「超技! ダークブレード・メガインパクト《暗黒刃超弩級衝撃波》!」
「クリスタルランス《水晶騎士槍》!」
「封じ手、爆炎微塵隠れ!」
右を見ても、左を見てもアンデッド。大地を埋め尽くすアンデッドの群れ。
例え、それ等の一体、一体が雑魚モンスターと俗に分類される強さでも、塵が積もれば山となる。圧倒的な多数のアンデッドによって、リ・エスティーゼ王国は国土の四割を失っていた。
ここまで至ると、リ・エスティーゼ王国は上を下への大騒ぎ。
国王『ランポッサ三世』はアンデッドの騒動を国民に公表。王都とその周辺の街や村に避難命令を発した。
しかし、肥沃な土地に支えられて、その数を増やしてきた王国民は膨大である。
難を逃れようとする先の街は瞬く間にありとあらゆる物が足りなくなって、物価が急上昇。
そこから押し出された者達は前へ前へと進むしか手段はなく、リ・エスティーゼ王国と陸続きのアーグランド評議国とローブル聖王国は近い将来に起こるだろう難民問題に早くも頭を抱え始めていた。
アンデッドの騒動を対岸の火事と捉えていた貴族達もようやく本気になった。
自分の土地をアンデッド達に踏み荒らされたら破滅しかないのも有るが、王家という宿り木が有ってこその自分達だからだ。
だが、敗走に継ぐ敗走。戦線は後退し続けた。
その敗因は単純明快。アンデッドの数が膨大すぎて、戦線が広すぎるからだ。
戦線は王都の南西の全て。
アンデッド達はただただ前へ進むだけとは言え、横に広がった全長は五百キロを超え、その一角を崩したところで意味が無かった。
しかも、アンデッドは疲れ知らずの空腹知らず。
昼を跨げば、前夜に打倒した筈のアンデッドが陽の光が届かない濃い霧の中で復活する。
リ・エスティーゼ王国側だけが消耗を強いられて、戦いで命を落とした兵士が翌日には敵となって戻ってくるのだから勝てる要素が無い。
また、リ・エスティーゼ王国は長年に亘り、魔術師を軽視していた失策が浮き彫りにもなっている。
例を挙げると、リ・エスティーゼ王国と同条件の苦境に遭いながらもバハルス帝国も、スレイン法国も一度定めた防衛線を突破されていないのは、優秀な魔術師を多く揃えているのが大きな要因である。
リ・エスティーゼ王国にはガゼフという逸脱者に片足を入れた英雄はいるが、純戦士である。
ガゼフの台頭を嫌がった貴族達によって、大きな兵権を持てずにいた為、ガゼフ自身は努力していたし、才能も持っていたが、大軍を率いる才能が育っていない。
その為、敵陣に斬り込んでゆく一点突破力は高くても、ファイヤーボールなどの範囲攻撃魔法のような面制圧力は有していない。たいした強さは持たなくても数が膨大なアンデッド達には効果が薄い。
もし、アンデッド達が軍隊のように誰かの指針で動いているのなら、戦場で目立つガゼフを討ち取ろうとそこへ戦力を集中させるだろう。
だが、ガゼフがどんなに獅子奮迅の活躍をして、アンデッドの大軍に楔を深く打ち込もうが、アンデッド達はガゼフを無視して進むし、アンデッド達の壁は果てしない。
そうした試行錯誤の苦戦の末、今現在はアンデッド達を受け流す作戦が採用されていた。
リ・エスティーゼ王国軍は戦線全体に広く薄く布陣。ガゼフが防衛する地点へアンデッドの歩みを誘導している。
幸いにして、アンデッド達の大半は雑魚。
その歩みを堰き止めて、逆撃を仕掛けるのは困難でも、防御に徹して受け流す事は一般的な兵士でも十分に可能だった。
「くそっ! キリがねぇ! ラキュース、いい加減に限界だぞ!
……って、待て! 前にも似たようなやり取りをした憶えがあるぞ! 手抜きか!」
しかし、この作戦は当然の事ながらガゼフの負担が大きい。
陽が昇りさえしたらアンデッドの歩みは止まる為、休憩と睡眠を行えるとは言えども、ガゼフとその麾下は夕暮れから早朝まで戦いっぱなし。
それが連日に亘ってなのだから体力的にも、精神力的にも消耗は激しい。
回復魔法やポーションでは誤魔化しきれない疲労がガゼフ達の身体には蓄積されていた。
ガゼフは考えないようにしていても考えざるを得ない。
何故、リ・エスティーゼ王国はこれほどの絶体絶命に陥るまで挙国一致になれなかったのかと。
何故、エ・ペスペルの街が最前線だった頃に今の挙国一致が実現しなかったのか。その時なら今よりずっと有利に戦えていたと。
何故、そもそもエ・ランテルの街が死都と化した報告が王都へ届いた時、対応をきちんと行わなかったのか。それさえ出来ていたら、事態は既に収拾していたのではないかと。
だが、幾ら考えても無駄の一言。答えは無い。
有るのは辛く苦しい現実だけ。今、防衛拠点にしている本来の住民が一人も居ないこの街を突破されたら、アンデッドの鈍い歩みでも王都到達まで五日とかからない。
それ故、士気は高い。互いが互いを励まし合い、誰一人として弱音を吐かない。
今、ガゼフは戦線の各地から選りすぐりが集められた助けも有り、リ・エスティーゼ王国史上最強の部隊を率いていた。
「ええ、そうね!
ティナ! ガゼフ様に伝えて! 阻止限界点はもう突破するって!」
「了解! 鬼ボス!」
しかし、アンデッドの数は膨大。多勢に無勢。
三日前にエ・ランテル側の南東の城門を突破されて、路地を封鎖するなどして要塞化していた街中での攻防も今朝の段階で敗北。そこからは逆に外を内から守り、王都側の城門を突破されまいと奮戦していたが、街を守る城壁そのものがアンデッド達の攻撃に間もなく崩れようとしていた。
******
「ペスペア侯、娘達を頼む」
最前線である最終防衛ラインが今夜中に突破されるだろうという報告が王都へ届いたのが約二時間前。
これに伴い、ライフライン維持の為と行く宛が無い王都に残っていた一割にも強制避難が発令。王家の者達も避難の準備を整え、今正にその時を迎えていた。
だが、国王であるランポッサ三世は王都に残ると予め決めていた。
その理由は国王が逃げたら前線を支えている者達の士気が著しく下がり、その結果として王国軍は瓦解してしまい、逃げない場合以上の被害を王国民に与えるからとなっているが、真実はランポッサ三世の胸の内にだけ有り、有力貴族達は自分達の避難作業に忙しくて、その意志を変える努力は形だけのものとなっていた。
「はい、お任せ下さい。我が妻とラナー様を必ずやアーグランド評議国までお届け致します。
しかし、陛下も……。いえ、義父上も決して無理はなさらないで下さい。
もし、義父上を亡くしたら、私は二度も父の死に目に会えなかった事になります。どうか、その親不孝だけはご勘弁を願います」
そんな貴族達の中、ペスペア侯爵だけは今の今までランポッサ三世に避難を訴えていた。
しかし、ランポッサ三世の意思は固かった。ペスペア侯爵は泣き落としまで使ったが、その意思を変えられず、部下から自分達の避難準備が整ったと報告を受けて、説得を遂に諦めた。
なにしろ、今のランポッサ三世はペスペア侯爵が自分の領地を失った時と同じ。
その気持ちは誰よりも痛いほど解ったし、ガゼフほどの強引さを持ち出せず、一度は拾った命と家族の行く末を捨てる事は出来なかった。
「はっはっ、儂は良い息子を持った。
ペスペア候……。いや、ルイスよ。今更ながら、お前ともっと腹を割って話すべきだったと後悔している。
だが、安心しろ。儂はもう歳だ。無理をしたくても無理は利かない。頃合いを見計らって、儂もアーグランドへ向かうよ」
「絶対に、ですね?」
「うむ、約束しよう」
だから、この約束が嘘だとお互いに解っていながらも交わした。
最後くらいは笑って別れようと、ペスペア侯爵とランポッサ三世は笑顔を交わす。
余談だが、実子の第一王子は既に戦死している。
防衛論を唱えるガゼフに猛反発して、五万の兵力を意気揚々と率い、アンデッド達に突撃した結果、一時は戦線の一角を大きく前進させるも猪突猛進が過ぎて、敵中に孤立。今はアンデッドの仲間となっている。
その訃報を聞き、第二王子の『ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ』は『貧乏くじを引かされた。王家の者として最前線に立つしかあるまい』とボヤき、今はガゼフと共に名目上の総司令官として最前線で奮闘している。
「では、一時のお別れです。
さあ、ラナー様。もう夜は更けていますが、朝を待ってはいられません。今すぐ出発を致します」
「はい、解りました。
お父様、先に行って待っています」
「ああ、道中を気をつけてな」
そして、王宮に残るもう一人の実子。
第三王女『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』は鎮痛そうな表情を浮かべながらも、その心は嬉しさで一杯。ペスペア侯爵に最後の別れを促されて、ランポッサ三世と抱擁を交わすその胸の中で堪えきれない笑みをニヤリと漏らしてしまい、すぐに表情を引き締めていた。
ラナーにとって、一番大事なのは従者の『クライム』である。
それ以外は親ですらどうでも良かった。将来を予定されていた高位貴族との婚姻はまっぴら御免であり、いずれはクライムと二人だけの生活を送る為、リ・エスティーゼ王国を滅ぼして、王家のしがらみを捨てる算段を付けていた。
ラナーにとって、アンデッドの騒動は好都合でしかなかった。
たまに贅沢が出来るくらいの財産を随分前から周辺各国に分散済みであり、亡命先に選ばれたアーグランド評議国には世界の強者たる竜王達が居る。アンデッド達がアーグランド評議国まで攻めてきたとしても、絶対の安全がそこに在る。今後をただ無為に過ごすのは張り合いが無いから暫くしたら小さな商会でも開こうかと、これから広がるクライムとのバラ色な人生に胸をときめかせていた。
「急ぎましょう」
「はい、お手数をかけます」
ラナーはドレススカートの裾を両手で持ち、幸せに向かって走る。
笑みを上手く堪えているだろうかと、足が嬉しさに弾んでないだろうかと心配しながら駆けた。
「えっ!? クライム、どうしたの? 馬車で待っているって……。」
だが、その足が止まる。
王宮の裏口へ繋がる廊下の途中、正門へ分岐するT字路で愛しのクライムが跪きながら頭を垂れていた。
「ラナー様、お暇を頂きに参りました」
「へっ!?」
「救って頂いたこの命。その御恩に報いる時は今と心得ます。
これよりガゼフ様の元へ行き、ラナー様のお時間を作って参ります」
「く、クライム? あ、貴方、何を言っているの? あ、貴方は私と……。」
ラナーは茫然とするあまり我が耳を疑い、目をパチパチと瞬き。
兄のザナックから『化け物』とすら呼ばれ、聡明という表現を遥かに超越した頭脳を持つラナーだったが、クライムが言っている意味が解らなかった。
「行け! クライム君!」
「ペスペア候っ!?」
「ラナー様は私に任せろ!」
「ありがとうございます! では、おさらばです! ラナー様!」
その上、裏口へ一緒に走っていたペスペア侯爵がラナーを羽交い締め。
クライムは勢い良く立ち上がると、ラナーに頭を深々と下げた後、正門へと全速力で駆ける。
「く、クライム! ま、待って! ま、待ちなさい!
お、お願い! く、クライム、戻ってきなさい! め、命令よ!」
「行かせておやりなさい! 彼は国ではなく、貴方を選んだのだから!」
すぐさまラナーは逃げてゆく幸せを追いかけようとするが、王宮育ちで苦労知らずの少女の力が成人男性の力に勝てる筈も無い。クライムは一度も振り返らずにその姿を廊下の先へ消した。
注意) 作中『ルイス』とあるペスペア侯爵の名前はオリジナルです。