ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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長らくお待たせいたしまして申し訳ありませんでした!

今回は現実へと帰還した直後から始まる説明会! ところで決闘に負けたんだからやる事あるよね? な感じの23話、はーじまるよー!

※1/18 グエルのペルソナについて一部追記。


#23 Because you're in trouble right now, aren't you?

「落ち着いたか?」

 

 ジェターク寮の正門前。黒曜石の柱の上部に設置された監視カメラの撮影範囲から外れている一画でそう声を掛けられたグエルは、まだ鈍痛の残る頭に手を当てたまま、ああ、と頷き、次いで門の向こうへと目を遣る。

 一対の柱の中央に座する格子と、その先に広がる庭園。整えられた植込みと花壇(かだん)が作る道の先でその威容を惜しみなく晒している、()()()()()()()()()()()()()()

 つい先程までそこに建ち、そしてその中から抜け出して来たばかりの筈のあの異様な駅舎は、その痕跡一つ残さずきれいさっぱり無くなっていた。気づいた時には、元通り寮舎だけがそこにあったのだ。

 ただ建てるだけでも数年は要するだろう巨大な施設が、まるでコンピュータ上で別々のデータを一つのフォルダに入れたり抜き取ったりするかのような気軽さで入れ替わる。――その全く理解が及ばない現象が起きた理由について、半信半疑ではあるが、既にグエルは知っていた。

 

「父さんのパレス……だったか? あの、駅とやらは」

 

 未だ拭いきれない疑念を(にじ)ませながら問うたグエルに、そうだ、とズボンのポケットに両手を突っ込んだ姿で対面に立つレンが肯定を返す。

 彼も、そしてグエル自身も既に元通りの緑と黒の制服姿だ。ほんの少し前まで身に着けていた筈のロングコートやレザージャケットは、気づけば最初から存在すらしなかったかのように彼らの体から消え失せていた。

 

「あの駅は、お前の父親が歪んだ心の目で見ている、もう一つのジェターク寮だ」

 

「何でか知らないけど、アンタの親父は寮の事を駅だって思ってんのよ。で、その認知(思い込み)のせいで、異世界のジェターク寮はあんなワケ分かんない駅になっちゃってるんだそうよ」

 

「……異世界、か」

 

 レンに続き、一歩下がったところに立っている――やはり見慣れた制服姿の――ミオリネからも改めて説明を受けたグエルは、頭痛が増したような気がして眉を(しか)める。

 認知の異世界――父の歪んだ欲望が生み出したという、(パレス)

 まるでコミックやシネマの世界に迷い込んでしまったかのような、全く(もっ)て信じ難い話だった。人類の大半が宇宙にその生活圏を広げて久しいこのA.S.(アド・ステラ)の時代に、そんなオカルト染みた話を大真面目に話されても悪い冗談としか受け取れないし、ともすれば、今の自分はとんだ悪夢を見ている最中にあるんじゃないかという疑いすら抱いてしまいそうだ。

 だが、これは紛れもない現実だ。

 まだ頭に残る鈍痛が、父に――そのシャドウとやらに打たれた(ほお)に残る感覚が。

 そして何より、あの駅の中で覚醒させてから自身の内に確かに感じられるもう一人の自分――ペルソナ(チェーザレ)の存在が、その事をグエルに嫌でも知ら占める。

 そう。

 

「まぁ、信じられん気持ちは分かる。自分の親父のせいで、あんな奇怪な世界が出来上がったなんてな」

 

「でも、信じるしか無いんだよね。グエル君のパパがデリング木端微塵(こっぱみじん)に吹っ飛ばそうとしてた事も、レンだけじゃなくて君も退学させようとしてるって事も」

 

 そう口々に告げて来たのが、レンの足下で先が白い尾を揺らしている黒猫と、その背に乗せられているオレンジ色の人形のキーホルダーであるという、己が眼を疑わざるを得ないような事実も。

 そしてキーホルダーの方が言った通りに父がトンデモない蛮行(ばんこう)を犯そうとし、更に全く(あず)かり知らぬところで自分の身に破滅が近づいていたという、己が耳を疑わざるを得ない事実も。

 全ては、()()()()()()()なのだ。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#23 Because you're in trouble right now, aren't you?

 

 

 

「ていうか、何でちょっと休んだだけで復帰してんのよアンタ? ついさっきまでまともに動けなかったくせに」

 

「いや……」

 

 そう言われても、とやや不機嫌そうな面持ちで問い詰めて来たミオリネへの返答にグエルは(きゅう)する。

 確かに、ほんの少し前まで彼はまともに立ち上がる事さえ出来ない程に疲弊(ひへい)していた。あの駅舎から脱出する際も、レンとミオリネに左右から抱え上げられてようやくといった有様だった。

 レン達の話によれば、あのペルソナという力に目覚めてすぐの頃は大体ああいう風に消耗するらしいが……そこから回復するのが早すぎると言われても、彼自身そんなの何故かなど分かるワケがない。

 それ故押し黙っていたグエルに代わり、そりゃそうでしょ、とエリクトがミオリネに返事をする。

 

「ミオリネとグエル君とじゃ、見た目からして鍛え方違うもの。単純に君が()()()()()

 

「はぁ!?」

 

 何ですってェ、とエリクトの容赦(ようしゃ)無い指摘にミオリネが憤慨(ふんがい)する。

 それに対し、本当の事じゃん、と溜息混じりに吐いて火に油を注ごうとするエリクトと、お前ら止めろよ、と喧嘩を始めかねない二人に見兼ねたように静止を呼び掛けるモルガナ。

 そんな様子の三者に置いてけぼりを食らったような気分で呆然としかけていたグエルは、自分の胸元を見下ろして呟く。

 

「チェーザレ、か……」

 

 自らが覚醒させたペルソナ。大破した彼のディランザに似た造形の甲冑で全身を覆った、赤紫の騎士。

 その名から連想出来るのは、遥か昔の地球の、イタリアという国で多くの武功を上げた英雄だ。確か父親が大きな権力を持っていて、その後ろ盾に――。

 そこまで思い返したところで、グエルは眉を(しか)めた。

 ベネリットグループ御三家の御曹司――今までそう声高に主張する事に疑問一つ抱いた事は無かったが、思えばそう名乗れるのもジェターク社CEOであるヴィムの権力あればこそ。権力者の父親が後ろ盾にいる事は、件の英雄と自分とで共通する点だ。

 しかし、かの英雄はある日その後ろ盾を失った。それを契機に彼の栄華(えいが)(かげ)り、30前半という若さでその命を戦場で散らす事となった筈だ。

 そこだけはグエルとは違う。自身の夢と誇りを守るため、ヴィムに反旗を翻した彼とは。

 だからこそ、グエルは言い聞かせる。――自ら後ろ盾を捨てるようなマネをした自分には、かの英雄のような破滅はあり得ないと、不安を覚える彼自身に。

 その後、軽く首を振って気を取り直した彼は、ミオリネ達を一歩離れた場所から傍観していたレンの方へと向き直る。

 

 

「――イセカイナビ、だったよな? 俺まであんなワケの分からん世界に迷い込む羽目になったのは?」

 

 あの父のパレスとやらに自分まで入り込む事になった、その原因。

 それについて改めて問うたグエルに、レンが制服のポケットから取り出した彼自身の生徒手帳の画面を見せて来る。

 向けられたその液晶の一画には、割れたガラスを連想させる赤地に黒の放射模様の背景の上に赤い目玉が描かれた、不気味な絵柄のアイコンが表示されていた。

 それが、(くだん)のイセカイナビというアプリらしい。

 

「このナビを使えば、さっきのお前の父親のパレスのような、人の認知が作り上げた異世界に入る事が出来る。――ある程度の範囲にいる全員を纏めて、()()()()()、な」

 

 掲げていた生徒手帳をポケットに戻したレンが、続けてグエルに確認を投げ掛ける。

 

「見ていたんだろ? 俺達がナビを使って、パレスに行こうとしているのを」

 

 多分その辺りで、と彼が視線を移動させた先にあるのは、正にレン達がイセカイナビを使ってヴィムのパレスに入り込もうとしている様子を隠し見していた、あの繁みだった。

 見事に言い当てられた隠れ場所に、気づいてたのか、とグエルが漏らした驚きは、すぐに、まさか、とやんわり否定される。

 

「何となく気配を感じたような気がした、ってだけさ。本当に誰か隠れていたなんて、思いもしなかった」

 

「そうよ。もしアンタまで異世界に来てるなんて分かってたら、無理矢理にでも現実に帰らせてたっての」

 

 レンの返答に、溜息交じりにミオリネも補足を入れる。

 異世界では、あの駅員の恰好をした不気味な連中のような、シャドウという怪物が彷徨(さまよ)っている。シャドウに対抗する術を持たない普通の人間を異世界に招き入れたままにするなど、危険極まりない、と。

 

「だから、周りにワガハイら以外の奴がいないの確認していた筈だったんだけどなぁ……」

 

「ひょっとしてグエル君、かくれんぼとか得意だったりする?」

 

 足下からモルガナとエリクトが口々にぼやく。

 つまり、レン達がイセカイナビを操作して父のパレスに入ろうとしたあの瞬間、ナビの範囲に自分もいたから巻き込まれてしまった。――()()というのが、あの時自分も異世界に足を踏み入れる事となった理由らしい。

 そんな彼らの言い分を、成程、と若干呆気に取られつつも受け入れるグエルであったが――何故か、彼はそこに微かな違和感を覚えてもいた。本当に微か過ぎて、具体的に何がおかしいのか自分でも分からない程度の違和感を。

 まぁ、その程度なら大したものでは無いだろうと、彼はその違和感を無視する。

 もっと気にすべき事はあるのだ、色々と。

 

「――お前らは、一体何をしようとしてるんだ?」

 

 イセカイナビなどという奇怪なアプリを使い、シャドウという化物が徘徊(はいかい)する異世界に危険を(おか)してまで踏み込む、その目的は一体何なのか?

 確かめないワケにはいかない。異世界に迷い込んだグエルが父のパレスへと足を踏み入れた理由の一つも、正にそれなのだから。

 

「俺達は、お前の父親を()()させようとしている」

 

「改心?」

 

 問い掛けへの返答としてレンが口にした聞き慣れない言葉に、グエルは片眉を上げる。

 

「そうだ。奴のパレスの何処かにある“オタカラ”を奪って、奴が出した俺の退学申請を取り消させようとしているところだ」

 

「そんな事が――」

 

 出来るのか、と驚愕と懐疑が綯交(ないま)ぜになった声で問い返したグエルに、レンがその自信を伺わせる不敵な笑みを浮かべる。

 信じ難い話だった。やると言った事は必ずやり通す性分の父に、自身が提出した届け出を撤回させるなど、無理難題としか思えなかった。息子として、そんな父の性分を誰よりも知っているグエルからすれば、特に。

 だがもしも、そんな不可能としか言い様の無い事が本当に可能ならば――。

 

「――俺の分も、出来るのか? その改心とやらが上手くいけば、父さんに、俺の分の退学申請も撤回させられるのか?」

 

「ああ」

 

 恐る恐る問い掛けたグエルの問いに、一切迷いの無い返答が告げる。

 

「申請が受理されるまでの期限は――確か、一週間ちょっとだっけ?」

 

「ええ、大体そんなトコ。でも、撤回の手続きなんかもあるだろうから、もう少し短く見た方が良いわね」

 

「なら、今日も含めて丁度一週間、ってくらいかな? ――それまでに“オタカラ”を盗み出す必要はあるけど、それさえ出来ればイケる筈だ」

 

 途中でミオリネと確認を挟みつつそう言い切ったレンに、曇天(どんてん)を割って日光が差し込む様をグエルは見たような気がした。

 一週間以内にあの巨大な駅舎の中を探り周り、“オタカラ”とやらを見つけ出して奪取(だっしゅ)する。それが出来れば、父は改心して退学を取り消してくれる。――潰される危機にあったドミニコスのエースになる夢も、諦めずに済むのだ。

 そう思えば、自然と希望が湧いて来る。

 無意識に両手で拳を握り、笑みを浮かべてガッツポーズを取っていたとしても、止むを得ない。

 しかし、そこに、おおっと、と水を差す声が。

 

「お前、何か勘違いしてねぇか? ワガハイらがお前の親父改心させようとしてんのは、あくまで蓮の退学を取り消させるため()()だぜ?」

 

「レンを退学させようとした君の面倒まで見て上げる義理なんて、ぶっちゃけ無いんだよねーボクら」

 

「ぐっ……」

 

 足下からそうツッコむモルガナとエリクトに、グエルは言葉を詰まらせる。

 確かに二人の言う通りだ。あくまで決闘で負けた際の条件だったとはいえ、彼がレンを退学させようとしていた事は間違い無い。そんなグエルの事まで助けてやる義理は、確かに彼らには無いだろう。

 

「それに、だ。いざ改心させたとなれば、大抵の奴は良心の呵責(かしゃく)が生まれて自分の罪を告白しようとするんだ。何もかも洗いざらい、()()な」

 

 ヴィムの場合ならば、その全部の中には当然デリングの暗殺未遂も含まれる。

 そんな事を白状しようものなら、当然彼はその罪への(そし)りを(まぬが)れないし、ジェターク社も、親族であるグエルやラウダもその影響を受ける事になる。

 最悪、会社の存続や生活の維持まで危うくなる。

 

「そうなったら、もう退学だ夢だのの話じゃないだろ?」

 

「それは――」

 

「もしワガハイらがお前のためにも動いてやるとしても、だ。()()なるかもしれねぇって事、お前受け入れられんのか?」

 

 足下からのモルガナの鋭い視線に、グエルはぐぅの()も返せない。

 彼とてジェタークの男だ。会社や弟まで巻き込みかねないと言われれば、易々と首を縦に振るワケにはいかなくなる。どうしても踏み出そうとした足が止まってしまう。

 ――しかし、だ。

 だからと踏み(とど)まったところで、事態は好転などしない。

 ここでレン達を止めればヴィムは改心せず、彼の自白によってジェターク社やラウダが危機に晒される事は無いが、代わりにグエル自身が退学させられ、父の思惑通りにどこぞの系列会社に入れられる事となる。

 それではダメだ。

 そうやってドミニコスのエースへの道を閉ざされるのが嫌だったから。

 そんな風に()()()とせず、()()()()()()()から昨日の決闘でのあの耐え難い敗北を味わう事になったと、気づいたから。

 だから先のパレスで父のシャドウに抗い、チェーザレを呼び覚ますに至ったのだ。

 なら、答えは決まっている。

 

「――()()()

 

 例え、その先に待つのが今以上の破滅であったとしても。

 それしか己が夢を守る手段が無いのであれば、それに全てを賭けて()()べきだ。

 

「もう決めたんだ。――誰が相手だろうと、何が待っていようと、もう決して俺は()()()

 

 そう誓ったのだ。

 あの聞いた事の無い声の、見た事も無い誰かに。

 けれど、思い出すその度に胸を焦がすような熱さと切なさを抱かせる、その声の主に。

 自分にそんな想いを感じさせる彼女は、一体何者なのか? ――グエルとしてもその事は強く気に掛かる事ではあったが、しかしその疑問を今は頭の隅に追い遣っておく。

 まず()()()()があった。

 それを果たすため、

 

「ミオリネ・レンブラン」

 

彼はミオリネの名を呼び、反応して銀の瞳を向けた彼女にまっすぐ向き直って、

 

「先日の無礼な態度、および温室を壊した事について、ここに謝罪を申し上げる」

 

深く頭を下げた。

 

「――それ、レンに負けたから?」

 

 頭を下げたままのグエルに、感情の読み取れない不愛想な声が掛けられる。

 レンとの二度に渡る決闘では、いずれもミオリネへの謝罪がグエルが敗北した場合に行う事として取り決められていた。様々な事態が重なって有耶無耶になっていたその敗者としての責務をこの機に果たしておきたかったのかと問われれば、正しくその通りだ。

 しかし、この場で謝罪をした理由はそれだけじゃない。その事を、頭を下げたままグエルは言葉にして述べる。

 

「パレスの中で、俺の意思を(ないがし)ろにして、自分の思い通りに俺の動かそうとしていた父さんのシャドウを見ていて、思ったんだ。――まるで、お前をジェターク(ウチの)寮に押し込めようとしていた時の俺みたいだ、と」

 

 そう感じたと同時に、ミオリネの気持ちなど一切考慮せず、仮初(かりそめ)の婚約者の立場に胡坐(あぐら)をかいて一方的に決めた事を押し付けていた身勝手な自分を恥じる気持ちが、グエルの内から湧いて出て来たのだ。

 

「あの時になって、やっと分かった。自分の意思を握り潰されて勝手に物事を決められる事が、どんなに苦痛なのかを。それをする事が、どんなに相手を侮辱(ぶじょく)する行為なのかを」

 

 その挙句、その卑劣な行為を跳ね除けられたあの時の自分は逆上し、自分の立場を分からせるため、と称してミオリネの温室まで破壊したのだ。

 今だからこそ分かる。あの時の、連勝続きでホルダーの椅子に座り続けて天狗になっていた愚かな自分に正義は無かった。間違っているかどうかは決闘で決めるなどと(うそぶ)いて、自分がどういう事をしていたのか、まるで分かっていなかった。

 ()()()()()()。あの時止めに入り、そして自分を決闘で打ち負かす事となったレンの、その言葉通りに。

 だから、今のグエルのこの謝罪はもう決闘の勝敗の話だけじゃない。

 ミオリネを侮辱して無体を働いた事に対する、()()()()彼女への謝礼を込めて行われていたのだ。

 それを示すため、少しだけ持ち上げた上半身をもう一度深々と傾け、先程よりも申し訳なさを込めた声で彼は改めて謝罪を述べる。

 

「――本当に、済まなかった!」

 

 そしてもう一つだけ、ここで彼が頭を下げた()()がある。

 ここまでのミオリネへの謝罪はもちろんグエルの本心から来たものではあるのだが、実のところ、その目的に移るための(みそぎ)でもあった。

 その禊を為し終えたグエルは頭を上げ、背を真っ直ぐに伸ばし、緊張に強張った青い瞳の向きを変えて、その先に立つ人物をじっと見つめる。

 

「――レン・アマミヤ」

 

 眼鏡のレンズ越しの黒い双眸でじっと彼を見返す、レンを。

 そして一つ息を吐き、

 

「お前達に頼みたい事がある」

 

意を決した彼は、

 

「俺に、力を貸してくれ!」

 

心からの懇願(こんがん)の意思を込めて、レンへも頭を下げた。

 

「俺もペルソナとやらこそ使えるようになったが、お前たちのようにイセカイナビを持ってるワケじゃない。俺だけじゃ、もう一度父さんのパレスに行く事は出来ない」

 

 そして自分だけでは、きっとレン達がやろうとしている父の改心とやらも出来ない。

 であれば、彼らに全てを任せて事の成り行きを見守るという手もあったかもしれないが――そうする事をグエルは良しとしなかった。

 これはきっと、試練なのだ。

 父という大きな壁を乗り越え、敷かれたレールを外れてでも己が行くべき道を()()()進めるかどうかという、グエル・ジェタークという男にとっての一世一代の。

 そんな大切な試練を己が手で乗り越えず他人に(ゆだ)ねるなど、それはもう二度としないと決めた()()でしかない。

 例え他人の手を借りてであっても、自分の手で為し遂げなければならないのだ、この試練は。

 

「お前にも色々と迷惑を掛けたし、そもそも、お前と俺は敵同士だった。こんな事言えた義理じゃないのは分かっているが、それでもどうか――!」

 

 頭を深く下げたまま、ぐっと目を食い縛るグエル。

 彼がヴィム以外の相手にこんな風に頭を下げて何かを求めるなど、初めての事だった。その高いプライドの抵抗もあったが、それも捻じ伏せた。

 全ては()()()()ために。

 その結果は――。

 

「――()()だ」

 

 ふっ、という笑い声に続けて掛けられたその言葉に、反応するまま顔を上げたグエルを迎えたのは、柔和な笑みだった。

 

「“俺の分だけじゃなく、お前の分の退学申請もお前の父親に取り消させる。そのために、お前も俺達心の怪盗団(ザ・ファントム)に加わって協力する”。――この条件が呑めるなら、俺達はお前に手を貸す」

 

「――! 良いのか?」

 

 どうだ、と投げ掛けて来たレンに、咄嗟にグエルは訊き返す。

 それに対して返された頷きが、彼の目を歓喜に輝かせる。

 グエルとしても、この願いが聞き入れられるかは半信半疑だった。自分がレンだったら無下に断っているだろう類の戯言だっただけに、十中八九負ける賭けに挑んでいるような気分でもあった。

 その賭けでどうにか勝ちを拾えたのだ。喜びもすれば、安堵もする。

 そして、ああ、でも、と続けられた言葉に驚きもする。

 

「ナビなら多分、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「何っ?」

 

 がばり、と曲げられていた板バネがまっすぐになるように勢い良く背筋を戻したグエルは、言われるまま懐から自身の生徒手帳を取り出して、起動する。

 光が灯った液晶には、確かに先程レンが見せたものと同じ目玉模様のアイコンが表示されていた。

 勿論、グエル自身にイセカイナビをダウンロードした覚えは無い。それ故瞠目(どうもく)する彼に、そういうアプリなんだよ、とレンが補足を加える。

 

「というワケで、今のお前は行こうと思えば自力でお前の父親のパレスに行ける。そうなると、お前が態々俺達に頼る理由も一つ減るワケだから、その分の()()が必要だな」

 

 そう、どこかわざとらしさが感じられる口調で口にしたレンの顔が下方へ傾けられる。

 その足元から、そうだな、と待っていたように彼の方を見上げていたモルガナの方へと。

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って条件追加すんのはどうだ?」

 

「何っ!?」

 

 つい先程、改心した人間は自分の罪を余さず告白する、とモルガナは説明した。それと同じ口から提案された真逆の追加条件にグエルは驚きの声を上げたが、それを気にする様子も無く、今度はミオリネが、良いんじゃない、と賛成の意を示す。

 

「どうせ未遂なんでしょ? 結局やってない事態々白状させて転落されても夢見が悪いし、自分が狙われてたって知ったところで、あのクソ親父にゃ屁でも無いだろうし」

 

「うわっ、自分の親の事なのに冷たっ。でも、実の娘もこう言ってんだし、全然オッケーじゃないかな?」

 

 続けてエリクトもそう同意を示したところで、なら、決まりだな、とレンがグエルの方へ向き直る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――改心した後なら同じ事も繰り返さないだろうし、この条件も追加しようと思うんだが、どうだ?」

 

「いや、俺は良いんだが――」

 

 (むし)ろ、有難いくらいだ。その条件一つ加わるだけで、唯一の懸念事項だった今以上の破滅の危険性がほぼ全て無くなるのだから。

 無論、そんな事出来るのかという疑問もあったが、

 

「まぁ、これについてはちょっと運も絡む。絶対とは言えないけど―― 一応、当てというか()()はあるんだ。多分、出来なくはない」

 

他でもない彼らがそう言うのだから、恐らくそれも問題無いのだろう。

 だが、ここまで来ると取引というには大分グエル側の方が条件が有利になる。元は彼の側から頼み込んでの事だっただけに、そんな破格の条件で良いのか、と問わずにはいられなかった。

 それに対して、レンから返って来た答えは以下の通りだった。

 

「だってお前、今()()()()だろ?」

 

「え?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから手を差し伸べる。――()()()()の話さ」

 

 当然の事だとばかりに告げられたその言葉は、最初の決闘の切欠となったいつぞやの温室での相対の際に言われたのと一字一句違わず同じ物だった。

 それに気づいた時、ようやくグエルは悟った。――それこそが彼の()()であるという事に。

 

「まぁ、そこで取引なのは弱みに付け込んでるようでアレだけど――」

 

 元々俺の方から切り出すつもりだったから、そこは許してくれ。

 若干バツが悪そうに頭を掻きながらそう言うレンであったが、実のところ取引という体裁(ていさい)()()()()()()とか、()()()()()程度のものなのだろう。

 何故なら、()()が彼の本質だから。

 横暴に晒されるミオリネを助けるために、グエルに決闘を挑んだように。

 目の前に困っている誰かがいるから助け、間違った事が行われているから、歯向かう。

 だから今も、夢を潰されようとしているグエルのために手を差し伸べ、彼らを身勝手に退学させようとするヴィムに立ち向かおうとしている。

 レン・アマミヤとは()()()()男なのだと、今になって、ようやくグエルは理解した。

 理解したと同時に、ははっ、と彼は無意識に笑っていた。

 それを訝しんで、どうした、と掛けられたレンの声に、いや、と彼は目を伏せる。

 

「――何だかなぁ」

 

 善悪や是非を決めるのは決闘の勝敗――すなわち、()()()()()()()()のみだ。

 そんな風に偉そうに(のたま)い、歯向かう者全てを敵とし、実際に捻じ伏せて示したその力こそを正しさとして()()()()()()()自分には、それ以上に上の存在()に抗う発想さえ持てなかった。

 だが、レンはそうじゃない。まず彼の中での善悪や是非がハッキリしていて、それに従って行動しているだけ。力の有無や上下なんて二の次で、それ故に誰が相手だろうと立ち向かえる。

 身の程を(わきま)えていないと言ってしまえばそれまでかもしれない。だから、レンが手放しに正しいとは言い切れないが、それでも、()()()()()()()()と今は思えた。

 そんな彼と比べた時に、何だか自分がとても矮小(わいしょう)な存在のように思えて、ついグエルは自嘲してしまったのだ。

 まぁ、あくまで()()()()()自分が、だが。

 

()()()()、その取引」

 

 ()()()()()彼は違う。

 

「その心の怪盗団とやらに、俺も入る。父さんを改心させて、俺の夢と誇りを守るために」

 

「――決まりだな」

 

 レンが右手を差し出す。

 その手を、口角を吊り上げて不敵な笑みを顔に作ったグエルは、迷わず握り返す。

 それが、誰が、何が相手だろうと逃げない事を決意した()()()グエル・ジェタークの、

 

「今後ともよろしく、グエル」

 

「ああ。――今後ともよろしく、()()

 

その第一歩となるのだ。

 




グエル君「と……取引に応じれば……怪盗団に入れば……ほ、本当に……俺の『夢』……は……助けてくれるのか?」

レン「ああ~約束するよ~~っ! お前がボブになる未来と引き換えのギブ アンド テイクだ。受けろよ……早く受けると言え!」

グエル君「だが断る」

次回、再びジェタークパレスへ潜入! こうご期待!
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