「驚いてしまうのは仕方が無いけど、無礼は駄目よ?」
ドアの前で立ち止まったカルカがわざわざ身体ごと向き直って振り返る。
ケラルトは思わず『えっ!?』と出かけた言葉を飲み込む。辛うじて、頷きはしたが、カルカが何を言っているのかが解らなかった。
なにせ、今居る応接室を跨ぎ、カルカが立つドアの先は聖王が寝起きする寝室。
今代のカルカが女性である点を考慮して、そこへ入れるのはケラルトを含む数人しかおらず、今はその数人の所在は寝室以外にある。
それにカルカのプライベートを尊重する為、ケラルトは自分自身を含め、寝室の長時間滞在を固く禁じている。
掃除や着替えの手伝いは十五分以内と決め、カルカとの面談など何かの目的で十五分以上を要する場合は応接室で行い、それをカルカも協力してくれていた。
しかし、誰かが寝室に今居る。それがカルカの言葉から解る。
それもケラルトが定めた十五分を大きく超えて。下手すると、一時間以上に亘って。
カルカはラスト・ホーリーウォーが地震で中断した直後から様子がどうも変だった。
カルカは聖域へ立ち入ってしまったケラルトをすぐに追い出した後、五分ほどして聖域から出てくると、ラスト・ホーリーウォーの中止を宣言。
前線となった要塞線より戦勝報告が届いた後はそれが正しかったと知れたが、直後は誰もが耳を疑った。
正直なところ、ケラルトも平静を装い、皆を落ち着かせる立場にあっても、カルカがラスト・ホーリーウォーという巨大な責任の重圧に押し潰されてしまったと考えた。
だが、カルカはニコニコと微笑んで『もう大丈夫』や『私達は救われたわ』などと告げるばかり。
その根拠をしつこく問う高位神官達の叫びを背に歩き、聖王の寝室に三分足らずの短い時間を籠もり、寝室から出てきても根拠に関しては相変わらず聞く耳を持たなかったが、日頃の聡明さを取り戻して、地震後の混乱を治める為に神殿の拝殿で指揮を執り、皆も地震の被害報告が続々と届く目の前の対応に追われてしまい、根拠に関しては棚上げされた。
また、ケラルトはカルカが寝室から出てきた際、寝室に誰も居なかったのをドアから見える範囲で目にしている。
つまり、あとは聖王のカルカと最高位神官のケラルトの二人が居なくても処理が滞りなく進められる一段落が付いた今先ほどまでの二時間弱。その間に何者かが寝室へ忍び込み、それをカルカは許容していた事実に他ならない。
国が存亡の危機にあり、それを回避する為に確実な死を覚悟していた状況下、傍に置き続けた存在。
国が助かり、命が助かり、勝因は隕石だの、要塞だの、赤い雨だのと理解不能でも確かな戦勝報告が届き、気分は晴れやかな今、寝室へ秘密裏に呼ぶ相手といったらそれはもう男しかいない。
愛は障害が大きければ大きいほど燃え上がる。
そうケラルトは予習の為に読み漁っている数多の恋愛物語で知っている。
事実、先ほどカルカはこの応接室の姿見で身嗜みを熱心に整えていた。
鼻歌を口ずさみ、わざわざ胸を下着に寄せて集めまでしているのを見た時は困惑するしかなかったが、今ならそれが愛しい相手に会う為の準備だったと解る。
ローブル聖王国の政務を助け、カルカの預かり知らないローブル聖王国内の暗部を担っているケラルトにして、寝室へ呼ぶほどの男がカルカに居たとは知らなかったが、それを類稀な謀略の才能を持つが故に認めざるを得なかった。
「失礼します。随分とお待たせ致しました」
確かな証拠として、カルカは自分の寝室でありながらドアをノックした。
その言葉も寝室内に居る者を敬ったもの。聖王のカルカが敬う必要があるとしたら、それは同じ王族の兄達しかおらず、その兄達を待たせるならこの応接室で十分であり、その兄達以上となったらやはりカルカ個人が愛する男しかいない。
たまらずケラルトは下唇を悔しさに噛む。
さぞや、確実だった死から生還した今、カルカも、寝室に居る糞野郎も、愛が燃えに燃え上がっているのだろうと
誰もが抱えているラスト・ホーリーウォー中断の疑問の答えを教えると告げながら、カルカがケラルト一人だけをここまで付き従えたのは負い目からに違いないと。
何故ならば、カルカとケラルトとレメディオスの三人は幼い頃からそれぞれの誕生日を迎える度に『私達はずっと一緒だよね?』と誓い合ってきた。
それぞれが行き遅れを周囲に危ぶまれ始め、カルカが二十歳の誕生日を迎えた時は『私達、ずっと……。死ぬまで、ずっと一緒だよね?』と念押しの誓いまで交わしている。
この時、カルカは文字通りの意味でしか告げていない。
カルカは聖王としての立場から動けないが、カストディオ家は長男が既に継いでいるケラルトとレメディオスはその気になったらいつでも何処にでも行ける。それが不安だった。
ところが、ケラルトは違った。
父と兄が熱心にケラルトの婚活を行っているにも関わらず、他国ですら釣り書の段階で断られ、ケラルト自身もそれなりに努力をしているが、舞踏会では遠巻きにされて、寄ってくるのは政治の甘い蜜を啜ろうとする下卑た愚物ばかり。
結婚意欲どころか、恋愛意欲すら皆無なのに聖騎士団で男達を侍らしているレメディオスを羨み妬み、良縁に恵まれない現実を拗らせに拗らせて『彼氏を作らない同盟』と解釈して、カルカの言葉も『私達は天に誓う。私達三人は生まれた日は違っても、彼氏は死ぬまで作らない。抜け駆けは絶対にしない』と妄想で置き換えていた。
「ケラルト、扉を閉めて、鍵も……。って、どうしたの?」
「いえ、何でもありません。はい、鍵もかけました」
しかし、カルカと共に部屋へ入ってみると、誰も居なかった。
ケラルトは用意を命じた筈の無いティーポットとティーカップの二つが窓辺の丸テーブルの上に置かれ、椅子が引かれたままなのを怪訝に感じながらも、しかめっ面をひとまず笑顔に変える。
「神様、御姿をお見せ下さい」
「えっ!?」
「彼女は私の親友、ケラルト・カストディオと申します。信用が出来ます」
「えっ!?」
だが、カルカが跪き、誰も居ない丸テーブルへ向かって頭を垂れた瞬間、ケラルトの笑顔は戸惑いに変わった。
一拍の間を空けて、丸テーブルの傍に、引いた椅子の前に豪奢な黒いローブを身に纏った骸骨が現れた瞬間、ケラルトの戸惑いは驚愕へと変わった。
「や、闇の神、スルシャーナっ!?」
「ケラルト!」
「ご、御前にして、無礼を致しました!
お、御身を呼び捨てた不敬は全て私に! カ、カルカ様に非は御座いません!」
即座にカルカから滅多にない強い叱責が飛んだ。
慌ててケラルトはその場に土下座。顔を真っ青に染めて、全身の毛穴から冷や汗をブワッと噴き出す。
ケラルトもまたローブル聖王国の最高位神官に就く為、カルカ同様に一般市民が知り得ない他国の事情に通じていた。
こと宗教に関する知識に限ったらカルカ以上であり、ラスト・ホーリーウォーが中断して以来ずっと抱えていた疑問を全て解決して、慄きのあまり歯をカチカチと鳴らしながら身体をブルブルと震わせる。
「うーーーん……。まずはそこからかな?
取りあえず、座って話そうか?
……って、椅子が足りないな。クリエイト・グレーター・アイテム《上位道具創造》!」
一方、人違いならぬ、骨違いをされたモモンガは腕を組んで唸る。
辺りをキョロキョロと見渡して、この寝室に丸テーブルと共に備え付けられた椅子が二脚しかないのを確かめると、その二脚以上の豪華さを持つ椅子を魔法で造り出した。
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