ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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遂にオタカラが見つかった!?
となれば、次は怪盗物でお馴染みの“アレ”のターン! ルパン三世も怪盗キッドも怪盗紳士も怪盗戦隊ルパンレンジャーも! ともかく古今東西の怪盗達が送り付けて来た“アレ”の出番ですよ奥さん!

そんな感じの29話、はーじまるよー!


#29 “Notice Card”

 オ(・)タ(・)カ(・)ラ(・)が(・)こ(・)の(・)先(・)に(・)あ(・)る(・)。――そのモルガナの言葉に背を押される形でグエル達が飛び込んだのは、またも格納庫だった。

 ただし、直前までいた方の格納庫と全く同じというワケでもない。

 鉄の壁やそれを支えるトラス組みの鉄骨こそ良く似ているが、壁を横切っていたキャットウォークは無く、何よりその広さ自体が二回りは狭い。加えてその狭さが故か、数体のディランザが格納されていたあちらと違って、MSは一機も無い。

 小格納庫とでもいうべきその場には、それ故に視界を遮(さえぎ)るようなものは無く、周囲を見渡すだけで室内を一望出来たのだが――その最中、妙なものがグエルの視界に映る。

 奥側の壁の、隅の方だ。そこに何かあった。――全長2m程の直方体状の、どこか既視感のある何(・)か(・)が。

 それ以上の事は遠目から眺めるだけでは分からなかったため、特に意図無く、その何かへとグエルは近づく。

 そして――その詳細と共に、感じた既視感の理由を彼は知った。

 

「これも認知存在、って奴か?」

 

 そうグエルが思うのも無理は無かった。

 何故ならそこにあったのは、先のフェルシーやレールの上を走るまでの一連を披露したジェターク寮生と同じく、人が変形してそうなったと思わしきミニチュアサイズの列車(モノレール)だったのだから。

 ただ、一方でそうであるとも彼は断定出来なかった。

 そのモノレールらしき物体は二つあったが、いずれも酷く黒ずんだり損傷したりしていた上、フェルシーの時には正面側に貼り付いていた顔も無い。元はそれがあったと思わしき楕円形の窪(くぼ)みが、ぽっかりと空いているだけだった。

 加えてジェターク寮生達の認知存在の様に動き出すような気配などまるで無く、置かれ方も乱雑に床の上に放置されているような感じだ。まるで――。

 

「……嫌な事を思い出させてくれるな……」

 

 現実のジェターク寮の学園艦内に今も放置されているだろう、廃棄品(スクラップ)に片足突っ込んでしまった状態の自分のディランザを思い出して、苦々しくグエルはぼやく。

 そう、廃棄品(スクラップ)だ。この二両の、誰かの認知存在と思わしき列車は、いずれもそう呼ばざるを得ないような状態だったのだ。

 故に、グエルは気になった。

 これらも認知存在であるならば、元となった誰かがいた筈だ。その誰かが判別出来ない程に損壊してしまっているのは、一体何故なのか、と。

 更に、眺めている内に彼はもう一つ気づく。

 二両の認知存在の車体は酷く黒ずんでしまっているが、その下から薄らと元の模様が透(す)けている事に。

 そしてその内の片方――手前側の鮮やかな紫色に、何(・)処(・)と(・)な(・)く(・)見(・)覚(・)え(・)が(・)あ(・)る(・)事(・)に(・)。

 

「?」

 

 どういう事だ、とその色の既視感に首を傾げたグエルは、一拍置いて、そういえば、とある事を思い出す。

 フェルシーやペトラを始めとした認知存在達は、いずれも緑色を基調に黒と赤があしらわれた模様をしていた。――現実で彼らが身に着けているア(・)ス(・)テ(・)ィ(・)カ(・)シ(・)ア(・)の(・)制(・)服(・)と(・)同(・)じ(・)色(・)合(・)い(・)の(・)模(・)様(・)を(・)。

 だとすれば、車体に描かれたこの模様は、認知存在の元となった人物達が身に着けている衣服を表しているのだろうか?

 もしそうならば、この認知存在の元となったのは――。

 

「あったぞ! オタカラだ!」

 

 不意に格納庫内に響き渡ったその声が、思考の海に沈んでいたグエルをはっと現実に呼び戻す。

 すぐさま、本当か、とグエルは踵(きびす)を返し、既に動いていたミオリネやエリクトと同じように、格納庫内の中央辺りに立つレンとモルガナの元へ駆け込む。

 

「どこだ!? どこにあるんだ、父さんのオタカラは!?」

 

 ぱっと見、二人の傍にそれらしき物は見当たらなかった。

 それ故に慌ててオタカラの在り処を問い質すグエルに対し、

 

「そう焦んな。――ホラ、ここだ」

 

不敵な笑みを浮かべたモルガナの右腕がその場所を指し示す。

 彼のすぐ目の前――集まって輪を作っている一同の中心の、何(・)も(・)無(・)い(・)空(・)間(・)を(・)。

 

「……おい、何を言っている?」

 

 何も無いじゃないか、と眉を顰(しか)めるグエル。

 どうやらその感想は彼だけのものでは無いらしく、いや、どこよ、とミオリネとエリクトも困惑したように辺りを見回し出す。

 そんな中でただ一人、レンだけがモルガナの言葉の意味を理解しているらしく、

 

「まぁ、すぐには分からないよな」

 

やはり眼前の何も存在しない空間を指差す。

 

「ほら、ここだ」

 

「いやだから、そんなところに無いでしょオタカラなんて!」

 

 レンが示しているのと同じところを指差し、苛立たしさを顕わにした口調でミオリネが返す。

 それに続き、そうだよ、とエリクトも不満げな顔でミオリネに同調する。

 

「あるのなんて、何(・)か(・)キ(・)ラ(・)キ(・)ラ(・)し(・)て(・)る(・)モ(・)ヤ(・)み(・)た(・)い(・)な(・)の(・)だけじゃん!」

 

 そう、そこにあるのは精々がエリクトも言った通りの妙に煌(きら)めく白いモヤらしきものくらいで、オタカラと呼べそうな物体は何も無い。――少なくとも、所謂(いわゆる)金銀財宝といった感じの物は。

 だから、グエルも二人に続いて言及した。

 

「こ(・)ん(・)な(・)モ(・)ヤ(・)が(・)オ(・)タ(・)カ(・)ラ(・)な筈無いし、一体何が言いたいんだお前らは?」

 

 その途端の事であった。

 

「え? ――あ!」

 

 何かに気づいた様に、ミオリネの三日月面から覗く銀の双眸が見開かれたのは。

 

「……まさかそ(・)れ(・)? そのモ(・)ヤ(・)っ(・)ぽ(・)い(・)の(・)なの?」

 

「何ぃ?」

 

 信じ難い様子で発せられたミオリネの呟きに、グエルは片眉を上げ、例のモヤらしきものを指差す。

 

「……まさか、本当にこ(・)れ(・)だっていうのか? このモヤが、オタカラ?」

 

「ええ~っ!?」

 

 うっそでしょお、と次々に同じものに目を向けるグエル達に、エリクトが仮面のクリアレッドのレンズ部分に覆われた目を怪訝(けげん)に歪める。

 

「それがぁ? ええっ、金とか銀とかじゃないの!? お(・)宝(・)なんじゃないのぉ!?」

 

「おいおい、ワガハイはそんな事一言も言って無いぜ?」

 

 納得いかなそうに声を上げるエリクトに、ニャッフッフ~、とモルガナが悪戯気に返す。

 オタカラがその響き通りの金銀財宝の類だと、確かに彼は一度も言っていない。

 

「それどころか、すぐには奪えない、と言った筈だ」

 

「――確かに、これは奪うどころじゃないわね」

 

 件のモヤへとミオリネが手を伸ばすが、その手はオタカラに触れる事に無く突き抜けた。

 その見た目通り、実(・)体(・)は(・)無(・)く(・)触(・)れ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)らしい。

 少なくとも、現時点で盗み出す事はモルガナの言っていた通り不可能だ。

 そう認識するや込み上げて来た落胆(らくたん)の気持ちに肩を落としたグエル達に、まぁ、気を落とすなよ、とモルガナが励(はげ)ましの言葉を送る。

 

「これでオタカラまでのルートは確保出来たんだ。ここまで来たら、もう改心まであと少しだぜ」

 

「その通り。だから――」

 

 モルガナに続けて発言したレンが、クルリ、とその場でコートを翻(ひるがえ)して振り返る。

 開け放たれたままの小格納庫の出入り口の方へと。

 

「――今日の探索はここまでだ」

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#29 “Notice Card”

 

 

 

「――で、これからどうする気?」

 

 場所は変わって、学園地下の格納庫。

 オタカラまでのルートが確保されたという事で、他の面々と共にパレス内から現実へと帰還したミオリネはキャットウォークの欄干(らんかん)に背を預けながら腕を組み、対面に立つレンと、その足元で座っているモルガナに問い掛ける。

 話題は当然、明らかとなったオタカラについてだ。

 

「オタカラが見つかったのは結構だけど、あんなの盗めっこないわ」

 

「ミオリネの言う通りだ。あのモヤみたいなのを奪えなきゃ父さんを改心させられないってのに、触る事すら出来ないんじゃお手上げだぞ?」

 

 ミオリネに続き、彼女の右側に立つグエルもやや焦り気味に疑問を口にする。

 彼の場合は退学だけでなく夢も掛かっているため、気が気では無いのだろう。

 その一方、ハッチが開け放たれたエアリアルのコックピットの中で頬杖を突きながら寝そべった姿で浮遊しているエリクトは、盗めないオタカラの対処法こそ二人と同じく分からないようだが、

 

「もちろんあるんだよね? オタカラを盗(・)め(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)す(・)る(・)方法」

 

レン達が何がしかの答えを持っている事自体は確信しているようで、それ故の余裕が伺(うかが)えた。

 そして、その確信は間違いではないようで、

 

「当然あるとも」

 

自信たっぷりといった様子でモルガナの首が大きく縦に振られる。

 それに続き、

 

「こ(・)れ(・)を使うんだ」

 

ズボンのポケットに突っ込んでいた右手を抜いたレンが、見せ付ける様に顔の横に掲(かか)げて見せた。

 人差し指と中指で挟み持った、一枚のカ(・)ー(・)ド(・)を。

 赤と黒の円環模様が中から外へ交互に配され、中央に“TAKE YOUR hEaRT”の文字と共にシルクハットと片目の部分が燃えているドミノマスクを組み合わせたマークが描かれたそのカードに、何それ、と即座にミオリネは尋ねる。

 それに対して、いつもの微笑みとは少し違った、悪戯気な笑みを浮かべたレンが告げたのはこの一言だった。

 

「“予告状”さ」

 

『予告状!?』

 

 ミオリネとグエルとエリクトの驚きの声が重なった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? 予告って――」

 

「教えるってのか!? 現(・)実(・)の(・)父さんにも、俺達がオタカラを奪おうとしてるのを!?」

 

「ええ~……ちょっと予想外なんだけどぉ」

 

 これまでシャドウが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する異世界(パレス)の攻略を人知れず進めて来たというのに、いよいよヴィムの改心に王手が掛かったこの段になって、それを自分達から明るみに出す。

 その矛盾した行為がオタカラを盗み出せるようにする方法とは、一体どういう事なのか?

 それについて、一歩進み出たモルガナとレンによる説明が始まる。

 

「本来、欲望に決まった形なんてものは無い。今のオタカラがあんな触れる事も出来ないモヤみたいになってるのも、そもそもそ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)の(・)だからだ」

 

「だから、まずはオタカラの事を主に意識させるんだ。――“今からお前の欲望を頂戴する”って伝えて、ね」

 

 そうすれば、主はこれから盗(・)ま(・)れ(・)る(・)とオタカラに強い意識を向ける。それによってオタカラは実体化し、ようやく盗み出す事が可能となるのだ。

 

「――理屈は大体分かったわ。その予告状とやらが必要な理由も」

 

 今の説明通りのギミックでオタカラに形を持たせるならば、当然ながら自分達がこれから何をするかを主に知らせなければいけない。しかしながら、それを面と向かって口頭でやるワケにもいかない。自(・)分(・)達(・)が(・)怪(・)盗(・)だ(・)と(・)い(・)う(・)事(・)ま(・)で(・)バ(・)レ(・)る(・)から。

 故に、正体を晒す事無く心を盗む事を伝える手段が必要で、それこそが正に予告状というワケだ。

 ただ、この方法には一つ問(・)題(・)がある。

 

「で、どうやってそれをグエルの親父に見せるの?」

 

 主(ヴィム)に予告状を見せる、その方法である。

 

「相手は紛(まが)いなりにも御三家ジェターク社のCEOよ?」

 

 本人自体が業務に追われる多忙の身だ。学園で機会を待っていても邂逅(かいこう)出来る可能性は低い。

 かといって、こちらから乗り込むのもマズい。ジェターク社本社のCEO用のオフィスのデスクにでも予告状を置いておけばいずれ見つけるかもしれないが、御三家の本社ともなればセキュリティも万全なのは考えるまでも無く、そもそも入り込む事さえ出来ないだろう。

 そういうワケで、ぱっと考え付くだけでもヴィムに予告状を見せるのは無理難題のように思えるのだが、果たしてその無理を抉(こ)じ開ける手段はレンとモルガナにはあるのか?

 

「……そこなんだよなぁ」

 

 レンが前髪を抓(つま)んで弄(いじ)り出す。バツが悪そうに。

 同時にモルガナも、うーん、と言葉に窮(きゅう)したように唸(うな)った。

 ――どうやら、そんな手段は彼らにも無いらしい。

 

「そこんところは正直ワガハイらも参ってんだよなぁ。……お前ら何か無いか、良い手?」

 

「……そこでボク達に訊いちゃうかな普通」

 

 つい先程から一転して自信無さげに尋ねて来るモルガナに、呆れたようにエリクトが目を細める。

 その一方で、なら、とグエルからこんな提案が上がる。

 

「俺が行って来るか?」

 

 ジェターク社の御曹司である自身ならば、何の問題も無く本社に入り込み、ヴィムのオフィスに予告状を置いて来る事が出来る。

 そう理由を述べつつのグエルの提案に、確かに、とミオリネは賛同する。

 しかし、

 

「いや、ダメだ」

 

その提案にモルガナが待ったを掛ける。

 

「そのやり方じゃ、予告状を置いていける奴が絞(しぼ)られちまう」

 

 疑われずにCEO用のオフィスに入れる人間などそうはいない。結局そこから犯行が可能な者を特定出来るため、足(・)が(・)着(・)い(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)のだ。

 よって、特定の人間のみが可能な方法は極力避けるべきである。

 しかし、そうなってしまえばいよいよ予告状を見せる方法が無くなって来るが……。

 

「……手段(て)自体は、無いワケじゃない」

 

 口元に手を当てて思考していたレンが、ふとそんな事を言い出す。

 途端、おい蓮、とモルガナが慌てたように声を上げる。

 

「お前まさか、“アレ”の事言ってんのか!? まだ一人目だぞ? いくら相手が厄介(やっかい)だからって、ここで“アレ”を使うのは――」

 

「分かってる」

 

 言い咎(とが)めるモルガナを見下ろし、笑みの消えた真剣な顔でレンが頷く。

 

「だけど、ここを切り抜けられなければどの道アウトだ。――いよいよなれば、切(・)る(・)し(・)か(・)な(・)い(・)」

 

「ぐぅ……」

 

 レンの言葉に、モルガナが押し黙る。

 そんな二人の様子を見ていたミオリネは、ねぇ、と二人に問う。

 

「手はあるって話だけど、それ使ったらマズいワケ? 何か、気乗りしないって感じだけど?」

 

「……確かに、手は無いワケじゃない。ただ……いよいよって時の切(・)札(・)みたいなモンでな」

 

 出来れば、今はまだ使いたくない。

 渋々そう答えるモルガナに、でも、とミオリネは苦言を呈(てい)する。今が正に、そのい(・)よ(・)い(・)よ(・)ではないのか、と。

 そう彼女からも指摘を受けたモルガナが、ぐむむ、と苦渋に表情を歪めながら考え込む。

 切札とやらを切るべきか? それとも、別の手段を考えるべきか?

 その判断に悩むモルガナと、彼に続けて腕を組んで思考し出すレンを見守りながら、二人の出す答えをミオリネはエリクトと共に待つ事にした。

 その時であった、生徒手帳に電子メールが入った事を報せる通知音が鳴ったのは。

 

「あ、俺だ」

 

 その申告通り、鳴ったのはグエルの手帳だった。

 すぐにズボンのポケットから生徒手帳を取り出したグエルはその画面を見下ろしたが――その途端、何かに驚いたようにその目を見開く。

 そして顔を上げ、ミオリネ達に向けてこう告げた。

 

「父(・)さ(・)ん(・)か(・)ら(・)だ(・)」

 

『!』

 

 すなわちヴィム・ジェターク。――今まさに予告状を見せる方法を話し合っていた、ターゲットその人だ。

 そんな相手からの、このタイミングでのメール。

 何か根拠(こんきょ)があったワケではないが、これが単なる偶然だとミオリネには思えなかった。

 

「――」

 

 もう一度グエルが生徒手帳の画面に視線を下ろし、その目を左右に動かしてヴィムから来たというメールを読み進めていく。

 そうして、もう一度驚きに目を見開いた後、

 

「――父(・)さ(・)ん(・)が(・)学(・)園(・)に(・)来(・)る(・)ぞ(・)!」

 

再び上げた顔に笑みに浮かべてそう言った。

 当然ながら、その言葉を耳にしたミオリネ達は一様に驚きの声を上げる。

 

「ちょっと、本当なの!?」

 

「ああ、間違いない! 今来たメールにはっきりと書いてある!」

 

 それを示すために、グエルが他の面々に見えるように生徒手帳を持った腕を突き出して見せる。

 その液晶に映っているメールを読んでみれば、確かにヴィムが学園を訪れる旨(むね)が記載されていた。

 

「――成程。アンタとラウダに付き添わせるために送り付けて来たってワケね」

 

「予定はぁ~っと――明後日かぁ」

 

「丁度良い日取りだな。――俺も嘘吐きにならなくて済みそうだ」

 

「? 何、嘘吐きって?」

 

「気にしないで。極々個人的な事だから」

 

「……もう良いか? そろそろ仕舞いたいんだが?」

 

 そんな会話を挟みつつ全員がメールを読み終えたところで、グエルが生徒手帳を引っ込める。

 その傍らで、それにしても、とミオリネは不思議に思った。――どうして今、ヴィムは学園に来る気になったのだろうか? 先程のメールを読む限り、特に何がしかの用事があって、という感じでは無さそうだったが?

 その疑問に対する答えは、すぐに、ハハーン、と何かに勘付いた様子のモルガナから示された。

 

「コイツは多分、シャドウの影響だな」

 

「シャドウの?」

 

「そうだ。ジェタークのパレスの元はジェターク寮――普段仕事につきっきりの現実の奴には気軽に行けない場所だ。だから、シャドウが抱いた不安なんかの感情がいつも以上に強い影響を与えたんだ」

 

 シャドウはあくまで主の心の一部。それが抱いた感情は、現実の主にも影響を及ぼす。

 それに加え、大抵のパレスは主の職場やアジトなど、普段から行き来しているような場所を元に発生するのだが、モルガナが言及した通り、ヴィムの場合はそれに当て嵌まらない。

 その二つの要素が組み合わさった結果、ミオリネ達の度重なる潜入でシャドウヴィムが抱いた不安が通常以上に現実のヴィムに影響を与え、衝動的に自らのパレスの元となっている現実のジェターク寮をその目で確認せんがために学園に向かう事を決めさせた――という事らしい。

 何にせよ、ヴィム(ターゲット)の方から学園(こちら)に足を運んでくれるというのなら僥倖(ぎょうこう)だ。オフィスの中に籠(こも)られるよりも、遥かに予告状を見せ付ける難易度は下がる。

 

「予告が上手くいけば、後は実体化したオタカラを頂戴するだけだ。――良いぜぇ、運が回って来たな!」

 

 難点だった予告状の問題がほぼ解決したからか、そう言うモルガナの声は分かりやすく浮(うわ)ついていた。

 その気持ちはミオリネにも良く分かった。何せ、当の彼女もいよいよ間近に迫って来た本番に胸が高鳴り出していたから。

 そして、そんな心持ちは他の面々も同じようで、エリクトもグエルも抑えきれないようにその表情を緩(ゆる)ませていた。

 ただ、レンだけは少し違った。

 状況の好転に喜んでいる事自体はミオリネ達と変わりなかった。ほんの少し前までは、他の面々と変わらず笑みを浮かべていたのだから。

 しかし、彼だけはすぐに表情を引き締め、皆、ちょっと良いか、とミオリネ達に注目するよう呼び掛ける。

 

「状況はかなり良くなった。これなら、予告もきっと上手くいく。だから、予告をした後に気(・)を(・)付(・)け(・)な(・)い(・)と(・)い(・)け(・)な(・)い(・)事(・)を今の内に伝えておきたい」

 

「おっといけねぇ」

 

 ワガハイとした事がうっかりしてた、とモルガナも気を取り直したように蒼い目を向けて来る。

 その二人が醸(かも)し出す真剣な空気は、これから重要な事を語り出す者のそれであった。

 故に、対面のミオリネ達も気を引き締め直して彼らと向かい合う。

 

「で、気を付けなきゃいけない事って?」

 

「二つある」

 

 まず一つ、とレンが人差し指を立てた右手を突き出す。

 

「予告状を出せるのは一回切りだ。最初の一回だけが、オタカラを実体化させられる」

 

「それに予告状の効果があるのは1日だけ。それ以上時間が経ったら、効果が無くなってオタカラはまた形を失っちまう」

 

「――理屈を考えれば、まぁ、当然ね」

 

 心を盗むなんて予告をされる非日常の衝撃こそが、オタカラへの強い意識を主に想起させるのだ。その衝撃がいくら強かろうが永遠に続くものでは無いだろうし、二度も三度も予告し続けたところで、最早それは妙な悪戯としか受け取られないだろう。

 そうミオリネ達が理解したところを見計らって、二つ目、とレンが畳(たた)んでいた中指を立てる。

 

「予告を出したとなれば、パレスの警戒度は強制退去寸前まで高まる」

 

「だから、中のシャドウ共も今まで以上に目聡(めざと)くなる、って事か?」

 

 そう訊いたグエルに、それもあるけど、とレンの首が小さく左右に振られる。

 

「そこまでいくと主のシャドウ自体も対(・)策(・)に動くんだ」

 

「対策?」

 

「具体的には、警備の目を掻い潜ってやって来た賊(ワガハイら)を自(・)分(・)の(・)手(・)で(・)潰すために、オ(・)タ(・)カ(・)ラ(・)の(・)近(・)く(・)で(・)待(・)ち(・)伏(・)せ(・)る(・)とか、だな」

 

『!』

 

 モルガナの言葉に、ミオリネ達は一様にはっとする。

 それが意味する事は――。

 

「戦う事になるって言うのか? 父さんのシャドウと」

 

「俺達の経験上、そうなる可能性は高い」

 

 シャドウヴィムとのオタカラを賭けた最終決戦が待ち受けている――そう想定する方が間違いは無い。

 というか――。

 

「そもそも、今回は単純に改心させるだけが目的じゃない。ミオリネの親父を殺そうとした事を黙らせておくための説得も必要だ」

 

 既に賊として敵意を向けられている状況だ。そこに加えて予告をする以上、ただ言葉を重ねただけでヴィムがそれに耳を傾ける事はまず無い。説得をしようと思ったら、まずこちらの言葉に応じる状況を作り出す必要があり、それを作り出すためには戦(・)闘(・)は(・)ど(・)の(・)道(・)避(・)け(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)。

 つまり、今回については主との決戦は必(・)須(・)事(・)項(・)だ。

 

「パレスは主の歪んだ欲望が具現化したもの。主にとっては、正にホームグラウンドだ。そこで戦う以上、警備に使ってる連中とは手強(てごわ)さも段違いになる」

 

 故に、苦しい戦いを強いられる事になる。――それ自体も頭に入れておくべき事ではある。

 しかし、

 

「手加減なんてしてられる余裕はまず無い。だが、その上で絶(・)対(・)に(・)や(・)る(・)な(・)って事がある」

 

本当に注意を払わないといけないのはここからだ。

 それを示す様に、

 

「良いか、お前ら? ――主のシャドウは、絶(・)対(・)に(・)殺(・)す(・)な(・)」

 

そう告げられたモルガナの声には今まで以上の圧が込められていた。

 

「……急に剣呑(けんのん)な話になったわね」

 

 暫しの沈黙を挟んでから、心に掛かる重圧を感じつつミオリネはそう言った。

 シャドウとはいえ、そ(・)う(・)す(・)る(・)な(・)という話とはいえ、知らないワケでは無い相手の殺害などという重い話題が出て来た以上、そうならざるを得なかった。

 特に、父親の事であるグエルなどはそれが顕著(けんちょ)で、

 

「……もし、殺してしまったら……どうなるんだ?」

 

そう問い掛ける声はミオリネよりもずっと重苦しかった。

 

「――シャドウはあくまで心の一部で、欲望自体は生きるためには必要なモンだ」

 

 物を食べたい、眠りたい、恋焦(こいこ)がれる相手と結ばれたい――そういう人が当たり前に抱く感情にしても、とどのつまりは欲望。ヴィムがその内に抱えている、パレスを形成するに至った歪みと本質は変わらないのだ。

 心の一部であるシャドウが死ぬという事は、つまりそういった、生きるために必要な欲望がシャドウごと消失する事に他ならない。

 

「欲望を失うって事は、つまり廃(・)人(・)になるって事だ。生きるために必要な欲望(もの)を失った、自分では何も出来ない存在に、な」

 

「それどころか、人によってはそ(・)う(・)な(・)っ(・)た(・)時点で最(・)悪(・)の(・)事(・)態(・)もあり得る」

 

 つまりは――。

 

「死(・)ぬ(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)、って事か? シャドウだけじゃなく……現(・)実(・)の(・)父さんも?」

 

 震える声で吐き出されたグエルの問いに、無言でレンが頷く。

 その返答に、グエルのみならずミオリネまでもが言葉を失ってしまう。

 自分達がこれからやろうとしている事が、そんな取り返しのつかない危険性を孕(はら)んだものだったとは思ってもみなかった。

 それ故に、躊躇(ちゅうちょ)の気持ちがミオリネとグエルの心に芽生え掛けるが、

 

「なーにビビっちゃってんのさ二人共」

 

そんなミオリネ達とは対照的なエリクトの平常通りの声が二人を一笑に付した。

 

「要はや(・)り(・)過(・)ぎ(・)る(・)な(・)って事でしょ? グエル君のパパちょっとコテンパンにしてお(・)話(・)す(・)る(・)だけで良いって、それだけの話じゃん」

 

「いや、そうかもしれないが……」

 

 確かにエリクトの言う通り、シャドウヴィムを殺さないようにすれば良いという、たったそれだけの話ではある。

 しかし、物事は万事都合良く進められるものではない。手加減の余裕など無い戦いを前提とする以上、何かの拍子に間違いを犯してしまわないとは限らないのではないか?

 そんなミオリネの疑問に、大丈夫、とレンが自信に満ちた声を返す。

 

「皆がやり過ぎてしまいそうになったら、その時は俺とモルガナが止めに入る」

 

「“オタカラ以外は奪わない”のも心の怪盗団(ザ・ファントム)の美学だ。例えお前らにそ(・)の(・)つ(・)も(・)り(・)があったとしても、ワガハイらがその美学を全力で守らせてやるから、そこの辺りは安心して良いぞ」

 

 そう告げてから不敵な笑みを浮かべるレンとモルガナ。

 そんな二人の姿が、ミオリネとグエルの内に残っていた不安を払拭(ふっしょく)し切る。

 

「――分かったわよ」

 

 肩を竦(すく)め、ミオリネは一つ息を吐く。

 

「私の最終目標はあのクソ親父よ。こんなところでビビってちゃ、アイツの改心なんて一生出来ないものね」

 

「父さんを殺してしまうなど絶対御免(ごめん)だが、だからって今立ち止まったら俺の方が終わっちまう。――ああ、やってやるさ」

 

 ミオリネに続き、グエルも拳を掲げて決意を固め直す。

 これで、全員の意思が決まった。

 それを確認したレンが、良し、と頷き、もう一度ミオリネ達の顔を見回してから、はっきりと宣言する。

 

「決行は明後日だ。ジェタークが学園に来るタイミングを狙って、予告状を仕掛ける。そして、奴のオタカラを――」

 

 ――頂(・)戴(・)す(・)る(・)!




次回、予告という名の宣戦布告!
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