ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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長らくお待たせいたしました!

ジェタークパレス編、クライマックス!
オタカラ目指して警戒MAXなパレス内をかっ飛ばしたり謎が明かされたりする31話、はーじまるよー!


#31 “Envy”

 レンが起動させたイセカイナビによって足を踏み入れたその瞬間から、これまでのジェタークパレスとは()()が決定的に違うのを、ミオリネは肌で感じ取っていた。

 屋内、屋外を問わずに警戒心を(あお)る赤い光の明滅(めいめつ)が何処からともなく差込み、同色の光を仮面の穴から発して()()()()()()()()()()()()警備のシャドウ達は傍から見ても殺気立っている。それに何よりも、(ただよ)う空気そのものが異様に重苦しい。

 現実のヴィムは既に予告状を読んだ。――“お前のオタカラを今から奪う”という宣戦布告を。それによって限界まで引き上げられた彼の警戒心の影響が、このパレスの変化を(もたら)したのだ。

 だが、ここまで来てそんな事で(おく)したりなどしない。

 

「第一優先はオタカラだ! 雑魚には構わず見つからず、最短で行くぞ!」

 

 そう威勢良く、されどきびきびと鋭く動き回るシャドウ達に気づかれぬように声量を抑えつつ発破(はっぱ)を掛けるモルガナの、正にその言葉通り。今目指すべきはオタカラたった一つのみであり、それ以外に足を止める必要は全く無い。

 幸いにして、警備の巡回ルート自体はこれまでと変わらないらしい。

 なので、これまで以上に慎重に、素早く警備の目を掻い(くぐ)って、再びオタカラの在り処(ありか)へと辿り着く事だけを胸に、ミオリネ達は周囲を覆う外壁から裏庭へと飛び込む。

 そこから地下道を抜け、食堂内の螺旋階段(らせんかいだん)を上がったミオリネ達は連絡通路を通り、プラットホームを挟んだ別棟へと向かう。そこからエレベーターに乗り込んで地下格納庫に降り立てば、もう在り処は目と鼻の先だ。

 そして――。

 

「――おい、見ろ!」

 

「何かある? もしかしてアレが――!」

 

 ――遂に一行の前にオタカラは姿を現した。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#31 “Envy”

 

 

 

「……これが、父さんのオタカラ?」

 

 格納庫奥の扉を開くや、差し込んだ光に目を(くら)ませつつもオタカラの在り処である小格納庫の中へと踏み込んだところで、()()()()を前にグエルが呟く。

 小格納庫の中央―― 一昨日時点ではまだ実体化していなかったオタカラを見つけた場所に新たに出現した、二つの黄金の()()()()()を。

 上部に設けられた輪を介して二つを繋いでいる銀色の鎖共々、見る者を圧倒せんばかりに眩い輝きを放つそのホイッスルにミオリネがエリクトと共に呆気に取られる中、そうだ、とレンが動じる様子無く返答する。

 

「これがジェタークのオタカラだ。――これを奪い取れば、このパレスは消滅して、奴は改心する」

 

「ああ、ジョーカーの言う通りだ。――にしても」

 

 はぁ~、とモルガナが物憂(ものう)げな溜息を吐く。

 輝くホイッスルを見上げるその顔はミオリネ達のように唖然(あぜん)とした様子こそ無いが、されとてレンのように平静を維持しているというワケでなく、それこそ最高級の財宝に目を奪われたかのような()()()()()()()表情を浮かべていた。

 

「良いなぁ……久しぶりに見たけど、やっぱ良いなぁ……目に染みるような、この(きらめ)き……!」

 

 再び、ニャはぁ~、という深い息がモルガナの口から吐き出される。

 その奇妙な――強いて近しいものを挙げるならば、マタタビに酔った猫のような――様子の彼の方に意識が向いたミオリネは、何、どうしたの、と困惑の声を(こぼ)すが、当のモルガナはそんなのどこ吹く風とばかりに、三度目の溜息を吐く。

 

「これこそ、オタカラ……この美しさこそ、人間の、欲望――」

 

「モナ」

 

 レンが鋭い声で呼び掛ける。

 それで我に返ったように、はっ、とモルガナが肩を跳ねさせる。

 

「う、うぉおお、いけねぇ……! ワガハイとした事が、またもや……!」

 

 ブルブル、と頭を振ったモルガナが、続けて、い、いや違うぞ、と振り返って何かを言い(つくろ)い出す。

 

「ワガハイだって()とは違うんだ! ()はそりゃあ、色々忘れてたせいでついオタカラに目が(くら)んじまう事もあったが、今はもう我を忘れたりなんて事は――」

 

「いや、何なの急に?」

 

 当然ながら、そんな風にモルガナが唐突にトリップし出した理由も必死に言い訳する理由もミオリネやグエル、エリクトには皆目不明なため、三人揃って怪訝な視線を向けるしかない。

 そんな彼女達の様子に、自分が大分滑稽な真似をしていると気づいたのか、あ、と目を点にして固まったモルガナが、暫しの沈黙を経てから、ごっほん、とワザとらしい咳払いをする。

 

「――それじゃあ、遠慮なくオタカラを頂いちまうか」

 

「いや、厳しくないソレ」

 

 無理矢理な軌道修正を図ろうとするモルガナに、すかさず半目のエリクトが鋭いツッコミを入れる。

 一拍置いて、うるせー、とバツが悪そうに叫び返すモルガナを後目に、レンがその先を引き継いで説明する。

 

「もう一度言うけど、オタカラをパレスの外へ運び出せばジェタークは改心する。だが、それだけじゃ今回の俺達の目的は達成出来ない」

 

「ウチのクソ親父狙った事黙らせておくために、レーベの親父のシャドウを説得する必要がある――よね?」

 

「そうだ」

 

 ミオリネの言葉をレンが肯定する。

 単に改心させるだけでは現実のヴィムはデリングの暗殺未遂の件まで白状してしまいかねず、それではグエルは結局破滅する事となる。それを防ぐためにはシャドウを説得する必要があり、言葉に耳を傾けさせるためには戦闘はほぼ避けられない。

 よって、次はシャドウヴィムとの会敵が目的となる。

 とはいえ、既に予告済みだ。そちらはいずれ向こうから現れてくれるだろう。

 

「それまでにオタカラだけはこっちで確保しておこう」

 

 パレスから運び出さないにしても、手元にあれば戦闘も説得もいくらかし(やす)くなる。

 そう告げ、輝くホイッスルへとレンが手を伸ばす。

 しかし、その瞬間――。

 

「ぽっぽーぉ!!」

 

 部屋中に響き渡るその声を上げながら、目にも止まらぬスピードで()()がミオリネ達の前に飛び込んで来た。

 反射的に飛び退く一同。

 その間に()()は彼らの眼前を過ぎ去り、開け放たれていた小格納庫の出入り口の向こうへと物の数秒で走り去っていく。

 後には何も残らない。――つい先程までそこにあった筈の()()()()()()()

 

「しまった! オタカラが!」

 

「さっきの声はまさか――! クソッ!!」

 

 ()()の後を追うため、急いで外へと飛び出すミオリネ達。

 程無くして彼女達を出迎えたのは、

 

「よくもやってくれたなぁ、賊共ッ!!」

 

広大な格納庫内に万遍(まんべん)無く響き渡るシャドウヴィムの激しい一声であった。

 

 

 

「父さん……!」

 

 格納庫の中心辺りに仁王立ちする父の姿を認めて身構えたグエルに、フン、とシャドウヴィムが苛立ちの(こも)った鼻息を吐き出す。

 

「その様子を見るに、体調が悪いなんてのは嘘だったようだな? 仮病を使ってそんなゴミのような連中と一緒になって、予告状(あんな物)まで仕掛けて恥を掻かせようとは……そうまでして俺が敷いてやったレールから()れたいか!? ええッ、グエルッ!」

 

「――俺はただ、俺の夢や誇りを失いたくないだけだ」

 

 怒りと怨嗟(えんさ)でギラギラ、と刺すような眼光を放つシャドウヴィムの黄金色の双眸を、怯む事無く真っ直ぐにグエルは見つめ返す。

 

「俺の操縦技術(うで)だけで戦い、認めさせて、ドミニコスのエースになる。――それを父さんが否定する以上、俺も父さんにただ従っているワケにはいかない!」

 

 ハッキリと宣言するグエル。

 それに続けて、

 

「レーベだけじゃねぇぞ」

 

モルガナとエリクトも前に進み出る。

 

「ワガハイらだって、お前のレールとやらなんかに一々気ぃ回しちゃいられねぇんだ」

 

「目的があってボク達は()()にいるんだ。それをオジサンの勝手な都合で追い出されちゃうなんて、(たま)んないんだよね」

 

「ましてや、ジョーカーなんてもう二度も決闘に勝ってる。障害物みたく撤去(てっきょ)される(いわ)れなんてないぜ」

 

「そうよ」

 

 更に二人に続き、ミオリネも前へ。

 

「決闘に勝てば許そうって最初に言い出したのはアンタで、私達はただその通りにしただけ。それを()()()()()()()()()()()()みたく反故(ほご)にしようとしてんだから、仕返しされようが恥掻かされようが、文句言う権利なんか無いっての」

 

「その通り」

 

 そして最期に、レンが。

 

「まだ俺はここでやらなきゃいけない事がある。まだ去るワケにはいかない。よって――貴方の手の中で輝くそのオタカラ、頂戴させてもらう!」

 

 赤い手袋を()めた手が、ヴィムの手に握られたホイッスルを真っ直ぐに指差す。

 その宣言に締め括られたグエル達の言い分を、(いわお)のような顔に険しい皺を刻み込んだシャドウヴィムが、フン、と鼻を鳴らして一笑に付す。

 

「精々(わめ)いてろ、クソガキ共め。まともにレールの上を走れん貴様らが行き付く先なぞ、()()()()()()()()()んだからな。――なぁ、お前もそう思うよな?」

 

 (あざけ)りを顔に浮かべたまま、シャドウヴィムが首と視線を横へ向ける。――彼がグエル達の前に現れた時から、ずっとその隣で待機している()()へと。

 そいつが、掛けられた問い掛けに返答する。

 ――()()()()、と警笛に似た声を上げて。

 

「ええ、()()()の言う通りです! 父さんに歯向かう愚かな賊なんて、学園だけじゃなく、この世から()()するだけです! なのに、そんな奴らと一緒になって暴れて――」

 

 そいつの視線がグエルの方を向く。

 これまでこのパレスの中で見て来たジェターク寮生達と同じ、大小のブロックを組み合わせたようなゴツゴツとした体。アスティカシアの制服を模した緑と黒、赤。

 ()()よりも一回り大きいその体躯の上部中央に貼り付いた顔は――褐色の肌に神経質な鋭い双眸(そうぼう)、前側を左に流した青い髪は、()()()()()が本当にそこにいるかのように()()()()()()

 当然だ。

 そいつは――その認知存在の元となった人物はヴィムにとって、顔や名前すらまともに覚えていない他の寮生達とは一線を(かく)す特別な存在。他の者達同様に歪んでしまってこそいるが、認知の深さそのものは全く別格だ。

 そして、それはグエルにとっても同様だった。

 だから、彼は苦虫を噛みつぶしたように仮面の下で顔を歪めていた。

 

「―― 一体何を考えているんだ!? ()()()!!」

 

 自分達からオタカラを奪い取ってシャドウヴィムの元へと運んだ下手人にして、ずっと彼が危惧(きぐ)していた事が()()()()()()()()()と体現する存在。

 

「……()()()

 

 弟、ラウダ・ニールに。

 

「戻って来て、兄さん!」

 

 だが、如何に現実のラウダにそっくりといえど、所詮(しょせん)そこにいるのは認知存在。何処までいっても現実の当人とは無関係の、ヴィムの認知が生み出した模造品に過ぎない。

 決定的に違う。

 現実の彼そのままの顔と対照的な、似ても似つかないシルエットを描くその身体が。

 そして何よりも、

 

「僕達が走るべきレールは父さんが敷いてくれるじゃないか! 今までも、これからも! ドミニコスに入るなんて()()()()()()()()()()()()()、一緒に父さんのレールの上に戻ろう!」

 

()()()()が。

 

「ほら、聞いたかグエル!? ラウダも俺の方が正しいと言っている! そんな連中と一緒になって、一銭(いっせん)の価値も無い子供の夢想を振り(かざ)してもお前のためにならんとな! 今こっち側に着くなら許してやる。さぁ、お前もこっちへ――」

 

「いいや」

 

 勝ち誇った笑い声と共にシャドウヴィムが差し出して来た手を、確とした否定の意思を(もっ)てグエルは跳ね除ける。

 

「ラウダは俺の夢の事を知っている。俺のドミニコスのエースになる夢を、昔からずっと応援してくれていた」

 

 あの二度目の決闘の直前だってそうだった。

 蓋を開けてみれば彼もヴィムのイカサマに加担(かたん)していたが、それも単に父に逆らえなかっただけで、真意は別にあった筈。それを思えば、態々通信を入れてまで同じような言葉を二度も掛けて来たのも、そうせねばならなかった彼の後ろめたさの表れだったのだろう。

 

「ドミニコスのエースは諦めてないんだろと、あの時もアイツはそう言ったんだ。そのラウダが、俺の夢を()()()()なんて切って捨てる筈が無い!」

 

 そう言い切ってしまえる事それ自体が、目の前の()()が父の歪みの上に成り立つ偽物(にせもの)でしかないと雄弁(ゆうべん)に語っていた。

 加えてそれは、ヴィムが現実のラウダを()()()()()()()()()()()()()()と――いや、心からヴィムが正しいと全面的に肩を持つだろうと()()()()()()()証でもあった。

 そして恐らくは、グエルに対しても。

 

「――父さんは、俺やラウダの事を何も分かっていない」

 

 分かろうともせず、只管(ひたすら)に自分のレールが正しいと押し付けて来る。ただ、子供というだけで。

 だから、まともな面識の無いジェターク寮生達だけでなく、血を分けた自分の息子(ラウダ)の事さえも正しく把握(はあく)出来ない。あんな外面だけ取り(つくろ)ったハリボテが出来てしまう。

 

「なぁ、どうしてだよ? どうして、そうまで俺達の気持ちを、意思を(ないがし)ろにしようとする?」

 

 問い掛けるグエルのその声には、悲痛さが(こも)っていた。

 ジェターク社のCEOとしてのヴィムの多忙さや課せられている責任の重さは、グエルも理解している。それ故に多少のすれ違いや無理解は止むを得ない事もあると分かっているし、甘んじて飲み込まねばならない事もあると思っている。

 だが、これはもう多少で済まない。理解しようとする意志はあるが出来ないのと、理解しようとする意思すら無く望む在り方を強要しようするのとでは、まるっきり話は違って来る。

 かつてはそうでなかった筈だ。

 昔の、彼やラウダが今よりもずっと小さかった頃のヴィムは多忙ながらも、責任に追われながらも、それでも二人との時間を大切にし、息子達の言葉に耳を傾けようとしてくれていた。厳しくはあったし、男手のみだったためか余裕が無い時もあった。自分の意見を押し通すような時もあったが、それでも心から子供の事を思いやり知ろうとする、尊敬すべき父親だった筈だ。

 それが何故、こうも独りよがりになってしまったのか? 何故、自分の意に沿わない者の存在を許せない嫉妬心に囚われてしまったのか?

 

「どうして、俺達をそんなにレールの上に乗せたいんだよ!? 父さん!!」

 

 在りし日の父から今の彼への変貌(へんぼう)に対する(なげ)きを乗せ、叫ぶグエル。

 それに対し、

 

「――なぁ、グエル?」

 

真顔になったシャドウヴィムが逆に問い掛ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――え?」

 

 あまりに唐突で、あまりに理解し難い質問を。

 

「お、お袋……だと?」

 

 グエルにとって、母親というのはあまり思い出したくない存在だ。

 当然だ。彼にとっての母親とは、幼少の時に自分と父を置いてどこぞへ消えた身勝手な女でしかないのだから。

 ラウダも同じだ。父の愛人であった弟の母親も、同じように彼を捨てて蒸発した。それを切欠にヴィムが連れて来た事で、自分に弟がいたと初めてグエルは知ったのだ。

 そんな彼ら兄弟にとって鬼門(きもん)同然の連中の居場所など、いきなり問われても戸惑うしかない。

 それ故に言い(よど)むしかないグエルを余所に、ヴィムが淡々と答えを告げる。

 

()()()()()

 

『!?』

 

 グエルのみならず、二人の会話を見守っていた他の面々も驚愕せざるを得ない予想外の答えを。

 

「……し、死んだっていうのか?」

 

 驚きのあまりに強張った口から、どうにかそれだけ絞り出すグエル。

 その問いに答えるというよりも、(むし)ろ過去を回想しながらというように、どこか遠い目をしながらシャドウヴィムが語り出す。

 

「俺は、いつだってお前達の母親の事を想っていた。ジェターク社CEOの妻として、愛人として、何不自由無く幸せでいられるように、いつも気を配っていた。――だがある日、アイツらは俺から離れると言い出した。何でも勝手に決めようとする、窮屈(きゅうくつ)だ――そんな事を言いながら、二人でくっついて俺を置いて行った。そして、二人揃って乗っていたシャトルがデブリと衝突して――」

 

 そこでシャドウヴィムの言葉は途切れたが、続く言葉が何であるのかは想像するまでも無かった。

 グエルは、絶句する他無かった。母達がそんな事になっていたなどとは、(つゆ)ほども思って無かったから。

 だが、そこまでだ。全く予想外の母達の末路には驚きはあれど、親としての役目を父一人に押し付けた彼女達の死に対する悲しみは()かなかったから。

 だから、すぐに気を取り直した彼は叫び返す。それが何だっていうんだ、と。

 

「お袋達が死んだ事と、父さんが俺達を自分のレールの上に走らせようとする事に、一体何の関係があると――」

 

「お前も見た筈だ!」

 

 そうグエルの言葉を(さえぎ)ったシャドウヴィムが、勢い良く腕を突き出す。

 微かな金属音を立てて揺れた黄金のホイッスルを握るその手が示すのは、元々それがあった小格納庫の入り口だ。

 

「あの中に入ったならば、お前も見た筈だ! 俺が敷こうとしてやったレールから脱線したアイツらの()()を!!」

 

「――まさか!」

 

 ヴィムの言葉に対して思い当たるものが、グエルにはあった。

 小格納庫の隅で横倒しになっていた、あの二両分の認知存在(モノレール)。激しく損傷していた上に、顔があるべき部分がぽっかりと(えぐ)れて何も無かったため、誰なのかまるで判別出来なかった。

 まさか、あれらが母達だというのか?

 信じ難い話であった。

 が、そうであると考えれば()に落ちもした。

 あの二両がスクラップ同然の有様だったのも、元となった母達が既に死んで()()()()()()()()()

 それに、(ほとん)ど黒焦げで誰なのか判別出来ない中でも、唯一片方の模様だけはどこか見覚えがあったが――そうだ。アレは幼少の、まだ母が身近にいた時に良く着ていたドレスと()()()だ!

 

「アイツらのために敷いてやったレールから、アイツらは()れた! 俺のレールを否定して好き勝手に進もうとした末に、アイツらはあんな下らない死に方をしたんだ!」

 

 熱の籠った声でそう語るシャドウヴィムの腕が震える。握られたホイッスルが、ちゃりちゃりと銀の鎖を鳴らす。

 強い念がそこにあった。

 

「だから俺は(ちか)った! お前とラウダはアイツらのようにはさせないと! 俺の息子として最良の人生を歩めるように、必ず最良のレールを走らせると!」

 

 そのためのレールには余計な障害などあってはならない。余計な分かれ道などあってはならない。その全てを徹底的に排除しなければならない。

 ただ一本だけの道を。ただ只管(ひたすら)に走るだけで幸せという最良の終点に必ず辿り着ける、一線だけのレールを!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ! 俺はお前達の親として、それを最良の形で全うして見せる! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「……ああ」

 

 (のこ)された息子達を、愛した女達が辿ったような末路には決して向かわせない。

 ホイッスルの鎖を手の内に入れたまま固く握った拳を震わせる父の言葉は、正にそういう決意だった。

 そう理解した瞬間、視線を下げていたグエルは、そうか、という得心の言葉を自然と(こぼ)していた。

 

「……言われてみれば、()()()()()()()()()()かもな……」

 

 ふと、脳裏(のうり)に思い出す光景があった。

 思えば、ヴィムがラウダを連れて来たのも()()からすぐの事だった気がする。

 だとしたら――。

 

「――分かったよ、父さん」

 

 すっとグエルは視線を上げ、シャドウヴィムの金色の双眸を真っ直ぐに見つめる。

 

「父さんが、ずっと父さんなりに俺達の事を考えていてくれたって事が」

 

 ずっとヴィムは厳しかった。特にレンとの最初の決闘で負けてからは、言葉を使った叱責(しっせき)だけでなく平手打ちまで何度も貰うハメになった。

 それは現実の父が言っていたように、ジェターク家の人間がジェターク社のMSで敗北するなどあってはならないから、会社の信用に大きな傷を付けたから、というのもあっただろうが、それ以上に、()()()()()()()()()()()会社を常に最高の状態にしておきたい、という父の親心が裏にあったのだろう。

 父は、自分達よりも会社の方が大切なんじゃないか? 会社のためなら、自分達なんてどうでも良いんじゃないか? ――そんな疑いが、異世界の存在を知る前からずっと心の片隅(かたすみ)にあった。パレスの存在を知り、その中を探索する内に、父の心の内を断片的に知っていく内に、その疑いはより一層深まっていった。

 だが、そうじゃなかった。父はちゃんと、自分達の事を想ってくれていた。大切に想うからこそ、父なりに幸せを願ってくれているからこそ、ああも苛烈(かれつ)な程に厳格だったのだ。

 それが知れただけでも、ここまで来た甲斐(かい)はあった。――そう心からグエルは感じた。

 同時に――。

 

「父さんが――()()()()()()()()()()()()()()()って事が……!」

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()とも思った。

 

「――何だと?」

 

 シャドウヴィムの双眸が鋭く細められる。

 刺し貫かんばかりのその視線を、グエルは一歩も引かず真正面から受け止める。

 

「結局のところ、父さんが俺やラウダの事をちゃんと見ていない事に変わりは無い」

 

 自分の敷いたレールの上を走らせる。()()()()()()()()()の最良の人生の息子達に歩ませる。――ヴィムの思考は、どこまでもそれに終始している。

 だから、そのレールの上に障害や不安があれば何としても排除しようとする。――躊躇(ちゅうちょ)無くデリングの暗殺を企て、二度の決闘に勝利を収めたレンをそれでも退学させようとしているように。

 だから、余計な横道があれば何としても排除しようとする。――会社を継ごうとせず、ドミニコスに入ろうとしているグエルの夢を聞き入れなかったように。

 とどのつまりはそういう事。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、父は自分達の事を知ろうとしていない。自分のレールこそ至高と()()()()()()()から、それ以外の全てを認めないのだ。

 それに――。

 

「父さん、自分で気づいているか?」

 

「?」

 

「父さんがレールに(こだわ)る根底にあるのが、お袋達を()()()()()って気持ちだって事に」

 

 母達の末路と、そこから続く決意を語るシャドウヴィムの言葉には強い念が感じられた。

 後悔、決心。そして――()()()

 そうだ。ヴィムは嫉妬している。別れ際に自分の好意を否定し、挙句当てつけの様に二人で一緒になった母達に。

 だから証明したいのだ。自分が彼女達に施そうとした事(敷こうとしたレール)こそが正しかったと。否定した彼女達こそが間違っていたから、哀れな死を迎えるハメになったと。息子達(グエルやラウダ)にレールの上を走らせ、幸せを掴ませる事で。

 

「冗談じゃない。俺達は、父さんの正しさを証明するための道具じゃないんだ!」

 

 息子達の事を想うがために、その息子達を(ないがし)ろにしている。

 同時に、息子達の幸せを離れていった女達を見返すための材料にしようとしている。

 そんな矛盾や個人的な感情を当然とし、自分の考え意外を認めない今のヴィムの在り方は、例えその根底にある真意や愛情を知ったからといっても、受け入れる事は出来ない。

 

「俺の意思は変わらない。――俺は、俺の夢と誇りを(ゆず)れないし、ましてや、お袋達を見返す道具なんて御免だ。父さんがそれを認めないなら、許さないというのなら、俺も引き下がらないし、容赦もしない」

 

 キッとヴィムを仮面越しに睨み付けたグエルは、真っ直ぐにその指を突き付けて宣言する。

 

「俺の為にも、ラウダの為にも。そして()()()()()()()()()! ――その歪んだ心、奪わせてもらうぞ! 父さん!!」

 

 

 

「……ここまで言っても分からんか」

 

 やれやれ、とシャドウヴィムが頭を振る。

 

「そこのクズ共に影響されたか、それとも本当に俺のレールが一番だと認めたくないだけかは知らんが……お前の暗愚(あんぐ)ぶりには心底呆れ果てたぞ、グエル」

 

 頭に乗せた制帽の(つば)(つま)んで(うつむ)いたシャドウヴィムが吐き出した溜息には、どこまでも歯向かおうとするグエルへの失望がありありと表れていた。

 それに対し、ハッ、とミオリネが吐き捨てる。

 

「こっちも呆れ果ててるわよ、アンタのその()()()()()()()()()ね」

 

「要は、自分が女を引き留め切れなかった後悔をレーベ達に押し付けているだけで、それにお前が気づけていないだけだ」

 

 愛した女達にフラれた挙句(うしな)った事については同情せざるを得ないし、そこに端を発した親としての決意自体は恐らく嘘では無いだろう。

 しかし、度が行き過ぎている。

 息子達の幸せを願うあまり、そうなれると()()()()()()()()()()レールを、彼らの意思など無いかのように一方的に押し付ける。望まぬ生き方など、無理矢理続けたところでどこかで破綻(はたん)や歪みが生じるという事に、ヴィム自身が気づいていないがために。

 加えて、先程グエルからも指摘があった通り、女達への嫉妬心もまたその背景である事も、それ故の押し付けである事もまた間違いではない。

 ミオリネに続けてモルガナもそう指摘するが――二人の声は当のヴィムには届いていないのか、彼は反応する事無く、ただ、ククク、と肩を震わせるだけだった。

 

「それなら仕方ない」

 

 目元を制帽の鍔の下に隠したまま、忍び笑い混じりにシャドウヴィムが呟く。

 

「どれだけ言葉を尽くしても理解出来んというのなら、後はもう()()()()だ」

 

 変わらず制帽を抓む手の後ろに顔を隠したままそう告げたのを皮切りに、その身体が揺らめき出す。

 ――いや、違う。

 赤黒いエネルギーのようなものが、その体から(あふ)れ出しているのだ。

 

「俺のレールこそが正しいという事を、お前の夢とやらの先にはアイツらのと同じ哀れな破滅しか待っていないという事を」

 

 徐々に、しかし確実にその濃密さを増していく禍々しいエネルギーがシャドウヴィムを覆い隠していく様に他の面々が動揺する中、レンはモルガナと共に警戒を高め、身構える。

 そうして遂に、

 

「その身に刻み込んで分からせてやろう! グエルッ!!

 

ガバリ、と顔を上げ、これまで以上に激しい光を金色の双眸から放ったシャドウヴィムをエネルギーの奔流(ほんりゅう)が完全に飲み込み――弾けた。

 泡が割れたように、赤黒い液体が広範囲に飛び散って巨大な液溜まりを作り上げ、その液溜まりが中心からうねる様に渦巻き出す。――これまでに相対したシャドウ達が迎撃態勢を取った(真の姿を見せた)時と、同様に。

 否、正に()()なのだ。

 それを示す様に、液溜まりが鉄砲水のように激しく噴き上がる。巨大な液柱がその場に立ち上がり、すぐにその勢いを失って液溜まり諸共消滅する。

 そして入れ替わりに、

 

うおおおおおおぉぉぉぉッ!!

 

()()が現れる。

 

俺のレールを塞ぐ忌々(いまいま)しい賊共がァッ!!

 

 そう雄叫びを上げる()()は、()()の姿をしていた。

 ただし、しいて何かに例えるならば、だが。

 確かにその姿は――現実と遜色無い形状の真紅のモノレールを繋いで構成している様は、()()()()()()()(かろ)うじて列車と呼べなくも無い。

 だが、単純に連なっているだけでなく、そこから枝分かれするように横方向にも連結する事で形成した()を床に着け、車列の先頭側である()()を持ち上げている様は(およ)そ列車のそれとは言い難い。寧ろ、前足だけ生えた()鎌首(かまくび)(もた)げていると考えた方がしっくり来そうな様相だった。

 そんな列車と蛇が組み合わさったような()()が、その()たる先頭車両の先端から生えた巨大な()()()()()()()()()()()に備わったバイザーをギラつかせ、レン達を見下ろす。

 

これ以上貴様らの好き勝手にはさせん! グエルは折檻(せっかん)で済ますが、貴様らはこの俺が手ずからに叩き潰してくれる!

 

「そうだそうだッ! 父さんのレールを目茶苦茶にして兄さんをたぶらかした賊共は、僕と父さんが成敗してやるッ! ポッポーッ!!」

 

 その体躯はざっと9、10m程度。周囲のディランザの全頭頂(18m)にこそ及ばないが、それでもレン達から見れば十分に巨大なその化物が、ダリルバルデの頭部の下側を顎の様に金属音混じりに動かして怒声を放ち、その真下で怒りの声を上げているラウダの認知存在と共に威圧して来る。

 多分にノイズが混じってこそいたが、それでもその声が誰のものであるかを考える必要は無かった。

 

「と……父さん……なのか……?」

 

 声はヴィムのもの。

 すなわち、グエル、ミオリネ、エリクトの三者が一様に驚愕に見開いた目で見上げるその列車の化物の正体は、シャドウヴィムなのだ。

 

俺は常に勝ち続けて来た男だ! その俺に(あだ)なした事を、地獄で後悔するが良いィッ!

 

 そう言い放った後、その身を大きく震わせて天を仰いだ列車の化物――シャドウヴィムの真の姿たる“ヴィム・エンヴィー・ジェターク”が、格納庫全域を揺らす凄まじい雄叫びを上げる。

 それに対し、降り掛かるその音圧を(かか)げた腕で防いだレンは、

 

「そうはならないさ。何故なら――」

 

シャドウヴィムの金と緑のバイザーを見上げ、不敵に口角を吊り上げる。

 

「――()()()()()()()()

 

 その言葉を合図に、レンとモルガナ以外の面々が気を取り直して構える。

 その言葉を合図に、

 

その太々(ふてぶて)しい口を永遠に黙らせてくれる! 死ねよやァ! アーシアン野郎おおおぉぉぉッ!!

 

シャドウヴィムが列車が連なって出来た右腕を振り上げ、猛スピードでレン達目掛けて振り下ろして来る。

 瞬時にその場から飛び退くレン達。黒い軌跡だけを残して誰も居なくなったその場に落とされる、叩き潰し。

 それが床を砕き、粉々になった瓦礫(がれき)の群れを撒き上げる轟音が、戦いの開始を告げるゴングとなった。

 




※推奨BGM:Blood of villain → Blooming villain

次回、VSヴィム・エンヴィー・ジェターク!
こうご期待!
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