聖なるガイコツ   作:やまみち

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十四本目 新しい日常

 

 

 

「これで……、良しっと!」

 

 

 ローブル聖王国王都『ホバンス』の聖王殿聖王執務室。

 カルカは書類を一読した後、その書面下の空欄に自分の名前を書き入れて、聖王の判を押す。

 

 亜人連合軍の撃退から二週間が経過。

 国家存亡の危機を乗り越え、カルカは声望を極めた。

 王都は一応の落ち着きを取り戻しているが、夜になると城下町の酒場ではカルカの名前を讃えての大合唱。まだまだ熱は冷めていない。

 

 逆に声望を著しく落としたのが、カルカに反発していた南部貴族達である。

 漁夫の利を企み、国家総動員令が発せられながらも動きが極めて鈍かった事実が広く知られてしまい、発言力を大きく失った。

 

 なにしろ、国家総動員令が発せられて、カリンシャを一路目指した者達全てが目撃している。

 王都へ帰還の途にあるカルカが王都とカリンシャの中間地点にある北部と南部を繋がる街へ入った後、まだ戦勝を知らない南部貴族達とその軍勢が戦場へ向かおうとする間抜けな姿を。

 

 ケラルトはこの機を逃してなるものかと暗躍を積極的に始めている。

 その南部貴族達の連帯を崩す動きは早くも効果が現れており、南部貴族の幾人かがカルカに恭順する血判状をケラルトの下に届け、当主を代替わりする者や家族を人質に差し出してきた者さえも居る。

 

 古今東西、戦場への遅参は罪である。

 それが国家存亡を賭けた大決戦となったら尚更。命をラスト・ホーリーウォーで失う筈だったカルカが生きていると知り、彼等は今更ながら必死だった。

 

 それに加えて、最前線で戦った者達の口から明らかとなる亜人連合軍に大逆転した奇跡の数々。

 カルカへの反発を強め、最終的に力と力のぶつかり合いに発展した時、絶対に勝てないと思い知らされてしまった。

 

 南部貴族達に煽られて、自分こそが正統な聖王と自認していたカルカの腹違いの兄達ですら諦めた。

 酒浸りになった者や暴言暴力でウサを晴らす者、他国への亡命準備を始める者もいて、南部貴族達は担ぐ神輿そのものを失いつつあった。

 

 しかし、カルカが夢見ていた未来は残念ながら実現していない。

 兄『カスポンド・ベサーレス』はカルカが熱心に勧めた『宰相』の座を拒否。宰相より独自権限は少なくても実質的な序列二位の『国務尚書』に就き、カルカ派閥は王宮の圧倒的な与党となった。

 

 

「お疲れ様。今日の仕事はそれで終わりだね」

 

 

 もっとも、それ等以上の幸せをカルカは得ていた。

 幸せはやる気へと繋がり、カルカの書類決裁速度は亜人連合軍撃退前と後では大きく高まっていた。

 その幸せの理由を知るカスポンドは苦笑を堪えきれず、自分自身も新婚当時はそうだったなと昔を懐かしむ。

 

 

「お疲れ様でした。明日は会談が詰っています。

 朝議を少し早めるのでくれぐれも……。は・や・めっ! の就寝を心掛けて下さい」

 

 

 幸せの理由を知るもう一人、ケラルトは隠しきれない不機嫌を眉間の皺に刻む。

 ケラルトの願いは残念ながら叶えられていない。胸の内をモモンガに告白して、誘惑を最大の努力で重ねているが、モモンガはローブル聖王国と同様に一夫一妻制のリアル世界の倫理を持つ為に拒まれ続けていた。

 

 

「ええ、解っているわ。でも、モモンガ様が……。

 や、やだ! ケ、ケラルトったら、何を言わせる気なの!」

「ぐっ!? こ、この女!」

 

 

 そして、幸せ一杯のカルカに嫌味は通じなかった。

 通じないどころか、頬を紅く染めたカルカがその頬を見られまいと両手で隠して照れる惚気を返されて、ケラルトは奥歯をギリギリと噛む。

 

 

「ほら、彼が待っているんだろ? 早く行きなさい」

 

 

 二人が王都へ帰ってきて以来、度々見る幼い頃に戻ったかのような光景に、カスポンドは苦笑を深める。

 ただ、このまま放っておくと大騒動になるのは三日前に凝りており、二人の不仲説が広まったら政治的にも困る為、カルカの退出を促す。

 

 

「はい、あとはよろしくお願いします!」

「色ボケが!」

 

 

 それに応えて、カルカは柏手を一つ。花を咲かせたような笑顔を輝かせながら退出。

 その背中を見送り、ケラルトは胸に抱え持っていた書類の束を床に強く叩き付けて、鼻息を荒々しくフンスと噴き出す。

 

 

「まあまあ……。ケラルトにも良い人がすぐに見つかるよ」

「すぐって、いつですか! 今すぐ、その人をここへ連れてきて下さいよ!」

 

 

 そんなケラルトを慰めて、カスポンドは『ここにレメディオスが居ない分、まだマシかな? あいつが居たらもっと大騒ぎだ』と思う一方、破損した要塞線の復旧と亜人達に対する警戒でカリンシャに駐留するレメディオスの任務期間を今の三ヶ月から六ヶ月に伸ばそうと決めた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ふっふふんふ~~~んっ!」

 

 

 左手の薬指に輝くシルバーリング。

 その十日前には無かった指にぴったりの圧迫感はカルカを幸せにする。

 

 自覚症状が無いままに口は歌を奏で、歩みはスキップに変わる。

 聖王にあるまじき浮かれっぷりだったが、王宮の居住区で働く者達は微笑ましさを感じて、それを黙認していた。

 

 スキップを踏む行き先は決まっている。モモンガが居る場所だ。

 ここ数日、モモンガはカルカと昼食を一緒に摂った後、陽が沈みかけて、空が茜色に染まろうとするまでカルカの亡き父が花を育てて大事にしていた温室に居ると決まっていた。

 

 

「あっ!? ……やっぱり!」

 

 

 そして、今日もモモンガは温室に居た。

 腰を少し屈め、薔薇の香りを愛でる姿がカルカの目に見えた。

 

 カルカは温室の手前で一旦停止。

 髪を手櫛で整えて、服の身嗜みも整え、それを一礼する顔の下で苦笑するモモンガ付きの年老いた侍女がドアを開けるのを待ってから温室へ入る。

 

 モモンガの姿は王宮で暮らすにあたって、骨の姿を公開するのはまだ早いという結論となり、人間である。

 但し、パンドラズ・アクターが持つドッペルゲンガーの種族スキルを用いたものに非ず、魔法を用いた幻影を纏ったもの。

 服はカルカの亡き父とサイズがほぼ一緒だった為、遺品として残っていた中から黒を基調とした比較的に地味なものを選んで着ている。

 

 では、何故に幻影を用いているかと言ったら、パンドラズ・アクターが持つドッペルゲンガーの種族スキルによる『変化』は消費する精神力が激しすぎると判明したからだ。

 幸いにして、女性経験を持たなかったモモンガはカルカとの一回目をとても早く終えてしまい、骨の身へと戻る前に事を済ませられたが、どう見てもカルカがまだ十分な満足に至っていなかった為、二回目を行っていたら、意識を閉じていると約束していたパンドラズ・アクターがモモンガの中で悲鳴をあげ、精神力が尽きかけている事実に気付けた。

 

 どれほど激しいかといったら、モモンガの視界内に精神力のステータスバーを表示させると目に見えて減ってゆく激しさ。

 オーバーロードというスケルトン系の最上位魔法職で膨大な精神力を持つモモンガですら、最大値からゼロまで消費するのに約十五分くらいしか保たず、極めて燃費が悪かった。

 

 その為、用心深いモモンガはいざという時の為に備え、用いた際にしか精神力が消費せず、解除は任意で持続時間は一日の燃費が良い魔法の幻影を用いていた。

 食事の時はユグドラシル産の精神力回復ポーションをワイン代わりに飲み、カルカとの夜は同様のそれとやはりユグドラシル産の精神力持続回復ポーションの二段構えで対応しており、翌朝に寝室の掃除をする侍女達にはその空ビンが強力な精力剤だと勘違いされている。

 

 また、まだ狭い限られた範囲だが、モモンガの存在は将来の王配であり、今はカルカの内縁の夫として認知されている。

 流浪中だった南方出身のモモンガがたまたま立ち寄ったローブル聖王国のとある港町で亜人連合軍の襲来を知り、少しでも力になれたらとカリンシャへ向かう途中のカルカと合流。絶体絶命の状況は知り合って間もない二人のロマンスを燃え上がらせ、モモンガに旅の終わりを決意させて、二人が生き残れたらとローブル聖王国の永住を決めたという設定だ。

 

 亜人連合軍撃退前だったら、カルカ派閥だろうと『何処の馬の骨が!』と文句が出ただろう。

 だが、今のカルカは亜人連合軍を撃退した大英雄。その一助となって支えたモモンガの存在を反対するなど誰にも出来なかった。

 

 

「フフフ……。」

 

 

 カルカは敢えて遠回り。抜き足、差し脚、忍び足。

 モモンガの背後から忍び寄り、物語で憧れた『だぁ~れだ?』を実行しようと両手を大きく広げる。

 

 

「お疲れ様です。今日は少し早かったですね」

 

 

 だが、モモンガがカルカよりも早く上半身を起こすと共に苦笑を振り向かせ、カルカの作戦は失敗。

 種を明かすと、常にモモンガは用心の為に視界内の右下隅に接近感知のソナーウィンドウを表示しており、カルカが温室へ入ってくるちょっと前辺りから存在に気付いていた。

 

 

「このところ、調子が良いんです!

 気が滅入る判断も減りましたし……。モモンガさんのおかげですね!」

「そうなの? でも、カルカさんがそう言ってくれるなら、そうかもですね」

「はい、そうですよ!」

 

 

 カルカは幸せだった。心の底から幸せを感じていた。

 モモンガとのたわいもない会話ですら笑みがニコニコと零れ落ちてしまうくらい幸せだった。

 

 余談だが、カルカはモモンガとの初めての朝を迎えた時、プライベートでは自分の事は呼び捨てで呼んでくれと申し出ている。

 しかし、モモンガからも同様に返された結果、二人は照れ合って呼べなかった。その後、何度か訂正し合うも結局はお互いに『さん』付けが定着した。

 

 

「はははははっ……。」

 

 

 そう、幸せだからこそ、モモンガの笑顔にわずかな陰りを感じた。

 それはカリンシャから王都への道中では全く感じられず、モモンガがこの王宮での暮らしを始めてから日に日に少しづつ大きくなっているように感じた。

 

 カルカはそれをもう見ないフリが出来なかった。

 ユグドラシルで一人ぼっちになっても、去っていったギルドメンバー達がいつか帰ってくると待ち、ギルド拠点『ナザリック地下大墳墓』を維持し続けたモモンガの人となりを知っている為、これ以上の放置はモモンガに苦痛を与える結果しか生まないと危ぶみ、自分が幸せなのだからモモンガにも幸せになって欲しかった。

 

 

「モモンガさん!」

「は、はい?」

「言って下さい! 何かが不満なら直します! 何かが欲しいなら手に入れます!

 私以外の女は嫌ですけど……。嫌ですけど、もう少し待って下さい! だから、ちゃんと言ってくれないと解りません!」

 

 

 もしかしたら、その陰りの理由に自分が含まれているかも知れない。

 その不安と恐怖は有ったが、カルカは勇気を奮い立たせる。モモンガが誤魔化したり、流したりしないようにモモンガの両腕を掴み、モモンガの目を見ながら問いかけた。

 

 

 

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