聖なるガイコツ   作:やまみち

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二十七本目 親子

 

 

 

「父上、ラナーが火を!」

 

 

 ザナックは食事量は一般的だが、甘い物好き。

 王族だから許される甘味を子供の頃から重ねたのが災いして、体型は小太り。

 それに王族や貴族の嗜みである剣術や馬術、ダンスなどの日々の運動を怠りがちだった為、顔には弛んだ肉が付いている。

 

 端的に言うと、体力に乏しい。

 だが、今は戦時下であり、ザナックは最前線の総司令官。鎧を着て走れば、すぐに息切れを起こす。

 

 それでも、ザナックは懸命に走った。

 顎を上げながら痛む横っ腹を押さえて、王宮の廊下を駆けた。

 

 最早、王都陥落は避けられない現実。

 ザナックは未だ王宮に残る父親のランポッサ三世に避難を促す為、最前線を一時離れて、王宮へ向かっている途中、王宮の一角から火の手が上がっているのを目の当たりにして慌てた。

 

 今、王宮に従者や侍女は居ない。既に避難済みである。

 火災を鎮火させるには最前線で戦っている兵士達を連れてこなければならず、それは最前線の瓦解に繋がる為、どう足掻いても王宮の火災を諦めなければならない状況だった。

 

 しかも、王宮に残っている数少ない一人と廊下ですれ違った際、ザナックは火災の原因を知って更に慌てた。

 ラナーが手の込んだ自殺を行った場所はパーティなどが催されるダンスホールであり、そこはランポッサ三世が居る謁見の間にとても近かった。

 

 

「好きにさせてやれ」

 

 

 ところが、ところがである。

 謁見の間と繋がるバルコニーに佇むランポッサ三世は泰然としていた。

 立ち上る炎が闇夜を照らして、風で舞った火の粉がバルコニーへと届いているにも拘らず、今も兵士達が必死に戦っている最前線の城壁に幾つも並ぶ篝火を眺めていた。

 

 

「ち、父上?」

 

 

 そのあまりにも場違いな背中にザナックは茫然となり、思わず立ち止まる。

 しかし、右腕で顎から滴り落ちる汗を拭って我に返り、ここまで誰の為に走ってきたのかという憤りがすぐに湧き起こって、ランポッサ三世の背中へと足早に歩み寄り、ランポッサ三世の肩を乱暴に掴んで振り向かせようと右手を伸ばしかけた次の瞬間。

 

 

「ふっ……。まだまだ子供だと思っていたが、とっくに立派な女だったのだな。

 儂も若い頃は何もかもを捨ててでも欲した女が居たというのに……。

 ラナーよ! 誰が何と言うと、儂はお前を讃えよう! お前は儂が出来なかった事をやり遂げ、儂を超えたのだから!」

 

 

 ランポッサ三世が笑みを零し、ザナックは動きをピタリと止めた。

 その間近で見るランポッサ三世の横顔は心底に嬉しそうであり、それを炎に照らされて揺れる陰影がより確かにする。

 

 ザナックは悟った。最前線に出てから、似た笑顔を嫌になるほど何度も見てきた。

 ランポッサ三世は王都から逃げる気持ちを微塵も持っておらず、ここを死に場所と決めたのだと。

 

 

「ザナック、お前にも苦労をかけた。

 だから、王位は譲れん。愚王の誹りは儂が引き受ける。今後は好きなように生きろ」

「な、何を……。」

「んっ!? ああ、そうか。今後が心配なのか。

 なら、お前の姉がアーグランドへ向かっているからそれを頼れ。お前が一生困らないだけの財産を預けてある」

 

 

 そして、それは間違いなかったが、その先は予想していなかった。

 ザナックはランポッサ三世がまさか戴冠したまま死出の旅へ逝くとは考えてもいなかった。

 

 即ち、それはリ・エスティーゼ王国の滅亡を意味する。

 ザナックは本音を言ったら、今後のリ・エスティーゼ王国を考えたら苦労しか見当たらず、王位を継ぐのは嫌だった。

 

 しかし、王家に残ったのはザナック一人。

 姉は居るが、ペスペア侯爵と結婚した際に王家から離れて臣下になっている。

 状況が状況だけに姉の籍を王家に戻して、王位を継ぐ力業は可能だが、それは将来の禍根を絶対に作る事になる。ザナックが居る以上、次の国王はザナックしか居ない。

 

 そもそも、ザナックは王位を欲していなかった

 武においても、知においても才能が無いと自認していたし、人を惹きつける魅力も乏しいと承知していた。

 アンデッドの騒動が起こる前、王位を狙っていたのは兄のバルブロが王となるより自分が王となった方が遥かにマシだったからに過ぎない。

 

 それほどバルブロは駄目駄目だった。

 所謂『脳筋』であり、そこを貴族達から良いように扱われていた上、目下の者達に傍若無人な振る舞いが多くて人気が無かった。

 極めつけはリ・エスティーゼ王国の闇組織『八本指』との繋がりが有るばかりか、そこからの金や快楽を享受して、その程度の酷さが段々と増しており、バルブロが王となったらリ・エスティーゼ王国は真っ黒な未来しか待っておらず、それを知っていながら見ないフリを決め込めるほどザナックは器用でなかった。

 

 だから、ザナックはラナーを『化け物』と称しながらも、その化け物じみた知性を持つラナーが次の王となるのがベストだと考えた。

 だが、ラナーはクライムだけに固執していた。クライムが平民である故に王配としては決して認められず、第一子を生むまでは愛人にも出来ない為、王位を継ぐ意思はさらさら無かった。

 

 また、アンデッドの騒動が収まるとしたら、その時がランポッサ三世の退位のタイミングとなる。

 国土の半分をアンデッドに踏み荒らされた責任を取る必要が有り、ここ数日のザナックは戦いに疲れた身体を休めている時は憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。

 

 

「違います! 父上は我が国に滅べと言うのですか!」

「別におかしな事ではあるまい? どんなモノにも終わりは有る。ただ、それが儂の時に来ただけだ。

 それにこの様な事態はさすがに想像していなかったが、早いか、遅いかの違いでしかないだろう?

 帝国の若き皇帝は優秀だ。あと十年もしたら、帝国に占領されるか。

 それとも、貴族達に唆されて、バルブロが簒奪を……。いや、八本指に牛耳られて、そこを帝国に付け込まれていただろうな」

「ち、父上は全てご承知で……。」

 

 

 たまらずザナックが叫ぶと、ランポッサ三世はアンデッドの騒動が発生する前なら高確率で有り得た未来を明かした。

 それはザナックが王位を目指す理由となった未来そのものであり、ザナックは今まで知らなかった父親の聡明さを目にして愕然とする。

 

 なにせ、ランポッサ三世の統治を一言で言うなら事なかれ主義。

 揉め事が有るとなあなあで済まし、難題が出ると黙り込んで先送りする。それが貴族達の台頭を許して、八本指がリ・エスティーゼ王国を我が者顔でのさばる結果を生んだ。

 

 正直なところ、ザナックは世の中が解り始めた青春期から父親のランポッサ三世を軽蔑していた。慈悲深くはあってもそれだけの人間だと考えていた。

 ランポッサ三世は八本指の存在を知っていても貴族達と結び付いた影響力の大きさは勿論の事、その手がバルブロまで伸びて掴んでいるとは知らないし、八本指に対しての興味をさほど持っていないと思いこんでいた。

 

 

「儂は良い王となるのは諦めたが、良い父であろうと努力はしていたつもりだ。

 当然、いずれは儂の後を継ぐだろうバルブロの周囲は調べていた。

 だが、お前達の母親に頭が上がらなかったというのも有るが、ようやく得られた子だっただけに甘やかせ過ぎてしまったな。

 気付いたら、貴族達にまんまと乗せられて、ああなっていた。

 だから、ガゼフを抜擢した。剣の才能を持つ者同士、何か通じるモノがあるだろうし、ガゼフの一本気なところが良い影響を与えると思ったのだが……。

 お前も知っての通り、抜擢が過ぎたせいか、貴族達の反感を買い、バルブロもその影響を受けて、才能で勝てないと知るや、余計に権威を張るようになってしまった」

「そうだったのですか……。」

 

 

 しかし、ザナックは自分の浅はかさを思い知らされる。

 ランポッサ三世はランポッサ三世なりにリ・エスティーゼ王国の未来を憂いて抗っていたと知る。

 

 

「儂の人生は上手く行かない事だらけだった。

 こんな儂でも若い頃は国を豊かにしようとしたのだぞ? まあ、貴族達にことごとく反対された嫌な思い出しかないがな。

 しかし、いずれは晒し首を覚悟していたところを一応は名誉の戦死が出来るのだ。よもや、儂の花道を邪魔しようと企んではいないだろうな?」

「父上……。」

 

 

 ザナックは気付いたら涙が止めどなく溢れていた。

 実はランポッサ三世が立派な父親だったと知るのは遅すぎた自分を恥じ、死出の旅へ逝こうとする父親を止めるだけの情を今まで築いてこなかった自分を後悔する。

 

 

「さあ、早く行け。そして、幸せになれ。

 間違ってもリ・エスティーゼ王国を再興させるなど愚かな考えは持つなよ?

 いつの日か、孫を連れて、墓参りをしてくれたら儂は満足だ。

 それとガゼフには『忠義、ご苦労』と、渡してある宝物を退職金代わりに与えるとも伝えてくれ」

 

 

 ザナックがここを訪れて以来、ランポッサ三世はずっと前を見据えたまま。

 ザナックはこれが今生の別れとなるのだからこちらへ顔を見せて欲しかったが、ふとランポッサ三世の顎が微かに震えているのに気づく。

 

 その瞬間、ザナックは理解した。

 やはり覚悟は決めたとは言えども怖いのだと。

 だが、最後くらいは偉大な父親であろうとザナックの前で強がって見せているのだと。

 だったら、ザナックが最後の親孝行として出来る事は一つ。これ以上の問答は止めて、別れの言葉を交わすのみであり、それを口に出そうとしたその時だった。

 

 

「「な、何だ?」」

 

 

 最前線となっている城壁の向こう側、城壁に並ぶ篝火より遥かに明るい白い玉が上空に右から左へと幾つも灯り、真夜中の王都を昼間のように照らした。

 

 

 






作中で書ききれなかったランポッサ三世の捏造設定。

貴族達が国王を形式上だけ敬い、国政を欲しいままにしているのは先代、先々代の失策から。
武に優れた兄と知に優れた弟がいて、次男のランポッサ三世は何をやっても平凡で期待されていなかった。
兄が順当に王太子となるが、帝国との戦争で戦死。
その後、弟が王太子に選ばれて、ランポッサ三世は臣下として公爵になる予定だったが、将来の災いの種になるのを嫌い、足繁く通っていた王都城下の酒場の女性と遠く離れた大陸東部のある国へ移住を考えて、その準備を進めていた。
だが、弟が流行り病で死亡。ランポッサ三世が王太子に選ばれる。
その際、上記の酒場の女性との仲を無理やりに別れさせられ、次期国王に相応しい正妃を貴族達から押し付けられる。
即位時、過去の賢王の名前『ランポッサ』を継ぎ、リ・エスティーゼ王国を繁栄させようと奮闘するが貴族達に邪魔されて、国民に対する慈悲深さは持ちながらも意欲を次第に失ってゆく。

ついでの捏造設定。
八本指がリ・エスティーゼ王国で台頭するきっかけとなったのが、ある貴族の依頼で弟が王位を継いだら面白くない為に毒殺したのと上記の酒場の女性を闇に葬ったから。
ランポッサ三世がやせ衰えているのは食事に毒が少量混ぜられており、その毒の出元は八本指であり、依頼主はある貴族。バルブロの王位継承が望まれていたから。


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