「至高の御方、ヘロヘロ様はスライムである!
その身体を波打たせて、分裂させる事が出来るのだ!」
眩い光が消えると、人型をした漆黒の粘体は二つになっていた。
軽快なリズムが何処からともなく奏でられ、パンドラズ・アクターが普段の口調とは違う勇ましさを感じさせる声で解説を始める。
「その力は分裂数に……。おや? おやおやおやぁ~~っ!?
これは予想外でしたね! まさかまぁさか父上と私の意識も分裂するとは! ちょっと寂しくて、パンドラズしょんぼり!」
「おっ!? 本当だ」
だが、その解説と軽快な音楽がすぐに止まる。
パンドラズ・アクターは常に感じていたモモンガの存在を失っている事実に気付き、もう一つの漆黒の粘体を見ると、その胸に自分のトレードマークと言えるハニワ顔が無い。
余談だが、ヘロヘロが持つ特殊能力『分身』は用いる前のポーズは必要無い。
アクション途中の効果音も、最後の閃光も、分身後の音楽も、アインズ・ウール・ゴウンのとあるギルドメンバーに影響を受けたパンドラズ・アクターによる格好良い演出であり、パンドラズ・アクターだけの秘密である。
「ですが、しかぁ~し! ここ数日の実験通ぉりです!
ええ、私は気付きました! 気付ぅいてしまったのです!
至高の御方、ばりあぶる・たりすまん様のスキル! 遁走用のスぅキル、百一匹化!
自己の身体を百一に分けた時、メタモルフォぉーゼ効果中のMPぃ消費が止まっている事に気付いたのです! 大ぃ発見!
しかも、しかも、しかぁ~もっ!
父上が持つ力と私が持つ力! その合体した究極のぉ、究極の親子愛がぁ! 百一に分かれても全てが維持してぇいるではありませんか! 大々ぃ発見!」
パンドラズ・アクターは身振り手振りを交えながら解説を重ねてゆく。
だが、途中で漆黒の粘体ではどうにもサマにならないと気付いて、バレリーナのように片足立ちながら両手を広げての高速スピン。
不意に服がバサバサと翻る音が聞こえ、それを合図に回転する速度が緩んで止まり、軍服姿のパンドラズ・アクターが『どうです! 私、格好良いでしょう!』と言わんばかりに両手を大きく広げて掲げる。
「ならばっと……。私は一生懸命探しました!
至高の御方々なら、それを持っている筈と一生懸命探しました!
そして、それが見つかりました! それがヘロヘロ様が持つ種族スキル、分身です! ええ話やん!」
モモンガも『やっぱり軍服って格好良いし、強いよな!』と思いながら姿を変える。
但し、パンドラズ・アクターとは違い、ただ『解除』と口に出すだけ。骨の身になる。
無論、骨とは言えども裸を見られるのは嫌だった為、カルカ達に背を向けて。
メタモルフォーゼを解除後、人体全身骨格標本が一瞬だけ現れ、次の瞬間にユグドラシルの便利機能の一つである装備セット切り替えによりモモンガが愛用している黒いローブ姿に変わる。
一応、モモンガは胸と股間を確かめて、短く安堵の溜息を漏らす。そこにハニワ顔は見当たらない。
姿を更に人間へ変えようと迷ったが、この場にいる全員は骨の身のモモンガの姿を重々承知している為、その必要は無いと骨のまま。
ちなみに、パンドラズ・アクターの解説にある『ばりあぶる・たりすまん』はムカデの異形種。
より正確に言うなら、百一匹のムカデ達が寄り集まって、一つの意識を作り上げているムカデ群『センチピストルム』である。
「しかし……。ああっ、しかぁし!
何かを得るにはぁ何かを失わなければぁならない! 強大なぁ力には制約ぅが付きもの!
至高の御方、ヘロヘロ様とは言えども例外ではありませぇんでした!
分身は再び融合を任意に行うまで制限時間無しっに効果が続く強力なスキぃルですが、その強ぉさは分裂数で割られるのです!」
パンドラズ・アクターの解説は口調と身振り手振りに鬱陶しさを感じても丁寧だった。
それでも、モモンガは持ち前の用心深さから視界内に様々な情報ウィンドウを表示させて、分身前と分身後の差異を調べてゆく。
おかげで、カルカとケラルトとカスポンドは茫然とするあまりそこから立ち直れない。
パンドラズ・アクターの存在は知っていたし、その鬱陶しい口調も知っていたが、そこに身振り手振りが加わり、パンドラズ・アクターの圧に押されていた。
そもそも、モモンガとパンドラズ・アクターの強大な力は三人の理解を越えている。
それを解説されても着いて行くのが一杯一杯。三人としては一つだったモモンガとパンドラズ・アクターが二つに分かれたことの解答だけで十分。
それよりも名案とやらはどうなったという気持ちが強く、カルカとケラルトとカスポンドは互いに視線を盛んに飛ばし合い、どうにかしろと無言で競い合っていた。
だからこそ、モモンガはパンドラズ・アクターを止める立場にあった。
だが、モモンガはパンドラズ・アクターとの深夜の対談で鬱陶しさの耐性を三人より得てしまっており、新しく得た力に夢中となってもいた。
「まあ、そこは当然だよな。
……って、待て。お前が言うそのデメリットが利いてないぞ?」
「いいえ、ちゃんと利いていますよ?」
そして、モモンガは解説との相違点を見つける。
視界内の情報ウィンドウを指で弾き、パンドラズ・アクターは手元に飛んできた情報ウィンドウに視線を落とした後、首を傾げた。
この便利な情報共有手段はユグドラシルのプレイヤー間では当たり前だった手段。
カルカとケラルトに試してみたが、二人はウィンドウの認識が出来ず、モモンガは『ゲームなら普通だけど、ここは現実だし。でも、魔法とは違うし、これって何なんだろう?』と疑問を持ったが、考えたところで答えが見つかる筈も無い。パンドラズ・アクターと見解を深めてみると、それは哲学的な問題となってきた為に考えるのは今では止めた。
「だって、お前。メタモルフォーゼのデメリットは対象にもよるが、ヘロヘロさんの場合は元の強さの80パーセントだろ?」
「はい、その通りです」
「……で、分身で二つに別れたから、そのデメリットは元の強さの50パーセントだろ?」
「はい、その通りです」
「だったら、100を八割にして、80。それを半分にして、40だろ? でも、レベルが80のままじゃないか?」
モモンガはパンドラズ・アクターの隣に並び、情報ウィンドウをピンチアウトで拡大する。
それはモモンガがレベル100になってからは変化が無く、開く必要が滅多に無かったモモンガの力を数値化したステータスウィンドウである。
その一番上にあるレベル表記の『80』の数字を指さして、パンドラズ・アクターの解説との相違を説き、最後に『小学校卒業の俺でも解る計算だぞ?』という言葉を飲み込んで視線をパンドラズ・アクターへと戻す。
「おや? 父上は気付いておられなかったのですか?」
「うん?」
「父上はレベル100ですよね?」
「ああ」
「私もレベル100ですよね?」
「そうだな。……あっ!? まさかっ!?」
しかし、モモンガは当然の事を再確認されて、ある推測に至る。
モモンガが眼光の赤い灯火をキラリと輝かせると、パンドラズ・アクターはその場でクルリと一回転。右手を胸に当てながら仰々しく頷いた。
「その通ぉりです! 100+100で200! ですから、レベル80は間違っていないのです!」
「マジか! レベル200とかチートじゃん!」
それは衝撃すぎる新事実だった。
モモンガは叫び、思わず両拳を作ってガッツポーズをするほどに喜び沸く。
なにしろ、ユグドラシルではレベルが奇数の十桁を到達する毎にステータスが跳ね上がる。
譬えば、レベル8の戦士とレベル9の戦士は互角に戦えるが、レベル9の戦士がレベル10の戦士に勝つのは難しい。
それにユグドラシルの過疎化が始まり、最大レベルの100に到達が容易になってからは数多のプレイヤーがユグドラシル運営に最大レベルの制限解除を切望して、モモンガもその内の一人だった。
その念願が成就したばかりか、いきなり二倍のレベル200。
これを喜ばずして何に喜べという話であり、そんなモモンガの喜びを祝おうとパンドラズ・アクターがモモンガの両手を取る。
「いえいえ! いえいえいえっ! 再び融合したら、そぉんなものでは有ぁりませんんんっ!
レベル100とレベル100がプラスされて、レベル200!
そこぉに私の誰よりも二倍っはある父上に対する敬愛っが加わって、レベル200×2でレベル400!
そして、そしてぇ! 父上と一心同体になる私の喜びぃぃっは通常の五倍! レベル400×5でレベル2000!
ですが、これでもまだまぁだ足りません! 最後は……。
オモイヤリ、ヤサシサ、アイジョウ、シンジルココロが爆縮! レベルは天元突破ああああああああああっ!
いえいえ! いえいえいえっ! 最早、レベルなんて表現は生ぬるぅい! 正しく、父上は神ぃっ! そう、神ぃっなのです!」
聖王執務室の広いスペースを思う存分に使い、全力全開の祝いの舞い。
モモンガを男役にして、パンドラズ・アクターは女役のジルバのステップを軽快に踏む。
パンドラズ・アクターのリードで上手く踊らされているモモンガは持っていて良かった『精神耐性』である。
パンドラズ・アクターが目の前でクルリと回転する度にモモンガの身体は淡く光り、ステップを踏み終わったパンドラズ・アクターが一礼すると、精神耐性が『俺も忙しいけど、お前も大変だよな?』と言わんばかりにモモンガの身体をペカーーーッと強く発光させる。
「……あっ!?」
そこでようやくモモンガは口をポカーンと揃って開け放って固まっているカルカとケラルトとカスポンドの三人に初めて気付いた。
パンドラズ・アクターは書いていて楽しいけど、文字数が勝手に伸びてゆく不思議。
私の予定では前のエピソードとこのエピソード、次のエピソードで一話だった筈なのに……。w