ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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またまた長らくお待たせ致しまして申し訳ありません。

それはそうと、明日の夕方からどうも全国で財務省解体デモが行われるとか何とか。何か水星の魔女4話での報道を思い出しますね。ひょっとして、読者様方にも参加される方いらっしゃったりするのかな?

何はともあれ、これが本当にジェタークパレス編のラストだよな34話、はーじまるよー。



#34 It's my duty to let you pursue the path you want to follow.

<目的地が削除されました>

 

 緑色の制服姿のレンが手にする生徒手帳が――イセカイナビがジェタークパレスの消滅を報せる電子ガイダンスを鳴らす。

 そのガイダンスに、よーし、と猫の姿のモルガナが鷹揚に頷く。

 

「これでジェタークの歪んだ欲望は無くなったぜ! ――お前ら、良くやったな!」

 

「ああ、大成功だ。――皆、お疲れ様」

 

 そう(ねぎら)いの言葉を掛けるモルガナとレンに、他の面々が応答を返す。

 少し間を要してから。

 

「そりゃあ何より、だ」

 

「でもアンタら……はぁ……大事な事は……ぜぇ……ちゃんと、言いなさいよ……へぇ」

 

「ホント、だよ……はぁ……()()、死ぬかと……思った、じゃん……はぁ……」

 

 一様に息を切らしながら。

 

「――それは済まなかった」

 

 欄干に片腕を掛けて座り込むミオリネも。

 大の字でエアリアルのコックピットの中で仰向けになっているエリクトも。

 そして両膝に手を着いて中腰の姿勢になっているグエルさえも。

 怪盗としての初仕事を終えた三者は、全員が疲労困憊(ひろうこんぱい)の有様と化していた。

 ジェタークパレスに入る前に集まった学園地下の格納庫、エアリアルのコックピットへと続くキャットウォークの上でそんな仲間達の様子に、レンは誤魔化しの苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#34 It's my duty to let you pursue the path you want to follow.

 

 

 

「そういえば、オタカラはどうなったのかな?」

 

 暫し待ち、ようやくミオリネ達の様子が落ち着いた頃合を見計らって、改めてレンは話題を切り出す。

 

「あっ! そうよ、オタカラ!」

 

 変貌(へんぼう)したシャドウヴィムとの戦闘に、崩壊するパレスからの脱出。

 そんな死ぬような思いをしてまで奪い取ったあの銀の鎖で繋がれた黄金のホイッスルは、果たしてどうなったのか?

 

「確か、グエル君が貰ってたよね?」

 

 よっこいしょ、と上半身を上げたエリクトがそう尋ねる。

 それに応じたグエルが、ああ、とズボンのポケットに手を突っ込み、中を(まさぐ)る。

 その最中に彼の片眉が何かを訝しむ様に跳ね上がったが――程無くして、ポケットから引き抜かれた手がレン達の前に差し出される。

 その掌の中にあったのは――。

 

「アレ?」

 

「何これ? ――指輪?」

 

 予想外の物を目にした様に目を丸くしたエリクトとミオリネの、その言葉通りの物体――()()であった。

 金色が二つに、銀色が一つ。宝石の類こそ付いてないが、いずれも緻密(ちみつ)で美しい彫刻が施されたその三つの指輪は素人目に見ても高価な、それこそ()()と問題無く表せるような代物ではあるが……。

 

「ちょっと待ってよ! あのオジサンのオタカラ、ホイッスルでしょ? 何かスゴいギラギラに光ってた。これ違うじゃん!」

 

「その通り、なんだが……」

 

 エリクトのツッコミに、その指輪を取り出したグエル自身も全く理解出来ない事態だとばかりに空いている手で頭を掻く。

 当然の反応といえた。二人と、それにミオリネは()()()()()オタカラしか見ていないのだから。

 だから、困惑する三人へ、いや、とレンは声を掛ける。

 

「多分、その指輪がジェタークのオタカラで間違いないよ」

 

「えっ? いや、でも――」

 

「ジェタークにとって、あのホイッスルとその指輪が同じくらい価値のある物だった、って事さ」

 

 レンに続き、モルガナも会話に加わる。

 

「オタカラはパレスの主の歪んだ欲望の()だ。大抵、()()()()も歪んじまってるんだよ」

 

 主が歪んだ欲望を通して見た現実であるパレスでは、その中のあらゆる物が主の認知によって歪む。その歪みの()であるオタカラもまた例外ではない。

 例えば、自分を王だと考えている元金メダリストのパレスの中では王の象徴たる王冠だった物が、実体を明かせばかつての栄光の象徴ともいうべき金メダルであったように。

 例えば、一つの街を己の銀行と考える金の亡者のパレスの中では輝く金塊だった物が、その実ただの玩具の紙幣(しへい)であったように。

 そんな風に、オタカラが現実のそれとはまるっきり違う姿形を取る事は往々にしてある事象であり、故にパレスの中ではホイッスルだった物が、その実体は指輪だったとしても何もおかしくはないのだ。

 さて、それはそれとして、ここに一つ疑問が浮かび上がる。

 ヴィムのオタカラの実体が指輪であった事はほぼ間違いないが、その指輪は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という疑問が。

 その答えについては、

 

「――やっぱりそうか」

 

その指輪を一つずつ手に取り、眼前まで近づけて事細かに調べたグエルに心当りがあるようだった。

 

「お前らも見てみろ。――この指輪、内側に()()()()()()()()()()()

 

 そう言い、三つの指輪の内の銀色の物を突き出すグエル。

 それを受け取って確認してみれば、確かに輪の内側には持ち主のイニシャルらしき文字が彫られている。

 

「“V・J”、か。――となると、この指輪は」

 

「多分、()()()()()

 

 レンの推測に、グエルが頷き返す。

 V・J――Vim(ヴィム) Juterk(ジェターク)ならば、それが彫られている銀の指輪はヴィムの物という事だ。

 となれば、恐らく残りの二つは――。

 

「――残りの指輪、もしかしてアンタとラウダのおか――母親の?」

 

 どうやらミオリネも察したらしく、確認の言葉を投げ掛ける。

 それに対する返答として、グエルが再度頭を縦に動かす。

 

「片方にお袋のイニシャルが彫られてた。もう片方は分からんが……」

 

 ここに来て全く無関係の赤の他人の物という事もあるまいだろうし、ラウダの母親の物と判断して間違い無いだろう。

 それにしても、各人の名前入りの指輪が歪みの根源(オタカラ)とは……。

 

「ジェタークの奴、言ってたな。お前らの母親が……その……」

 

()()()()配慮は要らん」

 

 話そうとする内容がためか、様子を(うかが)う様にグエルを見上げて言葉を選ぼうとするモルガナに、当のグエルがぴしゃりと告げる。

 

「お袋達の事は俺も驚かされたが、それだけだ。――俺達を捨てて消えた奴らの事なんて、今更何とも思っていない」

 

 そう平然と言い切るグエルの表情は実に()んだもので、確かにその言葉通り、彼やラウダの母親に対して思うところは最早何も無いのだろう。

 それこそ、シャドウヴィムが言及していた彼女達の()についても。

 しかし、ヴィムの方はそうではなかった。

 彼は重く受け止めていたのだ。二人の母親が彼らから去って行った果てに、亡くなった事を。それ故に彼女達を引き留め切れなかった事を。

 その後悔がいつしか歪みへと変わってヴィムを変えたと、彼のシャドウが思い返す様に語っていたのも記憶に新しい。

 であれば、この指輪も彼のその後悔に結び付く物なのか?

 

「―― 一度だけ、父さんが()()()()()のを見た事があるんだ」

 

 ぽつり、とそう呟いたグエルの青い瞳は下方を向いていた。

 過去を思い返しているような、遠い眼差しだった。

 

「ずっと昔の――お袋が消えてから少し後くらいだったか。いつも帰りが遅かった父さんが珍しく早く帰って来てな」

 

 その父の早い帰宅について、当時のグエルは意外には思っても、特に疑問は抱かなかった。ただ、いつもそうしていたように戻って来た父を出迎えようと、実家のリビングの入り口の方へ振り返っただけだった。

 しかし、そうして目に入ったヴィムの姿に幼少のグエルは思わず固まってしまったそうだ。

 両目から滝の様な涙を流し、子供みたいに嗚咽(おえつ)を上げてそこに立ち尽くしていた父の姿に。

 

「……あんな父さんを見たのは初めてだった」

 

 今程では無かったが少々自分勝手で厳しく、しかし豪放(ごうほう)で優しさを見せる時もあったヴィムが恥も外聞も無く泣きじゃくる姿など、全く想像出来なかった。父のあんな姿を目にしたのは、後にも先にもその一回切りだった。

 それ故に当時のグエルはただただ呆気に取られるばかりで、そんな風にヴィムが涙を流す理由を考える事すら出来なかったそうだが――。

 

「――その時に知ったんだろうな、お前の父親は。お前達の母親の事を」

 

「多分な」

 

 レンの推測に目を伏せて小さく頷き返した後、グエルが話を続ける。

 

「父さんはあの時、何かを握っていた」

 

 固まったままのグエルを後目に、ヴィムはまっすぐに、苛立ったような乱暴な足取りでゴミ箱へまっすぐに向かい、その中へと握っていた何かを叩き込まんがために腕を高く振り上げた。

 が、結局その何かをヴィムは捨てなかった。

 振り上げた腕をダラリと垂れ下げ、続けて力が抜けた様に膝も床に着けて、そのままどうすれば良いか分からず困惑するグエルの前で(うずくま)り、体を震わせながらむせび泣き続けたそうだ。

 もしかしたら、当時のヴィムが握っていたのは――。

 

「つまりこの指輪は、アンタの親父が()()()()()()()()()()()()()()()()()、って事?」

 

「……分からん」

 

 実際にヴィムが何を捨てようとしたのかは、グエルとしても当時から今までずっと分からず仕舞いとの事だった。

 ()いて言うならば、ヴィムの物らしき銀の指輪と彼の母の物らしき金の指輪が、まだ二人が揃っていた時に共に左手の薬指に嵌めていた結婚指輪と良く似た色合いとの事だったが……その判断材料であるグエルの記憶自体が幼少の頃のもの故に曖昧(あいまい)で、はっきりとしないらしい。

 ただ、ヴィムの歪みの発端となったグエル達の母親の死を知った瞬間のエピソードに出て来たその何かと、実際にオタカラとなっていた問題の指輪が無関係とは考え辛い。――何かの正体がオタカラの指輪であったというグエルの推測は、恐らく当たっている。となれば――。

 チラリ、とレンは下方を見遣り、モルガナと目線を交わす。

 そのアイコンタクトが伝わった事を示す頷きを返してから、それで、モルガナが他の面々の方へと声を掛けた。

 

「どうするよ、その指輪?」

 

「? どうする、ってどういう意味よ?」

 

「それはあくまでオタカラ、元になった現実の指輪とは別の物だ」

 

 あくまでヴィムの歪みの核として存在した()()()()指輪であり、それが現実に持ち込まれた事で実体化したに過ぎない。その元となったオリジナルの指輪は――処分されていない限りは――別に存在しているし、仮にオタカラの指輪をこの場で破壊する等しても、オリジナルには何の影響も無い。

 つまり、オタカラの指輪の処遇を気兼ね無くこの場で好きに決められるという事だ。

 

「もちろん、売っぱらって金に変えるのもアリだぜ?」

 

 というか、レン()は実際に今までそうして来た。得たオタカラを遠慮無く売り払って金に変え、それを元手に仕事終わりの打ち上げを開催するのが恒例(こうれい)だった。

 加えて、今回のオタカラである指輪はどれも素人目に見ても希少な素材に高度な彫刻が施された逸品(いっぴん)だ。御三家ジェターク社のCEOというヴィムの肩書や財力から考えても、相当な額になるだろう事は間違いない。

 だが、それを売り払うには問題があった。

 その点を、いや、と首を振ったミオリネが指摘する。

 

「これはちょっと売れないわ」

 

 何せ、どの指輪にもイニシャルが彫られているのだ。本来の持ち主がいるとそれ自体が示しているような物は如何(いか)に貴重だろうと買い取りは敬遠されるだろうし、最悪盗品の可能性を疑われるリスクもある。

 そんな事でフロント管理会社に捕まるなんて事になったら、目も当てられない。

 そのミオリネの説明に、言われてみりゃそうか、と名残惜しそうにしつつもモルガナも引き下がったのだが……さて、そうなればこの指輪はどうすべきか?

 指輪を見下ろしながら、ふむ、と思考するレン。

 そこに、ならさ、とエリクトが提案を投げ掛ける。

 

「グエル君に上げちゃえばどう?」

 

「俺に?」

 

 急に挙げられた自分の名前に、何でだ、とグエルが目を丸くする。

 それに対して、だってさ、と何て事無い様な口調でエリクトが返した答えは次の通りだった。

 

「それ、元はグエル君のパパの物じゃん。だったら、息子(グエル君)が持ってるのが良いんじゃない?」

 

「――それもそうだな」

 

 オリジナルとはあくまで別物とはいえ、親の物は子が受け取るべきというエリクトの主張は筋が通っているし、あれ程苦労した物をただ捨ててしまうのもそれはそれで(はばか)られる。

 よって、同意を示したレンも、モルガナとミオリネも異論は無かった。

 後は――。

 

「――分かった。なら、これは俺が貰っておく」

 

 目を伏せて頷き了承してから、グエルが指輪をズボンのポケットに戻す。

 これでオタカラの処遇は決まった。

 後は――。

 

「ジェタークの改心を()()()()だな」

 

 安堵の息と共に何気なくモルガナが吐き出した一言。

 その一言に、えっ、と虚を突かれたような表情になったミオリネとグエル、エリクトの顔が一斉に彼へと向けられる。

 

「どういう事よ? 待つだけって」

 

「父さんはもう改心したんじゃないのか?」

 

 そう次々に上がる疑問の声に、ああ、そうか、とレンとモルガナは得心する。

 そういえば、()()についてもまだ説明していなかった。

 

「パレスが消えれば歪んだ欲望も無くなって改心するのは間違い無いが、すぐにってワケじゃねぇ。実際に改心が起きるまで、時間が掛かるんだ」

 

「時間って、どのくらい?」

 

「そいつ次第、としか言えねぇな」

 

「おいおいおいおい!」

 

 大丈夫なのかよ、とグエルの顔が不安に歪む。ミオリネも、エリクトも。

 そうなってしまう彼らの気持ちは実に良く分かる。レン自身も()()()の仲間達と共に何度もやきもきさせられたものだから。

 だからこそ、言える。

 

「大丈夫さ」

 

 退学申請の取り消しが行える期限まで、後三日。

 その三日までの間にヴィムが改心し、取り消しに動いてくれると、自信と経験を持って。

 

 

 

 そうして、なんとも不安の残る幕引きを経て地下格納庫から解散したグエル達であったが、()()はその翌々日に現れる事となった。

 

「――父さん、一体どうしたんだろう?」

 

 そう訝し気に呟くラウダと共に、グエルはジェターク社本社内の廊下を歩いていた。

 前日の夜、ヴィムから二人へ呼び出しがあった。それに従って学園を休み、父のオフィスへと向かっている最中だ。

 

「急に来るように言って来たのもそうだけど、一昨日も……兄さんは知ってたっけ? 寮の前に貼られてた、その……」

 

「予告状、って奴か? 父さん宛てのが何枚もあったと聞いたが」

 

 決行当日、仮病で自室から出られないと(いつわ)っていたグエルがジェターク寮の門前に貼り付けて置いた予告状の存在を事細かに知っていては矛盾が生じる。

 故に、あくまで伝聞で知った様に装いつつ返した彼に、うん、と重苦しくラウダが頷く。

 

「アレを見た時、父さん、もの凄く怒ってたんだ。こんなマネしやがったのは誰だ、って誰彼構わず怒鳴りつけて」

 

「当然だな。父さんの怒りを買わない筈が無い」

 

「だけど父さん、暫くそうしていたかと思ったら、急に怒るのを()()()()()()

 

「止めた?」

 

 怪訝な声色でグエルは訊き返す。

 特に意図の無い素のリアクションだ。一度火が着いた父の怒りがそう簡単に(しず)まるものでは無い事は、彼も良く知る所であったから。

 

「うん。……本当に、急にだった。あんなに怒鳴り散らしてたのに急に俯いて、黙りこくって……そのまま、会社に戻って……」

 

「……」

 

 ラウダから語られる当時の父の行動は、確かに息子としての立場から見れば奇妙奇怪と言わざるを得ないものだった。

 だが、ヴィムのその奇行の理由について、当然ながらグエルには心当りがある。

 恐らくは――。

 

(――いや)

 

 父が改心した、と決め付けてしまうのはまだ早計だ。

 そもそも、こうして呼び出された理由にしてもまだ不明なのだ。大丈夫と言い切ったレンを疑うワケではないが、結局改心が間に合わず退学と系列会社への入社を命じられてしまう可能性だって無いとは言い切れない。

 だから、

 

「あの予告状、父さんを改心させるとか書いてあった。……ねぇ、兄さん? もしかして、父さんは――」

 

「分からん」

 

不安に満ちた声で掛けられたラウダの問いに首を振りつつ返したグエルのその答えに、嘘は無かった。

 そんな会話を続けている内に、CEO用のオフィスの前にグエル達は到着する。

 オフィスと廊下を遮る自動ドア。その横に設置されている来客用のコンソールを――何が待ち受けているか分からない不安に駆られるのをどうにか抑え込みつつ――操作して通信を繋いだグエルは、それを介して到着を報告する。

 

「父さん、今着きました」

 

<ああ、グエルにラウダか。待っていたぞ>

 

 コンソールのマイクを通じて返って来た父の声は、心なしか、いつもよりも穏やかに聞こえた気がした。

 それが気のせいか自問する間も無く、ロックが外されたドアが微かな音と共にスライド。開け放たれた入り口から見えるオフィス内の見慣れた様相に(つば)を呑んだグエルは、

 

「――失礼します」

 

意を決し、ラウダと共にその向こうへと足を踏み入れた。

 

「――二人共、良く来てくれた」

 

 オフィスの奥の壁、調度品が幾つも飾られた棚の方を向いたヴィムの背が、高級木材で出来たデスクから少し離れた位置に並んだグエルとラウダを出迎える。

 

「悪かったな、いきなり呼び付けて。学校も休ませてしまって、迷惑を掛けたな」

 

「い、いえっ! そんな、事は……」

 

 背を向けたまま静かな口調で告げられた父の言葉にラウダが返した声には、驚愕と困惑が入り混じっていた。

 そうなっても仕方ない。ヴィムが――あの厳しく自分勝手な父が、急な呼び出しを掛けた事を()()()()のだから。

 その時点で、もう目の前の男はグエル達の知るヴィムとは何かが違うのを――いや、()()()()()()のを感じさせていた。

 だからグエルもまた目を見開いて驚いたのだが、彼はどうにかその驚きを押さえ込み、極力平常と変わらない口調を心掛けながらヴィムへと問い掛ける。

 

「父さん。今日はどんな御用で、俺達を?」

 

「――どうしても、お前達に言いたい事があってな」

 

 そう答えてから、後ろ手に組んでいた両手を下ろしたヴィムがデスクの横を抜け、グエル達の前へと移動する。

 

「――グエル」

 

 そして目を伏せて俯いたまま、グエルの方へと向き直ったヴィムが、

 

()()()()()()!!」

 

彼へとその頭を()()()

 

「……え? ぁ……え?」

 

 たった今目の前で起きた事が理解出来ないのか、目を(しばた)かせたラウダが言葉にならない声を漏らす。

 同じ理由から頭が真っ白になったグエルもまた、絶句するしかない。

 そんな二人を余所に、最敬礼の姿勢のままヴィムが言葉を続ける。

 

「この前の決闘でお前が負けたのは、俺がダリルバルデに載せさせた意志拡張AIのせいだった。アレが――いや、()()余計な事をしてしまったから、お前を()()()()()()()()()

 

 頭を上げ、姿勢を正したヴィムが、続けてラウダの方へ顔を向ける。

 

「“裏工作など(あんなマネ)せずともグエルは勝つ”。――あの決闘の日に俺が学園に着いた時、確かお前はそう言っていたな、ラウダ?」

 

「え、あ、ええ……はい」

 

 覚束(おぼつか)ない動きながらも、ラウダが首を縦に動かす。

 それを受けたヴィムが、ハの字に眉を下げたまま眉間に(しわ)を寄せて溜息を吐く。

 後悔の(こも)った溜息だった。

 

「きっと、お前の言う通りだった。これまでグエルはずっと勝ち続けて、ホルダーを守り続けて来た実績があったんだから。――なのに、俺はお前の言葉を聞き入れなかった。()()()()()()負けが許せなくて、傷付いた会社の信用を取り戻す事しか頭に無くて、予定通りに制御室を乗っ取らせようとした」

 

 それ自体は先手を打ったミオリネとモルガナが制御室を先に占拠した事で失敗に終わったが、それでもグエル達の気持ちや言葉を無視して卑怯な手を打とうとした事は変わらない。

 

「お前は、グエルを信じていたんだよな? 余計な横槍など無くともグエルが勝つと信じていたから、ああ言ったんだよな? そんな事も分からず、俺はお前まで巻き込んで……グエルを裏切らせるようなマネをさせて……!」

 

「いや、その……」

 

「俺は、お前にも謝らなければならない。ラウダ。――済まなかった!!」

 

 血を吐く様な謝罪の言葉と共に、ヴィムの頭がラウダへも下げられる。

 対する当のラウダはいよいよ進退極まってしまい、困ったように泳ぐ目を時折グエルの方へ向けてはそれとなく助けを求めて来る。

 一方で、まだ衝撃から完全に立ち直れていないながらも、グエルは次第に察して来た。

 これまでとはあまりに違う、人が変わってしまったかのような父の言動の理由。

 それが何であるのかは、最早考えるまでも無い。

 

(これが――()())

 

 それ以外にこの変貌(へんぼう)の理由は無い。

 父の改心は間に合った。――()()()()()()

 ならば、

 

「父さん」

 

確かめなければならない。

 

「少し良いか? 確認したい事があるんだ」

 

「ん? ああ、何だ?」

 

 グエルの問い掛けに、姿勢を戻したヴィムが向き直る。

 後悔と反省の気持ちのためか、少ししょぼくれた表情を浮かべた父へと、一拍置いてグエルは本題を切り出す。

 

「父さんが、俺を学園から退学させて系列会社に入社させようとしているというのは、本当なのか?」

 

「っ!? お前っ、何故それを知って!?」

 

 知る筈の無い情報がグエルの口から出て来た事にぎょっとヴィムが目を剥き、それと共にその内容への驚愕したラウダも、ええっ、とグエルの方へ振り返る。

 そんな二人の反応を無視し、たまたま噂を小耳に挟んで、とだけグエルは返す。

 無論、嘘だ。本当はヴィムのシャドウから聞かされた事だが、それをこの場で馬鹿正直に話すワケにはいかないし、話しても信じてはもらえまい。

 それでも所詮は嘘故か、納得し切れないようにヴィムは暫く(うな)っていたが、

 

「……本当だ」

 

暫く後、観念したように事実を認めた。

 

「お前の力に見切りを付けたんだ。――アーシアンなんぞに二度も負けてしまうような奴に、デリングの娘を(めと)って次期総裁の座を勝ち取るなぞ無理な話だ。なら、せめて会社を継がせよう。そのために知り合いの会社に入れて(きた)えよう、と」

 

「そんな……!? 父さん! それはいくら何でも――」

 

「ラウダ」

 

 流石に聞き捨てならないとばかりに声を荒げるラウダへ手を伸ばして、グエルは彼を(いさ)める。

 当然ながらラウダからは戸惑いの声が上がるが、それに構わず、グエルはヴィムに続きを(うなが)す。――その話は今どうなっているのか、と。

 それに対し、目を伏せたヴィムが返した答えはこうだった。

 

()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「お前達が来る少し前に、グエルを入れる予定だった関連会社と、学園に連絡を入れて置いた。――入社の話も、俺から出していた退学の申請も、両方とも()()()()()()()()()

 

「!」

 

 無効にした、と父の口からはっきり告げられた時、瞬時に込み上げて来た歓喜にグエルは目を見開いていた。

 退学も、系列会社への強制入社も、どちらも取り消させる事が彼が心の怪盗団に加わってヴィムを改心させる事を決心した理由だった。その目的が果たされたと、今、明確になったのだ。喜ばない理由が無い。

 

「さっきも言った通り、二度目の負けの責任は俺にある。なのに、自分の事を棚上げしてお前の()ばかりを責め、挙句に一言も告げず、勝手に将来まで決めるようなマネをして……」

 

 全く、とヴィムが嘆息する。自分自身の行いに。

 

「そんなだから()()()()にも見放されちまったんだろうに、何も学んじゃいなかったんだ。……我ながら呆れちまったよ。自分の身勝手さと、馬鹿さに」

 

 そう言って自嘲の笑みを浮かべたヴィムの茶色い双眸は、対面のグエル達ではなく別の、どこか遠いところへと向けられている様だった。

 その視線の先で父が何を見ているのか、何となくグエルには分かったような気がしたが、敢えて彼はそれを確かめない。

 そんな事よりも、もう一つだけ確認しなければならない事がある。

 その事を尋ねようとするグエルであったが、それよりも前に、それと、と視線を戻したヴィムが付け足して来る。

 

「グエルを負かしたあのガンダムの小僧だが、奴の退学申請も一緒に()()()()()()()()

 

「あの水星男まで?」

 

 どうして、ときょとんとしたラウダが意外そうに問い返す。

 二度目の決闘の直後のヴィムからレンへの報復宣言は彼も耳にしていただろうから、レンにまで退学申請が出されていた事については疑問は無いだろう。しかし、グエルの分と一緒に彼の分まで取り消したとなれば、また話は変わって来る。ラウダと、ラウダから見たヴィムにとって、レンは二度もグエルに土を付けた怨敵でしかないから。

 

「奴がグエルとの二度目の決闘に勝てば、掛かっている嫌疑は全て不問に伏す。――その条件を提案したのは、そもそも俺だ。望んでそう言ったワケじゃなかったが……どうあれ、自分が言った事を自分で反故(ほご)にするのも、何と言うか……()()()()()()()()()()と同類になってしまうようで気に入らなくてな。お前達は納得いかんかもしれんが――」

 

「いや」

 

 (いささ)か申し訳無さそうなヴィムの言葉を、首を振ってグエルは否定する。

 

「父さんが奴の退学も取り消した事、俺は間違ってないと思う。――というか、そうしてくれた事を()()()()()()()

 

「何?」

 

 どういう事だ、と怪訝そうに眉を顰めたヴィムの、丸くなったその目をじっとグエルは見つめ、

 

「約束させてくれ、父さん。俺は奴から――レン・アマミヤから、必ずホルダーの座を取り返す」

 

宣言する。

 

「悔しいけど()()は強い。倒すには準備がいる。今すぐとは言えない。だけど必ず、どれだけ時間が掛かったとしても、俺は――今度こそ奴らに勝って見せる」

 

「――出来るのか?」

 

 ヴィムの双眸が細められる。

 鋭く、グエルの心の内をも見透かさんとするかのように。

 その視線に竦む事無く、()()()()()()

 

「ああ、やって見せるよ。俺の夢――」

 

堂々とグエルは答えて見せる。

 

「――ドミニコスのエースになるためにも!」

 

 そうして、暫し睨み合った後、

 

「――夢、か」

 

ふっと微笑すると共にヴィムの方から視線が外された。

 

「今初めて知ったよ、お前が将来の事を自分なりに見定めていたなんて。親子になってもう18年も経つのに、そんな事も知らないで一人でレールだ何だと……つくづく情けない親父だな、俺は」

 

「そんな事は――」

 

 自嘲する父を宥めようとするグエルであったが、それを眼前に突き出されたヴィムの掌が(さえぎ)る。

 

「投資家連中がな、最近しつこいんだ。お前がまたホルダーに返り咲けるのか、とな。――そろそろ押さえ込むネタが尽きて来たところでな、参ってたんだ」

 

「それは――」

 

「急げ、と言っているワケじゃない。――お前が言ったばかりだろう、ホルダーを取り戻すには準備と時間がいると。大丈夫だ、その間くらいは持たせる。それだって俺の仕事だ。だから――」

 

 バシリ、という甲高い音と共に左肩に痛みが走る。

 その痛みに顔を歪めるグエルであったが、しかし彼は自分の肩に目を向けなかった。

 確認するまでも無かった。

 痛みを(もたら)したのが、そこへ強めに振り押されたヴィムの右手だと分かっていたから。

 

「――どれだけ時間を掛けても構わん。今度こそあの小僧とガンダムに勝って、ホルダーを取り戻して来い。――約束だぞ、グエル!」

 

 そう力強く語り掛けるヴィムの(いわお)のような顔には、笑みがあった。

 もう何年も見ていなかった、在りし日の優しさと豪放さに満ちた明るい笑顔が。

 その笑顔を見ているだけで、熱い何かが心の内から込み上げて来るような気がした。

 

「はい!」

 

 威勢良く返事を返すグエル。

 それに満足したように笑みを深めたヴィムが、続けて左手も上げ、

 

「お前もだぞ、ラウダ!」

 

「痛っ」

 

先程グエルにやったのと同じように、ラウダの右肩へとそれを叩き付ける。

 

「グエルがあの小僧からホルダーの座を取り返すには、お前やジェターク寮の寮生達の協力だってきっと必要になる。しっかりサポートしてやれ、良いな!?」

 

「は……は、はい……」

 

 ヴィムの勢いに完全に呑まれながらであったが、どうにか応答を返すラウダ。

 それを合図とばかりに、良ぉし、という一声と共にヴィムがグエル達の肩に乗せていた手をそれぞれの背中へと回し、強引に二人を抱き寄せた。

 

「と、父さんっ?」

 

「グエル! ラウダ! 俺はお前達を信じているぞ! お前達は俺が余計な口を挟まずとも自分で自分の進む道を決め、自分の力で幸せを掴める強い子達だと! お前達の幸せのためなら、俺はいくらでも力を貸してやる! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが、()()()()なんだからな!」

 

 その力強い宣言の締めとばかりに、ワハハハハハハ、とヴィムが笑い出す。

 オフィス中を延々反響するその豪快な笑い声の中、呆気に取られたグエルは全くワケが分からないとでも言いたげな面持ちのラウダと顔を見合わせるしかなかったが――そんな彼の心中は決して悪いものではなかった。

 

 

 

「――そうか、それは何よりだ。――ああ、分かった」

 

 アスティカシア高等専門学園の一画――ミオリネの温室。

 その外で生徒手帳に掛かった電話に応じていたレンが、その言葉を最後に耳元から手帳を離して通話を終了させる。

 その様子を温室内でプランターを(いじ)りながら伺っていたミオリネは一旦作業の手を止め、どうだった、と彼の方へ向かいつつ問い掛ける。

 

「グエルの奴、何て? アイツの親父の改心は――」

 

「もちろん()()さ」

 

 ふっ、と気障な笑みと共にレンが返答する。

 

「グエルの父親、俺達の退学申請を取り消したそうだよ。それに、総裁の暗殺未遂の件は一言も触れなかったって」

 

 つまり、シャドウの説得も含めたヴィムの改心は完璧に上手くいったという事だ。

 それを認識するや否や、

 

「ぃよっしゃあー!!」

 

己の内から込み上げて来る感情のままに、ミオリネは歓喜の叫びを上げていた。

 

「おいおい、いやに喜ぶじゃねぇか?」

 

「当ったり前じゃない!」

 

 レンとグエルの最初の決闘から始まった破滅の危機からようやく脱せたのだ。これを喜ばずして、一体何を喜べというのか?

 ――いや、もう一つ理由はあるか。

 

「前に言ったでしょ、グエルの親父はやると言ったら必ずやるって! そんな奴が、自分がやるって言った事取り止めたのよ? アンタ達の言った通りに」

 

 つまりは証明されたのだ。オタカラを盗み出してパレスを消滅させる事で、本当に人を改心させられると。

 怪盗団に加わると決めた段階でレン達の言葉を信じる決心は済ませていたが、やはり伝聞だけなのと、実際に起きた結果を見るのとでは印象は違って来る。

 それ故に、否応なくミオリネの内の()()への期待も高まるというものだ。

 

「さぁ、通過点も無事通り過ぎたし――いよいよあのクソ親父の番ね!」

 

 パン、と掌と拳を打ち合わせたミオリネは、それと共に両端を吊り上げた口から、フフフフ、と目の前に燦然(さんぜん)と輝く希望と長年の怨嗟(えんさ)が入り混じった忍び笑いを(にじ)ませる。

 首、じゃなくてオタカラ洗って待ってなさいよぉ、クソ親父ぃ、と。

 ――だが、そんな風に胸の内を燃え上がらせていたミオリネは、次の瞬間に思わぬ方向から冷や水を浴びせられる事となる。

 

「――張り切ってるトコ悪いんだけどさ」

 

「ん?」

 

「デリング狙うの、()()()()()()()()()ね」

 

「……は?」

 

 頭を掻いている姿が容易(ようい)に想像出来そうな口調でそう告げた、エリクトの声によって。

 というか、実際に掻いていた。困ったような顔をしたレンが頬を指で、だが。

 

「どういう事よ? ウチのクソ親父が後って?」

 

 困惑のままに訊き返すミオリネ。

 それに対し、

 

「――もう2、3日程待ってくれないかな? その辺りで()()()()()()()()と思うから、そこで君とグエルにも話すよ」

 

目を伏せて一つ頷いたレンが、両手をハーフパンツのポケットに入れて告げる。

 

()()での俺達の()()を」




これにてジェタークパレス編は完、次回より新章突入となります。
こうご期待。
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