「成敗!」
今日も今日とて、カルカ様御一行はリ・エスティーゼ王国を世直し。
晴天の下、カルカの掛け声が響くと丘の斜面を利用して作られた麻薬の原材料となる植物畑に爆発音がちゅどーんと轟き、そこを中心に爆炎が広がって上る。
「あの正義ごっこは感心するが、こうも毎日見させられると昔を思い出して、こっちが恥ずかしくなるね」
「ははは、懐かしいね。確かにリーダーもあんな感じだったね」
「第一、王国の救援に来たんだろ? 王都へさっさと行きなよ」
「ははは、そのツッコみ。本当に懐かしいな」
その様子を遠く離れた森の中から眺めている二人が居た。
一人は髪型や服装がちょっと若作りの老婆『リグリット・ベルスー・カウラウ』と言い、今は世捨て人とも呼べる放浪生活を送っているが、嘗ては十三英雄と呼ばれた英雄を超える逸脱者である。
もう一人は虚ろな白銀の鎧を意識に纏う『ツァインドルクス=ヴァイシオン』であり、通称『ツアー』と呼ばれるアーグランド評議国の永久評議員にして、竜王と呼ばれる存在の一人。リグリットと同様に嘗ては十三英雄と呼ばれた一人でもある。
「……で、肝心の彼。モモンガと言ったか。儂が見たところ、只のお人好しだよ。
こうして遠くから眺めているくらいなら、腹を割って話し合った方が良いじゃないか?
時を置けば置くほど誤解を生むし、話しかけ辛くなってゆくばかりだぞ? 時折、こちらを見ているのはお前も気付いているだろ?」
「まあね……。見逃してくれているんだろうね」
「あの要塞をこの目で見た時、儂も確かにとんでもない奴が現れたと警戒したよ。
だが、聖王国での噂を聞く限り、どう考えてもあの聖王に請われてやった事だろ?
今だって、そうさ。麻薬畑を焼いて、彼に何の益が有る?
儂とて、王国の麻薬汚染について、思うところは確かに有るが、わざわざ自分から手を突っ込もうとは思わん。ツアー、お前はどうだ?」
「どうして、私が? 王国の責任だろ?」
「ああ、その通りさ。所詮は他人事なんだよ。
だったら、彼は尚更だろ? この世界に来て、まだ二ヶ月程度。王国どころか、世界そのものに思い入れすら持っていない筈さ」
「でも、それは……。」
「そう、聖王の方針だ。でも、その方針に諾々と従っているのは何故だ?
正義を成しても報酬らしい報酬を貰おうとしないのは何故だ?
怪我をしている者がいれば、それを癒やすのは何故だ?
商人の馬車がわだちに嵌まっていれば、それを押してやるのは何故だ?
昨日なんて、産気づいた女の為に隣村から産婆を背負ってきてさえもいる。
勿論、聖王と懇ろな仲だからというのも大きいだろうが、これをお人好しと呼ばずに何と言う?」
二人の注目はカルカに非ず、モモンガこそに有る。
ツアーはその昔にラスト・ホーリーウォーを使用した場面を実際に見た経験を持っている。
その為、ローブル聖王国で爆発的に広まった噂を、亜人連合軍を打ち破った大逆転はラスト・ホーリーウォーによる奇跡という噂を即座に嘘と見抜いた。
同時にその噂がローブル聖王国に都合が良すぎる点を不審に思い、ローブル聖王国の中枢にユグドラシルのプレイヤーが居ると推測を立てて、聖王であるカルカの周辺を探ってみたら本当にいた。一目でそれと解った。
何故ならば、モモンガは空を飛んでいた。
それも竜王と呼ばれる者達ですら辛うじて到達が可能な超高度を魔法で楽々と飛んでいた。
しかも、その目的がカルカをお姫様だっこしての深夜のデートである。
あまつさえ、盛り上がった二人は超高度で超アクロバテックな生命の営みまでおっ始め、その様子からさすがに目を逸らすしかなかった雲の中に身を潜めていたツアーは『あんな常識外れがこの世界の住人である筈がない』とモモンガをユグドラシルのプレイヤーと断定した。
その後、大陸南方を放浪していたリグリットがツアーと合流。
ローブル聖王国を発って以来のモモンガを二人で遠くから監視していた。
「それに彼が神の力を使ったのは、この世界へ現れたと思しきその一度きり。以後は自分を律している。
それこそ、八欲王のように好き勝手し放題が……。
いや、八欲王以上だね。隕石を落として、10万の亜人達を焼き払い、その跡地に巨大な要塞を造って、ローブル聖王国の兵士一万人を癒やす雨を降らせたのだから」
「だからこそ、警戒が必要だよ。その力が世界に向けられたら……。」
その結果、リグリットのモモンガ評は好意的なものだった。
しかし、二百五十年以上生きているリグリットより長寿なツアーはモモンガに対する警戒心を解いていなかった。
過去、この世界へ転移してきたユグドラシルのプレイヤーは善性の者も居れば、悪性の者も居る。
善性なら六大神、悪性なら八欲王が代表例。百年刻みでユグドラシルよりこの世界へ転移する現象、ツアーが『百年の揺り返し』と呼ぶソレで世に知られていない者達は多く、残念ながら悪性の者が比較的に多かった。
いや、悪性の者も只のユグドラシルの一プレイヤー。元は善性の者だったのかも知れない。
だが、リアルの世界で感じていた抑圧からの解放がそうさせたのか、この世界の住人達との圧倒的な力量差がそうさせたのか。傍若無人に振る舞い、混沌の渦を作りたがる。
そう言った者達をツアーは闇に葬ってきた。
混沌が世界に、大陸全土に、一国に、一地方に、一つの街に及ぶ前に被害を抑えてきた。
譬えば、大陸南方に広大な砂漠が広がっているのは、あるユグドラシルプレイヤーが超位魔法を面白半分に連発した為に土地が力を失った結果である。
ちなみに、善性の者は人間種を除き、隠遁を好む傾向が強い。
ある者は森の奥で、ある者は山の深くで、ある者は海の底で世捨て人となり、大半は数十年も経つと何かを待つかのように意識を閉じて深い眠りについている。
また、ツアーとリグリットの言葉にあった『リーダー』もまた善性の持ち主だった。
彼は約二百年前にこの世界へ現れて、その名前は意図的に伏せられて伝えられていないが、数多の正義を成して、今の世にも讃え続けられている十三英雄の『リーダー』となった。
「なら、言い方を変えよう。彼はお前と同じだよ」
リグリットはカルカ様御一行を眺めながら目を細める。
胸には郷愁のようなものが広がり、微笑みが口元に自然と浮かんだ。
「私と同じ?」
「さっき自分で言ったじゃないか? リーダーを思い出すって……。
お前も、彼も世界を壊すほどの力を持っていながら、自分は舞台の中心に立とうとしない。脇役を選び、主人公の勇者に力を貸す。
ツアー、お前にとっての勇者がリーダーだったのなら、彼にとっての勇者があの聖王だとは考えられないかい? 儂の目にはそうとしか見えないのさ」
それはツアーの頑なな心を少しだけ融かした。
実はリグリットが言う通り、ツアーはカルカ様御一行の中にいるモモンガの姿に十三英雄の中にいた自分を重ねていた。
しかし、過去に幾度も味わったユグドラシルプレイヤーに対する失意。
それが強い警戒心を呼び、重ねる思いを勘違いだと決め込んで心の奥底へ封じていたが、ツアーは暴かれて葛藤する。反論が出来ずに口籠り、モモンガへ視線を改めて向ける。
カルカ様御一行は笑い合っていた。
モモンガの顔は兜に隠されて、その表情は見えないが、胸を少し反らしながら肩を震わせる様子に心の底から笑っているのが解った。
ローブル聖王国を発って以来、モモンガを監視し続けていたツアーは知っている。
モモンガは傍若無人に振る舞ったりしなければ、強大な力を無闇矢鱈に使ったりもせず、善性といえる人となりであり、カルカを常に立てているのを。
そもそも、カルカ様御一行の目的はリ・エスティーゼ王国のアンデッド騒動を収める事にある。
モモンガが騒動の中心であるエ・ランテルの街まで空を飛び、強大な魔法でエ・ランテルの街そのものを吹き飛ばすのが一番手っ取り早い。
それを可能とする力をモモンガは亜人連合軍に対して行っているし、エ・ランテルの街を中心とした周辺各国の被害を最小限に抑える事が可能だ。
ところが、モモンガはそれをやろうとしない。
カルカに大きな方針を任せて、モモンガはサポートに徹しており、それはツアーの信念『ある国、ある種族が絶滅の危機に瀕しても、その問題はその国、その種族が解決するべきだ』に近かった。
今のところ、ツアーの不満は一つ。
それはモモンガが簡単にユグドラシル産のアイテムをカルカ様御一行に貸し与えている点にある。
ユグドラシルでは三級品でも、この世界では立派な一級品である。
もし、それ等が何らかの理由で世に流れて、国が絡んでしまうと回収は難しくなる。
実際、そういった品々が各国に存在しており、その中には世界のバランスを崩しかねない品もある。
「だから、腹を割って話し合うべきなのさ。
幻術の中身がころころと変わるから、いまいち種族の特定が出来ていないが、彼は人間ではない。
最初は伝説に聞くドッペルゲンガーかと思ったが、恐らくは違う。
彼は骨の姿で居る事が多い。中身がころころと変わるのは彼が持つスキルで、アンデッドの一種だろう。
まあ、ネクロマンサーの儂にしてもそんなアンデッドは知らんがね。
だが、彼はプレイヤーだ。儂程度では計れんよ。
ただアンデッドだとするなら、彼は不死者になる。お前は永き道を共に歩める対等の友人を作れるかも知れん。
儂は秘術で長寿を得ているが、それも限界はある。その限界が来た時、お前が一人になってしまうのが心配なんじゃよ」
「リグリット……。」
だが、そのツアーの不満を知りながらもリグリットは畳み掛けた。
ツアーは今ここにある鎧から遠く離れたアーグランド評議国にある自分の棲家で目を見開く。
長寿、或いは不死の者ならではの悩み。
千年以上を生きるツアーは人間を代表とする定命の者を数え切れないほど見送ってきたが、それは決して慣れるというものではなかった。
ツアーにとって、リグリットは特別だった。
いずれは見送らなければならないと承知していながら十三英雄として活動していた時に仲を最も深め、それ以後も相談相手として仲を今まで繋いできた。
リグリットはネクロマンサー。
アンデッドを操るが故に死を熟知しており、人間でありながら本来の定命を遥かに超え、二百五十年以上の時を生きている。
それ故、ツアーは淡い期待を密かに抱いていた。
もしかしたら、リグリットは自分と同じ永き時を歩み続けてくれるかも知れないと。
しかし、それをリグリット本人が否定した。
それもツアーがリグリットを大事にしているように、リグリットもまたツアーを大事にしていると解る発言で。
「とにかく、彼についてはお前に任せるさ。
儂はインベルンの嬢ちゃんが気になるから、そっちへ向かわせて貰うよ」
リグリットはツアーの動揺を感じ取りながらも返事を敢えて待たずに姿を転移の魔法で消す。
それは明らかに決断を迫る意思表示に他ならなかったが、ツアーはやはり決断に至れず、リグリットが居た隣を暫く無言で見続けた。
無理せず、ぼちぼち続けていこうかなと思ってます。
ここまでのような毎日更新は難しいです。