二十本目 正義降臨
「畜生っ……。このクレマンティーヌ様とあろう者が……。
カジっちゃんがぱっぱらぱーになって以来、ケチが付きまくりだよ!」
リ・エスティーゼ王国のとある港町の外れ。
レザーアーマーを身に纏い、肌を多く露出させた一人の女が危機を迎えていた。
「クレマンティーヌさん、私は悲しい。
貴方なら六腕を七腕に名前を改めるほどの実力者だと信じていたのに、まさかまさかの裏切りとは……。おかげで、私は大損だ」
その軽装で解る通り、女の持ち味は速さ。
だが、右の太腿に細くて鋭い斬傷。鮮血が滴り落ちて、持ち味を活かそうとする度に激痛を走らせる。
背後には街を外敵から守るレンガ壁。
T字路の起点に立つ女の前も、右も、左もならず者達が塞ぎ、ここ周辺が古い倉庫群だけに助けは期待できない。誰かが居たとしても、倉庫群を根城とするならず者達の仲間だけ。
「うるせえっ! あんな人を駄目にする薬なんて、この世に要らねえんだよ!」
女は焦る心を抑えて、周囲を冷静に観察する。
自分が逃げてきた正面はならず者が三十人ほど。右手側と左手側には十人前後。
突破を図るなら正面は論外。
右手側と左手側を比べると、左手側は女を大人数で追い詰めながらも腰が引けている者が少し多い。
女は覚悟を決めて、二本のスティレットを右手は順手に、左手は逆手に持つ。
脂汗が額に流れて痛む右足はそう持たない。全力の突破を仕掛けられるのは一度きり。
左手側へ奇襲を仕掛けようと、正面を見据えながら腰を少し落として構え、力を一気に爆発させようとしたその時だった。
「良くぞ、吠えた!」
「えっ!?」
右手側、ならず者達の奥から漆黒の暴風が襲来。
常人では持ち上げる事すら叶わない大剣を右へ左へと薙ぎ払い、ならず者達を吹き飛ばして壁に叩き付けた。
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「ええい! いきなり何者ですか!
今ならまだ寛大な心で許してやります! その女をこちらに渡しなさい!」
ならず者の代表者が唾を飛ばして怒鳴る。
突然の乱入者に驚き、奇襲とは言えども女の右手側にいたならず者達を瞬く間にのしてしまった強さにも泡を食ったが、それ以上に自分自身を守る為に必死だった。
なにしろ、女が仕出かした罪は大きすぎた。
代表者が所属する闇組織の大きな資金源である『ライラの粉末』と呼ばれる麻薬。その積み荷で満載した密輸船を派手に燃やしたのである。
金と同じ重さで取り引きが行われているソレをそうも大量に失っては、代表者の闇組織での立場は危うい。
女の身柄、或いは死体を手土産に持って、闇組織の大幹部達に失態を釈明しなければ、代表者が死体となるのは確実だった。
ちなみに、女が麻薬を燃した理由は義憤に駆られたとか、そういったものは無い。
麻薬を満載した密輸船がローブル聖王国行きの出港を待つ間、釣りを暇潰しにやっていたら超高級魚がヒット。
船では火気厳禁がこの世界の共通認識であるにも関わらず、たまらず超高級魚を焼いて食べようとした為に七輪の火の粉が強い風に舞い、それが密輸船の帆に引火。炎へと瞬く間に成長して、密輸船に燃え広がった。
しかも、炎を消火しようにも密輸船は麻薬を満載していた。
慌てて消火活動に駆けつけた者達はご機嫌になる煙を吸って、らりっぱっぱーに。
波が一つも見当たらない蒼天の下、港湾に被害を及ばせない為に誰かの機転で係留ロープが断ち切られた密輸船は、波と風と自ら発している炎に揺られて進み、湾口の海へ国家予算並の麻薬と共に沈んでいる。
しかし、突然に乱入した部外者。三人は女を庇うようにその前に立ち、圧倒的な多勢で囲む代表者とならず者達に怯んだ様子は無い。
中央に錫杖を持つ神官戦士の女性を置き、その右側に立つ軽装戦士の少女は右掌を、その左側に立つ漆黒のフルプレートアーマーの重戦士の男性は左掌を突き出しながら一歩進み出て、逆に代表者とならず者達を威圧する。
「下がれ! 下がれぇっ! この短剣に刻まれた紋章が目に入らぬか!
こちらにおわす御方をどなたと心得る! 恐れ多くもローブル聖王国聖王、カルカ・ベサーレス様にあらせられるぞ!」
「一同、聖王様の御前である! 頭が高い! 控えおろう!」
そして、重戦士の男性が右手に持つ短剣を見せつけて叫び、軽装戦士の少女が重戦士の男性の後に続いて叫ぶ。
神官戦士の女性の正体が明らかとなった時点で説明するまでもないが、敢えて説明すると重戦士の男性の正体はモモンガである。
逆に説明が必要な軽装戦士の少女は『ネイア・バラハ』と言い、ローブル聖王国の元聖騎士見習い。
今回、スレイン法国の要請に応えて、モモンガとカルカがリ・エスティーゼ王国へ向かうにあたり、ケラルトから二人のお目付け役として大抜擢させている。
「おい、ヤベぇよ」
「……だな」
「磔はごめんだぜ」
庶民にとって、王様は雲の上の存在。
ならず者達の間にたちまち動揺が走り、一人が平伏すると、それに続く者が現れて広がってゆく。
実際のところ、ならず者達はカルカが聖王だと解っていない。
自分達が暮らしているリ・エスティーゼ王国の王様の顔を知らなければ、紋章に関しての知識も持っていない。
だが、王様、或いは王族を騙るのは天下の大罪と知っている。
幼い子供の戯れを除き、騙った場合、当人は勿論の事、親兄弟、子供、祖父母、親類まで磔の族滅刑に処せられる。
それが数十年に一度くらいの確率で起きており、その様子を庶民は幼い頃に語り聞かされると共にきつく躾けられて、どんな悪事に手を染めようとそれだけは決してやってはならないタブーとなっている。
それ故、ならず者達はカルカを王様だと判断した。
リ・エスティーゼ王国では貴族の権威が高くて、奢り高ぶる者が多い。その機嫌一つで理不尽な暴力を振るったり、時に命すら奪う事もある為、貴族の上に立つ王様なら尚更だと考え、ここは素直に頭を下げるのが得策だと判断した。
しかし、代表者一人だけが立ったまま。
口をあうあうと震わせながら目をこれ以上なく見開き、ゆっくりと一歩、二歩、三歩と後退るも焦るあまり上半身を反らし過ぎて、その場に尻餅を突く。
何故ならば、代表者一人だけがカルカを知っていた。
表向きの穀物貿易商の顔として、ローブル聖王国での取引認可を貰う際にカルカと一度だけ謁見した経験が有り、目の前のカルカが本物だと解ったからだ。
「確か……。クリストフェル・オルソンと申しましたか?
とても残念です。誠実な方だと思い、取引を許しましたが……。まさか、その商品が麻薬とは!
ただ、ここはリ・エスティーゼ王国。その罪を裁くのは任せますが、我が国と貴方に関連した取引は全てを直ちに中止とします!」
そこへカルカがトドメの一撃を放つ。
王様の必須技能『人の顔を憶えて、その名前を一致させる』を見事に発揮させた。
この瞬間、代表者は完全に未来を失った。
代表者が所属する闇組織はローブル聖王国に決して少なくない額を投じ、ローブル聖王国内にある全ての港町の寄港許可を得ており、ローブル聖王国での取引は勿論の事、ローブル聖王国を中継にする大陸南部との貿易にも手を広げていたが、それ等全てが駄目になってしまった。
当然、代表者は闇組織に責任を取らなければならない。
追っていた女を捕らえたところで殺されるのは確実。死ぬまで味わう事になるだろう拷問の苦しみが少し減るだけ。
「よ、世迷言を! こ、こんなところに聖王様がおられる筈が無い!
に、偽物だ! に、偽物! お、お前達、何を這いつくばっている! こ、こいつ等をさっさと殺せ!
こ、このままだと俺も、お前達も破滅だ! そ、組織が黙っていると思うか! こ、こいつ等を殺して、あの裏切り者を捕まえなければ、俺達が殺されるぞ!」
退路が無くなった代表者は破れかぶれ。
身体をわなわなと震わせながら立ち上がって猛烈に煽るが、ならず者達の反応は鈍い。
伏していた顔を見合わせて、立ち上がる者がちらほらと出始めるもそこまでが限界。幼い頃からきつく躾けられている王様、王族、貴族に対する念はやはり拭いきれず、全員が及び腰で誰かがモモンガ達に襲いかかるのを待っている。
「せ、先生! せ、先生、お願いします!」
時間は待ってくれない。
密輸船が燃えた騒ぎを追って、街の衛兵達が次の瞬間にここへ辿り着くかも知れない焦り。
それが代表者を急き立てて決断させる。
今のならず者達に必要なのは煽りより明確な勢い。その為には大枚をはたく必要が有り、このまま命と全財産を失うくらいなら手痛い出費程度は安いものだと。
「ふっ……。そういう事なら稼がせて貰うとするか。
六腕が一人、空間斬のペシュリアンだ。俺に斬られたくない奴は近づくなよ?」
その悲痛な声に応え、一人の男がならず者達の奥から進み出てくる。
灰色のフルプレートアーマーを身に纏い、刃を持たない突剣特有の小手ガードが付いた鞘を右手に握って。
「ネイアさん!」
「はい!」
「モモンガさん!」
「はい!」
「懲らしめてやりなさい!」
「「イエス・マイロード!」」
カルカは錫杖の石突きで大地を打ち、錫杖の先端にある四つの輪をシャリシャリーンと鳴らして、ネイアとモモンガに応戦の合図を出す。
リ・エスティーゼ王国へ陸路で入国して以来、これが三度目。カルカ御一行様はリ・エスティーゼ王国の腐敗ぶりを目の当たりにして、その世直しにもう慣れたというか、ノリノリだった。