聖なるガイコツ   作:やまみち

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二本目 ラスト・ホーリーウォー

 

 

 

 ……………時は少し遡る。

 

 

 

 ******

 

 

 

「くぅっ……。」

 

 

 今、激戦が繰り広げられている戦場に最も近い街『カリンシャ』にある神殿の最奥。

 聖王だけが立ち入りを許される聖域にて、カルカは両手を胸の前に組んで跪き、体力と精神力の両方が限界を迎えながらも皺を眉間に刻み、祈りを一心不乱に捧げていた。

 

 ちなみに、聖域と呼ばれるここには何も無い。

 御神体の四大神の巨像は四隅に聖域を守るように背を向けて立ち、それ等が白くて高い壁で繋がれて、縦横三十メートルほどの正方形を描いているのみ。床は大理石で敷き詰められているが、天井は設けられていない。

 

 しかし、この何も無い聖域こそが大規模儀式『ラスト・ホーリーウォー』の中心にして、カリンシャの中心。

 閉ざされた四方の扉の向こう側にある本殿では高位神官十二人が、本殿の外にある拝殿では一般神官達が、神殿の外ではカリンシャに住まう全ての者達が祈りを捧げて、その祈りをカルカへと集めていた。

 

 

「ああ、ああっ……。何故、何故なのですか!

 偉大なる四神よ! お応え下さい! その御声を聞かせて下さい!」

 

 

 王都を出陣する際、カルカはラスト・ホーリーウォーを実行する覚悟を決めていた。

 カリンシャへ到着後、戦況が伝えられた時、カルカは覚悟を決断に変えると、周囲が休憩を強く勧める中、神殿前で馬車から下りた際にコップ一杯の水を飲むだけに留めて、すぐさま足早に聖域へと籠もった。

 

 だが、しかしである。待ち時間がカルカの心を蝕み、葛藤を与えた。

 ラスト・ホーリーウォーが発動する準備が整って、聖域そのものが煌めきを放ち、光の柱が天へと上り、あとは前線で戦うレメディオスから合図を待つばかりになった今、カルカは命が惜しくなった。恋を一度も知らないままに死ぬのは嫌だった。

 

 カルカは今年で二十四歳。

 聖王という立場を考えたら、今すぐの結婚と早めの世継ぎ誕生を望まれながらも、ローブル聖王国の宮廷事情がそれを難しくしていた。

 

 その上、何度も違うと明言しているのに消える気配が無い同性愛者疑惑。

 レメディオスとケラルトの姉妹との仲が良すぎて、男性との交際経験を一度も持たない三人の共通点から、この疑惑が二十歳を越えた頃から広まり始め、今では王都の誰もが知る公然の秘密と化しており、カルカの結婚願望と並ぶ悩みになっていた。

 

 今にして思えば、隣国のリ・エスティーゼ王国の第二王子の婿入りを打診された時が最大のチャンスだったと後悔している。

 王配としての身分は申し分ないばかりか、ローブル聖王国よりも大国であるリ・エスティーゼ王国の威が得られて、聖王就任以来ずっとローブル聖王国南部貴族を中心に燻り続けているカルカに対する反発は今よりずっと小さくなっていたに違いない。

 

 しかし、当時のカルカは十六歳。

 物語のような大恋愛に憧れて、その相手に対する理想がとても高かった。仮想恋愛の相手だった同腹の兄がイケメンなのも災いした。

 

 父である前聖王から縁談を強く勧められたが、前年にリ・エスティーゼ王国へ外遊した際に件の第二王子と会って話していたカルカは、言葉を飾らずに『好みじゃない』の一言でばっさりと切り捨ててしまった為、その後も幾度かの打診が重ねられるもカルカの耳まで届かず、最初の打診から一年ほど経過した頃には打診そのものが無くなっていた。

 

 

「ああっ……。どうかどうか、お願いです。

 我が国を……。ローブル聖王国をお救い下さい。もし、救って頂けるなら、私の全てを捧げます」

 

 

 もう一つ、カルカが二の足を踏む理由が有る。

 それはラスト・ホーリーウォーの効果そのものだ。

 

 誰もが聖王の名を讃える一言で疲れも、痛みも、恐れも知らない勇者となる。

 そう一般的に伝えられているが、その実は違う。実際は人間が持つ限界以上の力を無理矢理に引き出させて、恐れや痛み、疲れを極度の興奮状態で誤魔化しているだけ。

 効果を失った瞬間、それまで蓄積されていた負荷が一気にかかり、そのショックを耐えきれずに大抵は絶命すると王位継承時に口伝で伝えてきた代々聖王の秘密があった。

 

 ラスト・ホーリーウォーが発動して、その代償にカルカが塩と化した後も効果は三日三晩続くし、範囲も広い。

 それが考慮されて、カリンシャの街と戦場となっている要塞は造られており、国家総動員令を発せられている今、今は祈りを捧げているカリンシャの住民達も、カリンシャ周辺の村々の住人達もラスト・ホーリーウォー発動後は勇者となって戦場へ喜び勇んで赴くだろう。今日、援軍に間に合わなかった者達も明日か、明後日にはカリンシャへ着き、勇者となって戦場へ喜び勇んで赴くだろう。

 

 その結果、国土は確実に守られる。

 守られるどころか、逆襲を仕掛けて、十年、二十年は立ち直れないほどの大打撃を亜人種に与える事も可能だ。

 

 カルカはレメディオスの指揮能力に疑いを一欠片も持っていない。

 レメディオスが無敵の兵士達を得て、その戦力が亜人連合軍に勝るなら、そうするに違いないと確信していた。

 

 だが、四日目を数えた時、無敵の軍隊は一瞬にして消える。

 十万人、二十万人、三十万人を超えて、五十万人すら超え、ローブル聖王国国民の一割が命を失う可能性は否定が出来ない。

 果たして、それほどの国民の命を失って、国を守ったと言えるだろうかという疑問が王都を出陣して以来ずっとカルカの頭から離れなかった。

 

 ケラルト曰く、今回の騒動が一段落したら国が割れる。

 事実、国家総動員令が発せられているにも関わらず、ローブル聖王国南部貴族の動きがとても鈍いという漁夫の利を狙っているような報告が届いていた。

 

 もし、それが現実化したら、王位の正統性を巡っての内乱がすぐに始まるだろう。

 後時を託した兄には随分な苦労を押し付ける事になるし、国力は当然の事ながら著しく下がる。

 それは目指した理想『弱き民に幸せを、誰も泣かない国を』とは程遠く、カルカがローブル聖王国の近未来を嘆き、その瞳から涙が零れ落ちたその時だった。

 

 

「えっ!? ……ええっ!?」

「フ、フライ《飛行》っ!?」

「キャっ!?」

 

 

 何かが風を切って落下してくる音が頭上で聞こえたかと思ったら、骸骨がカルカの目の前に落ちてきた。

 

 

 

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