「何故だ! 何故! 何故、当たらない!」
灰色のフルプレートアーマーの男が右腕を振るう度、何かが宙を斬り裂く鋭い音が響く。
灰色のフルプレートアーマーの男に加勢しようと不用意に近づいたならず者は見えない刃に斬られて悲鳴をあげ、それは正に灰色のフルプレートアーマーの男が名乗った通りの『空間斬』そのものだった。
「ふん……。空間斬と聞いて呆れるな。
糸のような極細の刃を鞭のように振っているだけの大道芸ではないか」
しかし、モモンガには通じない。
簡単な体捌きで刃の糸を避け、それで避けきれない場合は大剣で無造作に受け弾き、戦いを始めてからその場を一歩も動いていない。
それもその筈。今のモモンガは魔術師に非ず、純戦士のアタッカー。
漆黒のフルプレートアーマーの中身は姿をメタモルフォーゼで変えたアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー『たっち・みー』である。
メタモルフォーゼのデメリットによりたっち・みーの力を八割しか使えないとは言え、ユグドラシルでワールドチャンピオンの座に輝いた実績を持つ猛者中の猛者に灰色のフルプレートアーマーの男の攻撃は温すぎた。
では、何故に『たっち・みー』の姿になっているかと言えば、単純にパーティバランスが悪かったからだ。
カルカはヒーラーなら、ネイアは弓を扱う後衛アタッカー。二人共、近接戦の心得は持っていても、どちらかといったら不得手。
どうしても敵対者の攻撃に耐え、その関心を惹きつけて集める前衛が必要な為、パンドラズ・アクターが所有する外装内に限っても種族やクラスがメタモルフォーゼで自由度を持つモモンガが前衛担当となった。
もっとも、レベル100が当たり前のユグドラシル基準で見たら、この世界の者達はレベルが低すぎる。
モモンガ元来のオーバーロードでも十分過ぎる対応が可能だが、それはそれ。モモンガは無い物ねだりでずっと前から剣で戦う前衛に憧れを抱いており、ユグドラシルでの設定が生きているこの世界でもオーバーロードは剣を持つ事すら出来なかった為、それならとモモンガの中で最高の戦士『たっち・みー』の姿を借りている。
但し、たっち・みーが純白の鎧なら、モモンガは漆黒の鎧。
その点はたっち・みーへのリスペクトとモモンガの好みを合わせた結果になっている。
「大道芸だとぉ!」
灰色のフルプレートアーマーの男が猛り、右腕を今まで以上の凄まじい速度で振りまくり。
宙を斬り裂く音はより鋭くなり、モモンガ以外には見えない刃の糸が周囲の路面の土を叩き削って、土や小石を弾き飛ばす。
「せりゃっ!」
「ば、馬鹿なっ!?」
だが、やっぱりモモンガには通じない。
モモンガが大剣をバトントワーリングのようにぐるぐると回し、その風車の前に刃の糸は尽くを弾かれた挙げ句、その先を絡め取られる。
その結果、モモンガが大剣を大上段に構えると、灰色のフルプレートアーマーの男は力負けてしまい、右手から刃の糸と繋がる握り手がすっぽ抜けた。
「お前は運が良い。今日は特別だぞ?
これが本物の空間斬だ! リアリティ・スラッシュ《現断》!」
「ぱぴょっ!?」
モモンガが大剣を振り落とす。
灰色のフルプレートアーマーの男との間合いは約二メートルほど。その切っ先は届いていなかったが、灰色のフルプレートアーマーの男を頭から股下まで真っ二つにして、その先の路面に斬線を十数メートルほど刻む。
一呼吸の間を置き、灰色のフルプレートアーマーの男だったモノが左右に分かれて倒れる。
そこで初めて自分の仕事を思い出した切断面が血を噴き出させて、大きな血溜まりを痙攣でピクピクと跳ねさせる灰色のフルプレートアーマーの男だったモノを中心に作ってゆく。
「あわわわわ……。」
「ば、バケモンだ!」
「や、やってられるか! お、俺は逃げるぞ!」
「お、俺もだ! し、知った事か!」
代表者は頼みの綱があっさりと切られて大恐慌。
ならず者達の半分はその場に立ち竦み、残りの半分は我先にと逃げ出す。
「ネイア!」
「はい!」
すぐさまモモンガは左手側のならず者達を受け持って戦っているネイアに合図を送る。
ネイアは頷いて剣を鞘に収めた後、背中に付けた弓を右手に持ちながらダッシュ。その勢いのままにモモンガが前へ出した右膝に置く両手で重ねた右掌の上に右足を乗せる。
「どうぞ!」
「せい!」
そして、モモンガが掛け声と共に持ち上げ、ネイアは天高く飛翔。
その凄まじい上昇速度を緩める為、両足を股割りながら前にくるりと一回転。落下が始まる寸前、矢を天へと放った。
「ミリオンダラー!」
矢が青空の中に吸い込まれて消え、そこに光がキラリーンと輝いた次の瞬間。
矢の雨と呼ぶには生温く、矢の大雨すら超えた何千という矢の土砂降りが大地を叩き付けて、ならず者達の逃げ先に密度の濃い矢の密林を作って阻む。
ちなみに、それほどの矢の土砂降りが降っていながらも矢はならず者達に一本も刺さっていない。
ネイアが使用した弓はモモンガが与えたユグドラシル産の品であり、ユグドラシルでは三級品でもこの世界では一級品の性能を持ち、その真価はご覧の通り。敵対者の逃亡を阻止して傷付けない事に有る。
矢は妨害ウォール扱いの為、破壊が可能。
飛行能力を持つ者には効かない致命的な弱点も有り、プレイヤー相手には不向きでも、絶対に逃がしたくないレアアイテム持ちや大量経験値持ちのモンスターを狩るのに便利なアイテムだった。
「今です!」
「「はい!」」
モモンガは落下してきたネイアを両腕でキャッチ。
それを確認して、今度はカルカが錫杖を前に突き出しながら合図を出す。
モモンガの大剣の剣先とネイアは弓のリムの先端。その二つがカルカの錫杖の先端に重ねられて、三人の立ち位置がトライアングルを描き、その中心にある三つの先端に光が溢れる。
「クロスソード!」
カルカの呼び声に応えて、光の中から巨大な何かがゆっくりと現れる。
最初に現れたのは黄金に輝く剣の先。次に現れたのが光り輝く光輪と三対の翼。
一言で言うなら、天使。信仰心を持たない者ですら神聖さを強く感じ、天に突き立てる黄金剣を右手に持ち、銀色の天秤を左手に持つ姿は威風に溢れていた。
余談だが、カルカが持つ錫杖もユグドラシル産だが、こんな天使を召喚する効果は持っていない。
ただ単にカルカの呼び声に合わせて、モモンガが兜の中でこっそりと魔法を唱えたからに過ぎない。
何故、こんな手間をかけているかと言ったら、カルカを目立たせる為だ。
アンデッドの騒動を収めるにあたり、モモンガが目立つよりカルカが目立った方がローブル聖王国の益は大きい。
その点を踏まえ、天使ならアンデッド相手にピッタリで周囲に対するインパクトも大きいというモモンガの意見が加わり、この案が採用。初めて実行した時は恐縮と恥ずかしさがあったカルカも三度目になる今ではもう慣れてしまっていた。
ついでに、カバーストーリーも作ってある。
この天使召喚は代々の聖王に受け継がれてきた秘伝中の秘伝であり、許しがたい悪を前に三つの正義の心が重なる時、聖王の祈りに応えて召喚されるという設定である。
今のところ、これ等の真実を知るのはモモンガとカルカの二人だけ。
この案が出たのはリ・エスティーゼ王国へ旅立った後だった為に居残り組のケラルト達は知らず、この案が作られたのはモモンガとカルカがベッドの中だった為に別室で宿泊していたネイアは知らない。
その為、ネイアはカバーストーリーを本気で信じていた。
三つの正義の心が重なる時というところが琴線に触れたらしくて、天使召喚を初めて実行して以来、ネイアは大きな誇りを抱いてしまい、モモンガとカルカは真実を話せなくなっていた。
「ジャッジメント《電光雷鳴崩し》!」
「シェアッ!」
カルカが錫杖を天へと掲げると、天使も黄金剣を天へと掲げる。
雲一つ無い晴天から轟雷がならず者達の逃げ先を奪っていた矢の密林に降り注ぎ、数多の閃光を炸裂。
矢の密林は燃えるどころか、瞬時に蒸発。放電現象の光の線がならず者達を繋いで強い痺れを与え、その場に立っていられなくする。
「せ、聖王様……。お、お許し下さい。
な、何もかも全てを差し出して、懺悔を致します。ど、どうか、死した後は奈落へ落とすのだけはご勘弁を……。」
それは明らかに人知を超えた何か。
焦げ臭さが漂う中、代表者とならず者達はまだ身体に残る痺れを堪えて平伏した。王様と王族、貴族を超越した畏怖にただただ頭を下げて慈悲に縋るしかなかった。
「これにて、一件落着!」
カルカは錫杖の石突きで大地を打ち、錫杖の先端にある四つの輪をシャリシャリーンと鳴らして、騒動の終結を宣言。
同時に天使の姿が光の粒子となって消え、街の衛兵達が遅まきながらやってくる声が聞こえてきたが、代表者とならず者達はブルブルと震えながら平伏したままだった。
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「も、もしかしなくても……。ぷ、ぷれいやー様?」
騒動の発端となった女は腰を抜かし、カルカから魔法による治療を受けた右の太腿を擦りながら恐れ慄いていた。
女は知っていた。モモンガがあっさりと倒した灰色のフルプレートアーマーの男は所謂『英雄級』と呼ばれる強者だったのを。
女は見ていた。モモンガがその英雄級を真っ二つにしたのは剣技でもなければ、大剣によるものでもなく、魔法によるものだったのを。
女は感じていた。モモンガが呪文をこっそりとカルカの言葉に合わせて唱え、召喚した天使が女の元所属であるスレイン法国の秘宝で召喚が可能な天使よりも比較にならないほど格上だったのを。
キリが良いのでここで第一部完となります。
第二部は需要が有りそうなら……。
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