「さて、どうしましょう?」
「言いたい事だけ言って帰っていったね」
「一番困りますよね。知った以上は無視できませんし」
ニグンが退出。その開いたドアの左右に控える従者がドアを閉める。
一呼吸の間を置き、カルカとカスポンドとケラルトの三人は一斉に溜息を漏らした。
「レメディオスを派遣する?」
「いや、それは悪手だろ? さっきの話が本当なら、また亜人が攻めてくるかも知れない」
「……ですね。攻めてきたとしても先日ほどの大軍ではないでしょうが、姉さんはカリンシャに居てもらわないと」
それをモモンガはぼんやりと眺める。
国の一大事である。そこに口を挟める筈が無かった。
なにしろ、モモンガの最終学歴は小学校卒業。
リアルの世界の庶民においては所謂『勝ち組』だが、その上に中学校、高校、大学、大学院が有り、国家運営は大学卒業以上の仕事という認識がモモンガには有った。
『父上! 父上!』
『うおっ!? いきなり何だ?』
むしろ、この場に居て良いのだろうかと考えていた。
そんな不安と暇を紛らわせようと自身の内にいるパンドラズ・アクターと世間話でも交わそうかと考えていたら、逆にパンドラズ・アクターが話しかけてきた。
普段、パンドラズ・アクターは意識を閉じている。
モモンガの内側へ籠もり、モモンガが所有するアイテムを管理して磨いている。
パンドラズ・アクターが表で活動するのは、カルカが就寝した後の深夜。
アンデッドが持つ特性『疲労無効』で睡眠を必要としないモモンガの話し相手になり、カルカが起床すると再びモモンガの内側に籠もるのがパンドラズ・アクターの一日となっていた。
但し、モモンガがパンドラズ・アクターに呼びかけた場合は別。
モモンガは勧められるままにニグンとの会談の場に同席したが、国同士の外交などさっぱり解らない為、パンドラズ・アクターを創造した時に『頭脳はナザリック地下大墳墓トップクラス』と刻んだ設定がもしかしたら役立つかも知れないと考え、パンドラズ・アクターにもニグンとの会談を聞くように指示を与えてあった。
しかし、パンドラズ・アクターは今の今まで黙っていた。
モモンガから解説、意見を求められなかった為、空気を読んで黙っていたが、ニグンとの会談の結果からモモンガが喜ぶ名案を閃き、声を喜々とあげた。
『これはチャぁンスです! 父上が望んでおられる未ぃ知なぁる冒険っへと旅立つ!』
「えっ!? マジか! どうやってっ!?」
モモンガも声を喜々とあげる。
半ば諦めかけていた願いが叶うかもと知り、パンドラズ・アクターとの会話は心の中で喋っていたところを喜びのあまり声に出してしまい、カルカとカスポンドとケラルトの三人に不思議そうな顔を揃って向けられた。
******
「法国からの要請、どうする?」
「正直、難しいですね。派遣するなら、目に見える功績を挙げる必要が有ります。
それが無かったら、騒動が落ち着いた後に有るリ・エスティーゼの分割統治を話し合う場で発言権を持てません」
「別に領土は欲しくないんだけど……。
でも、そうよね。やるからにはね。……バラハ殿はどうかしら?」
夜間照明が点けられた聖王執務室前の廊下。
カルカとケラルトは背を壁に寄りかけて、手持ち無沙汰に会話を重ねていた。
「私もそれを考えましたが、バラハ殿を向かわせるならカンパーノ殿も一緒になります」
「そっか、抑え役が居なくなるから……。」
「つまり、要塞線の防御は甘くなります」
「う~~~ん……。今更だけど、冒険者奨励の政策をもっと出した方が良いのかしら?」
二人がずっと見続けている先は正面の聖王執務室のドア。
突如、前置きを無しに『名案が有ります!』とモモンガが言い出したのは約十分前。カルカとケラルト、従者二人は執務室を追い出されて、外で待たされていた。
「あまり奨励すると、移民が増える問題が有ります。当然、犯罪率も高まるでしょう」
「それなんだよね。本当に何が正解なのかしら」
「ただ、我が国は徴兵制で男も女も戦いの心得を持ちますが、逆に言ったら徴兵期間が済んだらそれで終わりと考えている者が多いです。
先日のような大襲来が無い限り、十分な国軍がある為に平和ですから……。
勿論、それは良い事なのですが、強者が生まれにくい土壌になっているような気がします。その証拠に我が国は他国と比べたら冒険者の等級平均が低く、これと言った人材がいません」
「そうよね。その人材がいたら、国として依頼が出来るのに」
十分なんて過ぎてしまったらあっという間でも待つには焦れを感じさせる時間。
従者の二人がカルカとケラルトの為に茶を用意しようかと悩み始めた頃、モモンガが同席を唯一許したカスポンドがドアを少しだけ開けて、聖王執務室の明かりを漏らしながら顔だけを廊下へ出した。
「お待たせ。君達はこの部屋に誰も近づけないでくれ」
カルカとケラルトは背を壁から離す。
一緒に待っていた従者二人がカスポンドの指示に頷くと、一人は右手側に、もう一人は左手側に廊下を進み、その先にある分岐手前で背を向けたままに立ち止まる。
それを確認してから、カスポンドが小さくチョイチョイと手招き。
カルトとケラルトは思わず顔を見合わせた後、カスポンドの様子によっぽど秘密にしたい何かが有ると理解して、ドアを最小限に開けると、その半身だけを通す隙間へカルカ、ケラルトの順番に身体を滑り込ませるようにさせて入り、モモンガの姿を探すべく辺りをキョロキョロと見渡して驚きに目を見開いた。
「「えっ!?」」
「はははっ……。驚いたでしょう?
これ、ギルドメンバーのヘロヘロさんの姿で、スライムの最上種『エルダー・ブラック・ウーズ』って言うんですよ」
人型をした漆黒の粘体がいた。
顔の部分に目と口と思しき三つの窪み。体表の粘体を緩慢なドロドロとした動きで落とし、そうでありながら足元に粘体を溜めずに人型を保つ不思議な漆黒の粘体がいた。
言うまでもなく、その正体はパンドラズ・アクターが持つ種族能力で姿を変化させたモモンガである。
カルカとケラルトを聖王執務室から追い出した理由は単純明快。エルダー・ブラック・ウーズへと変化する為には全裸とならなければならなかった為だ。
エルダー・ブラック・ウーズは種族特性として、指輪などのアクセサリー種を除いて装備が出来ない。
その粘体は強酸性能を持ち、接触による装備劣化を常時発動させている為、ユグドラシル内で神話級と呼ばれる武器や防具すらも劣化させ、只の布で作られたモモンガが変化前まで着ていた服なんて一瞬で溶かすほど。
当然、姿を変化させる前に脱ぐ必要が有る。
カルカとはお互いの身体を隅々まで見合った仲とて、それはそれ。カルカとケラルトは追い出して、同じ男のカスポンドだけを聖王執務室に残した。
また、ユグドラシルでの設定準拠なのだろうか。
どんな武器や防具も劣化させる強酸性能を持っているし、その足を床に付けているが、床の絨毯は全く欠損していない。
「んっ!? ……えっ!?」
骨の身が恐怖を抱かせるなら、スライムの身は不気味。
モモンガは期待した通りに驚いて貰え、粘体顔の口に笑顔を描かせていたが、ふとカルカとケラルトの驚きに見開いた目がやや下向きなのに気付き、視線を足元へと向けるなりカルカとケラルト以上に目を見開いた。
「ちょっ!? お前っ!?
馬鹿、馬鹿! そこじゃない! そこは止めろって何度も言ったろ!」
なんとモモンガの股間にパンドラズ粘体棒が雄々しく生えていた。
それもハニワ顔の口から糸を引く漆黒の粘体をタラリタラ~リと妙にいやらしく床へと落として。
「ややっ!? やややややっ!? 父上、申ぉし訳有りません!
ここが不思議としっくり落ち着くもので! ついついっ、メタモルフォーゼの時に!」
「あはは……。てっきり承知しているものだと思っていたよ。私からも申し訳ない」
慌ててパンドラズ粘体棒は縮まって移動を開始。ハニワ顔だけをモモンガの胸に移す。
カスポンドは頬を人差し指でポリポリと掻きながら苦笑。カルカは隣に立つケラルトとは逆の右側に、ケラルトもまた隣に立つカルカとは逆の左側に紅く染めた顔をモモンガから背けた。
******
「さて、改めてですけど……。」
モモンガが仕切り直して、カルカとケラルトとカスポンドの三人と向かい合う。
パンドラズ粘体棒の騒ぎによって、とても名案を明かす雰囲気では無くなった為、モモンガは三人に背を向けながら部屋の隅でパンドラズ・アクターをこってりと叱り、それで約五分ほど無駄な時間が経過している。
「その前に……。パンドラズ・アクター、本当にやらないと駄目か?
実はそう言葉に出したら良いだけなのじゃないのか? 種族スキルだろ? ヘロヘロさんがそれをやっているところを見た事が無いぞ?」
「なぁ~にを仰る! 父上! わったしの種族はドッペルゲンガー!
変身中に精神操作系の特殊能ぉ力を使い、対話している相手や周囲の者のっ表層思考をぉ読み取り、変身元の人物の情報を抽出するぅ!
それは父上もご存ぉ知の筈! ……で、あぁ~るならば、父上は見た! でも、聡明なっ! 聡明な父上でも記憶の取捨選択はあぁる筈!
なぁらば、取るに足らない情報として、記ぃ憶の底に眠らせた可能ぅ性が有ります! そして……。私っはヘロヘロ様にお会いした事が有りまぁす!」
しかし、モモンガは場が整ったにも関わらず、妙に煮えきらなかった。
それを咎めて、胸のハニワ顔が今にも飛び出さんばかりに上下左右へと荒ぶる。
「えっ!? そうだったっけ?」
「さあさあ、お早く! MPがどんどん減っていますよ! 父上!」
「おっと……。良し、やるか!」
「Ween es meines Gottes Willeっ!」
「それも止めろって何度も言ったよな?」
モモンガはいまいち納得は出来なくても納得した。
餅は餅屋、ドッペルゲンガーに関する事はパンドラズ・アクターの方が詳しいと信じ、溜息を深々と漏らして気を取り直す。
カルカとケラルトとカスポンドの三人が何が始まるのかと黙って見守っていると、モモンガがポーズを取る。
それに合わせて、この聖王執務室には楽師など居ない筈がシャキーンという鋭さを感じさせる不思議な音が鳴った。
「ヘロヘロぉぉ゛~゛~゛~゛……。」
モモンガが顔は正面に、上半身は左に捻り、渋みを利かせたゆっくりとした声を響かす。
握った左拳を腰の奥に引いて置き、指先を揃えて左肩上に掲げた右手で弧を描き、頭上を越えて右肩上へ。それと共に上半身の捻りを戻す。
「分身! ……とうっ!」
そして、その右手を拳に変えて、腰の奥に引き、今度は指先を揃えた左手を素早く右肩上へ。
一呼吸の溜めを作って、再び左拳を腰の奥に引くと共にその場でジャンプ。それが早いか、遅いか、小さな風車が高速回転するっぽい不思議な音が鳴り、モモンガの身体は眩い光を放った。