聖なるガイコツ   作:やまみち

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第三章 骨の羽ばたき
十三本目 元凶


 

 

 

「超技! ダークブレード・メガインパクト《暗黒刃超弩級衝撃波》!」

「クリスタルランス《水晶騎士槍》!」

「封じ手、爆炎微塵隠れ!」

 

 

 右を見ても、左を見てもアンデッド。大地を埋め尽くすアンデッドの群れ。

 例え、それ等の一体、一体が雑魚モンスターと俗に分類される強さでも、塵が積もれば山となる。圧倒的な多数のアンデッドによって、リ・エスティーゼ王国は国土の二割を失っていた。

 

 悪夢の始まりは一ヶ月ほど前。

 バハルス帝国との国境に近いエ・ランテルの街の墓地から大量のアンデッドが溢れ出し、街が一夜にして死都化。

 アンデッド達は朝日が上ると動きを止めたが、陽の姿を見る事が叶った少ない街の住人達は着の身着のままに街を捨てて逃げた。

 

 この夜、死兵となって情報収集を務めた冒険者の報告によると、指揮官と思しきエルダーリッチの姿が確認されている。

 だが、その夜以降はこの指揮官と思しきエルダーリッチの存在は確認されておらず、今では勘違いだったと処理されていた。

 

 なにしろ、アンデッド達に統制は全く見られない。

 共通しているのは陽が上るとその場周辺で彷徨き、日が沈めば前へ前へと進み、エ・ランテルの街からただただ闇雲に広がってゆくだけ。

 

 しかも、タチが悪い事にその数を日に日に増やしていた。

 昼間、大量のアンデッドが蠢く地は深い霧に包まれて、その集った負の力が新たなアンデッドを生んでゆく悪循環。

 

 それとて、人々が暮らす人類圏だけならまだ良かった。生まれてくるアンデッドは人類圏の生物だけだった。

 疲労を持たないアンデッド達の行進はエ・ランテルの街の北に位置するトブの大森林にまで、エ・ランテルの街の南西に位置する山々を越えた先のアベリオン丘陵にまで及び、地に眠っていたモンスターや亜人のアンデッドを仲間に加え始めたのである。

 

 そして、負の力はより高まり、強大なアンデッドが各地で生まれた。

 バハルス帝国の熟練した一軍をたった一体で敗走させた伝説のアンデッド、デスナイトが。

 数多の骨が寄り集まって力の象徴たるドラゴンを形作り、どんな魔法も効かない魔術師の天敵のアンデッド、スケリトルドラゴンが。

 嘗て、大陸中央部にあるビーストマンの国に突如現れ、たった三体で十万の魂を喰らい尽くす阿鼻叫喚の地獄の釜を作り上げた都市落としのアンデッド、ソウルイーターが。

 

 

「くそっ! キリがねぇ! ラキュース、いい加減に限界だぞ!」

 

 

 バハルス帝国は善戦中。国境を懸命に守っていた。

 逸脱者『フールーダ』が弟子達と共に空を駆け、朝は北へ、昼は南へ、夕は東へ、夜は西への活躍をみせている。

 

 スレイン法国も善戦中。国土を懸命に守っていた。

 国境近くにある街と幾つかの村を初動の段階で放棄。山間に在る城塞都市が持つ地の利を活かして戦っていた。

 

 リ・エスティーゼ王国だけが大苦戦を強いられていた。

 そもそも初動に大きく遅れた。王宮はエ・ランテルの街から届いた報告を軽視して、確認の調査隊をおざなりに派遣しただけ。

 その調査結果が二週間ほど前に届くが、調査隊の規模の小ささとその怠慢さも合わさって局所的な調査しか行われず、脅威が過小評価された。

 王宮の財務官達は金食い虫の国軍の動員を嫌って、エ・ランテル周辺の貴族達に警戒と討伐を命じ、冒険者組合にアンデッド達の討伐依頼の大々的に行う。それで十分とした。

 

 つまり、調査隊が行って戻ってくるタイムラグと想像力の欠如が今を招いている。

 調査隊がアンデッドの群れに遭遇した時はまだ群れが巨大に育っておらず、それが日に日に数を爆発的に増やしていると誰も考えなかった。

 たまたまエ・ランテル付近の辺境を少数で哨戒中だったガゼフが異変に気付き、辺境の村々へ避難を呼びかけて回っていたが、いつまで経っても援軍がやってくる気配を感じず、焦燥から王都へ帰還した事によって、王宮は正確な脅威をようやく認識。慌てて全ての貴族に動員令を発し、国軍が王都を発ったのは十日前だった。

 

 その上、エ・ランテルから遠く離れた地に領土を持つ貴族達の動きは極めて鈍かった。

 大地を埋め尽くすアンデッドの群れを想像する事が出来ず、所詮は対岸の火事と捉えて、出費と被害を抑えようと懸命だった。

 

 挙げ句の果て、リ・エスティーゼ王国には地の利を持つ場所がとても少ない。

 広大な平野と水の豊富さは肥沃さを与え、リ・エスティーゼ王国の国力を高めてきたが、それは戦時においては弱点となる。

 

 特に王都からエ・ランテルまでの間は山も無ければ、谷も無くて、平野しかない。

 大きな河が大きく蛇行して流れているが、アンデッドには意味が無いし、下手すると河の流れに乗ったアンデッドが下流にある王都へ到達してしまう可能性が有る。

 

 だからこそ、歴代の国王はエ・ランテルの街に惜しみない国家予算を投じて、その防衛力を高めていた。

 バハルス帝国とスレイン法国、その両国と国境が近いエ・ランテルさえ守りきれば、国境を突破されても国土を侵略者から守れるからだ。

 

 

「ええ、そうね!

 ティナ! ガゼフ様に伝えて! 阻止限界点はもう突破するって!」

「了解! 鬼ボス!」

 

 

 だが、その大前提がエ・ランテルの街の内側から崩された。

 今、王都とエ・ランテルの中間に位置するエ・ペスペルの街にアンデッドの大軍が迫ろうとしていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「それは要らないわ!」

「しかし、このツボは……。」

「知ってる! でも、駄目!」 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の六大貴族に数えられるペスペア侯爵の領都『エ・ペスペル』の中心に在る領主館。

 あちこちから荷造りの慌ただしさが聞こえてくる中、ガゼフは逸る気持ちを抑えきれずに廊下を足早に進んでいた。

 

 アンデッドの大群が阻止限界点を超える。その報告が届いてからは早かった。

 最前線で戦っていた英雄と名高い冒険者達が撤退した後、その冒険者達が前進を阻止していたデスナイト三匹が王国軍を麦の穂を刈るように右へ左へと吹き飛ばし、王国軍はエ・ペスペルへ遁走。

 改めての迎撃態勢を整えきる前にアンデッド達はエ・ペスペルを守る城門、城壁へ取り付くと、己の手が壊れるのも厭わずに殴り続け、手が壊れたら今度は頭で、頭が壊れたら次は足で、とうとう胴体だけになった者は倒れて後続者の踏み台となり、城門は既に半壊。城壁にも屍の山を上って、アンデッド達で侵入を始めていた。

 

 エ・ペスペルは楕円形の二重の壁で守られているが、内郭は外と内を区切るだけの壁で背も低い。

 アンデッド達が取り付いたら、壁を破壊して突破するのにそう時間はかからない。アンデッド達の仲間入りが嫌だったら、エ・ペスペルからの脱出が今すぐ必要だった。

 

 

「ペスペア侯!」

「ああ、ガゼフ。貴方のその様子、もう無理なんだね?」

 

 

 ガゼフは早足の勢いのままに突き出した両手を叩き付けて、両開きのドアを勢い良く開ける。

 だが、前線の指揮で忙しい最中、わざわざ訪れたにも関わらず、年若いペスペア侯爵の様子が変だった。

 

 本音を明かしたら、ガゼフはここを訪れるまでもないと考えていた。

 ここを訪れたのはこの街を防衛する実質的な最高指揮権はガゼフでも、この街の所有者はペスペア侯爵であり、名目上の最高指揮権を有しているからだ。

 

 ペスペア侯爵は内政に秀でて、それなりの軍才も持つが、個人的な武は貴族の嗜み程度。

 ガゼフはペスペア侯爵が剣を手に取って戦っている姿を戦場で一度も見た記憶が無い為、とっくに逃げ出しているだろうと考えていた。

 

 なにせ、この領主館はこの街で一番高い建物。

 今夜は満月。街や外郭には幾つもの篝火が焚かれており、窓を覗いたら国軍がアンデッド達との戦いに劣勢を強いられている外郭の様子がすぐに解る。

 

 

「はい、誠に遺憾ではありますが この上は一刻も早い避難をお願いします」

「いや、その必要は無い」

「ペスペア侯?」

「この街は私が育った街だ。どうして、それを捨てる事が出来る? 亡き父に何とお詫びしたら良い?

 ああ、そうだ……。剣の腕は貴方に遠く及ばなくても、この思いだけは負けない。誰にも負けない。

 第一、この街の住人達は私の財産だ。

 なら、それを守らないでどうする? 普段、私が偉ぶっているのはこういう時の為だろ?

 まあ、私程度ではそう時間は稼げないだろう。もしかしたら、それは一瞬かも知れない。

 だけど、その一瞬で街の住人達が一人でも多く王都へ辿り着けたなら十分だ。

 既に妻と子には別れを済ませてある。もし、良かったら貴方が王都まで守ってやってくれないか? それだけが心残りでね」

 

 

 しかし、ペスペア侯爵はとても穏やかだった。

 歩み寄るガゼフに背を向けたまま。両手を腰で組み、壁に掛けて飾ってある自分と妻と子供が描かれた大きな肖像画を見上げていた。

 

 室内とて、ガゼフがアンデッドとの戦いを前に訪れた夕方前と変わらない。

 執務机や金庫を漁った様子も無ければ、六大貴族の執務室に相応しい調度品の数々は動いておらず、財産などを持って逃げようとした形跡が無い。

 

 唯一の違いは暖炉上の壁に飾られていた宝剣。

 宝石を並べて埋め込まれた豪華な鞘はペスペア侯爵の近くに捨て置かれており、淡く光る刀身を持つ剣はペスペア侯爵の右手側に今すぐにでも持てるように突き立っていた。

 

 

「私は貴方を誤解していました」

「……だろうね。同じ王閥でも貴方は陛下の一番のお気に入りだ。色々と足を引っ張らせて貰ったよ。

 それにバハルス帝国との戦いでも、陛下をお守りする為と言ったら聞こえは良いけど、私は前線に立つのが怖かっただけ。只の臆病者だ」

 

 

 ガゼフはペスペア侯爵の気高さに心を打ち震わせる。

 同時に己の目が今まで曇っていたと知り、ペスペア侯爵の背に頭を垂れる。

 

 

「はっはっ……。だから、自分でも驚いているんだ。こんなにも勇気が有ったなんてね?

 ほら、見てくれ? もうすぐ死ぬと解っていて、手が震えていない。私はそれが誇らしいんだ」

 

 

 そして、頭を上げた時、ガゼフは心に清々しさを感じた。

 既に剣は国王に捧げてあり、ペスペア侯爵の為に死ねないが、ペスペア侯爵の為に戦えると。

 今夜はペスペア侯爵の為に戦い、ペスペア侯爵が望むように一人でも多くの街の住人達が避難する時間を精一杯に稼ごうと。

 

 また、こうも思った。

 本物の貴族であるペスペア侯爵をここで死なせる訳にはいかないと。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 だから、その無防備な首に手刀を落とした。

 持ち上げた右掌をガゼフに見せようと後ろを振り返りかけたペスペア侯爵が気絶して、その場に崩れ落ちる。

 

 

「ペスペア侯、貴方は生きるべきです。

 これからの陛下には貴方のような人が必要なのですから……。

 

 それと今は謝罪をしません。貴方の覚悟を汚した謝罪は王都で再び会えた時にとお約束します」

 すぐさまガゼフがペスペア侯爵を抱き留め、その身柄を侯爵家の誰かに預けようとお姫様抱っこで持ち上げながら振り返ると、開け放ったままの出入口のドアにペスペア侯爵の奥方と思しき貴婦人と年老いた執事が頭を深々と下げていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 その夜、エ・ペスペルの街は日付を跨ごうとしていた頃に陥落。

 獅子奮迅の活躍をみせて、殿として最後まで残ったガゼフの右手にはリ・エスティーゼ王国に伝わる五宝物の一つに数えられる剣『レイザーエッジ』が、左手には刀身を淡く光らせる宝剣が握られていた。

 

 

 







注意:ガゼフは生きてますよ!

昨日、『ここすき』の機能に初めて気付きました。
・・・で、それを見て、ニヤニヤとさせて頂きました。
投票ありがとうございます!

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