「ほわぁ~~……。」
ビキニアーマーという防具をご存知だろうか。
露出が多いビキニでありながら、身を守るアーマーでもある矛盾を兼ね備えた不思議な防具である。
当然、男性は装着不可。女性なら誰でも装着は可能だが、厳しい条件が有る。
露出の多さは重さを減らして、素早さを得る為だが、それ以上に重要な視覚効果を得る為であり、スタイルが良くて、胸が平均以上に大きくないと駄目だという点だ。
それを踏まえ、元スレイン法国の特殊部隊『漆黒聖典』に所属していた『クレマンティーヌ』はビキニアーマーを装着するに相応しいスタイルと胸を持っていた。
その密かな自慢の双丘を湯にぷかりと浮かべて、クレマンティーヌは夢見心地に浸っていた。肌を刺すような熱い湯と良い感じに傾斜した背もたれ、足を伸ばしきっても届かない広い湯船は今日の疲れを融かして、心を蕩けさせるのに十分な幸せだった。
「……って違う!」
「うわっ!?」
「何なんだよ、これ!」
「えっ!? お湯、熱過ぎました?」
だが、クレマンティーヌはふと我に返り、勢い良く立ち上がった。
その拍子に湯船の湯がザブリと溢れ、洗い場で頭を洗っていたネイアは手を止めて驚く。
「丁度良いよ! ぽっかぽかだよ! ぬっくぬくだよ!」
「なら、驚かせないで下さいよ。頭を洗っているんですから」
クレマンティーヌは不満だった。
常識外れの現実を当たり前のように許容しているネイアが。
この世界において、風呂は贅沢品である。富の象徴とも言える。
一般的に風呂と言ったら桶に満たした水を指し、それでタオルなどを濡らして、身体を拭い洗う行為を言う。
お湯そのものが魔法、或いは薪を燃やすなどの労力を必要とする為に贅沢であり、身体を浸かれる湯船はもっと贅沢にも関わらず、この風呂ときたら広い。
湯船は四人が横に列んで足を伸ばしてもぶつからないほどの余裕が有り、洗い場も湯船と同じくらいの面積が有って、これまた贅沢品に属する上半身を映す大きな鏡が左右の壁に二つづつ備え付けられている。
その上、それぞれの鏡の隣にはシャワーがあった。
クレマンティーヌはシャワーの存在を知っていたし、シャワーがどんな役割を持つかも知っていたが、この世界におけるシャワーとはあくまで風呂の飾り。
その理由は言うまでもない。シャワーを用いるにはシャワーを備え付けた上の階に大きな貯水槽が必要となり、それを支える強固な建築資材と技術が必要になる上、それを満たすのにも労力を要するからだ。
おまけに、湯船を満たす緑色に透き通った湯も妙だった。
柑橘系の良い香りがほのかに漂い、湯に恐る恐る浸かってみれば、普通の湯と比べて身体の温まりが早くて芯まで届き、癒やしを実感できた。
どう考えても有り得ない現実だった。
クレマンティーヌがスレイン法国での特別な任務後に褒美の一環として与えられた風呂なんて比較にならない快適さだった。
「それもだよ! どうして、そんなに泡立つんだよ!
法国の姫巫女が使っている石鹸だって、そんなに泡立たねえぞ!」
「ああ、これはシャンプーって言うんです。凄いですよね。
でも、こっちのリンスとトリートメントを使うともっと凄いですよ。
私、どうしても髪が跳ねる質なんですけど、それがしっとりサラサラになるんです」
「マジか! 私にも使わせろよ!
……って違う! 違う! 違うだろうが!」
しかし、クレマンティーヌも年頃の女性。
新しい美容方法を知らされて、足早に湯をザブザブと掻き分けて洗い場に向かおうとするが、その途中で再び我に返り、湯をバシャバシャと叩きまくり。
「もう……。何なんですか?
私達の後にカルカ様とモモンガ様も入るんですよ? お湯を無駄にしないで下さい」
「良いじゃねえか! この蛇口ってのを捻れば幾らでも出るんだからさ!」
「凄いですよね。ここが森の中だとは思えません」
そう、ここは街道から少し離れた森の中。
野営を行う場合、モンスターの夜襲を恐れて、街道沿いで行うのが鉄則。
だが、カルカ様御一行はモンスターの領域といえる森の中を敢えて選択。
そんな危険で不便な場所でありながら、こんな快適な野営が行えている理由は言うまでもない。
この風呂はモモンガ所有の『グリーンシークレットハウス』と呼ばれるユグドラシル産アイテムの機能の一つ。
RPGの伝統的な四人パーティー用の持ち運び可能な臨時拠点で冷暖房完備。HPとMPが回復する四つの寝室とバッドステータスを回復する風呂とトイレ、バフ効果を持つ調理が可能なIHキッチンが備わっている。
また、今更になる余談だが、クレマンティーヌはカルカ様御一行に加入済み。
クレマンティーヌがリ・エスティーゼ王国の闇組織『八本指』に追われている身と知り、カルカが持ち前の人の良さを発揮して『他に行く宛が無いのなら』と誘い、今では世直しの旅の一助となっていた。
しかし、野営は今夜が初めて。
カルカ様御一行に加わってから今日までの一週間。モモンガに関する常識外れは何度も味わっていたが、このグリーンシークレットハウスは今まででとびきりだった。
なにしろ、このグリーンシークレットハウスは武器や防具とは別ベクトルの国宝級と呼べる品。
ここには過去のユグドラシルプレイヤー『口だけの賢者』が机上の空論で終わった便利アイテムが山盛り。グリーンシークレットハウスへ入って以来、クレマンティーヌは驚きっぱなしだった。
「そう、それだよ!
水場が近くに無いのに水どころか、お湯まで好き放題に使えるってどういう事だよ!
さっき私がトイレに流したブツは何処へ消えたんだよ! 外を探してみたけど、何処にも無かったぞ!」
「あっ!? うおっしゅれっと、だったかな? 便座の左側に有るボタンを押してみました?」
「押したよ! ビビったよ! 変な声、出ちゃったよ!
……って言うか、びで? っていうのヤバいだろ!
良いところを狙いすぎだ! 気持ち良すぎて、ついつい最後まで致しちゃったよ!」
クレマンティーヌはモモンガがプレイヤーだと今では確信していた。
このグリーンシークレットハウスのみならず、モモンガは外面は上手く隠していても身内にはこの世界の常識から外れたものをポロリと漏らす事が多い為、出会った当初に感じた疑惑は三日目で確信へと至っている。
その最大の理由が三日目に貸与された二本のスティレット。
モモンガから『そんな粗末な武器を使うなら、これでも使え』と軽く渡された時、クレマンティーヌは感謝の言葉を忘れて開いた口が塞がらなかった。
クレマンティーヌは一撃必殺の速さを売りにする戦士である。
扱う武器に大きな拘りを持ち、今所持している品よりも良い品が有るならそちらを迷わず選び、武器を自分に馴染ませるより自分を武器に馴染ませる。
当然、愛用していた品は一級品。
それをモモンガは『粗末な』と表現したのだから、クレマンティーヌが驚くのも無理はない。
それも渡された品はクレマンティーヌがスレイン法国を脱国する際に敢えて置いてきたスレイン法国秘宝の品より性能が二つも、三つも上なのだから尚更だった。
あとはモモンガに問いかければ、確信は確定に変わる。
クレマンティーヌは二本のスティレットを貸与してくれた時点でモモンガが心を自分に開いてくれたと感じているし、ユグドラシルプレイヤーなのかと問いかけたらその答えを素直に応えてくれるとも確信していた。
だが、そのチャンスを見つけられないでいた。
モモンガと二人っきりの場を作ろうとしてもカルカが何かと邪魔をしてくるし、街での宿はネイアと同室。毎晩、モモンガとカルカは薄い壁の向こう側で盛り上がり、朝まで部屋から出てこない。
もっとも、モモンガがユグドラシルプレイヤーだと判明しても、クレマンティーヌはどうこうするつもりはさらさら無い。
ただ有るのはスレイン法国で育ち培ったユグドラシルプレイヤーに対する畏怖であり、敬い。そうであるが故の確認せざるを得ない探究心によるもの。
「やっぱり……。なら、敢えて自分の恥を晒しますが……。
モモンガ様、臭いに凄い敏感ですから気をつけた方が良いですよ?」
「えっ!? マジ?」
「マジです。私も、カルカ様もバレました。それとなく注意されました」
「……解った。気をつける」
「はい、その方が良いです」
だからこそ、クレマンティーヌはモモンガに対する態度でちょっと猫を被っていた。
聖王であるカルカに対しては出会った翌日にモモンガとの仲をからかっている内に普段通りの態度になったし、モモンガから自分も普段通りで構わないと何度か言われても、ちょっと猫を被った態度を改められないでいた。
だからこそ、クレマンティーヌはトイレでの秘め事をモモンガに知られるのは嫌だった。
クレマンティーヌは性に関してはおおらかな価値観を持つが、密かに六大神の敬虔な信者である為、自分に対する性は厳格さを持つ。
漆黒聖典に所属していた際、ある潜入工作の中で手段としての性交を行った経験は有ってもプライベートでは一度も無い。自慰すら戒めて、滅多に行わない。
ところが、モモンガとカルカは毎晩ハッスル。
今日なんて、昼食後にふと二人の姿が見えないと思って探したら、藪の中でハッスルハッスル。
そんな毎日が続いた入浴前、ウオッシュレットの水圧は拷問に早変わり。
クレマンティーヌは辛抱堪らずにトイレで盛り上がってしまったが、それを新たな神と言えるモモンガに知られるのは嫌すぎた。
だからこそ、クレマンティーヌはモモンガを神と知らずにその恩恵を当たり前のように享受しているネイアが許せずに猛っていた。
だが、ネイアの名誉の為に明記すると、ネイアの父親は凄腕のレンジャー。幼い頃から父親と共に野外活動を幾度も重ねており、森の中で野営を行う本来の厳しさをクレマンティーヌより熟知している。
ただ慣れとは恐ろしいもの。
ネイアはこのグリーンシークレットハウスを三度も経験するとすっかり慣れてしまったし、カルカ様御一行の中での役割分担的にモモンガとカルカを不自由させないように新たなツールを使いこなそうと懸命にもなっていた。
「……って違う! このコテージは何なんだよって話だよ!
どう考えてもおかしいだろ! そもそも、モモンガさんはこのコテージを何処から出したんだよ!
大きめな野営テントと同じサイズだぞ? そんな荷物、何処にも無かっただろうが!
しかも、中へ入ってみれば、どう考えても外の見た目と違い過ぎる!
寝室が四つ! リビングも、ダイニングも、キッチンも有って! トイレは二つ! 広い風呂まで有る! 広すぎじゃねえか!」
「解ります、解ります。はっきり言って、街の宿屋より快適ですよね」
クレマンティーヌもそれは良く解っていた。
このグリーンシークレットハウスに備え付けられている設備を説明してくれたのはネイアだっただけに。
「そうだよ! 快適だよ! ここで一生暮らしたいくらいだよ!
それに、それにだ! お前、知っているのか? このコテージを守っている番犬の正体を!」
「ああ、ケル蔵の事ですか? 頭が三つあって、私も最初はびっくりしました」
「馬鹿! 何だよ、そのネーミングセンスの無さは!
あれ、地獄の番犬だぞ! 難度200超えの伝説のモンスターだぞ! あいつ一匹で国を滅ぼした伝説が有るんだぞ!」
「へぇ~~~……。」
「へぇ~~~、じゃねえよ! さっさと改名してやれよ!」
「でも、モモンガ様は気に入っているようですし、やっぱり命名権はやっぱり召喚主のモモンガ様にあるのでは?」
「あっ……。うん、良く考えたら素敵な名前だな。力強さを感じる」
それでも、クレマンティーヌは訴えずにはいられなかった。
湯をバシャバシャと叩いて、常識外れの毎日を訴え、モモンガの偉大さを少しでも理解して貰いたかった。
前エピソードでキャラ名の誤用が有りました。
現在は皆様のお手も借りて修正してあります。
今後も勘違いによる誤用があるかも知れませんが、温かい目で見守ってくれたら幸いです。
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