聖なるガイコツ   作:やまみち

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十九本目 メタモルフォーゼ

 

 

 

「……ったく、お前は」

 

 

 パンドラズ・アクターは聖王執務室の隅で正座。

 モモンガの説教をこってりと受けて、悲しそうなハニワ顔をシュンと項垂れていた。

 

 モモンガが『名案がある!』と言い出してから、何だかんだで三十分くらいが経過。

 夕食の時刻を間近に控え、カルカがケラルトとカスポンドの視線の圧力に負けて、モモンガの背中へと歩み寄る。

 

 

「あの……。」

「あっ!? すみません! つい夢中になっちゃって!」

「いえ、それで名案というのは?

 モモンガさんとパンドラズ・アクターさんが二人に分かれたのは何か意味が?」

 

 

 モモンガはローブの背中をクイクイッと引っ張られて我に返る。

 カルカへと向き直り、パンドラズ・アクターはこっそりと安堵の溜息。

 カルカはモモンガの右側に上半身だけを覗かせて感謝の意に拝むパンドラズ・アクターに苦笑しながら先を促す。

 

 

「ええ、見て貰った方が早いです。

 おい、やれ。でも、普通にだぞ? 無駄な演出は絶対に要らないからな?」

「ううっ……。父上がつれない。パンドラズしょんぼり」

「早くやれ」

「はい! メタモルフォぉぉーゼ《変化》!」

 

 モモンガが背後に立つパンドラズ・アクターを肘で突付く。

 ぞんざいな扱いをされたパンドラズ・アクターは大袈裟に項垂れるが、ドスの効いた声と共にモモンガが振り向くと、身体をビクッと震わせて気をつけの姿勢。すぐさまメタモルフォーゼを開始する。

 

 パンドラズ・アクターと身に着けている軍帽と軍服。

 その全てが表面を波打たせて、ハニワ顔した泥人形が一瞬だけ姿を現した後、再び泥人形の表面が波打ちながら何かを形作ってゆく。

 

 

「フフ、いかがですか?」

「えっ!? ……わ、私?」

「凄い……。服とか、どうなっているんだ?」

 

 

 一拍の間の後、そこにもう一人のカルカが現れた。

 本物のカルカは目をパチパチと瞬き。それは見た目や声はおろか、雰囲気すらもカルカそのものであり、カルカと共に育ったカスポンドすらも偽物と思えず、思わず本物と偽物を交互に何度も見比べる。

 

 

「反対……。反対です!」

 

 

 そして、ケラルトも驚いた。目を見開いたし、息も飲んだ。

 だが、類稀な謀略の才能を持つ為にモモンガがこれから明かそうとしているだろう名案がたちどころに解った。

 

 

「モモンガ様の案とはパンドラズ様を影武者として、モモンガ様とカルカ様がリ・エスティーゼへ行く事では有りませんか?」

「おお、その通りです! 凄い!」

「まあっ!」

 

 

 それは紛うこと無く正鵠を射ていた。

 モモンガはケラルトの洞察力に驚き、カルカは笑顔を喜びに咲かせながら手を叩いて合わせる。

 

 なにしろ、正に名案。一石二鳥である。

 モモンガが望んでいたカルカを連れての冒険が可能な上、スレイン法国の要望に応える事も出来るのだから。

 

 

「駄目です! 絶対に駄目です! それなら、私とモモンガ様で行きます!」

「ケラルト、何となく気持ちは解るけど……。君らしくないぞ? 冷静になろう?」

「私は冷静です!」

 

 

 しかし、ケラルトは唾を飛ばして猛反対。

 代案もしっかりと立てるが、カスポンドが『また始まった』という言葉を飲み込んで溜息を漏らす。

 

 カスポンドにとって、ケラルトは妹も同然。

 カルカの友人として選ばれた幼い頃から知っているし、ここ数年はケラルト自身は隠しているつもりの婚活に一生懸命なのも知っていた。

 

 だからこそ、幸せになって欲しかった。

 だからこそ、カルカにはモモンガに対する独占欲を、モモンガにはケラルトの想いを受け入れてくれないかを個別に何度か諭している。

 

 なにせ、今が正にそうだが、最近のケラルトはどうにもおかしい。

 世間に定着したケラルトのイメージはクールな美人だが、モモンガとカルカが絡むと『クール? 誰が?』と思うくらい冷静さを失う。

 それを今はまだ極めて限られた者にしか見せていなくても、いずれは周囲に知れ渡ってしまい、それを利用しようとする者が現れかねない。

 

 だからこそ、モモンガの案に対するメリットを並べて諭す。

 謀略に疎い自分がすぐに気付くくらいだから、謀略に類稀な才能を持つケラルトが気付いていない筈が無いと確信しながら。

 

 

「私はモモンガ君の力をこの目で実際に見た訳じゃない。

 お前達から話を聞いただけ。それだって、今ひとつピンと来ない。うん、隕石がって言われてもね。

 でも、その一端をこうも見せられたら、モモンガ君が私では計り知れない力を持っているかが良く解る。

 第一、元がアンデッドだ。それもオーバーロードとやらでアンデッドの最上位なのだから、モモンガ君ほどの適任者は他に居ないだろう?

 これはもう活躍が期待できるって言うより活躍が確定しているようなものだよ。

 それに聖王であるカルカ自身がってのもインパクトが大きい。

 法国は間違いなく驚くだろうね。アンデッドの騒動が終わった後にある論功行賞で思うがままだ。

 そして、この国は私と君で回せる。……おっと、カルカが居なくてもって意味じゃないぞ? カルカが居たらより回せるんだ。

 だけど、君が居なくては回せない。今、南部のあいつ等を切り崩す話が進んでいるって言ってただろ? それを放り投げたままで良いのか?

 もし、私に期待しているなら止してくれよ? 私は自分自身の事が良く解っている。君のようには行かないし、下手したら駄目にしてしまうかも知れない」

 

 

 それにもう一つ、大きな理由が有る。

 カスポンドはカルカには独占欲を和らげる時間が、ケラルトには冷静になる時間が必要だと考えていたが、モモンガが二人の心を奪ってからまだ間もない。それぞれを二人に今すぐ求めるのは難しい。

 

 その点、モモンガの案は渡りに船だった。

 リ・エスティーゼ王国のアンデッド騒動が終結するまで三ヶ月になるか、半年になるかは解らなくても、それだけの時間があったら二人の気持ちが少しは落ち着くだろうと考えた。

 

 カルカは何度もウンウンと頷いて、カスポンドの意見を後押し。

 ケラルトはカスポンドの意見に何も言い返せず、下唇を噛みながら感情の爆発に耐える。

 

 実際、ケラルトはアーグランド評議国表敬訪問を名目にしたモモンガとの新婚旅行を密かに企んでいるが、まだ早い。その準備に最低でもあと一ヶ月は欲しかった。

 今、ケラルトがローブル聖王国を離れたら、カルカに反発していた南部の貴族達が発言力を盛り返すのは有り得なくても火種は燻り続ける。将来に課題を残すのは確実だった。

 

 

「懸念を挙げるとしたら、カルカの安全だけど……。

 モモンガ君、君がカルカを守ってくれるんだよね? 自分で提案するのだから自信が有るんだよね?」

「はい、勿論です! 俺がカルカさんを守ります!」

「モモンガさん……。」

 

 

 その結果、出来上がったのが恋愛物語にありがちな義父に結婚の許しを得る彼氏の図。

 カルカは感動に両手を胸の前で組みながら目をキラキラと輝かせ、逆にケラルトは悔しさに握った拳をブルブルと震わせての涙目。

 

 

「ふっ……。待って頂きたい。

 カストディオ嬢、聡明な貴方らしくもない。改めて、メタモルフォぉぉーゼ《変化》!」

 

 

 そんなケラルトを慰めて、救いの手を伸ばす者が一人。

 ハニワ顔となった偽カルカがニヒルに笑い、メタモルフォーゼを開始。その姿を波打たせた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「素ん晴らしいぃぃぃぃぃっ! やはぁり父上の姿は喜びが有頂天んんんんんっ!」

 

 

 骨の身のモモンガの隣に人間の姿をしたもう一人のモモンガが現れた。

 違いと言ったら、本物のモモンガには有り得ないウザさを感じるハイテンションさ。

 つい先ほど叱られたばかりにも関わらず、偽モモンガは上半身をやや右に捻りながら顎を引いて、右掌は顔の左側に、左掌は曲げた右腕の肘下に置き、その際の素早い動作でローブの裾をバサリと鳴らしてのポージング。

 

 モモンガは口をアングリと開けて、身体をペカリと淡く光らせる。

 只でさえ、パンドラズ・アクターのオーバーリアクションはウザいのに、それを自分自身の姿でやられるとウザいを通り越してキツすぎた。穴が有ったら入りたかった。

 

 

「あっ!?」

 

 

 一方、ケラルトは驚きに目を見開き、モモンガの優しさを理解する。

 パンドラズ・アクターはドッペルゲンガー。カルカに化けられるのなら、モモンガにも化けられるのだと。

 アプローチを繰り返してもモモンガは逃げてばかり。カルカだけしか見ていないのかと心が何度も折れかけていたが、自分もちゃんと見ていてくれたのだと。

 モモンガはカルカと共にリ・エスティーゼ王国へ行くが、己の半身は置いてゆく。その半身の役目はカルカの影武者でも、自分が望みさえしたらモモンガとなり、離れていても一緒であり、必ず戻って来ると言っているのだと。

 

 無論、モモンガの反応で解る通り、残念ながら違う。

 偽モモンガになったのはパンドラズ・アクターのアドリブ。ケラルトの予想していたより強い反発に対するフォローである。

 

 

「所詮、私は私。何処までいっても私です。父上ではありません。

 ですが、こうして父上の姿になれます。貴方の心を僅かなりとも埋める事は出来ませんか?」

 

 

 偽モモンガは一気に畳み掛ける。

 身体をクルリと回転させながら進み出て、ケラルトの前に跪くと、右手を差し出した。

 

 但し、言葉はいつもの変なアクセントを加えず、真面目に。

 表情もキリリと真顔。ケラルトを真っ直ぐに見つめる眼差しだけが熱を帯びていた。

 

 

「うっ……。」

 

 

 効果は抜群だった。勘違いを深めていたケラルトの乙女回路はスパーク。

 ケラルトは言われなくても偽モモンガがパンドラズ・アクターだと解っていながら胸のドキドキを止められない。顔が熱くなるのを感じて、思わず右足を半歩退く。

 

 すかさず偽モモンガはモモンガへ合図。

 跪きながら腰に回した左拳の、モモンガだけが視界に入れている左拳の親指をニュッと立てる。

 

 

「実はですね! グレーター・テレポーテーションを使えば、いつでも帰ってこれるんです!

 譬えば、カリンシャもそうです! あそこの街、もうブックマークしてあるんで一瞬ですよ! だから、日帰りだって出来ます!」

 

 

 慌ててモモンガは我に返った。

 自分の姿で気障な真似は止めろと叫びたかったが、パンドラズ・アクターのフォローが効いているのは良く解った。当初の予定では名案の後に続ける筈だった説得材料を一気に捲し立てる。

 

 

「それ、いくつの位階魔法ですか?」

「えっ!? 第七位階ですけど?」

「第七位階以上は駄目だって言いましたよね?」

「そ、そうでした……。ど、どうしよう?」

 

 

 しかし、失敗。ケラルトが眉をピクリと跳ねさせて、冷静さを取り戻す。

 モモンガは名案が名案すぎてはしゃぎ、すっかり忘れていた自分が持つ力に関する約束を思い出して焦りまくり。

 他の説得材料を探すが見つからず、たまらずカスポンドへ救いの視線を向けるも苦笑で肩を竦められて、次はパンドラズ・アクターに助言を求めるべく魔法による念話を繋げようとしたその時だった。

 

 

「良いですよ。私に会う為なら仕方ないですよね」

「えっ!?」

「だから、モモンガ様の提案に賛成するって意味です」

 

 

 ケラルトが口元を右拳で隠しながら嬉しそうにクスクスと笑った。

 だが、カルカは面白くなかった。それはまるで浮気現場を見せつけられているかのようで唇を尖らせるが、口を下手に挟んでモモンガとの冒険が駄目になったら嫌だった為に口を噤んだ。

 

 

 

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