聖なるガイコツ   作:やまみち

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二十五本目 花火大会主催者

 

 

 

「おっ!? これこれ!」

 

 

 深夜、キッチンの冷蔵庫を開き、クレマンティーヌは棚に並ぶフルーツ牛乳に目を輝かす。

 冷蔵庫の側面と紐で繋がって備え付けられている蓋開けのピンを取り、それを瓶キャップに刺して栓を開けると、喉をゴクゴクと鳴らして背を徐々に反らしながら飲んでゆく。

 

 王都へ近づく毎、街道はカルカ様御一行と逆に進む避難民が多くなった。

 その列は昼も夜も続いたが、一昨日から次第に途切れ途切れとなり、昨日の夕方前には完全に見なくなり、今日辿り着いた村はもぬけの殻。家畜すら居ない。

 

 一応、警戒に警戒を重ねて、カルカ様御一行はグリーンシークレットハウスを村近くの林に設置。

 王都まであと一日の距離に迫り、すれ違った避難民達より得た情報から王都到着後は朝まで戦い続けになるだろうと予想して、今夜は英気を養う為に早めの就寝となったが、それが逆に裏目って変な時間で目が覚めてしまったクレマンティーヌだった。

 

 首に引っ掛けたタオルを胸元に下げ、ショーツ一枚の姿。

 夜間灯が灯されて、その優しいオレンジ色で判別は難しいが、クレマンティーヌの肌は火照っていた。

 

 そう、クレマンティーヌは深夜の入浴を満喫したばかりのところ。

 数日前はグリーンシークレットハウスの常識外れっぷりに猛っていたクレマンティーヌも今ではすっかり慣れていた。

 

 それこそ、入浴後のフルーツ牛乳は大のお気に入り。

 コーラやフルーツ牛乳など冷蔵庫の中身は誰も補充していないし、この世界では補充の当てすら無いにも拘らず、日を跨ぐ瞬間に冷蔵庫の扉が閉まっていると中身が勝手に補充される不思議は有るには有ったが、もう気にしないでいた。

 

 ちなみに、アルコール類は入っていない。

 一番人気はプリンである。グリーンシークレットハウスが四人用の為、全ての品が四つずつ有り、プリンは一人一つとルールが定められたが、それを破る者がたまに居て、その度にちょっとした戦争が起こっている。

 

 

「ぷっはぁぁ~~~っ!」

 

 

 クレマンティーヌはフルーツ牛乳を一気に飲み干してご満悦。

 これまた誰が回収しているのかが解らない冷蔵庫隣の空き瓶ケースに飲み干した瓶を入れて、ふと壁時計へ視線を向けると、午前四時半前。

 眠れなくてもベッドで横になって身体を休めようかと思ったが、身体の火照りはフルーツ牛乳一本だけでは収まらず、もう一本を手に身体を外で涼まそうと玄関へ向かう。

 

 

「えっ!?」

「お~~っ! よしよしよし! ここか? ここがええんか?」

「クゥン、クゥ~~ン……。」

 

 

 そして、玄関のドアを開け、クレマンティーヌは驚愕に目をこれ以上なく見開いた。

 豪奢な黒いローブを纏った骨が居た。ひっくり返って腹を見せているケルベロスのケル蔵の腹を撫でて戯れていた。

 

 

「ス、スルシャーナ様っ!?」

 

 

 慌ててクレマンティーヌはその場に土下座。

 涼みに来た筈の身体が汗をブワッと噴出させる。

 

 クレマンティーヌは六大神の中でも特に闇の神『スルシャーナ』を信奉していた。

 物心がついた頃からスルシャーナの神像に朝昼晩と祈りを捧げ、今では神像が無くてもその明確な姿を心に思い描けるクレマンティーヌにとって、モモンガの骨はスルシャーナそのものだった。

 

 

「あっ……。遂に見つかっちゃったか。

 でも、まずは服を着ようか。話はそれからで」

 

 

 一方、モモンガは悪戯がバレてしまったかのように悪びれず、肩を震わせて笑っていた。

 以前のモモンガならほぼ全裸のクレマンティーヌに驚いて慌てていただろうが、カルカとの出会いがモモンガに余裕を与え、クレマンティーヌから顔を背ける紳士な冷静さも与えていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ス、スルシャーナ様が花火大会の主催者……。」

「この話、マジ鉄板だな。スルシャーナさんには申し訳ないけど、説明の度に使わせて貰おうかな」

 

 

 モモンガが魔法で造った森の中には似つかわしくない装飾に凝った椅子とテーブル。

 服を着て戻ったクレマンティーヌはお尻の半分を椅子にちょこんと乗せて、モモンガの話を神妙に聞いていたが、敬愛するスルシャーナの扱いの低さに顔を引きつらせる。

 

 モモンガは幻術魔法による人間の姿。これは骨の姿がネイアにまだバレていない為だ。

 自分の人間宣言以上にスルシャーナの実像は効果抜群と知り、苦笑を漏らしながらクレマンティーヌの前に置いてあるフルーツ牛乳を指さす。

 

 

「……で話を戻すけど、そこに置いたフルーツ牛乳が有るよね?」

「えっ!? あっ!? はい?」

「それ、瓶に成分が日本語で書いてあるんだけど……。

 バナナとみかんとパイナップルだったかな? 幾つかの果物を目に見えないくらい細かく砕いて、牛乳に混ぜて作ってあるんだ」

「はぁ……。」

「なら、俺がそのフルーツ牛乳を今言ったバナナやみかん、パイナップルと牛乳に戻せると思う?」

「それは幾らなんでも無理では?」

「うん、俺には出来ないよ。当然だね」

「……はい」

 

 

 突如、話題が変わり過ぎて、クレマンティーヌは茫然とする。

 もしかして、フルーツ牛乳の製造を神の御手と同列に扱うのか。それを以て、自分は人間だと言い張るのか。

 そう考えるもそれを口に出して問いかけるのは不敬とも考え、精一杯の合いの手を返してゆくが、混乱は深まるばかり。

 

 

「だったら、次はこれだ」

「ええっと……。この箱は?」

「これは所有者がある特定条件を満たすと開き、その中に人間を天使に種族変更が出来る羽が入っているんだ」

「ええっ!? 人間を天使にっ!?」

 

 

 その上、話題が更に変わる。

 モモンガがテーブルの上に黒い小箱を置き、クレマンティーヌはその表面に青白い文様を光らせるソレを戸惑い見る。

 

 だが、箱の正体が間を明かずに明かされて息を呑む。

 クレマンティーヌは改めてモモンガが持つ常識外れの力を思い知らされて、モモンガに対する敬いを新たにする。

 

 なにしろ、天使は解りやすく人間を超越した存在。

 亜人や異形種の排除を国是とするスレイン法国ですら、天使だけは六大神の使いと認めている唯一の亜人であり、死した後は天使へと昇格する事を究極の目標としているが、それをあっさりと実現する手段を目の前に出されて驚くなというのが無理な話だった。

 

 

「ははっ、天使だけじゃないよ?

 これは悪魔、これはエルフ、これはドワーフ、これはリザードマン、これは……。何だったかな?

 とにかく、ユグドラシルでは人間が種族変更するのは簡単なんだ。

 第一段階で亜人になれて、第二段階で異形種にもなれるが、その逆は出来ない。

 つまり、人間は何者にもなれるが、何者かになった後は人間に戻れないんだ。

 今の俺のように何らかの手段で人間の姿になれたとしても、元の種族に縛られている。

 だからかな? 長時間、別の姿になっていると妙に落ち着かなくなるから、みんなが寝ている間は骨の姿に戻っているんだよ」

「あっ!? もしかして、さっきのフルーツ牛乳の?」

 

 

 ところが、モモンガは青白く光る文様はそれぞれ違っても似た黒い小箱を次々とテーブルに置いてゆく。

 クレマンティーヌは驚きを通り越して茫然とする頭を必死に働かせて、先ほどの話題と結びつけるのに成功したが、やはりモモンガが何を言いたいのかが解らない。

 

 

「うんうん、理解が早くて助かるよ。じゃあ、これを見て?」

「えっ!? ……ええっ!?」

「解る? ユグドラシルでは特に貴重なものじゃないんだよ。

 人間種のクエストでは手に入らないけど、異形種と亜人種のクエストをやっていたら自然と手に入るものでさ。スルシャーナさんもきっと持っていた筈だよ」

 

 

 そんなクレマンティーヌに容赦ない追撃が襲う。

 モモンガが右手を虚空へ伸ばすと、そこに現れた漆黒の穴からテーブルに置かれた黒い小箱と同様のモノが零れ落ち、テーブルより高く山積みになった。

 

 間違いなく、それは宝の山だった。

 亜人や異形種の排除を国是とするスレイン法国で育ち、人間としては英雄の域に達しているクレマンティーヌですら、亜人や異形種の強さに憧れを持つ。

 

 何故ならば、亜人や異形種はそうあるだけで人間より強い。

 譬えば、エルフは魔法の扱いに長けており、戦士ですら第一位階魔法や第二位階魔法を当然のように使え、魔術師なら人間でいう一流の域である第三位階を当たり前のように使い、第四位階魔法や第五位階魔法を使える者も人間と比べて多い。それが国力で勝りながらもスレイン法国が領土を接するエルフの国を長年に亘って攻め続けていても戦争を終えられない大きな理由だった。

 

 

「でも、そんなアイテムが有るなんて聞いた事も有りません」

 

 

 しかも、その宝の山はモモンガの口ぶりから察するに所有する一部。

 だが、漆黒聖典というスレイン法国のエリート中のエリートだったクレマンティーヌにしても、それ等のアイテムを立ち入りが許されたスルシャーナの遺産を保管する宝物庫で見かけた記憶は無かった。

 

 

「だろうね。ケラルトさんと……。あっ、ローブル聖王国の偉い人ね。

 そのケラルトさんと話していても、そうなんだろうなって解ったよ。

 だって、この世界の人間は弱い。手っ取り早く強くなる手段が有ったら、それを使っているだろうしね」

「それはどうでしょう? 少なくともスレイン法国は人間至上主義ですし」

「いや、それもスルシャーナさんがこのアイテムの存在を明らかにして、君達に勧めていたらどうだろう?」

「そ、それは……。」

 

 

 そして、クレマンティーヌはモモンガの言葉を否とは言い切れなかった。

 事実、スレイン法国は亜人や異形種の排除を国是とする一方、ハーフエルフの少女を最終兵器として隠し持っているのをクレマンティーヌは知っていた。

 それに今のクレマンティーヌは洗脳が解けて違うが、亜人や異形種の排除する為にその手段が有るなら排除すべき同種になろうとする矛盾を喜んで受けいれる殉教者は多いだろうと推測が容易く出来た。

 

 なにせ、スレイン法国の教義は貞淑さを尊びながらも、クレマンティーヌは神官戦士として将来を有望視されると性技の訓練を受けて、それを情報収集や暗殺の一手段に用いていた。

 今のクレマンティーヌにとって、それは耐え難い屈辱であり、思い出したくない苦さになっていたが、モモンガとカルカの毎晩の事情を知り、モモンガが望むなら屈辱の苦い経験も無駄では無かったと密かに期待を抱いてもいたし、その方面ではカルカに負けない自信があった。

 

 

「ねっ!? だから、俺はそこに答えが有ると思うんだよ」

「答え……。ですか?」

「そう、答え。俺はカルカさんが望みさえしたら……。

 そうだな。カルカさんならやっぱり天使だね。条件を満たしているだろうし、悩みはしても結局は渡すと思うんだ。それはどうしてだと思う?」

「それは……。その……。モモンガさんとカルカはチョメチョメな関係で……。」

 

 

 しかし、自分に対しては厳格な性を持つクレマンティーヌ。

 自分からは誘えないし、モモンガの前で性に関する話題に照れてしまい、質問には真面目に応えながらも紅く染めた顔を俯き、その一方で目を合わせないで応えるのは失礼だと考えて、モモンガへ上目遣いを向ける。

 

 

「馬鹿、違うよ。俺がアンデッドで不死だからだよ。

 人間には寿命が有る。いずれ、死ぬ……。

 だけど、天使なら不死種の一つ。同じ時を生きられる」

「あっ!?」

「でも、俺はカルカさんに種族変更を絶対に提案しない。

 誰かを見送る辛さは良く知っているし、それを強要するのと同じだからね。

 だったら、スルシャーナさんも同じ悩みを抱えていたと思わない?

 いや、俺より葛藤はずっと大きかった筈だ。同郷の仲間達が老いてゆく中、自分だけは変わらずに居て、もう二度と会える可能性が無い死を次々と見送ったのだから」

 

 

 だが、モモンガに一蹴される。

 慌ててクレマンティーヌは姿勢を正して聞き入り、モモンガが抱える悩みと前振りに重ねた話題の意味を悟り、返す言葉を見つけられずに口籠った。

 

 スルシャーナを神と敬っていた今までは気付きもしなかった問題。

 スルシャーナを人間として見たら、とっくに気付いて当たり前の問題にようやく気付いた。

 

 

「だけど、彼は同じ時を生きる相手を作らなかった。

 そして、それはスレイン法国が彼に対する対応を間違えたからじゃないかって、俺は思うんだよ」

「間違えた……。何をですか?」

 

 

 クレマンティーヌは揺らぐ信仰心に声が震えそうになるのを堪えて問い返す。

 既に答えは解っていたし、モモンガが自分に求めているものも解ったが、問わずにはいられなかった。

 

 

「スルシャーナさんは神になんてなりたくなかった。

 彼は自分を同じ人間として認めてくれる友人が欲しかった。どんな秘密や悩みも相談が出来る友人をね。

 そうでなかったら、彼の死に様はおかしい。

 俺達、ユグドラシルのプレイヤーにとって、八欲王が彼に対して行った戦法はセオリー通りだけど……。

 だからこそ、対策を取っていないのはおかしいんだ。

 偶発的な戦闘でならまだしも、敵対関係にあったんだろ? 対策手段は幾らでも有る。

 スルシャーナさんは望んで死んだんだよ。多分だけど、死んでホッとしたんじゃないかな?

 その証拠が彼と同じオーバーロードの俺だ。

 オーバーロードは死の支配者。死は状態異常の一種に過ぎず、蘇生を行わなくても一定時間を待てば、任意で復活が出来るクラスだ」

「そ、そんな……。」

「だから、俺の事も神なんて呼ばないで欲しい。

 クレマンティーヌ、君が望むなら俺の友人になってくれないかな?」

 

 

 その結果として知ってしまった衝撃の事実。

 スレイン法国はとうの昔に敬愛するスルシャーナから見放されていたと知り、クレマンティーヌは力なく項垂れて、モモンガの誘いに無言で小さく頷くしか出来なかった。

 

 

 

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