聖なるガイコツ   作:やまみち

7 / 28
第二章 新たな絆
七本目 戦後処理


 

 

 

「団長、確認が終わりました。

 驚きましたよ。水洗の便所も有れば、お湯がこんこんと湧き出ているデカい風呂が有って、地下には食料が山ほど有りました」

 

 

 国境の戦いはローブル聖王国の勝利で幕を閉じた。

 突如、天空より飛来した巨大な隕石は亜人連合軍を一瞬で消滅。

 爆炎が収まって、視界が晴れると、亜人連合軍が陣を構えていた小高い丘そのものが無くなっており、辛うじて生き残っていた亜人達は恐慌状態。アベリオン丘陵の奥へと競い合うように逃げ去っていた。

 

 挙げ句の果て、暫くすると丘の跡地に要塞が雨の後のたけのこのようにニョキニョキと大地から生えてきた。

 それもレメディオス達が主戦場にしていた要塞よりひとまわりも、ふたまわりも大きな要塞であり、骨々しい不気味な外観の難点を除いたら、類稀な戦術眼を持つレメディオスの目にもそれは難攻不落な要塞だった。

 

 

「なら、良し。全軍を収容しろ。

 もう亜人達は攻めてこないだろうが、食事を摂った後は三交替で休憩するぞ」

「待って下さい! 団長!

 いきなり地面から生えてきた要塞で一晩を明かせって言うんですか?」

 

 

 無論、ローブル聖王国の被害も大きい。

 要塞線が爆炎を防ぐ堤防となり、要塞に居た者達と要塞線の内側に居た者達を守ってくれたが、爆炎の範囲内にあった要塞は半壊、要塞線はほぼ全壊。

 隕石の落下を素早く察知して、すぐさま要塞線の姫垣に身を隠せた者達は無事だが、要塞線の上にいた大半の者達は亜人連合軍と同じ運命を辿るか、城壁から爆風に吹き飛ばされて落ち、軽傷重症は当たり前として、命を失った者も多い。

 

 もっとも、要塞が生えてきた後、次は不思議な赤い雨が降ってきた。

 失われた命は取り戻せなかったが、その慈雨のおかげで無傷の者は疲労感が癒え、軽傷者は無傷になり、重傷者は軽傷まで回復している。

 

 

「そうだ。何が問題だ?」

「問題だらけですよ! 怪しさしか有りませんよ!」

「……だよな。ぶっちゃけ、俺もそう思います。風呂は入りたいですけどね」

 

 

 これもそれも全部が全部、モモンガの仕業。

 要塞を生やしたのも、赤い雨を降らしたのも守るべき対象を巻き込んでしまった自責の念から『ヤバい。ペナルティを喰らうかも』と魔法を用いたからだ。

 

 

「馬鹿を言え。隕石が上手い具合に亜人達の上へ落ちて、その跡地に要塞が出来た。

 そんな奇跡が起こると思うか? どう考えても、カルカ様のおかげだ。

 だったら、それを活かすのが私達の役目だろうが? それとも、カルカ様の犠牲を無駄にするのか?」

「……ですよね」

「まさか、ラスト・ホーリーウォーにこんな効果まであるなんて……。」

 

 

 だが、それ等の真実をカリンシャから離れた場所に居るレメディオス達はまだ知る由もない。

 亜人連合軍の撃退を確認した時、誰もが勝利に沸いて大歓声をあげ、既に戦勝報告をカリンシャへ送っているが、この国史に刻まれるのは間違いない逆転大勝利がカルカの犠牲の上に成り立っていると勘違いして、今は完全にお通夜ムード。皆がカルカの死を悼み、その忠誠を高めていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「う~~~ん……。」

 

 

 カリンシャの神殿奥にある聖王が行幸、或いは出陣の際に用いる部屋。

 誰も居ないのに、月明かりが差し込む窓辺の丸テーブルに置かれたティーポットが勝手に動き、茶を注がれたティーカップが浮かび上がる。

 

 その謎の怪奇現象の正体は、魔法で透明化しているモモンガ。

 亜人連合軍を消滅させて、その戦場跡地に要塞を造り上げた後、カルカの元へ戻り、その際に感謝の言葉と共に姿を消せるかと問われて、透明化。報酬は何だろうかと胸を期待に膨らませながらカルカに付き従って訪れたこの部屋で『少しお待ち下さい』と言われて、既に二時間弱が経過していた。

 

 

「やっぱり……。現実だよな?」

 

 

 ティーカップから立ち上る湯気と茶葉の香り。

 それを鼻骨に近づけて感じ、モモンガはティーカップをテーブルへと戻して呟く。

 カルカの再来訪を待つ約二時間は、この世界がユグドラシルⅡに非ず、見知らぬ別世界だと思い知るのに十分な時間だった。

 

 なにしろ、茶の香りは過去に一度も経験した事が無いほどの豊かさ。

 日頃、リアルの鈴木悟が飲んでいた合成飲料茶とは比べ物にならない。それを初めて感じた時は今は詰っていない筈の脳にガツンと来た。

 

 譬えるなら、天然うなぎの蒲焼と魚のすり身でうなぎを模した蒲焼。

 空も、大地も、海も環境汚染で汚れきり、防毒マスクを着けていても身体を徐々に蝕む。最近は鼻の調子の悪さを遂に感じ始めていた鈴木悟とは違い、完全無欠のモモンガだからこそ感じられる今まで飲んでいた茶は何だったのかと思うほどの明確な違い。

 

 そもそも、仮想現実世界での味覚と嗅覚は電脳法で固く禁じられていた。

 

 その理由は生鮮食品を食べられる富裕層と違い、合成食料と栄養サプリメントが主食の一般層に味覚と嗅覚を許したら、仮想現実世界から戻ってこなくなる麻薬とも呼ぶべき代物であり、富裕層にとったらそれは働きアリの一般層を失う自滅に繋がるからだ。

 

 茶を注いだ一回目。モモンガは茶葉の香りを知った時、即座にティーカップを呷った 

 だが、モモンガはガイコツである。顎骨を通過した後は胸骨、肋骨を濡らして、ローブの中がびしゃびしゃとなり、小便を漏らしたかのように床を濡らす悲しい結末になった。

 

 恐らく、アンデッド種が持つ飲食不要の特性がそうさせているのだろう。

 モモンガは『なら、匂いを感じるのはどうしてなんだよ!』と憤ったし、鼻をほじくって探してみたが、嗅細胞は当然の事ながら見つからなかった。この世界の謎である。

 

 茶を注いだ二回目。モモンガは茶葉の香りを存分に楽しんだ後、人差し指を茶の中に入れた。

 熱々にちょっと届かない飲みやすいだろう熱さ。指先を回してみれば、茶が撹拌されて、その回転を止めると、ティーカップの中に作られた小さな渦が徐々に収まってゆく。

 

 どう考えても、それは仮想現実世界では有り得ない複雑すぎる処理だった。

 モモンガはリアルの富裕層が危険視したように匂い中毒となり、部屋中をくんかくんかと嗅いで回り、壁に立てかけられている女性用鎧の兜の中の匂いまで嗅ぎ、女性特有のフローラルな香りに無くした筈の心臓をドキドキと高鳴らせた。

 

 そして、茶を注いだ三回目の今。モモンガはこの世界が現実だと遂に認めた。

 ユグドラシル同様に情報ウィンドウを表示させたり、消したりも出来て、リアルの鈴木悟はどうなったのか、異世界転生したのなら何故にモモンガのままなのか、哲学を含む疑問はあったが受け入れた。

 

 

「だったら、どうして! どうしてなんだよ!

 胸を触ったんだぞ! どうして、怒らないんだよ! 文句一つすら言わないんだよ! 

 逆に感謝されたぞ! もしかして、この世界は挨拶で胸を揉むのか! そんな筈ないだろ!

 俺、どうしたら良いんだよ! あの人、俺の事を神とか言ってたけど、謝ったら許してくれるのかな!

 でも……。でも、俺! そこの鞄の中にあったあの人のっぽい下着の匂いまで嗅いじゃったよ! 本当の神様、助けて!」

 

 

 認めて受け入れた途端、強烈な後悔がモモンガを襲った。

 それはこの世界へ来た直後の行為であり、この部屋で待たされている約二時間でやってしまった行為である。

 

 この部屋は寝室でありながら、リアルの鈴木悟が住んでいたアパートの一室より三倍は広い。

 モモンガは頭を抱えながら床をゴロゴロと転がってのた打ち回りたかったが、それを必死に堪えて、頭を抱えながらその場で全身を振るだけに留める。カルカから『恐れながら静かに待って頂けると嬉しいです』と言われていたからだ。

 

 間もなくして、モモンガの身体がペカリと淡く光る。

 アンデッド種が持つ精神耐性はやはり偉大。後悔の念がすっきりと消え、モモンガは冷静さを取り戻す。

 

 

「ふぅ……。

 キラキラと輝いて、宝石箱みたいだ。ブルー・プラネットさんに見せてあげたいな」

 

 

 ふと窓の外へ視線を向ければ、今にも星が降ってきそうな美しい夜空。

 リアルの鈴木悟が暮らしていた世界は夜空そのものが見えず、昼間ですら大気汚染による曇天が広がり、明かりに何らかの人工の光が手放せなかった。

 

 ちなみに、ブルー・プラネットとはモモンガが長を務めるギルドの一員。

 失われたリアルの自然を愛して熱く語る活動家であり、ユグドラシルでは巨額な課金を投じて、地下に築かれたギルド拠点『ナザリック大墳墓』の一角に森林と夜空を造っていた。

 

 しかし、所詮は偽物。本物には届かない。

 モモンガが夜空にただただ魅入られていると、背後にあるこの部屋唯一のドアがノックされて、我に帰ると共に振り返る。

 

 

「失礼します。随分とお待たせ致しました」

 

 

 この時、モモンガは思わず応答を返しかかったのを堪えた。

 その理由もまたカルカから『誰かが来たとしても、それが私だとしても声を出さないで下さい』と言われていたからであり、透明化も維持し続けた。それが間もなく始まるだろう審判の時を助けるだろうと信じて。

 

 

 







 驚き戸惑っています。
 劇場版が公開されて、まだまだ旬だろうから反応をそこそこ貰えるかな?
 もしかしたら、新作日間ランキングに一瞬でも載っちゃったりしたりして?
 もし、そうなったら嬉しいなぁ~~。 ……だったのですが、その淡い期待を十倍以上超えました。
 ……という事で、もうちょっと頑張ってみます。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。