ペルソナ5G 水星のトリックスター   作:shisuko

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リアルで色々あって、またまた長らくお待たせ致しました。申し訳ありません。

今回から始まる地球寮編。本編主人公の水星ちゃんの時とは特に展開が変わって来る……かもしれない話の一発目38話、はーじまるよー!


#38 It will be Earthians turn to win everything!

()()え~~ぇっ!!」

 

 アスティカシア高等専門学園、地球寮。

 学園の外れに建てられた古い倉庫を流用しているが故の、染みや(さび)といった老朽化のサインがところどころに見られる寮舎の、その一画に設けられたラウンジの中で、オジェロ・ギャベルが感激の叫びを上げた。

 直後、うるさいよ、と隣の席で頬杖を突いているヌーノ・カルガンの(とが)める声が彼に飛ぶ。

 

「飯くらい黙って食えよ」

 

「いや、マジで美味いんだって! 良いからお前も食ってみろって!」

 

 そう興奮して(まく)し立てるオジェロの様に、んな大袈裟な、と呆れつつ、ヌーノも言われるがまま手前に置かれた皿の中身――白い(ライス)の上に並々と盛られたカレーをスプーンで一(すく)いし、口の中へ運ぶ。

 途端、

 

美味(うま)っ!」

 

彼も半目気味だった三白眼を驚きに見開き、だろ~、とオジェロからしたり顔を向けられる事となった。

 また別の席では、ティル・ネイスとアリヤ・マフヴァーシュが共に手にしたカップの中を見下ろし、

 

「――コーヒーも美味い」

 

「ああ。――豆の旨味がしっかり抽出(ちゅうしゅつ)されていて、雑味も殆ど無い」

 

湯気を立たせているコーヒーの味を楽しんでいた。

 そんな地球寮のメンバー達の様子を肩越しに眺めて微笑ましく思いつつ、袖を捲ったホルダー制服の上から緑色のエプロンを着た姿で、彼らが集まる古ぼけたテーブルの向かいにあるキッチンで寸動鍋の中のカレーを掻き混ぜていたレンの耳に、はは、と苦笑する声が入る。

 マルタン・アップモントだ。

 

「何か、悪いね。君の歓迎会だった筈なのに、すっかりご馳走(ちそう)になっちゃって」

 

「ちょっとしたお近づきの印さ。言い出したのは俺の方だし、好きにやらせてもらってるだけだから、気にしないでくれ」

 

 頬を掻くマルタンにそう微笑み返すと、そーそー、と合いの手が上がる。

 チュチュだ。

 

「レンにぃが良いっつってんだからさぁ、大人しくマルタンも座っとけよ」

 

「いやでも、彼ウチに入ったばかりだし、そんな人にいきなり食事当番やらせるも、寮長としてどうかと――」

 

「うーん……でも人の親切は素直に受け取るべきだと思いますよぉ?」

 

「その通り」

 

 椅子の背もたれに片腕を掛けながらのチュチュと、その隣で小首を傾げるリリッケ・カドカ・リパティとの言い分に同意しつつ、皿に盛り付けたカレーを、ほら、とマルタンへと差し出すレン。

 それを受け取ったマルタンがいまいち煮え切らない様子ながらも礼を述べ、自分の席へと向かう。

 その背を見送ってから自分の分のカレーも用意したレンは、鍋を乗せている旧式のIHコンロの電源を消してからテーブルの方へと向かい、彼のために用意されている席へと腰を下ろす。

 それと同じくして、それにしても、と左隣りの席に座っているニカが感慨深げに口を開く。

 

「何か、まだ信じられない。レンさんが本当にウチに――()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。それがこの場にレンがいる理由にして、ミオリネ達の手を借りて心の怪盗団(ザ・ファントム)のアジトを正式に定めた、その理由。

 今日この日を(もっ)て、彼はこの地球寮の一員となったのだ。

 

 

 

PERSONA5G ―― TRICK STAR from MERCURY ――

#38 It will be Earthians turn to win everything!

 

 

 

「君達から提案して来たのに?」

 

 小首を傾げたレンが口にしたのは、学園地下の格納庫でニカとチュチュに初めて会った時にされたあの提案――彼がこうして地球寮に入る事になった、その発端だ。

 まだ何処の寮にも入っていないならウチの寮に来ないか? ――あの日の時点ではヴィムの改心が完了していなかったため保留にしたその提案について、実は半信半疑だったんです、と微笑みと共にニカが当時の心境を明かす。

 

「地球からずっと離れた水星にいて、それにずっとホルダーだったグエルにも二度も勝てるような凄い人がウチみたいな(さび)れた寮に来てくれるかどうか、正直不安で」

 

「ま、あーしは絶対来てくれるって確信してたけどね!」

 

 ニカとは対照的な自信たっぷりの笑みを浮かべたチュチュが席から身を乗り出す。

 

「何たって、レンにぃだってアーシアンなんだぜ? ()()()()()()()()ばっかの他の寮なんて、行くワケ無いじゃん!」

 

 はっきりと、最早それが物理法則のように当たり前の事象であるかのように言い切るチュチュ。

 その言葉を他の地球寮の面々が否定する様子は無く、それどころか、だよなー、とカレーを()っ込んでいたオジェロからは同意の声まで上がる。

 

「いくら水星にいたったって、地球生まれが大手振って歓迎されるワケねーもんな」

 

「ましてや、あのグエルを二度も負かしてるしね。もしスペーシアンだったとしても、ジェターク寮に睨まれるの嫌がってどこも門前払いだったかも」

 

 そう相槌(あいづち)を打ってからカレーを掬ったスプーンを口に含んだマルタンが、直後に、美味いっ、と感嘆(かんたん)を口にする。

 何某(なにがし)かの意図や悪意があるワケでもない唯の談笑だが、そんな程度だからこそA.S.(アド・ステラ)の時代におけるアーシアンとスペーシアンの間を(へだ)てる溝の深さが伺える――そんな遣り取りであった。

 

「――こりゃ、思ったよりも深刻そうだな」

 

 机の近くの床で食事――地球寮の面々に(いぶか)しまれないようにキャットフード――を()っていたモルガナの嘆息混じりの呟きに、内心でレンは同意する。

 かつての冤罪で腫物(はれもの)扱いややっかみ自体は慣れている。ただ、あの時の場合は事実無根とはいえ“前歴”という()()()()()()()()()()()()理由があったが、今回の場合は“出身”がその理由となっている。――単に地球生まれである事が、傷害の罪と同等以上のレッテルと化しているのだ。

 その(いびつ)な世情につい吐き出しそうになった溜息をコーヒーと共に飲み込むレン。

 そんな彼の内心など知る(よし)も無いチュチュが、へへっ、と悪戯気な笑みを浮かべる。

 

「しっかし良い気味だよなぁ、クソスペ共。テメーらだけで取り合うつもりだったホルダーレンにぃに取られるし――」

 

 そこで言葉を区切った彼女が、じゃーん、と何かを取り出し、他の面々に見えるように机の中央まで突き出して見せる。

 果たしてそれは、

 

「――()()()()()まで出されちまうしよぉ!!」

 

()()()であった。

 

「あ! それってもしかして?」

 

「今噂んなってるジェターク寮の?」

 

 反応するリリッケとヌーノに、そーそー、それそれ、としたり顔で頷き返すチュチュ。

 そこに間髪入れず、慌てたマルタンの注意が入る。

 

「ちょっ!? ダメだよ、他所(よそ)の寮から勝手に持って来ちゃ!」

 

「良ーじゃん別に! クソスペ共のもんじゃねーんだし、放っといてもアイツら捨てるだけだし!」

 

 先日ヴィムのパレスからオタカラを奪うため、ジェターク寮の門前に貼り付けておいた予告状。

 ジェターク寮の寮生のみならず、多くの生徒達の目に触れていたとモルガナとグエルが語っていたが、どうやらその生徒達の中にはチュチュもいたらしい。

 

「――心の怪盗団、ザ・ファントム。歪んだ心を……頂戴する」

 

「話には聞いていたが、本当にジェターク社のCEO宛てだな」

 

「御三家のトップ名指しでこんなモン出すとか、怖いもの知らずかよ……」

 

 ティルとアリアが読み上げた予告状の文面に、うへぇ、とオジェロが引いたような恐れ(おのの)いたような微妙な表情を浮かべる。

 アーシアン故の弱い立場を差し引いても、ベネリットグループ内でも限りなくトップに近い立ち位置にあるヴィムは学園の一生徒でしかない彼らから見れば正に天上人(ソレスタルビーイング)。直接・間接問わず顔を見る機会があるかすら怪しいのに、そんな(はる)か格上の存在に喧嘩を売るような何者かがいるなど、信じ難い話なのだろう。

 

「けど、噂じゃ予告されてから()()()()()()らしいぜ? ジェターク社のCEO」

 

「う~ん……頂戴するってはっきり書かれてるし、()()()()()()()んですかね?」

 

「盗まれたって、心を? いやいやいや! そんなオカルト染みたマネ出来ないって!」

 

 カレーを食べながらのヌーノとカップを両手で抱え込みながらのリリッケの言葉を、シネマやコミックじゃあるまいし、と手を左右に振ってマルタンが否定する。

 その様子を制服のポケットの中のキーホルダーを通して声だけは聞いていたエリクトが、悪戯気な笑い混じりに言う。

 

「分かんないよね、ボク達がどうやって心を盗んだかなんて」

 

()()()()()の怪盗さ」

 

 周囲に聞かれないよう声量を抑えて返した後、微笑みつつコーヒーを(あお)るレン。

 そこに、そういえば、と何かを思い出したようにニカが話し掛けて来る。

 

()()()()って、もしかしてこれの事だったんですか?」

 

「ん?」

 

 何の事かな、とさも心当たりが無いかのように首を傾げて見せるレン。

 それに対し、ほら、と入寮の提案を保留した際に彼が告げた()()の事をニカが言及する。

 もちろん、予告の事はレン自身も覚えている。覚えていて、敢えて(とぼ)けただけだ。

 

「アレは特に意味なんて無いよ。ただ――そうだね、ちょっとした神頼みかな?」

 

「神頼み、ですか?」

 

「ほら、あの時の俺って切羽(せっぱ)詰まってたから」

 

 ヴィムに退学を宣告され、実際に学園の運営に申請が出されていた、とはあの提案の時に彼女やチュチュにも伝えている。

 普通の学生には手も足も出ない状況だ。そんな二進(にっち)三進(さっち)もいかない状態に置かれていて、猫ならぬ神の手も借りたくなっていたからついあんな事を言ってしまった。――そんな嘘をおくびも無く語ったレンに、どこか納得いかな気にニカが(うな)る。

 

「そんな風には聞こえなかったんだけど……」

 

「そう? だとしたら()()()()()()()

 

「え?」

 

「取り(つくろ)ってたんだ。本当は追い詰められて汗だくだった、なんて知られたくなかったからね。――君やチュチュみたいな()()()()()()()子達には、特に」

 

 ニカの疑念を払拭(ふっしょく)するためにそう付け加え、ウィンクして見せるレン。

 何だか口説いているかのような言葉のチョイスだが、別にそんな意図は彼には無い。あくまで疑念を払拭するため、である。

 その証明として、

 

「そうだったんですね」

 

そう返すニカの口調は意外そうな驚きが微かにある以外は淡々としたもので、顔を赤くするだとか、動揺を顕わにするだとか、()()()()()()()()()を受けた年頃の少女が見せる反応はこれといって見られなかった。

 寧ろ、そんな彼女にレンの方が拍子抜けしてしまったくらいだったが、もちろんそんな彼の内心にも他意は無い。

 

「あー、今のもしかして()()()()つもりだった? だったら残念。ニカちゃん花より団子より機械って子だから」

 

「お前……こんなトコまで来てやんなよ()()()()()。去年のバレンタインとかで()()()()()ったの、もう忘れたのかよ?」

 

 もちろん、からかうようなエリクトの声にも、呆れたようなモルガナの半目にも、特にばつが悪くなっていたりはしていない。

 ついでに、チャーミング発言の対象になったチュチュが、へっへっへ、と不敵な笑い声を上げ始めるのにも。

 

「そーだよそーだよ! この怪盗団って奴らがジェタークの親玉にコレ出したから、野郎のせいで退学させられそうになってたレンにぃも御咎(おとが)め無しで終わったんだぜ? ――ぶっちゃけさぁ、()()()()()って思わね? これ」

 

「――繋がってるって?」

 

 他の面々の顔を見回して尋ねるチュチュにそう尋ねたレンの口調は、平時と変わらない。

 異世界やパレスの事に気づかれた、などとは全く思っていない。怪盗団のメンバーについても同じく。それらについて彼女が知る由は無いから。

 ただし、レンと怪盗団について結び付けた可能性はある。ヴィムが改心した事によって一番得をしたのはレンであるのだから。

 そこから彼が怪盗である事まで導けるかは分からないし、仮に導けたとしてもチュチュがその事実をフロント管理会社(しかるべき場所)に連絡する事も恐らくないだろうが、最低限確かめておくべきだとは思ったのだ。

 それについてはモルガナも同じようで、彼も耳を向けている。

 そんな二人の注目の先で、歯を剥いた勝気な笑みを浮かべたチュチュがこんな答えを告げる。

 

「ズバリ! この怪盗団って奴らも()()()()()()!!」

 

『……は?』

 

 レンとモルガナの呆けた声が重なる。

 思わず漏らしたそれに気づく事無く、チュチュが更に持論を展開する。

 

「何てったって、やられたのはジェタークの親玉だ。クソスペのボスに喧嘩吹っ掛ける奴なんてクソスペ共にゃいねぇし、それでレンにぃだって助かってんだ! ホルダー取ったアーシアンなんてアイツらからすりゃ消えた方が都合良いんだし、間違いねぇ! 怪盗団は()()()()()()()! あーしらと同じで、味方だ!!」

 

「いやお前、それはちょっと……」

 

 レンが地球出身であり、尚且つ怪盗団のリーダーにして本日付けで地球寮の一員となったため、その点()()を見ればチュチュの見解は全く間違っているワケでもないかもしれない。

 ただ、彼以外のメンバーは――ミオリネとグエルはスペーシアンで、エリクトは真っ当な人間ではなく、モルガナに至っては完全な人外だし、ヴィムの改心はそうせねばほぼ全員が破滅していたからそうせざるを得なかっただけで、別にアーシアンの味方というワケでもない。

 そんな内部事情を抜きにしても(いささ)か乱暴過ぎるチュチュの結論に、モルガナが苦言を(てい)そうとするが――。

 

「――成程」

 

「言われてみりゃ、大分俺らにも都合良い事になってるもんな」

 

「筋通るっちゃ通る、か」

 

 意外や意外や、顔を見合わせて頷き合うティル、オジェロ、ヌーノを筆頭に、地球寮の面々は合点がいったような様子を見せるではないか。

 そんな彼らの様が、ええ……、と困惑の声を(こぼ)したモルガナと共にレンを呆気に取らせる。

 

「流石にそれはちょっと早計じゃない? そもそも、本当にジェターク社のCEOが改心? したのかも分からないし」

 

 無論、全員が全員そうではない。マルタンなどは特にそうで、首を捻るその姿は得心したようには到底見えない。

 かといって、彼も完全に否定し切っているワケでもないようで、

 

「ならレンにぃが無事なのは何でだよ? 負けたの認めねぇって決闘やり直させるような奴が、自分(テメェ)が退学させるっつったのやっぱ止めたって取り消した理由はよ?」

 

「いや、それは……」

 

「無ぇだろ、改心()()()()()って意外には!」

 

直後に返って来たチュチュの反論には言い返せず、逆に、そうだよなぁ、と数舜前とは逆の理由で首を傾げ直していた。

 

「レンにぃがクソスペ倒してホルダーになっただけでもスゲェのに、こんな心強い奴らまで出て来てくれた。――へへっ。来てるぜ、()が。()()()()()ぜ、アーシアン(あーしら)!」

 

 椅子から腰を上げ、ぐっと握った拳を掲げるチュチュが、確信と熱が籠った口調で続ける。

 

「今までずっとクソスペーシアンどもに良い様に底辺に追い遣られてたけど、それも今年で終わり。こっからはあーしら地球寮が――アーシアンが天下取る番だ! “前線”として、地球にいる奴らのためにもしっかり盛り返してかねぇとな!」

 

 そう語るチュチュの姿は、どことなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の様だった。他者を焚き付ける力を感じもすれば、いよいよとなれば自他問わず省みない危うさも匂わせもした。

 だからだろうか?

 直後の、ねっ、レンにぃ、と彼女が求めて来た同意に応じず、

 

「――明後日の事、確認したいんだけど良いかな?」

 

中身を一息で飲み干したカップをソーサーの上に戻してから、逆にそう質問を投げ掛けたのは。

 その不意の切り出しに、質問に質問を返された形のチュチュはもちろん、他の面々も意表を突かれたように目を丸くしたが、構わずレンは言葉を続ける。

 

「明後日の実習、俺の方はギャベルがメカニックでネイスがスポッター、チュチュの方はナナウラさんがメカニックでカルガンがスポッター ――で良かったよね?」

 

「お、おう。そうだけど……」

 

「えらく唐突に切り出して来たな」

 

「不安なのさ。何せほら、ここに来て初めての実習だから」

 

 肯定しつつも目を点にするオジェロとヌーノに、肩を(すく)めたレンはそれらしい答えを返す。

 実のところ、満更嘘というワケでも無い。

 何せ、件の実習ではエアリアルは使えない。学園側から貸し出される実習用のMSに搭乗する事を義務付けられるためにエリクトの補助は受けられず、純粋に彼自身の技量が求められる事になる。

 加えて、実習そのものとは別に()()()()も一つある。

 仮に失敗したとしても、追試という形でやり直す事自体は出来る。なので、今回の実習は必ず成功させなければならないという事はないが、それでもやるからには一発合格を目指すべきだ。

 なので、皆に訊きたいんだけど、と特にメカニック科の面々へと向けてレンは尋ねる。

 

()()()()()()()()()()()()に心当たりって無いかな?」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 そして迎えた翌々日。――()()()()

 指定された実習場では学園側から貸与(たいよ)された薄灰色のMS――MSJ-121“デミトレーナー”が五列に並び、前方に広がる白い荒野へと踏み出すのを今か今かと待ち構えている。

 ブリオン社が製造する“デミシリーズ”と呼ばれるMS群の一種で、首が無く胴体に埋まったような半円形の頭部に“デダラス”と呼ばれる独自の換装機構、そして初心者でも扱いが容易(たやす)いその操縦性の高さが特徴的な機体だ。

 その内の一機のコックピットの中、これまで身に着けていた灰色の一般生徒用ではなく、白地に金色の模様が入ったホルダー専用のパイロットスーツに身を包んだレンは、両手をヘルメットを被った頭とシートのヘッドレスト部分に挟んだ手枕姿でリラックスしながら自分の番を待っていた。

 

<次! KP033、ハムレット・レーコ! スタート!>

 

 管制塔に設置されているスピーカー、及び実習場の上空を浮遊するドローンを介して教師の実習開始指示が飛び、同時にポールを介して頭上に設置されているシグナルが緑色に点灯。列の先頭に立っていた五機のデミトレーナーが一斉に動き始める。

 今回の実習のテーマは“脅威探査”。メインカメラを介した可視光線による光学情報(目に見えるもの)以外のあらゆる映像及びレーダー類が確認不可という想定状況の下、同伴のスポッターとメカニックからの補助を受けながら第一関門を抜け、その先の換装エリアで武器の換装を行いターゲットへの攻撃を成功させる第二関門を達成して合格となる。

 その第一関門――疑似地雷が多数埋められた地雷原を、地中レーダーが算出した情報を基に下されるスポッター達の指示に従いなら駆けていくデミトレーナー達の背をモニター越しに眺めていたレンに、さて、と声が掛かる。

 エリクトだ。

 

「一応地球寮の皆に対策はしてもらったけど、上手くいくかな?」

 

 正面モニターの上方にチェーンを引っ掛けているキーホルダーからの問いに、どうかな、とレンは返す。

 

()()()()()()()()()()()()も分からないしな」

 

 あくまで不安要素は不安要素だ。“彼女”の時の様な()()()()()が今回も仕掛けられると確定しているワケじゃない。何も起きず、難無く実習を終える事だって十分有り得る。

 それについては今回の不安要素のリーク元であるエリクトも分かっているところで、まぁね、と彼女も同意を返す。

 

「でも、ボクとしては今回()やってきて欲しいんだよね」

 

「それはまたどうして? ――もしかして、俺を不合格にしたい?」

 

「まさか」

 

 冗談半分でそう尋ねたレンを、エリクトが一笑に付す。

 

「君やチュチュちゃんを失敗させて、ボクに何の得があるって言うのさ? ――違う違う。ボクはただ、“あの子”に()()()()()連中に仕返したいだけ」

 

 その言葉で、ああ、とレンは合点がいく。

 そういえば、今回の不安要素について話があった時にもエリクトは言っていたか。“彼女”が乱闘騒ぎに巻き込まれて()()()()、と。

 

「“あの子”は笑って済ましてたけどさ、ボクは今でも納得いってないんだよね」

 

「で、今回の機に俺とチュチュを使って、“彼女”に怪我させた連中の思惑を潰して恥掻かせてやろう、って?」

 

「良いでしょ別に? 君達だって邪魔を防げるメリットはあるんだし」

 

 しれっとした口調で言い切るエリクト。

 その()()()()()()には、レンもつい苦笑せざるを得ない。

 そうこうしている内に、

 

<――次! KP041、レン・アマミヤ!>

 

「おっと」

 

遂にレンの番が訪れる。

 

<始まるよ、レン。――準備を>

 

「了解だ、ネイス」

 

 スタート地点付近のサポートエリアにいるティルからの通信に返事をしつつ両手を操縦桿へ移動させたレンは、そのまま自身のデミトレーナーをスタート位置へ着かせる。

 

<機体はばっちり仕上げといた、()()()も含めてな! 後はお前次第なんだから、しっかり気張れよッ!!>

 

「ああ、分かってるとも。安心して見ててくれ、ギャベル」

 

 続けて換装エリアで待機しているオジェロの激励にも応答を返したのと同じくして、教師の開始宣言が辺りに響き渡る。

 その合図と共にレンは操縦桿を押し込み、モニター上に広がる地雷原へとデミトレーナーを発進させた。

 

<まずは前方10m。右へ20°逸れて>

 

「了解、右だな」

 

<次は――2m先。左30°に進路を>

 

「次は左――っとと」

 

<行き過ぎている。――右に二歩分修正>

 

「了解」

 

 ティルからの簡潔(かんけつ)な指示のまま、都度進行方向を調整していくレン。

 そうしてスタートから1分程経ち、たまに微細なミスとその修正を挟みつつも、大きな問題無くデミトレーナーを進ませ、地雷原の半ばを少し超えた辺りまで到達した、その時であった。

 

「――おやおや」

 

 不意に正面モニター中央に黒い染みが発生。それが見る見る内に広がり、物の十数秒で周囲の映像を完全に塗り潰してしまった。

 その光景を目にしたレンは慌てる事無く、その場でデミトレーナーを制止させる。

 程なくして、急に足を止めた事を訝しんだティルからの通信が入って来たので、彼は現状を率直に伝える。

 

「丁度今、モニターが全部真っ黒になったところでね。――こういう時は、一旦止まるのがセオリーさ」

 

 MSの操縦にせよ、怪盗稼業にせよ、ね。

 自分以外には聞こえない微かな呟きで、そう付け足しつつ。

 

<真っ黒?>

 

<おいおい? もしかしてそれ、アレか? 一昨日の――“遅効性遮蔽スプレー”?>

 

「多分、そうなんだろうね」

 

 肩を竦めて笑い返すレンに、信じられないとでも言わんばかりの、マジかよ、という感想をオジェロが吐き出す。

 仕方ないだろう。何せ一昨日の晩餐(ばんさん)の場でも不安要素を――実習当日に乗るデミトレーナーのメインカメラに細工されるかもしれないから対策を頼みたい(むね)を伝えた時も、彼はマルタンと並んで疑っていたのだから。

 

<本当にやりやがったって事かぁ? 誰だよ、んなマネしやがる暇な奴は!>

 

「ホント誰なんだろうねー? ――“あの子”にも同じ真似して泣かせた()()()()()()

 

 通信を通じて聞こえたオジェロの困惑の叫びに続けて、(とげ)のある口調でエリクトが呟く。

 明らかに恨み辛みが(こも)ったその声はもちろんオジェロにも、ティルにも聞こえない。なので、それに気づく事の無い冷静な指示が来る。

 

<レン、()()()()を>

 

「ああ。――()()を押せば良いんだったな?」

 

 言いつつ、パイロットスーツのポケットからレンは()()を取り出す。

 ()()()()だ。

 薄い正方形のベースの中央に片切式のボタンが埋め込まれた、ぱっと見電灯のON/OFFを切り替えるための物をどこかの壁から切り取って来たかのようなそのスイッチを、迷わずレンは押し込む。

 すると、スピーカーを介して何かが噴き出すような、シュー、という音が上方から微かに聞こえて来る。

 

<遅効性塗料の塗膜は意外と強い。(マニュピレーター)(こす)った程度じゃ落ちない。けど――>

 

<溶剤吹き掛けてやりゃどうって事無いぜ!>

 

 それを証明するように、モニターを覆い隠す黒が上の方から下へ流れる様に消え始める。

 ()()()()()()()()()のだ。デミトレーナーに乗る直前にメインカメラの上部に設置しておいた散布装置から噴出された洗浄用溶剤が、何者かによって仕掛けられていた遅効性遮蔽スプレーの罠を。

 ここ二日間でメカニック科の面々が用意してくれたその装置の効果は十分。スイッチを入れてから二十秒も経てば、もうモニターの上半分から黒は殆ど消え失せていた。

 

「――視界は十分戻った、ここいらで再開といこう」

 

 もう少し待てば更にモニターの状況を回復させる事も出来無くはないだろうが、実習には一応時間制限もある。

 レンは操縦桿を改めて握り直し、ティルに追加の指示を、換装エリアで待つオジェロに攻撃用ユニットへの換装の準備をそれぞれ要求しつつ、デミトレーナーを再発進させる。

 ここから先はもう大きな障害は無い。後は――駆け抜けるのみだ!

 

 

 

「おーっす、お待たせ!」

 

 実習場から少し離れた丘で、チュチュが大きく手を振りながら威勢の良い声を放つ。

 その声に、緑色のツナギに薄いベージュのベストを組み合わせた作業着姿のティルとオジェロ、そして白地に深い黒と金の指し色が入ったホルダー用のパイロットスーツ姿のレンが振り返り、誰からともなく手を振り返して歩み寄るニカ達を出迎えた。

 

「お疲れ様。――結果はどうだった?」

 

「もち合格! レンにぃは?」

 

「合格」

 

「しゃあッ!」

 

 チュチュが握り拳を掲げてガッツポーズをし、それと同じくしてニカはティルとオジェロ、ヌーノの共に安堵の息を吐き出す。

 

「マジで遅効性スプレーとか使われてた時はどうなるかと思った」

 

「ヤバかったわアレ。対策出来てなかったら、絶対ぇ追試食らってた」

 

 思い返すようにヌーノとオジェロが語り合い、口こそ開かないまでもティルも頷くその話題は、もちろんレンとチュチュのデミトレーナーに仕掛けられていた遅効性遮蔽スプレーの罠だ。

 MSの指で擦った程度では落ちない強固な塗料が、吹き付けから一定時間経過するや急にメインカメラを覆い隠すのだ。光学映像以外は頼れない今回の実習ではもちろんの事、サブカメラや各種センサーが万全に使える状態でも操縦に支障を来しかねない異常事態を故意に起こされたも同然である。悪質という他無い。

 それでも、どうにかレンもチュチュもそんな悪意に塗れた罠ごと実習を潜り抜ける事が出来た。その要因が何であったかと言えば、間違い無く対策として用意した遅効性塗料用の洗浄溶剤であり、

 

「それにしても――どうして分かったんですか、嫌がらせされるって?」

 

その切欠となった、一昨日の歓迎会でのレンからの情報であった。

 

「ああ、ちょっとした()()()()があってね」

 

「タレコミ?」

 

 自らが投げ掛けた質問に返って来た答えを、反射的にニカは復唱する。

 つまり、レン自身も誰かから遅効性塗料の事を聞かされたという事だろうか? だとしたら、それは一体誰から?

 問い掛けようとするニカであったが、しかし彼女は疑問を引っ込める事となる。

 

「お前らァッ!!」

 

 突如響き渡る怒声。

 それに驚き肩を跳ねさせたニカは、他の面々と共に声のした方へと振り返る。

 見れば、彼女達から少し離れた場所から怒り肩で歩いて来る二人組の女生徒の姿がそこにあった。

 片方は黒いボブカットでもう片方は赤毛のポニーテール。作業着を着ている事からメカニック科のようだが、ニカにはどちらとも面識は無く、また怪訝そうな様子を見るに他の面々の知り合いというワケでもなさそうだ。

 その見知らぬ少女達が、近づく足を止めずに双眸(そうぼう)を吊り上がらせて叫ぶ。

 

「お前ら()()しただろッ!」

 

「コスいマネしてんじゃねーよ!」

 

「あ゛?」

 

 んだテメェら、とチュチュが朱色の双眸を鋭くさせ、一歩踏み出そうとする。

 それを見つけたニカが咄嗟に彼女の腕を掴んで止めると、ニカねぇ、と振り返ったチュチュが不満を訴える。

 

「何で止めんの!? ()()()()()()()()()()()!」

 

「分かってる」

 

 遅効性塗料の罠によって失敗する可能性が高まっていた実習を(くぐ)り抜けたばかりの、このタイミングでの不正の言い掛かりだ。

 単にレンとチュチュ(アーシアン)が合格したのが気に入らないだけの手合いの可能性も無くは無い。しかしそれ以上に、この女生徒達が二人が不正を働いたと訴えられる根拠を持つ人物――デミトレーナーに遅効性遮蔽スプレーを吹き掛けた()()であると考えた方が、余程自然な論理だ。

 だから、怒るチュチュの気持ちにはニカも同意しか無い。彼女程顕著(けんちょ)ではないが、それでも女生徒達へ不快気な視線を向けるオジェロやヌーノ、ティルの気持ちにも。

 だからこそ、今はチュチュを離してはならない。

 地球寮の寮生の中でも特にスペーシアン嫌いが酷く喧嘩っ早い彼女を好きにさせれば、十中八九口論の末に殴り合いの喧嘩に発展しかねない。暴力沙汰なんてその時点でまず避けるべきだし、言い掛かりをつけられているこの状況でそんな事態を引き起こせば、最悪不正を認めたと見られて合格を取り消されるかもしれない。チュチュだけでなく、レンも。

 そんな最悪の事態だけは避けねばならないと、逃れようと力任せに引っ張られるチュチュの腕を何とか掴み続けるニカだったが、

 

「ちょっと良いかな?」

 

そんな彼女の横をすっとレンが通り抜け、女生徒達の方へと進み出る。

 そして、怪訝そうに睨む女生徒達に小首を傾げながらこんな質問を投げ掛けた。

 

「俺達がズルをしたと言うけど、()()()()()()()()()()()()?」

 

『はぁ?』

 

 女生徒達が二人揃って、言っている意味が分からないとばかりに小馬鹿にした声を上げる。

 

「何って――そんなの、メインカメラ以外のセンサーも()けてた事に決まってんだろ!」

 

「そうでもなきゃ、お前らが実習クリア出来るワケないっつーの!」

 

「それはどうして?」

 

「だからそれは――」

 

「“君達が俺達の機体に細工したせいで、何も見えなかった筈だから”――かな?」

 

 不敵な笑みを浮かべてレンがそう述べた瞬間、女生徒達が露骨なまでに言葉を詰まらせ、同時にニカ達もはっとさせられる。

 そうだ、この女生徒達はニカ達が不正を働いたと因縁を付けて来た()()だ。その因縁の根拠である遅効性塗料の件については、こちらはもちろん、あちらからも出していない。

 何故なら、機体に細工をした事実はあちらにとって()()()()()()()()()()()

 恐らく、そこに何か大した理由があるワケじゃない。ただ、態々(わざわざ)こちらの目に付かないタイミングを狙って人知れず仕掛けた嫌がらせを()()()()()()()()()看破されたくないという、たったそれだけの下らない話だ。

 ただ、そんな下らない話でも自分達の所業を易々と認められない理由にはなるようで、はぁっ、と女生徒達が反論を叫ぶ。

 

「なっ、なんだそりゃ!?」

 

「あたしらが何かしたとでも言いたいワケ!? 変な言い掛かり付けんな!」

 

 しかし、指摘される可能性は頭に無かったようで、発せられるその言葉には困惑が滲み出てしまっている。

 そんな有様だったために、

 

「ああ、その通り。――君達が何かしたって証拠は無いし、これはただの言い掛かりさ」

 

「ホラみた事か! アーシアンが一丁前に生意気な事――」

 

()()()()()、俺達はズルなんてしてない。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ――」

 

レンに良い様に誘導されてしまう。

 

「というワケで、俺達がズルをしたっていう君達の主張も()()()()()()()()()()んだけど――まぁ、間違いは誰にでもあるしね」

 

 ここまでにしよう、と言い(よど)む女生徒達を余所に話を切り上げたレンが(きびす)を返し、その鮮やかな所作に呆気に取られるニカ達へとウィンクをして見せる。

 そして、行こうか、皆、とその場から離れるように(うなが)すのだが――。

 

「――ふっ、ふっざけんな!!」

 

 ――残念ながら、女生徒達との一悶着はまだ終息とはならない。

 

「あたしらが言い掛かりだぁ!? 調子こいてんじゃねぇよ、アーシアンが! 底辺の分際で!!」

 

「おっ、お前らがズルしたんだろうが! でなきゃっ、クリアなんて出来るワケない!!」

 

 その女生徒達の叫びには、最早論理など存在しない。あるのは、精々が“地球生まれなんかに舐められてたまるか、底辺の思い通りにさせるものか”という差別意識に裏打ちされたちんけなプライドと意地くらいのものだ。

 こうなってしまった手合いはもう言葉で打ち負かす事は出来ない。――相手にせずに立ち去るのが一番の対処法だ。

 それが分かってるからこそ、どうしようもないとばかりに肩を竦めるジェスチャーをしたレンを筆頭に、顔を見合わせたニカ達は女生徒達を相手にする事なく、その場を去ろうとしたのだが、

 

「どうせホルダーだってズルして取ったんでしょうが!? 不釣り合いなんだよ、卑怯者! お前らは虫みたいに地べた這い回ってんのがお似合いなんだよ!!」

 

()()()()()()()()()()()!!」

 

()()()()()()()()()

 

「あっ……!? チュチュ!」

 

 そう、チュチュだ。

 つい先程まで腕を掴んで抑えていた筈のチュチュが、いつの間にやらニカの拘束を抜けて女生徒達の眼前に進み出ていたのだ。

 もう立ち去るだけ、という状況が(まね)いた油断だ。それを反省する間も無く、慌ててニカはチュチュを止めようと駆け出すが、

 

「証明してやんよ! 言い掛かりつけてんのはテメェらの方で、あーしらはズルなんかしてねぇってのも! レンにぃがホルダーんなったのが実力だってのも! 全部(まと)めてよォ!!」

 

それを待つ事無く、剣呑(けんのん)に睨み付ける女生徒達へと威勢の良い声でチュチュが啖呵(たんか)を切る。

 そして、その勢いのまままっすぐに指を突き付け、

 

()()()! クソスペども!!」

 

盛大な宣戦布告を叩き付けるのであった。

 




アイエエーッ!? 決闘!? 決闘なんで!?

次回、ちょっとオリっぽいキャラが何人か出て来るかもしれないけど、次回もお楽しみに!
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