ!!」

 

 

 

 蒼い火柱が吹き上がった。仮面を剥がしたグエルを中心に、激しい烈風を(ともな)って。

 すぐ傍にいたシャドウヴィムも、グエルを拘束していた者達やそれ以外の付近のシャドウ達も、纏めて何もかも吹き飛ばすその凄まじい烈風に、ミオリネとエリクトは姿勢を低くして身構えるしか出来ない様子だった。

 しかし、レンとモルガナは違う。

 二人は知っていた、()()()()が何なのかを。今まで、幾度となくその目で見て来たから。

 だから、揃って吹き掛かる風と火の粉から身を(かば)っていた二人は、その眼前に(かか)げた腕の下で口角を上げていた。

 そして今、火柱が内側から裂かれ、火の粉を散らせて消えると共に風も止む。

 そこに現れたのは――()()だ。

 その背丈はざっと4m程度。赤紫の、最初の決闘でグエルが使っていたディランザを模したような、されど骨太なあちらと違ってスマートなシルエットを形作る甲冑(かっちゅう)姿。その両肩から伸びてはためく金色のマントには王冠と赤い茨で周りを飾られた獅子の横顔が描かれ、その頭部を覆い隠す兜もこれまた獅子の上(あご)から上を模した造形となっており、その下から固く一文字に結ばれた口元が覗ける。

 そしてまた、両手で柄を握り、真正面で直刃の長剣(ロングソード)の刃を立てて(たたず)むその騎士を傍に従えたグエルも――。

 

「――いけるな、()()()?」

 

 レンは一歩進み出し、床に燃え移った蒼い炎に照らされているグエルへと問い掛ける。――敢えて()き付けるように、やや挑発的な言い方で。

 それに対し、フン、とグエルが鼻を鳴らす。

 

()()()()()()

 

 それは、二度目の決闘が始まる直前、通信越しに彼に言われたのと同じ台詞だった。

 が、そこに込められた感情はあの時とは幾分か違っているようでもあった。

 まるで、その姿()のように。

 

「俺を誰だと思っている?」

 

 そう告げるグエルは、つい先程までの上着をマントのように着流した制服姿ではない。

 下は焦げ茶色のズボンに同色の無骨なコンバットブーツ、上は赤紫のインナーの上から両袖を肘の上まで(まく)った、脇下までの丈の焦げ茶色のレザージャケットを身に着け、首に巻いたインナーと同色のマフラーの両端を背中から棚引かせている。

 それこそがグエルの怪盗服。――彼の反逆の意思が形となった姿。

 そして、そういった様相に自らの姿が変わっている事を気にした様子も無く――或いは気づかないままに――グエルが言葉を続ける。

 

「俺はグエル・ジェターク。ベネリットグループ御三家の御曹司で、決闘委員会の筆頭で――」

 

 ブオン、とグエルが赤紫のタクティカルグローブを嵌めた両手で握った得物を頭上に掲げ、振り回す。

 赤紫の2m近い長い柄の先に、銀色の十字型の穂先(ほさき)を付けた長槍を。

 一回しした遠心力のままに、勢い良くそれを振り下ろして大見えを切った彼が、声高々に宣言する。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 シャドウヴィムに汚物以下の下らないものと嘲笑されたその夢を、決して諦めないという()()を。

 そして同時に、その夢を潰して自分が定めたレールの上を進ませようとする父への、()()を。

 それが伝わったからこそ、

 

「グエルぅ……!」

 

よろけつつ立ち上がったシャドウヴィムが、頭から外れ落ちた制帽を拾う事も忘れてグエルに鋭い視線を向ける。

 それに対してグエルが、笑い返した。

 獲物を前にした獅子のように歯を剥いた、獰猛な笑みを。

 それが今の彼の、父に対する返答だったのだろう。

 

「行くぞ“チェーザレ”ッ!」

 

 グエルが、自身の傍に佇む騎士へと叫ぶ。

 それに応じるように騎士が――“チェーザレ”と呼ばれた彼のペルソナが、手にしたロングソードを一閃しながら、グエルと同じ方向へ向き直る。

 その動きに反応して一歩後退った、シャドウヴィムの方へと。

 

「父さんから俺の夢と誇りを――()り返す!!」

 




※推奨BGM:覚醒、Will Power

グエル君、遂に覚醒。そしてへし折られるボブ化フラグその1。
ボブ化の可能性はまだ残っているぞ? さぁ、残っているフラグを全部折れるか?

次回もこうご期待!
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