呪いの王の後継   作:高天原降

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呪術廻戦完結おめでとう記念作品です。
続くかは分かりません。

自分が書いてる他の作品の匿名を解除したので、もしかしたら自分を知っている読者の方もいるかもしれません。もしそのような方がいたら、お久しぶりですと挨拶申し上げます。

※ネタバレかどうか怪しい箇所があった為、あらすじを若干だけ変更しました。


赤き龍の帝王と紅髪姫と呪いの王(後継)

 

『宿儺……もう一度やってみよう。誰かを呪うんじゃなくて、誰かと生きるために』

 

『誰にも受け入れられなくても──俺だけは、お前と生きていける』

 

 その目は、怨敵を見つめているとは思えないほどに、慈しみに満ちていた。

 ……実の所、このボロボロの少年が慈愛や憐憫を本当に抱いていたのかなど、知る由もない。また、それを確かめるすべも。

 だからただの感想と言う意味で、何となく、彼は少年を見てそう思った。

 

『──舐めるなよ……俺は、呪いだぞ……!! 

 

 返答は簡潔に、否の一字。

 どこまでも、その瞳は呪いに膿んでいた。

 ()()()、と少しだけ知った気になる。

 

 

『よお宿儺、オマエが先に来るとはな──』

 

『聞きたかったんだ宿儺──』

 

『復讐だろ、アンタの人生は──』

 

『それ以外の生き方を知らず、それが俺の身の丈だった──』

 

『切っ掛けは二度──』

 

 

『──次があれば、生き方を変えてみるのもいいかもしれない』

 

 

「ふーん、それがアンタの答えか」

 

 長い、とても長い呪いの(ユメ)

 その記憶/映像を見終えて、ようやく彼──飛騨千光(ひだちあき)は、口を開いた。

 

「意外だよ。アンタみたいな人でも、改心……っ!」

 

 刹那、万物を両断する不可視の斬撃が空間を奔った。

 

「いきなりだな」

 

 間一髪、その場から飛び退く事で千光は斬撃を躱すことに成功する。

 斬撃の飛来してきた方角に体を向けると、そこには一人の異形が立っていた。

 

 異形を認識した途端だった。

 

 それまで何も無かった暗闇の空間に、血の如く赤い水が溢れ出し、彼方まで広がっていく。

 同時に、無数の生き物の遺骸がうずたかく積み重なり、果てには空間の中心とも呼ぶべき場所に、呪詛に塗れた異形の社が出現した。

 ──見慣れた光景だった。

 これは()()だ。己の中に存在する、己だけの世界。その風景。

 であるのならば、これは千光の領域なのかと聞かれれば、答えは否である。

 

 ここの主は、まともな存在ではない。それは、このどこまでも広がる屍と呪いの景色からも分かる通りだ。

 異形の景色の主は異形であるのが道理。

 まさにそれを体現したかのような存在が今、千光の目の前に君臨していた。

 

「この程度はよけられるようになったか」

「お陰様で。先生が良かったからかな──宿儺」

 

 揶揄うように返すと、返答は斬撃となって帰ってきた。

 次は余裕を持って回避すると、異形の主──両面宿儺は鼻で笑った。

 宿儺が一歩踏み出すと足元の水に波紋が広がり、一人の少年の姿が写った。

 

「全く、相変わらず忌々しい小僧だ」

 

 足元に写ったその記憶に、何を思ったのか宿儺は斬撃を放つ。

 

「虎杖悠仁。先達として、素直に尊敬するよ。呪術師としても、アンタの現在の同居人としてもな」

「その名を口に出すな、虫唾が走る」

「どんだけ嫌いなんだよ……」

 

 苦笑いを浮かべて、気持ちを切替える。

 お喋りの時間はここでお終い。

 ここから先は言葉よりも、暴力が全てを支配し優先される修羅の時間帯だ。

 文字通りの命懸け。気を抜いたり腑抜けた行動をすれば、宿儺は容赦なく千光の首を跳ね飛ばすだろう。

 殺人に対する躊躇だとか、持っていて当たり前の倫理観なんてものは、生まれた時から生き死にの世界に身を浸していた、文字通りの怪物には欠片も存在していない。

 だからこそ、殺す気で行かねばならないだろう。

 そうしなければ、生き残れないから……では無い。

 千光の知る世界において、宿儺は……宿儺こそが史上最強であると知っているから。

 そして、その最強を超え(たおし)てみせると強がったあの時から……。

 

 千光が死力を尽くさなかった日など、存在はしていないのだ。

 

 1

 

「……ん」

 

 微睡みから浮上する。

 雑に閉められたカーテンは僅かな隙間を生み出し、そこから木漏れ日のようにして差し込む陽光が寝起きの頭と瞳を刺激した。

 むくりとベッドから起き上がる。

 寝ぼけ眼で少し周囲を見回す。

 畳の上に敷かれたタイルカーペットの床、いつも勉強机の代わりにしている年季の入ったちゃぶ台に、これまた年季の入ったクローゼットは一周回ってアンティーク品にすら見える。部屋に娯楽と言えるものは少なく、強いて言うならバイト代を奮発して買ったテレビと、一昔前の家庭用ゲーム機(PS2)ぐらいか。

 思春期真っ盛りの男子にしては味気のないワンルーム。それが千光の住まいだった。

 眠気を覚ますために伸びをすると、体に軽い痛みが走った。

 幻痛だ。実際のところ、体を隅々まで調べても怪我らしい怪我などは見当たらないだろう。

 だから気にするほどの事ではない。

 所詮、夢の感覚が少し現実にも残ってしまっているというだけのこと。

 そう、夢なのだ。

 

「まだ届かないかあ」

 

 悔しさを滲ませた、けれどどこか清々しさも感じられる声を千光は零した。

 思い起こされるのは夢の中の死闘。

 絶え間なく浴びせられる斬撃の嵐と、人類最高峰の身体性能による徒手空拳。

 どちらか一方だけに気を取られれば、もう片方によって即再起不能にさせられるという紛うことなき理不尽。

 かといって両対応なんてものも完全にできるわけなく、よって戦局は防戦一方の展開を強制される。

 防戦一方、と言えば聞こえはいいが、実際にはただのジリ貧だ。

 最近ようやく覚えた『反転術式』も、宿儺と本家の『御厨子』相手には焼け石に水も同然だった。

 

「にゃぁ……」

 

 愛らしい鳴き声に視線を落とすと、ベッドのすぐ下に真っ黒な毛並みの猫がこちらを見上げていた。

 

「む、ネコか」

 

 野良猫が何故か部屋に入ってきて驚いた、なんてことはなく、それは知っている猫だった。

 千光がこのアパートに住むことになってからよく見かける黒猫で、気が付けば懐かれていた。

 視線をベランダに移してみれば、少しだけ吹き出し窓が開いている。いつこの猫が来てもいいように、千光はわざと開けていたのだ。

 多少不用心かもしれないが、知らない気配を感じれば直ぐに気付くし、人間の泥棒程度なら簡単に撃退できるので、問題はないだろう。

 既に見知った仲を通り越して、猫を小さな友人とすら思っている千光だったが、名前は付けずにずっとネコと呼んでいる。

 理由はいくつかあるがネコは野良猫だから、というのが一番だろう。

 ふらっと現れては、またどこかへふらっといなくなる。このネコはそういう気質だし、何故だかそれが似合うとも思っていた。

 だからあえて名前ではなく、ネコとだけ呼ぶようにしていた。

 

「うわ、もうこんな時間か」

 

 軽くおはようとだけネコに挨拶をして、急いで学校へ行く準備を行う。

 飛騨千光、駒王学園二年。いつもの朝だった。

 

 

 

 千光が宿儺と出会ったのは幼少期の頃だ。

 不幸を運ぶ忌み子、悪魔の子として親戚の家をたらい回しにされ、遂には人ではないと虐待にまで至り死にかけた時だった。

 生きているのか死んでいるのかも分からない意識の狭間で、夢を見た。

 何もない空間に一人泣き散らす己の夢。

 その最中で──

 

『おい小僧、その口を閉じろ。聞こえんのか、喧しいと言った』

 

 歪に変形した顔と鋭い四つの眼、身の丈は二メートルを超え腕は眼と同じ四つ、腹には一本の線が走りそれがただの線ではなく閉じられたもう一つの口だと知ったのは、顔の方の口と同じように不愉快そうに歪められたから。

 ──異形。あるいは怪物。

 そう呼んで差し支えない存在を前に、幼い千光の恐怖は限界を超えた。

 振り切れた恐怖は逆に涙を引っ込めて、代わりに口から漏れたのは幼児が出していいものではない、壊れた人間の笑いだった。

 それがいけなかったのだろう……いや、もしかしたらよかったのかもしれない。

 壊れかけの千光が漏らした笑いは、多少なりとも宿儺の興味を引いてしまったのだから。

 

『ほう、俺を見て嗤うか。はっ、そのような経験は初めてだ』

 

 不快には感じなかったのだろう。

 今なら分かるが、宿儺は不快と感じた相手には躊躇なく力を振るう。

 弁解の余地も猶予もなく、唐突に首を跳ねるのが両面宿儺という存在だ。

 それは女子供であっても変わりなく、だから斬撃ではなく言葉が返ってきたのは、宿儺の機嫌を損ねることはなかったことの証だろう。

 

 

『なぜ嗤う』

 

 ──あなたが、ぼくのみらいのすがただって、おもったから。

 

 そう返すと、『なに?』と宿儺は眼を細めた。

 千光は忌み子で悪魔の子だという、だからきっと未来はろくでもない姿になっているのだろう。

 まさしく目の前の両面宿儺(そんざい)と同じような……。

 宿儺の姿は、まさしく千光の想像する人ではない悪魔の子の姿だったのだ。

 だから、それは将来の自分の成れの果てなのだろうと勘違いをしてしまった。

 こんな姿になる前に、ヒトのカタチである今の内に千光は死にたいと思ってしまった。

 

『──くだらんな』

 

 気が付けば語っていた身の上話。

 数年ばかりしか生きていない若造の全てを聞いて、宿儺は一言吐き捨てた。

 

『不快なら殺す、面白ければ遊んでやればいい。お前の絶望(ソレ)は、他者に満たしてもらおうとするから生まれるものだ』

 

 言っていることの意味は分からなかった。

 けれどもうどうでもよかった。

 これで終われると思ったから。

 だから千光は両腕を広げて──

 

 ──ころしてください。

 

『く、はは。小僧が俺に指図をするか! 不快だ……』

 

 そう、おもむろに指を突き立て、

 

『……いや、興が乗った』

 

 そう言って宿儺は、千光の首根っこをまるで犬猫のように持ち上げ──瞬間、何もなかった世界は獣の骨と異形の社へと生まれ変わった。

 以来、宿儺は千光と共に在る。

 その姿を生前の彼を知る者が見れば、両目を引ん剝くどころか、六眼がバグったとすら言い出しかねないだろう。なんなら脳味噌まで飛び出すに違いない。

 確かなこととして一つ、宿儺は北に向かったということなのだろう。

 

 

 

「はあ?」

 

 中学からの友人が面白いことを言い出して、千光は思わずそう返してしまった。

 

「いやだから、マジで彼女ができたんだって!」

「お前に? 彼女が? 罰ゲームとかじゃなくて?」

「ちょ、酷くね!? いや俺もそう思ったけどさ! でも本当なんだってこれほら」

 

 そういって写真を見せられれば、信じるしかないだろう。

 携帯の画面をみせながら「な! 本当だろ!」と喧しく騒ぎ立てる友人──兵藤一誠に、はいはいと千光は苦笑いを浮かべた。

 駒王学園の廊下でいきなり大声で呼び止められたから何事かと思ったが、まさかあのエロの権化とも呼ばれている一誠に彼女ができるとは……。

 まだこの写真が上等な捏造品であるという可能性は残っているが、それはそれとして一応は祝福してやるべきことには違いない。

 

「それで今度、この子とデートするんだ!」

「そうか、よかったな。……一誠、嫌われるような真似だけはするなよ、応援してるぞ」

 

 そう言うと、一誠は感動したように両目に涙を溜めた。

 

「ち、千光。お前なんて良い奴なんだ! 松田や元浜は、なんて出会い系の釣り写真だの、なんて名前の加工ツールつかったんだだの、欠片も信じてくれなかったのに!」

 

 ──すまん一誠、俺もまだ少し疑っている。

 なんて言葉にできるはずもなかった。

 

「やっぱり持つべきものはエロ友より親友だぜ!」

「頼むから普通の友人も作ってくれ……」

 

 一誠はこの学園では知らないものがいないほどの有名人だ。

 なにもそれはいい意味ではなく、悪い意味……悪名という方面で上級生にも下級生にも知れ渡っている。

 まあ端的に言ってしまえば、変態なのである。

 思春期特有の異性への興味が他よりも多少、というか異常にあるのがこの一誠(と松田と元浜も)なのだ。

 それだけならばまあいいが、明け透けにすぎるのである。

 ほとんど女子の教室で猥談なんてものは序の口、学校にAVを持ってきたり、果てには女子更衣室の覗きなどを常習的に行っている。

 千光はそれを見つけるたびに、拳骨を落として止めたりするのだが、むべなるかなその程度でやめるならはなから覗き行為などしていないだろう。

 いたちごっこ。それを続けている度に、気が付けば駒王学園の二王子なんて恥ずかしい呼び名まで付けられてしまった。

 

「ちょっと兵藤(変態)、飛騨くんに迷惑かけてるんじゃないわよ!」

 

 これまでの苦労を思い出して、ため息を吐いてしまったからだろう。

 また一誠が何かを起こしたと勘違いをしてしまった女子生徒が、キッと一誠を睨む。

 

「ああ、いや、大丈夫大丈夫。まだなんにもしてないから」

「いや、まだもなにも、何もしねえよ!」

 

 日頃の行いが悪いとはいえよくない流れを感じたのか、女子からの反感を買ってしまう前に一誠は「じゃあな!」と手を振りこの場を離れる。

 何はともあれ、親友が幸せになるのならそれでいいと千光は思った。

 願わくば、これを機に覗きなどを止めてくれればいうことはないだろう。

 

 2

 

 理不尽は突然やってくる。

 それは他の誰でもない、千光がこれまで生きてきて得た真実である。

 両親の死や、虐待、そして宿儺という理不尽の化身との出会い。

 全てが予兆のない唐突なものだった。

 そういったもの経験してきた千光だから、多少のことには動じることはない。

 例えそれが、人外との出会いだったとしても。

 

「これはどういうことだ。なぜ人間風情がここにいる?」

 

 空に朱色が差す買い物帰り、千光を視界に収めてその男は眼を見開いた。

 ハット帽にスーツ姿の中年男性。一見すればただの人であるそれは、だが決定的に人とは違っていた。

 気配だ。体から発せられる特有の空気が、常人とは異なり過ぎている。

 明らかに人外の者、推し量るに──

 

「堕天使か」

「ほう、ただの人間ではないようだな」

「いやぁ、やけに人がいないなと思ったら……なるほど、人払いね。マジでどうなってんのこの町。多すぎるでしょ」

 

 千光の住むこの駒王町は、言ってしまえば人外の住む町だ。

 中学にこの町に移り住んでからの数年、悪魔と堕天使に遭遇する確率が異様に高い。

 バイト──はぐれ悪魔狩り(バウンティハント)で日常的にそういった人外の者と相対することが多いとはいえ、それを抜きにしても魑魅魍魎が跋扈しているのだ。

 例にあげて言うなら、千光の通う駒王学園にも悪魔と思わしき先輩がいるし、なんだったら友人の一人も悪魔だ。親しい後輩もいるが、その子もどうやら悪魔らしい。

 全員が全員、悪魔ということを隠してるっぽいので千光の方も気付いてない振りをしているが……。

 周囲に害さえ与えていなければ、千光の方で藪をつついて蛇を出すような真似はするつもりは無いのだ。

 それらを見て、この駒王町は異様といって差し支えないだろう。

 

「ふん、運がわる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────『解』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごとり。地面を何かが鳴らした。

 

「は?」

 

 間の抜けた声が、スーツ姿の男から零れる。

 刹那、ようやく腕が切られたことに気付くのと同時に──鮮血が吹き荒れた。

 

「ギッ、ィぎあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「悪いね。今日は友人のデートの日でさ。アンタみたいなのに動き回られると、面倒なことになりかねないんだ」

「ぎ、貴様ァアアア!!」

 

 怒髪天を衝く咆哮はしかし、『光』を収束させ形作ったもうひとつの腕ごと、切り飛ばされた。

 

「ぐっあ゛あ゛あ゛あ゛!」

「それで、何してたわけ?」

 

 両腕を切断された痛みにのたうち回る男に、千光は一歩、また一歩と近付いていく。

 千光は敵対したものは即殺すると決めている。

 それは一重に敵に反撃の隙を与えないためであり、またその方が面倒も少なくすむためだ。

 瞬殺しなかったとすれば、理由は二通り。

 一つは、そもそも瞬殺や即殺が不可能な相手であること。

 二つ、殺すよりも今は生かした方が価値があると判断した場合、である。

 今回は後者、直ぐにこの男を殺さなかったのはそうした方が良いと考えたからであった。

 

「アンタら堕天使は悪魔と違って消極的だ。余程のことがないと、こんな街中、それもこんな時間帯なんかに現れるわけがない」

 

 これが『はぐれ』と呼ばれる悪魔であったのなら、話は簡単だった。

 はぐれ悪魔とは、その名前宜しく悪魔という群れ(コミュニティ)からはぐれた、言わばお尋ね者だ。

 一部例外はあるとはいえ、こんな街中にまで降りて変装も擬態もせず、平然と姿を晒して来るような輩は大抵ロクな悪魔では無い。

 大方、人を食らったり誘い出した人間でよからぬ事を考えている場合がほとんどだ。

 それならさっさと殺しておしまいだ。相手に賞金が掛けられているような相手なら、尚のこと美味しい。

 そんな悪魔に対して、堕天使は滅多に姿を表すことは無い。

 全く無いわけでは無いが、上の方針なのかあるいは種族性なのかは知らぬが、人間の世に関わることは千光が知る限りは稀だった。

 だからこそ、気になったのだ。何か目的があるのではないかと。

 

「に、んげん、風情があああ!!」

「なんでこうも悪魔や堕天使って同じことしか言わないのかねえ」

 

 人差し指と中指を立て、その先端を男に狙い定める。

 

「──『解』」

 

 キンッ! 

 鋭い音が耳朶を打つ。

 それは千光に()()()()()()が発動したのを知らせるのと同時、相手の命を絶った音だった。

 次いで聞こえてくるのは、生き物だった塊が(くず)れる音色。

 足元には男だった肉の塊が、血溜まりの中で転がっていた。

 

『雑な呪力だな。もっとロスを無くせ』

 

 男の死体の後始末を頼もうと専門の裏業者に連絡を取ろうとした時、不意に千光の頬に一つ目と口が現れた。

 

「いやあ、これでも頑張ってるんですけど?」

『口答えをするな。できていないから、肉が残る。曲がりなりにもお前には俺の術式が刻まれているのだ、欠片も残さずに下ろすぐらいはこなしてみせろ』

「はいはい。珍しく口を出してきたと思ったら、これだよ。まったく、指導熱心な先生で泣けてくるよ」

『ふん』

 

 頬に現れた口は、千光の意志とは無関係に動く。

 その声の主は無論のこと宿儺であった。

 宿儺はこうしてたまに表に現れては、ぶつくさと一つ二つ文句を言って勝手に引っ込むので、既に慣れたものだ。

 どうやら宿儺は千光の目を通して、世界を見ているらしい。

 なのであまりにも不甲斐ない戦い方をしていれば、それを見た宿儺による文字通りの鬼の扱きが待っているので、聞き流しているようでも、千光は真剣に受け止めていた。

 

「もしかして五条悟とかと比べたりしてないよね?」

 

 宿儺の記憶で見た、宿儺に並び得るもう一人の最強──五条悟。

 千光は彼を宿儺の記憶の中でしか知り得ないが、それでも五条悟が敬意を評するに値する人物だと思っていた。

 そして宿儺を超えるためには、そのもう一人の最強である五条悟をも超えなければならない。

 ある意味で、千光の目指す先にいる人物でもあった。

 

『アレの呪力効率は六眼由来のものだ。比べる以前に、お前とは土俵が違う』

「そっか……」

『裏梅だ』

「裏梅? それってずっと宿儺といたあの人?」

『ああ。年内に裏梅と同等の呪力操作能力を身につけろ』

「うげぇ、あの人の呪力操作力って、宿儺の記憶の中でも上澄みのほうじゃん」

『そのぐらいはやって見せろ』

 

 最後にそれだけを言って、一つ目と口は消失する。

 宿儺がやれと言ったからには是非も無い。できなければ相応のお仕置が待っているだけだ。

 宿儺の示す課題とはそういうものであり、できるできないの次元では話していないのだ。

 だから言われたからには、やって見せなければいけない。

 傍若無人にして傲慢無慈悲、それが理不尽の権化たる呪いの王であった。

 と、宿儺の無茶振りに辟易している最中に、千光は気付く。

 

「……? この気配、一誠?」

 

 もしかしたら仲間がいるかもと、少し警戒範囲を広げた結果だった。

 ここから数十メートル離れた公園で、一誠の気配を捕まえた。

 だが何よりも千光の気を引いたのは、一誠の近くに堕天使の気配があったこと。

 

「──クソッ!」

 

 嫌な予感が駆け抜ける。

 反射的に足は地面を蹴っていた。

 

 3

 

 行動の結果を端的に言ってしまえば──間に合わなかった。

 全力で駆けた。地面を抉りながら、全速力で。

 時間にして約十秒も掛かっていないだろう。

 だが間に合わなかった。

 その結果が、目の前で横たわり血を流す親友の姿。

 この公園に着いた時、辛うじて視界に捉えたのは長い黒髪の後ろ姿であり、一瞬だけ見えたその堕天使の横顔は、見間違いでなければ一誠が彼女だと紹介してくれた女と瓜二つだった。

 なるほど、どうやら一誠はタチの悪い女に引っかかったらしい。

 捕まえようにも、千光の到着とほぼ同じタイミングで姿を消したのだから、それも無理だった。

 

「一誠!」

「……っ、ち……ぁ……き」

 

 駆け寄りその体を抱きかかえる。

 かろうじて意識は保っているようだが、もう幾許(いくばく)とないだろう。

 意識の喪失とはつまり、命の消失と等しい。

 

「…………はは、カッコ悪ぃな……お、れ……ぁき、が、おうえ、んしてくれた……のに」

「馬鹿が、喋んな! 今何とかするから!」

 

 そう言い切ったものの、為す術は無いと分かっていた。

 千光は最近になって、ようやく『反転術式』を覚えた。

 それは呪術における高等技術であり、欠損した四肢を再生させることすら可能な超弩級の技だ。

 習得が非常に困難であり、限られた一握りしか体得することを許されないその力は正しく強力な武器なのだろう。

 事実、『反転術式』を覚えて日は浅いがもう既に何度かそれで命拾いをしている。

 だが、この局面においてその『反転術式』は何の役にも立ちはしなかった。

 より正鵠を射るならば、『千光の反転術式』では役に立たない。

 何故ならば自分を癒すことはできても、他者の治療(アウトプット)は千光にはできないからだ。

 ならば宿儺に頼るか? それは一見すると正解にも見えるだろうが、宿儺は自身が興味を持った相手でもない限りは、生きようが死のうが無関心だ。

 それにそもそもの話、今の宿儺には生前の力がないと前に言っていた。

 千光の中にいる宿儺はあくまでも宿儺という魂の欠片に等しく、その力量は指一本分にも満たないと言う。

 唯一の例外として、千光の中に形成された領域の中でだけ、宿儺は生前の力を振るえるのだ。

 それはつまり、今ここで体の主導権を宿儺に渡したところで、器である千光の力量を超える芸当はできないということ。

 思考がぐるぐると回る。

 しかし出てくるのは、詰みの二文字だった。

 

「クソったれ。()()()()()()調()()()()()()()ってのに!」

 

 後悔先に立たず。

 一誠の瞼が不規則に動き、ゆっくりとその視界を閉じていく。

 

「……っ」

 

 思考を切替える。

 大切な親友を死なせるわけにはいかない、けれど自分の力量ではもうどうにもならない所まで来ている。

 縋れるものは少なかった。裏社会の医者に頼ろうにも時間が無い、だから行くべきは近場の医療機関。

 血まみれの男子高校生を運べば色々と取り調べられるかもしれないが、しのごの言っている暇などありはしなかった。

 そう思い至って、一誠を担ぎ上げようとした瞬間、

 

「あなたね、私を呼んだのは」

 

 鮮血よりもなお紅く、燃える火よりも鮮やかな悪魔が姿を現した。

 その悪魔を見て千光は……

 

「リアス・グレモリー……」

 

 警戒を滲ませながら、一誠を庇うように前へ出る。

 

「あら、貴方は……」

 

 ここに赤き龍を宿せし少年と、後にその主となる紅髪の姫、そして呪いの王の後継が邂逅した。

 

 




後方腕組保護者面両面宿儺概念……なんか中国語みたいになった。
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